五人目の狩人
●前回までのあらすじ
完全に体力を回復した大地は、まだ寝ていろと言うアクーの忠告を無視してテテメコの力を発動する。大地の手に導かれるように自在に動き回る小石達。やがて大地の命令を受けて機関銃の弾ように飛んだ小石達は巨大な気の幹を破壊した。
偶然にもその様子を見てしまったガイとアクー、そして誰よりもそんな芸当をしてみせた大地自身がその能力に驚いた。
やがてフェズヴェティノスの攻撃を予期しパトロールに出ると言うアクーと、夕食の食材を獲る事を任されたガイはそれぞれ森へと消えて行った。
大地が洞穴へと戻ると、ポーラーは残った面々に話しを聞いて欲しいと言い出した。訓練中のシルバーも含め四人はポーラーの語る過去の話しに耳を傾けた。
オヤシロサマがヤック村に来ると、美しい姿で踊る巫女と祭事と称される派手なパフォーマンスに魅了された村の若者達の口からその噂は瞬く間に方々へと広まって行った。
世界中を旅している中でそんな噂を聞きつけたポーラーは、一目その神事を見てみたいものだと考えイーダスタ共和国へと足を踏み入れた。
観光客を受け入れるようにオヤシロサマに言われていたヤック村の人々はポーラーに親切だった。居心地のよさに、ポーラーは長逗留をする事を決めた。
長く村に滞在している内、この新しい宗教を真っ向から否定する一部の人々がいる事を知ったポーラーは、この国にある新旧宗教の争いに強い興味を持った。
否定派の中心となったのが森での狩りを生業としていた五人の男達であった。森の中を駆け、命の恩恵を受けてその日の糧を自らの手で得てきた彼らにとって、豊かな自然の源であるイータンダティルの神話は絶対であった。
その信仰こそが村の住民を一つに纏め上げる縁となっているのだと信じた男達は、村の若者を惑わすこの新しい信仰を拒絶した。
彼らは力強くイータンダティルの教えを説き、迷わぬよう村人達を説得した。そしてある晩、言葉卸の儀式の中でオヤシロサマは、とんでもない預言を吐き出したのだった。
それは、自分を否定し続ける五人の狩人の死であった。今までの預言は天候や農作物の出来 具合など、村人の生活に密接に関わる事柄ばかりであった。
勿論それも村の生活を左右する重要時ではあったのだか、牧歌的で平和な内容の多かったオヤシロサマの言葉の中で、その血生臭い、恐ろしい預言は村人達の心に深く刻み込まれた。
名指しで自らの死を預言された五人の狩人達はその話しを豪快に笑い飛ばし、いっそ自分達が生き続ける事でオヤシロサマのインチキを暴き、村人達の目を覚まさせてやろうと息巻いた。
そうして弓や山刀を携えて、心配する家族に力強い笑顔を見せながら五人の狩人達は森へと入っていった。
それきり、彼らは帰ってこなかった。やがて三日程過ぎた頃、最初の死体が見つかった。五人の中で誰よりも体が大きく、力の強いベテランの狩人であった。
例え預言が当たったとしても、この男だけは死にはしないのではないか?半ばオヤシロサマを信じかけていた村人達にすらそう思わせる男であった。
彼は体中を引き裂かれ、巨大な力で骨を砕かれていた。その巨体は生前の半分程度になるまで食いちぎられ、何か恐ろしい野生の動物に襲われたのは一目瞭然であった。
そんな無残な死体であったが、村人達が不思議に思いそして恐怖を感じたのは、その死体の損傷具合ではなかった。
何より彼らを震え上がらせたのは、その殺された狩人の体につけられた傷に比べて、顔は全くと言って良い程無傷であった事だ。
顔だけが綺麗に残されていた為、身元はすぐに判明した。単に野生動物に襲われて命を落としたのだとしたら、その顔もまた識別不能な程に食われていなくてはおかしい。しかし、その死体はまるで誰が死んだのかをはっきりとわからせる為かのように顔だけが無傷のままであった。
立派に蓄えた髭もそのままに、血の気のない顔にぼんやりと開く光を失した両の目は、彼が何を思う間もなく一瞬でその命を奪われた事を想像させた。
そしてもう一つ村人達を恐怖させたのは、五人の中で誰よりも腕のいい狩人であった筈の彼が、たった一本の矢すら放った形跡がなかった事であった。
何も考える暇もなく、矢を弓に番える暇すらなく、この村一番の狩人は殺されたのだ。そう考えた村人達は一様に声を失った。
狩人の死体が発見された翌日、続けて二人目の犠牲者が見つかった。やはり五人の中の一人で、最も若い男だった。
経験は少なかったが、何よりも彼は身体能力に長けていた。誰よりも高く飛び、誰よりも早く走った。仲間と組んで狩りをする時、一番に獲物に向かっては囮となって動物を追い込んでいった。
そんな彼は、僅か一撃、脇腹を深く抉られた状態で川を流れてきた。臍より左側が根こそぎ失われ、そこから体の中身を長く引きずるようにした悲惨な死体であったが、その傷以外にこれと言った損傷は見受けられなかった。
そして、彼もまた最初の被害者と同じように、全ての矢を靫に収めたままの状態であった。
「この狩人には婚約者がいてな…。ケルラと言う名の村の娘だったが、彼の死を知って以来、家から一歩も外に出なくなったと言う話だ」
ポーラーがポツリと言った。二人の死体が見つかった事で、森の中に今まで出会った事もない未知の脅威がある事を確信した村人達は山狩りを思いついた。
若い男達を中心に大勢で森に入り、未だ安否の知れない残り三人の狩人達を救い出そうと考えたのであった。
それを止めたのが、オヤシロサマと共にこの村に移り住んで来たガウビと言う男であった。
スマートな体を美しい服で覆った綺麗な顔をしたこの男は、目にかかる長い前髪を振り乱しながら決起に逸る村人達を説得した。
「お静まりください皆さん!皆さんの気持ちはわかります!しかし、大切なお仲間を襲った相手の正体もわからずに森へ入るのは危険です。ここは一つ、ここは一つオヤシロサマの御言葉にお縋りしましょう!」
山狩りを計画した男達はこの提案を拒んだ。そんな悠長な事を言っている場合ではない、今すぐにでも森へ入り狩人達を見つけなければ手遅れになる、と彼らはガウビを罵倒した。
そうするとガウビは、美しい異国の服が土で汚れるのも構わず地に膝を折り、さめざめと涙を流しながら彼らに訴えた。
「皆さんお願いです。どうか早まらないでください。子供の時分からこの村で一緒に育ったお仲間の身が心配なのはわかります。行くなとは申しません、しかし、せめて一度だけ、一度だけオヤシロサマに問い掛けていただく訳には行きませんか?そうです、私は新参者…。それでも、それでも今や私もこのヤック村の一員です!どうか皆さん、今回だけ私の話しを聞いてくださいませんか?私は皆さんを失いたくはない!ようやく安住の地を見つけた私達は、大切な皆さんを死なせたくはないのです!どうか!どうか…お願いします、どうか…」
そんな彼の涙の訴えに山狩りは見送られる事となった。そして再び言葉卸の儀は行われた。そこでクウダンと言う体の大きな男の口を借りて告げられたオヤシロサマの言葉の概要は以下の通りであった。
”敵は森に入る者を見境なく襲う驚異の存在である。”
”これ以上の被害を出さない為にも森へは誰も近づかないこと。”
”五人の狩人が森へ入ろうとした時こそが彼らを救う唯一の機会であった。”
”未だに見つからない三人の命を救う事は最早不可能。”
”この上は全員で村に残り、彼らが無事に危機を切り抜けて帰って来る事を祈るほかない。”
これらの言葉を聞いた村人達は落胆した。特に狩人の家族達は気も狂わんばかりに嘆き悲しんだ。
中には、オヤシロサマの忠告を聞かずに狩人達を探しに森に入った剛の者もいたが、その内の数人はそのまま消息を絶った。
辛うじて生きて帰った者からは、全く姿の見えない何者かに襲われたと言う証言が得られた。
音もなく近づき、凄まじい力と恐ろしい速さで仲間は攫われてしまった。そんな話を聞いた村人達の中で、これ以上森に入ろうと考える者はいなかった。
そうしている内に三人目、四人目といなくなった狩人の死体が見つかっていった。
いずれも先の二人と同じく、体をひどく傷つけられていた。しかしやはり顔は無傷であり、武器もそのまま携えていた。いずれもこの森を知り尽くした優秀な狩人であった。
この二人の死体には、先の二人とは決定的に違う特徴があった。死体に、と言うよりはその発見場所に、と言った方が良いか。
彼らの死体は森の入り口、村と森の境界辺りの木に縛り付けられていたのだ。これは何を意味するのか?
つまり彼らを襲ったのは、いや、少なくとも死体をそこに遺棄した者は、野生の動物などではないと言う事である。
被害者の身元をわからせるかのように綺麗に残された顔、まるで村人への見せしめのように張り付けられた死体。彼らが受けた傷は確かに動物の爪や牙によるものであると思えたが、そこにはそれ以上の知性ある者の影が見え隠れしていた。
知性があったとしても、そこに慈悲は欠片も見受けられなかった。残忍なその殺害ぶりからは、人の心を持つ者の存在は想像すらできなかった。
こうして死の預言を受けた五人の狩人の内、四人までがその預言通りに命を絶たれた。だが最後の一人、五人目の狩人の死体はいつまでも経っても発見される事はなかった。
五人目の狩人は彼らの中で最も知識が豊富な男だと言われていた。気候や天候、星見に長け、動植物の特性にも精通していた。
動物の種類によりその習性を掴’つか)み、その通り道や巣を見つける事が誰よりも得意であった。出没する時間帯をよく知ってもいた。そんな彼が立てる作戦通りに動けば、獲物が獲れない日はないとさえ言われていた。
薬になる草、毒のある実、虫、食べられる花…。彼の知識があれば、森で迷う事も、飢える事もなかった。
冷静で思慮深いそんな彼だけが、未だに安否不明のままでいた。しかし、屈強な男達が全く抵抗する様子も見せず無残な死体になり果てたその結果を見せられた村人達に、そんな事は関係なかった。
預言を受けた五人の内、四人までもがその通りに命を失ったのだ。後の一人の生存を心から信じる者などいなかった。だから、この事件はヤック村の人々を恐怖のどん底に叩き落した。
シルバーでさえ時折眉間に皺を寄せる内容であった。その残忍にして不可思議な殺人事件の話しを、ココロ達も固唾を飲んで聞いている。
「結局、この預言が村の中でオヤシロサマ信仰の真実性を決定づける事になってしまった」
恐ろしい話しを語り終えたポーラーが、最後に呟くように言った。
「そりゃぁ、まあ、インパクトはでかいよね?」
大地が静寂を破って言った。
「そうだな、新興宗教を根付かせるには、実に都合のいいタイミングで起きた事件だ」
ポーラーが大地の顔を見ながら言った。
「ん?」
ポーラーの言い方に何かひっかかるものを感じた大地が彼の顔を見る。
「狩人達を殺したのはあのフェズヴェティノスだ。オヤシロサマは奴らの出現を預言し、見事に当てて見せた」
「だけど、五人目の狩人は結局まだ行方不明なんでしょう?」
ココロが聞く。ポーラーは大地からココロへ目を移すと答えた。
「残念ながら彼も既に死んでいる」
「なんでわかるの?」
大地が即座に疑問を差し挟んだ。ポーラーは言い辛そうに一度伏せた顔をもう一度上げると、大地を見つめて言った。
「俺は、単身森へ入った。どうにも納得がいかなかったんだ。オヤシロサマは、あれは宗教と言うよりもまるで魔法だ」
「恐ろしくはなかったの?」
キイタがポーラーの無謀さに眉を顰めて聞く。実際にフェズヴェティノスに襲われた経験を持つココロも頷いた。
「そりゃあ恐ろしかったが、それ以上に好奇心の方が勝った。と言うか、何とかオヤシロサマのペテンを明かしてやりたいと思ったんだ。相手が野生動物なら油断さえしなければ大丈夫だと思った。それにもしオヤシロサマの教団の連中が関わっていたとしても、そんな連中には負けない自信もあった」
心なしか、ポーラーの声が低く沈んでいったように感じた。彼は顔を俯けたままボソボソとした声で、それでも語る事をやめなかった。
「ある日俺は森の中でケガを負った男を見つけ、保護した。彼こそその五番目の狩人だった。名前はロキ。俺は自分のキャンプ地に彼を連れて行き、手当てをした」
「聞いていい?」
キイタが遠慮がちな声でポーラーに尋ねる。ポーラーはキイタの顔を見た。
「話しを聞くと五人の狩人は一度に殺された訳ではなく、数日に分けて襲われている。最初の襲撃を無事に生き延びたのに、どうしてそのロキと言う狩人は村に帰らなかったの?いつまでも森の中にいたら危険じゃない?」
キイタの質問はもっともだった。大地もココロもポーラーの顔を見た。ポーラーはキイタの質問に一つ頷くとそれに答えた。
「彼の話しによれば、フェズヴェティノスは見境がない。森に入った人間は片端から襲われ、食われてしまう。しかし、それと同時に奴らは一度 狙った獲物に執着する習性があるようなんだ」
「執着する、習性?」
シルバーが訊き返す。
「ああ、奴らは執拗に彼をつけ狙っている。意図するところはよくわからないが、どうも彼ら五人は標的とされてしまったようなんだ」
「つまり…」
ポーラーの説明の途中でその先を理解したらしい大地が口を挟む。
「自分が森に留まっている限り、フェズヴェティノスをここに足止めしておけると考えたんだね?」
それを聞いたポーラーがフッと笑いを漏らして大地に言った。
「よくわかるな」
「どう言う事?」
まだ話が掴みきれていないココロが大地に聞く。
「だから、フェズヴェティノスにつけ狙われたまま村に帰れば、そのまま奴らを村に誘導する事になるだろう?」
「見事な覚悟だ…」
シルバーが呟く。
「じゃあ、そのロキと言う人は村の人達に被害が及ばないように、ずっとここで囮になっていたって言う事?」
キイタが怒ったような口調で言う。
「そんなの、一人で危険を背負って…、それで今後ずっとこの森の中でフェズヴェティノスと戦い続けなくてはならないと言う事じゃない」
「そう、いつか自分が預言通りに命を落とすまで、ずっと…」
「そんな…」
キイタはそう言ったきり言葉を失ってしまった。何と言う覚悟、それも何と悲しい覚悟だろうか。洞穴の中を重苦しい沈黙が満たした。
大地がふと口を開いた。
「それで、そのロキと言う人は、その後亡くなったの?その怪我が元で?」
大地の質問に、ココロ、キイタ、シルバーの三人も、ポーラーを見た。四人に見つめられたポーラーは、相変わらず青白い顔のまま、目を伏せていた。
「いや…」
ようやくポーラーが声を出した。
「彼の容態は日を追うごとに良くなって行った。ほんの一瞬の油断だった…。元気になった彼を置いて、俺は狩りに出かけた。キャンプ地に戻った時…俺は…見てしまったんだ…」
ポーラーが言葉を切る。その先は聞かなくとも何となく想像がついた。それでも、四人はポーラーの次の言葉を待った。やがてポーラーが一段と低い声で話しだした。
「ロキが…、あのフェズヴェティノス達に殺される所を…。その時俺は初めてフェズヴェティノスを見た…。恐ろしかった」
言いながらポーラーは暗い目を上げると、改めて四人の顔を見た。
「俺は、彼を見捨てて逃げた…。俺が帰った時、ロキはまだ息があったのに俺は岩陰に隠れて、彼が無残に殺されるのを見ていた…。その死体を、今度はどこに晒すべきかと人間のように話し合う奴らの言葉も聞いた…」
再び俯いたポーラーの手は、冗談のように目に見えて震えていた。それでもポーラーは話す事をやめなかった。むしろ彼の口調はますます強く、早くなっていった。
「彼を助けるべきだっただろうか?少なくとも彼の事を報せに村に戻るべきだっただろうか?でもできなかった!俺にはできなかった!俺は逃げた!奴らに見つからないように、森の奥へ、奥へ!」
体の震えは止まらなかった。それでも大きく息を吐き出したポーラーは、やや落ち着いた声で続けた。
「何とか森を抜けようと、こんな国からは逃げ出そうと森をさ迷って…、そして俺は、アクーを見つけたんだ…」




