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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
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能力者は誰だ?

●主な登場人物

ココロ…アスビティ公国令嬢にして、ANTIQUEのリーダーであるゲンムに選ばれた能力者。テレパシーを使い、他の仲間を呼び集める。

ロッドニージ…ココロの世話係。今回、アスビティ公国中央公宮よりココロの共をし高齢を押して旅に出た。

【警備隊隊士】

ロズベル…境界警備第二小宮第二警備隊の隊長。年齢と共に腹が出、涙もろくなったが、剣の一振りで三人の敵の首を飛ばすと言われる豪傑。

シルバー…同じく第三警備隊の隊長。生糸のように美しい見事な銀髪を持つ隊士。元は中央にて特別行動騎馬隊の大隊長まで務めたエリート。その剣技は公軍随一と言われている。

デステル…第二警備隊副隊長。ロズベルの部下。明るく、子供好きな性格。

アローガ…第三警備隊副隊長。シルバーの部下。口は悪いがいつも仲間を笑わせるムードメーカー。

ザイル…警備隊第二分隊長。長く第二小宮に勤務しているベテランだが、気が弱くあがり症。心優しい男。

イルファー…経理財務書記管理班長、第二小宮の金庫番。眼鏡をかけた生真面目な男だが。数字に関しては天才的。

メイジャー…警備隊第四分隊筆頭隊士。幼い頃のココロの遊び相手だった隊士。

ペステラーザ…警備隊剣技指南役。比較的高齢な隊士で、その経験を活かし、馬術、剣技を隊士に教えている。幼いココロに乗馬を教えた。

ジャルア…警備隊第六分隊長。優秀だが感動屋で涙もろい。幼いココロは陰で「泣き虫ジャルア」とバカにしていた。

ゲイザン…警備隊第一分隊副隊長。元は中央でココロの養育係をしていた。そのためココロが最も苦手とする隊士。

ロストバン…警備隊第三分隊長。永住隊士であり、元々は外国人。異国の地で公軍に入り分隊長にまで出世した努力の人。

ブルー…警備隊第八分隊長。ココロと面識はないものの、元は中央の特別行動騎馬隊でシルバーの部下として働いていた。

フルゥズァ…第六分隊筆頭隊士。祖父、父とも中央の隊士だったため、ココロとは幼馴染。ココロの初恋の相手。






 案内をしてくれた女房にょうぼうが半身を開き、笑顔でココロを振り返る。「さぁ」といった具合ぐあいに彼女が右手で指し示す食堂の中へと進む。

 広い食堂の中は、昼間のごとき光にあふれ、大きなテーブルの上の燭台しょくだいに立てられた無数の蝋燭ろうそくの灯りの下、既に食器が並んでいた。

 そのまばゆい光の向こうに小宮隊士の精鋭達が軽く頭を下げた姿勢でココロを出迎えていた。

 いち早く顔を上げた警備隊第二隊隊長、ロズベルの懐かしい顔は笑顔で崩れていた。

「姫…」

 ロズベルが感極かんきわまった声を出した。

「立派におなりになった…」

 ロッドニージがじろりとロズベルをにらむ。

「ロズベル」

 まだ低頭ていとうの姿勢のままで、隣に立つ第三隊隊長のシルバーが小声でたしなめる。

「あ、いや、これは…失礼を」

 謁見えっけんを兼ねた食事会の席で、入室の最中、主賓しゅひんよりも先に声を発するなど、非礼極ひれいきわまりなくもってのほかだ。だが長く中央を離れ、小宮生活が身につき過ぎたロズベルには、そのような礼儀配慮れいぎはいりょが欠けていた。

 ロズベルにとってココロとは幼少の頃に別れたきりだ、すっかり大人になったその姿を見て、年のせいか必要以上に感動してしまったらしい。そう思うとココロの顔は自然とほころんだ。

「よい」

 優しく一言言うと、ロッドニージがエスコートする主賓席へと腰を下ろす。

「ココロ様」

 ロッドニージが話かける。

「第二警備隊隊長ロズベル以下、十三名。晩餐ばんさんの席へと同席を願い出ております」

勿論(もちろん)結構です」

 ココロの一言をきっかけに、隊士達が低頭ていとうを解き、顔を上げた。

 こんな時の城での受け答えはすべて作法さほうとして決まっている。当然ココロがこのように答える事はたずねたロッドニージをはじめ、ここにいる全員がわかってはいたが、ココロの口から直に聞いた事で何となく部屋全体にほっとした空気が流れた。

「では隊士 諸君、ココロ様のはからいである。名を名乗られ、めいめい々着席されよ」

 ロッドニージの言葉を待っていましたとばかりに、ロズベルが大股でココロに近づいてきた。ココロのそばに立つと自己紹介を始める。

「第二境界警備小宮第二警備隊隊長、ロズベルにございます。姫には幼少のみぎり、ご無沙汰ぶさたをいたしました。しかし、いやぁ~、大人になられた」

「隊長も、ずいぶんと大きくなられたのでは?」

 感心したように言うロズベルを見上げたココロは、ました顔でだいぶり出した彼の腹に皮肉を込めて答えた。

「あ、いやぁ、これは。参りました!」

 一瞬照れたように両手で腹を抑えたロズベルは、頭をきながら豪快に笑った。笑いながら改めて後方に控える隊士を指して言った。

「姫。本日は隊長、副隊長以下、一部筆頭隊士や、事務方の隊士までそろっております。役職もさることながら、みな姫の見知った者ばかりを集めました。本来ならば末席をけがすに至らぬ者もおりますが、ご容赦いただきたい」

「食事の時は気を緩めたいもの。隊長の配慮に感謝します」

 ココロが答えるとロズベルはまた目をうるませ派手にはなすすり上げた。ココロが口を開く度に泣いたり笑ったり、忙しい男である。

「失礼します」

 一言断り、ロズベルがココロの右に座る。

 椅子にかけたロズベルの後ろから次の男が近寄ってきた。眩しい程の銀髪を揺らし、そばに立った男が早速に挨拶を始める。

「ご無事のご到着何よりでございました。第三警備隊隊長を務めます、シルバーにございます」

 巨漢のロズベルに比べ非常にスマートな体型をしていたが、身長はロズベルと並んで変わりがない。公軍きっての剣の使い手とうたわれる男だ。

「あなたは…」

「はい、以前は中央におりました」

「確か、特別行動騎馬隊の?」

「お見知りおきいただき光栄です。遠征が多く、あまりおそばにはおられませんでしたが、幼い頃より姫の姿は城内でお見受けしておりました。滞在中は命に代えておつかえいたします。どうぞご安心いただき、ご休息ください」

 低くささやくような話し方をする。非常に整った顔をしているが、鋭い目はどこか冷たく、平和的な小宮付の隊士の中では異彩いさいを放っていた。

「よろしく頼みます」

 ココロの受け答えに一礼したシルバーは、そのままココロの後ろを通り、彼女の左側、ロズベルの正面にあたる席へと座った。

 すぐに次の男が頭を下げたまま、自己紹介を始める。

「ご無沙汰ぶさたにございます姫。第二警備隊副隊長、デステルです」

「懐かしい顔が見られ大変嬉しく思います」

 大きな体を起こすと、デステルは健康的に焼けた肌に嘘のように白い歯を光らせて笑った。ロズベルよりは自分と若い。ハキハキとして、非常に好青年だった。

「何のこちらこそ。さすがに、以前のように肩車をしてお庭を駆け回る訳にも参りませんが」

「していただければ一度に元気を取り戻すかもしれませんね」

「お変わりなく、安心いたしました」

 軽口を叩いたつもりが逆に切り返されたデステルは、屈託くったくのない大きな笑い声をあげてロズベルの右隣へ座った。

「お久しぶりに存じます、第三警備隊副隊長のアローガであります」

「お久しぶり、アローガ。副隊長のお役にいたのですね。大変 たよりに思います」

「光栄でございます。隊長のシルバー同様、命に代えて良き休暇となりますようあい(つと)めてみせます」

 アローガはシルバーの左へと座った。ここまでの四人の内、近年転属になったらしい第三警備隊長のシルバーを除く三人は、ココロが幼い時からこの第二小宮に勤務していた為よく知る顔ばかりであった。

「では、後の者達は、紹介を省略させていただき…」

「いえ」

 言いかけたロズベルの言葉を断ち切るようにココロが口を挟んだ。

「え?」

 誰もが驚いた顔でココロを見た。隊の最高職とその次席じせきの者、個別に主賓と言葉を交わすのはせいぜいこの数名で、あとは省略するか、それぞれの上司が代わって紹介をするのが慣わしである。だから、この後のココロの言葉は、「はい」であるべきなのだ。

 ココロの「はい」を聞き、最高職の号令のもと、末端まったんの者達も席につき、次々と料理が運ばれてくるのが城内作法じょうないさほうの「段取り」であり、料理長や給仕きゅうじ達もそれを見越して準備を進めている。であるにも関わらず、ココロの返事は「はい」ではなく「いえ」であった。

 そばに控えるロッドニージもやや慌て気味に背中で女達に合図を送る。それを見た女房にょうぼうの一人が厨房ちゅうぼうへ走った。まだ料理を運ぶなと伝えに行ったのだろう。

 みなの不審ふしんを気にもめず、ココロは続けた。

「長くお会いしていなかった方もたくさんおります。他のみなさんもどうか、せめて現在の役職とお名前だけでも名乗り、席へついていただきたいと思います」

「では…」

 ロズベルが自ら一人ひとりを紹介するむね、提案をしようと声を出したが、それを許さずココロが更に言った。

「必ず、ご自身の口から役職とお名前を聞きたいと思います」

 ココロの発言に、先に座ったロズベルやデステル、アローガは困惑こんわくした顔で互いを見合った。(ただ)一人、第三警備隊隊長のシルバーだけは無言でうつむいていた。

「…わかりました」

 ロズベルは戸惑とまどいながらもココロに一礼すると、どうしていいかわからないと言った風で立ち尽くす部下達に向かって大きな声を出した。

「おい、お前ら!姫様の特別のおはからいだ、姫様と直接言葉を交わす機会などこの先ないかもしれんぞ、気合入れて自己紹介をして席につけ!」

 そう言われても、そもそも公爵令嬢と夕飯を共にする事すら想定外だった隊士達は益々戸惑とまどい、互いに譲り合った。

 しばらく「じゃ、お前行けよ」と言ったやり取りが続いた後、ようやく一人の男がデステルの横に立ち、一礼した。

「姫、お話ができて光栄です。え~っと、あ、第二分隊長のザイルです、その、本日は、ご一緒いっしょできて光栄で…あ…」

 最初の挨拶あいさつに戻ってしまい、その後が続かない。どうやらよほどアドリブが苦手なようだ。ここまで一番手が向かない男も珍しい。

「そんなにかたくならないで、一緒に食事を楽しみましょう。お忘れですか?私が幼い頃、厨房ちゅうぼうで働くあなたはよく母に内緒ないしょかしたおいもをくれたでしょう?」

 ロッドニージが目をく。

「何、貴様そんな事をしておったのか!?」

 アローガが大きな声を出す。

「あ、姫様、その事はどうかこれで」

 ザイルが慌てて口に指を当てる。

「それで時々ココロ様が夕飯時に食欲がないなどと言っておったのだな」

 ロッドニージが無表情な声で言うのを聞いた途端とたん、ココロは派手に吹き出した。つられてその場にいたみなが大笑いを始める。

 この一件で緊張が解けたのか、次からの隊士達は比較的スムーズに自己紹介をし、その度にココロはできるだけその隊士との思い出話をした。

 厨房ちゅうぼうでは、料理の味が落ちてしまう事を心配した料理長のストレスが臨界点りんかいてんに達しようとしていたが、ココロは気にもめず、長い時間をかけて一人ひとりの隊士達と言葉を交わし続けた。

経理財務書記管理班長けいりざいむしょきかんりはんちょうのイルファーです」

 眼鏡をかけた背の低い男が自己紹介をした。黒い髪をきっちりと七三に分けた、真面目そうな男だ。

「ご存知ですか?私が始めて数式を学んだのはあなたからなのですよ」

「え?あ、ではあの時 花壇かだんの脇で…」

「ええそう、お庭の花壇かだんそばであなたが地面に小枝で書いて教えてくれました。今までで一番わかりやすい説明でした」

 途端とたんにロッドニージの無慈悲むじひな皮肉が始まる。

「なるほど、初めからこの者に家庭教師をさせておったら、ココロ様ももう少しお勉強に身が入った事でしょうなぁ」

「まあ、意地悪!」

 みなは笑ったが、言われたイルファーは感激の極みと言った表情で、顔を上気じょうきさせたままザイルの隣に腰をおろした。

 ココロの話す思い出話と、たまに入るロッドニージの一言が次々と隊士達を笑顔にしていき、料理も並ぶ前から席は大いに盛り上がった。

 しかし、ココロは何も座を盛り上げようとしてこんな真似をしている訳ではなかった。ココロは聞きたかったのだ、ここに同席する者全員の「声」を。

 頭の中に話し掛けて来た鋼の能力者がこの中にいるのかもしれない。いるかいないかもわからない。能力者から答えが返ってきたのも初めてである為、テレパシーを通じた声が本人の肉声と同じ声音こわねであのかもわからない。何もわからなかったが、それでも確かめずにはいられなかった。

 そしてもう一つ、デュールと言う名のANTIQUEが感じ取ったと言う敵の存在。本人同士にしかわからない思い出話をする中で、もしその敵がこの中にいるとしたら、それを見極みきわめる事はできないものだろうか?ココロはそう考えたのだ。

 だから、顔は笑っていたが、ココロは必死になって一人ひとりとの幼い頃のエピソードを思い出そうと頭をフルに回転させていた。この辺り、ココロは非常に賢い女性であると言える。

「第四分隊筆頭隊士のメイジャーです。姫様、覚えておいでですか?弟君のレイナス様や、従兄弟の皆様とお山にお出かけになった時の事を」

 メイジャーは自分から思い出話を始めた。

「ベディリィ湖を遥かに見下ろすお山の上で、突然姫様は泣き始めたのですよ」

 かすかに記憶があった。しかし、何故泣いたのだろうか?

「私は泣き止まぬ姫様を恐れ多くもこの背に負ぶって小宮まで帰ってきた思い出がございます。帰ってくるなり何事もなかったかのようにおはしゃぎになって…。あの時一体何があんなにも悲しかったのでございますか?」

「さぁ、幼すぎてよく覚えてはいませんが、あなたに負ぶわれて帰った事はよく覚えています。あの時は世話をかけました」

大方おおかたお疲れになって歩くのが嫌になったのでございましょう」

 ロッドニージがました声で言った。

「なるほど、まんまといっぱい食わされましたな!」

 一同爆笑。

 ココロも一緒に笑いながら、必死に考えた。何故?何故私はあの時泣いたの?

 弟のレイナスや従兄弟達と一緒に隊士達を共に引き連れ楽しく山を登った…。お弁当を食べた…。山の頂上からベデリィ湖と、そのほとりに建つ小宮を見下ろした…。

 その時だ、私は何かを見た?聞いた?とにかく怖かった事はよく覚えている…。

剣技指南役けんぎしなんやくのペステラーザであります。昔はよくお馬のお稽古けいこをしたものでしたなぁ。今日はご一緒できて大変光栄であります」

 今までの隊士達に比べて年嵩としかさの、初老と言えそうな男が落ち着いた声で名乗った。

「今は剣の指南役しなんやくですか?」

「一応そうはなっとりますが、隊長以下、私より腕の立つ者がそろい過ぎておりましてな、かたなしです」

 笑いながら言ったペステラーザはココロの左側の列、アローガから二つ席を飛ばして腰をおろした。

「第六分隊長ジャルアです。姫の大きくなられた姿に、いささか感動しております」

「泣き虫ジャルア」

 突然ココロが指をさして言うと、ジャルアは照れ臭そうに頭を()きながら言った。

「いや参りましたなぁ。普段はそんな事もないのですが…。思えば、いつも姫の前でばかり泣いていたような気がします」

「何故だったかしら?」

「姫が怪我けがをされた時、それが治った時、大事にされていた小鳥が死に、一緒に湖のほとりに埋めに行った時…」

 ベテランの風格ふうかくただよわせてはいたが、どことなく線の細い、優しい顔でジャルアは昔を懐かしむように微笑んだ。

「もっとも、今はロズベル隊長の方が涙もろいですがね」

「余計な事は言わんでいい!」

 ロズベルが即座に突っ込む。一同、爆笑―――。

 まだ笑い声が収まりきらぬ内から一人の男が進み出た。恐らく、今日同席した隊士達の中では最も年齢が高いと思われる男であった。

「第一分隊副隊長、ゲイザンです。本来であれば、隊長が出席するべきでありますが、姫と面識がないと言う事で本日は私が出させていただきました」

「ああ、何だか胃が変になってきた」

「え?」

 ロッドニージをはじめ、全員が身を乗り出し心配の表情を作った。

「違うのよ、一時ゲイザンは私の養育係をしていたの。厳しかったのよ~」

「姫があまりに言う事をきかなかったからです」

 ゲイザンは表情も変えずに言い放つ。

「間違いなく、この世で私を一番 叱り付けたのは彼ね」

「あまりにロッドニージ殿を困らせるようであらば、今でも遠慮なく尻の二つ三つひっぱたいてしんぜますぞ?」

「ひゃぁ、勘弁かんべん!」



一同、再び爆笑―――。



「第三分隊長、ロストバンです」

 明らかにアスビティ国民と違う顔立ちの彼が名乗った途端(とたん)、ココロは席を立ち上がり頭を深く下げた。

「あの時は、ごめんなさい!」

 これには謝られた当の本人であるロストバンを含め全員がも驚きの表情を見せた。

「何だ?一体何があったんだロストバン!」

 アローガが叫ぶ。

「いや、そんな、姫様やめてください」

「私彼にひどい事をしたのよ~」

「いや、子供の頃の話じゃないですか」

「みんなに言っていいのよ」

「何だ何だ」

「何があったんだ」

 言いしぶるロストバンに周りの者がはやし立て、話すようにうながす。

「いや、私がまだ中央にいる頃、私は国外から来たばかりでありましたので、そのぉ、アスビティ語に不慣れで、言葉が変だったのです」

「それを私が散々からかったのよ」

「私ががっつりお(しか)り申し上げた」

 元 養育よういく係のゲイザンが口を挟む。一瞬の静寂の後、またまた爆笑。

「姫様らしいと言うか」

「まったくお転婆てんばで」

 方々で声が上がる。その間もココロは自分も笑いながら、しかし一人ひとりの表情を観察し続けた。

 今のところ鋼の能力者と確信の持てる声には当たっていない。と言うより、特に低いとか高いと言った特徴のある声以外、男達の声はほとんど同じに聞こえた。

 思い出話にも矛盾むじゅんはない。すぐ左に座るシルバーが常に物静かで、表情が動かないのが気にかかるが、単なる性格かもしれない。

 それを言えば堅物かたぶつのゲイザンや、イルファー、緊張屋のザイルなどもどこかぎこちなく見える。疑おうと思えばいくらでもそうできた。

「ですが、そのお陰で必死に言葉を学びました」

 ロストバンが笑顔で続ける。

「確かに見事です。苦労も多かったでしょうに、今や分隊長とは心強い限りです。あなたを奮起ふんきさせたのであれば、私の意地悪も少しはお役に立ったのかしら?」

「はい、それはもう」

 ロストバンは顔中にしわを寄せて笑いながらアローガの隣の席についた。

「第八分隊長のブルーです」

 次の男が名乗った。この男は、かなり若い。この若さで分隊長とはどう言う事であろう?

「私も一時期中央におり、当時のシルバー隊長のもとで騎馬隊に所属しておりました。姫様とお言葉を交わさせていただくのは今日が初めてでございます」

 そうだろう、ココロの記憶にこの男はいない。

「本日は、つての上司であるシルバー隊長のはからいで末席につかせていただきました」

 それだけ言ってブルーは規律きりつ正しく一礼すると、末席まっせきと言いつつゲイザンよりも上座であるロストバンの隣に座った。

(シルバー隊長のはからいで?)

 そっと、シルバーの顔を盗み見る。やはりほとんど表情は変わらず、仲間を見る目には優しさがまったく感じられない。どうにも気にかかる男だった。

 そうしている間に最後の男が進み出た。

「姫、お久しぶりにございます」

 その声を聞いた刹那せつな、ココロの胸は懐かしさで満たされた。多分、この中の誰よりもココロが会いたかった相手である。

「第六分隊筆頭隊士、フルゥズァにございます」

「すっかり立派になられましたね」

「まさか、姫から先にそれを言われるとは…」

 フルゥズァは照れたように笑い、顔を伏せた。

「あなたとの思い出はあまりに多すぎて…」

「それは私も同様。このご滞在の内に機会がございますれば、またゆっくりと懐かしいお話をしたいものでございます」

 二人の会話を冷やかす隊士達の声で、その後のフルゥズァの言葉は途切れてしまった。

 もっと話したい事があった。いや、今すぐココロの現状をすべて伝え、助けてほしかった。照れ笑いを浮かべながら席につくフルゥズァを見つめながらココロはときめいていた。思えば、幼いココロが抱いたフルゥズァへの想いが彼女の初恋だったのかもしれない。

「さぁ、段取りが狂ったと料理長がお怒りだ。早速料理を運び込ませましょう」

 ロッドニージの言葉でテーブルの上には次々と料理が並びだした。しかし、その品を見たココロが急に立ち上がった。これも、城内作法としては考えられない行為であった。

「ロッドニージ」

「は、何か問題が?」

「いえ」

 出てきた料理が気に入らないのかと同席した隊士をはじめ、すべての者が再び緊張の顔でココロを見つめた。

「今日の料理、病気の私を気遣って優しいメニューばかりで大変ありがたい。が、国を守る隊士の方達にこれでは力も出ないでしょう。どうか、彼らにはもっとせいのつくものを用意してもらって」

「かしこまりました」

「それと、本日同席のかなわなかったすべての隊士へ同じものを用意してください。今夜だけでよいので」

 ココロがそう言った途端、ロズベルとシルバーの両隊長が突然 椅子を鳴らして立ち上がった。直立不動の両隊長にならい、二人の副隊長、続いて他全員が立ち上がった。

 やがては食堂をまかなう給仕係り達までもが、ココロの思いやりに敬意を表し直立の礼を示した。

「いいのよ、みんな座って。食事を楽しみましょう」

「着席!!」

 ロズベルの号令で、隊士全員がそろって着席した。

「姫、何と立派に…」

 またロズベルの目がうるみ始めた。

「隊長、恥ずかしいんで勘弁かんべんしてくださいね」

 隣に座る副隊長のデステルが呆れた顔で手拭きの布を渡す。

「何がだ!」

 そう言ってロズベルはその手から布切れを荒々しく取ると、派手にはなをかんだ。

「しかし、今日の料理を全員に出すとなると…」

 眼鏡のイルファーがこぼした。

「何だ金庫番、金の心配かぁ?」

「お、さすがは経理管理!」

「まぁ、いいか今日は」

 深刻な顔を一点、晴れ晴れとした笑顔を見せたイルファーに周囲の男達が笑う。

「そうだ、今日はいい!今日は!」

 料理も運び込まれ、完全に緊張の解けた食卓は、みなの笑いが飛び交う平和で楽しいものになった。その時だった、ココロの中でゲンムの声がした。

(いるね)

(え?)

 一瞬料理を口へ運ぼうとしていたココロの手が止まる。

(この中にいるよ、ココロ)

(いるって、敵が?)

(いや、敵はわからない。でも少なくとも鋼のANTIQUEはこの部屋の中にいる。感じるんだ)

 ココロは、楽しげに食事をする男達の姿を見回した。

(この部屋の、中に?)

 そう言われれば隊士達だけではない。給仕も、女房にょうぼう達も、ロッドニージもこの部屋にはいる。

(誰―――?)

 ロズベル、シルバー、デステル、アローガ、ザイル、イルファー、メイジャー、ペステラーザ、ジャルア、ゲイザン、ロストバン、ブルー、そして…フルゥズァ。

(一体誰が、鋼の能力者なの?)











 



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