荒野の三人
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国公爵令嬢にしてANTIQUEのリーダーである14歳の少女。テレパシー能力を駆使し、仲間を探す旅に出ている。
・吉田大地…土の能力者。地球出身で17歳の高校二年生。二人目の仲間としてココロの前に現れる。
・シルバー…元アスビティ公国の公軍隊士。最初に仲間になった能力者で鋼のANTIQUEのバディ。
●前回までのあらすじ
エクスヒャニクを相手に絶体絶命の危機に陥ったキイタであったが、雷の能力者ガイの活躍で何とかその危機を脱する事ができた。敵を一掃し仲間達の元へと帰ろうとする二人に、更なる脅威が襲い掛かった。テリアンドスの荒野で一瞬にして大地を倒した強敵クロムが現れたのだった。執拗に二人を追いかけるクロムに、何とかガイを助けようと再び炎の能力を発動したキイタは、イーダスタの森一つを吹き飛ばす程の強力な技をその右腕から繰り出した。クロムの追撃を逃れたキイタとガイはココロ達と離れ、イーダスタの森奥深くへと馬を走らせた。
シルバーの体を案じ、ココロはとりわけゆっくりとした足取りで馬を進めた。早く三人と合流したいと言っていたシルバーも痛みのせいか、それに逆らう事なく黙って後に続いていた。
暫くそうして進んでいたココロの目に奇妙なものが映った。やがて近づくにつれ、それが何かわかった瞬間、ココロは何も言わずシルバーを置き去りにしたまま馬の速度を上げた。
「ココロ様!?」
突然のココロの行動に驚いたシルバーが声を上げる。しかし、それも無視してココロは馬の速度を落とさなかった。
走り去るココロの目指す先を見たシルバーもやがてココロの行動の意味が分かり、痛みに耐えて馬の脚を速めた。
先に目的の場所に辿り着いたココロが馬から飛び降りる。遅れて追いついたシルバーは馬上からそれを見た。それは馬の死体だった。その傍で茫然とした体でココロが膝を折っている。
「これは…」
既に息絶えた馬の脇腹には何かで刺し貫かれたような傷がついていた。そして何より二人を怯えさせたのは、その馬が一人キイタを助けに向かった筈の大地が乗っていた馬である事であった。
突然立ち上がったココロは、必死の形相で辺りを見回し始めた。
「ああ…」
ある一点で目を止めるとココロは絞り出すような声を上げた。次の瞬間にはその一点に向けて全力で駆け出していた。
「ココロ様!」
足を取られながら前のめりで走るココロの背中を見ながらシルバーが声を掛ける。彼女の向かう先にあるものを想像しながら。
馬の振動に合わせ襲ってくる痛みに耐えながらココロのもとへ急ぐシルバーの耳に、ココロの悲鳴が聞こえた。
シルバーの胸は絶望的な思いに支配された。そこでココロが見つけたものは簡単に予想がついた。
果たしてその直後に聞こえてきたココロの声は、地にひれ伏すように跪きながら彼の名を叫び続けるココロの声は、涙を含んでいた。
「大地!大地!」
その数m手前で止まったシルバーは、ゆっくりと馬を降りる。恐る恐るココロに近づいて行った。
(嫌だ、嫌だ…見たくはない)
ココロに近づきながら、シルバーは何度も胸の中で繰り返した。しかし足を止める訳にはいかなかった。ココロはまだ叫んでいる。その肩越しにシルバーは見た。血の気を失い、真っ白な顔で横たわる大地の姿を。
「大地…」
そう呟くとシルバーは、ココロを押し退けるようにして大地の傍に屈みこんだ。
「大地!」
シルバーは返事をしない大地の肩を掴んだ。
「う…」
大地が眉間に皺を寄せ、苦しそうに呻いた。しかし目を開ける事はなかった。
「生きてる…」
ココロが顔中を涙で濡らしながら呟いた。シルバーはすぐに大地の体を観察した。腹に大量の出血が見られる。一体いつやられたのか、どれだけの血が流れたのか、シルバーにもわからなかった。
しかし、まるで紙のように色を失くした大地の顔から、相当量の血液が失われている事は容易に想像ができた。
シルバーは大地の傷口に手を当てる。大地の弱い呼吸に合わせてその腹が上下していた。
「血が…止まっていない…」
シルバーがそう呟いたその時だった。突然、目の前に聳えるイーダスタの森から巨大な爆発音に似た轟音が響いた。
ココロとシルバーははっとして顔を上げる。遥かイーダスタの森の奥から驚く程の白煙が上がっている。その範囲は相当に広い。
「ココロ様、まだ敵がっ。とにかく、大地をあの岩陰に!」
「わかった!」
後から思えばその凄まじいまでの轟音と巨大な白煙こそ、クロムの追跡を躱そうとキイタが放った火の攻撃によるものであったのだが、この時の二人にそれがわかる筈もなく、敵の攻撃と勘違いしたのも無理はない。あります。慌てた二人は、苦労して大地の体を近場の岩陰に引きずっていった。
岩に空いた穴の中に大地の体を隠すと、シルバーは力尽きたように倒れこんだ。
「大地!大地しっかりして!ああ、どうしよう、血が止まらない!シルバー、血が止まらないの!」
再び溢れ出た涙をぬぐう事もなく、ココロは取り乱したように叫び続けた。シルバーは一息つくと体を起こし、ココロと大地の間に体を割り込ませるようにしてからココロに言った。その声は、ココロとは反対に非常に冷静だった。
「ココロ様落ち着いてください。さあ、私が止血の処置をするので大地から離れて」
「でも血が!大地の血がこんなに出て、止まらないの!」
「ココロ様!」
シルバーが声をきつくしてその名を呼ぶとココロはハっとしたように顔を上げ黙った。
「どうか、落ち着いてください」
一度痛みの為に伏せた顔を上げ、シルバーがもとの静かな声で語りかけた。
「大丈夫、大地は若い。体力もある。そうそう死んだりはしません。私は、こんな風に負傷した仲間を戦場で何人も助けました。どうか、私に任せてください」
ココロの目を見つめながらどこまでも静かな声でシルバーが言うと、漸く落ち着きを取り戻したココロは無言でコクンと頷き、僅かに身を引いた。
シルバーは、ココロの前にその体を滑り込ませ、改めて大地の傷を見た。ココロを落ち着かせようとああは言ったものの、シルバーから見ても大地の傷は深く、重症に思えた。このままでは命に関わるとわかる程の状態であった。
(とにかく、出血を止めなければ…)
「ココロ様…申し訳ありません。馬から清潔な布をなるべくたくさん持ってきていただけませんか?」
「わかった!」
何かしてなくては落ち着いていられなかったのだろう、ココロはシルバーに頼まれるとすぐに返事をし、岩場から飛び出していった。
一人になったシルバーはその右手を鋭い剣に変えると、大地の血塗られた服を切り裂き始めた。
乾き始めた血糊の為、服はその体に張り付きバリバリと嫌な音を立てた。大地の腹部が露わになる。むせかえるような血の匂いが襲ってきた。
シルバーは大地の服の切れ端で傷口と思える部分を拭き取ってみた。
一瞬、大地の肌の色が見えたと思えた途端、その腹に丸く空いた決して大きくはない傷口から新たな血が溢れ出てきた。
シルバーは慌ててその傷口を両手で抑え込み圧迫した。その時、足元に違和感を覚えたシルバーはそこに目を移し驚いた。大地の体の下からも、大きな血だまりが広がり、自分の膝を濡らしていた。
(貫通しているのか…)
大地の傷はその体を貫き、腹と背中の両方から止めどなく血を流し続けていたのだ。
唯一救いと思えるのは、その傷が体のかなり脇の部分にできている事か。一体どのような武器でやられたのか分からなかったが、この破壊力で体の中心部を貫かれていれば即死は免れなかっただろう。
「シルバー布!これ、布!」
まだ完全に冷静さを取り戻せていないのか、単語ばかりを喚きながらココロが岩陰に走りこんでくる。その両手には、こぼれんばかりの大量の布が抱え込まれていた。
「ありがとうございます」
シルバーはココロからその布を受け取ると、小さな数枚を重ねて腹の傷口に当てがった。
それからココロとシルバーは苦労して大地の体を起こすと、背中の傷にも多くの布を当て、更にその上から晒のように布を何重にもきつく巻き付けた。そうしていてもすぐに赤いしみが浮き出てくる。
「だめだよシルバー、止まらない」
ココロが涙声で言う。
「大丈夫です。一度巻いた布を剥がしてはいけません。この上からもう一度…」
シルバーがそう言いながら再び大地の体を支え直そうとした、その時だった。
「ダメだ…キイタ…、助けるから……」
突然大地がそんな言葉を口にした。ココロとシルバーは一瞬作業の手を止め、大地の顔を見る。しかし彼が目をあける事はなかった。失った意識の中で譫言を言ったようだった。
「お前…」
シルバーが呟く。ココロは口を手で押さえて嗚咽を漏らした。大地はこんな状態になって尚、キイタの身を案じ続けている。
ドルストの宿でココロとキイタを守ろうとたった一人、数十匹のアテイルと激闘を繰り広げた大地の姿を思い出したシルバーは、自分も眼がしらが熱くなるのを感じた。それを隠す為にシルバーは、更に新たな布を大地の体に力いっぱい巻き付けた。
(不甲斐ない…)
止血の処置を続けながらシルバーは強く奥歯を噛みしめた。
(この男は、こんなになりながらもキイタ様を救おうとしていると言うのに。私は誰一人救う事ができない)
シルバーが傷つくのはいつも、誰よりも真っ先に敵に立ち向かうからに他ならない。それを思えば不甲斐ない事などないのだが、生まれついての軍人である彼にはこんな時に満足に動く事ができない自分が許せないのだった。
長い時間をかけて大地の傷口を押さえたシルバーは、そのまま仰向けに倒れこんだ。胸が痛い。本当ならば自分こそ骨折した箇所に強く晒を巻き固定した上で絶対安静にしていなくてはならぬ身であった。
ゆっくりと顔を巡らすと、心配そうに大地の手を握っているらしいココロの背中が見える。
再び岩でできた天井を見上げたシルバーは、何を思ったか慎重に身を起こすとゆっくり立ち上がり、表に出た。
ぼんやりと大地の顔を見つめ続けていたココロは、ふと、シルバーの姿が消えている事に気が付いた。周りを見回してみたところで、そこは狭い岩屋の中だ。彼が表に出た事はすぐにわかった。ココロはもう一度確認するように大地の顔を見ると、シルバーを追って表に出た。
岩の下の暗さに慣れた目を夕方前の日の光が眩しく射た。細めた目で荒野を見渡す。シルバーの姿はすぐに見つかった。
痛々しく胸元を押さえながら、何かを探すように地面に目を落として歩き回っている。ココロはそんな彼の傍に駆け寄った。
「シルバー、何をしているの?」
しかしシルバーはそんなココロの呼びかけに返事もせず、怖い程真剣な表情で地面を見つめ続けている。
「シルバー?」
シルバーは、ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。痛みで立っていられないのかと心配したココロが慌てて駆け寄る。しかし、シルバーが膝をついたのは痛みの為ではないようであった。
「ご覧ください」
シルバーは低い声で言うと地面を指さした。ココロが目を足元へと移す。シルバーが指さす地面には、何もなかった。
「何?」
シルバーが自分に何を伝えようとしているのか理解できず問いかける。
「ここに、戦いの痕跡が見られます。これは恐らく大地の足跡…」
そう言われて改めて見てみれば、なるほど、確かにその辺り一帯が僅かに砂が乱れている。戦いの後、吹いた風によってその痕跡も薄くなってしまっているようだ。
「ここで攻撃を受け、倒れた…」
シルバーは、その時の状況を想像しながら砂に残された大地の戦いを頭の中で再現した。大地が倒れたと思われる大きな砂の乱れを見たココロは、そこから顔を巡らせた。ほんの僅か先に砂の固まった箇所がある。恐らくは血溜りだ。
更にその先、その奇妙な痕跡は少し蛇行しながらも一方向に向かって伸びていた。伸びていく先にはイーダスタの巨大な森が聳えている。
大地はここを這ったのだ。あんなに深い傷を負わされながら、それでもキイタを助けようと、それだけを思って森を目指して這って行ったのだ。
その姿が目に浮かび、ようやく止まった涙が再び溢れ出てきたココロはその場にしゃがみこんで肩を震わせた。
しかし、そんなココロと逆にシルバーは大地が倒れた一点だけを未だに見つめ続けていた。
「ココロ様」
やがて、その目線を外さないままシルバーがココロの名を呼んだ。呼ばれたココロは、力強く涙を拭くと、しっかりとした足取りで再びシルバーの傍にやって来た。
「何かわかったの?」
「いえ、むしろ益々わからなくなりました」
「え?」
シルバーは、意味深な言葉を吐きながらゆっくりと地面を見回した。
「恐らく…」
そう言ったシルバーは大地が倒れたと思われる痕の僅か前方にある小さな窪みに自分の片膝を当てがった。
「大地はこのように膝立ちになり敵と正対したと思われます。敵は大地の正面、つまりあちらの方向から襲ってきた」
言いながらシルバーは自分の真正面に手をまっすぐに伸ばした。
「大地はこのまま真後ろに倒れています。ですから敵の攻撃は真正面から行われた筈です」
それはココロにもよく理解できた。正面からの攻撃で大地は真後ろに吹き飛ばされたのだ。
「しかし、ここには争った形跡が、敵の足跡が見られません。大地の残した痕だけです。それは即ち、相手がすぐ傍まで来て剣や槍で大地を刺し貫いた訳ではない事を意味しています」
「どう言う事?」
「敵の武器は遠くから相手に攻撃を加える投てき型のものであったと思われます。敵はあちらから大地に向けて鋭い何かを投げつけ、大地はその攻撃をまともに食らった…」
「何て、ひどい…」
その時の情景が目に浮かぶようでココロは苦し気に俯いた。また涙が零れそうになった。
「しかし、おかしい…」
そんなココロに構う事なくシルバーは続けた。
「え?」
何かに悩んでいるようなシルバーの声にココロは訊き返した。ここまでのシルバーの推理にはまったく疑う余地がなかった。事実、その通りの事が起きたのだろうと思えた。しかし、当のシルバーは理解ができないと言った具合に難しい顔で黙り込んでしまっている。
「シルバー?何がおかしいの?」
そう問われたシルバーはゆっくりと顔をあげココロを見た。そして急に表情を引き締めると言った。
「ないのですよ、敵が投げつけたであろうその武器が…。大地の体を突き抜け、地に刺さった筈のその武器が…、どこにも見当たらないのです」
「………」
ココロはシルバーの目を見つめ、シルバーもまた静かにココロの目を見つめ返していた。
「シルバー」
「はい」
「あなた、今何を考えている?」
そう聞かれたシルバーは、ふと目線を外すとゆっくりと立ち上がり、大地のいる岩場に向け歩き始めた。
「シルバー!」
「早計はやめましょう」
背中に投げつけられたココロの声に、シルバーは振り向きもせずに答えた。
「恐らく、今私はココロ様と同じ事を考えているのだと思います。しかし、それは余りにも救いのない、最悪のシナリオです…」
傷が痛むのか、それとも胸の中に膨らむ不安がそうさせるのか、いつにも増してシルバーの声は低く、小さかった。
「今のところ我々は何もわかってはいないのです。わかっていない内から色々と想像するのはやめておきましょう」
「でも!」
耐えきれずにココロが声を上げる。するとシルバーがゆっくりと振り向いた。その顔は静かな笑いを浮かべていた。
しかし顔色はまったくすぐれない。その青白い笑顔を見たココロは、言いかけた言葉をその場で飲み込んでしまった。
シルバーは前方に見えるイーダスタの森へ顔を向けなおすと言った。
「日のある内に動くのは控えましょう。大地の様子次第ですが、出血が止まっているようならば夜を待って森へ入ります」
「シルバー…」
「申し訳ございません。少しだけ…、少しだけ、休ませていただきます…」
力なくそう言ったシルバーは、ココロの返事も待たずにゆっくりと大地の眠る岩陰に戻っていった。
ココロは、合わせた両手を強く握りしめた。その胸に黒く渦巻き始めた一つの不安…。お互い決して口には出さなかったが、シルバーはココロと同じ事を考えたと言っていた。
この時、二人の中で生まれたその救いのない最悪のシナリオとは一体どんなものであったのか?二人がその事について語るのをやめた今、その内容を知る事はできなかった。
しかし、今の二人にとってそれは余りにも重く、辛すぎる考えである事だけは間違いがないようであった。。




