ヤック村
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーである始まりの存在、ゲンムに選ばれた能力者。強力なテレパシストであり、仲間を集める為にメッセージを送り続ける。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。地球から次元を超えてやって来た少年。現在クロムから受けた攻撃により意識不明の状態が続いている。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。ココロの生まれたアスビティ公国の軍人。仲間達を守ろうと常に先頭に立って戦う為負傷が多い。
・キイタ…大国の王女。最強と呼ばれる火のANTIQUEに選ばれた能力者。本人は極度の人見知りで気の弱い少女。
・ガイ…元はシルバーの部下であった剣士。雷のANTIQUEに選ばれた能力者で頼りになる男だががさつな性格がたまに傷。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた少年。頭脳明晰にして弓の使い手。驚異の身体能力とANTIQUEの能力を使いこなし、魔族をも圧倒する。
・ポーラー…世界を渡り歩く旅人。イーダスタの森で瀕死の状態で倒れていたアクーを助けた。それ以来森の中でアクーと生活を共にしてきた。
●前回までのあらすじ
クロムの攻撃により意識不明の重体に陥った大地を治療する為、イーダスタの森で足止めを食っていたココロ達一行は、そこで出会った六番目の能力者アクーと、彼と暮らすポーラーと言う青年に助けられる。アクーとポーラーは豊かな知識と確かな技術で大地を治療して見せた。
森へ食料を探しに行ったガイは一緒に来たアクーから、ねぐらとした洞窟に残ったココロ、シルバー、キイタはポーラーからそれぞれ二人の出会ったいきさつを聞かされた。
ガイ、アク―、ポーラの三人が捌き終わった食材を手に岩屋を出ると、焚き火から離れた暗がりにココロが佇んでいるのが見えた。
「ココロ様!」
ガイが慌てて彼女の傍に駆けつける。
「どうされました?こんな所にお一人で」
ココロは尋ねるガイを見もせずに遠くへ顔を向けたまま言った。
「何か聞こえる?あれは何?」
「え?」
そう言われて初めてガイも遠くから聞こえる賑やかな人の声に気が付いた。
「祭りだよ」
後から追いついてきたポーラーが答える。
「お祭り?」
ココロが訊き返す。
「ここを抜けた先に村がある。ヤック村と言うんだけどね。そこで祭事が行われているんだ」
「へぇ…。今夜はそのお祭りの日なんだ?」
「今夜はって言うか、月に二回位はやっているよ。ま、あれを祭事と呼んでいいのかどうか…」
「え?」
呟いたポーラ―の言葉にココロが顔を上げた時、突然アク―の悲鳴に近い声が響いた。
「ぅわ!何これ?」
自分達のねぐらが眩い銀色一色に光り輝いていた。見れば、どうやらその光の源はシルバーのようであった。後から入ってきたガイも同じように驚いた声をあげた。
恐る恐る中に足を踏み入れたアク―は、キイタの傍に寄ってもう一度尋ねた。
「何事?」
「あ、うん…デュールがね、どうしても今夜中にシルバーを治して見せるって、張り切っちゃって…」
聞かれたキイタが遠慮がちに答える。
「なるほど。しかしこの光の中で食事をするのは落ち着かないなぁ。夜も眠れそうにないし」
アク―がそう言うと、シルバーの体を包む銀色の光が急激に弱まっていった。
壁に背を預けたまま瞑目していたシルバーが静かに目を開く。
「心配するな。もう、それほど時間は掛からない」
シルバーがアク―を見つめながら静かな声で言う。アク―はキイタに肉の乗った盆を渡すと、シルバーの前に膝をつく。
「慌てずに治した方がいいよ?」
そう言うアク―の顔を笑顔で見つめながらシルバーが答える。
「大丈夫だ。食事をして、ゆっくりと眠れば明日には動ける」
「とてもそうは思えないけど…。とにかく、食事の準備をするね」
「頼む」
そう言うとシルバーは再び目を閉じてしまった。先程までの強さではないにしろ、未だにシルバーの体は薄い銀色の輝きに包まれていた。
アク―は暫く心配そうな顔でシルバーを見つめていたが、やがて立ち上がると食事の準備を始めた。
「さっきの話だけど」
ココロがポーラ―に向かって言った。夜の食事も大方終わろうとしている頃であった。家の外は完全に夜の闇に沈んでいた。
食事を終えるなりシルバーは早々に眠ってしまい、キイタは時々苦し気な声を上げる大地の傍で彼の額の汗を拭っていた。
周りには今、アク―とココロ、そしていつまでも肉に食らいつくのをやめようとしないガイが座っていた。
「さっきのって?」
ポーラーが顔を上げる。
「ヤック村の、祭事の事?あれは祭りとは呼べないって聞こえたけど?」
「ああ、うん…」
返事をしたポーラ―はリラックスしたように姿勢を崩すと話し始めた。
「俺は何も半年間ずっと森の中で生活していた訳じゃない。イーダスタに来た当初はヤック村に宿を取っていたんだ」
ココロとガイは黙って彼の話しに耳を傾けた。
「ヤック村にいる頃、俺は何度かあの祭事を見た事がある」
「どんなだったの?」
「うん…」
どう説明したものかポーラーは迷った。彼の持つ常識では全てを口で説明しきる自信がなかった。だから返事をしたまま、暫く頭の中で自分の見たものを整理した。
「何て言うのか…、とにかく眩しかった」
「眩しかった?」
奇妙な感想にココロが怪訝な声を出す。その背後でキイタも顔を上げ、ポーラ―の背中を見た。話に興味を持ったようだった。
「広場になったような所に大勢の人が集まっていて、行われるのはいつも夜だったけど、その広場は明るかった。真昼のように、まるで…まるで光の洪水だった…」
ポーラ―は宙に目をさまよわせながら話し続けた。話しながらポーラ―の頭の中には、自分の見た異常とも思える情景がまざまざと蘇っていた。
ココロもキイタも黙っている。ガイも肉を持つ手を止めたままポーラ―の横顔を見つめ、彼の次の言葉を待っていた。
「集まった大勢の人々は天に拳を突き上げて大声で叫ぶ。彼らは皆、広場の奥に設けられた舞台に注目しているんだ。その舞台では鮮やかな服を着た女が数人、歌ったり踊ったりするんだ」
「踊り子か?」
ガイが訊き返す。
「いや。どちらかと言うと彼女達は巫女、なのかな?その歌も踊りもとにかく早くて、何を言っているのか理解できなかった…。ただ不思議だったのは、遠く離れている筈の彼女達の声はものすごく大きくて、まるですぐ隣で歌っているようによく聴こえた」
「夜なのに真昼のように明るくて、遠いのにすぐ近くで声が聴こえる…」
「うん…」
ココロの呟く声にポーラ―が頷く。
「その不思議な光景を何度もこの目で見た俺自身、未だに信じられない思いなんだ。だから、あまりうまく説明はできない」
自信なさげに語るポーラーに、ココロとガイは顔を見合わせた。
「僕も一度だけその祭りを見た事がある。と言っても離れた木の上から遠くに眺めただけだけど…」
アクーが静かに言葉を挟んだ。
「遠くにいても歓声が地響きのように感じられた。会場は熱狂の渦だったよ」
光の洪水の中、歌い踊る巫女を見て熱狂し、大声を上げる人々…。
聞いているココロ達にも、いまいちその情景を思い浮かべる事ができなかった。
「とにかく、状況はそんな感じなんだが、それが神事だと言われるのは、それがオヤシロサマと呼ばれる神様の言葉卸の儀だからなんだ」
「オヤ、シロサマ?言葉卸って?」
聞きなれない言葉に、今まで黙っていたアク―が口を挟む。
「うん。つい最近突然ヤック村に現れたオヤシロサマと言う神を信仰する集団だ。奴らは村の中に突然大きな神殿を造りそこで暮らし始めた。ご神体は今言ったオヤシロサマ」
皆増々混乱したような表情でお互いの顔を見合わせた。
「そのオヤシロサマとかってのは、どんな神様なんだい?」
思い出したように肉を咀嚼しながらガイが尋ねる。
「ご神体の姿を見た者はいないんだが、オヤシロサマは預言を授けるんだ」
「預言だって?胡散くせぇなぁ随分と」
ポーラーの説明にガイが不快そうな顔で切って捨てる。どうやらガイはその手の輩が嫌いなようだった。
そんなガイの反応に苦笑しながらポーラーは説明を続けた。
「俺が見た歌う巫女ってのは、シキと呼ばれる女達だ。シキが歌と舞を奉納するとオヤシロサマがありがたい預言を与えてくれる。その預言を受け取り、口寄せで披露するのはクウダンと言う名の巨大な体をした一人の男だ」
ポーラーの説明に、一同一言も挟む事なく聞き入った。
「預言の種類は様々だが主には村人の生活に密着した内容だ。天候の様子や農作物のでき、山の状態、川の状態…。稀に、村人の生き死にもな」
「村人はそれを信じているの?」
ココロが訊く。
「今はほとんどの村人がオヤシロサマを崇拝している。なぜならその預言がよく当たるからだ」
「やけに詳しいな?」
雄弁に語るポーラーにガイが疑問を差し挟んだ。
「ヤック村と言うのは小さな田舎村だが、なぜか今観光に強く力を入れている。オヤシロサマの神事はその目玉と言っていい」
「あなたも信じているの?」
ココロがポーラーに尋ねた。ポーラーは一瞬驚いたような顔を彼女に向けたが、すぐに微笑んで答えた。
「いいや、俺はただの観光客だ。異国の宗教なんて信じない。それに、どちらかと言うとオヤシロサマは嫌いかな?」
「嫌い?」
アクーが眉間に皺を寄せて訊き返す。
「ああ。あの村には昔から崇拝されている神々がいる。いや、ヤック村だけではなく、このイーダスタのかなり広い範囲に渡って”イータンダティル”と呼ばれる共通した神話が語り継がれているんだ」
そう言うとポーラーは心持ち顔を上げ、まるで夢でも見るような表情で語り始めた。
「ドーンストロー、プリネウス、カゲツミネの神々…。星読み、山読み、雲読み、風読み…。コーシエル、ボウの三日目に行われる白流しの行事…。先祖代々、国民はこれらイーダスタ建国神話の神々を崇め、それにまつわる行事を行ってきた。この森には、そんな土着の信仰と共に歩み続けてきた祖先の想いと素朴な生活が溶け合って存在している。勿論、これらを古い迷信と切って捨てるのは容易い。だけど、宗教の意味って本当かどうかじゃないだろう?どの道本当ではないなら、俺は由緒正しきイータンダティルの神々の方が好きだな」
「へー」
ポーラーが揚々と語る話の半分も理解できなかったココロは、それ以上返事のしようがなかった。
「まあ何だな、さすがは旅人って事?」
ポーラーの披露した知識にガイがぽつりと言った。
「旅だったら君達だってして来たじゃないか」
ポーラーが言うと、ガイはすぐにそれを打ち消すように言った。
「俺らは物見遊山じゃねえからなぁ」
続けてココロも言った。
「それに、何だかんだ言ってまだ西側諸国からも出られていないし…」
彼らが取り合えずの目的地として設定したクナスジアも、クロムがエクスヒャニクとともにいるザシラルも、今はまだ遠い海の向こうに広がるプレアーガ東大陸にある。
「とは言えまあ、あそこで寝ている大地には誰も敵わねえだろうけどな」
ガイが奥でキイタの介抱を受けている大地に目をやりながら言う。
「彼はどこから来たの?見た所姿かたちは君達の誰とも違うけど」
アクーも大地の方を振り返りながら尋ねる。
「大地は元々この世界の人間じゃなくてだな、ANTIQUEの力で次元を超えてここまでやって来たんだ」
「は?」
ポーラーとアクーが同時に声を上げ、大地に向けていた顔をガイに戻した。
「つまり…あ~、うまく説明できないんすけど」
ガイが助けを求めるようにココロの顔を見た。ココロは苦笑いを浮かべて答えた。
「う~ん、長くなるよ?その話」
「いや、聞きたいな、君達の旅の話を」
身を起こしたポーラーが、今度はココロの話を聞く姿勢になった。
「そうだね…、確かにアクーには聞いておいて欲しいかな?今日までの私達の旅を」
ココロはアクーの顔を見て静かに言った。ココロに見つめられたアクーは、ふいに真面目な顔になると、やはり彼女の話を聞く態勢を取った。
ココロは一つ小さく息を吐くと、ゲンムと初めて出会った日の事から順を追って話し始めた。




