式典
●登場人物
元特別行動騎馬隊第四分隊
・アリオス…元副分隊長。ココロ達ANTIQUEの後方を支援しようと公国領主への説得を試みる。
・パッキオ…アリオスの信頼する部下。巨体怪力だが冷静で優秀な戦士。
・ハリス…隊最年少の青年。四年前、僅か十二歳でガイの部下として戦場に立った。
・コスナー…隊の中堅。口は悪いが頭脳は明晰。山岳育ちで腕力とロープ術にも長けている。
・エミオン…気の弱いところがあるが明るい好青年。足が速く、火薬の知識を持つ。
・マルコ…ハリスと同じく幼少部隊から戦場に立つ。剣の腕は隊の中でも上位。
・ユーリ…コスナーと同郷でやはりロープ術が得意。些か理解力に欠ける。
・ロズベル…境界第二警備小宮で第二警備隊の隊長を務める。長くシルバーと共に小宮で働いていた男。
・ハリスの両親…四年前の戦争で二人の息子を失ってたと思われていたが、今回次男のハリスが生きて帰ってきた。
●前回までのあらすじ
アスビティ公国公爵であるドナル三世の温情により無事公国民としての戸籍を取り戻したアリオス達七人の山賊。しかもその席でウルカの父親であるケシミ公軍大臣から今日の午後、四年前に戦死したハリスの兄、デスターの遺品を英兵霊廟へと敬納するとの言葉に彼らは更に感動した。
しかし、それを持ってこの会見を閉廷しようとするドナルに対しアリオスは数度に渡り閣下退場を妨害し、ココロ達が直面している魔族との戦いの話しをしようと試みる。しかしドナルはその件については一切アリオスの言葉を聞こうとはしなかった。
永久に戦争を放棄した小国アスビティは何があっても再び剣を手に取る事はない。それがドナル三世が下した決断であった。国の定めに従い自らの娘であるココロをも見捨てる決定を下したドナルに対しアリオスは激しく落胆し、隣国ンダライへ亡命する事を宣言する。そんなアリオスにドナルはココロの真意を耳打ちし、アリオスにココロを託すのであった。
「いやぁ、しかし…アリオスには驚かされる」
公共館の前庭を歩きながら、つくづく呆れた様子でコスナーが呟く。
「まったくだ。こっちまで寿命が縮まる思いだったぜ」
ユーリがそれに追随するように言った。
授与伝達の儀と称された侯爵や大臣達との会見が終わり晴れてアスビティ公国民の身を取り戻した七人は、ぶらぶらと公共館正門に向けて歩いていた。
コスナー達に何を言われようとアリオスは厳しい表情を崩す事なく黙って歩き続けていた。
正門の近くまで来ると、アリオスは立ち止まり、キョロキョロと周りを見回した。
「みんな…」
アリオスに合わせて足を止めていた七人の男達の中から急にハリスが声を出した。みんながハリスに目を向ける。
「式典には、出るかい?」
そんな仲間達の顔を上目遣いに見回しながらハリスが尋ねる。
「当り前じゃないか!」
いの一番にコスナーが答える。
「そうだよ、デスターの晴れの舞台だぜ?俺らが出なくてどうするよ」
エミオンがハリスの傍までやって来て大きな声を出す。ハリスは、アリオスを見た。アリオスは返事もせず、あらぬ方に目を向けている。その眉間には深い皺が刻まれていた。
「アリオス…」
ハリスが呼ぶとアリオスは彼の顔を見た。
「さっきの侯爵様と会った部屋に行く前、俺ウルカさんに呼び止められたんだ」
「知ってるよ、ゴミを取ってもらったんだろ?」
とユーリ。
「いーよなー、俺もつけときゃよかったよゴミ」
エミオンも続けた。アリオスは何も言わないまま、ハリスの顔を見る。ハリスは軽く顔を伏せると、声を潜めるように話しだした。
「違うんだ…本当は、ゴミを取ってもらったんじゃない」
「え?」
声に出したエミオンだけでなく、パッキオもマルコもハリスの顔を見た。アリオスだけは表情を変えぬままハリスを見つめている。ハリスは変わらず小さな声のまま続けた。
「本当はあの時、ウルカさんはこう言ったんだ。午後の式典には私も出ます。その後で話しがあるって…」
「えぇ!」
ユーリ、マルコ、エミオンが同時に大きな声を出す。
「まじ?何ハリス、それってもしかして告白されちゃうとか?」
「お前、いつの間に…」
「ずるいよなぁ、何でハリスだけ!」
口々に言葉をぶつけてくる若い仲間を無視してハリスはアリオスを見る。
「どう思う?」
ハリスが真剣な顔でアリオスに尋ねたその時、自分達の方へ向かってくる足音にアリオスが再びハリスから顔を逸らす。他の者達もそれにつられるように足音の方を見た。
とても隊士とは思えない重そうな足取りで警備隊々長のロズベルが走ってくるのが見えた。
「ロズベル殿!」
アリオスが手を上げ大声で呼ぶ。ハリスの問いかけは中途半端なまま置き去りにされた。
やがて、そのまま死んでしまうのではないかと心配になる程息を切らせたロズベルがようやく自分達の傍まで駆けつけて来た。
「す、すまん…」
苦しそうな声でロズベルが言う。
「なかなか、抜けられなくて…」
「もういいのか?」
アリオスが聞く。
「大丈夫だ、午後はこのまま時間が空けられる」
と、その時だった。突然正門前に停まった侯爵邸専用の馬車から、女が呼び掛けてくるのが聞こえた。
「ハリス!」
その声にロズベルを含む全員が驚いて顔を上げる。御者台にいた二人男の内の一人がヒラリと地面に降り立ち馬車の扉を開くと、そこから降りてきたのはハリスの母親であった。
「母ちゃん!?そ、それに父ちゃんまで!」
ハリスの言う通り、やや小太りなハリスの母親の後からそれとは対照的に細く小柄なハリスの父親が降りてきた。
二人は御者の二人に深く何度もお辞儀をして礼を言ったあと、ハリスの方へ向かってきた。ハリスも知らず駆け足で近づく。
「ハリス!」
母親がもう一度息子の名を呼ぶ。駆けつけたハリスの半分程しかない小さな体だ。
「どぉしたのよ母ちゃん、あんな凄い馬車から降りてくるなんて…」
よく見ればハリスの父親も母親も、精一杯の正装をしているようだった。
「いやお前、午後からデスターの形見を英兵霊廟とやらに収めてくれるって報告を受けたんだけど、その時お迎え用だと言ってあんな馬車がウチの前に停まってさぁ…」
「ありゃぁ侯爵様用の馬車だぜ?」
「なんだって!」
ハリスの答えに母親は驚く程の大声で聞き返した。父親も目を大きく見開いた。心なしか体が震えているようであった。
「お前、何て勿体ない…」
母親はそう言うと今にも泣きだしそうに顔を崩した。
「失礼」
親子してパニック状態にある三人に、アリオスが静かに声を掛けた。
「ハリスの母上殿でありますか?」
「はい?」
「私はアリオス。四年前、デスターとハリスの所属していた特別行動騎馬隊第四分隊において副分隊長を務めておりました」
「まあ!」
アリオスが名乗るとハリスの母親は目を丸くして高い声を出した。
「ハリスがいつもお世話になって…そうですか、副分隊長様ですか」
「デスターの件につきましては…分隊長に成り代わり、心からお詫びを申し上げます」
息子を死なせてしまった副分隊長としてアリオスはハリスの両親に深く頭を下げた。
「おやめになってください副分隊長さん!」
母親が大きな声を出した。
「二日前にハリスから聞きました…。デスターは最後まで立派に戦ったのだと…。我がままで、暴れ者で、どうしようもない子でしたけど、戦場では優秀であったと…」
「それは私も…ここにいる、彼と共に戦った全員が保証します」
アリオスが言うとその背後にいたパッキオ達が頷いた。
「あの子が死んだと聞いてから、国はそれはそれは私達に良くしてくれました。すっかり諦めていたハリスとはまたこうして生きて会う事ができましたし…。何だかまあ、今日は今日でデスターの為に侯爵様までお出ましになられるとか…。本当に、勿体ない話ですよ」
言いながら微笑むハリスの母親の目にみるみる涙が溢れてきた。
「アリオスさん」
ハリスの父親が声を掛けてきた。体つきに見合ったか細い声だ。
「デスターがやられた時、分隊長さんが自分の左腕を犠牲にしてその命を守ってくれたのだと聞きました」
「確かに」
「本当ならその場で死んでしまってもおかしくなかったところを、分隊長さんのお陰で僅かでもハリスや、他のお仲間さん達と一緒に過ごせたのだと…。できれば、その分隊長さんに是非礼を言いたいのだが」
「当時の分隊長はガイと言う名の男でありました。今は新たな使命を受け旅に出ております。お父上殿のお言葉、いずれこのアリオスからしかとお伝えいたしましょう」
「そうですか、それは残念だ…。くれぐれもお礼を言っていたと伝えてください」
「伝えましょう、間違いなく」
そう言ってアリオスは再び頭を下げた。
「さあ、公共館の受付で訪のうとよいでしょう。式典会場まで案内してくださる筈です。ハリスもすぐに行かせますので」
「それでは」
ハリスの両親はアリオスや傍にいたパッキオ達にも丁寧に頭を下げると公共館入口へと向かい去って行った。
「ありがとうございました」
ハリスがアリオスに頭を下げる。
「いや…」
アリオスはそう言うとハリスから目を背けロズベルを見た。ロズベルもアリオスを見返している。
「さ、俺達もそろそろ行こうぜ」
コスナーが声を上げた。その声でみんなも何となく公共館に向かう姿勢を見せた時、アリオスがハリスに声をかけた。
「ハリス」
呼ばれたハリスの他、全員がアリオスを振り返る。
「すまん」
「え?」
「俺は、式典には出られん」
「えぇ!」
「式典の間にロズベル殿の話を聞く」
「だ、だったら俺も」
マルコがアリオスの方へ歩み寄ったがアリオスは手を上げてそれを制した。
「いや、話しを聞くのは俺だけでいい。みんなは式典に参加してくれ」
「だけど…」
「聞いてくれ、式典が終わったらもう一度全員で集まりたい。ロズベル殿、ブルー隊士はどの部屋に?」
「外部兵舎の三号棟だ」
ロズベルが淀みなく答える。
「外部兵舎ならみんな知っているな?」
アリオスの問いかけに銘々 頷く。
「式典が終わったらブルー殿の部屋に集まろう。できるだけ目立たないようにだ。ハリス、その時ウルカ殿も一緒に連れて来てくれ」
「ウルカさんを?」
「お前には悪いが、ウルカ殿はお前にではなく俺達全員に話があるのだと思う。この際まとめてしまった方が手っ取り早い。いいな?」
「でも…」
「よぉし、じゃあ行くかぁ」
アリオスの指示に何か言いかけたハリスの言葉をかき消すようにパッキオが大きな声を出した。
「アリオスが式典に出ろと言うなら出る、その後また集まると言うなら集まる。俺達のリーダーの指示だ。今までリーダーが間違っていた事があるか?」
みんな言葉もなくパッキオを見ている。そんな中コスナーが声を出した。
「それもそうだな!よし行くか」
そう言うとコスナーは一人公共館に向け歩き出した。パッキオもその後に続く。エミオン、マルコ、ユーリ、ハリスの四人は、まだ戸惑ったようにアリオスの顔を見ている。アリオスはそんな若い仲間達に一つ力強く頷いてみせた。
「デスターを、送ってやってくれ」
アリオスがそう言うと、一度目を見交わした四人は揃ってパッキオとコスナーの後を追って走り出した。
去って行く仲間達の背を見送っていたアリオスはロズベルに目を戻すと言った。
「待たせた。そちらの話を聞きたい。どこか安全な場所が?」
ロズベルは少し考えるような仕草をしたが、すぐに呟くように答えた。
「結局、ブルーの部屋がいいと思う」
「なるほど。では行こう」
二人は足早に外部兵舎の建つ裏庭を目指して歩き出した。
式典の会場に入ったパッキオ達は再び圧倒された。広い会場には椅子が並べられ、すでに八割がた埋まっている。
席の後方である入口付近に佇んだまま、その式典の規模に言葉を失くしている彼らの傍にシュリが駆け寄って来る。
「よかった、あまり遅いので心配していました。大臣達は既に着座されています。さあ皆さんこちらへ」
先導するシュリについて歩き出したハリスは、ざわつく会場の中、ふと遠くの壁際を見る。
着席した人々の頭越しに、デューカ守備隊の隊士達が一分の隙もなく立ち並んでいた。
その中に一人、一際背の低い隊士がいる。ウルカだった。
ウルカは凛々しい表情を崩さぬまま瞳だけをハリスに向けた。ハリスはウルカに向け頷きとも一礼とも取れる半端な仕草を見せるとシュリに続いた。
シュリに案内されるまま奥へと進んで行きながら、更にパッキオ達の不安は増していった。
一体どこまで連れていかれるのか?どう見ても上級幹部と思われる男達の座る席を次々と追い抜き前へと導かれていく。
やがてシュリに案内された場所は、何と会場の最前列の席であった。
「ハリス!」
その最前列の席で泣きそうな声を出したのはハリスとデスターの両親だった。
「母ちゃん!何やってんだよこんなとこで!」
「わかんないよ!礼儀正しい人に案内しますって言われてついて来たら、ここへ座れって言うもんで…」
「間違いではありませんよ」
後ろからシュリの優し気な声が聞こえる。
「ハリスさんはお母さまの隣へ」
「こ、ここ?」
「ここですか、だろ!」
「痛っ!」
母親に尻を叩かれたハリスが情けない声を出す。
「はい。他の皆さんも順次お隣へ」
「ち、ちょっと待ってくれ」
堪りかねたようにパッキオが言い出す。
「ハリスはともかく俺達はただの参列者だ。こんな上座に座る謂れはない」
言われたシュリは困ったものだ、と言いたげに笑いながらため息をつくとパッキオを見上げて答えた。
「何を言っているのですか。デスター隊士の遺品 献納もさる事ながら、本日は四年振りに帰国を果たした貴殿達こそ主役なのですよ?いいから堂々とここへおかけなさい」
「しかし…」
「議論している時間はありません。間もなく侯爵様が入場され式典が始まります。どうぞ大人しく座ってください」
シュリはそれだけ言うとそそくさとその場を離れてしまった。置き去りにされた形のパッキオ達は狼狽えながらもおずおずと宛がわれた席へとそれぞれ腰をおろした。
やがて隊士の一人が手にした斧の柄を激しく二度 床に叩きつけた。
「侯爵閣下、ご入場ぉー!!」
そんな掛け声に会場の席に座る参列者と檀上に設けられた特別な席に座った大臣達が一斉に立ち上がった。
何も聞かされていないハリスやパッキオも慌ててそれに倣い立ち上がる。侯爵閣下が入場し、デスターの遺品を霊廟に収める午後の式典が華々しく開式した。
「ここだ」
アリオスを案内して前に立ち廊下を進んでいたロズベルは一つのドアの前で立ち止まると、そう言って扉を押し開けた。
突然開かれた扉に驚いて立ち上がる男がいた。第二境界警備小宮では経理財務書記管理班長と言う役職につき、幼いココロに初めて計算式を教えたと言っていたメガネのイルファーだった。
「ロズベル隊長!」
「ブルーの様子は?」
「大丈夫ですよ…」
イルファーの後ろにあるベッドから弱々しい返事が返ってきた。
「ブルー…」
ベッドの傍に近づいたロズベルが痛ましそうな声で部下の名を呼んだ。
「隊長、この男は?」
イルファーが入口近くで控えるように立つアリオスを見ながら言った。
「ああ」
身を起こしながら振り向いたロズベルがアリオスを手招く。呼ばれたアリオスはイルファーの前を通りベッドの近くへと歩み寄った。
「ブルーわかるか?この男はアリオスだ。元特別行動騎馬隊第四分隊の副分隊長を務めた男だ」
「ア、リオス…」
「そうだ、瀕死の状態だったお前を救助しここまで連れて来てくれた人だよ」
「あ…」
そう聞くとブルーは慌ててベッドの上に身を起こそうとした。
「いや、そのまま。寝ていてくれ」
アリオスは慌てて手でブルーを制しながらベッドへと近づいて行った。頭と上掛けから覗く肩には痛々しく包帯が巻かれている。
色を失った顔でアリオス見つめ返すその表情は不安そうに歪んでいた。
アリオスはブルーのその目から視線を外す事なくそっと声をかけた。
「ブルー殿…おぬしの持参したココロ姫の手紙。無事 領主様へ手渡した。自分の手で果たせなかったのは心残りであろうが、間違いなく直接、我らから侯爵閣下へ直に手渡し、我らの目の前で目を通していただいた。安心なされよ」
ブルーは声もなく震える左手を持ち上げる素振りを見せた。それに気づいたアリオスは慌ててベッドの傍らに膝をつくと、その手を優しく握った。
「姫のご意思は間違いなく侯爵閣下に伝わった」
「ありがとう…」
ブルーは力ない声で礼を言った。アリオスは笑顔で頷くとその顔をイルファーに向けた。ロズベルがイルファーをアリオスに紹介した。
「こいつはイルファー。第二小宮で金庫番をしていた男だ」
「金庫番?」
「経理財務書記管理班長を務めています」
イルファーがはっきりとした声でアリオスに言った。ロズベルが続ける。
「第二小宮が襲われた後、俺を含め数人の主だった隊士が報告の為中央に上がった。その時 一緒に来たんだ。大丈夫、この男は信用できる。俺がいられない時はブルーの傍にいさせているんだ」
「では、小宮が襲われた時あなたもそこに?」
「ええ。始めは火災だと聞かされていたのでとにかく小宮の財産を守ろうと女達と金や備品の持ち出しに奔走していました」
「ひどい目にあいましたな」
「まったくです」
と言う事は、この男はアテイルと直接剣を交えた訳ではないのか。アリオスはそんな事を考えながら目の前に立つ小柄なメガネの男を見つめた。
一通りの訓練は受けているのだろう、体は鍛えられているようだが大きくはない。屈強の隊士達の中では如何にも経理係が似合っている男だった。
「イルファー、ここはもういい」
ロズベルがそう言うとイルファーは一礼して部屋を出て行った。部屋にはロズベルとアリオス、そして負傷したブルーの三人が残された。
「さて…」
イルファーの出て行ったドアを見つめていたアリオスの背中に向かってロズベルが言った。その声にアリオスも振り向く。
「それじゃあ聞いてもらおうか、俺の話を」
アリオスは勧められるまま今までイルファーが座っていた椅子に腰掛け、話しを聞く態勢を作った。




