水の能力者 ~ハル~
●登場人物
・ココロ…全ての根源である最古のANTIQUE”始まりの存在”にバディとして選ばれた少女。全宇宙を征服しようと目論む魔族に挑む為、強力なテレパシーで仲間を集め続けている。
・アクー…水のANTIQUEであるハルに選ばれた六番目の能力者。ココロよりも小さな少年であるが身体能力に優れ弓の名手。薬学にも相当詳しいようだが正体はまだわからない。
・シルバー…鋼のANTIQUEであるデュールに選ばれた二番目の能力者。融通の利かない頑固者だが剣術馬術に秀で、仲間を牽引する頼もしいリーダー格。
・吉田大地…土のANTIQUEであるテテメコに選ばれた三番目の能力者。冷静かつ頭脳明晰にして一人地球人であるにも関わらず驚異的な順応力でこの世界を生き抜く。現在魔族の手に掛かり意識不明の重体に陥っている。
・キイタ…最も戦闘力が高いと言われる火のANTIQUEであるフェルディに選ばれた四番目の能力者。大国ンダライ王国の第二王女であるが敵に浚われたらしい姉イリアを探し出す為ココロ達の仲間となった。
・ガイ…火に次いで戦闘型である雷のANTIQUEウナジュウに選ばれた五番目の能力者。お調子者で豪快、その言動にいつも仲間を呆れさせているが元はシルバーが最も信頼した部下で戦闘力はかなり高い。
●前回までのあらすじ
クロムと呼ばれるエクスヒャニクに重症を負わされた大地は未だに目覚める事なく生死の境を彷徨っていた。そんな大地を救う為、ココロとガイはイーダスタの豊かな森の中へ薬草を採りに出掛ける。
必要な薬草を摘み取り大地の元へと戻ろうとしたココロの頭の中に六番目の能力者の声が響いた。そこに襲い掛かる新たなる魔族フェズヴェティノス。
目にも止まらぬスピードで群れをなして襲い掛かるフェズヴェティノス達の前に、さすがのガイも追い詰められていく。
その時どこからか飛んできた矢がココロとガイを救った。怒り狂ったフェズヴェティノス達はココロとガイを放り出し、射手を倒すべく森の奥へと姿を消した。
弓を放ちココロ達を助けた謎の男こそ六番目の能力者と考えられたが、彼とそれを追うフェズヴェティノスのスピードは常軌を逸しており二人にはとても追いかける事はできなかった。
一方、自分を囮にココロ達からエクスヒャニクを引き離した謎の少年アクーは、ラプスと名乗るフェズヴェティノスとその部下達全員を不思議な力を使い一瞬にして川の底へと沈めてしまった。
ガイの言いつけを守り大量のお湯を沸かしたキイタは、時々大地の額に滲む汗を拭き取る以外は微動だにもしないまま、じっと大地の傍に付き添っていた。
「キイタぁ―――っ!」
そんなキイタが岩屋の外から聞こえたガイの呼び声にハッと顔を上げると、急いで外に飛び出していった。岩屋を出た所でガイの大きな体とぶつかりそうになる。
「ガイ薬は!?」
「ほい、この通り」
食いつくようなキイタの問い掛けにガイは手に持った薬草を誇らしげに掲げて見せた。
「お湯は沸かしたか?」
「うん」
「おい、ガイ」
そんな二人の会話を聞いていたシルバーがガイの名を呼んだが、ガイはすぐにシルバーを制するように右手を上げて言った。
「無礼は承知」
キイタに対する態度の変化にまたシルバーが堅苦しい説教を始めると予感したガイは、シルバーに全てを言わせる前に先回りして答えた。
「とにかく大地の治療が先だ」
そう言うとガイは腕に抱える程のフロラムを大きな鍋に沸いた湯の中に投じた。
「さ、ココロ様。貸してください」
言いながらココロが両手で抱えるデオスピリルを受け取ると、これも別の鍋にたぎる湯の中に放り込んだ。すぐに狭い岩屋の中は薬草の煮える独特の匂いに満たされた。
薬草を煮えるにまかせてガイは改めて大地の傷口を確認した。ココロは何も言わないままみんなから離れた所に膝を抱えて座り込むと、ガイの作業を見るともなく見つめていた。そんなココロの様子に気が付いたシルバーが声を掛ける。
「ココロ様、どうかされましたか?」
「え?」
ココロが怯えたような声を出して顔を上げた。
「敵に襲われたんだ…」
大地の具合を見ながらガイがぼそりと言った。
「何!?」
シルバーが大きな声を出す。キイタも驚いた顔でココロを見た。
「全身毛むくじゃらの、犬みたいな顔をした奴らだった。恐ろしくすばしっこい連中で、集団だったよ」
「それは…」
顔の色を失くしたシルバーはそう呟くとココロの顔を見た。ココロも真っ直ぐにシルバーを見返して頷いた。
「そうよ、私の夢の中に出てきた奴。アテイルでも、エクスヒャニクでもなかった」
「そんな…」
キイタが小さな声を出す。
「それにしても…」
大地の傷口を見ていたガイが呟いた。
「一体どんな武器でやられたんだ?槍か?」
「投てきの武器だ」
シルバーが答える低い声にガイが顔を上げた。
「正面から敵の攻撃を受けた痕跡があった。恐らく、鋭い棒状の武器だ。大地の腹部を貫通している」
「さすが」
シルバーの検分能力を褒めながらガイは再び大地に目を落とす。
「投てきの武器と言えば…」
ガイが焚火の影を映す岩屋の天上を見上げながら思い出したように呟く。
「俺とキイタを襲った銀の仮面をかぶった奴がそんな武器を使っていた」
「クロム」
すぐにシルバーが答える。
「え?」
「あの場にいた二体のエクスヒャニクがそう呼んでいた。あの銀仮面の名だ」
するとガイは今度は体を真っ直ぐにシルバーに向け、改まった様子で話しだした。
「いい報せもある」
「いい報せ?」
「火が覚醒した」
「何?」
シルバーが何の事だかわからずに聞き返す。ガイは笑顔を作り、後ろに控えるキイタの方を見ながら言った。
「そのクロムとか言う敵は見事キイタが撃退した」
「何だって!?」
「そんな、倒したかどうかは…」
キイタが慌てて否定しようとするが、その全てを言わさずすぐにガイが話を取り戻す。
「そりゃぁ凄まじかったぜぇ。何せ森を一つ丸々消し飛ばしちまったんだからな」
「じゃあ、あの爆発は…」
「見えましたか?見事だったっすよぉ。キイタが技を放った後には木の一本も生えちゃいなかった」
困ったように顔を伏せるキイタを、ココロとシルバーが唖然とした表情で見つめる。
「それだけじゃない。追ってきた二体のエクスヒャニクの内一体はキイタが倒したんだ。ドロドロに溶けた鉄の塊にしちまったんだぜ?」
「やめて!」
その時の恐怖が蘇ったのか、キイタが両手で耳を塞ぎながら叫んだ。ガイはキイタの傍に跪くと、その肩に優しく手を乗せた。
キイタが顔を上げるとガイは満面の笑顔を見せた。
「デュールの言った事は嘘じゃない。火のANTIQUEは確かに最強だ」
シルバーは声もなくココロと目を見交わした。どんなにガイの話を聞こうと、今目の前にいるキイタを見る限りそれは想像すらできなかった。
「それともう一つ」
今度は鍋の中を覗き込みながらガイが続ける。
「俺とココロ様は今、六番目の能力者に命を救われた」
シルバーは勿論、今度はキイタも驚きに顔を上げた。シルバーは鍋の中のものをかき混ぜているガイに尋ねた。
「姿を見たのか?」
「う~ん…。見た、と言うか…。遠くてはっきりとはわからなかったし、実際ANTIQUEの能力を使った訳でもない」
「木の上から、弓矢で私達を助けてくれたの」
ココロが補足するように説明する。ガイもそれに続いて言った。
「見事な腕だった…。はっきりと姿を捕らえられない程の速さで動く敵を次々と…。あれは人間技じゃなかった」
「その人は、今?」
キイタが控えめな声で訊く。
「行ってしまった」
「行った?どこに?」
「さあ?森の奥に逃げ去って、敵は全員、俺とココロ様をほったらかしてそいつを追って行った。それで俺達は助かったって訳だ」
―本当ですか?―
そんな表情でシルバーがココロの顔を見ると、ココロも黙ったまま頷き肯定の意志を示した。
「それは…何とも残念だ。新たな仲間をここに迎えたかったが…」
シルバーが呟くと、ガイが即座に否定した。
「あぁ?無理無理!何たってそいつは俺が見る事すらできない敵と同じ速さで木から木に飛び移りながら去って行ったんだ。とても俺達じゃ追いつけやしないし、何より大地の事が最優先だからな、今は」
「それに…」
ガイに続いてココロが口を開く。
「彼は私達に“逃げろ”と言って助けてくれたから、勿論悪意はないと思うんだけど、名前も名乗らないし、それ以上何も言わないの…。簡単に私達の所へ来てくれるとも思えないのよ」
その時だった、シルバーとガイは岩屋の入口から近づいて来る足音に気が付いた。ガイは薬草をかき回していた木の柄杓を投げ捨てると、腰の剣に手を掛けた。
シルバーも身を横たえたまま傍らの剣を引き寄せる。そんな二人の様子に気が付いたココロとキイタは慌てて岩屋の奥に身を寄せた。
やがてココロにも近づいてくる足音が聞こえてくると、その主の姿が見えてきた。外の光を背負う形で近づいてくる相手の顔は逆光となって判然としなかった。
「止まれ!」
ガイが相手に向かって声を放つ。その声に相手は足を止めた。
「何者だ!」
再びガイが荒げた声で尋ねると、思いもよらない声が返ってきた。
「逃げろって言ったのに、まだこんな所にいる」
ため息交じりの言葉に似合わぬその声は、まだ幼いとさえ思える少年のものだった。その声を聞くなりココロが立ち上がった。そのまま相手に向かって二、三歩踏み出す。
「ココロ様!」
シルバーが慌てて出した窘めるような声に一度は足を止めたココロであったが、意を決したように顔を上げると相手に向かって話し掛けた。
「あなた…」
再び小さなため息が聞こえる。シルエットとなった人物が再びゆっくりと近づいてきた。
やがてキイタの起こした火に照らし出され、顔がはっきりと見えた。薄暗い岩屋の中でもそうとわかる真っ青な髪、長いまつ毛に覆われた大きな目。ココロとガイを神業とも言える弓矢の腕で救ったアク―であった。
「お…お前!」
そう言って勢いよく立ち上がったガイは、岩屋の天井に自分の頭をしたたかにぶつけた。今いる場所はガイの身長では背を屈めなければ立てない高さなのだ。
「痛っ!痛~~~~」
両手で頭を押さえてしゃがみ込むガイの脇をアク―は無表情で通り過ぎる。茫然と立つココロの脇も素通りする。やはり彼の身長はココロよりもずっと小さい。
やがてアク―は奥に寝かされた大地の前に立つと、大地を庇うように座ったまま自分を見上げるキイタに静かな声で話し掛けた。
「どいて」
その有無をも言わさぬ言い方に、キイタは気圧されたように身をずらした。
大地の前に膝をついたアク―は大地の腹の傷をじっくりと見つめた。
暫くするとアクーは再び立ち上がりガイの方を振り向くと、つかつかとガイに近づいて行った。
「な、何だよ…」
涙目でまだ頭のてっぺんを摩りながら言うガイを無視して、彼の後ろで湯気を上げる鍋の中を覗き込む。
「これはデオスピリル?」
「そ、そうよ。私が集めたの」
ココロが何とか返事をしたがアク―は鍋から目を離さないまま感情の籠らない声で言った。
「これ全部捨てて」
「え?」
ガイがアク―の横顔を見上げる。
「な、何でよ!私が一生懸命集めたんだから!」
ココロが強い声で抗議すると、アク―はココロの顔を見た。迷いのない静かな瞳だった。その目にココロは次の言葉を失った。
「そう、それはご苦労様。でも残念ながら今の彼にデオスピリルは毒でしかない」
「そんな事はない!いいか、デオスピリルってのはなぁ…」
「止血剤だろ?これは血流を鈍麻させる効果があるんだ」
気を取り直し言い返したガイに冷静なアク―の声がかぶさる。
「出血は既に止まっているよ。これだけの大出血をして体内の血液が少なくなっている彼の血圧をこれ以上下げたら、心臓が止まってしまう」
「う…」
「正確な知識がなければね、その思いやりで仲間を死なせてしまうんだよ?はい、これ」
怒りに顔を染めたガイは何か言い返そうとしたが、それより早くアク―はそんなガイに自分の手にした植物を差し出した。
しっかりとした茎に、黄色く細かい花のようなものが無数についた植物だった。
「な…、何だぁ、こりゃぁ!?」
「コンジキバナだよ」
「コンジキバって…。あ、そうか…」
ガイは何かに思いついたように言葉を切った。
「コンジキバナ?」
キイタが不思議そうに聞き返す。アク―は再び大地の傍にしゃがみ込むと言った。
「コンジキバナは解熱の効能を持っているんだ。フロラムはいい判断だったと思うよ。膿も熱も、多少なら体を治す為に必要だけどね。ここまで出ると却ってよくない。そこのお仲間さん二人が落として行った草を見て、多分必要だと思って採ってきた」
「しかし、よくここがわかったな」
ガイが割り込む。
「君達が道々草を落として行ったしね。街道まで出れば大凡見当はつく」
「犬並みに鼻が利くな」
「犬って言うなっ!!」
今まで冷静に話していたアク―が、ガイのからかうようなような言葉に急に怖い顔をして噛みついた。
「おお、す、すまんすまん。冗談だ」
態度を急変させたアク―にガイが慌てて詫びる。ココロが咎めるようにガイを突いた。
「ありがとう…」
ガイの言葉に歯を剥き出したアク―だったが、キイタの囁くような声を聞くと、すぐに冷静な顔に戻って言った。
「君がココロ?」
「え?」
「ココロは私よ」
背後に立つココロに顔を向けたアク―は一瞬意外そうな顔をしたが、またすぐに落ち着いた声で今度はココロに向かって言った。
「そう。では、あなたが“はじまりの存在”のバディなんだね?僕にメッセ―ジを送り続けていた」
「そうよ」
「初めまして、僕はアク―。水のANTIQUE能力者だ」
「水の…」
シルバーが低い声で呟くと、アク―はその方を見た。
「男の子の傷も酷いけど、こっちの軍人さんも大概ひどくやられたね?」
そう言うとアク―はシルバーに近づいて行った。シルバーの前まで来たところでガイを見上げる。
「何をしてるの?」
「え?」
「コンジキバナを煮てよ」
「あ…」
言われたガイは慌てて自分の持っている黄色い植物を見ると、空いている鍋に放り込んだ。それを確認したアク―は、再びシルバーに向き直るとその身を覆う鎧に手を添えて言った。
「脱げる?」
言われたシルバーは苦しそうに身を起こすと、激痛に耐えながら素直に鎧を脱ぎ去った。
汗に汚れた下着姿になる。アク―はそのシャツの上からもう一度シルバーの胸に手を置いた。
「こいつは酷い…何か添え木になるものと、あとさらしを持ってきて。固定しなきゃ…。やられたのはいつ?」
「昨日の、昼過ぎだ…」
苦しい声でシルバーが辛うじて答える。
「いくらANTIQUEがついていても一日では回復しないって事か…。軍人さん」
「シルバーだ…」
「そう、じゃあシルバー。あなたは何の能力者?」
「我がバディであるデュールは、鋼のANTIQUEだ」
「鋼?攻撃を受けた時、能力を発動しなかったの?」
「鋼の能力を使わなかったら、今頃体がバラバラになっていたところだ…」
「…なるほど」
アク―は納得したように頷くと、キイタの差し出した木片と包帯でシルバーの患部を固定し始めた。そんな様子を見ながらココロがアク―に話し掛ける。
「ANTIQUEについて、詳しいのね?」
「ハルから随分聞かされたからね。大体の事は承知しているよ」
手を休めずにアク―がすぐに答える。
「ハル?」
ココロが聞く。ガイとキイタもアク―を見た。アク―はシルバーの背中で包帯をきつく縛った。
「う…」
シルバーが苦し気に呻き声を上げた。
「ちょっと息苦しいかもしれないけど、暫く我慢して」
アク―は背中からシルバーに言うと改めてココロの顔を見た。
「そう、ハル。僕をバディに選んだ水のANTIQUEだ。会う?」
ここまでの急展開に誰もアク―の質問に答えられずにいた中、シルバーが苦痛に耐えながらそれに答えた。
「アク―…、是非、会いたいものだ…。君の、ANTIQUEに…。会わせて、くれるかい?」
「いいよ。ハル、会いたいって」
アク―がそう言った瞬間、彼の髪がフワフワと揺れはじめた。右上腕部にはめられた鋭い棘のついた腕輪から深く美しい青色の光が現れアク―の全身を包んだ。
黙ってそれを見ていたココロの意志に関わらずゲンムの石が薄桃色に輝き始める。
ゲンムだけではなかった。シルバーの腰につけられたメダルも、薬草を煮るガイの右手の指輪も同じように光を放ち始めた。
意識を失っている大地の胸元からさえも薄黄色い光が漏れてくる。他のANTIQUE達が水のANTIQUE出現に反応し始めていた。しかし、なぜかキイタだけは、ANTIQUEの現れる兆候が見られなかった。
やがて能力者達から放たれた光が狭い岩屋の中を満たしきると、ゲンムが、デュールが、テテメコが、ウナジュウが現れた。
アク―は、自分を取り囲むように現れたANTIQUE達を見上げた。そんな彼の背中から立ち上がる青い光が何かの姿が形作り始めた。
「こ、これが…?」
アク―の背後に立つその姿を瞬きもせずに見上げていたガイが呟く。
「そう」
アク―が静かな声で頷く。
「これがハル。水のANTIQUEだ」




