アクーのこと
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーである”始まりの存在”のバディとして宇宙に散らばる十人の仲間を集める使命を負った公国公爵令嬢。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた第一の能力者。ココロの生まれ育ったアスビティ公国の公軍隊士であった為、彼女へ絶対的忠誠を誓う。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた第三の能力者。アスビティ公国の隣国であるンダライ王国の第二王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた第四の能力者。シルバーと同じくアスビティ公国の隊士であり、元はシルバーの部下だった男。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた第五の能力者。イーダスタ共和国の森の中で暮らしている少年だが、殆どの記憶を失っておりその正体は一切不明。
・ポーラー…アクーと一緒に暮らしている男。ココロ達の生まれたプレアーガの世界で「旅人」と称される放浪者。薬草や怪我の治療についての知識が豊富。
●前回までのあらすじ
キイタを救う為クロムと戦い重傷を負った大地は未だ目を醒ます事はなかった。彼の治療の為、水の能力者であるアクーはポーラーと言う一人の男を連れココロ達の元へと戻って来た。
長く放浪者として一人で世界中を歩き回って来たポーラーは、アクー以上に怪我の治療についての知識を豊富に持っていた。
煮沸した針で撃ち抜かれた大地の腹の傷を縫おうとするポーラーに心配の声を上げたココロだったが、ここが戦場である以上、彼に任せる以外にないと言うシルバーの言葉に覚悟を決め、全てをアクーと、彼の連れて来たポーラーに託す事を決意する。
大地の手を握りしめたココロが励ましの声を掛ける中、遂に大地に対する縫合手術が開始された。
「あれで治ると思う?」
夕焼け空の下、真ん中のやや小さめの洞窟の中には清らかな湧水が流れ落ち、小さな滝を作っていた。落ちてくる水を両手ですくっては派手に顔を洗うポーラーの背中にアク―が声を掛けた。
「えー?」
水を飛ばしながらポーラーが振り向く。そこには今まで見せた事もない程不安げな顔をしたアクーが立っていた。
「随分と彼の事が配なんだな?」
「そ、そんな事…」
ポーラーに言われたアクーは少し慌てたように答えると、ポーラーと入れ替わって湧き水で道具を洗い始めた。
「彼らは、お前にとって何なんだ?」
「え?何って、別に…。ただ、困っていたみたいだから…」
言い訳めいた声で言うアク―に、ポーラーはニヤリと笑って見せた。
「だな。なぁに彼はまだ若いし、薬が効けばその内起きるでしょ」
言いながらポーラーは出てきた時と同じようにプラプラと出口に向かって行った。
「迷惑じゃなかった?」
追いついてきたアクーが更に言うとポーラーは立ち止まって言った。
「問題は俺にとって相手がいい奴か悪い奴かなだけで、その素性はどうでもいい。俺にとってアク―はいい相棒だ、その相棒が助けてほしいと言ったあの連中も…」
ポーラーは言いながら洞穴の方を顎で指した。
「きっといい連中に決まっている。命の際に立っている奴を助けるのに、それ以上悩む時間は掛けられない」
そう言うとポーラーは話は終わり、とばかりにアクーの頭を一つポンと叩き、再び歩き出した。
「だから…」
「あ?」
行こうとするポーラーの背中にまたアク―が声を投げる。
「だから何も訊かないんだね?僕の事」
ポーラーは一度チラリとココロ達の方を見る。ガイやキイタ、ココロが自分達を見ているのがわかる。
「訊いたところで何も覚えてやしねぇだろ?」
追ってきたアク―はまだ何か言いたそうに息を吸い込んだが、ポーラーはアク―の次の言葉を言わせずに話しだした。
「それよりアク―、今日の晩飯はどうするよ?今日は量が必要だぜ?」
「…すぐに、獲って来るよ」
「お、狩りか?それなら俺も行かせてくれ」
話が聞こえたガイがすぐに名乗りを上げる。
「得意なの?」
アク―が少し冷めたような声で言いながらガイを見る。
「おう任せろ。世話になるばかりじゃ申し訳ねぇからな」
「そう」
言うとアク―は、洞穴の入口近くに立てかけていた弓を手に取った。矢を補充した靫を腰につけると、ガイを振り向いて言った。
「邪魔はしないでね」
「な…」
アク―はガイの抗議を聞く気はないらしく、あっという間に外に出て行った。 口をパクパクしながらガイはポーラーの顔を見た。
「かわいくねーなーぁ‼」
ポーラーが人懐っこい笑顔を見せて顎で外を指し示すと、いきり立ったように足を鳴らしながらガイはアク―を追って表に出て行った。
ポーラーは腰を下ろし、ふと顔を上げた。見るとココロとキイタが突っ立ったままその動作を見つめていた。
「座りなよ」
ポーラーが促すと二人はハッとしたような顔を見合わせた。
「大丈夫。アク―はすぐに帰ってくるし、怪我をした彼にはできるだけの事をした。これ以上、今の俺達にやれる事はないよ」
そう言われてキイタはおずおずと座った。ココロもそれに倣う。
「念の為、暫くは俺達もここに置いてもらって彼の様子を看る事にするよ」
「家の方は大丈夫なの?」
キイタが遠慮がちに尋ねると、ポーラーは笑顔を見せて言った。
「家ったって、ここと変わらないただの洞穴だ。目ぼしい家財道具がある訳でもなし」
「見事な腕前だったな。仲間を助けてくれて、礼を言う」
隅の壁に寄り掛かったままシルバーがポーラーに声を掛ける。
「まあ、こんな生活をしていると嫌でも覚えるからね、ああ言うのは」
ポーラーは育っていく火から目を離さないまま控えめな声で答えた。
「ポーラーは、アク―とずっと一緒に生活しているの?」
ココロが尋ねる。
「俺がアク―と出会ったのは春を過ぎた頃だったから…、そうだな、もう三か月位になるか」
ポーラーの答えに、ココロとキイタは眉間に皺を寄せて目を見交わした。そんな様子に気づいたポーラーが笑いながら続ける。
「何から訊けばいいかわからないって顔だな。俺もどう話せばいいのかよくわからんのだが…。う~ん、弱ったな、上手に話しをするってのはあまり得意じゃないんだ」
言いながらポーラーは、ぼんやりと自分の足元を見つめていた。暫くすると意を決したような声で再び話し始めた。
「よし、いいや。まあ、あった事をそのまま話すから、わからない部分は訊いてくれ」
ポーラーの言い方に、ココロとキイタも居住まいを正すように体を動かし話を聞く姿勢を取った。
「アクーも言っていたが俺は旅人だ。世界中を歩き回りキャンプを張って生活している。目的がある訳でもないれっきとした流れ者だからな、そこが気に入れば長く逗留をする事もある。俺がこのイーダスタの森へ入ったのはまだ寒い最中で、もう半年は経つかな?」
れっきとした流れ者、そんな表現にシルバーは鼻を鳴らした。
「ある日、俺はこの森の奥を散策していた。川の畔まで来た時、川の中に人が倒れているのを見つけた。川中の岩に引っかかるようにして俯せに倒れていたんだ。それがアク―だった。俺は慌てて川の中に入ってあいつを川岸まで引き上げた。まだ息があったので、自分のねぐらに連れて帰って介抱した」
「一体何が?」
控えめな声でキイタが尋ねる。
「それが…」
訊かれたポーラーは急に言い辛そうな声を出した。
「目を醒ましたアク―は、何も覚えていなかったんだ…」
ココロ、キイタ、シルバーの三人がポーラーの語るアク―の話を聞いている頃、当のアク―は薄暗くなり始めた森の中にいた。
突然、暗い森の中で目も眩むような強烈な光が二度 瞬くと、彼の足元に二羽の山鳥が落ちてきた。
「へっへー」
アク―の後ろから得意顔で現れたガイが地に落ちた鳥を無造作に手で拾い上げる。
「どうよ?」
アク―は、少し愉快そうな顔でガイを見上げると言った。
「なるほど。ANTIQUEの能力にはこう言う使い方もある訳だ。でも今の光と音に驚いて大分鳥が逃げ出したよ。何だか要領がいいんだか悪いんだか微妙なところだね」
「素直に褒めりゃいーじゃねーか」
「はいはい、凄い凄い」
「お前なぁ…」
ガイが言いかけた時、急に真剣な表情になったアク―がスンと一つ鼻を鳴らした。
「しっ!」
「あ?」
ガイが聞き返そうとしたが、アク―はそんな彼を無視して何も見えない森の奥に目を向けた。急に繁みにしゃがみ込むと、目だけで左右を忙しく見回す。
「何だよ?」
ガイも同じようにアク―の横に座ると尋ねた。
「黙って!」
アク―が声を張らずに厳しく窘いめる。暫くじっと動かなかったアク―が、ゆっくりと弓を持ち返る。
「いい?ガイ」
「なんだ?」
「絶対に、走ってついてこないでね」
そう言った途端アクーの体は跳躍し、繁みを飛び出した。次の瞬間には、木の幹を蹴りながらあっという間に森の奥に姿を消してしまった。
「…。いや、絶対についていけませんので」
茫然とそれを見送ったガイが呟く。
「記憶、喪失?」
キイタの言葉に、ポーラーは小さく頷いた。
「いや、記憶喪失どころの騒ぎじゃなくて、アク―は自分の名前以外何も覚えていなかった。それこそ服の脱ぎ方から、ナイフの使い方まで、なーんにもだ」
「え?」
と、ココロ。
「だから、そう言う事を一つ一つ根気よく教えて行った。ところがアク―は、一度教わった事を決して忘れなかったし、弓の腕前なんか今じゃ俺なんかよりよっぽどうまくなっちまった」
たった三か月で、ナイフも使えなかった少年があの魔族達から自分とガイを救った。あの時のアクーの戦い振りを思いだしながらココロは、ポーラーの言う事をとても信じられない思いで聞いていた。
「どこから来たのか、本当はいくつなのか、なぜ川の中で倒れていたのか…。俺は、アク―の事は何一つ知らない。ただ…」
「ただ?」
突然言葉を途切れさせたポーラーにココロが尋ねる。ポーラーは、ふっと上げた顔をキイタとココロに向けると言った。
「アク―は、俺といても時々すごく寂しそうな顔をする事がある。当然何か事情はあるんだろうし、あいつとしては失った記憶を取り戻したいと思っているのだろうな、と言う事はわかるんだ」
アク―が時々寂しそうな顔をする、と言ったポーラー自身、それ以上に寂しそうな横顔を見せながら言った。
「それと、もう一つわかる事は…。アク―がどこの誰かは全くわからないけど、だけど、あいつがとてもいい奴だって事」
ポーラーがそう言うと、キイタがクスリと笑った。
「そうだね。それは、私もそう思う」
ポーラーは笑顔でキイタを見ると、再び話し始めた。
「いつだったかこんな事があった。ある日、森の中に幼い少女が入り込んだ。病気の母親の為に薬草を摘みに来たんだ。その子は君達を襲ったと言うあの化け物に襲われた。アクーはその子を助け、必要な草を摘んで少女に持たせた…。何も覚えていないくせに、自然とそういう事のできる奴なんだ」
ポーラーは自慢の息子を誇るような口調で言った。聞いていた三人もつられるように笑顔を作った。
「何とか、あいつをここから連れ出してはくれないか?」
「え?」
突然ポーラーがまじめな声で言った。てっきりアクーを連れて行かないでくれと頼まれると思っていたココロは、想像と真逆の依頼に驚きポーラーの顔を見た。目の合ったポーラーは続けて話し始めた。
「ここにいてもあいつの記憶は戻らない。少なくとも、一番大切な記憶は戻らないと思うんだ。あいつには、何かする事があるんだろう?君達と一緒に」
「………」
ココロがチラリとキイタと目を見交わすだけで答えないでいると、ポーラーが続けた。
「アクーの、あんな不安そうな顔を見たのは初めてだ。どうも君達のことが心配で堪らないらしいよ。多分、あいつにはわかっているんだね、君達が本当の仲間なんだと」
そう言うポーラーはもう一度 寂し気に笑った。
「アク―はこんな所にいちゃぁいけないんだ。本当の仲間と一緒にここを出て、一日も早く自分のすべき事を、いるべき場所を思い出さなきゃいけないんだ」
「まったく、どこまで行っちまったんだ、あのガキ」
すっかり暗くなった森の茂みをかき分け、ブツブツと文句を言いながらガイはアク―の後を追っていた。
「ガキじゃないよ、ガイのおっちゃん」
前方で聞こえた声にガイは一気に駆けだした。繁みが切れ、やや広い場所に出た。そこにアク―が立っていた。その足元には大きな牡鹿が倒れていた。
「これ、お前が?」
「勿論」
「よくわかったな?鼻を鳴らしていたが、臭うのか?獲物の匂いが」
「匂うって言うか、感じると言うか」
「すげぇな、お前。やっぱ犬並みの嗅覚じゃねぇ?」
ガイがそう言いながら倒れた鹿に近づこうとした瞬間、アク―は目にもとまらぬ速さでガイに向けて矢を引き絞った。咄嗟にガイは両手を上げる。見れば、いつも無感情に見えるアク―の顔が怒りの形相に変化していた。
「もう一度犬と言ったら、うっかり手が滑って君を射つけど、いいよね?」
「良くはないけど、わかった、悪かった」
その余りに真剣な声に、ゴクリと生唾を飲み込みながらガイが答えるとアク―はすぐに平静な顔に戻りガイから矢を外した。
アク―の迫力に圧されていたガイが大きなため息と共に両手を下ろす。
「じゃあ、運んで」
「は?」
当たり前のように言ったアク―にガイが間抜けな顔で訊き返す。
「は?じゃないよ、世話にばかりなれないんだろ?」
「俺一人でこいつを運べってか?」
「何なら君の獲物は僕が持とうか?」
嫌味な笑顔を浮かべてアク―が指さすガイの腰には、ガイの獲った二羽の鳥がぶら下がっていた。
「この、偉そうに!」
「そりゃそうさ。だって僕の獲物の方がデカい。これでみんな晩飯にありつける。さて…」
言いながらアク―はガイと自分の鼻を交互に人差し指で指した。
「どっちが偉い?」
「ぐ…っ!」
「わかったら早く行こうか。あ、傷つけないように丁寧に運んでね」
澄ました顔でそう言うとアク―は早くもガイに背中を見せて歩き出した。
「…何て嫌な野郎だ…」
歯を食いしばり、指先をわなわな震わせながらその背中をガイが睨みつける。しかし、残念ながらアク―の言う事は間違っていない。何も言い返せないままアク―の倒した鹿をガイは見下ろした。
それにしても見事な腕前だった。鹿は臆病な動物だ。僅かでも異変を感じれば、あっという間に人も入れぬような岩場の影に走り去ってしまう。
それを急所への一本だけで確実に倒している。この鹿は痛みを感じる間もなく一瞬で仕留められたのだろう。
アク―の態度は気に入らないが、この能力には心強く感じるものがあった。あんなに小さな体をしているが、ANTIQUEの仲間として共に戦うには十分に頼りがいのある奴だとガイも認めざるをえなかった。
「何してるの?ちゃんとついて来ないと迷子になるよ?」
暗がりからアク―の呼ぶ声がする。
「わぁってる!」
言うとガイは、鹿の四肢を両手で掴み、そのまま肩車のように背中に背負った。
ずっしりとした重みが両肩に掛かる。今夜は十分な飯にありつけそうだと考えながら、ガイはアク―の後を追って再び繁みに分け入った。




