キイタ救出作戦
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーに選ばれた十四歳の少女。強力なテレパシストで、全宇宙に散らばる仲間達へメッセージを送り続ける。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた十七歳の高校生。元が土でできているものであればどんなものでも意のままに操る事ができる。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた二十八歳の軍人。現存するあらゆる鉱物に体を変化させる事ができる。また、その形を武器に変えて戦闘にも活用する。
・キイタ…火の能力者に選ばれた十三歳の王国王女。全ANTIQUEの中で最も高い戦闘能力を持つと言われているが、未だその能力に目覚めてはいない。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた元軍人。自由に雷雲や稲妻を発生させる事ができる。その戦闘能力は非常に高く、火についでANTIQUEの中でもトップクラス。
アテイル一族
・クロム…アテイル四天王の一人、智の竜と呼ばれるズワルドの命を受けエクスヒャニクと共に戦場へと送り込まれた謎の人物。記憶を失っているらしい。
●前回までのあらすじ
目指すイーダスタの森を目の前にし、テリアンドスの荒野で突然敵の襲撃を受けたココロ達ANTIQUEの一行は、キイタ一人を森へと逃がし激闘を繰り広げる。
機械でできたエクスヒャニクの弱点は強力な電力である事を大地から教わったガイは、殆どの敵を一人で倒してしまう。二体のエクスヒャニクの前に危機に陥ったココロ、大地、シルバーを助けに駆けつけたガイであったが、敵を追い詰めたその時、何故か彼の体は突然足元から氷ついてしまった。
ココロに続いて立ち上がった大地も、慌ててガイの元へと駆け寄る。
「ガイ!おいガイ!」
そう呼びかけながらガイの体に触れた大地は、そのあり得ない程の冷たさに驚いた。ガイが凍っている、と言うココロの話に嘘はないと確認できた。
大地は慌てて周囲に目を走らせた。目の前に立つ敵の背後、遥か遠くの岩場の上にその人物を見つけた。
それは大地がココロとキイタを救おうと戦場から離脱する時に見た、白いフードの人物であった。今までの戦いにあってまったく動こうとしなかったその人物が今、自分達に向かって右手を指し伸ばしている。
「あいつだ…」
大地の言葉に、敵の二人も含め全員がその方向を見る。
「クロムか…」
銀色のエクスヒャニクが呟いた。
(クロム?)
それがあいつの名か?一体ガイが何をされたのかはわからないが、大地はこのガイの異変はあのクロムと言う人物が起こした事であると確信した。この時、大地の中でその人物は明確に自分達の敵であると定義づけられた。
二体の敵がゆっくりと振り返り、大地とココロを見る。慌てて立ち上がったシルバーが大地とココロ、それに氷漬けになってしまったガイを庇うようにその前に立ち塞がった。
しかし何よりもエクスヒャニクに対し有効な戦闘力を持ったガイを欠いた一行は余りにも頼りなく見えた。敵は急に余裕の態度を見せ始め、にじり寄るように距離を詰めて来た。
「どうやら、状況は元に戻ったらしいなぁ」
銀色の敵がいやらしい声で話しかけてくる。
「そのカミナリ野郎さえいなけりゃ、お前らなんか敵じゃねえ」
大地を散々追い詰めた緑の敵も再び攻撃の態勢に入った。
これはやばい。大地は何とかしようと考えを巡らせたが、最早飽和状態となった頭脳からは一滴のアイデアすら浮かんでこなかった。
ガイを見捨てる訳にもいかず、迫る敵を前に動けずにいる三人の能力者は正に万事休すの状況にあった。
その時、二体の敵の間を抜くように何かが飛んできた。その飛来物は敵と能力者達の間に落下した。
敵味方双方が何事かと地面に落ちたその何かを見た。それは小さな炎だった。キャンドルの先で揺れる程度の小さな火。その火がここにいる全員の前でチロチロと燃えていた。
二体のエクスヒャニクは慌てて炎の飛んできた方向を振り返った。遠くイーダスタの森を背に、この距離でもはっきりとわかる赤毛をなびかせたキイタが自分達に向かって右手を伸ばしている。
「おい…そう言えば、もう一匹いたな…」
銀色の敵が呟く。
「そうだったのか」
緑色のエクスヒャニクもそれに答える。二人は新たな遊びを発見した子供のように急激に弱い能力者達への興味を失っていった。
遠くに見えるキイタはいきなり踵を返すと、イーダスタの森へ向かって走り出した。
「あいつも捕まえるぞ!」
そう叫んだ銀色のエクスヒャニクは両足の踵辺りから突然火を噴くと、物凄い勢いで逃げ去るキイタの背中目指して飛んだ。
緑の敵は両膝を地に着け、砂を撒き散らしながらその後を追って走り出した。どうやら膝の辺りに車輪がついているらしい。つくづくふざけた連中だった。
「キイタ!逃げてぇ―――!」
巻き上げられた砂から自分の顔を庇っていたココロが大声で叫ぶ。叫びながらココロは敵の走り去った方向に数歩駆け出した。
しかし、既にイーダスタの森の入口に辿り着いていたキイタと、それを追う機械の体を持った敵にココロの足で追いつく筈がない。
「馬だ!」
叫んだシルバーはその瞬間、胸に走る激痛に呻き声をあげ蹲ってしまった。大地はすぐに馬を見つけ出しそれに跨った。
「大地!」
ココロが叫ぶ。
「俺が行く!キイタを守る!二人はガイを。あのエクス何ちゃらを倒すにはどうしてもガイの力が必要だ!」
「待て!待て大地!」
苦し気な顔で止めるシルバーの声を無視して、大地は馬の顔を前方の森に向けると一気に走り出した。
「大地!」
走り去るその背中にもう一度叫んだシルバーは、再び襲ってきた痛みに身を屈めた。
「シルバー!」
ココロが駆け寄る。苦し気な息の中でシルバーが呟く。
「無理だ…、大地では、奴らに勝てない…」
「今のあなたにだって無理よ!」
ココロがシルバーを諭すように言う。
「とにかく、一刻も早くガイを元に戻さなくちゃ…」
そう言ってココロは改めてガイの傍に立った。完全に凍り付いている。秋とは言え、燦々と降り注ぐ太陽の下にあって、ガイの体には水滴の一つも流れていない。
「何だって言うの」
ココロが苛立った声を出した。
「何だってこんなに突然ガイだけが急に凍り付くの?これじゃぁ、まるで…」
そこまで言ってココロはふと言葉を切った。今、物凄く嫌な想像がココロの頭の中を駆け巡ったのだ。
「ココロ様」
シルバーの呼び掛けに、深い思考の底に沈みかけていたココロの意識は急激に現実に引き戻された。
ハっとしてココロは自分を呼んだシルバーの方を見る。しゃがみこんだままのシルバーが弱弱しく一点を指さして言った。
「それ…」
シルバーが指さす辺りに目を向けたココロが見つけたのは、未だに消える事なく揺れている、キイタの投げつけた小さな炎だった。
大地は、今まで経験した事のないスピードの中で、必死に手綱を握りしめていた。馬の扱いについては相当な優秀さを見せ、その技法を身に着けていった大地だったが、経験はあまりにも浅い。今大地が出しているスピードはその技能の範疇を遥かに超えていた。
咄嗟に跨った馬は今まで共に旅をしてきたアスビティの馬ではなく、ンダライでポルト・ガスから譲り受けた荷馬車を引いていた馬だ。慣れない馬の扱いがこんなにも難しいとは想像していなかった。下の地面は柔らかく、その揺れも激しい。振り落とされないようにするだけで精一杯であった。
それでも大地は前一点を見つめ、その速度を落とす事なく走った。一人森へ向かったキイタ、そしてそれを追っていった二体のエクスヒャニクにはかなりの差をつけられている。少しでもその差を縮めようと大地は必死だった。
その時、ふと自分の右横に妙な違和感を覚えた。馬の背にしがみつくように体を前に倒していた大地は、恐る恐るそちらに顔を向ける。
そこに見えたものに大地は自分の目を疑った。驚きのあまり声もでなかった。
そこにはあの、クロムと呼ばれた白いフードの敵がいた。どう言う事なのか相手は空を飛んでいる。体をやや斜めに傾け、まるでサーフィンにでも乗るかのように大地の乗る馬と同じスピードで並んで飛んでいる。
大地は混乱した。人が空を飛ぶ事自体が異常であるのに、自分が必死に出しているその速度に涼しい顔で並んでいる。そこに相手の圧倒的な力を見た気がした。
混乱のあまり大地が意味のない声を上げそうになったその時、クロムが大地の方を見た。
風に煽られたフードの中から自分を見つめる顔は全く表情のない銀色の仮面であった。目の部分だけがくり抜かれ、その穴の中から切れ長の冷たい瞳が見つめてくる。
喉元まで出かかった声が引っ込む。その冷たい眼差しに大地の背中に寒気が走った。それは否定しようのない「恐怖」であった。
その時クロムが左手を静かに上げるのがわかった。どうしようもない、今の大地にこれ以上のスピードは出せない。前は遮るものもない広大な荒野だ。相手が何を仕掛けてこようと、それを避ける術はなかった。
大地と並走するクロムは上げた左手を素早く大地に向けて差し出した。その瞬間、大地の体に衝撃が走った。疾走する車の中で急ブレーキをかけられたような感覚だった。
そう思った時、大地の体は宙に放り出されていた。咄嗟に体を丸め、偶然にも受け身の態勢を取りそのまま地面に落ち、転がった。
柔らかい地面である為痛みはなかった。しかし、走っているスピードそのままに前方に飛ばされ、強烈な勢いで地面に落ちた事へのショックが激しかった。
一体何が起きたのか全くわからなかったし、宙を舞っている間、上下の感覚もなくなり自分がどんな格好で地に落ちたのかすらわからなかった。
ただ、その衝撃の成すがまま一切の抵抗もできず砂を舐めた。それでもすぐに膝立ちになり周囲を見回した。強烈なショックの為手足に力が入らない。
数m後ろで大地の馬が横倒しに倒れていた。動かない。恐らくは死んでいる。それがどんなものかはわからなかったが、その攻撃を受け絶命した馬から自分は投げ出されたのだ、と言う事だけはどうやら判断できた。
馬の死体の向こうに敵がいた。白いフードのついた服をはためかせ、相変わらず宙に浮いたままクロムはただ静かに大地を見下ろしていた。
クロムが再び動く。今度は両手を高く頭上に上げた。
「くっ…!」
次の攻撃が来る事を予見した大地は、すぐに右腕にテテメコの力を蓄えた。その腕が薄黄色い光を放ち大きく膨らむ。しかし、宙に浮いた相手に、どんな土の能力が有効なのかはわからなかった。
混乱した頭の中で巡らせる考えがまだまとまりきっていない大地に構わず、クロムは上げた両手を胸の前で交差させるように躊躇なく大地に向けて振り下ろした。
大地の目にいくつかの光が向かってくるのが映った。咄嗟に肥大した右腕で自分の身を庇う。
何も起きなかった。間違いなく何かが自分目がけて矢のように飛んできたと思えたのだが、それが当たる感覚も、衝撃もなかった。
大地はゆっくりと顔を上げる。そこには両手をだらりとさげたままのクロムが立っていた。いや、やはり地に足はついていない。地面より二m程高い位置に浮いたまま立ったような姿勢で大地を見下ろしている。
アテイルにしろ、エクスヒャニクにしろ、ゆうに二mを超える相手と戦ってきた大地の目にその体は異様に小さく見えた。
巨大な敵の中にあって一人小柄なあのダキルダと言う厄介なアテイルよりも更に小さいと思えた。子供、そう表現しても言い過ぎではなかった。
太陽に輝く銀色の仮面から覗くクロムの冷たい目と大地の目がぶつかり合う。宙に立つクロムも、片膝をついて右腕を上げる大地もどちらも動く事なく暫く睨み合っていた。
先に視線を外したのは相手の方だった。クロムはふと、その顔を巡らせる。その視線の先には荒野の果て、巨木に茂るイーダスタの森があった。
音もなくその体が動きだす。姿勢を崩す事なく大地にその銀に輝く横顔を見せると、そのままイーダスタの森へ向け、飛び去った。
「ま、待て!」
キイタを追っていったのだ、大地はそう確信した。先に向かった二体のエクスヒャニクに加え、この銀仮面まで行かせてしまったら、たった一人森に逃げ込んだキイタが敵う筈がなかった。
大地は慌てて立ち上がり、飛び去る敵を追おうとした。しかしその瞬間、大地は足を取られ地に倒れてしまった。
「あ、あれ?」
なぜだろう、足に力が入らない。大地は両手をつき再び立ち上がろうと試みた。自らを支える両腕もがくがくと震えている。
「なんだ?」
自分の体に何が起きているのか全く理解できないまま、何度となくキイタの元へ行こうと立ち上がるが、その度に地面に倒れた。
(どうなってんの?)
体が言う事をきかない。力が入らず、まるで鉛を飲んだように全身が重たかった。痛みは感じない。いや、痛みどころか何も感じない。
そこで初めて大地は自分の体に異変が起きている事に気が付いた。力の入らない自分の両足を見ようと視線を走らせる。
「―――っ!」
大地は息を呑んだ。足ではない、異常があるのは足ではなかった。大地は自分の腹から大量の血が流れだしているのを見た。
どういう事か?考えがまとまらなかった。腹全体が、溢れ出た血で真っ赤に染まっている。しかし痛みは感じなかった。出血量の割に傷は浅いのか?そんな考えも浮かんだ。
大地は目に見えて震える手で自分の腹の傷を触ってみた。服はぐっしょりと冷たい血で濡れている。最早元の色もわからない程に血に染まり切っていた。
「だ、だめだ…」
大地は不自由な体を捻りイーダスタの森を見上げた。呻き声を上げながら自分の体を引きずる。
「キイタ…助けなくちゃ…キイタ、を…」
歯を食いしばり、食いしばった歯の間からそんな呟きを漏らしながら大地は必死に這いずった。
しかし、その労力に対し進んだ距離はあまりに短かった。目の前に聳え立つイーダスタの森までが絶望的な距離に思えた。大地はついに自分の体を支え切れなくなり、地面に顔から倒れこんだ。
それでもまだ前に進もうと顔を上げる。見上げる先には覆いかぶさるような巨木の森があった。
「キイタ…」
見上げた森が急に歪み、白く霞み始めた。
「キイ…タ…」
大地の意識は急激に遠のく。次の瞬間には、目の前が真っ暗な闇に閉ざされた。
ココロはキイタの放った小さな炎に直接手を触れないよう、細心の注意を払いながら砂ごとその火をガイの足元に向けて押していった。
気持ちばかりが焦るが、慌てて砂をかけその火を消してしまう事は何としても避けなくてはならなかった。
ガイの凍結と言う突然起きた信じられない事態に、キイタの生み出したANTIQUEの炎ならば対抗できるのではないか?熱く燃え盛る太陽の熱ですら敵わないこの氷を、溶かす事ができるのではないか?万策尽き果てたココロとシルバーにとって、この小さな火だけが正に唯一最後の希望であった。
気が遠くなる程の時間をかけてココロはようやくキイタの火をガイの踵の辺りまで移動させた。
「お願い…」
ココロが呟く。あとはこのANTIQUEの炎の熱でガイの体が元通りになる事を祈る他、ココロとシルバーにできる事はなかった。
ガイのすぐ横で立つココロも、胸の痛みに地に付したまま動けないでいるシルバーも言葉もなくただじっとその小さく揺れる炎を見つめていた。
「あ…」
ココロが小さく声を上げ、慌ててガイの足元にしゃがみ込む。その声にシルバーもよく見ようと体を引きずって来る。
「見て!」
変化が起き始めていた。ガイの踵付近の氷がフルフルと震え始めてている。そう思った途端、急激な勢いでガイの体を覆う氷が溶け始めた。
「やった…、やった!」
その効果を確認したココロが、喜びのあまり近くに寄ってきていたシルバーに抱きつく。
「痛ぁ―――っ!」
シルバーが特別行動騎馬隊々長とは思えない悲痛な悲鳴を上げる。
「きゃぁ!ごめんなさい、ごめんなさい!」
ココロが慌ててシルバーの体から離れる。
「ココロ様…」
苦し気な声で囁くシルバーの目線は、目の前のココロを通り過、ガイの体を見上げていた。
「え?」
それに気が付いたココロもガイの方を振り返る。凍った時のままの姿勢で立つガイの体から、大量の水蒸気が立ち上がっている。物凄い勢いでその氷が溶ける端から蒸発しているのだ。
「すごい…」
シューシューと音をたてて天に向かい立ち上がる煙のようなその水蒸気の迫力に、ココロが思わず呟く。
そうしている間にも、ガイの体がみるみる内に元の色を取り戻していく。やがてガイの体を包んだ氷は一片残らず消え失せた。
「熱ぅ―――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
突然ガイが大声を上げ、驚いた猫のように高く飛び跳ねた。着地と同時に地に倒れ、そのまま地面を転げ回る。
「あ、あち!あち!」
見れば、いつの間にか全ての氷を溶かしつくしたその火はガイの服に燃え移っていた。のたうち回るガイの両足が炎に包まれている。
「大変!」
急いでガイに駆け寄ったココロがその体に砂をかける。しかし、ガイを焼くその火は小さくなるどころかますます盛んに燃え始めた。
「消えない!シルバー、どうしよう、消えない!」
「ぐわ―――――――っ!」
ガイが俯せたまま苦痛の絶叫を上げたその瞬間、その体が目を開けていられない程の強烈な光を放った。
「きゃあぁっ!」
ガイの傍にいたココロがその電撃の巻き添えを食って悲鳴を上げる。
「ココロ様!」
痛みも忘れ駆け寄ったシルバーが、慌ててココロの体をガイの傍から引き離す。もつれるように倒れた二人の目の前でガイはまだ金色の光を放ち続けていた。
「ううううう…」
やがて、ガイの体から放たれた雷の光が静かに収まると、ガイは苦し気な呻き声を上げ、地に倒れたまま動けないようであった。そんなガイを見つめるココロとシルバーもまた、声もなく動くこ事できずにいた。
どの位そうしていただろうか?突然、唐突にも見える動きでガイがむっくりと身を起こした。正座をするような姿勢で二人に正対する。その尻に敷かれた両足からは、まだブスブスと灰色の煙が上がっているがどうやら火は消えたようであった。。
「あれ?」
目の前で身を寄せ合うようにして自分を見つめるココロとシルバーに気づいたガイが声を出す。
「どうしたんすかココロ様?なかなかナイスな髪形になっちゃって…」
シルバーが自分の腕の中にいるココロの頭に目を向ける。ガイの電撃に巻き込まれたココロの髪は逆立ち、大きく膨らんでいた。
ハっとして自分の頭に手をやったココロは両手で必死に桃色の毛を押さえつける。そうしながら、キッとした顔をガイに向けると、足元の砂を一掴み取り、それをガイに向けて力いっぱい投げつけた。
「もう!バカ!」
「えぇ!なんすか?なんすかぁ?」
ガイは飛んでくる砂を避けながら戸惑った声を出す。どうやら自分がした事は何もわかっていないらしい。
「ガイ」
シルバーが声を掛ける。
「はい?」
「体は大丈夫か?」
「体って…、はい、別にどこも何とも…」
「そうか、よかった…」
と、突然ココロは立ち上がると、体をぶつけるようにガイに抱きついた。
「コ…え?ココロ様?」
「心配したんだから!」
自分の首にしがみつきながら叫ぶココロにガイは、何これ?と言った表情をシルバーに向ける。
「ガイ、よく聞け」
シルバーはそんなガイに構わず、一切の説明を省略して今起きている事だけを手短にガイに話した。
自分達は新たな敵エクスヒャニクによって重傷を負わされた。敵二体が一人イーダスタの森へ逃げたキイタを追って行った。そのキイタを救出すべく大地が単身森へと向かったが、エクスヒャニクに致命的なダメージを与えられるのはガイの雷の能力だけである。
一通りそのような説明を受けたガイは表情を引き締めると、自分の首から静かにココロの手を解き、言った。
「了解しました。恩あるキイタ様の一大事、今すぐこのガイが助けに向かいます」
ガイはゆっくりと立ち上がると、足元で自分を見上げるココロに顔を向け、優しい笑顔を作った。その後もう一度シルバーに目を戻し、頼もしい声で言った。
「お二人は後からゆっくり来てください。俺は一足先に森へ行き、あの化け物共をぶっ倒しておきますから!」
「頼んだ…」
緊張が解けて再び痛みがぶり返したのか、シルバーが苦し気な声で言う。その額には玉のような汗が浮かんでいた。
「任せてください!待っていてくださいよキイタ様!今、このガイがお助けに参ります!」
そう言うとガイは勢いよく二人に背を向け、遥かイーダスタの森を睨みつけるように見た。
「きゃあ!」
その途端、なぜかココロが大きな悲鳴を上げる。
「ガイ、お、お前、アイテテテ…なんと、無礼な!」
「え?」
何の事かわからずガイが体を捻ってシルバーを見る。その時ガイは、ズボンの背面が全て焼け落ち尻が丸出しになっている自分に気が付いた。
「わぁ!いや、あの、これは…」
「やかましい!姫にそんなものを見せるんじゃない!さっさと行け!」
「はい!ま、参ったなぁ、これじゃあまたキイタ様に嫌われちまう…」
ブツブツ言いながらもガイは自分の馬に駆け寄ると、あっという間にイーダスタの森に向かい走り去った。
「まったく…」
遠ざかっていくガイの背中を見ながらシルバーがため息をつく。
「シルバー」
ココロが静かな声でシルバーを呼ぶ。
「はい」
「あなた今、また姫って言ったわね」
「あ…!」
ココロは冷徹にも見える目でジロリとシルバーを睨んだ。