新たなる能力
●登場人物
・ココロ…始原の存在である「始まりの存在」選ばれANTIQUEのリーダーとなった少女。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた軍人。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた大国の王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた軍人。元はシルバーの部下。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた少年。記憶を失っており謎が多い。
・ポーラー…記憶を失ったアクーを助け一緒に暮らしていた男性。現在ひょんなことから能力者達と行動を共にしている。
●前回までのあらすじ
アクーの適切な処置とデュールの能力でエクスヒャニクの攻撃によって負った傷を完治させたシルバーは早速剣を振るい訓練を開始した。アテイル、エクスヒャニクに次いで出現したフェズヴェティノスの存在が、彼の気力を奮い立たせていた。
一方相変わらず意識を取り戻さない大地に付きっ切りのキイタにアクーはそっと話し掛けた。夜もろくに眠らずに大地の様子を伺うキイタの身を心配しての事であったが、逆にキイタから私的な目的を持ってでもいい、一緒に行こうと仲間に誘われてしまう。
そんな二人が見つめる中、目を醒まさない大地は幼少の頃の記憶を夢に見ていた。まだ幼い自分とましろが楽しく海で遊ぶ夢。真っ青な海と空のイメージが浮かんだ時、生死の境を彷徨っていた大地の意識はゆっくりと現世へと戻って来たのだった。
「大地!」
ココロ、シルバー、キイタ、ガイの四人の仲間達が口々に叫びながら飛び込んできた。大地は横になったまま顔だけを彼らに向けた。
ここ数日開かれる事のなかった彼の大きな目を見た途端、ココロの瞳にみるみる涙が溢れ出てきた。
「大地!」
言いながらココロは脇目も振らずに大地めがけて走り寄った。その勢いにアク―が思わず身を退く。ココロに続いて他の仲間達も走りこんできた。
「ちょ、ちょ、ちょ…」
アク―が押し留めようとするが彼らの勢いは止まらなかった。ココロは駆け寄った勢そのままに寝たままの大地の上に覆い被さるように抱きついた。
「うげぇ!」
大地が蛙の潰れたような声を出す。キイタがココロの対面につく。シルバーとガイも剣を持ったままアク―を突き飛ばす勢いで駆けつけた。
「コラァ―――――!」
アク―が大きな声を出す。
「いい加減にしろ!騒ぐな!触るな!抱きつくな!みんな離れろ!」
言いながらアク―はココロの襟首を掴むなり後ろへ引き、その体を大地から引っぺがした。
「きゃっ!」
ココロが悲鳴を上げて尻もちをつく。アク―は大地を背中に庇うように立ち塞がると言った。
「彼は怪我人だぞ?もうちょっと静かにできないのか!彼の記憶は今混乱している!これ以上騒ぐな!パニックを起こすだろうが!」
アク―がココロ、シルバー、ガイを睨みつけて怒鳴る。
「記憶が?」
「大地、私の事忘れちゃったの?」
ガイとココロが泣きそうな顔で言う。言われた大地は何かに怯えるような表情で暫くの間ココロの顔を見つめていた。ココロも同じように不安でいっぱいの表情を作り、大地を見つめ返していた。
「ああ…」
どの位そうしていたであろうか、不意に大地が声をあげた。
「ココロ…」
その声を聞いたココロの表情が一瞬で明るく輝きだす。大地は順に顔を巡らせて言った。
「シルバー…、ガイ…」
それから、みんなとは反対側で大地の手を握りしめているキイタの顔を振り向いた。
「キイタ…」
キイタの大きな凛々しい瞳から、大粒の涙が音を立てて落ちた。大地は力のない笑顔を見せて呟いた。
「良かった、みんな無事だったんだね…」
途端にココロの頬にも涙が伝わり、ガイまで涙ぐみ始めた。激しく洟をすすり上げたガイが、照れ隠しのように一際大きな声を出す。
「何お前、人の心配なんかしやがって!こっちの方がよっぽど心配したんだぞ、この野郎!」
そう言われた大地は一瞬キョトンとした顔をしたが、微笑んだまま黙って自分を見つめるシルバーと目が合った時、再びその口元に笑みを浮かべて言った。
「うん、ごめん…」
「大地!てめぇ、この野郎…よかった、よかったよ~~~~~!」
そう言いながらガイは、派手に男泣きを始めた。その様子を見ていたアク―は、一つため息をつくと大地の帰還に大喜びの能力者達に向かって言った。
「さ、気は済んだ?済んだらちょっと場所を開けてよ」
アク―はガイの大きな体を押し戻すようにして、再び大地の方に向き直った。
「痛みはある?」
「いや、全然」
「全然?」
「うん」
「ちょっと起こすよ?いい?」
「うん」
大地はアク―の手を借りてゆっくりと上体を起こした。その途端、大地の腹が派手な音を立てた。その音を聞いたガイは吹き出し、笑いながら言った。
「何だ大地、腹が減ったのか?そりゃそうだよな!三日も食ってないんだもんな!よーし、昨日の鹿肉がまだ余ってたな!」
「駄目だよ!」
早速大地の為に精のつくものを、と動き出したガイに、アク―が背中のまま怒鳴った。
「今のは胃袋が圧迫されて鳴っただけ!三日以上 絶食状態でいきなり肉なんか食べさせたって全部 吐いちゃうよ!」
「え…そうなのか?」
「当り前だろう!それより鍋に入っているお湯を汲んで」
「お湯?タライでいいか?」
「もう、バカ!飲む用だよ!」
「お、おう…」
言われたガイは、慌てて木でできた器に鍋に煮えていた湯を汲むと、アク―の元に運んできた。受け取ったアク―は、一口湯を舐める。
「熱いな。冷ましておくから、飲めるようになったら飲んで。ゆっくりとね」
「ありがとう」
ようやく一人で座った大地は一息つくと言った。
「傷を、見せてもらっていいかな?」
「あ…」
アク―に言われた大地は、気づいたように両手を少し上げた。入口で様子を見ていたポーラーがすぐに近づいて来る。アク―は自分の隣にポーラーがしゃがむのを目の端で捉えながら、ゆっくりと大地の体に巻き付けた包帯を外していった。
「考えられる?」
包帯を全て取り払い、大地の体を検分していたアク―がポーラーに問い掛けた。
「もう、お前らに関しては何が起きても驚かんよ俺ぁ」
ポーラーが呆れたな声を出す。二人が見つめる大地の腹は、何事もなかったかのようにすっかりと綺麗になっていた。
「さ、じゃあゆっくりと飲んで」
ポーラーの言葉を聞いたアク―は吹き出しそうになりながら、傍らの湯冷ましを取り上げ、大地の両手に持たせた。
言われた通り大地はゆっくりゆっくりとぬるい湯を喉に流し込み、飲み終わると大きなため息を一つ着いた。
「まだ飲む?」
「うん」
アク―と大地のやり取りに、ガイがすぐにお代わりを持ってくる。大地はそれもまた時間をかけて飲み干した。みんなそれを黙って見つめている。そんな中、ポーラーは一人輪から抜けると静かに外に出て行った。
「君は…?」
湯を飲み終えた大地がアク―の顔を見ながら言う。
「僕はアク―、水のANTIQUEの能力者だ」
アク―の言葉を聞いた大地の目が更に大きく見開かれる。
「水の…能力者…?」
そう呟いた大地は次に笑顔を作った。
「新しい能力者が、見つかったんだね?」
「アク―は怪我の治療や薬についての知識が豊富だ。正直、彼がいなかったら私もお前もどうなっていたか…」
「それにアク―はな、弓矢の名手なんだ!そりゃあもう、百発百中の腕前なんだぜ!」
シルバーの言葉を奪うような勢いでガイが言う。まるで自分の事を自慢するような口ぶりだ。黙って聞いていた大地は静かに微笑むと、もう一度アク―を見た。
「そうなんだ…。俺は大地、土の能力者だ。本当にありがとう」
「いや、別に…。まぁ、元気になってよかったよ」
アク―が照れたように答えた。
「色々、あったみたいだね?」
「おうよ、お前には話して聞かせなきゃいけない事が山程あるんだ」
大地の言葉にガイが勢い込んで答えた。銀の仮面をつけたクロムに倒されてから以降の出来事を大地は一切知らない。キイタの能力の事も、アク―の事も、新たな敵であるフェズヴェティノスの事も…。
ココロとガイが代わる代わる大地に今日までの事を話し始めた。
「疲れた様子が見えたらやめさせてね」
アク―はそっとシルバーに耳打ちをすると、そのまま外に出て行った。シルバーはそんなアク―の背中を見つめていたが、彼の姿が消えると再び話の輪に戻って行った。
表に出たアク―は、ポーラーの姿を探した。彼はすぐに見つかった。一番奥の岩屋の前で、鉈を研いでいる。
アク―は静かに近づくと、一心に鉈を研ぐポーラーに話掛けた。
「僕の事が心配だって?」
「ん?何の事だ?」
ポーラーは鉈を研ぐ手を休めずに答えた。
「僕は自分の記憶を取り戻す為に彼らと一緒に旅立った方が良いって?そう、彼らに言ったんでしょう?」
ポーラーは何も答えずただ鉈を研ぎ続けた。
「心配してくれるのはありがたいけどねポーラー。人の事を心配している場合?ジュラモンスターは君を見つけたら襲ってくるよ?」
ポーラーは鉈を持ち上げ、その仕上がりを確認すると無言で立ち上がった。聞いているのはわかっていた。だからアク―は話すのをやめなかった。
「昨日僕はあいつらを十匹倒した。いや、もっとかもしれない。君にはできる?そんな事が」
一度 岩屋に入ったポーラーは、新たな山刀を手に戻ってくると今度は刃の手入れを始めた。
「もう、僕の世話をするのには飽きた?」
アク―が口調を変えて言うとポーラの手が止まった。
「だから僕を彼らに押し付けようってこと?」
ポーラーはアク―を見上げると言った。
「そんな事はない…」
「じゃあ、どおしてさ!?僕がいなくなったらポーラーは家族の所へ帰るんでしょう?今まで、僕がいたから帰れなかった、そうなんでしょう?僕を押し付ける相手ができたから…」
言いかけたアク―は、途中で言葉を飲み込んだ。自分を見つめるポーラーの顔が今にも泣きだしそうな程、悲し気に見えたからだった。
てっきりポーラーが怒り出すかと思っていたアク―はその顔に戸惑い、それ以上何も言えなくなってしまった。
ポーラーは静かに立ち上がると、アク―に背を向けた。
「そんなんじゃないさ…」
「え?」
「俺が家に帰れないのは、そんな理由なんかじゃないんだ…」
呟くように言うとポーラーは、まだ研いでいる最中の山刀を手に、岩屋の中へと入って行った。丸くなったその背中は、今日まで一緒に生活していたアク―も見た事がない程、寂し気であった。
「…わかっているよ。今のは僕の僻みさ。本当はポーラーの方こそ僕を心配しているんだよね?僕を見つけたこの森にいた方が僕の記憶が戻る可能性が高いんじゃないかって、そう思ってあんな化け物が徘徊するこの森にいつまでも居続けているんだよね?」
アク―の言葉を背中に受けたポーラーは立ち止まると、一度大きく息を吐き出しながら天井を見上げた。相変わらずアク―に背中を向けたまま。
「そうだな…まあそんなところだ」
「何故そこまでして?」
「うん、まあ…。あの、傷を負った少年が完全に治ったら話すよ。彼らにも、聞いてもらった方がいい」
独り言のようにそう言ったポーラーは、そのまま岩屋の奥へと入って行った。アク―は暫くポーラーの消えた入口を見つめたまま佇んでいたが、どうしてもそれ以上ポーラーを追う事ができなかった。ただの岩屋の入り口が、アク―の侵入を拒むように冷たい闇に沈んでいた。
やがてポーラーを追う事を諦めてココロ達の待つ洞穴のへと踵を返すと、まるで何かから逃げ出すように足早に歩き始めた。
「あのテリアンドスでの戦いの中で、今でも一つわからない事があるんだ」
仲間達から自分が意識を失っていた間に起きた様々な事のあらましを大方聞き終えた大地が、ポツリと言った。
「何だ?何がわからない?」
ガイが聞く。
「うん…」
大地は一度目を伏せると何かを思い出そうかとするように考え込み、それから顔を上げ再び話し始めた。
「あの時…俺は傷ついたシルバーを守ろうとして咄嗟にエクスヒャニクの前に飛び出した。あの、右手が電動ノコギリみたいになった奴だ」
大地はシルバーの顔を見た。あの黒いエクスヒャニクと戦っていた時、ココロは気を失っていた筈だ。キイタは既に一人イーダスタの森へと向かっていたし、ガイはまだその場に駆けつける前だった。
あの黒い敵と戦った時、実際にそれを見ているのは当の大地とシルバーだけだったと言う事になる。
「覚えているぞ」
シルバーが短く答える。
「あいつの武器はテテメコの能力を発動した俺より強かった。俺の右手は辺りの石やら岩やらをくっつけて固くなっていたけど、あいつの振り回す刃を止める事はできなかった」
大地は言いながら仲間達の顔を見回していたが、その目がもう一度シルバーを捉えた時、そのまま彼の顔を見つめながら続けた。
「なのに、シルバーが触った途端腕が銀色に光って、俺の腕を引き裂こうとしていた敵の刃が、逆に粉々に砕けた」
シルバーは小さく微笑えむと目を伏せた。
「シルバー、あれは…何だったの?」
他の仲間達が一斉に名指しされたシルバーを見る。シルバーは顔を上げると、澄ました声で言った。
「相乗効果さ」
「相乗、効果?」
ココロがシルバーの言葉を繰り返す。
「ええ。大地、覚えてはいないか?ンダライ城でテテメコが言っていた。ANTIQUEの能力は合わせる事で何倍もの威力を発揮する事ができると。だから、試してみた」
「試したって…」
大地が唖然とした顔で言う。
「うまくいかなかったらどうする気だったのよ?」
「まあ、お前の腕は真っ二つ…」
「おいおいおいおい!」
大地とガイが声を合わせるとシルバーは笑って言った。
「まあ、全く確信がない訳ではなかったのだ。特に私の鋼の能力と大地の土の能力は関係性が深い。テテメコの能力を宿した大地の腕にデュールの能力を流し込む事で、より強度の高い金属を生み出せる筈だと踏んだのだ。それに…」
「それに?」
ココロが先を促す。シルバーは笑顔のままチラリとココロの顔を見てから言った。
「どの道、あの時はああするより外に手はなかった」
「そ、そりゃあ、まあ…」
「じゃあやっぱり」
キイタがガイの顔を見て話し出す。ガイもキイタを見つめ返した。
「私達が力を合わせれば、もっともっと強くなるって事なのね…」
「そう言う事ですね」
シルバーが頷くと、ガイが興奮した声を上げた。
「す、すげぇ!すげぇ!そんな事ができりゃ百人力だ!たった十一人でどうやって戦うのかと思っていたが、全員揃ったら組み合わせは一体何通りあるんだ?」
「だから、ANTIQUEの能力者が十一人揃う事に意味があるんだね?」
ココロも顔を上気させて言う。
「こうなりゃあのフェズヴェティノスだって怖かねえ!俺達で今すぐにでも奴らをぶっ潰してやろうぜ!」
「バカ言ってんじゃないよ!」
背後から興奮して叫ぶガイを叱りつける声が飛んだ。その場にいた全員が声の方を振り返ると、そこには怖い顔をして立つアク―がいた。
「何が今すぐにでも、だ。大地はこの三日食事もしないで眠り続けていたんだよ?今は一人で立つ事だって難しい筈だ。確かに傷はもう治った。これからは時間を掛けて徐々に体力の回復をさせる」
「時間を掛けるって、一体どれ位?」
「短く見積もっても一週間!」
ココロの質問にアクーは指を一本立てて見せると、断固とした口調で言い切った。
「い!一週間!?」
ガイが声をひっくり返して叫んだ。ココロもシルバーも驚いた顔を見せる。
「そう、一週間!ゆっくりと食事の量や内容を増やして元の体に戻す。少なくとも二日、いや三日は絶対安静!意識を失っていた倍の時間を使って体を元に戻す。これが鉄則!」
「しかし…」
「問答無用!はい、大地は横になる!」
控えめに抗議しようとしたシルバーの言葉を遮ってアクーが言った。言われた能力者達はお互いの顔を見合わせた。
「主治医の先生に従いましょう。さ、大地、横になって」
キイタがその場を執り成すように言うと、大地の背に手を回し、彼が体を横たえるのを手伝った。
「そうだね、お医者さんの言う事は聞いておかなきゃ。実際、体に力が入らないや」
大地が張りのない声で言う。
「ココロ…」
「え?」
横になった大地に呼ばれたココロが顔を近づけると、大地が掠れた声を出した。
「ごめん、俺のせいで…」
「何を言っているの!いいから、今は良くなる事だけを考えて」
ココロが怒ったような声で言うと、大地は微かに笑った。
「そうだな、戦いの勘を取り戻すには、私にとっても必要な時間かもしれない」
シルバーが言うと、大地は彼に目を向けて、やはり笑った。