表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ANTIQUE  作者: OOK&YOK
7/434

砦からの脱出

●登場人物

ココロ…アスビティ公国公爵令嬢。ANTIQUEのリーダー格である”始まりの存在”に選ばれた能力者。残り十人の仲間を探す旅を続けている。

シルバー…アスビティ公国第三警備隊長にして、鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。ココロが見つけた最初の能力者であり、剣と馬術に秀でた戦士。

ダキルダ…ANTIQUEの宿敵である三種の魔族の一つ、「竜の一族」アテイルの斥候。魔族でありながらなぜか”始まりの存在”のテレパシーを受け取る事ができる。

エルーラン…アテイルの長、クロノワールに命じられダキルダを補佐する下等竜。種族の違うダイキルダを良く思っていない。



●前回までのあらすじ

アテイルの攻撃に第二境界警備小宮が炎に包まれる。ついに現れた第一の能力者、鋼のANTIQUEを宿すシルバーと共にココロは脱出する事を決意する。しかし、それは愛するフルゥズァに続き、多くの犠牲を伴う、苦難の旅立ちであった。






 自室で眠る事なく時を過ごしていた第八分隊長のブルーは、突然の爆発音にハっとして顔を上げた。

 まったくの予想外であったが、シルバーの命令通りいつでも動けるよう準備をしていた為、他の誰よりも早く部屋を飛び出す事ができた。

 ブルーが廊下に出ると、既に白い煙が薄く小宮内に充満していた。

「何事か!?」

 慌てて廊下を走る夜勤警備隊士の一団に大声でたずねる。

「火薬庫に引火したようであります!!」

「何だと…」

 隊士の答えに愕然がくぜんとしながらも、次の瞬間には大声で指示を出しながら走り出していた。

「小宮内に火が回る!女共を起こせ!貴重品を運び出させるんだ!」

「はい!」

「待て!命を優先するように伝えろ!他の者は火薬庫へ急げ!消火と原因の究明を急がせろ!」

 ブルーの的確な指示に、慌てふためいていた隊士達は一度に規律きりつを取り戻し素早く行動を開始した。

「ブルー分隊長!」

 騒ぎに眠りを妨げられた隊士達が、ブルーに遅れ次々と部屋から飛び出してきた。

「火薬庫に引火した!一人は経済管理課けいざいかんりかの者を連れ金庫へ行け!あとの者は消火だ、私に続け!」

「は!」

 十人程の隊士を引き連れ、ブルーは火薬庫を目指し走り出した。





 一方、ココロとシルバーもようやく部屋を飛び出し、手に手を取って白くけぶる廊下を走。り始めていた。

 あちこちで悲鳴や怒鳴り合う声が聞こえたが、濃くなり始めた煙越しでは人の姿ははっきりとは確認できなかった。

 目が痛みうまく走れなかったが、幸いこの煙のお陰で敵に見つかる心配もなさそうである。二人は一気に表玄関を目指した。

「姫!ココロ姫!」

 視界のかない煙の中で、今自分が降りてきた階段をおぼつかない足取りでロッドニージが上がっていくのがわかった。

「姫!立ち止まってはなりません!」

 シルバーが鋭く言う。しかし、このままではロッドニージはココロを助けようと逃げ場のない二階へと上がって行ってしまう。

 ココロは叫ぼうとした、しかしそれをまたシルバーがさえぎった。

「姫!敵に知れます」

(そんな…)

「姫、姫…」

 ロッドニージの声が弱々しく煙の中を遠ざかっていく。シルバーの言っている事はわかる。しかしとてもえられなかった。

「ロッドニージ!」

 ココロは我知われしらず叫んでいた。そこへ煙を払い一人の隊士が二人の前に飛び込んで来た。

「シルバー隊長!」

 叫び近づいてきた隊士にシルバーは大声で指示を飛ばした。

「姫はご無事だ!二階へ、ロッドニージ殿が上がられた。至急お救いしろ!」

「はい!」

 隊士は短く答えるとすぐに階段の方を振り返った。シルバーはココロの腕をつかみ出口を目指そうとした。その時、たった今シルバーの命令に返事をした隊士が、振り向き様突然剣を抜き放ち、背後から上段でシルバーに襲い掛かってきた。

「シルバー!」

 いち早く気がついたココロの叫びに、シルバーは起きた事を確認もしないまま腰のさやから剣を抜き、振り向くと同時に頭上から襲い来る敵の剣をはじき上げた。

 次の瞬間、目の前に立つ隊士を躊躇ちゅうちょなく脳天からまっすぐに切り下ろす。切られた隊士は声もあげずに崩れ落ちた。

「こいつも、敵であったか…。姫、最早立ち止まる猶予ゆうよはございません。急ぎます!」

 シルバーの言葉にうなずくと、先に走り出したシルバーに遅れまいとココロも必死に走った。

 やがて煙は薄くなり、一点に向かって流れ始めた。出口が近いようだ。痛みであけていられない目にシルバーの姿はよく見えなかったが、ここまで来れば迷う事もない。ココロは視界の悪さなど構わず、真っ直ぐに出口を目指して走った。






「貴様…何をしている?」

 燃え盛る火薬庫を前にして、ブルーは茫然と立ち尽くしていた。既に手の施しようもない程に育った巨大な炎に、火薬庫は完全に飲み込まれていた。

 激しく燃える火薬庫の前に一人の男が立っていた。手には火の点いた松明たいまつを握り、その足元には三人の隊士が倒れていた。

 炎に照らされた顔を見れば、既に絶命している事は間違いなかった。みな剣を抜いてはいない。その暇もなく打ち倒されたらしい。

 松明たいまつを持った男がゆっくりとブルーの方を振り返った。ブルーはその男を知っていた。たしか、第三分隊の隊士だ。

「間もなくすべてが燃え尽きる…」

 振り向いた隊士はにやけた顔を見せブルーに言った。次の瞬間、ブルーの後ろに控えた隊士達が一斉に剣を抜き放った。

(こいつが…、我が警備隊の隊士が、火を放ったと言うのか?)

 衝撃に言葉もないブルーに向かい、その裏切り者は突然火のついた松明たいまつを投げつけてきた。

「あ!」

 意表つかれながらもブルーは、咄嗟とっさに抜いた剣で顔の前に迫る松明たいまつを叩き落とした。

 裏切り者も剣を抜き、火薬庫の消火をさせまいと雄叫びを上げて立ちふさがる。

「おのれ!」

 ブルーは剣を構えると、このいかれた裏切り者を成敗せいばいしようと一歩を踏み出した。その時、右手から叫び声を上げて数人の一団が突撃してきた。彼らが手にする剣が燃える炎にきらめき妖しく光っていた。

 一瞬、援軍が駆け付けたのかと期待した。しかし彼らはそのままブルー達隊士の集団に横から襲い掛かってきた。よく顔を知る仲間達ばかりであった。

 ブルーの後につく隊士達は戸惑とまどいながらも襲いかかってくる仲間に対し剣を振るって応戦した。

(一体どうなっている?)

 パニックに近い状態になったブルーの脳裏のうりにシルバーの言葉が甦る。

「すべては今夜、朝までにはわかる」

「異変があった場合には、お前が警備隊の隊士として、やるべきだと思う事をしてくれ」

(私のやるべき事…。私の仕事は、何があろうとこの小宮を、死守する事だ!)

「消火を急げ!邪魔する者は誰であろうと切り捨てろ!」

 ブルーは後方に向けて叫ぶと、正面の敵が振り下ろす剣を眼前で受け止めた。

「目を、醒ませ!」

 そう言ってブルーは自分を殺そうと力任せに押してくる隊士の顔を見た。確かによく知る隊士だ。だが、その目は真っ赤に燃え、半笑いのように開いた口の中に人のものとは思えぬ長い舌を見た瞬間、それが仲間などではない事を悟った。

 一度体を開き敵をかわすと、前につんのめった相手の背を深々と切り裂いた。切られた隊士は金切り声を上げて地に倒れた。

「何事だ!何をしている!」

 前方から聞こえる声にブルーは顔を上げた。ロズベル隊長以下、三十人はくだらない隊士達がけつけてくる。

(助かった…)

 ブルーがそう思った次の瞬間、背後で三度目の爆発が起こった。地に倒れたブルーの上に、燃えた破片が容赦なく降りかかる。

 ブルー達が敵と戦っている隙に消火をしようと近づいていた数名の隊士が自分の体に燃え移った炎を払おうと絶叫を上げて転げまわっている。

「駄目だ…もう、どうにもならない…」

 燃え落ちていく火薬庫から生き物のようにうねる炎が小宮へと移り始めた。

(燃える…第二境界警備小宮が…)

 またたく間に炎に包まれていく小宮を、ブルーは茫然自失のまま見るほかなかった。

「全員、退避―――!」

 ロズベルの大きな声に我に返ったブルー達隊士は、その命令に従い退却を始めた。

「急げ!」

「怪我をした者を運べ!」

「橋を渡れ!橋を渡れ―!」

 隊士達が口々に叫びながら正門に向かい撤退を始めた。ブルーはまだ小屋のそばに倒れている隊士に近づき声を掛けた。

「おい!大丈夫か!おい!」

 倒れた隊士がうめき声を上げる。ブルーは誰か手助けをしてくれる者はいないかと辺りを見回した。その時、燃える小宮の脇を、森に向かって駆けるシルバーの姿を見た。

「隊長…」

 ブルーは近くでまだ逃げていない数人の隊士に向け大声を出した。

「手を貸してくれ!まだ息がある!」

 ブルーの声を聞いた隊士達がすぐにけつけてくれた。

「正門の外まで連れて行くぞ、いいか!」

 ブルーは数人の隊士と息を合わせ、意識を失っている仲間の体を持ち上げた。その体を担いだまま橋を渡り、火の手の及ばぬ場所に運んだ。

「救護班はいるか!」

 叫びながら立ち上がったブルーの目に、馬掛うまかけと獣医班の隊士達が馬小屋から連れ出した馬数頭を引き連れ、必死の形相で橋を渡ってくる姿が映った。

 それを見た途端、何を思ったかブルーは彼らのもとへと走り寄り、あっという間に一頭の馬にまたがった。さすがは、特別行動騎馬隊で慣らしただけの事はある。実に見事な馬術であった。

「第八分隊長のブルーだ!借り受けるぞ!」

 唖然あぜんとする獣医班の隊士に向けそう叫ぶと、ブルーは馬の顔を燃える小宮へと向けた。

「ブルー分隊長!どちらへ行かれます?危険です、戻ってください!分隊長!」

 背中で自分の身を案じて叫ぶ仲間の声を聞いたが、ブルーは振り返らなかった。ただ闇に向かい必死に馬を走らせた。







「あのバカ共が…騒ぎを起こすなとあれだけ言っておいたのに…」

 対岸から燃える小宮を見つめていたエルーランは小さく舌打ちをした。

「ふん、所詮しょせんは獣の浅知恵か…」

 木の枝に腰掛けたまま同じく対岸の騒ぎを見ていたダキルダが白けた声でつぶやいた。

「何ぃ…?」

 獣と言われエルーランが怒りの声を上げる。

「違うと言うのか?言われた事もまともにできんとはあきれ果てた。考える事ができないならせめて作戦通り遂行してみせろ」

 エルーランはその爪で目の前にいるダキルダの薄い背中を引き裂いてやりたい衝動と戦っていた。

「公爵令嬢はどうなったかな?」

 自分を殺そうかどうか悩んでいるエルーランに向かいダキルダはたずねた。

「ま、あの状況では捕獲は難しいだろうなぁ」

 たずねておきながら答えを待たず、ダキルダは自答した。

「どうやらこの局面、勝つ事はできなかったようだ…。まぁいい」

 そう言うとダキルダは薄笑いを浮かべながら太い枝の上で立ち上がった。

「初めからそう都合よく事は進まないだろう」

「何だと?」

 エルーランは抑えた声でダキルダに言った。

「都合よく進まないだと?おぬしの立てた作戦で、何人かの同胞どうほうがあの炎の中で死んだのだぞ?」

 ダキルダは、立ち上がった枝の上から無言でエルーランに顔を向けた。燃える小宮を背に影となり、エルーランからダキルダの顔はよく見えなかったが、かぶとの下から自分を見下ろす瞳は冷たい光を放っていた。

「それがどうした?」

 その目以上に温度のない声でダキルダが言い放つと、さすがのエルーランも一瞬たじろいだ。エルーランに何も言わせずダキルダは続けた。

「お前はアテイルの戦士ではないのか?アテイルの戦士はみな死を恐れる腰抜けか?そのとおとい犠牲がクロノワール様のお役に立つのだぞ?アテイル一族の世界征服の一助いちじょとなるのだぞ?本望ほんもうとは思わぬのか?」

 エルーランは体が震える程の怒りを覚えたが、何一つ言い返す事ができなかった。

同胞どうほうの死などと、センチメンタルになっている時ではないぞエルーラン。アテイル一族が世界をその手に収めるかどうかの瀬戸際だ。それだけの覚悟をしてもらわねばな」

「おぬしに言われなくともわかっているわ!」

 言われっ放しのエルーランは、ようやくそれだけを言い返した。

「結構だ。始まりの存在が仲間を得て小宮から出たとあらば次の作戦に移るほかはない。行くぞ、ンダライへ戻る」

「また、あれをやるのか?」

 エルーランが戸惑とまどったような声を出す。

「情けない声を出すなアテイルの戦士が。怖いのか?」

 打って変わって笑いを含んだ声になったダキルダが揶揄からかうように言った。

「何も怖い事なぞないわ!さっさとやってくれ!」

 エルーランはそう言うと腕を組み、固く目を閉じた。

「頼もしい事だ」

 ダキルダが皮肉な笑みを浮かべながら右手を差し出す。その手が不思議な光を放ち始めた。いや、光と言うよりは黒いきりのように見える。

 そのきりが手の上にあふれた時、ダキルダがその手を横にぎ払うような仕草をすると、突然目の前の空間に黒く丸い球体が出現した。

 謎の球体はそこに立つエルーランの体を頭の上から爪先まですっぽりと包み込んだ。その瞬間、エルーランの姿はその場から消え失せ、後には風に揺れる草が軽いた音を立てるばかりであった。

 しばらくエルーランが消えたその場所を見つめていたダキルダは、再び対岸に目を向けると小さくつぶやいた。

「ANTIQUEの能力者…。次こそこの手に捕らえてみせるぞ」

 そう言うとダキルダは、軽い身のこなしで枝から飛び降りたが、その体は地に着く直前にエルーラン同様、その場から消滅した。







 ココロの手を取り暗い森の中を走るシルバーの背後から、馬のひづめの音が迫ってきた。さては追手かとシルバーはココロを背にかば抜刀ばっとうかまえを見せて振り返った。

「隊長―――っ!」

 ひづめの音に混じり、自分を呼ぶ男の声が聞こえてきた。その声は段々と近づき、やがて赤く燃える小宮を背に、山道を馬でけ上がってくる一騎いっきの影が見えた。

「隊長―――っ!」

 ひづめの音と共にその声も大きくなり、ようやくそれが何者であるのか判明した。

「ブルーか!」

 二人に追いついたブルーは、まだ止まりきらない馬から見事に飛び降り、そこで初めてその場にココロがいる事に気がついた。侯爵令嬢に敬意を表し、ブルーは慌てて片膝をつく。

「隊長!」

 片膝を地についたままシルバーを見上げ、ブルーが言った。その顔はすすで汚れ、ところどころ血をにじませていた。

「一体、何が起こっているのです?小宮では数名、いや、数十名の隊士が仲間に襲い掛かり、火薬庫に火を放ちました!小宮は…小宮は炎に包まれております!」

「取り乱すなブルー、姫の前だぞ」

「は…」

 シルバーの厳しい声に、ブルーは顔を伏せた。

「姫、このブルーは私が小宮内で唯一信用していた者です。本日の晩餐ばんさん、よもやあの席で敵が動き出すような事があれば、この者の力を借りる必要があると考え同席をさせました」

「そうでしたか」

 ココロが忠実にかしずく青年分隊長を見つめながら言った。

「ブルー」

 シルバーがブルーに目を戻し言った。

「私は姫を連れ、ここを脱出する」

「では正門前へ!ロズベル隊長以下、みなそこに集まっております。この先は深い森を抜け、山越えとなります。暗夜あんやの中、姫を連れて歩くのは危険過ぎます」

 しかしブルーの提案に答えはない。いぶかって見上げたシルバーの顔も、その横に立つココロの表情も寂しげに見えた。シルバーはブルーを見つめ、やがて小さく首を横に振ると、未だ遠く騒ぎの収まらない、燃える小宮を見ながら言った。

「あそこには、戻れない」

「何故です!?」

「ブルー分隊長」

 ココロはブルーに近づくと、彼と同じように地に足を折った。その行動に、驚いたブルーが声をあげる。

「姫、そのような…」

「よいのです。よくぞ隊長の信頼にこたえ戦ってくれました。あなたの勇気と忠誠に感謝をします」

「姫…」

「私達は行かなくてはならないのです。ただ、あの炎から逃れる為にここまで来たのではありません。確固かっこたる目的を持ち、私はこれから、シルバー隊長と共にこの山を越えます」

確固かっこたる、目的…?一体…」

 しかし、そのブルーの問い掛けにも答えはなかった。闇の中に白く光るココロの顔と、その後ろに立つシルバーの目を見れば、答えはなくとも、既に強い決意と覚悟を決め、二人が今旅立とうとしている事は嫌でもわかった。

「では、どうか私もお連れください!必ずやお役に立って見せます、どうか!」

 しかし、やはり答えはなかった。ココロが静かに立ち上がりブルーから離れ、シルバーの横に立つ。

(ああ―――)

 ブルーは理解した。

「どうあっても、行かれるのですね?お二人で、お二人だけで」

 それでもまだ答えは聞かれなかった。ブルーは突然立ち上がると、後ろにひかえるように立った馬に近づき、手綱たづなを取ると二人のもとへといて来た。

「隊長のお姿をお見受けし、咄嗟とっさに飛び乗って参りましたが、こいつは我が小宮でも指折りです。スタミナがあって、気性はおとなしい」

「ブルー…」

生憎あいにく夜半やはん過ぎ、くらはつけておりませんので乗り心地はよろしくないかと思いますが。なに、山を越えれば夜明けまでにはンダライに着くでしょう。町に入ったら、お求めいただければと」

「すまん」

「隊長…」

「ん?」

「この混乱の中、隊長のお言葉だけが、頼りでありました。私は、隊士として私のすべき事をするのだと…」

 そう言ってシルバーを見るブルーの顔は、先程までの必死の表情が嘘のように、穏やかな笑顔であった。

「姫、隊長、どうかご無事で」

 そう言うとブルーは手綱たづなをシルバーに向けて差し出した。シルバーは黙ってブルーの手から手綱たづなを受け取ると一つうなずき、軽々と馬にまたがった。

「さあ姫、お手を」

 ブルーは馬の横に再び膝をつくと、ココロをうながした。ココロはブルーの組んだ両手の上に足をかけ、彼の力を借りて馬の上にあがった。後ろからココロを抱き包むようにシルバーが手綱たづなを握る。

「しっかり働けよ」

 ブルーは馬の首辺りをでながら言うと、次の瞬間、その尻を一つ強く叩いた。馬が二、三歩走り出したところでシルバーは手綱たづなを引いて馬を止め、ブルーを振り返る。

 こちらをじっと見つめるブルーに向かい、シルバーはりんとした声で言った。

「ブルー、今、世界では異変が起ころうとしている。それは、お前の想像を絶する異変だ。それを止める事は我らにしかできない。姫も私も、その宿命を背負ったのだ。すぐに理解できなくともよい、ただ、これからも同じだブルー。この先何があっても、常に自らの信念に忠実であってくれ」

「ブルー分隊長」

 続けてココロが呼び掛けた。

「は」

「この国を、頼みます」

 ココロが必死の様子で馬上から声を出す。その声には一点の疑いもなく、心の底からこの国の行く末を案じている事が伝わった。

 祖国を案じる公爵令嬢が、自らこの私に、国を頼むとおっしゃられた。国を、頼むと。

 ブルーは感動に全身を震わせた。これ程の栄誉がほかにあろうか?声もなく、ただ直立し、礼を正して見送る以外、今のブルーにできる事はなかった。

 しなやかな手綱たづなさばきでシルバーが馬を闇へ向ける。やがて歩きだした馬の上から、ココロはまだ身を乗り出すようにしてブルーの方を振り返りながら繰り返した。

「さようならブルー!ありがとう、ありがとう!」

 二人を乗せた馬は夜の闇に消え、やがて、そのひづめの音が絶えてもなお、ブルーはその場に立ち、いつまでも二人を飲み込んだ闇の先を見つめていた。







 どの位進んだだろうか?道はやがて登り坂となり、シルバーは馬の速度を落とし、道を踏み外さぬよう、慎重に手綱たづなを操った。

 その道が平坦になり、木々が切れ、視界の開けた場所に行き着いた時、いきなりココロが叫んだ。

「止めて!」

 驚いたシルバーが慌てて手綱たづなを引き馬を止めると、ココロは突然馬を降りようと体をよじった。馬が驚きいななく。

「姫!」

 馬を落ち着かせようとしたシルバーの手をくぐり、無理に馬を飛び降りたココロは、勢い余って地面に倒れ、手を着いた。

「姫!」

 シルバーも急いで馬から降りると、ココロのそばけ寄った。

「姫、お怪我けがは?」

 しかしココロはそんなシルバーの声も聞こえていないかのように、両手を地に着けたまま下界を見下ろして声を上げた。

「ああ!」

 シルバーがココロの顔を見ると、そのほほには涙が流れていた。

「ああ!」

 ココロは再び叫び声を上げると、そのまま地面に顔を押し付けるように突っ伏してしまった。

「一体…」

 ココロの突然の行動に戸惑とまどったシルバーが、ココロの見た方向を見ると、遥か下では、激しく燃え崩れる第二小宮を映したベディリィ湖が見えていた。

「姫、どうなされました?」

「これだ…」

 ココロは、顔を上げぬまま、つぶやいた。

「え?」

「弟と、従兄弟いとこ達とお山に登り、その頂上で私は突然泣き出した。メイジャーに背負せおってもらわなければ歩けない程、私は恐怖でいっぱいになった。あの時私は、幼い私は、この光景を見たのよ!」

 シルバーは唖然あぜんとしてもう一度 下界を見た。小宮の声はここまでは届かない。ただ、燃え盛る炎を映して揺れる湖の姿は、夜の闇の中で美しくすらあった。

「私の予言は当たった!幼い私が見た予言は、現実となった!」

 ココロは握った拳で激しく地を叩き始めた。叩きながらなおも叫んだ。

「黄土色の空を悪のドラゴンが埋め尽くし、地に人の言葉を話す獣達があふれ、次々と人を襲っては殺し、私の愛する人達も、みなその命を奪われ…!私の愛するお城は、瓦礫がれきの山に変わる!そうやってこの世界は終わる!あいつらに滅ぼされていく!私の見たビジョンは、現実となるのよ!」

 そう言ってココロは声にならない叫びを上げながら、今度は頭を地面に叩きつけ始めた。

「姫!」

 シルバーは慌ててココロの半身を両手で起こし、土と涙で汚れた顔を見つめて言った。

「姫、気をしっかりお持ちください!姫のその予言を現実のものとしない為に私は参りました!この先の未来を違ったものとする為に…。私は最後まで姫と共に戦います!ですからどうか!どうか…お気を確かに」

 ココロは子供のようにしゃくりあげながらシルバーの顔を見つめた。何と恐ろしい事だろう、目の前で第一の予言が、不吉な予言が的中した。

 次も、その次も、自分の望まぬ未来を映した予言が現実となり続けていくのを止める事ができないのではないかと言う恐怖がココロを包みこんだ。

「姫、馬へお戻りください。目をつむり、気持ちをお静めください。夜が明けたら、ンダライ王国で宿をとりましょう。大丈夫、姫の予言は、これ以上現実にはなりません。私が誓ってそうはさせません!」

 そう言うとシルバーは、まだ恐怖に震えるココロの体を抱きかかえ馬の背に戻すと、すぐさま自分も飛び乗った。間を置かずに馬の腹を蹴り、恐ろしい光景を振り切るように前へ進んだ。

「大丈夫です、姫、大丈夫ですよ。姫には、私がついております」

 シルバーが幼子に言い聞かせるようにり返した。

 愛するフルゥズァの死、無事のわからぬロッドニージ、できる事ならばすべてを打ち明け着いて来てほしかった、頼もしいブルーとの別れ。

 シルバーと言う掛け替えのない初めての仲間を得た事に対する代償は、あまりにも大きかった。

 闇を超え、揺れる馬の背で、シルバーの胸に顔をうずめながらココロは、気を失うように眠りに落ちた。

 美しく、平和なだけが取り柄であった湖の町に建つ小宮。アスビティ公国 第二境界警備小宮は、こうして跡形もなく、灰となって消えた。


















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ