広がる闇
●登場人物
・メロ…アテイル一族四天王の一人。撃の竜と異名を取る女戦士。ンダライ陥落を狙うもココロ達ANTIQUEの能力者に阻止され重傷を負う。シルバーとキイタを特に憎んでいる。
・ズワルド…アテイル一族四天王の一人。智の竜と異名を取る策士さくし)。時空を超えあらゆる世界から最先端技術を集め、エクスヒャニクと言う機械兵士を生み出している。
・ダキルダ…アテイルの世界 侵略を補佐する正体不明の魔族。体が小さく、戦闘能力は高くないようであるが種間移動を得意とし、敵でありながらココロのテレパシーを受け取る能力を持っている。
・マニチュラー…魔族の一人。虚無と現世を結ぶ事のできる唯一の存在。その為”生産者”と呼ばれる。好戦的で兵士を現世へ召喚する事を強く望んでいるがその質は余り高くないと評判。
エクスヒャニク
プレアーガ北の半島にある大都市ザシラルに拠点を構えたズワルドによって生み出された機械人間達。人工知能を進化させ、シュベルのみが持つ闇を生成する事で人間界を制圧しようと企む。
・ディベロ…エクスヒャニク三賢人の一人。頭脳一点に絞って進化させたエクスヒャニク。人間に近い形態をしているが、子供のような体形と不釣り合いな巨大な頭を持つ。
・メトレオ…エクスヒャニク三賢人の一人。エクスヒャニクと闇の製造を主に請け負う為頭脳と合わせ長時間活動できるスタミナに重点を置いて作られた。言語能力には長けてはいない。
●前回までのあらすじ
アリオス、ロズベル、ウルカ達はそれぞれの持つ情報を共有し、世界に迫る危機について話し合った。今ある情報量で考えつく限りの意見を出し合った彼らは、これ以上は想像の域を出ないと判断し、この会合を終了する事にした。この会合に臨んだ十人を「ANTIQUE援護部隊」と名付けたアリオスは、すぐにでも魔族との戦いに移行しようとするポルト・ガスを頼りンダライへ亡命する事を決意する。部下の一人であるマルコはそんなアリオスについて行くと聞かない。また、アテイルに破壊された第二境界警備小宮へ戻ると言うロズベルへアリオスはアテイルの存在を証明するものを見つけてくれるよう依頼する。パッキオ、エミオンは国に残り古巣である特別行動騎馬隊に戻ると語り、同郷であるコスナーとユーリは進退保留のまま故郷へ戻る事をアリオスに告げる。行動騎馬隊への編入を希望し続けていたウルカは、アリオスの説得を受け守備隊に残る事を決意する。シルバーの要請を受けて警備隊に所属していたブルーは、これを機に行動騎馬隊へ戻る事を決めた。なかなか意志を表明しなかったハリスはウルカに自分も守備隊に入隊したいと伝える。こうして十人の援護部隊の面々はそれぞれの道を決め、一時の別れを迎えるのだった。
プレアーガ北東の半島に位置するザシラル。元は半島を代表する大都市であったこの町が、突如独立国を宣言したのはまだほんの数週間程前の話である。
ここでは一千万に達しようかと言う数の人々が暮らしていたが、その裏ではアテイル四天王の一人、“智の竜”と呼ばれるズワルドが率いるエクスヒャニク達が暗躍し、その国政を牛耳っていた。
ズワルドの齎すあらゆる世界の化学力が集結され、人工知能を持つエクスヒャニク達が一部の人間達を自在に操り、人工的に生み出した「闇」を量産していた。
未だに「魔法」や「魔術」が生活の中に生きているプレアーガでは想像もつかない技術の拡散に、ザシラルは急激にその経済を発展させていった。
独立国宣言後、特に派手な動きを見せないこの大都市では突如巻き起こった前例を見ない好景気に一時の春を謳歌する平和な時が流れていた。
地上への侵略作戦が発動されて以来、殆どの時間をこのザシラルに留まりエクスヒャニクの開発と管理を続けてきたズワルドは、たった今入って来た情報に頭を抱えていた。
ゴムンガに請われハドリアに送り込んだ戦闘用エクスヒャニクの一部が、実際にANTIQUEと接触。戦闘となり、そのすべてが破壊されたと言う。
その話し自体は想定内であった。戦闘用とは言え人工知能は低い水準で作られた機械達だ。体は頑丈だが複雑な作戦を駆使した戦場での戦いには限界がある。だからこそまとまった数を送り込んだのだが、どうやらゴムンガはそれを複数隊に分割したようだ。
それを聞いたズワルドはその結果に納得した。それよりも彼に衝撃を与えたのは仲間の一人であるメロがANTIQUE達の攻撃によって再起不能とも言われる程の傷を負わされたと言う報告であった。
「まさか、メロがやられるとは…」
まるで人の体を走る血管のように町中を這うパイプで埋め尽くされた最新技術開発の国、ザシラル。それを見下ろすように建てられた高いビルの一室で、柔らかな椅子に腰かけたまま報告を聞いていたズワルドは我知らず呟いていた。
(なぜこの時期にANTIQUEと戦った?メロに一体何があったのだ…?)
断片的なその情報に、事の本質を掴みきれないズワルドは狼狽えた。何があったにせよ、第一目標とされていたンダライ陥落には失敗したと言う事だ。ズワルドは大きなため息をつくと、報告の為に目の前に立つエクスヒャニクを見た。
ディベロと名付けられたそのエクスヒャニクは、ココロ達が遭遇した戦闘用の連中とは明らかに造形が異なっていた。
高水準の人工知能を搭載され、柔軟性に富んだプラスティックに包まれた体は人間の少年に近かった。
一見人と変わらぬ質感を持つ白い肌。頭部の一部から伸びる真っ白い髪の毛と思しきもの。表情を見せる事はないものの、目も鼻も口もすべて人間を模して造られていた。
しかし、自己学習能力に長けたその知能を包み込む頭部は子供のような体格の上ではいかにも大きく、バランスの悪い不格好な姿をしていた。
ズワルドは特に優秀な三体のエクスヒャニクを「三賢人」と呼びザシラルに留めている。
三賢人を今後この一団を治めるリーダーとして教育すべく研究に明け暮れていた。今目の前に立つディベロもそんな三賢人の内の一体であった。
エクスヒャニク達はより強固な一族になろうと自ら仲間を増やし、更に自分達を導く“神”となる存在を生み出すべく思考しながら開発と研究を繰り返す域に達していた。
人工物でしかないエクスヒャニクが自分達の意志で一団となってまとまり、人間を駆逐する為その神の下で統制の取れた集団となった時、ズワルドは漸くこの北の地を離れる事ができる。馴染みのクロノワールやメロのいる場所へ帰る事ができるのだった。
「わかった」
ズワルドが無表情に佇むディベロにそう言った時だった。部屋の外を走る騒がしい足音が聞こえてきた。
「何事だ?」
未だ研究段階のものを多く抱えるこの建物の中では小さなトラブルも大事に発展しかねない。外の騒ぎに不安を抱いたズワルドがディベロの顔を見た。
「確認いたします」
感情の籠らない声で答えたディベロが部屋の外へ出る。そのままディベロはなかなか戻って来なかった。
胸に膨らむ不安に耐えられなくなったズワルドは、椅子から立ち上がるとディベロを追って部屋を出た。
廊下の奥で騒がしい声が聞こえる。どうやらその声は開発中の“神”が鎮座する予定の大広間から聞こえくるようだった。
益々不安を募らせたズワルドが足早に声のする方へと進む。メロの失敗を聞かされた直後だ、クロノワールに大見得をきった手前、自分までもが失敗をする事は何としても許されない。そんな思いが自然、ズワルドの足を速めていった。
間もなく目指す大広間に着こうかと言う時、前方から作業用の低能なエクスヒャニクが一体、こちらへ向かって来るのが見えた。
「おい貴様!一体何があった?あの騒ぎは何だ!?」
ズワルドは通りかかったエクスヒャニクを呼び止めた。
「ああ、ズワルド様!」
見るからに機械の塊である出来の悪そうなエクスヒャニクはズワルドの顔を見ると慌てて立ち止まり、間抜けな声で答えた。
「先程戻ったクロムが突然倒れまして。闇の不具合が起きたとメトレオ様が言っていたので」
「闇の不具合だと?それで、お前はどこへ向かっているのだ?」
「私?ハテ?私はどこへ行けばよいのでしょう?」
その余りのレベルの低さに相手を叩き壊してやりたい残忍な衝動を堪えながら、ズワルドは大広間へ向かった。最早完全な駆け足であった。
ズワルドが薄暗い広間へ着く。部屋の正面にはその一面をすべて覆い隠す巨大な暗幕が下げられていた。
その片隅で三賢人の内の一体、メトレオが誰かを椅子に座らせているのが見えた。近くには先程報告に来たディベロの姿も見える。
「ディベロ!メトレオ!」
ズワルドは大声で二体のエクスヒャニクの名を呼びながら大股で近づいて行った。外の光を一切遮断した大広間は暗く、静かであった。
円形に造られた広間の壁を埋めくすように設置された大小さまざまな機械達が、無機質な音と仄かな明かりを灯しているばかりであった。
ようやくメトレオの傍に辿り着いたズワルドは、大きなフードを被った人物がぐったりと椅子に腰かけているのを見た。
「こいつは?」
ズワルドは傍らに立つメトレオに聞いた。三賢人の中では最も人間に近い形をしているが、やはりあらゆる機能を無理に押し込めた為その姿は異様に大きい。
しかしその恐ろし気な姿とは裏腹に知能はずば抜けている。ほぼすべての時間をこの広間で過ごし、日々研究を繰り返しながら自らも進化し続けるヒューマノイドであった。
「実験体です」
ズワルドの質問にメトレオは言葉少なに答えた。
「実験体?」
「我らは、“クロム”と名付けました」
そう言うとメトレオはクロムの頭を隠すフードを片手で掴み取り払った。中からは見事な長さを持つ髪の毛が流れ落ちた。銀…、いや白に近い。光の加減によっては薄い青色にも見える不思議な色の髪の毛だった。
「こいつは人間です」
「人間だと?」
「はい」
メトレオもまた感情の籠らない声で答えながらクロムの横に屈みこみ、その顔を覆う銀色の仮面を剥ぎ取った。
「いつの間にこの中に人間など入れたのだ」
最早日々勝手にエクスヒャニクを生み出し続けるディベロとメトレオを、いちいち管理できなくなっていたズワルドは困惑した声で言った。
「最初に攫った人間です」
ディベロの答えにズワルドはハっとした。
「まさか…」
しかしズワルドのその焦りなど意に介さぬように、二体の優秀な機械は無表情なまま何やら作業を続けていた。
「殺せと命じた筈だ」
「貴重なサンプルです」
ディベロが冷めた目でズワルドを見ると言った。
「この人間のお陰で我らの作り出した“闇”が人間に齎す効果のデータが取れました。また、新たなエクスヒャニクを生み出す際にはこのクロムが良い参考になったのです。先程お伝えした報告もこのクロムからのものでした」
「何より…」
代わって言いながら、メトレオがクロムの銀仮面をズワルドに差し出しながら呟いた。
「機械を奴隷のように使ってきた人間を、今はこうして我らが使っている事が愉快ではないですか」
「愉快って、お前…」
言葉とは裏腹にまったく愉快そうに見えない無感情なメトレオの顔を見ながらズワルドは益々 戸惑った表情を見せた。
「その仮面の中には闇が入っております」
ディベロがズワルドの手にした仮面を指さし説明を始めた。
「それをなるべく脳に近い部分に接触させる事で、この人間は常に闇に晒され続ける事になります。記憶も失い、人としての理性も、逆に感情も失くしていきます」
「我々はこの装置の更なる小型化に成功した。ただ宛もなく世界に闇をばら撒くのではなく、人間どもの頭に貼り付けてやる事で我らは自由に人間達を操る事ができる。まず手始めにこのザシラルに住む連中から始めるつもりです」
ズワルドは二体の機械が交互に話すその内容に引き込まれていった。言葉を失ったズワルドにディベロが更に言葉を続ける。
「単に闇を生み出し、やたらと撒き散らせばよいと言うものでもありますまい。我々の目標はあくまでもシュベル様。あの方同等の質の良い闇を生み出し、それを使いたい時に使いたいだけ放出できるようにコントロールできなければ、この闇はいずれ人間だけに留まらずこの世界全体を包み込み、虚無と変わらぬ不毛の地にしてしまう事でしょう」
「それはならん!」
ズワルドが叫んだ。
「人間を駆逐した後、この世界は我らアテイルのものとなるのだ。ここまで虚無と化してしまえば、このような肉体を与えられてシュベル様に蘇らせていただいた意味がなくなってしまう」
そう言うとズワルドは目の前の椅子に力なく座る人間を見下ろした。体の小さな、まだ子供と思われるその人間は、何の抵抗もなくただぐったりと大きな椅子に身を任せていた。
「この機械は?」
ズワルドは少女の座る椅子の後ろから天井まで聳える大きな機械を見上げながら訊いた。
「闇を一か所に留めておく事はできません。気体でも液体でもない、生き物の精神に直接影響を及ぼすこの性質を維持する為には、常に循環させておく他はないのです」
言いながらメトレオはその機械から延びる数本の管を俯いたまま動かないクロムの頭に取り付けた。
「闇を注入します」
「まあ、充電のようなものですね」
ズワルドにもわかりやすいようにディベロが言い換える。微かに耳鳴りのような音がし始める。クロムの小さな体が痙攣を起こしたように揺れた。
「一体、何があった?」
「調査はこれからです」
「不完全であったと言う事か?」
「まあ、実験体ですので」
言葉少なに答えるメトレオに代わってディベロが再び付け足すように説明をする。
「何らかの電波障害に似た症状だと思われます。原因は不明ですが、我々のコント―ロール下にあるこの者の脳内に直接影響する何らかの干渉があったのだと考えられます。人工的な闇の力で抑え込まれた記憶と、それを呼び覚まそうとする何かしらのインパクトが拮抗してこの小さな体が耐えられなかったのでしょう」
「何らかの干渉?それは一体何だ?」
「それをこれから調査する訳で」
メトレオが特に慌てる様子も見せずに答えた。
「急いで結果を出せ」
「善処します」
理詰めで話すディベロに比べて、メトレオは長く話し続ける機能が劣っているようだった。
「それにしても…」
メトレオがぽつりと言い出した。
「シュベル様と言う方は実在されるのでしょうか?」
「何を言い出すか貴様!!」
ズワルドはメトレオを怒鳴りつけた。
「いえ、こんなにも扱い辛い闇をその体内に取り込み、自由自在に使いこなすような生命体が本当にいる事が、信じ難いのです」
「ばかめ。あの方は…、違うのだ。あの方はこの世に生けるすべての者が想像し得る、その遥か先の世界に君臨する存在なのだ」
そんなズワルドの呟きにも似た説明を無視するようにメトレオは作業を続けた。静かに傍に立ったディベロがそっと手をさし伸ばし、ズワルドの手からクロムの仮面を受け取った。
同じ頃、ジルタラスでクロムを見送ったダキルダはクロノワールの待つハドリア国へと戻っていた。主君クロノワールの姿を求めマトゥバデ・ピリーと呼ばれるアテイルの本拠地となっている城の中を歩いていた。
大抵の場合クロノワールがいる筈の広い謁見の間に、しかしその姿はなかった。
城の外は明るい陽射しに包まれていると言うのに、ダキルダが一人立つこの謁見の間は「死者の城」と呼ばれるに相応しく、暗く寒々とした空間が広がっていた。
(またシュベルのもとへ行っているのか…)
暗い部屋の中を見回しながらダキルダはふとそんな事を思った。その瞬間だった。突然ダキルダは側頭部を棍棒で殴られるような強い衝撃に見舞われ思わず体を折った。
「うっ!」
痛みを感じた訳ではなかった。しかし直接脳内を揺さぶられたようなその衝撃に、ダキルダは立っている事ができずその場に膝をついた。
「ココロ…」
ダキルダの口をついてココロの名前が出た。
(何と言う念だ…。最初のメッセージより、遥かに強くなっている…)
魔族でありながらココロのメッセージを読み取る事のできるダキルダは、キイタとガイを探し出す為に全身全霊で放ったココロのテレパシーに影響を受けたのだった。
(開き直ったのか?私に聞かれてしまう事がわかっているだろうに…。しかし…、ココロは始まりの存在のバディとして確実に成長している…)
ダキルダは自分の思いついたその考えに軽く体を震わせた。その時、暗い部屋の隅から鎧の軋む重々しい足音が聞こえた。
てっきりクロノワールと思い込んだダキルダは、まだふらつく頭を庇いながらその場に立ち上がった。
「どうしたチビ?」
だら、暗がりから話し掛けてきたその声はクロノワールのものではなかった。
「メロ殿か?」
ダキルダは闇を透かし、その向こうにいる相手を見極めようと目を凝らした。
「如何にも」
言いながら近づいてくるメロの声は相変わらず自信に満ち、相手を見下した口調ではあったが、妙にくぐもって聞こえた。ゆっくりとした足取りで近づくメロの姿は、シルエットとなって未だよく見えない。
「傷はもう、癒えたのですか?」
「傷?」
笑いを含んだ声で言いながら、ついに目の前に現れたメロの姿にダキルダは息を飲んだ。
見事な体の線を誇るように肌も露わな嫌らしい鎧を纏っていたあのメロが今、全身を固い甲冑で覆っていた。
灰色にも似た深い緑色をした鎧だった。長く停滞し、流れる事を忘れた腐った水の色をした甲冑だ。。
首から足の先まで肌の見える部分は一か所としてなかった。背中には長い栗色の髪が下ろされていたものの、その顔は頭からすっぽりと丸い兜を被っていた。仮面と言ってもよかった。フルフェイスのヘルメットのようなその兜も鎧と同じ色をしている。
口元だけは何故か剥き出しになっており、そこから見える口の右半分は歪み、恐ろし気な笑顔を作っている。一方で左側の口は獣のように裂け、巨大な牙が覗いていた。
仮面に開けられた穴の奥で蠢く右目は、やはり人間体の時と同じく瞳の大きな美しい目をしていた。しかし、左側の目に瞳はなく、この薄暗い謁見の間の中で月のように眩しい金色の光を放っていた。
キイタの炎でひどく焼かれた顔の左半分は、人の皮膚を再生不可能となるまで完全に焼き尽くされ、そこから本性である竜の顔が露わになっているのだ。
「傷と言うのは…」
言いながらメロは両手で顔を隠すマスクをゆっくりと取り除いた。
「この事か?」
人間の顔を失った左半分は長く垂れた髪に隠されはっきりとは見えない。しかし、剥き出しとなった右側も決して無事ではなかった。
赤黒く焼け爛れ、所々皮膚がめくれ上がっていた。水泡のようなできものが無数に頬を覆い、目の周りはまるで溶岩石のように赤くひび割れている。よく見れば、無事と思われた右目にはまつ毛が一本すら残ってはいなかった。
その余りにも凄惨な姿に、ダキルダはつい顔を背けた。そんなダキルダの態度を見たメロは大きな声で高らかに笑い出した。
「恐ろしいか?醜いか?もっと恐れるといい、お前達のその行為が、私の身を更なる闇色に染めていくのだ」
メロは唐突に笑いをやめると、再びマスクを顔に装着した。
「傷などと言うものはない。私の体は十分に戦いに耐え得る。今すぐにでもこの手であのANTIQUE共を捻り潰す事ができる」
「メロ殿…」
「わかるかチビ?」
メロはむしろ淫靡にすら感じる流し目でダキルダを見た。
「最早思慕もなく、望みもなく、希望もなく…。すべてから解放されたこの私は、ただただANTIQUEへの果てぬ憎しみのみに支配されている…。この全身を!シュベル様の闇が染め上げていくこの快感がお前にわかるか?わかるかダキルダ!!」
例えすべてのANTIQUEの能力者を倒しこの地上を手に入れたとしても、この醜い姿では生きながらえる事もできず、クロノワールへの愛を貫く事も叶わぬこの雌竜の声を聞きながら、ダキルダはいたたまれぬ思いであった。
自業自得。自らが招いた結果であろうとは言え、これはこれで哀れを誘った。
しかし、メロ自身が言っている通り肉体も精神もすべてを闇一色に染めたこのアテイル四天王の紅一点、撃の竜は益々その激しさを増幅させANTIQUE達にとって最悪の敵となりつつある事も確かだ。ダキルダは寒気を覚える思いであった。
「素晴らしい」
部屋の隅から新たな声が聞こえた。よもや他に人がいるなどと思いもしなかったダキルダはビクリと肩を揺すってそちらを見た。のっそりと暗がりから姿を現したのは金色のスイカのような頭をしたマニチュラーだった。
「ふん、“生産者”か」
メロが興味もないように言い捨てた。マニチュラーは含んだような笑い声を響かせながらメロに近づいてきた。長い裾を引きずり、手には死神のような巨大な鎌を持っている。
ダキルダは初めて見るこの突然の訪問者の異様な姿に声もなかった。マニチュラーはダキルダには目もくれず、メロの周りをウロウロとしながら話し続けた。
「なぁに、悲観する事はない。お前は今のままで十分に美しい。怒りと憎しみと恨みに彩られた者は、誰しも極上の美しさを醸し出すもの…」
「私は今 無性にイラついている。用もなく視界に入れば暇潰しに殺すぞ?」
「これは恐ろしい」
マニチュラーは笑いを含んだ声で怯えて見せた。
「そんな美しい雌竜に、最高の贈り物をしてやろうか?」
「贈り物?」
「お前の意のままに動く、最高の戦士達を好きなだけ生み出してやろう」
それを聞いたメロは小さく笑い声を立てた。
「最高の戦士が聞いて呆れる。お前の用意した戦士などANTIQUE達の手で一人残らず倒されたわ。潰された羊のような醜い亡骸を残してな」
「あれは先発隊さ。よもやこんなにも早く戦闘を始めるとは思ってもいなかったのだ。今度こそは正真正銘、戦闘の為のアテイルを生み出してみせよう。いずれにせよ、虚無からこの地上に渡る為には私の力が必要になる」
マニチュラーに言われたメロは暫し黙りこんだ。傍でそのやりとりを見ていたダキルダは自分がメロを言葉巧みに煽った時の事を思い出した。
メロは揺れている。このままこのスイカ頭の言葉を聞いていれば、愚かにも先見の能力に劣るメロは再び同じミスを犯すに違いない。そして、次にまた同じ過ちを繰り返す事、それはメロの最期を意味している。
「チビ」
「は」
「奴らは今、どこにいる?」
やるつもりだ。自分を絡みつくような目線で見つめるこの激しき雌竜は、前回の反省もせぬまま怒りに任せて再び単独でANTIQUEに挑む気なのだ。
何と愚かな事か、とダキルダは思った。しかしすぐにその考えを改めた。今のANTIQUEの能力者達はクロムの言う通り弱体化している。反してメロは怒りと憎しみの力を身に帯び気合は十分だ。合わせてマニチュラーの言う戦闘の為のアテイルとやらが配下に着けば或いは…
そう思った瞬間、我知らずダキルダは口を開いていた。
「ANTIQUEは現在五人…。しかしながら…」
これはメロを死地に送り込む儀式か?ANTIQUEの能力者にとどめを刺す呪いの言葉か?ダキルダは自分で言葉を紡ぎながら、本当は自分が何を望んでいるのかわからなくなっていた。




