旅人
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーである”始まりの存在”に選ばれた公国公女。全宇宙に散らばるANTIQUEの能力者達を見つけ出そうと旅を続けている。強力なテレパシストで遠くにいる仲間との通信の他、危険の察知や予知夢を見る能力がある。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた三番目の能力者。地球に暮らす高校二年生の少年だが、闇のANTIQUEに浚われた幼馴染、白雪ましろを救出する為異世界の住人であるココロの仲間となった。現在敵の攻撃を受け意識不明の重体に陥っている。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた二番目の能力者。ココロと同じ公国で軍人を務めていた。その為領主の娘であるココロには絶対の忠誠を誓っている。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた四番目の能力者。ココロの生まれた公国と国境を接する王国の第二王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた五番目の能力者。元はシルバーの部下であり、剛腕怪力。馬術と剣術に秀でた戦士。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた六番目の能力者。見た目は完全な子どもだが冷静で知識が豊富。現在ココロがスカウト中。
・ポーラー…アクーが一緒に暮らす男。この世界で「旅行者」と呼ばれる放浪者。薬や医学に関する知識と技術を持っており、大地の治療をする為アクーがココロ達の元へ連れて来た。
●前回までのあらすじ
テレパシーで多くを語ってくれないアクーは自分から姿を見せる事はないのではないか?そんなココロの心配を余所に、突然アクーはココロ達の潜んでいた岩屋へとやって来た。
凡そ子どもらしくない態度で能力者達に大地の治療を指示する彼は自分が水の能力者だとあっさりと打ち明けた。
アクーはシルバーに請われるまま水のANTIQUEであるハルを召喚した。
アク―の背中に立ち上がった水のANTIQUEの姿は、やはり異様だった。
身の丈はガイよりも大きい。顔は猫を思わせる獣のようであった。ピンと立った尖った耳と、大きく丸い目が愛嬌さえ感じさせる。
白っぽい毛で覆われた顔の周りには、薄くて大きな魚の鰓を思わせる襟巻が立ち上がるようについていた。上半身もやはり顔と同じ色の毛で覆われていたが、下半身は完全に魚だった。
鮮やかな青色をした鱗が並び、尾は二股に分かれていた。太く不器用そうな指を持つ右手には長い三叉の鉾を握っていた。
「待っていたぞ、水のANTIQUE」
威厳ある声でゲンムが言う。
「やあ、始まりの存在。久しぶりだ」
ゲンムに答えたハルの声は、理性ある落ち着いたものに聞こえた。若い男性のようでもあり、中年の女性のようでもあった。その声でハルは話し続ける。
「事の次第は概ね承知している。火、雷、土、鋼か…。私が選んだアク―は勘も鋭く、理解力に優れている。三種の魔族の件については最早何の説明も要らない。いよいよ決戦の日が近づいている事もわかっている。ただし、この戦いにアク―が参加するかどうかは彼次第だがね」
「我らANTIQUEは一日も早く集い、闇の暴走を食い止めなければならない」
「勿論わかっている。その為にも頑張ってアク―を仲間にしなくてはね」
そう言うとハルはキュッと目を細めた。笑ったように見えた。
突然ハルの放つ青い光が、全てを凌駕して強く輝き始めた。岩屋の中はまるで水の底のように青一色に染められた。次の瞬間、その光と共にハルの姿は消えて行った。
ハルの消失と同時に他のANTIQUE達も次々に姿を消したが、ゲンムだけはまだココロの胸の前辺りでフワフワと漂うように浮かんでいた。
アク―はその前に膝をついてゲンムに顔を近づけて言った。
「あなたが”始まりの存在”?」
「今はゲンムと呼ばれている」
「へぇ、ゲンム」
「綺麗な目をしている」
ゲンムは興味深げに自分を覗き込むアク―の瞳を見つめてニコリと微笑んだ。
「水のANTIQUEは我らの中で一番の知恵の者…。奴が選んだと言う事はお前もそれなりに賢いのだろうな、きっと」
「さあ?どうかな?」
アク―は初めて笑顔を見せるとチラリとガイを見た。
「何だよ?何で俺を見るんだよ⁉」
「別に」
アク―がそう言うのと同時にゲンムはその姿を消した。
「アク―」
ココロが自分の目の前に座るアク―に声を掛けた。アク―がココロの顔を見上げる。
「今ハルが言っていたのはどう言う意味?あなたは私達の仲間になってはくれないの?」
言われたアク―はココロから目を逸らす。逸らした先でキイタの不安そうな顔に当たった。
振り返るとガイもシルバーも、全員が黙ったまま自分を見つめているのに気が付いた。
「いや…」
アク―はそう言うと立ち上がり、入口付近に立てかけた弓を手に取った。
「別に、そう言う訳じゃないけど…」
歯切れ悪く言うがそれに答える者はいなかった。アク―は振り向くと、そこにいる全員の顔を見て言った。
「まあ色々と問題はあるんだけど…。それより僕は一度家に帰る。家にはまだたくさん薬があるからね。金髪のお兄さん」
「お、おう」
突然声をかけられたガイが咄嗟に返事をする。
「いい?まずはぬるめのお湯で彼の傷を綺麗に拭いて。力いっぱいやっちゃだめだよ?膿がはがれたらそこに湿布を張るんだ。比率はコンジキバナが七、フロラムが三だ。一度 貼ったら最低でも二時間は剥がしちゃだめだ。火は絶やさず彼の体を冷やさないように。汗をかいたらマメに拭いてあげて。もし目を覚ましたら湯冷ましを少しだけ飲ませるんだ。覚えた?」
「あ…え、お…」
「覚えたわ」
ガイが混乱した顔をしている脇でキイタが即座に返事をした。
「夜にもう一度来る」
「あ、待っ…!」
ココロが慌てて声を掛けたが、その時 既にアク―の体は音もなく外に飛び出していた。
あっという間に姿を消したアク―を、皆が茫然と声もなく見送っていた。その中でキイタは一番に立ち上がるとガイに声を掛けた。
「ガイ」
振り向いたガイにキイタが続けた。
「こうしていても仕方ないわ。早速アク―に言われた通りやってみましょ」
「あ、ああ」
嫌に冷静に聞こえるキイタの声に戸惑った返事を返すと、ガイはキイタに言われるまま煮えたコンジキバナとフロラムを空の鍋に移し、潰し始めた。
「お湯を冷まさなきゃ。水を汲んでくる」
言いながらキイタは別の器を手に岩屋を出て行った。岩屋の中に静けさが戻った。ガイが薬を練る音だけが響く。
「また、戻ると思いますか?」
シルバーが静かな声で問い掛ける。振り向いたココロが答えた。
「アク―の事?うん、戻ると思う。何でだか、アク―は私達の仲間になる事を既に受け入れているようだったもの」
「問題があるとも言っておりましたが?」
シルバーは自分の体にアク―が施してくれた治療の具合を確認しながら低い声で言った。
「そうね、それでも…。アク―はきっと戻って来るわ」
シルバーの心配は杞憂に終わった。
アク―の指示通り大地の治療を終え、暫くした時だった。夜には戻ると言ったアク―は、まだ日の高い内に再び皆の前に姿を見せた。
岩屋に近づく足音に始めに気が付いたのはココロだった。
「誰か来る」
無用になったデオスピリルで常備薬を作っていたガイが、すぐに片膝の姿勢を取る。左手には既に剣が握られていた。
「みんな、いる?」
岩屋の入口からアク―の声が問い掛けてくる。
「アク―?」
ココロが呼ぶと、すぐにアク―が岩屋の中に入ってきた。
「何だよ、随分早かったじゃな…」
拍子抜けしたように剣を下ろしかけたガイの言葉切れる。アク―の後ろからもう一人の男が現れたからだ。
黒々とした髭を蓄えた、体の大きな男だった。彼はアク―の後ろから言葉もなくのっそりとみんなのいる岩屋の中に入ってきた。
ガイは下ろしかけた剣を再び胸元へ引き寄せた。男は珍しそうにココロやキイタの顔を見回していたが、ガイの腕を見るとぎょっとしたように少し身を退いた。
「アク―、彼は?」
突然入ってきた見知らぬ男に皆が驚いている中、シルバーが冷静な声でアクーに尋ねた。
「ああ」
大地の傍まで歩み寄っていたアク―は髭の男を振り返りながら答えた。
「彼の名前はポーラー。何て言うか、僕の同居人?」
「同居人?」
シルバーが眉間に皺を寄せてアク―の言葉を繰り返した。その途端今まで無言だった男が初めて口を開いた。
「同居人とはよく言うよ、居候はお前の方だろうアク―」
「まあ、そうとも言う」
「そうとしか言わないって」
そんな二人のやり取りにガイは変な顔をしてシルバーを見る。シルバーもそんなガイの目線に気が付き軽く肩を竦めた。
ポーラーと紹介された男はどう見てもシルバーよりも年上に見えた。三十代半ばを過ぎているだろうか?粗末な身なりに、獣の皮と思える素材でできたベストを着た姿は、木こりか狩人のように思えた。
しかしこの岩屋の中にいる人間の中でも最年少のアク―と最年長のポーラーの会話は長く関係を築いた友人同士のように聞こえた。
「そんな事いいからポーラー、見て」
アク―にそう言われたポーラーは身を屈めてアク―の傍に寄る。その前には未だに意識を取り戻さない大地が寝かされていた。
「あの後すぐに薬を貼った?」
アク―がガイを振り向いて聞くが、すぐに答えたのはキイタだった。
「言われた通りにすぐやったわ」
それを聞いたアク―はポーラーに軽く頷いて見せた。ポーラーは慎重な手つきで大地の傷口を塞ぐ湿布を剥がした。
「あらあら…」
大地の傷口を見たポーラーが呟く。アク―は静かに立ち上がるとポーラーの手元から目を離さないまま静かに言った。
「ポーラーはね、世界中を旅して歩く旅行者なんだけど僕なんかよりずっと薬や治療については詳しいんだ」
アク―はココロを見ながら更に言った。
「あれからすぐに帰って彼の事をポーラーに話したんだ。ここで薬を塗るだけで夜を迎えるのは危ないんじゃないかってポーラーが言うもんで、いっそ直に状況を見てもらおうと思ってね、連れてきた」
アク―の説明を聞いたココロはチラリとキイタを見る。ガイとシルバーも目を見交わしていた。アク―はそんな能力者達の表情を見るとすぐに付け足した。
「大丈夫、彼は信頼できる。何の心配もいらない」
「別に信用していない訳じゃ…」
キイタが慌てて言いかけた時、大地の傷口を確認していたポーラーが声を出した。
「アク―」
その声にアク―はすぐにまた大地の傍に戻った。
「思ったより状態は悪くないよ。傷口は塞がっていない。こんな湿気の多いところで夜を迎えたら体温を取られてしまう」
「じゃあ」
「ああ、やっぱりちゃんと傷口を塞いだ方が安心だ」
「家へ連れていく?」
「確かにここより家の方がマシだとは思うが…」
アクーの問いに答えながら暫く思案顔を作ったポーラーは、ふと傍らにいるシルバーを見た。半
身を起こしてはいるが、アクーが施した応急手当が痛々しい。その姿を見たポーラーは再び大地に目を戻すと、決意したように言った。
「いや、家に行く為には難所を越えなくてはならない。今この子を動かすのは得策とは思えないな」
「そうと決まったら早速始めよう」
ポーラーの言葉にアクーが力強く言った。彼らが何を始めようとしているのかわからないココロ達は不安ながらも息の合った二人の会話に口を挟めずに成り行きを見つめていた。
「えっと…」
アクーはキイタの顔を見ながら戸惑ったような声を出した。
「キイタ、私の名前はキイタよ」
キイタがすぐに答える。
「じゃあキイタ」
「うん」
「火を大きくして、速攻でお湯を沸かして」
「わかった」
キイタはすぐに火の小さくなった焚き火に新しい薪をくべる準備を始めた。
「金髪のお兄さん」
「俺の名前はガイだガイ!」
「じゃあガイ、水を汲んできて。大鍋にいっぱい」
「マジか?」
「今冗談言う時だと思う?」
言われたガイはため息をつきつつもすぐに空いた鍋を引っ掴んで走り出て行った。
「彼を火の近くへ移す。ココロ、手を貸して」
アクーの指示に動き出そうとしたココロを止めるようにシルバーが声を出す。
「ココロ様、私が…」
その途端アクーが厳しい声を出す。
「シルバーは動いちゃだめ!」
アクーの思いがけない強い口調にココロとシルバーが同時に動きを止める。
「早く治りたいなら僕がいいと言うまでじっとしていて。今後も足手まといを続けたいなら止めないけど」
「シルバー、大丈夫だから」
ココロがシルバーを押しとどめるように手を上げる。
「申し訳、ありません…」
「ううん」
ココロは微笑むと小走りにアクーの近くへ行った。
「どうするの?」
「下の毛布ごと彼の体を中央まで移動させる。頭はポーラーが一人で持つから僕らは二人で左右から足を持つよ、いい?しっかり毛布の端を丸め込んで、大丈夫?落としたらシャレにならないからね?」
「わ、わかった」
ココロは緊張した声を出しながらも言われた通りに大地の下に敷かれた毛布の端を強く握りしめた。
「行くよ?イチ、ニのサン!」
アクーの掛け声でココロ、アクー、ポーラーの三人は同時に大地の体を持ち上げ、キイタが火を育てている焚き火の傍らに寝かせた。
大地から手を放したポーラーは、ふと小さくなった火の上に次々と太い薪を積み上げるキイタの手元を見て声を出した。
「細い枝から始めないと着火まで余計に時間が掛かってしまうよ?」
「え?」
ポーラーの助言に戸惑った表情でキイタは手を止めた。
「大丈夫よね?キイタ」
大地を動かす大仕事を終え、緊張から解放されたココロが明るい声を出した。
「あ、うん…」
「大丈夫って?」
ポーラーが不思議そうな声を出すと、キイタは腕に抱えた薪を足元に置き、静かに囲炉裏に手をかざした。何事かとポーラーはキイタの手元を見つめていたが、その右手から小さな炎が上がり、あっという間に生木が燃え上がるのを見ると、驚いた顔をした。
「こりゃぁ便利だ」
そんな声にキイタはポーラーの顔を見る。
「何?」
「え…、ううん。その、もっと気味悪がられるかと思った」
「確かに驚いたけど…、気味が悪いなんて、そんな事はないさ」
ポーラーはそう言ってにっこりとキイタに笑い掛けた。
「ポーラーはね、余程の事でも恐れたりしないんだ。基本的に鈍いんだよね」
「世の中には色々な奴がいる。俺が世界の全てを知っている訳じゃなし、自分の知らない力を持っている奴がいたって驚く事はあっても、別に不思議じゃぁないさ」
アク―は手に持った小さな箱をポーラーに渡すと、彼を見て尋ねた。
「コクとニキーネ、サガリキンカンの鎮痛剤は持ってきているけど?」
「本当はムラサキネリコとベルノを調合したい位だが…」
「強すぎない?」
「かもな。どのみち急いだ方がいいから今あるやつでいいだろう」
「何をする気?」
聞き馴染みのない言葉のやり取りに不安を感じたココロがアク―とポーラーに尋ねた。アクーとポーラーは瀕死の状態である大地を相手に何かを始めようとしていた。




