治療
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国公爵令嬢にして、ANTIQUEのリーダーである”始まりの存在”に選ばれた能力者。
・吉田大地…闇のANTIQUEに連れ去られた幼馴染を連れ戻す為一人地球からやって来た少年。土の能力者。
・シルバー…アスビティ公国の公軍隊士であったが、鋼のANTIQUEに選ばれ能力者としてココロに付き従う。
・キイタ…アスビティ公国と隣接する大国ンダライ王国の第二王女。火のANTIQUEに選ばれた能力者。最年少ながら魔族に浚われた双子の姉、イリアを探す為に仲間となった。
・ガイ…元はシルバーの部下として分隊長を務めていたアスビティの軍人。雷のANTIQUEに選ばれ能力者の一員となった。
・アクー…イーダスタ共和国の森の中に暮らす少年。水のANTIQUEに選ばれた六番目の能力者。未だ仲間になる事を明言してはいない。
・ポーラー…アクーと暮らす男。プレアーガの世界で「旅人」と称される放浪者。
●前回までのあらすじ
テリアンドス帝国とイーダスタ共和国の国境付近でエクスヒャニクの引率者であったクロムの攻撃を受け瀕死の重傷を負った大地。仲間達は彼の命を救おうと奔走する。そこへ現れた青い髪の少年アクー。
自分を水の能力者だと言う彼は大地の治療について適切なアドバイスをした上で、皆の前に一人の男を連れて来る。彼の名前はポーラー。アクーよりも治療や薬の知識を持っていると紹介された彼はココロ達が暮らすプレアーガの世界で「旅人」と呼ばれる放浪者であった。
「何って、塞ぐんだよ彼の傷を」
何をする気か?そんなココロの問いにアク―が答えている間にもポーラーはアク―に渡された箱の中から小さな針を取り出し、鍋に煮え始めた湯の中に投じた。
「塞ぐって…まさかと思うけど縫うの?その針で?大地のおなかを?」
「背中もね」
ことも無げに言いながらアク―は鎮痛剤を取りに立ち上がった。
「だって、ポーラーはお医者さんなの?」
「いや、俺は旅人だよ」
「そんな…」
「大丈夫だよ、動物の皮は普段からよく剥いだりするし、ほら見てこれ」
そう言ってポーラーは自分の着ている毛皮のベストを両手でつまむと、誇らしげにココロに見せた。
「これも自分で縫ったんだぜ?」
「大地を毛皮と一緒になんてしないでよ!」
「大丈夫だって、あ~、じゃあこれは?」
と、今度は体を捩じり逞しい右肩をココロに向けた。
「ここ、凄い傷でしょ?小山のように大きなウィサスを獲った時に口の牙で切られたんだ。これもね、自分で縫ったの、一人で。どう?綺麗に治ってるでしょ?」
「ポーラー…」
「ココロ様」
更に文句を言おうとしたココロをシルバーが止めた。ココロは振り向きシルバーの顔を見返した。
「戦場では、よくある事です」
「戦場って、ここは…」
「戦場です。…ここは戦場なのですココロ様」
シルバーの真剣な眼差しにココロはハッとした。そうだ、自分達は戦いに赴いたのだ。
ここは戦場…。大地もそうとわかってはるばる地球からこのプレアーガに来た筈。この戦いの中では自分達だけで、今ある道具だけで生き抜かなくてはならないのだと言う事をココロは改めて痛感した。
「だ、だったら、シルバーがやってよ」
しかしシルバーは静かに首を振った。
「任せましょう彼らに…。私達は、それを選択したのです」
シルバーのその言葉を聞くと、ココロはますます不安そうな顔で黙り込んだ。
「なんだよもう!川まで行っちゃったよ!隣の洞窟、水 湧いてんじゃん!」
大声で文句を言いながら水で満たされた大鍋を持って入ってきたガイは、その場の空気の重さに気づき戸惑った。
既に火の消えている方の焚き火のすぐ傍に鍋を置くとガイは全員の顔を見回して誰にともなく尋ねた。
「どうしたの?」
しかし、その場にいる誰からも返事はなかった。ココロとアクーはまるで睨みあう敵同士のように身じろぎ一つしないままであった。
「へえ、隣の洞窟には水が湧いているんだ。そりゃ好都合だね」
突然ポーラーが間の抜けたような声を出すと、よっこらしょと言いながら立ち上がりぷらぷらと洞窟の外に出て行ってしまった。
「どうするの?僕はどちらでも構わないよ?このまま彼の体力と、土のANTIQUEの回復能力に賭けるもよし。できるだけの事をしてそれを後押しするもよし」
暫くすると鎮痛剤の入った壺を手にしたままアク―が言った。
ココロは決断できずにいた。シルバーもガイも、キイタも何も言わない。針を煮る湯の沸騰する音だけが静かに響いた。
「今のところ大いに希望は持てる」
暫くして再びアク―が声を出した。能力者達が彼の顔を見る。
「土のANTIQUEがまだいる」
アク―が強い目でココロを見ながら言った。しかしココロはその言葉の意味がわからないと言った表情を浮かべただけだった。
「ANTIQUEにとって僕達能力者は別にお友達じゃあない、魔族と戦う為の便利な道具なんだ。もし、土の能力者の彼に助かる見込みがないのであれば、土のANTIQUEは彼を見捨てて次の能力者を探しに行くだろう」
アク―の言葉にその場にいる全員が愕然とした表情を作った。言われるまでもなく、そんな事は承知していた筈であったが、長い時間を共に過ごしてきたANTIQUEは能力者達にとってかけがえのない仲間、家族のような存在になっていたのだ。
しかしアク―の言葉は正しい。ANTIQUE達は肉体を持って物理的な破壊を行う魔族と対抗する為に自分達の声を聞く事のできる人間をバディに選んだに過ぎない。
そして、その能力を持った人間はこの全宇宙に十一人しかいない訳では決してないのだ。
「今なら助けられる、新しい能力者を探しに行くよりその方が早い。そう判断したからこそ、土のANTIQUEはまだここにいるんじゃないの?違う?」
言うとアク―は足元に薬の入った壺を静かに置き、自分も大地のすぐ近くに腰を下ろした。顔を上げたアク―はもう一度ココロを見つめる。
「始まりの存在の意志に従う。さあ、どうする?余り時間はない。暗くなったらポーラーでも縫合はできない」
「え?縫合って、縫うの?針で?大地の傷を?誰が?」
「ココロ…」
訊いてくるガイを無視して、キイタが小さな声でココロの名を呼んだ。ココロがキイタの顔を見る。
「いやぁ、あれは綺麗な水だねぇ、それに冷たいや」
ガイの言っていた湧き水で手を清めてきたらしいポーラーが、濡れた手から水を飛ばしながら入ってきた。
「で?決まった?」
アクーの隣にどっかりと腰を下ろしたポーラーがココロを見上げながら言った。キイタは何も言わずココロを見つめていた。
そんな視線から逃れるようにココロが一瞬 伏せた顔をもう一度上げた時、その表情は強い決意に満ちていた。
「大地は…大地は私達にとってかけがえのない仲間よ。代わりなんていない。大地を、助けてくれる?」
「全力を尽くすよ」
口を開きかけたアクーよりも先に、緊張感のない人の好い笑顔でポーラーがゆったりと答えた。
「お願い」
ココロの言葉を聞くなりアク―は無言で湯の中で揺れる針を長い箸でつまみ上げた。ポーラーは箱の中から細い糸を取り出すと、それをさっと湯に潜らせた。
「見ない方が良くない?」
大地の患部を見る為毛布に手をかけたアク―に言われると、ココロはムッとしたような表情になった。
「平気よ」
そう言って腕を組み、その場にどっかりと胡坐をかいて座った。アク―はにやりと笑うと、大地の体を包む毛布を剥ぎ取った。ポーラーと力を合わせ大地の体を横に向け、始めに背中の傷を検分した。
「射出口は大分癒着が始まっているね」
アク―が呟く。
「そうだね、これは多分もう縫えない。このまま自然に治るのを待つ方がいいな」
ポーラーがそう言うと、二人は大地の体をもう一度 仰向けに戻した。アク―が、ガイが貼り付けた湿布を静かに剥がす。まだ膿の噴出は止まっていないようだった。
湯につけた布で患部を拭く。そこに壺の中から掬い上げた黄色い軟膏状の薬を塗りつけた。鎮痛剤独特の匂いが辺りに漂いだす。
麻酔効果が行き渡るまで暫く時間をおく。立ち尽くしたままのガイの腕をキイタがそっと引く。「座ろう」と促しているようだ。それに気づいたガイは、キイタと一緒に静かに座った。
誰も、一言も口を利かず、ただじっとアク―の動く手元を見つめていた。
ポーラーが湯から取り出した糸を通した針を右手に持つと、左手で大地の傷口を強めに押した。いよいよ縫合を始めるらしい。
「もし良かったら」
針を手に、傷口を見下ろしたままポーラーが呟いた。皆、何事かと彼の顔を見る。ポーラーは優し気な顔でチラリとココロを見ると続けた。
「傍に来て、彼の手を握っていてあげてくれないかな?無理にとは言わないけど」
両膝を抱えて成り行きを見守っていたココロは、ポーラーの突然の願いに驚いて顔を上げた。その目線を大地に移す。まだ完全に意識を失ったままだ。
ココロの頭の中に今日までの様々な事が一瞬の内に駆け巡った。
ドルストの町でココロとキイタを守ろうと、一人アテイルの集団と戦う大地の姿。ンダライの塔の頂上で泣いていた大地の姿。キイタを救う為に重症を負いながらも地を這い続けた大地のつけた砂の痕…。
ココロは素早く膝を立てると、這うようにして大地の傍に寄った。大地を挟んでポーラーの向かい側に座ったココロは、もう一度大地の血の気の失せた顔を見下ろした。
長い睫毛が影を落とすその目は、未だに開かれる様子がない。ココロは強く大地の手を握りしめた。
ポーラーは一度にっこりと微笑むと、アク―に目配せをして小さく頷いた。アク―もそれに応えるように無言で頷き返す。
「大地、帰って来て…。お願い」
ココロがそう呟くのを聞いたポーラは、大地の腹に手にした針を躊躇う事なく突き立てた。
心配されたポーラーの技術は確かであった。皆が見つめる中、見事なまでの速さで大地の腹を縫い上げていった。
時間にすれば十分と掛からなかった筈だ。しかし固唾を飲んでポーラーの施術を見つめていたシルバー、キイタ、ガイにとって、それは一時間にも感じる緊張の時間だった。
「よし」
強く息を吐き出しながらポーラーは呟ぶや)くと、大地の腹から延びる余った糸を切り、縫合手術を終えた。
ただ見ていただけのガイまで、つられて大きなため息をついた。
その時だった、大地の体が突然薄黄色い光を放ち始めた。見れば縫ったばかりの腹の傷を抑えるようにテテメコが両手をかざしている。それに呼応するようにココロの体も薄い桃色に光り始める。
「ゲンム…」
やがてシルバーの体が銀色に、ガイの体は黄金色に、そしてキイタの体が赤い色に輝きを放ち始めた。
気が付けば眠り続ける大地の周りに五体のANTIQUEが寄り集まっていた。異様な姿をした五体の精霊が放つ光に包まれた大地の表情は、目に見えて穏やかなものに変わって行った。
「みんな…」
ココロが呟くとゲンムが顔を上げ、ココロの顔を見ながら言った。
「そんな目で私達を見るな。アク―の言う事は間違いではないが、私達にとっても大地とは得難い存在なのだ。ここで倒れられ、すぐに代わりが見つかるものでもない」
その言葉を聞いたココロは何とも複雑な表情を見せた。
「よいしょ」
声を出しながらポーラーは立ち上がると、岩屋の外に向かっていった。アクーも治療につかった道具を手に後を追う。その背中を見つめながらシルバーがぽつりと言った。
「これで、大地が目覚めてくれれば…」
その言葉に全員が大地の顔を見た。大地の傍では一人残ったテテメコがいつまでも大地の傷に手を添えていた。
「大丈夫」
テテメコが呟く。
「大地は必ず帰って来る。ここまでしてもらえれば、僕が決して死なせはしない。




