アスビティの選択
アスビティ公国元特別行動騎馬隊第四分隊
・アリオス…ANTIQUEの存在を知る数少ない一般人。ココロ達を助ける為奔走する。
・パッキオ
・ハリス
・コスナー
・エミオン
・マルコ
・ユーリ
アスビティ公国行政部
・ドナル三世…公国領主にしてココロの父親。
・ギース外務大臣
・ケシミ公軍大臣
・シュリ外務大臣付き補佐官
・チャーザー公軍隊士付き補佐官
●前回までのあらすじ
公爵官邸からの使者に起こされたアリオスは仲間の一人であるハリスと共に急いで官邸へと向かった。外務大臣付き補佐官であるシュリの導きで官邸の奥まで案内される途中、アリオスは第二警備隊々長のロズベルから、ハリスはデューカ守備隊第三分隊長のウルカからそれぞれ後で話しがあると持ち掛けられる。アリオスの撒いた種が早速芽吹いたようであった。
案内に従いアリオス達七人の男が通された部屋にはアスビティ公国の司法行政を司る十一人の大臣と、公国領主であるドナル三世が待ち受けていた。国は四年を経て帰国した元第四分隊の隊士達に信じられない程の好待遇を申し渡した。その温情にアリオス達は激しく感動した。
「ハリス隊士」
想像以上の好待遇に茫然としているハリスに向かい、突然ケシミ公軍大臣が声を掛ける。
「は、はい!」
自分が呼ばれたのだと気づいたハリスはばね仕掛けの人形のように勢いよく直立した。
「君が戦場から持ち帰った兄上、デスター隊士の遺品だが…」
それは二日前に押収されたままになっていたデスター愛用の剣の事だ。
「本日、英兵霊廟へ敬納する。ついては、ささやかながら式典の体制を整えるので出席するように。ご両親へは今 別途連絡に行かせている。式典は、午後の鐘と同時に始める。侯爵様を始め、我々も出席する。勿論、他の者達の中で希望する者は参列できるので心得ておいてくれ」
ハリスはウルカの言っていた午後の式典と言うのはこの事かと合点がいった。
「あ、ありがとうございます!」
色々言いたい言葉はあったがうまく言葉にできず、結局ハリスは素直にそれだけを口にすると深く腰を折った。
「皆、我がアスビティ公国民として益々 励むよう、よろしく頼む」
ドナル三世が静かに言う。大臣達が立ち上がり七人を見る。慌ててアリオス達も立ち上がると、改めて深々と頭を下げた。
「皆様、早朝より大変お疲れさまでした」
壁際に立つシュリが、頃合いを見て声を発した。
「今のお話しにあった通り、敬納の式典は午後の鐘と同時に挙行されます。ハリス殿を始め、ご参列される方は式典開始まで一度お帰りいただくなり、時間までお待ちになるなりご随意に。待つようであれば正面の公共の間をご利用ください。では、以上で伝達、証明書 授与の義、終了といたします」
シュリの終了宣言に合わせるように大臣達が体の向きを後方に変え、退室するドナルを見送る姿勢を取り始めた。
アリオスはその様子に驚き、次の瞬間には我知らず声を上げていた。
「お、お待ちください!」
ドナルを始め、全大臣の目が一斉にアリオスへと注がれる。アリオスはその目に怯み声を失った。
「まだ何かあるかな?アリオス」
立ち上がりかけた腰を再び椅子に落としながらドナルが問いかける。大臣達は立ったまま半身を向けてこちらを見ている。
「い、いえ、その…」
アリオスは言葉を詰まらせドナルから目を逸らした。相変わらず無言のまま自分を見つめる大臣達の顔が映る。その中に二日前に会ったギースの顔もあった。アリオスを腰抜け呼ばわりした太った外務大臣だ。
その顔を見た途端腹が据わった。瞬く間に気持ちが静まってくるのが自分でもわかる。アリオスは落ち着いて言葉を発した。
「まずは、本日我らのような者の為、侯爵様を始め国を代表する大臣達にお集まりいただき誠に恐縮でありました」
ドナルは乏しい表情で口元を綻ばせながら答えた。
「気にするでない」
「その上、四年もの長きに渡り国を離れていた私達に対し寛大なるご処置。我ら一同、感謝の言葉もございませぬ」
アリオスが何を言い出すのかと心配していた大臣達も、単に礼を言いたかっただけのようだとわかるとその表情から緊張が抜けていった。
その時、唐突にアリオスが話を変えた。
「ところで本朝、我らをお呼び出しいただいたのはこの為だけでありましょうか?」
ドナルの眉間に浅く皺が入る。大臣や壁際の補佐官、書記官達にも、何を言い出したのか?と問う表情が刻まれた。
「我らが持ち帰ったココロ姫からの書状は全部で十通。恐れながら、その他の内容につきご吟味はいただけたものでしょうか?」
「アリオス殿、それはあなた達の心配するところではありません。お慎みを」
一人の体の大きな補佐官が、壁際に立ったまま大きな声を出す。
「いや」
その声をドナルが片手を上げて制する。
「アリオス、心配は無用だ。お前達のような戦争難民の捜索については、国を挙げて前向きに対処する旨、既に大枠は決まっている。具体的な方策についてはまだこれから詰めていかなくてはならぬが、可及的速やかに最善を尽くす事を約束する」
「それについては」
一人の大臣が遠慮がちに片手を挙げ、アリオスに向かい発言する。アリオスはその大臣を見た。小柄で、かなりの高齢に見えた。確か、法政大臣として以前から政府に入っていた男だ。
「具体的な捜索方法についてもさる事ながら、実際に難民が発見され、受け入れるに至った際の対応についての法整備から始める必要がある。形骸化すれば、難民を騙り恩赦恩給に与かろうとする不埒者も現れる可能性がある。今回の生存証明書の発行は、それらを見越した一つの試行でもある訳だ」
「それを言うならば」
ギース外務大臣が法政大臣の方に顔を向け言い出した。
「国内のみならず世界各国への協力 要請を含め、その方法や対応について国交、外務を交えた議論が必要だ」
「実際の捜索隊についても、警察隊なのか公軍なのか、それとも新たな省庁を設けるべきなのか…、そこから検討する必要がある」
ケシミ公軍大臣もその話しに加わる。
「それらすべてにつき、今後の検討 課題である」
勝手に喋りだした大臣達を窘めるようにドナルが静かだが、毅然とした声で言い放った。大臣達は我を忘れ発言した事を反省するように押し黙った。
「よいかな?アリオス」
そう言ってドナルは再び腰を浮かせかけた。慌てたようにアリオスが声を上げる。
「恐れながら!」
再び注目が集まる。二度にわたる侯爵退室の妨害に、今度はあからさまに不快や非難を込めた表情であった。
「今一つ、姫のお伝えしたい事がおありであった筈」
ドナルは聞こえない程度の大きさで軽く息を吐くと、再び椅子に腰を落とした。そのまま黙って高い位置からアリオスを見つめる。
アリオスの聞きたい事は勿論、ブルーがココロから託された手紙についてであった。
その内容についてはアリオス自身も知らない。だが、十中八九それはココロが旅に出た理由、ANTIQUE、三種の魔族、即ち現在全世界が直面している信じがたい危機についての内容である筈だと確信していた。
ドナルの表情に変化はないが、アリオスの質問に対する答えを必死に考えている事がわかった。アリオスはその考えが纏まる前に畳みかけるように声を発した。
「恐れながら我らには、その点につき報告をする準備が整っております」
「…お主は、どの件について話をしている?」
ドナルのその質問はその場 凌ぎの時間稼ぎとしか思えなかった。しかし、ここにいる大臣達がどこまで話を聞いているのか判断がつかなかった。そこでアリオスはゆっくりと意味深に言葉を紡いだ。
「一昨日の晩、警備隊第八分隊長ブルー殿が意識を取り戻されたと聞き及んでおります」
「………」
「恐れながら、報告はお受けいただいておりますでしょうか?」
ドナルは何も答えない。アリオスもその目を見つめ返す。部屋の中に満ちていく異様な緊張感に誰も口を挟めなかった。
「確証がない」
突然ドナルがぽつりと言った。
「書面はすべて姫 直筆のものと確認された筈!」
アリオスが声を荒げる。
「いい加減に黙らんかアリオス!」
アリオスははっとして声の方を見た。ギース外務大臣が恐ろしい顔で睨んでいる。
「その点の内容については把握している!しかし、俄かに信じられるようなものではなかった。確かに姫 直筆とは思われるものの、その内容の信憑性に疑問が残るとし、今回は対処を見送ると侯爵閣下が判断したのだ、わかったか!?」
「なんと…!見て見ぬふりをなされると申されるか!?」
「み…っ!口を慎め!」
「我らが証言いたします!」
「それで証拠になると思うか?」
「アリオス」
アリオスとギースの口論に近い言い合いに割り込むようにしてドナルが声を掛けた。呼ばれたアリオスはギースからドナルへと目を移した。
「お主は見たのか?ココロが書き記したような者達の姿を」
あくまでも静かな口調でドナルが問いかける。アリオスは躊躇うように視線を足元に落とす。
「いえ…」
「ならば、確信を得る事はできまい?」
「確かに我らは奴らの姿を見てはおりませぬ。しかしながら我らの元分隊長、ガイお呼び元大隊長のシルバーの能力についてはしかとこの目で…」
「はん!」
アリオスの話を折るようにギースが鼻で笑った。
「シルバーだと?奴は今やお尋ね者だ!」
「では、ブルー分隊長の話は?」
「ブルーはまだ話しができる状態ではない」
「隣国ンダライのポルト・ガス代行執政官も証言してくださる筈!」
「後継問題で揉めた挙句、気が変になったとしか思えぬ国交対策を始めた国の話を真面目に聞けるか!?」
「ならば…ならばロズベル第二警備隊長は…」
「第二小宮からの報告は受けている」
「現地をご覧になられましたか?」
「何ぃ?」
「我らは帰国の途中、第二境界警備小宮に立ち寄りました。今もって何ら復興の作業が始まっておりませぬ」
「それは、明日から始める予定だ」
突然、今まで発言のなかった大臣の一人がおどおどした様子で言う。
「それは何よりです。何卒、そこに倒れる兵士の亡骸を存分にご検分くだされますよう。そこには正しく、異形の存在を証明するものが見つかる筈」
「言われるまでもない!」
再びギースが大声を出す。しかしアリオスはそれを無視してドナルの顔を見た。懇願するような声で続ける。
「どうか、侯爵閣下…どうか」
「アリオス!」
ギースが二日前と同じく顔を真っ赤に染めながら怒鳴りつける。見かねたシュリがアリオスの元へ駆けつける。
「アリオス殿、ここは…」
「侯爵閣下!姫を、ココロ様をお見捨てくださるな!」
「アリオス殿!」
「貴様!」
シュリが慌てて窘める声と、怒りの余り怒鳴ったギースの声が重なる。侯爵閣下に対する余りにも無礼な発言に他の大臣達からも非難の声が上がり始めた。しかしアリオスは黙らなかった。
「姫は戦っておられます!お力が必要です!閣下のお力が」
「黙れ!」
「誰かこの者を連れ出せ!」
アリオスの傍若無人な振る舞いに、ギース以外の大臣達も騒ぎ始める。しかし、中には訳がわからないと言った様子でオロオロしている大臣もいる。
恐らくブルーの手紙について聞かされているのはこの中の一部の大臣だけなのだろう。知っている者達はアリオスの口からそれらが暴露されるのを防ごうとしている。そうわかってもアリオスは尚も声を張り上げた。
「私もついて行きたかった!隊長と共に、姫に付き従い行きたかった!しかし何と悔しい事か、私には力がなかった!あの方達と共に戦う程の能力を持ち合わせてはいなかった!だから戻ったのです!許される事ならば、今一度公軍に入れていただき、多くの隊士と潤沢な武器や馬を従えあの方達を…、姫をお守りする為に旅立ちたかった!アスビティの戦士として!」
「アリオス殿、収まりください!」
シュリがアリオスの肩にかけた手に力を籠める。パッキオ達も今や全員が立ち上がっていた。部屋の四隅に立つ隊士達がいつでもアリオスに飛び掛かれるように身構えるのが見える。
その時だった、突然床を叩く大きな音が室内に響いた。その音の余りの大きさに、全員が黙り音の方を見た。
その目線の先では、錫杖を手にドナル三世が壇上に立ち上がっていた。どうやら手にした錫杖で力いっぱい床を突いた音であったようだ。
ドナルの顔を見上げた全員が身を退くように目を逸らした。その中でシュリに肩を掴まれたアリオスだけがドナルを睨み続けている。
「アリオス」
やがてドナルがアリオスの名を呼んだ。アリオスは、両肩を聳やかしシュリの手を払い除けると、半歩前に進み深く頭を下げた。
「アスビティは永久戦争 放棄国である」
「は」
アリオスが短く答える。
「ココロの窮状は読んだ。私は父として、今すぐにでもあれの元へ駆けつけたい思いでいっぱいだ」
アリオスは顔を上げる。ドナルが左手を部屋の隅に向け、公務の記録を取っている書記官に言った。
「今の発言は相応しくない」
公務の場で、一父親としての発言をした事を記録に残すなと言ったのだろう。そう言うとドナルはゆっくりと壇上から降り始めた。
侯爵閣下が大臣達と同じ目線に降りてくる事は今までになかった。十一人の大臣達は驚き、後ずさるように道を開けた。
そこにできた道を通り、ドナルはゆっくりとアリオスに向かい歩み寄っていく。
「しかしなアリオス。私は領主だ、この国の代表だ。我が娘を助けたい一心で、国民を危険に晒す訳にはいかない」
「ことは、アスビティ一国の問題ではございませぬ。望むと、望まざるとに関わらずいずれ全世界がこの戦いに身を投じる時が参ります」
「そうであるならば、アスビティは最も遅れて参加する国の一つとなるであろう。他国の情勢を見極め、今はただじっと成り行きを見つめる」
「…それが、アスビティの選ぶ道でありますか?」
「そうだ。アスビティは決して大国ではない。力の強い国に攻められれば、長くはもつまい」
大臣達の間で円卓の前に立つドナルは目を伏せると静かに言った。言い終わると再び顔を上げ、その目をアリオスから外さぬまま円卓に沿って歩き始めた。大臣達がさらに道を開ける。
「強さは無用、賢さは無用。ただ、忍耐強くあれ…。世界の中で平和に、豊かに国民の生活を維持する為、アスビティは建国以来この教訓を守り続けてきた。それが、マウニール王国の王族の地位を捨て、公国の領主となった初代侯爵ドナル一世の、そして、敵国に嫁ぎ、初代侯爵 逝去の後にはこの平和な国を築く為に邁進され、“アスビティ公国 創建の母”と呼ばれるまでになった元アガスティア王国王女、初代ココロ公妃の御心に応える事なのだ」
歩きながら話すドナルは円卓を回り込み、遂にアリオスの目の前に立った。慄くようにシュリが低頭のまま慌てて退く。
恐らくこの瞬間、アリオスは全アスビティ国民の中で最も侯爵閣下に近づいた一般人となっただろう。
「後世に悪名を残す記録的な被害を出したこの両国の戦いの、その戦いで死んでいった先人達の血と涙の上に成ったこの国は、そのようにして生きながらえてきたのだ。武器を捨て、大国に寄り添い、常に世界の情勢を見つめながら必死に再興する道を選んだのだ。我らが再び武器を手にする時があるとすれば、それ以外のすべての手段が尽き果て、そうしなければ国民の生命が危険に晒される事が明らかになった時なのだ、わかってくれ」
「世界の動きに合わせ、その時の成り行きで決めるのだと?それが、アスビティ公国の方針であると?」
「その通りだ」
「無念です」
アリオスは渾身の皮肉を込めて絞り出すように言った。
「ならば、どうする?」
ドナルが変わらず静かな声で問い返す。アリオスは顔を上げドナルを見る。
「この上はンダライに渡ります。ンダライは、御国の第二王女キイタ様の身を守る為戦争をも辞さぬ覚悟」
「そうか…」
その時、ドナルは突然アリオスに顔を近づけると聞き取れない程の声で囁いた。
「お主、手紙の内容を知らぬな?」
アリオスははっとして顔を上げる。ドナルの肩越しに書記官が腰を浮かせるのが見える。侯爵の言葉を一言一句漏らさず書き留める役につく彼にその声が届いていないのがわかる。
「今は動くなと、書かれていた」
自分の顔のすぐ横にあるドナルの顔を横目で見る。
「内部に蔓延る敵を見つけ、炙り出す」
「閣下…」
そう言いかけたアリオスの言葉を遮るように急に顔を離したドナルが大きな声で言った。
「アリオス忘れるな!そなたがどこへ行き何をしようと、そなたは我がアスビティ公国の国民である。アスビティの子である。それは、この私が名誉に賭けてここに誓う」
そう言うとドナルは再びアリオスを抱擁するように顔近づけ、早口で言った。
「ココロを、頼む…」
言うが早いかドナルはアリオスから体を離し、返事も聞かぬまま身を翻した。
「閉会する!」
背中のまま言い放つと、ドナル三世は長いマントを揺らしながら部屋から出て行った。
全員が頭を下げて見送る中、アリオスだけが茫然とした顔でドナルの出て行った扉を見つめていた。




