ポーラーのこと
●登場人物
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた能力者。がさつで余り頭は良くないが、戦闘能力は高くシルバーと双璧を成す実力者。また、友情に熱く、人情家。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた能力者。ココロよりも背の低い少年だが、頭脳派明晰。身体能力に優れ、特に弓の腕はぴか一。皮肉屋でいつも相手を小馬鹿にしたような態度を取るのがたまにキズ。
・ポーラー…イーダスタの森の中でアクーと一緒に暮らす放浪者。巨体のガイをも凌ぐ長身を誇りながら、その性格は穏やかで優しい。いつもどこか飄々とした態度で過ごす。
●前回までのあらすじ
無事に大地の治療を終えたポーラーは、アクーとガイが連れ立って森へと狩りに出掛けてしまうと、自分とアクーとの出会いを残ったココロ、シルバー、キイタの三人に語って聞かせた。
アクーはまだ寒い日に川の中で倒れていたところをポーラーに救われていた。しかし意識を取り戻したアクーは発見されるまでに一切の記憶を失っていたと言うポーラーの話しに三人は言葉を失った。
時折寂しそうな顔を見せるアクーは、きっと自分の記憶を取り戻したがっている。その為には、本当の仲間と共に、本当にあるべき場所へと行き、本当にやるべき事をしなくてはならない。そう考えたポーラーは、ココロに、何とかアクーをこのイーダスタの森から連れ出して欲しいと頼む。
一方、夜の森で大きな牡鹿を仕留めたアクーも、同行したガイに本音を漏らす。ココロとガイを襲った魔族はフェズヴェティノスだと伝えたアクーは、彼らに対する理由のわからない憎しみを訴えた。
アクーが素直に自分達の仲間にならないのは、そのフェズヴェティノス達から森とポーラーを守ろうとしているからだと話しを聞いたガイは感じた。
お互いを思いやる余りすれ違い、矛盾した思いを抱えるアクーとポーラー。果たしてココロ達は無事にアクーを仲間にする事ができるのか?
みるみる暗くなっていく森の道を、ガイはアク―の背中を見失わないように気を付けながら歩いていた。
頼りなげに小さく薄い背中だが、自信を漲らせてまっすぐ立つアク―の背中には、言いようのない力強さを感じた。
「なあ」
鹿の体を背負い直しながらガイがそんなアク―の背中に話し掛ける。
「何?」
「いや…。助けてくれた礼をまだ言っていなかったな」
ガイがそう言うと、足を止めたアク―が振り返った。相変わらず表情のない顔でガイをじっと見る。
「正直、俺一人だったら姫を守る事も難しかった。恩に着るよ」
そう言われたアク―は、ぷいっと顔を背けると聞き取れない程の小さな声で言った。
「そんな事…、別に」
アク―のそんな態度に、ガイはニヤリと笑った。生意気な事ばかりを言っているが、子供っぽい照れ隠しのそんな仕草が何とも可愛らしく見えたのだ。
勿論そんな事を言えばプライドの高いアク―がまた怒り出すのは間違いがない。ガイはニヤニヤしたまま話を変えた。
「あの時のあの敵、あれは一体何だ?」
「フェズヴェティノス」
「え?」
「三種の魔族の一つだよ。知能の低い、乱暴な奴らだ」
「フェズヴェティノス…」
新たな敵の名前を口に出してみたが、その後はもう何も言わず歩みを止めないまま語るアク―の話をガイは聞いた。
「僕はいつも森の入口を見張って奴らの姿が見えたら、片っ端から射倒してきた」
「ああ」
鹿を背負ったまま、ガイが何かを思い出したように声を出す。
「だからあの時あいつらはお前の姿を見て、“またあいつだ”と叫んだんだな?」
「あいつらを森には入れさせない…」
アク―はガイに向かってと言うよりは、独り言のように呟いた。
それから暫く二人とも無言のまま歩いていたが、前方にねぐらの明かりが見え始めた頃、ガイがアク―の背中に声を掛けた。
「それか?」
「え?」
ガイの言葉の意味を掴みかねたアク―が振り返る。鹿を背負ったガイが真剣な顔で見返してくる。
「それがお前の言う、色々な問題ってやつか?お前はこの森をを守っているんだな?だからすぐには俺達と一緒に行けないって、そう言う訳だ?」
アク―はガイのその質問にすぐには答えず、再び前方に向き直ると歩き始めた。
「それだけじゃない」
更に暫く歩いた所でアク―が言った。
「それだけじゃないって?」
ガイが訊くとアク―は、背中で小さなため息をついてから答えた。
「ポーラーがここを出ると言うのなら僕も一緒に行くつもりだった、昨日までは…。森を守るとか、そんな事じゃないよ…」
言葉の続きを待つようにガイは黙っていた。アクーは一度歩みを止めたが、振り返る事はせずに口を開いた。
「それ以上に僕は奴らが嫌いなんだ。理由はわからない。あのフェズヴェティノスの連中を見ると、ワケもなく腹が立って…皆殺しにしたくなるんだ」
静かな、さりげない口調で語るアク―の言葉に異様な迫力を感じたガイは、何も言えずに唾を飲み込んだ。
「それは多分ね…」
ガイが何も言わないのを確認したように再びアク―が話し始めた。
「ANTIQUEとは関係のない、僕の過去にまつわる何かが理由なんだと思う」
「お前の過去って?」
ガイが訊き返す。アク―は足を止め、その足元を見つめた。
「わからない」
「え?」
アク―は静かにガイを振り返ると、少し微笑んだような表情で言った。
「僕には、ポーラーと出会う前の記憶がないんだ」
ガイはまた言葉を失い、道の先から自分を見返すアク―の顔を見つめた。アク―は、ふっと息を漏らすとガイから目を外し、また歩き始めた。
「でもね…」
歩きながらアク―は話す事を止めない。ねぐらはもうすぐ目の前まで近づいていた。
「ポーラーには帰る場所があるんだ。彼は別に一人で森の中で暮らしていた訳じゃない。本当はどこかに家があって、家族もいる筈なんだ。だけど…」
アク―は再び足を止めた。どうやらこの話をガイ以外の者の前で話す気はないらしい。
「ポーラーは僕の事を何も聞かない代わりに、自分の事も何も話さない。それはそれで構わないけど、少なくとも、この森にいる内は僕が守ってあげないと…」
「そこまでしてポーラーを守ってやるのは、何か理由があるのか?」
「え?」
「ココロ様の声は聞こえていたんだろう?ANTIQUEの能力者が十人 揃わなけりゃポーラーだけじゃない、この世界、宇宙全てが魔族に滅ぼされてしまうんだ」
「知っているよそんな事。ハルに散々聞かされたからね」
「じゃあ、どうしてだ?」
「僕はポーラーに拾われたんだ。このイーダスタの森の、川の中で倒れていたらしい。ポーラーはそんな僕を連れて帰り、手当てをしてくれた。それだけじゃあない、僕に弓の使い方や動物の捌き方を教えてくれたのもポーラーだ」
「何があった?」
「言ったでしょ?ポーラーの元で目を醒ます以前の記憶は殆どないんだ」
「なるほど、一宿一飯の恩義ってやつか、忠犬だな」
ガイがからかうように言うと、アク―は殺意の籠った目でニヤつくガイを睨んだ。
「わざと僕を怒らせようとしている?それとも君は死にたがりなのか?いい趣味じゃないな、君の冗談は笑えない」
「センスの問題じゃないかぁ?そんな怖い顔するなよ、何でそんなに拘る?」
「さあ?でも犬呼ばわりされて喜ぶ奴もいないと思うけど?」
するとガイは背中の鹿を一度背負い直し、ニヤリと笑った。
「じゃあこうしよう、まずは俺ら全員で獣狩りだ」
「は?」
何を言っているの?と言いたげな表情でアク―がガイを見る。
「その、フェズヴェティノスを俺らで殲滅しようぜ。そうすりゃぁ森も安泰、お前も安心してポーラーを見送り、俺らの仲間になる事ができる」
能天気な笑顔で自分を見ながら語るガイの顔をアク―はじっと見つめた。やがてアク―はため息をつくと、顔をねぐらに向けながら言った。
「お気楽だねぇ」
アク―は呆れたと言った風に首を振りながら足を踏み出した。その背中に即座にガイが声を掛ける。
「そうやってやりもしない内からあれもダメこれもダメと諦めてポーラーの傍に居座る気か?」
そう言われたアク―はきっとした顔でガイを振り返った。
「簡単に言わないでよ!君だって僕が助けなかったらやられていたくせに!あの土の能力者と鋼の能力者だって戦うどころか、まともに動く事だってできないじゃないか!こんな状態でフェズヴェティノスを殲滅だなんて、一体どうやったらそんな考えが浮かぶんだ!」
言われたガイは堪えた様子もなくニヤニヤ笑ったまま言った。
「まあ、俺ゃぁ頭は良くないからな」
アク―は更にガイを罵倒しようと口を開きかけた。その時、背後から自分を呼ぶポーラーの声が聞こえ、軽くそちらを振り向く。
「アク―?戻ったのか?」
焚き火の光が届かない場所に立つ自分を、ポーラーはまだ見つけていないようだった。ガイと言い争う自分の声が聞こえたのだろう。
アク―は小さく息をつくと、打って変わって冷静な声に戻り、冷めた目でガイを見つめて言った。
「君に話したのは無駄だったようだね」
そう言い放つとガイに背中を見せ、残りの道をかけて行った。
「結局お前は、ポーラーの傍にいたいんだろう?」
ガイはもう一度鹿を背負い直すと、アクーに聞こえない程度の声音で呟き、自分も歩き出した。
アク―が姿を見せると、心配そうな顔をしていたポーラーが安心したように微笑んだ。アク―は無言でそんなポーラーを押しのけるように洞穴の中に入ると、狩猟道具一式を外し、投げ出すように隅の方に置いた。
「ほい、ただいまぁ」
無言のアク―の後から一際明るい声を出しながらガイが現れた。現れるなりガイは、仲間の輪の中心に背中の鹿を下ろした。
「こいつはすごい」
ポーラーが呟く。
「だろぉ?アク―の腕は大したもんだ、俺なんかほら、これだけ」
言いながらガイは腰にぶら下げた二羽の鳥を差し出した。
「これもありがたくいただくよ」
ポーラーは笑顔でガイの差し出す獲物を受け取った。
「ポーラー、準備をしよう」
アク―が少し苛立ったような声で言うと、背中を向けて暗がりへ歩み去って行った。ガイが何の事かとポーラーの顔を見る。
「隣のもう少し小さい岩屋には水が湧いている。獲物を捌くにはもってこいだ」
「なるほどな。手伝うぜ、取り敢えずこれは俺が運ぼう」
そう言うとガイは一度下ろした鹿の体を再び背中に背負い、ポーラーと共にアク―について行った。
先に向かったアク―が準備をしたらしく、既に松明の光が漏れていた。ポーラーが中に入るのに続き、ガイも鹿を背負ったまま岩屋の中に足を踏み入れた。
奥の小さな滝の辺りまで進んだ。こちらの洞穴は狭い代わりに天井が高く、ガイやポーラーが立ったままでも奥まで入り込む事ができた。
「ここでいいか?」
一応確認をしてからガイは背中の鹿を滝の近くに横たえた。腰を伸ばし、改めて中を見回す。
「おい、アク―!何やってる!」
突然ポーラーが叫んだ。見ればアク―が大きな包丁を鹿の腹にあてようとしていた。
「お前はこっちの鳥を捌け」
「何でさ、僕だってできるよ!」
アク―が包丁を片手に抗議の声を上げる。ポーラーはため息をつくとアク―に近づいて言った。
「そうだろうが今夜の獲物は俺達だけの食事じゃあない、失敗はできない」
言いながらポーラーは右手を腰に回すと、一本の細身のナイフを取り出した。半月状に反り返った、珍しい形のナイフだった。余程念入りに手入れをしているのか、松明の明かりを受けたその刃は眩しく光った。
「そら、これを貸してやろう。鳥を頼む」
そのナイフを見た途端、アク―の青い瞳がいつも以上にキラキラと輝きを増した。アク―はそっとポーラーの手からナイフを受け取ると、新しいおもちゃをもらった子供のような目で手の中のそれを見つめた。頬も心なしか上気したように赤みがさしている。
アク―は、そのナイフを手に鹿の側を離れた。入れ替わるようにポーラーが鹿の前に立つ。アク―は部屋の隅に寝かされた二羽の鳥の近くへ移動した。
「まだ修行中って訳だ?」
自分の傍らで鳥の羽を毟り始めたアク―にガイが声を掛ける。
「いつまで経っても大きな獲物を任せてくれない」
手を休めずにアク―が不満そうな声を出す。
「俺の仲間に料理の得意な奴がいたけどな、そいつもやっぱり他の連中には手を出させなかったな」
「もう僕だって鹿位 捌けるのに…。てんで子供扱いなんだから」
「実際子供じゃねーか」
ガイが言うと一瞬手を止めたアク―が鋭い眼差しで睨んでくる。ガイはニヤニヤ笑いながら肩を竦める。
「本当に皮肉屋だね、君は」
言いながらアク―は作業に戻る。無駄のない、見事な手捌きであった。
「そんなに大きな動物を捌いてみたいのか?」
そんなアク―の手先を見ながらガイが言った。
「みたいね。生き物の体がどうなっているのかもっと知りたい」
手を休めずにアク―が答える。
「大きな動物の方が人間に近い。体の仕組みがわかれば病気や怪我で苦しんでいる人を助ける事だってできる筈だ。そうだ、あの土の能力者が助からなかったら僕に彼の体を解体させてよ」
澄ました声でアク―が言った途端、傍にしゃがみこんでいたガイが素早い動きで立ち上がった。しかし、それよりも更に早いスピードでアク―が一歩下がり身構える。いつの間にかポーラーのナイフを逆手に持ち、ガイを睨みつけている。
「アク―!」
突然 睨み合いを始めたガイとアク―に驚いたポーラーが叫ぶ。
「今の冗談は笑えねぇぞ」
ガイが今にも相手を殺しかねない怒りに満ちた声を出す。
「センスの問題じゃない?」
ナイフを体の前に構えながら不敵な笑いを浮かべつつアク―が言い返す。
「ちょおっと、ちょっと!」
包丁を置いたポーラーが言いながら二人の間に割り込む。
「揉め事はごめんだよ。喧嘩するなら二人とも出て行ってくれるかな?」
言うとポーラーは一息つき、アク―の方へ体を向けた。
「アク―、そのナイフはそんな事に使う為のものじゃない。それがわからないようなら、まだまだそのナイフはあげられないな」
生徒に言い聞かせる教師のような口調でポーラーが言う。それでもアク―はまだガイを睨みつけていた。
「なるほど」
ガイがポツリと言う。
「皮肉には皮肉って訳か、仕返しのつもりか?」
「さあね」
答えるアク―はまだナイフを下ろそうとしない。ガイは身構えた拳を下ろすと、息を吐くような声で言った。
「仕返しだってんなら先に仕掛けたのは俺の方だ、すまなかったな」
突然怒りを収め謝りだしたガイに、アク―は虚を突かれたような顔で棒立ちになった。
「ポーラー」
「え?」
ガイに呼ばれたポーラーが振り向く。
「鳥なら俺にも捌ける。今後アク―が怪我人を助けるのに必要だと言うんだったら、鹿を捌くのを手伝わせてやってくれ」
言うとガイは、最早興味を失ったと言った顔で傍らの鳥に手を伸ばすと、アク―がしていた作業の続きを始めた。
そんなガイを見たアク―は、ムッとした顔のまま手にしたナイフをポーラーに差し出した。ポーラーはそれを受け取ると、後腰につけた皮の鞘にしまった。
「まったく…」
そう言った後、ポーラーは改めてアク―の顔を見つめる。いたずらがバレた子供のように拗ねた顔で目を逸らすアク―に向かい、ため息交じりに言った。
「しょうがないな。今日のところは見るだけだぞ?」
それを聞いたアクーは相変わらず目を逸らしたまま、それでも黙って素直に頷いた。




