旅立ちの決意
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダー、「始まりの存在」に選ばれた十四歳の公国公女。能力者の中でもリーダーとして仲間を集める旅に出た。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた十七歳の少年。地球から時空を超えプレアーガへと参戦の為やって来た。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた二十八歳の青年。ココロの父が治める公国の軍人である為、ココロには絶対に服従。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた王国の第二王女。現在十三歳。最も小柄な体格でお城育ちが長かった為か極度の人見知り。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた二十四歳の青年。豪快、怪力が自慢で元はシルバーの部下であった軍人。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた少年。人間離れした身体能力と百発百中と名高い弓の名手。一切の記憶を失っているため年齢は不詳。
・ポーラー…イーダスタ共和国の深い森の中で倒れていたアクーを救った人物。「旅人」と呼ばれる放浪者で幾多の国を転々としている。
・フェズヴェティノスオオグチの一族…三種の魔族の一つ、獣の習性を持つフェズヴェティノスの中でも最強と言われる一族。その見た目は直立した狼のような姿をしており俊敏怪力にして非常に残忍な性格。
・ラプス…オオグチの一族の長を名乗るフェズヴェティノス。オオグチの中でも一際大きな体と宝石のような真っ赤な目を持つ魔族。フェズヴェティノス首領格の一人。
・ダキルダ…竜の一族であるアテイルの参謀。旅の冒頭からココロ達につき纏い、アテイル四天王にその動きを伝達する厄介な存在。
●前回までのあらすじ
すっかり元気になった大地を見たポーラーはガイとアクーが出掛けたのを見計らって話しを始めた。傍にいたココロ、シルバー、キイタも黙って彼の話しに耳を傾ける。今、森の近くにある集落「ヤック村」に根付いた”オヤシロサマ”信仰について語られたポーラーの話しに四人は愕然とし、言葉を失った。
思いもかけないポーラーの告白に、聞いている者達は誰も声を出す事ができずにいた。
突然キイタが立ち上がるとポーラーの傍に歩み寄り、その太い首筋に抱き着いた。
「逃げて当たり前でしょう?誰がそれを責められるの?」
涙を含んだ声でキイタが言うのを聞くとポーラーは、自嘲気味な笑みを浮かべて小さな声で言った。
「俺はいつも逃げてばかりだ…。旅がしたくて?広い世界が見たくて?…違うよ。俺が旅人になった理由は、そんなんじゃあない…。自分に与えられた宿命に立ち向かう事ができずに逃げ出してきたんだ。負け犬が、あろう事か、戦場のど真ん中に…」
「ありがとう」
全員が言葉を失っていた中、突然キイタが呟いた。ポーラーは怪訝な顔でキイタを見た。キイタも涙の浮かんだ目でポーラーを見た。
「生きていてくれてありがとう。だから私達はアクーと出会う事ができた」
「そうだね…キイタの言う通りだ」
大地が呟く。
「アクーの記憶を取り戻そうと、あなたはこの恐ろしい森から逃げ出さずに頑張り続けたのよね?」
ココロも静かな声で続く。
「アクーと出会って三か月だと言ったな?よくもまぁ無事でいられたものだ」
シルバーが低い声で言う。反してポーラーは茫然と言葉を失っていた。ロキという名の狩人が目の前で惨殺されるのを自分は卑怯にも見捨てて逃げた。この数か月、その事が自分の胸を苦しめ続けてきた。
その罪滅ぼしをするようにアクーと共にこの森に残り続けた事も含め、今まで誰にも言えなかった己の恥部を初めて語った。
軽蔑されるか、嫌われるか、或いは無責任な慰めの言葉を掛けられるか…。
しかし、相手の反応はそのどれでもなかった。こんなにも自分を苦しめた自信の恥ずべき行いに対し、出会ったばかりの旅人達は賛意と理解を示し、敬意を込めて礼を述べた。
この臆病で卑怯な振舞いに対し、「ありがとう」と言う言葉を聞く事になるとは夢にも思いはしなかった。
「いつまでもこんな事を続けている訳にいかないと俺も感じている。俺には、アクーをいつまでも拘束し続ける権利もない…。俺は、ずっとその事に悩んできた。そんな時、君達が現れたんだ」
ポーラーが四人の目をしっかりと見つめたまま力強く言う。
「前にもお願いしたんだが、どうか頼む。アクーを、アクーを連れて行ってくれ。あいつは君達と一緒にいるべきだ。詳しい事は知らないが、絶対にそうなんだって俺はそう思う」
ポーラーがココロ、大地、キイタの顔を順に見ながら言う。
「そりゃ、ちょっと生意気なところもあるけど、アクーは基本的にいい奴なんだ。今日のように家を出て森の中を駆ける時、あいつはこの森にフェズヴェティノスが入り込まないように戦っているんだよ、俺を守る為に。だから今日まで生きながらえてこられたんだ」
そう言うポーラーの言葉は必死を帯びて大きくなって行った。
「俺だけじゃない。前にも言ったよな?この森やヤック村にとって、あいつは今や守り神のような存在になっている。何の義理もないのに…。アクーは記憶を持たないが正義に熱い奴なんだ、自分の能力を正しい事に使える、絶対に君達の役に立つ筈だ」
一気に話したポーラーはそこで一つ息を吐くと力の抜けた声で言った。
「アクーが君達と一緒にいると思えば、俺は安心して森を出る事ができるんだ」
「なるほど」
ポーラーが黙るのを見越したように大地がニヤリとしながら言った。全員が大地の顔を見る。
「ポーラーはアクーに守られながら、アクーを守っているんだね?」
「ん、ん?どう言う事だ?」
大地の言葉にシルバーが戸惑った声を出す。ポーラーはニッコリと笑った。
「そりゃあ、瀕死の状態で倒れていたアクーを介抱したのも、服の脱ぎ方まで忘れていたあいつに色々と教えてきたのも俺だ。あいつがどう思っているかは知らないが、俺にとってアクーは言ってみれば息子みたいなもんだよ」
なるほど、とシルバーは思った。ポーラーとアクーの関係は決して一方的なものではないのだ。ただ強いアクーが弱いポーラーのボディガードを務めているだけではないのだ。一切の記憶を失ったアクーにとってポーラーとは、不安を消し、精神を安定させる為に絶対に必要な存在なのだろう。
「勿論アクーは連れて行くわ」
シルバーが想いに耽っているとココロが言い出した。
「だけどあなたは?アクーを私達に預けた後、あなたはどうするの?」
「俺は…。いや、何も変わりはしない。この森を出て、また旅を続ける」
ポーラーがやや慌てた様子で答える。
「そう、あなたはそれでいいのかもしれないわね。でもアクーはどうかしら?私達は自分の目的の為に旅立つからあなたとはここでお別れですって、それをアクーが納得すると思う?」
ココロの指摘にポーラーが目を背ける。それを見たココロとキイタの顔が険しくなった。
「あなたはアクーを馬鹿にしているの?」
ココロの厳しい声が響いた。
「え?」
「何のきっかけもなくアクーがあなたから離れる事はないわ。策を練ったり力づくで引き離したところで、あの小さな胸に一生消えない傷をこしらえるだけよ」
「最低限 納得の行く別れ方をしない限り、例え体は旅立ったとしても本当に前に進む事はできない」
キイタがとどめを刺すように言い切った。
「諦めなよ、ポーラー」
大地がにやけた顔で言う。
「このお姫様達が言い出したら説得するのは無理だ。君の言い分はわかった、俺達はもう何の躊躇もなくアクーを仲間にする。だから、君はアクーとちゃんと話すんだ」
言うや否や大地は布団の上に立ち上がった。
「遅いな、ガイの奴。今夜はしっかり飯を食わせてもらうぜ。おとなしい患者の振りはいい加減終わりだ」
立ち上がった大地は、今まで身を横たえていた粗末な布団を乱暴に足で蹴って隅へ寄せた。
「俺はもう治った!!」
大きな声で大地が宣言すると、キイタが小さく笑って言った。
「いつおとなしい患者だったの?大地」
キイタの一言で、険しかったココロの顔にも笑顔が戻った。三人の笑い声が響く中、シルバーがそっと盗み見たポーラーの顔は何かの決意を固めたように真剣な表情に見えた。
同じ頃、仲間の食料を獲りに一人森に入ったガイは緊張の真っ只中にいた。 小一時間森をさ迷ったが、今日の収穫も鳥が三羽。それに小さめのウサギを一羽 捕らえただけであった。
一食分の食料としてはこれで足りるかもしれなかったが、先日アクーが巨大な牡鹿を仕留めるところを目の当たりにしているガイにとっては不足だった。
何としてもあの鹿と同じ位インパクトのある獲物を狩りたいものだと、諦めも悪く森の中を歩いていたところ、日暮れと共に活動し始めたらしい一頭の猪を見つけたのだった。
(あれは、確か…。え~っと、そうだ、ウィサスだ)
ポーラーが一人で倒したと言う小山のような猪には遠く及ばないまでも、あれを抱えて帰ればそれなりに自慢になる程度の体格をしている。俄然やる気を起こしたガイは、傍らに獲った鳥とウサギをそっと横たえると、しゃがんだ姿勢のまま繁みを進み、狙い定めた獲物にじりじりと近づいて行った。
目の前の猪は鼻の先を木の根の辺りに突っ込み、一心に餌を探しているらしく近づくガイには気が付いていない。
ガイは、音がしないように細心の注意を払いながらゆっくりと自らの左手を目の高さまで上げた。相手に十分な電撃を届かせる為の距離を測りながら、尚も前進を続ける。
その時だった。餌を貪る猪に集中していたガイの神経が、それとは別の何かを感じ取った。決して良い感じではない。周囲から自分を見つめる悪意に満ちた殺気だった。
ガイはその場で身を反転させ、周囲を窺った。立てた物音に驚いた猪が一声鳴くと思いがけない跳躍力を見せ、繁みを超えて姿を消した。
しかし今やガイは猪の事など気にも留めず、ただ自分を取り囲むどす黒い悪意の正体を探ろうと体中の神経を研ぎ澄ませていた。
「流石にいい勘をしている」
未だに姿は見えない。鬱蒼とした高い木々の上から笑いを含んだ不気味な声だけが聞こえてくる。高みにいて自分を取り囲む相手から自分の姿は丸見えの筈だ。隠れている意味を失ったガイは一つため息をつくと、開き直ったようにその場に立ち上がった。
「何だ」
どうと言う事もない調子でガイは呟くと、闇に沈みつつある森の木々を見上げて続けた。
「誰かと思ったら、脇役の獣達か」
ガイがそう言った瞬間、彼の背後に一つの影が降り立った。そう思えた途端、ガイを取り囲むように二つ目、三つ目と次々に木の上から巨大な影が着地した。気が付けば、今や十とも思えるフェズヴェティノスがガイの周りに立っていた。
「我らがいる事を知って一人で森に入るとはいい度胸だ。それとも、相当頭が悪いのか?雷のANTIQUE」
自分を取り囲む影の中で一際体の大きな一匹が呟く。赤く大きな口が嫌な笑いを含んで歪む。
しかし、赤い宝石のように輝く目は一瞬たりともガイから外される事はなかった。フェズヴェティノス、オオグチの一族が長ラプスだ。
「あら、ばれてたのね」
ガイが惚けた声を出す。
「確かに頭はいい方じゃねえけどな。まあ、お前らなんか怖くねえし」
強がって言うガイだが、実際、先の戦いで自分がフェズヴェティノスのスピードについていけない事は嫌と言う程わかっている。唯一の救いは、今日は守るべきココロがいない、と言う事位か。
これだけの敵に囲まれたガイは、何でもない風を装いながら実のところ、かなり焦っていた。
ガイは猪を狩る為に発動しかけた雷の能力を今度こそ遠慮なくその左腕に宿し始めた。彼の黒い偽りの腕が指先から徐々に光を放ち始める。
眩い光がその腕を包み込むにつれ、小さな稲妻放ち始める。そうしながらガイは油断なく自分を取り囲む敵に意識を集中した。
ラプスが、低く腹に響く声で話し掛けてきた。まるで地の底から湧き出るような不気味な声だった。
「雷のANTIQUEの能力者よ、ここで消えてもらおう」
その言葉に口元を歪めたガイは、精いっぱいの強がりを口にした。
「冗談じゃねぇ、そんな気はさらさらないね」
じわりと、ガイを取り囲む敵の輪が縮み始めた。
警戒の為と言い残して一人森に向かったアクーは、横に張り出す太い木の枝に立ち、前方を見つめていた。
目の前に広がるのはヤック村の景色だ。前にも同じ場所からオヤシロサマの儀式を見た事があった。一切の記憶を失ったアクーから見ても、その光景は異常なものに映った。
(また、儀式が行われるのか)
アクーが見下ろす村の広場は今、大勢の人間達が忙し気に走り回っていた。儀式の準備をしているようだ。
働く村人達の会話から、二日後にはまた儀式が行われる事、こんなに短い間隔で儀式が行われるのが非常に珍しい事などが知れた。
そんな声を聴きながら、アクーはぼんやりと儀式の準備に勤しむ人々の動きを見るともなく見つめていた。
(ANTIQUE…)
アクーはそっと口の中で呟く。遂に迎えが来た、そんな思いであった。
このままいつまでもこの森の中でポーラーとの生活が続いていく。いつしか、そんな風に感じていた。しかし、それは望めはしない事。やがてはこの森を出てそれぞれの道を行く必要があった。
アクーを気にかけ過ぎて森から出る事のできないポーラー。本人は決して認めないが、心のどこかでポーラーとの別れを避けようとしているアクー。
時に親子のように、兄弟のように、そして時には無二の親友のようにどんな事でも言い合いながら数か月を過ごした。そんな二人にとって別れとは、決して切り出す事のできない話題であった。
アクー自身、いつかポーラーを次の旅路へと送り出したいと思いつつも、それが彼との永遠の別れになる事がわかるだけにそれを思う度、今のように胸に重たい鉛を飲んだような気分になるのだった。
「隙だらけだな」
突然背中から聞こえた声に、アクーの体は瞬時に反応した。一瞬にして飛び上がり、声の主を見下ろす事のできる高さにある枝まで飛び上がった。
枝に取り付くなり体を反転させ、眼下にいる筈の声の主を探す。その時にはもう左手に握られた弓は限界まで引き絞られ、番えた矢はいつでも放てる状態になっていた。
「ほう」
重なる枝葉の隙間から相手の声が聞こえてくる。アクーはすぐに矢を微妙に左へずらし照準をつける。
「見事な動きだ」
矢で狙われているにも関わらず、相手の声には余裕すら感じられた。その時になってアクーはようやく暗くなり始めた足元に相手の姿を見つけた。
聞こえる声だけを頼りに狙った矢は、寸分違わずその相手に向けられていた。
アクーが美しい額に皺を寄せる。無言の内に何者かを相手に問うていた。慌てる様子もなく自分を見上げる相手は、アクーが今まで見た事もない姿をしていた。
緑色に見える鎧のようなものを身に着けている。深くかぶった兜が影になり、口元以外の表情は見えない。
体の線は異様に細く、戦場で甲冑を纏って戦えるとはとても思えなかった。
アクーが相手の正体を探ろうとそんな考えを巡らせていると、当の相手が再び口を開いた。
「そのように恐ろしい顔をするな。お前は、六人目の能力者だな?」
ANTIQUEの事を知っている、そう思った瞬間アクーは矢を引き絞る右手に更に力を込めた。
「我が名はダキルダ。アテイル一族の使者だ」
「アテイル?」
その名は確か、ハルやココロ達が言っていた竜の一族を名乗る三種の魔族の一つではなかったか?その思いに至ったアクーは油断する事なくいつでも戦闘に入れるよう足に力を込めた。
アクーが全身から漲らせる殺気を感じたのか、ダキルダと名乗った敵はやや慌てたように言った。
「待て待て、私はここでお前と戦う気はない。イーダスタはフェズヴェティノスが請け負う国、我らアテイルがこの地で事を構える事はない。それに、私は単なる使者だ。戦闘員ではない」
「ならばなぜ僕の前に現れた」
アクーが言うと、ダキルダはニヤリと口元に嫌味な笑みを作ると答えた。
「何、この物騒物騒)な森の中でANTIQUEの能力者が二人も単独で動いている事に興味があってね」
ダキルダがそう言った時だった、突然 遥か森の奥で目も眩むような巨大な光の柱が立ち上がった。アクーがハッとして光の方を見る。
「あれは…」
「始まったな」
「何?」
見ればダキルダも矢を構えるアクーに背を向け、眩しい光を遠くに見つめている。
「君の友達が戦っているのだよ、たった一人で。五番目の能力者…。雷のANTIQUE、だったか?」
「ガイか?」
アクーは慌てた様子で弓を下げると、飛ぶ構えを見せた。
「君の速さなら間に合うかもしれないなぁ」
ダキルダは更に皮肉を込めたにやけ顔でアクーに言った。
「お前とはいずれ決着をつける。だが、一つだけ覚えておけ」
アクーはダキルダを足元に睨みつけながら言った。
「あいつは僕の友達なんかじゃない!」
そう言った瞬間、アクーの体は夜を迎えようとする森の中を高々と飛んだ。その動きを目で追おうとダキルダが振り向いた時、アクーの姿は既に森の奥深くに消えていた。
「さて、随分と仲の悪そうな二人だが、フェズベティノス相手にどこまで戦えるものかな?」
口元に浮かぶ歪んだ笑みを消さぬまま、木の幹に寄りかかりながらダキルダは楽し気に呟いた。




