言葉卸しの儀
●登場人物
・ハナ…オヤシロサマに仕えるシキのリーダー。「桃色の巫女」大きな眼鏡8めがね)を掛けた元気な娘。
・ヒカル…シキのメンバーの一人「黄色の巫女」。大人っぽい顔立ちと抜群のプロポーションを持つ。
・タマ…シキのメンバーの一人「白の巫女」。キャッチコピーは”みんなの妹”
・クウダン…依代としてオヤシロサマの言葉を口寄せする大きな体の男。
・ガウビ…ハナ達シキの巫女のお世話係。物腰は柔らかく紳士的。
●前回までのあらすじ
自分達の潜むイーダスタの森にある洞窟まで届く賑やかな声に興味を持ったココロに、ヤック村で行われている神事について教えるポーラー。それは近年イーダスタに入り込んだ”オヤシロサマ”と名乗る宗教団体が行う「言葉卸の儀」と呼ばれる儀式であった。
建国以来伝えられてきたイータンダティル信仰を払拭し、次々と村人達を信者にしていくオヤシロサマ信仰をポーラーはあまり好まないとココロ達に語った。
新たに表れたオヤシロサマと古くから伝えられるイータンダティルの信仰を説明したポーラーは、今度はココロ達の旅について聞いてみたいと言い出す。
同じANTIQUEの能力者であるアクーにはそれをしっかりと伝えたいと考えていたココロはアクーとポーラーを前に、新たな能力者が仲間になる度に語ってきたゲンムとの出会いから話し始めるのだった。
アクーとポーラーが、ココロの語る冒険譚に耳を傾けているちょうどその頃、イーダスタの森に程近い集落、ヤック村ではポーラ―の言うところの「祭事」が賑々しく繰り広げられていた。
ヤック村は人口百人ばかりの小さな村で主な産業は農業と牧畜。男達は狩りをして暮らしていた。
最近では隣国のテリアンドスを拠点に豊かな自然や村の伝統工芸品を目当てに観光客も増えてきた。
彼らを快く迎え入れる村民達は決して閉鎖的な原始的民族と言う訳ではない。昔ながらの生活 基盤を大切にしながらも、それなりに純朴に、それなりに強かにみな生活していた。
どんな世界でもそうであるように、このヤック村にも先祖代々信じられてきた創世伝説と古代神を祀る信仰があった。ポーラーがココロ達に説明した、”イータンダティル”だ。
そんなヤック村に新たな信仰の風を吹き込んだのが、“オヤシロサマ”と呼ばれる神を崇拝する一団であった。
イータンダティルが多神教で、創世の伝説以外にこれと言った物理的ご利益がないのに対し、唯一神であるオヤシロサマは村に有益な預言をもたらすと言う奇跡を見せつける事で瞬く間に村人達の心を掴んだ。
それと同時に、月に二度は行われると言う「祭事」が村人達を虜にした。「シキ」と呼ばれる三人の美しい娘達が織りなす、見た事もない踊りと聞いた事もない歌が、村の若者達を中心に熱狂的な信者を生み出していった。
ポーラ―が村に滞在中目にしたと言うその祭事は、彼の言う通り真昼のような光の中で今日も若者達を熱狂の渦に巻き込んでいた。
何曲目かのシキによる奉納の歌が終わると、巫女の舞を見ていた村人達は一斉に拳を夜の空に突き上げ、声の限りに叫んだ。
彼らの陶酔しきった目に映る一際明るい舞台の上では、息を弾ませた三人の娘が立っていた。娘達はヤック村では見た事もない奇抜な恰好をしている。
柔らかく膨らんだ肩から細い腕をぴったりと包んだ袖が伸び、ウエストは編み上げた紐で究極まで絞り上げられていた。
それに反して下半身を覆うスカートは咲いた花のように大きく広がるフレア型で、東の大国クナスジアの貴族の服と似ていた。だが決定的に異なるのはそのスカートの(たけ)丈が異常に短い事だ。
イーダスタに限らず、プレアーガの文明国に暮らす女性は肌の露出をあまり好まない。しかしシキの三人はその短いスカートから健康的で、陶器のように美しく長い脚を惜しげもなく晒していた。
三人はそれぞれ主となる色を配した、同じようなデザインの服を身に着けていた。
真ん中の娘は濃い桃色の服を、その右隣の娘は黄色、左の背の低い娘は白、と言った具合であった。桃色の服の娘だけが極端に大きな眼鏡をかけている。
熱狂して叫ぶ観衆に向かって三人は汗を浮かべ、上気した美しい笑顔で手を振っていた。
真ん中に立つ桃色の服の眼鏡娘が、意味のない言葉を叫び続ける村人達に向け、大声で話し始めた。
ポーラーの言う通り、その声は舞台から最も離れた観衆の耳にも容易に届く大きな声であった。
「みんな――――!今日も私達シキの“言葉卸し”に参加してくれて、ありがとぉ――――――――!」
まだ幼さの残るその声で桃色の娘が話し掛けた途端、今まで以上の大きな叫びが会場から沸き上がった。
波が引くようにその雄叫びが治まり掛けたのを見計らった桃色の服の娘は続けた。
「儀式はまだまだ続くけどぉ、ここで僭越ながらいつものメンバー紹介、しちゃっていいかーい?」
再び会場が熱気に包まれる。
「ありがとー!それじゃあ行くよぉ?まずは白の巫女ぉ、タマちゃ―――ん!」」
娘が左手を大きく振ると、左端に立つ白い服の娘が話し始めた。
ボブショートの美しい髪を揺らす頭の上には、何のつもりか猫の耳のような飾りをつけ、これも当然 偽物であろうが、丸い尻から白く長い尻尾が飛び出て揺れていた。
「はいは―――い!みんな、今夜もありがとねー!衣装もハートも真っ白しろすけ、あなたの色で染めて育てて、皆の妹、タマちゃんでぇ――――っす!」
タマと名乗った白い服の娘が叫ぶと会場は今まで以上の歓声で包まれた。その歓声が鎮まる頃、桃色の娘が今度は右側に手を伸ばしながら言った。
「男性 諸君気を付けて!今夜も大胆セクシー姉さん、ヒカルちゃん!」
黄色い服の娘が一歩前に出る。ヘアバンドを利用して真ん中から分けたストレートの髪を真っ直ぐに胸の近くまで垂らしている。
長い睫毛に覆われた切れ長の目を妖しく輝かせ、厚い唇は皮肉にも見える笑みを浮かべている。三人の中で最も美しいプロポーションをした娘であった。
「見つめ過ぎたら目が眩むよ、皆を明るく照らす黄色の巫女!ヒカルだよぉ―――ん」
甲高い悲鳴のような歓声が上がる。
「さぁぁ、お待たせ、最後は私!元気いっぱい笑顔は満開!笑顔の花を咲かせるよ!桃色の巫女、ハナちゃんどぇ~~~~~っす!」
眼鏡の娘が楽しくて堪らない、と言った笑顔で観衆に向けて自己紹介をした。大地を揺るがすかのような大歓声が沸き起こる。
ハナと名乗った眼鏡の娘は、背はあまり高くはないが健康的な体格をしており、たっぷりとした髪の毛を無造作に頭の左右で大きく二つに結わえている。
二つに束ねられた左右の髪が、彼女の動きに合わせて大型犬の耳のように揺れる。美人と言うよりは可愛らしい娘であった。彼女も白の巫女であるタマと同様に、尻の辺りから、こちらは太くて丸い茶色の尻尾をぶら下げていた。
「さ~、皆!今夜の儀式もあと少しで終わっちゃうけど、最後までばっちりついてきてねー!」
ハナが大声で観衆に語り掛けると、最早集団狂気としか思えない程の大歓声で彼らはそれに答えた。
それと同時に激しく、早い音楽が大音量で鳴り響いた。その瞬間、今までニコニコと笑っていた三人の巫女の表情は一変して真剣なものとなり、その音楽に合わせて舞を始めた。
髪を振り乱し汗を飛ばして完璧なチームワークで狂ったように踊りながら、シキの娘達は声を合わせて歌い始めた。
その歌が会場に流れ始めると、儀式に参加していた観衆は一斉にその場で跳ね始めた。
音楽に合わせて歌い、踊るシキと、それを見ながら激しくジャンプを繰り返す観衆の間で、儀式の場は恐ろしい程の一体感を生み出していた。
夜の闇を掻き消す眩い光と、空気を揺るがす大音響の中で、狂気じみた演舞が終わった時、一瞬の静寂が訪れ、そして再び信者達の大歓声が沸き上がった。
興奮のあまり男達は服を脱ぎ捨て、女達は笑い泣きをしながら頭を抱えて地にひれ伏した。会場は完全なトランス状態に陥っていた。
舞台の上で息を弾ませながらシキの巫女達は、汗だくの顔に笑みを浮かべてそんな会場を見渡していた。
暫くの後、ハナが静かな声で語り始めた。
「皆、今夜も一緒に儀式に参加してくれてありがとう。お陰で今夜もオヤシロサマに歌と踊りを奉納できたよ。皆の元気もいっぱい溜まってきたみたいだし、そろそろ彼を呼んでみようか?」
そう言うとハナはもう一度ニッコリと笑って間を取った。
「ヘイ、カモン!クウダン!」
ハナがそう叫ぶと同時にシキの三人は左右に分かれた。会場の光が落ちていき、辺りに闇が返って来る。そんな中、舞台中央の奥だけがぼんやりと光っている。
やがてその光の中に、椅子に座ったままの姿勢で一人の男が浮かび上がってきた。
肘掛けに両手を置いたまま、俯き加減のその男はまるで牛のように体が大きかった。
その頭には、巨大でまるで風船のように丸い被り物を載せ、大きな襟のついた重そうな服を身に着けている。預言を伝える依代であるクウダンだ。
神秘的な光に包まれたクウダンが舞台中央に完全にその姿を現すと、あれ程 熱狂し大声で叫んでいた観衆は静まり返り、ある者は固唾を飲んで彼の姿を見つめ、また一部の者達は地に膝をつき頭を下げた。
やがて、会場中にクウダンの低い声が響き渡る。
「オヤシロサマの御言葉は降りた」
その言葉を聞くなり更に数十人の民衆が地に膝を折り、拝むように両手を合わせた。
クウダンが顔を上げた。恐ろしくも見える凛々しい目は赤く光っていた。力強く張った顎と、結ばれた大きな口がゆっくりと動き出すと、その口からオヤシロサマの言葉が吐き出された。
「我が愛する村の民よ、次の冬を恐れるな。温暖にして平和なる冬が訪れる。次の夏に気をつけよ、雪のない冬を越し、雨季に雨がなければ地が乾く。我を称えよ、我に従え。飢饉のない平和な年を過ごす為、我には皆を導く用意がある」
クウダンが語る言葉を聞いた群衆の中から、ため息交じりの声が漏れる。更にクウダンの“預言”は続く。
「我が言葉を降ろし続けよ。広く世界を見据え、外の者を恐れず新たなる時の到来を受け入れよ。考え、工夫し、苦労を厭わず貧困を恐れるな。勤勉であれ、古きものを憎み、排除せよ。己が為に生きるな、神の為に生き、神の為に死するべし。さすれば永遠の安泰は、繁栄と栄華を伴い、お前達と共にある…」
クウダンの語る神の御言葉はそれで終わったようだった。その後は一言も発する事なく、再び顔を下ろした。
クウダンは現れた時と同じように、椅子に掛けたままゆっくりと舞台の下へと消えて行った。クウダンがいなくなった舞台を見つめたまま、それでもまだ静寂は続いていた。
その静寂を破ったのはシキのリーダー、眼鏡のハナだった。
「ねえねえ、今のわかったぁ?」
「全然わかんな――――い」
ハナの問い駆けにタマが即座に答えた。それと同時に舞台が再び明るい光で満たされる。一度 脇に避けたシキの面々が、好き勝手に話しながら舞台中央に集まって来る。
「今のって、どんな意味なんだろうね?」
「だからぁ」
ハナの更なる問い掛けに黄色の巫女であるヒカルが答える。
「今年の冬はそんなに寒くないから過ごしやすいよって。だけど雪が少ないから夏は水不足になるんじゃない?って事でしょ?雨季に雨がちゃんと降らないとマジでやばいよって」
「だけどオヤシロサマをちゃんと敬っていれば雨を降らせるよーって事?」
ハナがヒカルに質問する。
「多分…」
ヒカルが自信なさげな声で答えた。
「じゃあ、その次のは?ひろくせかいをみすえ…ってやつ」
舌足らずな声でタマが仲間達に訊く。
「う~ん、よくわからないけど。狭い村の中だけじゃなくって、他の国の事もよく見なさいよって事かなぁ?」
ヒカルが答えるとハナとタマはぽかんとした顔のままだ。
「あぁ、だからぁ!一生懸命考えて、外国の人をどんどん呼びなさいって聞こえた。その為の苦労はしなきゃだめって。古い習慣とかはどっか置いといて、新しいものに目を向けなさいって」
「すご――――いヒカルっち!超頭いーじゃーん!」
ヒカルの説明を聞いたタマが大げさに驚いて見せると、すぐにハナが突っ込む。
「今の説明でわかった?」
「んーん、ぜんぜん」
タマが悪びれずに首を振る。
「あらら」
「バカ」
最後にヒカルが冷徹に締めくくった。
「タマちゃんバカじゃないも―――――ん!」
タマが頬を膨らませて抗議する。
「と、とにかく」
今にも喧嘩を始めそうなタマとヒカルを宥めるようにハナが割り込んだ。
「自分が楽に生きようとしないで、自分が生きるのはオヤシロサマの為、死ぬ時もオヤシロサマの為って言う風に思って生活していれば、この村は安泰って事でしょ?」
「あ、言ってた」
「うん、確かに言ってた」
ハナの言葉に、タマとヒカルが同意する。
「だって、皆!聞いた?」
突然ハナが黙ったまま舞台上のやり取りを見ていた観衆に向かって話し出した。
「オヤシロサマをちゃんと信じていれば、皆幸せになれるんだって!これからも儀式にはどんどん参加して、お供え物して、オヤシロサマを大事していこうね!私達もオヤシロサマが喜ぶように一生懸命)がんばるから!」
「だな、何せオヤシロサマは、歌と踊りと皆の笑顔が何より大好物だ」
「よぉし!じゃあ次でいよいよ最後の曲だよ!今夜も素晴らしい御言葉を降ろしてくれたオヤシロサマに感謝の気持ちを込めて一緒に歌ってね!」
ハナが叫ぶと、静まり返っていた会場に再び熱狂の波が戻ってきた。そして音楽、三人は息を合わせて体を動かし始めた。
そんな会場の隅の方で、この熱く燃えるような儀式の様子を静かに見つめる男がいた。黒い髪を目の前まで垂らしたその男は、背は高かったがとにかく細かった。
体も細いが、熱狂の渦に巻き込まれる会場を見つめる目も針のように細く、吊り上がっていた。
整った顔をしてはいたが、表情の乏しいその細い目と薄い唇が、見る者に冷徹な印象を与えた。
「よくやるわ」
舞台の上で激しく踊るシキを見つめながら男は呟いた。ずる賢そうな頬に皮肉な笑みが浮いていた。
その時、男の背後からバタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「ガウビさん!」
大きな足音を鳴らして近づいてきた二人の男が、会場を見つめていた細目の男に背後から声を掛ける。ガウビ、と呼ばれた男は何事かと背後を振り返った。
そこには二人の男が息を切らせて立っていた。かなり長い距離を全力で駆けてきたらしく、男達は暫くの間 膝に手をついたまま話す事も出来ず、苦し気に息をしていた。
そんな彼らを見たガウビは、さっきとは打って変わって優しい笑顔を顔いっぱいに作ると、穏やかな声で彼らに話し掛けた。その言葉は紳士的でとても礼儀正しかった。
「やあ、あなた達は確か会場係を手伝ってくれていた…。どうしたのです?そんなに慌てて。言葉卸しの儀式が終わるまで持ち場を離れてはだめではないですか」
ガウビがやんわりと指摘すると、走り寄ってきた男達は漸く顔をあげた。一人が切れ切れに話し始める。
「す、すみません。持ち場には、何人か残してきました。俺達が代表で…急いで、ガウビさんにお伝えしようと…」
それを聞いたガウビは賢そうな額に皺を寄せて尋ねた。
「一体何があったのです?」
「はい、あの、俺達、会場の北側を担当していたんです。あの、川の所…」
「それで?」
「はい、儀式が始まったら俺ら入口の係は暇なもんで、ぼんやり川を眺めていたんすけど、そしたら、何か大きなもんが流れて来て…」
まだ乱れた呼吸のまま必死に話す会場係の男が何を言おうとしているのかいまいち掴みきれないガウビは額に寄せた皺をそのままに、黙って続きを待った。
「一体何が流れてきたのかと思って、俺ら、それを棒で掻き寄せてみたんです、そしたら…」
「そうしたら?」
ガウビが訊き返すと、男達は急に言葉を飲みお互いの顔を見合わせた。
「何です?一体何が流れてきたと言うんです?」
「それが…」
男は話そうとしたが、どう説明したものか迷っている様子で再び言葉を切った。その途端、今まで黙っていたもう一人の会場係が急にガウビの腕を強く掴んだ。
「とにかく、見ていただいた方が早い!一緒に来てください!」
そう言いながら男はガウビの腕を引いた。ガウビは慌てたように自分の腕を引く男の力に抵抗した。
「何を言っているのです、気は確かですか!私は巫女達のお世話係ですよ!間もなく儀式が終わろうかと言う時に私がここを離れる訳にいきますか!」
「で、でもとにかく見てもらわないと!」
男は男でそう言いながらガウビの腕を引く力を弱めなかった。それどころか、もう一人の男まですがるようにガウビの腕を掴みはは始めた。
「ち、ちょっと落ち着きなさいあなた達。わかった、わかりました!とにかく落ち着いて、儀式を終えた巫女達を出迎える仕事を別の者にお願いしてきますから、少しだけ待っていてください。すぐです、すぐに戻りますから、一度その手をお放しなさい」
ガウビが必死の声で言うと、男達はもう一度顔を見合わせ、それからゆっくりと手を放した。
体の自由を取り戻したガウビがため息をつきながら乱れた髪を手でなおす。取り乱した声を出した事を恥じるように一際冷静な声で言った。
「いいですね、すぐに戻ります。私が戻ったらすぐにその流れ着いたものの所に案内してください。わかりましたね?」
「…は、はい!」
「よろしい。で、では、ここでしばらくお待ちなさい」
そう言うとガウビはシキが踊る舞台の裏へと続く細い通路を進んで行った。




