テリアンドスの戦い
前回までのあらすじ
夜明けを迎えフォルトの町を出発しようと宿を出たココロ達ANTIQUEの一行であったが、前夜のガイの目に余る行動に、キイタは完全に彼に対し心を閉ざしてしまう。いずれ時間が解決するとは思いつつも、出発に際してチームワークの乱れを懸念したココロ、大地、シルバーの胸に一抹の不安がよぎった。テリアンドス帝国、イーダスタ共和国、ジルタラス共和国の三国の国境付近にあるフォルトの町から次に向かうべき場所を話し合った彼らは、緑豊かな森と大河の国、イーダスタを目指す事を決める。遠くにイーダスタの森を見つつ渡るテリアンドスの砂地の荒野へと入った時、ココロ達は突然の襲撃に合う。
大地は傾いたまま動きを止めた馬車に走り寄ると、そのままの勢いで跳躍し馬車の上に飛び上がった。
まだ繋がれたままの二頭の馬が驚いて嘶く。馬車の上に立ったお陰で向こう側にいたシルバーの姿が見えた。シルバーは地中から襲い掛かってきた敵と対峙している。
(何だ?こいつは…)
敵の姿を見た瞬間、大地の頭によぎったのはそんな思いだった。今度の敵もまたアテイルと同じく爬虫類のような姿をしているものと勝手に思い込んでしまっていた。
しかし、目の前でシルバーと相対しているのは明らかにアテイルとは違った。シルバーメタリックを基調としたボディに赤いラインが入っている。その色合いだけを見ればテレビで観た子供番組のヒーローを思い出させた。が、その姿はとてもヒーローのイメージではなかった。
顔らしきものがある、目と思えるようなものもついている。だが全体のシルエットは異様であった。
奇妙にはった両肩、膨らんだ胸、それに反して中身が入っているとは思えない程細いウェスト。長い手足はそのまま武器となる鎌状になっており、一見巨大な昆虫のように見えた。
それはアテイル四天王の一人、ゴムンガの命を受けてテリアンドスに潜伏していたエクスヒャニクの一団であった。勿論大地もシルバーもそのような敵がいる事をまだ知っていはいなかった。
大地の目の前でシルバーが動いた。アスビティ随一の剣が煌めき、目にも留まらぬ速さで相手に襲い掛かる。
しかし頭上から振り下ろされた剣は易々と弾き返された。それも、敵は自らの腕でシルバーの剣を受けたのだ。
ンダライで鍛えられた最上級の剣が銀色の粉を撒き散らす。敵の腕の方が硬度が高いらしい。このまま続けていればシルバーの剣が使い物にならなくなるのは時間の問題だった。
「シルバー!!」
我に返った大地はそう叫ぶと馬車の荷台から飛び降り、着地と同時に黄色く光る巨大に膨れた腕を砂の地面に叩きつけた。
その瞬間、舞い上がった砂が意志ある者のように小さな竜巻を作りながら相手の両足に絡みついた。
竜巻は徐々に回転の速度と大きさを増しながら上昇を続け、相手の腰当たりまで舞い上がっていく。 敵は不愉快そうに纏わりついてくる砂を両手で払うが、砂の渦は消えるどころか益々その量を増していき、やがて相手の体全体を砂嵐が包み込んだ。
今や、大地とシルバーからは相手が砂を巻き上げる竜巻そのもののように見えていた。
「こいつら…アテイルじゃない…」
シルバーが大地に呟く。大地は無言で目の前の竜巻と化した相手の姿を見ながら何度も首を縦に振った。それからハッとしたように顔をシルバーに向けると言った。
「それよりシルバーあっち!ガイが一人で戦っている!あっちの方が敵が多い!」
「よし!」
言いながらシルバーの足は既にガイの元へと向かっていた。
「あそこ!」
大地が指さす方向を見るとガイは一人、馬上から剣を振るっている。十匹以上の敵がいる、と思っていたが、今ガイを取り巻く敵の数はその想像を上回っていた。恐らく倍の数はいるようだ。
「なるほど、ガイの奴馬に乗ったまま敵を全て引き付けようと言う気か」
呟くとシルバーは荷馬車を引いていた二頭の馬の戒めを解き、その内の一頭に跨った。
「大地、お前の腕ではまだ馬上での合戦は無理だ。お前は遠くから得意の土の能力で私達を援護してくれ!」
「わかった!」
馬の手綱を取りながらシルバーの出す指示に大地は即座に頷いた。実力不足と言われたところでそれが事実ならば仕方がない。
大地の返事を聞いたシルバーは躊躇う事なく馬の顔を一人 奮戦するガイへ向けると、掛け声一つ、走りだした。
それを見送った大地は急いでもう一頭の馬に跨る。いくら何でももう少し戦況が見える場所まで近づきたい。二人の戦いをよく見る事で、この新たな敵の弱点なりが見えてくるかもしれない。
「頼むぜぇ」
初めて乗った馬の首を叩いて挨拶をすると、大地は手綱を強く振るい戦場に向かって駆け出した。
後に残された小さな竜巻はその後も消える事なくユラユラと揺れるようにそこにあった。竜巻の中から不気味な笑い声が漏れ聞こえてくる。
「クククク…これで足を止めたつもりか…。ANTIQUEの能力…噂程でもない」
すると突然、鋭く巨大な爪が竜巻の中腹を突き破るように飛び出してきた。その途端大地の生み出した小さな砂嵐は萎むように消えていき、それに巻かれていた敵の姿が露になった。
気味の悪い機械音を立てながら体を震わせると体のあちこちにある隙間から小石 混じりの砂が地に落ちる。顔を上げ、改めて大地とシルバーを追いかけようと足を踏み出した。
「………?」
足元に感じる違和感に顔を下に向けた。左足に纏わりつく砂がいつの間にか粘土質の土に変化し、その足にがっしりと食い込んでいた。
左足に力を込めて足を引き抜こうとしたが、大地の残した土の足枷は容易には外れなかった。
「忌々しい…」
銀色の体を光らせながら呟くと脱出を諦め、遠く走り去る大地の背中を感情のない赤い目でじっと見つめた。
(何なんだよ、こいつらは!)
たった一人で数十の敵を相手にしていたガイもさすがに息が切れて来た。怪力で振るう剣は間違いなく相手にヒットしている。本来なら既に五、六人の敵はその首が胴体から離れていておかしくなかった。
しかし今相手にしている敵にその常識は通用しなかった。体は異様に固く、ガイの刃を易々と跳ね返してくる。
可動性の高い関節部など、一見 柔らかそうに見える部分もあるが、馬上からそこだけを狙って刺し貫くのは如何にガイと言えども不可能であった。
とは言えこれだけの数を相手に馬を降りて地に立てば、あっという間に捕えられ命を奪われてしまう。
元々、ココロとキイタが戦場を離脱する時間を稼ごうと始めた戦いであったが、ガイはそのまま決定的な打開策を見出せないままただいたずらに体力を消耗していた。
(まずいな、こりゃ)
はっきりと我が身の危機を感じたその時、ガイの耳に頼もしい声が届いた。
「ガ――――イッ!」
顔を上げると、叫びながら戦場に飛び込んでくる陰が目に映った。
「シルバー!」
暗夜に光明を得た思いであった。抜刀のまま馬を駆り、敵の頭上を飛び越えながら颯爽と現れるシルバーの姿にガイは笑顔を見せた。
高々と突き上げた鋼の剣。翻るマントの下から覗く白銀の甲冑。そして長くたなびく白糸のように美しい銀色の髪が真昼の太陽に煌めいている。四年振りにこの頼れる上官と共に戦える喜びに、ガイの疲労は一気に吹き飛んだ。
その時、ガイの乗る馬が一際大きな声で嘶くと前足を上げた。前後からガイを挟み撃ちにしようとすぐ足元に二匹の敵が近づいていた。
ガイは正面の敵に向かって鋭い突きを放った。いっぱいに伸ばされた剣先は相手の喉元にぶち当たった。貫く事はできない、正にぶち当たったという感じだ。
その衝撃に相手はのけ反り吹っ飛んでいったが、後方の敵への対処が遅れた。何とか体制を立て直そうとしたその時、風のように飛び込んで来たシルバーの馬がガイを襲おうとする敵に強烈な体当たりを食らわせた。
「ガイ!大丈夫か!」
「何とか生きていますよ!」
シルバーとガイは馬に跨ったまま周囲を見回す。凡そ二十程の敵がぐるりと二人を取り囲んでいた。
敵は相手が二人になった事で慎重になったのか、ガイ一人を相手にしている時のようにがむしゃらには襲ってはこなかった。じりじりとその輪を縮めながら近づいてくる。
「こいつらが、アテイルって奴ですか?」
そう聞いたガイの息は激しく乱れていた。
「いいや違う。これは新手だ」
「剣がまったく通用しねえ」
「しかし何かしら手はある筈だ。いいかガイ、取り敢えず考えがある。今は動かず私の傍にいろ」
「え?」
もう一歩、敵がその包囲の輪を縮めた時には玉砕覚悟で一気に飛び掛かろうと構えていたガイは、シルバーの指示に怪訝な表情を見せた。
「もうすぐ、奴らに隙ができる」
「一体…」
ガイが訊ねようとしたその時だった。微かに地鳴りのような音が響き、足元の砂が小刻みに震え始めた。
「準備をしろ、包囲が崩れた瞬間を狙うぞ!」
シルバーの言葉に訳がわからないままガイは剣を顔の近くに立てた。
次の瞬間、突然シルバーとガイの立つ場所を中心に地面がドーナツ状に陥没した。二人を囲んでいた敵の一団が一斉に地面の下に沈んでいく。
「突破だ!」
「はい!」
シルバーとガイは馬を駆ると、倒れた敵の頭を飛び越え崩れた輪の外へと飛び出した。着地と同時に馬を反転させたシルバーは馬から飛び降りると、倒れた敵の集団に向かい雄叫びを上げながら走った。
馬の背を蹴って高く跳躍したガイはバック宙の要領で舞うと、落下の力を利用して窪みから這い上がろうとする敵の頭を手にした剣で力いっぱいに打ち下ろした。
「キュウ」っと、妙に甲高い音を発して相手の頭はひしゃげ、目のように見える光る部品が勢いよく左右に飛び出した。胴体にめり込んだ首の辺りから小さな稲妻がいくつも光っている。
切れはしない、だが打撃はいける!ガイはそう感じた。僅かでも戦う術があるのならば何とかなる!ガイは相手を威嚇する大声を発しながら、這い上がろうとしてくる敵の群れに突っ込んでいった。
狙い通りシルバーとガイを敵の包囲網から脱出させられた事を確認した大地はそっと右手を地面から離した。
勿論、今シルバーとガイを窮地から救った地盤の沈下は大地の仕業だった。
沈下でできた窪みにはまった連中は、蟻地獄のように崩れやすい地質に足を取られ容易には上がって来られないようだった。
大地は立ち上がると敵の特色を見抜こうと地面に描かれた輪を巡るように戦う二人を黙って見つめた。
敵の姿は異様だ。ンダライ城で戦ったアテイルは獣のような力と人間の如き知性を持ち、戦闘力は圧倒的に高かった。だが、その肉体はシルバーの振るう剣で叩き切る事ができた。
それに比べて今度の敵は、鍛えられた鋼の剣で切り捨てる事のできない体を持っている。鎧ではない、全身がその固い金属でできているのだ。
ガイと戦う敵の一人が右腕を伸ばしガイの剣を掴んだ。相手の腕は巨大なペンチのような形をしており、ガイの剣を挟み取ったのだ。
「ぐ!」
ガイは取られた剣を力いっぱいに引いた。敵はガイの引こうとする力を利用して上手く窪みの中から上がって来た。
「ん!?」
次の瞬間、冷静に戦いを見ていた大地は目を見張った。ガイの剣を掴んだ敵が自分の手首から先、ペンチ状になった手を剣を掴んだまま三百六十度回転させたのだ。
横からの激しい捩じりの力を加えられたガイの剣は割れるような音を立てて折れた。しかし一瞬も怯まないガイはすぐに剣を捨てると、咄嗟に左の拳を相手の顔面へと叩きつけた。
顔を潰された相手は黄色く光る稲妻を発しながら仰向けに倒れ込み、煙をあげながら再び窪みの中へと消えて行く。
「シルバー!こいつら切るよりぶん殴った方が効くぜ!」
ガイは腰から分銅のついた鎖鎌を取り出しながら叫んだ。
「おう!」
シルバーもそれに答えながら力いっぱい相手の頭に剣を打ち付けている。何人目かの敵のこめかみ辺りを横に強打した時、既に波打つように歪んでいたシルバーの剣が根元から折れ、吹き飛んだ。
突然、窪みの中から激しく巻き上げられた砂がシルバーの顔面を襲った。もの凄い勢いで浴びせかけられる砂に、顔を庇いながらシルバーが身を退く。
この頃になってようやく何匹かの敵が窪みから這い上がり、戦いの体制に入っていた。
「あれは…」
そう呟くと大地は、傍らで大人しく待つ馬に飛び乗り戦いの輪に向かって走り出した。
目に入った砂に苦しむシルバーの前に立ちはだかった敵の姿が大地の目に映る。大地は走りながら敵の体の細部を具に観察した。
その敵は地面に立つなり物凄い速さで走り出した。迫り来る怪音に、シルバーは身を横に飛ばしながら間一髪、迫り来る敵の突進を躱した。
敵は急制動を掛けるとそのまま再び体の正面をシルバーに向けた。迎え撃とうと身構えながら、シルバーは周囲の足元に目を走らせている。
大地にはわかった、この敵の足には車輪がついている。大地は戦いに参加しないで済むギリギリの距離で馬を止めた。
シルバーが相手にしている敵の体に見慣れたパーツを見つけた。T字型をしたその部品は、大地の家にもあった。間違いようもない、あれは…、あれは掃除機の吸い込み口だ!
突然起きた激しい音に大地が目を向ける。背後からガイを襲おうと距離を詰める敵の片腕は、どう見ても道路工事で使用されるドリルだ。
さっきガイの剣を折った敵の手も、車工場等で見かけるアーム型ロボットの先端と思われた。
こいつらは機械だ。このプレアーガの世界ではあり得ようもない、工業用ロボットや家電の類を身に着けた機械兵士なんだ!
「うそーーーーーん!」
あまりの衝撃に大地は馬の背に乗ったまま両手で頭を抱えた。まさかこんな未知の世界で掃除機や道路工事のドリルを相手に命賭けの戦いを繰り広げる羽目になるとは想像もしていなかった。
(何で?何だってこの世界に現代の地球で使われているような機械があるの?そんでもって何でそいつらが人みたいな形で俺らを襲う訳?何これ?何これ?)
大地は少なからずパニックに陥っていた。纏まらない思考の中で、それでも大地は何とかこの状況を打開する方法を考えようと努めた。
シルバーの目の前に立つ敵が再び砂を巻き上げながら迫ってきた。対抗する武器を見つけられなかったシルバーは、咄嗟に自らの右手を剣に変えると迫りくる敵を躱しつつすれ違い様に一太刀を浴びせた。
見事に相手の胸を断ち切ったかに見えたが、振り向いた相手の胸元には横一文字に大きな傷が走ったものの、まったく効いてはいないようであった。
再び砂を巻き上げ始めた相手を正面に、シルバーは絶望的な表情を見せた。




