射手
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国の公女。始まりの存在に選ばれたANTIQUEのリーダー。十四歳。
・シルバー…元アスビティ公国公軍隊士。鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。二十八歳。
・キイタ…ンダライ王国の第二王女。火のANTIQUEに選ばれた能力者。十三歳。
・ガイ…元アスビティ公国の公軍隊士。雷のANTIQUEに選ばれた能力者。二十四歳。
・アクー…ココロとガイの前に現れる謎の少年。矢の名手。
●前回までのあらすじ
エクスヒャニクとクロムの攻撃に合い離ればなれになっていた五人の能力者達はイーダスタ共和国の深い森の中でようやく再会を果たした。大地の傷を確認したガイは薬草が必要だと判断し、ココロと二人森の中へと入っていく。必要な薬草を手分けして摘み取っていたその時、突然ココロの頭の中に六番目の仲間の声が響く。その声はココロに「逃げろ」と叫んでいた。
ガイはすぐにココロが新たな能力者からの通信に答えているのだと気が付いた。と同時にその能力者が言ったらしい、“逃げろ!”と言う言葉の意味も理解した。
ガイはせっかく摘んだ薬草を足元にぶちまけると、ココロを庇うようにその前に進み出た。右手は素早く腰にある剣の柄を握り、いつでも抜刀できる態勢を作る。
森は静かだった。しかしその静けさは異様で不自然だった。早く気が付くべきだった。いつの間にか鳥達の声が消えていた。
風がザワザワと梢を揺らす。その音に乗って周囲から囁くような声が流れ聞こえてくる。
(エモノだ…)
(エモノだ…)
ガイは油断なく周囲に目を走らせる。ココロはガイの背に隠れるようにしてもう一度自分達に危機を報せる姿なき声が聞こえないものかと気持ちを集中させる。
(肉が喰える…)
(久々に新鮮な肉がクエル…)
間違いない。いつの間にかココロとガイは悪意ある数知れぬ敵に囲まれていた。しかし今まで全く気配を感じなかった。
一体どんな相手なのか?いずれにせよ闇の住人、魔族である事は間違いないと思えた。
「どこにいる!」
突然ガイが森に向かって叫んだ。
「相手になってやる!姿を見せやがれ!」
ガイがそう声を張り上げたその時だった。林立する木々の間を飛び交う黒い影が見えた。
その影は正体が見極められない程のスピードで木々の間を飛びながら二人に近づいてきた。
「こいつら…」
早い―――!
ガイは一瞬 狼狽えた。彼の鍛えられた目にも相手の姿を捉える事ができなかった。
目の端に映る黒い影達は、木から木へと飛びながら二人を囲むように回りだした。それはまるで集団で狩りをする獣のようであった。
二人の後ろで地面から枯れ葉が舞い上がる。どうやら敵の一体が地面に降り立ったらしい。しかし降りた直後、瞬時に地を蹴って再び飛び上がったのか、慌てて振り向いたココロとガイはやはり敵の姿を見る事はできなかった。
一瞬敵が降り立ったと思える場所は鋭い爪で掘り返されたように抉れ、枯れ葉が静かに舞っているばかりであった。
再び今度は前方で地面が鳴る。音を追ってもやはり姿は見えない。地面を蹴っては飛び上がっているのだと理解したガイが顔を上空に向けるが、それらしい者はいない。
更に木々の間を飛び交う不気味な音、そして地面を蹴る恐ろしい音が響く。響く度にその音は確実に近づいてきていた。
(次…いや、その次か…)
敵は信じ難い跳躍力を駆使して近づいて来る。地面を蹴るその音から間合いを掴んだガイは、あと二回敵が地面を蹴った時が勝負だと判断した。
左側で積もった枯れ葉が舞い上がる。ガイは全神経を集中した。
反対の右側で地面を蹴る音がしたその瞬間、ガイは体を反転させココロを庇うように左腕を差し出した。
固い鋼鉄でできたガイの黒い義手に強烈な衝撃が走る。見れば、その腕に牙を立てる敵の姿が初めて確認できた。
全身を固そうな黒い毛で覆われたその相手は、その姿もまるで獣であった。狼のような長い鼻、尖った耳、眼光のない黄色い目を輝かせて唸り声を上げながらガイの腕に喰らいついていた。
「食いつきやがったなバカ犬が…」
言うなりガイは噛まれた左腕を曲げ相手の後頭部を掴んだ。それと同時に空いた右手でココロの体を突き飛ばす。
「きゃっ!」
ココロが短い悲鳴を上げガイから離れた瞬間、ガイの左腕が眩い光を放った。ガイの腕に食いついていた敵は体を痙攣させながらもその腕から逃れようともがいたが、ガイは渾身の力を込めて決して離さない。
やがて体中から黒い煙と嫌な匂いを発しながら敵は動かなくなった。それを見たガイがゆっくりと左手を離すと、全身に電流を喰らった敵は崩れるように地面に倒れた。
(ほう…)
風に揺れる葉の音に混ざって木々の間から声が聞こえてくる。
(今の力…さてはANTIQUEの能力者とやらか…)
(これは面白い)
(こちらから探す手間が省けた)
今更ながらガイは後悔した。想像もしなかった相手の姿に少なからず動揺したらしい。咄嗟に雷の力で敵を倒してしまった。
剣で貫いていれば自分が能力者だとは気が付かれなかったかもしれない。
「ちょっと!」
ガイに突き飛ばされたココロが起き上がり、再びガイの近くに駆け寄って来る。
「もう少し優しく扱えないものかしら?」
「失礼しました」
言いながらもガイは周囲に注意を払う事を忘れなかった。
敵が一匹ずつ掛かってきてくれるならば、どんなにその動きが早くても対等以上に戦える自信はあった。
しかし、さっきの調子で複数で飛び掛かられたら流石のガイでもそう易々と勝てるとは思えなかった。
(まずいぞこりゃ…。敵は一体何匹いるんだ?せめてココロ様だけでも逃がさなけりゃ)
ガイがそう考えている内にも敵は集団で二人を取り囲むように周囲を回り始めた。相変わらず木から木へ飛び移っている。そして、やはり動いている相手の姿をはっきりと見つける事はできなかった。
敵はガイがANTIQUEの能力者であると知り戦法を変えたらしい。やがて地面を蹴る音が聞こえ始めた。しかし先程とは違い、一度に二つ、三つと音が聞こえる。
このままではやられる、そう考えながらガイは右手で剣を抜き放った。半身に開き、左手も大きく広げ、左右正面のどこから敵が来ても対処できるように身構えた。
そうしても後方から来られるか、一度に四匹以上の敵が襲い掛かってきた場合にはどうにもならない。ガイの全身を汗が伝った。
ガイの恐れていた通り、前方の四か所で同時に枯れ葉が舞い上がった。四方から飛び掛かって来るつもりだ。
ガイは敵の姿がまだ見えぬ右前方に、逆手で剣を振り上げると同時に左手の指先から強烈な電流を放出する。
しかし、それが精いっぱいであった。真正面の敵には対処できない。
辛うじて電流を放ったままの左腕を体の正面に向け振り抜いた事で、敵の第一刀は躱せるかと思ったが、正面にはもう一匹いる。その敵だけはどうにもならなかった。
ガイが自分の喉笛に敵が噛り付くのを覚悟したその時だった。
「ギャン!」
まるで尻尾を踏まれた犬のような声が聞こえた。
ガイの目の前まで迫っていた敵が動きを止めた。長身のガイよりも更に頭一つ大きな全身毛むくじゃらの敵は、半開きにした口から長い舌を垂らし、あらぬ方を見つめたまま動かなかった。
見れば、その敵の首を横から一本の矢が貫いていた。
見事に急所を射抜かれた敵は、小さく体を震わせるとそのまま横倒しにドゥっと倒れた。
突然の事に驚いたココロとガイは呆然として声もなく倒れたまま動かなくなった敵の体を見つめた。ガイの周りにいた敵達も一瞬何が起きたのか理解できないように仲間の死体を見つめていた。
「また奴だ!」
最初に正気を取り戻した敵の一人が叫んだ。その声に我に返ったココロ達二人も敵が見上げる方向に顔を向けた。二人の瞳が宙をさ迷う。
「ガイ、あれ」
ココロが囁くように、しかし鋭く言った時にはガイも「その男」を視野に捉えていた。
高い木の梢に一人の男が立っている。豊かに茂る木々の葉が影となり、はっきりと表情まで見る事はできなかったが線の細い、少年のように見えた。
今、体の前に垂らした左手にはその体格に似合わない程大きな弓、そして右手に持った矢は既に弦に番えられていた。
左手の指先までをすっぽりと覆う胸当てをした男の最大の特徴は、遠目にもわかる深い深い青色をしたその髪の毛の色だった。
「いつもの奴か!」
襲い掛かってきた四匹の他にも敵はいたらしい。木々の間からザワザワと動揺の走る気配が伝わってきた。
敵の一団が狼狽えている内に、木の上の男は第二の矢を放つ態勢に入った。弓を構え、弦を引き絞る。
「くそ!今日こそ引き裂いてくれる!」
ガイの前にいた敵が走り出した。それにつられるように他の敵も男の立つ木を目指して走り出す。
周囲の木々の間からもまだ見ぬ敵の影が次々と弓を構える男をめがけて風のような速さで移動を始めた。
地を走る敵は、走りながら背を丸めるように身構えると手近な大木に一気に飛びついた。そのまま鋭い鉤爪のついた後足で幹を蹴ると、わずか三回程の跳躍で大木の頂近くまで飛び上がって行った。
木の上の男は慌てる様子もなく引き絞ったままの弓を数か所に向けると、ある一点でピタリと静止した。
一瞬の後、甲高い音と共に男の手から真っ直ぐに矢が放たれる。
「ギャイン!」
森を翔る影の集団の中から再び動物めいた悲鳴が聞こえる。重々しい音をたてて黒い塊と化した敵の体がココロ達の立つ地面に落下してきて、そのまま二度と動かなかった。
青い髪の男は放った矢の行き先など気にも留めぬように即座に第三の矢を番えた。引き絞り、放つ。また悲鳴。
「おのれぃ!」
ガイを救った一本目から合計三本の矢を放った青い髪の男は、そこで背を向けると隣の大木に向かって飛んだ。そのまま木から木を伝って森の奥へと去って行く。
「逃がすな!」
「追え!」
そんな叫びを上げて男を追っていく敵の人間離れした跳躍力に引けを取らないスピードで男はあっという間にその姿をココロ達の前から消した。
男が去り、敵が皆それを追って行ってしまうと、周囲は急に静けさを取り戻した。
暫くの間敵の去った先を見つめていたココロがぺたりと地面に膝をつく。そしてそのすぐ横にガイも尻もちをつくように座った。
「いや…やばかった~、今のはやばかった。死んだと思った」
ガイが大袈裟なため息と共に言った。
「彼が…」
まだ同じ方向を見つめたままココロがポツリと言うと、同じ方向を見ていたガイも頷き答えた。
「ええ、六人目の能力者…でしょ?」
「間違いないと思う。私達に、危険を教えてくれた」
「はい、命拾いをした…。助けられました…」
そう言ってガイはゆっくりと立ち上がる。尻の枯れ葉をはたき落としながら後ろで倒れている敵の傍に歩み寄って行った。
真横から首を射ち抜かれ息絶えた敵の体を見下ろしながらガイは呟いた。
「見事だ…、並みの腕じゃあない。あの距離から正確に急所を射抜いている。それに、あんなスピードで動く敵を全て一撃で仕留めたうえに、奴らと同じような速さで木の上を渡って行きやがった…。あんなの、人間技じゃあない」
ガイが独り言のように呟いている内にココロも立ち上がった。そのままガイに背を向けて歩き出す。それに気が付いたガイが声を掛けた。
「ココロ様?」
その声に振り向いたココロは、少し困ったような、複雑な顔をしていた。
「どこへ行くおつもりです?」
「…私…」
「六番目の能力者が気になるのはわかります。けど俺らの足じゃぁとてもあいつらに追いつけっこありません。それに今は何より大地です」
「そう…、そうね」
そう言うとココロはフラフラと元の場所に戻り、散らばった薬草を集め始めた。その様子を見ていたガイもやがてココロの傍に行き、同じように落ちた薬草を拾い集め始めた。
「ココロ様、お怪我は?」
ガイの問い掛けに顔を上げたココロは、自分の体を確かめるような素振りを見せた。やがて上げた右ひじに小さな擦り傷があるのをガイに示して見せた。
「あなたに突き飛ばされた時の…」
「あちゃ!ごめんなさい!」
「いいのよ…。あなたこそ、大丈夫?」
「俺は全然どこも」
「そう、よかった」
そう言ったココロは途方に暮れたような表情のまま、ただ黙々と薬草を拾い集めた。
そんなココロ達から離れ敵の追随を受けていた青い髪の男は、高い木の上から地に降り立った。
彼の目の前にはイーダスタを流れる豊かな川の流れがあった。流れは速く、轟々と岩に砕けていた。白い飛沫が午前の太陽に煌めいている。
男はその激しい流れの中に点々と見える飛び石を軽い身のこなしで渡ると、対岸にある巨大な岩の上に立った。
「水が怖いの?」
突然彼は大きな水音に負けぬ声で背後に向けて声を掛けた。
「水が怖いか、だと?」
背中から聞こえたその答えに、彼は岩の上で振り向いた。輝く川を挟んだ対岸に獣のような姿をした数匹の敵が立っていた。
「我らに怖いものなどあるものか」
敵達の中で一際体の大きな一匹が答える。他の連中に比べ、腕も足も一回り太く、その体を覆う長い毛は黒一色の他の連中と異なり所々美しい銀色の毛が混ざっていた。
目の色も他の連中が全て黄色い眼光を放っているのに対し、こいつだけは真っ赤に輝いていた。
「ジュラモンスターが、粋がっちゃって」
青い髪の男がからかうように言い返す。真っ青な髪は頭の頂点で不自然に二つに分かれていた。その下に輝く目は大きく、肌の色は白い。
男は美しい顔をしていたが、その体は子供のように小さかった。いや、そのあどけない顔も、声も、正に子供としか思えなかった。
「その呼ばれ方は好きではない」
対岸に立った敵が他の連中とは違う真っ赤な目を殊更にギラつかせながら言った。
「我が名はラプス」
「へえ、こりゃご丁寧に。生意気に名前なんかあるんだね。僕はアク―、別に覚えなくていいけど」
アク―と名乗った少年が興味もないような口調で言い返すと、ラプスは歯の間から不気味な笑い声を絞り出した。
「強がるのもそこまでだ人間。お前にもう武器はない」
ラプスの言う通り、アク―の腰につけられた靫の中に既に矢は入っていなかった。それを指摘されたアク―は軽くため息をついた。
「そう言うそちらさん方も、随分数が減ったじゃない」
どうやらココロ達のいた場所からここに辿り着く間にもアク―は矢を放ち続け、更に数匹の敵を倒したらしい。しかし全員を倒す前にその矢は全て射ち尽くしてしまったのだろう。
「そうだ。今までお前には随分とたくさんの同胞が殺された…。だがそれも今日までだ。ここで貴様を八つ裂きしてやるからな」
「じゃあ喋ってないで早く掛かっておいでよ。逃げないからさ」
「言われるまでもない、掛かれ!」
ラプスが鋭く光る爪をたくわえた右手を対岸に立つアク―に向けた瞬間、回りにいた獣達が一斉にアク―めがけて走り出した。ある者は川に飛び込み、またある者はアク―のように岩を伝って迫ってきた。
それを見たリーダー格のラプスも続いてザブリと川に飛び込んだ。早い流れをものともせず、力強い足取りで一歩一歩アク―に近づいて来る。
岩の上に佇むアクーは、逃げだす素振りも見せず自分に向かって来る敵の一団を見下ろしていた。
そんなアクーの右手が微かな青い光に包まれ始めた。敵の全員が川の中程まで来た時、アクーは突然大きな声を出した。
「ハル!!」
アク―がそう叫んだ瞬間、突然ラプス達のいる川の水が一層激しく逆巻き始めた。
ラプス達は慌てた。川の水はまるで意思ある者のように渦巻き、体に纏わりついて来る。
彼らは足を取られ、次々と水の中に消えていった。体の大きなラプスだけは仲間達が川に飲まれていく中、最後まで抵抗していたが、その尖った耳が遠くから聞こえる轟音を聞き取った時、絶望に顔の色を失った。
音の方を見れば、大きな岩を押し流しながらまるで津波のように走る見た事もない激流が自分に向かって迫り来るのが見えた。
自分の背を遥かに超える高さの濁流が向かって来るのを目にした途端、ラプスは遠吠えのような大きな声を上げた。
その声を聞いた瞬間アク―は更に高い位置へと跳躍し、ラプスの悲鳴と大きな体が水に流され消えていくのを冷淡な目つきで見下ろしていた。
何をしたのか、あのガイさえも圧倒した恐ろしい魔族達はこの少年の一声で一瞬にして一匹残らずその姿を消してしまった。
敵を一掃した激流は、アクーの腕を包む青い光が消えていくのに合わせるように通常の流れに戻り、やがて何事もなかったかのように静かに流れ始めた。
そのいつもの川面を見つめていたアク―はふと顔を上げると、再び川の飛び石を渡り元来た森の中を風のような早さで駆け抜け、もう一度ココロ達のいた場所に戻ってきた。
地面に散らばる二人の残した薬草を拾い上げると、その顔を遠くココロ達の去った方へと向けた。




