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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
58/440

女剣士

●登場人物

アスビティ公国元特別行動騎馬隊第四分隊

・アリオス…元副分隊長。現在はチームのリーダー的存在。

・パッキオ…アリオスが最も信頼する部下。

・ハリス…最も若いメンバー。医学の心得がある。

・コスナー…中堅どころのメンバー。やや短気。

・エミオン…気が弱いが優しい青年。

・マルコ…剣術に秀でた青年。ハリスに次いで若い。

・ユーリ…お調子者でチームのムードメーカー。


アスビティ公国行政部

・ドナル三世公爵…国主でありココロの父親。穏健な性格で国民からの信頼も厚い。

・ギース外務大臣…四年前の戦争終結直後に就任した大臣。横柄で気位が高い。

・シュリ…ギース付きの筆頭書記官。穏やかで優秀だが公人として自己主張を一切しない。

・ウルカ…公軍大臣であるケシミの第三子女。デューカ守備隊第三分隊分隊長を務める女剣士。

・ロズベル…境界警備第二小宮に第二警備隊の隊長を務めていた。人情にあつい男。



●前回までのあらすじ

ドナル公爵への謁見えっけんを希望したアリオスであったが、面会に応じたのは国の外務大臣、ギースであった。ギースは筆頭書記官のシュリに記録を取らせながら、アリオスの身元を明白とする為、四年前の戦争から今日までの事を聞きだそうとする。更にギースはこの件について一切の権限を委任いにんされていると言い、ココロが自ら封蝋印ふうろういんを押したアリオスの身元保証書を軽々しく開封した。ギースの人を見下した態度にアリオスは、その他九通の公文書は公爵であるドナル以外には死んでも見せないと噛みつく。アリオスの言い分に理解を示した書記官のシュリは、怒り狂うギースをなだめ、自ら公爵へ事の次第を伝えると申し出る。しかし、そんな三人の前に、当のドナル自身が直接現れたのであった。








 緊張に色を失くした顔のエミオンがおずおずと差し出す封書の束をアスビティ公国政府高官の一人が両手でしっかりと受け取った。 

 謁見えっけんの間に突如とつじょ現れた公国領主であるドナル三世は、高官が運んできた封書の束を受け取ると、すぐに裏を返し、そこに施された封蠟印ふうろういんを確認した。

 いつからかアリオスとギース外務大臣とのやり取りを聞いていたらしいドナルは、部屋に入って来るなり、すぐに広間で待つパッキオ達を呼ぶように命じたのだった。

 アリオスやギース、筆頭書記官のシュリだけではない。パッキオ、コスナー、エミオン、ユーリ、マルコ、ハリス達全員が見つめる目の前でドナルは、封書ふうしょの一通一通を開封かいふうし目を通していく。しかし、壁を背に読まれたその内容を、その場にいる誰一人として知る事はできなかった。

「一体誰が侯爵こうしゃく様を…」

 ギースが怒ったような、狼狽うろたえたような声を出したがすぐにシュリに私語を(たしな)められ、渋い顔で押し黙った。

 ドナルがまったく表情を変えぬまま文書を読み続ける間の息の詰まるような時間は、戦場以上に恐ろしい体験としてアリオス達の胸にきざまれた。

「わかった」

 やがて読み終えたドナルは、そのすべてを元の封筒ふうとうへと戻すと側近そっきんの者にたくした。

 受け取った部下は丈夫じょうぶ厚手あつでの袋にそれらを押し込むと、頑丈がんじょうひも何重なんじゅうにもしばり付け、侯爵こうしゃくの名が入った封印ふういんほどこした。これによりこの文書は、侯爵の許可なく閲覧えつらんする事は誰にもできなくなった。

「アリオス」

 侯爵こうしゃくに名を呼ばれたアリオスは瞬間的に深く腰を折った。

「パッキオ、コスナー、エミオン、ユーリ、マルコ、ハリス」

 侯爵こうしゃくに名を呼ばれた者達は皆アリオスに習い深々と頭を下げていく。

「お前達の身元は確認された。長きに渡り国防こくぼうの為に尽くしてくれた事、礼を申す」

 ココロとよく似たざっくりとした灰色の前髪を目の前にらし、姿良く座る侯爵こうしゃくに言われ、男達はますます々恐縮して頭を下げる。

 ドナルはあまり感情のこもらない声で続けた。

もろもろ々手続きには時間が掛かる。近い内にまた出向いてもらう事になるだろう。それまではそれぞれの家に帰って備えていてほしい」

「かしこまりました」

 頭を下げたままアリオスが重々しく返事をする。小さくうなずいたドナルは衣擦きぬずれの音を立てて椅子から立ち上がった。

「アリオス」

「は!」

「ココロに、会ったのか?」

 ドナルはわずかに声音こわねを変えてたずねてきた。それは、一人娘の身を案じる父親の声であった。

「我らのみすぼらしき仮の住まいにて、勿体もったいなくも共に二日を過ごさせていただきました」

「そうか…。あれは、元気であったか?」

「…ことの外、お元気であそばされました」

「そうか…元気であったか」

 ドナルが一人の父親から再び一国の領主りょうしゅへと戻るのに一瞬の間を要した。

「二時間後に会議を開く。各大臣を招集しょうしゅうしてほしい。特にギース、君と公軍大臣は必ず出席するように」

 最後にそれだけを言うとドナルは、のんびりとした足取りで入ってきた扉から出て行った。共に入室してきた男達と共にアリオスをにらみつけていたギースもその後ろからついて出ていく。

 ドナル達が出て行ったあとも、しばらくアリオス達は頭を下げ続けた。ようやく顔を上げると、部屋の中にはシュリだけが残っていた。

「お、おい、聞いたか?」

 ユーリが口を開く。

侯爵こうしゃく様が、俺の名を呼んだぞ?」

「ばか、俺だって呼ばれたわ!」

 エミオンが突っ込む。

「それにしてもアリオスはすげぇなぁ、よくあんなに堂々と侯爵こうしゃく様と話ができるもんだ」

 まだ夢でも見ているような声でコスナーが言う。

「冗談じゃない。俺だって、生きた心地もしなかった」

 アリオスが低い声で答える。

「だよね」

「アリオス殿」

 シュリが静かな声でそんな男達の会話に割り込む。アリオスは彼の顔を見た。

「今日はご苦労でした。お聞きの通り、追って政府より招集しょうしゅうが掛かるものと思う。今日のところはお引き取りください。できるだけ外出はひかえ、国外は勿論もちろん、遠出は決してなさらないようにお願いする」

心得こころえた」

「他の皆さんも」

 そう言われたパッキオ達もめいめい々にうなずく。

「それと、次に来られる時は官邸ではなく、正面の公共館の方をお訪ねください。では、お気をつけて」

 シュリは全員に軽く一礼すると背を向けた。アリオスがその背中に声を掛ける。

「シュリ殿」

「え?」

 シュリが振り返る。細い前髪がれた。やや年配ではあるが、よく見れば端正たんせいな顔立ちをしている。

「我らがアスビティにいた頃に比べ、大臣達の顔ぶれが変わっているようだ」

「ええ、あの戦争をきっかけに中規模ちゅうきぼの変革はありました」

「あの外務大臣は初めて目にした」

「ギース外務大臣も、あの戦争後に就任しゅうにんされたお一人です」

「その頃からあのような方であるのか?」

「あのような、とは?」

「…」

 アリオスはそれには答えずじっとシュリを見つめた。シュリはアリオスから目をらすと急に口調を変えて言った。

「私は公人こうじんです。主観しゅかんで誰かを評価する事は許されてはおりません」

左様さようか」

 そう言いながらアリオスはシュリから目をらさなかった。見つめられたシュリは気まずそうにうつむくと。

「では、またいずれ」

 と言い残し足早に部屋を出て行った。





「しかし、近い内って一体どれ位なんだろうなぁ?」

 極度きょくどの緊張から解放されたマルコが、だらしない恰好かっこうでぷらぷら歩きながら誰ともなたずねた。

 場所は謁見えっけんの間から広間に続く中庭に面した渡り廊下ろうかだ。

「政治のする事だ、それなりに時間は掛かるだろう」

 マルコの問いかけにパッキオが答えた。

「姫達の事を思えば、早急さっきゅうに手を打ってほしいものだが…」

 アリオスの言葉に皆ココロ達を心配し押し黙った。それぞれの脳裏にテリアンドスで別れたシルバーやガイ、大地の顔が浮かぶ。その時、廊下を歩くアリオス達一行に声を掛ける者がいた。

「すみません」

「あ…」

 見ればそれは、先程見かけた守備隊分隊長のウルカであった。

「わ、美人!誰?」

 ユーリが無遠慮ぶえんりょな声を上げる。

「突然申し訳ございません、私は…」

「デューカ守備隊の、ウルカ分隊長殿ですな?」

 微笑んだアリオスが先んじて言う。言われたウルカは大きな目をさらに見開き言った。

「ご存じでしたか?」

「え?何?アリオス、ご存じなの?」

「女の分隊長だと?」

 男達が口々に騒ぐ。

「騒ぐな。こちらのウルカ殿はな、あのケシミ公軍大臣のご息女そくじょであらせられるぞ」

「そこまでご存じとは」

「何、種を明かせば先程ここを通りかかった際に案内の隊士から聞いたのだ」

「なーんだ」

 と、エミオン。

「皆さんは特別行動騎馬隊の隊士とうかがいましたが?」

 中庭に立ったウルカがアリオスを見上げながら言う。

「元だよ、元」

 ユーリが答えた。

「そ、俺ら四年前に死んだ事になってるの」

 とマルコも続く。

「こいつ、幽霊」

「お前も幽霊」

 エミオンも加わって下品な笑い声を立てる。

「では、四年前の戦争に従軍じゅうぐんされたのですね?」

 そんな冗談を無視してウルカが重ねてたずねてくる。アリオスは真剣な眼差まなざしを向けて来るウルカを見下ろしていたが、急にその場にひざをつくとウルカと目線を合わせた。

「聞くところによると、行動騎馬隊への入隊をご希望されているとか?」

「はい、真に国を守ろうと思えば、騎馬隊こそが我が身の置き所と心得こころえています」

「しかし、アスビティ公国は永久戦争放棄国えいきゅうせんそうほうきこく。四年前、クナスジアの呼びかけに補給部隊ほきゅうぶたいとして派遣はけんしたのが、立国りっこく以来初の軍事参加だ。犯罪者やテロリストから侯爵こうしゃく様の身を守る守備隊程、活躍かつやくの場はないと思われるが?」

 アリオスが静かな声で言うと、ウルカは一度顔を足元へ落とし小さな声で言った。

「私は、そうは思いません」

「ん?」

「この平和が、いつまでも続くとはとても思えないのです」

 再び上げられたウルカの瞳は、今まで以上に真剣な光を帯びていた。アリオスがそっと左右を見回すと、さりげなくパッキオとコスナーが廊下の前後に体を向けた。ハリスやユーリが欄干らんかんに寄り掛かるようにして前方を注視ちゅうしする。

 アリオスの様子からこれからの話しが込み入った内容になりそうだとを察した彼らは、全員で周囲に聞き耳を立てる人間がないか見張っているのだ。

 取り敢えず周囲に怪しい動きは見えない。昼下がりの日差しの中、遠くで訓練を行う隊士達の気合の入った掛け声が小さく聞こえてくるばかりだった。

何故なぜ、そう思われる?」

 アリオスがたずねると、ウルカはアリオスの目を真っ直ぐに見つめたまま話し始めた。

「今、世界各国に不穏ふおんな動きが見えます。隣国のンダライは両陛下りょうへいか逝去後せいきょご後継問題こうけいもんだいが浮上していると聞きます。北のザシラルは突然の独立宣言どくりつせんげん、ミルナダ国王は伝説の“最終兵器”を探すのに躍起やっきになっているとか…。かの大国、フェスタルド王国にも怪しげな動きがあると聞きます。そして何より、アスビティの最大友好国であるクナスジアにも、妙な噂が…」

「クナスジアに?噂とは?」

くわしくはわかりまん。父は仕事の話は家族と言えども簡単にしてはくれませんので…。それでも私は公軍隊士です、一緒に暮らしていれば何かと話は聞こえて参ります。断片的だんぺんてきなものではあるけれど…」

「ウルカ殿」

 呼びかけると、アリオスはますます々身をかがめウルカに顔を近づけた。

「お察しの通り。今、世界は水面下でらいでおります。それはまだ民衆はおろか、各国首脳かっこくしゅのうにすら気づかれぬ程の小さならぎではありますが、この振動しんどうはいずれ世界を飲み込む大波おおなみを生み出す激震げきしんへ変わるものと我らはとらえております」

 それを聞いたウルカの顔が青ざめる。震える口でき返してきた。

「その、れの正体とは…?」

 アリオスは静かに首を振った。

「まだ明らかには…。我らは今や隊士ではない。しかし、このれがその大波を引き起こした時、その時我らは隊士であろうが名もなき一市民であろうが必ずや立ち上がる事をさるお方に約束申し上げた」

「その時は私も!私も先頭に立ち戦います!」

「その時、ウルカ殿にはウルカ殿に与えられた使命がきっとあるはずです」

「それは国内で侯爵こうしゃくのおそばに付きしたがう事ではございません。この手に剣を取り、敵を殲滅せんめつする事です!私にはそれができる。もはや我が分隊において私より強い隊士は一人としておりませぬ」

「自信を持つのは結構な事です。しかしそれが過信になれば戦場では命取り…。戦争とは隊と隊との戦い。一対一で木の棒を振り回す訓練とは話しが違います」

 アリオスの言葉にウルカはくやしそうにくちびるみしめる。アリオスは静かな表情でウルカから決して目をらさなかった。

 しばらくそうして見つめ合っていると、やがてウルカがぽつりと言った。

「それでも私は、この国を守る為に自分の力を使いたいのです」

「情報をせいする者が、戦場をせいする…」

「え?」

 脈絡みゃくりゃくもなく、突然 つぶやいたアリオスの言葉にウルカは戸惑とまどいの声を上げた。

「ウルカ殿、今はまだ敵が誰なのかさえわかっていない状況です。とにかく情報を集める事です。差し当たり、その目と耳を駆使くししてください。公私こうしの別なくお父上に近づく者、そしてお父上ご自身にも。きっと何かが見えてくるはず…、何かにお気づきになるはずです」

 ウルカは、一転緊張したような顔で見つめ返してくる。

「どのような些細ささいな事でも、何かがわかった時、もしも我らがウルカ殿にとって信用にたる相手だと判断されたのであれば、その知り得た情報を是非ぜひにも教えていただきたい。勿論もちろん、それは我らからも同様どうように」

「そうすれば、そうすればこの国は勝ちますか?」

 ウルカの必死の質問に、アリオスは再び首を横に振った。

「もはや、事はアスビティ一国にとどまる話ではないのです。我らは国境を越え、一体となって勝利する必要があります。すでに、人知れず戦いに出向いた者も…」

「アリオス」

 しゃべり過ぎだとばかりにパッキオが止めに入る。言われたアリオスは勢いよく立ち上がった。それでもまだアリオスとウルカは互いの目を見つめていた。その時だった。

「分隊長!」

 背後からウルカを呼ぶ部下の声が聞こえた。

「また、お会いできますか?」

「必ず」

 慌てたようにたずねるウルカに短く答えたアリオスは、出口を目指し歩きだした。パッキオやコスナー達もその後に続く。

「名前を!」

 その背中にウルカが叫ぶ。アリオスは長い髪をらして振り向いた。

「アリオス」

「俺はユーリ!」

「俺マルコォ!」

「おいらエミオン!よろしくねー!」

 かれもしないのに三人は次々に名乗り始めた。名乗りながら明るい笑顔で手を振りつつ、ウルカの前を通過し、去って行く。

「ばっかだなぁ、いっぺんに言っても覚えられねぇっつーの、ねぇ?」

 そんな声にウルカが顔を上げると、そこにはまだ一人、欄干らんかんに寄り掛かったままのハリスが笑い掛けて来ていた。

「取りえずアリオスだけ覚えればいいよ。あ、ちなみに俺はハリスね」

 そう言ってハリスはにっこりと笑うと、彼もまた仲間の背を追ってけ出して行ってしまった。

「アリオス様…、ハリス…」

 遠く廊下の奥へと消えて行く男達の背を見送りながらウルカは口の中でり返した。背後でまた、苛立いらだったように自分を呼ぶ部下の声が響いた。





 ウルカと別れたアリオス達七人は官邸かんていの門に向かい、広い庭を歩いていた。数時間前、重症のブルーを抱え、息もえに辿たどり着いた時には気が付かなかったが、秋の日差しを受けた前庭はおだやかで、いかにも平和な国を象徴しょうちょうするように美しかった。

「いやぁ、ウルカちゃん、かわいかったな~」

 ユーリがウキウキしたような声ではしゃぐ。

「お前は女ならなんでもいいんだろ」

 エミオンが茶化ちゃかす。

「いや、あのは確かにかわいかった!」

「おお、ハリスが力むとは珍しい」

 若い連中がウルカの容貌ようぼうについて好き勝手に騒いでいるのをあきれて聞いていたアリオスにパッキオが声を掛ける。

「アリオス」

 パッキオの指し示す方を見ると、庭の片隅、大きな木の下にロズベルが立っていた。アリオスはみんなから離れ、ロズベルに歩み寄って行った。近づいてくるアリオスにロズベルも気が付いたようだ。

「終わったのか?」

 ロズベルが義理のようにたずねる。

「まだだな。また改めてお呼びが掛かるそうだ。しかし、書状は侯爵こうしゃく様へ直に手渡す事ができた」

侯爵こうしゃく様へ直にだと!?」

 ロズベルの驚きの声に黙ってうなずいたアリオスは逆にき返した。

「ブルー殿は?」

「…まだ意識は戻らない。しかし、今医師団が全力を傾けている。そう言えば、初期の処置しょちは適切だったと、医療班いりょうはんの連中が言っていた」

「うちには優秀なのがそろっていてね」

 冗談めかしてアリオスが親指で後ろを指し示す。ロズベルが見ると、そこに六人の男達が陽だまりの中こちらを見てたたずんでいた。

「ブルーを助けてくれて、感謝する」

 ロズベルが頭を下げたのでアリオスは少し慌てた。最初の出会いは決して友好的ではなかっただけに、こう素直に出られると何だかくすぐったい気がする。

「よしてくれ、当然だ」

 顔を上げたロズベルがたずねる。

きたいのだが」

「うん」

「いたのは、ブルーだけだったか?」

「何?」

「ブルーの他に、その場に誰かいたか、あるいはその形跡けいせきだけでもなかったか?」

 アリオスはほんの少し黙ったあと話し出した。

「死んだ馬は一頭だけだった。暗くなりかけていたので断言はできぬが、戦闘の痕跡こんせきは一対一のものだったと判断できた。逆方向に…、ンダライ方面に走り去るひづめあとも確認している」

「…そうか…」

「何か、心配があるのか?」

 しかしロズベルはその問いには答えなかった。一つ息をつくと今度はアリオスの方から口を開いた。

「途中、第二小宮に立ち寄った」

 ロズベルが顔を上げる。

何故なぜ、まだ手をつけていないのだ?」

 ロズベルが目をらす。アリオスはチラリと周囲を見回すと、声を落として続けた。

「俺は見た。あんた達と同じ服を着た化け物の死体をな」

 ロズベルは大きなため息をつくと、アリオスとその後ろに立つ六人の男を見てから言った。

「お前達は、信頼しあっているか?」

「当然だ。俺達は同じ戦場を生き抜いたチームだからな」

「そうか…」

 そうつぶやくとロズベルは再び目を落とし、ぽつりと言った。

「いいな…」

「え?」

「今の俺は…、一体誰を信じればいいのかわからないんだよ…。部下も同僚も、上官も、誰も彼も…」

 アリオスは思った。この男もまた、あの第二小宮でアテイルと言う化け物に遭遇そうぐうしているのだ。

「姫からたくされた手紙を、ブルー殿はどうしても我らに渡そうとはしなかった」

 突然言い出したアリオスの言葉にロズベルが顔を上げた。

「ブルー殿があのような事になってしまったので我らが代わり侯爵こうしゃく様に手渡したが…。ブルー殿は直接ちょくせつ侯爵こうしゃく様に手渡せと言う姫の命令をかたくなに守ろうとし続けたのだ、命がけで。少なくともあの者は信用ができると思えた」

 ロズベルは黙ってアリオスの話しを聞いていた。

「ロズベル殿、あんたは味方か?それとも…」

 するとロズベルは口元だけで笑うと言った。

「あんたにとってはどうか知らんが…。俺は侯爵こうしゃく様の為に、アスビティの為にこの命を捧げる」

「そうか、なら頼みがある」

 ロズベルが笑いを収めてアリオスを見る。

「ブルー殿から目を離さないでいてくれ。彼が目覚めた時、彼の口から語られる話が誰かにとって都合の悪い内容であるならば、その誰かはブルー殿が目覚める前に彼をき者にしようとするのではないか?何としても、それが心配でならん」

 はっと顔を上げたロズベルは慌てたように建物の方を見た。恐らくそちらにブルーは収容しゅうようされているのであろう。

「いずれまた」

 アリオスが言った。

「あ、ああ…」

 ロズベルはそんな挨拶あいさつとも言えない声を発し、足早あしばやに今見た建物の方へとけて行った。

















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