引き裂かれた仲間
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国の公爵令嬢。始原の存在であるゲンムに見出されANTIQUEの能力者を率いるリーダーとなる。
・シルバー…鋼の能力者。アスビティ公国元特別行動騎馬隊の隊長。ココロには絶対服従の忠義の人物。
・キイタ…炎の能力者。アスビティ公国と隣接する大国、ンダライ王国の第二王女。引っ込み思案な性格。
・ガイ…雷の能力者。元はシルバーの部下で、怪力の持ち主。豪快過ぎる性格でキイタには好かれていない。
魔族
・ダキルダ…三種の魔族の一種アテイルに属する。旅の初めからココロ達につき纏う厄介な敵。瞬間移動が得意。
・クロム…アテイルに仕えるエクスヒャニクの目付け役。自在に空を飛ぶ事ができ、高い戦闘能力でいとも簡単に大地を倒してしまった。
●前回までのあらすじ
ANTIQUEの能力者として覚醒しないキイタは戦闘を避け一人イーダスタの森の中へと身を隠した。茂みの中で身を震わせる自分に絶望したキイタは、ココロ達と旅を続ける自信を完全に失っていた。仲間を抜けようと決心したその時、二体のエクスヒャニクがキイタを襲った。まるで楽しむようにキイタを苦しめるエクスヒャニクの前に生きる事すら諦めかけたその時、キイタの脳内に炎のANTIQUE、フェルディの声が響く。遂に炎の能力者として覚醒したキイタは圧倒的な攻撃力をもって一体のエクスヒャニクを倒す。しかし体力の限界を超えたキイタに残る一体のエクスヒャニクと戦う力は残されていなかった。絶体絶命のキイタを命懸けで救ったのはキイタが嫌う雷の能力者、ガイであった。
キイタは呆然と頭を下げるガイを見つめた。震える手をガイの肩に掛けようと伸ばした。しかし、それを果たす前にガイは顔を上げると笑顔で言った。
「今、馬を連れて参ります。帰りましょう、みんなの所へ」
下品で粗野で乱暴で無神経で…キイタの中でガイを悪く言う言葉など数限りなく湧いて出てくる。自分はこの男が嫌いだ、大嫌いだ。そう本人の前でもはっきりと言った。
しかし自分の嫌うその男はたった一人、命がけで私を助けに来てくれた…。そしてキイタが生きる事を諦めかけたその状況を瞬時に変えて見せた。
その男は自分を嫌いだと言い放った私を守る為に左腕を差し出した。かつて戦場において仲間の命を救おうとした時と同じように…。
そして今、その大きな体に似合わぬ、山賊の頭とも思えぬ子供のような笑顔で命を賭けて私を守ると誓う。仲間の元へ一緒に帰ろうと言う。
生と死の狭間を僅かな間で往復するその目まぐるしい状況の変化と、自分の中で根拠と言う足場を失い、風に舞う木の葉のように翻弄されるガイへの感情とが渦巻き、キイタは何も考える事ができずに黙ってガイの顔を見つめていた。
「暫くお待ちを。すぐに戻ります」
ガイは相変わらず幼子のような無垢の笑顔で言いながら立ち上がると、そのままキイタの顔を見ながら後ずさりを始めた。
「何、本当にほんの少しです。あの岩場の向こうに馬を置いてきました。あの体の大きな黒毛の馬です。キイタ様と私を乗せたところでへっちゃらなあの馬です。ご安心ください。すぐに、もうすぐに帰れますから」
一人残されるキイタの不安を消そうと言うのか、何やら言い訳じみた話し方で多弁に語りながらガイは絶対にキイタに背中を見せないように馬の方へ移動していった。
何の事はない、キイタの炎で服を焼かれ剥き出しになった尻を見せたくないだけなのだが、そんな行為が偶然にもキイタの不安を取り除く事になった。
こちらを向いたままへらへら笑いながら徐々に遠ざかっていくガイは、まだ何か一生懸命話し掛けてくれていたが、その言葉はほとんどキイタには届いていなかった。心身共に疲労の極みにあったキイタは、ただぼんやりと地面に座ったまま遠ざかっていくガイを見送っていた。
その時、屈託なく笑うガイの背後に一人の人物が立っているのがキイタに見えた。白いフードで顔を覆ったその人物は、ガイの後ろ、木々の切れた日の差す辺りで何気ない様子で…浮かんでいた。
それは圧倒的な強さで大地を倒し、今、二人に追いついた、クロムであった。
クロムは静かに左手を手刀の形にすると自分の首の辺りに当てた。キイタは痛みの戻ってきた体を無理やり前に動かし、震える手を上げてその人物を指さした。
「ガイ…」
「え?」
キイタの口から零れたか細い声にガイは戸惑ったように聞き返した。次の瞬間、ガイは自分の脇腹を何かが掠める感覚を覚えた。
攻撃を受けた。瞬間的にそう理解したガイは背後を振り返った。初めて見る、白い服を着た何者かがそこにいた。
何も考えなかった。ガイは咄嗟にその敵と思われる人物に背を向けると、再びキイタの元へ駆け戻った。
「キイタ様!」
キイタは頭を抱え地に伏せていた。飛来する何かから身を守るように。その傍に滑り込むように辿り着いたガイは叫んだ。
「お許しください!ご辛抱を!」
言うなりガイはキイタが心底嫌う黒い左腕一本でその小さな体を抱きかかえると、眼前に聳える崖に沿って左側に駆け出した。
軽々と抱え上げられたキイタの体は、まるで空を飛ぶようにガイの腕の中で揺れた。
野生動物のような跳躍で、ガイは苔むした岩場をキイタの体を抱えたまま飛び超えた。風のような速さで駆け抜け、また地に飛び降り、そして再び険しい岩を駆け上った。
それだけの動きの中で、キイタは少しも痛みや衝撃を感じる事がなかった。この力強いガイの腕の中に比べれば、今日まで乗っていた荷馬車の方が余程揺れを感じた。
ガイは軽い荷物を小脇に抱える程度の様子でキイタを抱いたまま大人しく待つ馬の背に、岩の上から直接飛び乗った。
寸分違わず見事に鞍の上に跨ったガイは、間を置かずすぐに一声叫ぶと馬の脇腹を蹴った。馬が驚いたように駆け出す。進む先は、更に深いイーダスタの森の中だ。
耳を掠める風の音が鳴る度に、仲間の待つテリアンドスが遠くなっていく。それでもガイは躊躇う事なく馬を進めた。巨木の茂るイーダスタの森奥深くに入り込めば身を隠す場所もある。
どうやら新手の敵は投てきの武器を使うようだ。そうであるならばこの入り組んだ森の木々達が自分達を守ってくれる。遮るものもないテリアンドスの荒野では格好の標的にされてしまう。
僅か一度の攻撃を受けただけでガイはそこまで読んでいた。沁みついた戦士の感覚の成せる業であった。
既に馬に乗ったにも関わらずガイはキイタの体を離そうとはしなかった。冷たく固いガイの偽りの腕に抱かれながらキイタは、徐々に冷静さを取り戻していた。
走る馬の背に揺られながら、ふと、ガイの体に目が行く。自分を抱くガイの左腕の下、脇腹の辺りに攻撃を受けた跡がある。裂かれた服の中から赤い血が噴き出していた。
「ガイ!あなた、血が!」
「掠り傷です!」
即座にガイは力強く答えた。
「すぐに振り切ります!気味が悪いでしょうが暫く我慢していてください!」
ガイが自分を守る鉄の腕の事を言っていると気が付いたキイタは、後悔に打ちのめされ再び涙が溢れてくるのを感じた。
(そうだ私は…、私はこの腕を、気味が悪いと確かに思っていた…)
ガイの操馬術は圧巻であった。林立する巨木の間を信じられないスピードで左右に掻い潜りながら駆け抜けていく。
川を飛び越え、岩を駆け上り、駆け下りる。ガイのその無謀とも思える手綱捌きにダルティスの宿、ア・グランツェ・ツェンマから連れてこられた黒毛の馬も見事に応えた。
つくづくこの馬を盗まれた元の飼い主には同情する。必死の形相で馬を操りながらもガイは、頭の片隅でそんな呑気な事を考えていた。
ガイの胸に体を押し付けていたキイタは、その揺れる腕の中で急に身を攀じるとガイの肩越しに背後を見た。
まだついて来る―――。
薄暗い森の中で、白いフードをはためかせながら突然襲ってきたその敵はぴったりと自分達の後ろから離れずにいた。
同一の間隔を保ったまま、どこかで攻撃を仕掛ける機会を伺っているのだろう。このまま引き離す事ができなければどこかでたった一回ミスを起こしただけで相手はそれを見逃す事なく攻撃してくるに違いない。
隙だらけの自分達を襲った一回目の攻撃がほぼ不発に終わっているのだ。攻撃力は高くともその命中率はそれ程正確ではないと判断できた。
今の内に相手の足を止めなければ、キイタは考えた。このまま、ただ人形のようにガイに身を任せ、守られているだけではただの役立たずだ。もう足手まといになるのはまっぴらだった。
キイタの体を左腕で抱いたガイは攻撃ができない。ガイは私を守る、そのガイを今度は私が守る。これこそ、ANTIQUEが揃う事の意味なのだ。
「ガイ」
今までとは打って変わり、はっきりとした口調で言うとキイタはガイの腕から自分の体を抜き、ガイの首に腕を回した。身を起こすようにしてガイの揺れる肩越しに後方を見る。
緑のトンネルとなった森が物凄い速さで後方へ飛び去って行く。その中心に敵がいた。真っ白い服をひらめかせ、真っ直ぐに自分達の後ろを追って来る。
「キイタ様!?」
キイタの突然の行動に驚きながらも、馬の手綱を手放す事のできないガイは、ただキイタの名を叫んだ。
キイタは、そんなガイの呼びかけを無視したまま、ガイの足の上に立ち上がるようにますます身を乗り出す。左手はしっかりとガイの首に巻き付けたまま、空いている右手を高々と天に向けて突き上げた。
まともに風を受けたキイタの真っ赤な髪の毛が逆巻きガイの顔をくすぐる。キイタは決意に満ちた表情で迫りくる敵を睨みつけた。やがてキイタの小さな体が目の覚めるような赤い光に包まれ始めた。
「フェルディ」
キイタが一言小さな声で呟いた瞬間、天に向かって伸ばされたその右腕が激しい炎を噴き上げた。
(お願いフェルディ、ガイを守って!)
そう願いを込めながら、突き上げた燃え盛る右腕を後方の敵に向けて振り下ろした。
「うぅわっ!」
その瞬間、ガイは後方からの強い衝撃に背中を押された。キイタの放った炎がロケットのような推進力を生みだしたのだ。
キイタの右腕から放たれた直径四m程の円柱状の炎は、グルグルと渦巻きながらしつこい追跡者目がけて伸びていった。
地と並行して走る巨大な炎の柱は、掠める葉を瞬時に炭に変えながら森を駆け抜ける。突然目の前に迫る巨大な炎を見たクロムは無言のまま目を大きく見開き、慌てて急制動を掛けた。
それでもその炎を避ける事は難しそうであった。銀色の仮面に隠された表情は読めなかったが、両手で自分の身を庇うように身を縮めるのが精一杯であった。
ようやく収まった衝撃に、バランスを失ったガイは一度馬を止めると初めて後ろを振り返った。
今、自分達の走り抜けた森がくり抜かれたように焼け落ちている。あちこちで枝が落ち、燃え上がった巨木が一本、大音響を轟かせながら倒れる。続いてもう一本。敵の進路を断つように燃え盛りながら大木が転がる。
ガイはそのあまりの威力に言葉を失った。ただ呆然と手綱を握ったまま後方に広がる惨劇の跡を見つめた。
精根尽き果てたようなキイタは、再びガイの胸の中に崩れ落ちた。
「ガイ…」
キイタが憐れな程小さな、掠れた声でガイの名を呼ぶ。その声にはっと我に返ったガイは慌てて馬の顔を前に向けると、再び森の奥を目指し走り出した。
キイタとガイが走り去った後には大量の煙を噴き上げる燃えた森が残された。あちこちで生木の爆ぜる音が響き、頭上からは細い枝が次々と燃えながら降り注いでいた。
その熱と煙の中、地に倒れたクロムがいた。クロムはゆっくりと体を起こすと、二人の能力者が逃げ去った方向に銀色の仮面を向けた。
そこに既に道はなく、激しく火を噴き上げながら倒れた大木がその進路を塞いでいた。
銀の仮面に赤い炎を映しながらクロムはただ立ち尽くしていた。
「追わないのか?」
突然背後からそんな声がした。静かに近づいてきたのは竜の鎧に身を固めたダキルダであった。
「道は寸断されたがお前の能力ならば追えない事もあるまい?」
ダキルダに背を向けたまま、仮面の下からくぐもったような返事が返って来る。
「全滅はするなとのご命令だ。テリアンドスの地に放たれたエクスヒャニクはことごとく打ち倒された。残るは、私ただ一人」
相変わらず男とも、女とも判別のつかない不思議な声であった。そこで初めてクロムはダキルダを振り返った。
「ANTIQUEの能力者達は分断された。一方はテリアンドス、もう一方はイーダスタ…」
そう言うとクロムは再び燃え盛る森へ顔を向けた。
「私はそれをゴムンガ様にお伝えしなくてはならない…」
「なるほど」
ダキルダはニヤリと笑うと肩を竦めて見せた。すると何を思ったかクロムは静かに右手を燃え続ける森に向けて伸ばした。次の瞬間、激しく炎を噴き上げていた森が一気に氷ついた。
木々を舐めまわしていたキイタの炎は掻き消され、黒く立ち昇っていた煙は瞬時に白い水蒸気に変わった。
その光景にダキルダは言葉を失くした。何と言う能力だろう。
「お前…」
背中を向けたままの相手にダキルダが話し掛ける。
「お前のその能力は…。お前は一体何者なのだ?」
クロムはゆっくりとダキルダを振り返った。
「その質問には既に答えた筈だ。私に名はない。由来も、過去もない。私が何者であるかなど、私自身が聞きたい位だ」
ダキルダは相手のその抑揚のない声と、エクスヒャニク以上に感情のこもらない冷たい眼差しに背中を汗が伝うのを感じた。
「ダキルダ殿」
初めてクロムからダキルダに声を掛けて来た。
「ん?」
「私をゴムンガ様の所へ…頼む」
言い終わると、話は済んだとばかりにクロムはまたダキルダに背を向けた。
「承知した」
暫くその小さな背中を見つめていたダキルダは短くぽつりと答えた。軽く右手を差し出す。
黒く染め抜かれた長い爪を蓄えた右手が静かに開かれると、そこに生まれた黒い球体が見る間に大きく膨らみ、やがてクロムの全身を包み込んだ。
次の瞬間、その黒い球体共々クロムの姿はそこから消え失せていた。一人残されたダキルダは、一面の氷原と化したイーダスタの森を黙って見つめ、立ち尽くしていた。
時は少し戻り、場所はテリアンドスの荒野である。キイタ救出の為颯爽と走り去るガイを見送ったココロとシルバーは、痛む体を引きずるように立ち上がった。
「我々もイーダスタへ、向かわなければ…」
胸の痛みに息苦しさを感じながら、シルバーが言う。立ち上がったものの、傍らの岩に手をついて体を支えなければ立っている事さえ辛かった。
あの銀色のエクスヒャニクが体当たりをしてきた時、咄嗟に叫んだ大地の声に瞬時に体を鋼鉄に変えた。にも関わらず、どうやらあばら骨が何本か折れたようだった。
鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合ったのだ、相手だってそれなりのダメージは受けている筈だ。そう考えて一つ大きく息を吐き出す。
「大丈夫?」
見れば、ココロが心配そうな顔で自分を見つめている。シルバーはやせ我慢とわかる笑顔を見せて頷いたが、痛みのあまりその顔色は血の気を失い蒼白であった。額には相変わらず大粒の汗が引かずに光っている。
「待っていて、馬を連れてくるから」
そう言って走り去るココロの背を見送りながら、シルバーは再び苦痛に顔を歪めて膝をついた。胸を押さえて苦し気に息をする。痛みの余り吐き気まで覚えてきた。
暫くしてココロが両手に一頭ずつの馬を引き連れて戻ってきた。ココロは自分を見上げるシルバーにそっと声を掛けた。
「もう少し、休んでいく?」
しかしシルバーは荒い呼吸のまま、強く左右に頭を振った。
「先に行った三人と、早く…合流しなくては…」
「…そうだね」
そう言うとココロは、立ち上がろうとするシルバーに肩を貸した。
「申し訳、ありません…」
そう言うシルバーに今度はココロが首を振る。意を決したようにシルバーは渾身の力を込めて馬の背に跨った。再び強烈な痛みが走る。シルバーは馬の上で身を屈めた。
心配そうにその姿を見上げていたココロは、ふと、さっきまでキイタと二人で隠れていた岩場に目を向けると、何を思ったかそちらへ向けて駆け出した。
ようやく痛みの波が引いてきたシルバーがゆっくりと顔を上げ振り向く。見れば、ココロが岩場の地面を見つめ、何かを探しているようだ。
暫くそうしていたココロは、急に地面にしゃがみ込むと何かを拾い上げ、小走りでシルバーの元へ帰ってきた。
「ココロ様?」
「ん?ああ、これ」
そう言って差し出されたココロの指先で、折れた剣の切っ先が光っていた。ココロが父親から渡された、あの細身の剣の切っ先であった。
「何となく…」
照れくさそうな笑顔を見せながらその切っ先を上着のポケットにしまったココロは、身軽に馬の背に乗り手綱をとると、シルバーを振り向き笑顔で言った。
「さあ、行こうシルバー。ゆっくりでいいからね」




