フォルトの町
登場人物
ココロ…アスビティ公国領主の娘。始原の存在であるゲンムに見出されANTIQUEの能力者となる。明るく、誰とでも打ち解ける性格だが少々気が強くお転婆な恐らくはA型。
吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。仲間想いで熱血漢だが普段はそれを見せる事なく冷静に先の事を読み解く。思考について来られない相手をバカにする癖のある多分AB型。
シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた元はアスビティ公国の隊士。馬術、剣術に優れ学力優秀なエリートであるがプライドが高く負けず嫌いの十中八九A型。
キイタ…ンダライ王国の第二王女。火のANTIQUEに選ばれた能力者。涙脆くて世話好き。やや潔癖なところがありいつも自分を過小評価している。その実意志は固く頑固なところもあるきっとO型。
ガイ…元はシルバーの部下であった男。雷のANTIQUEに選ばれた能力者。相手の想いには一向に頓着しない自己中心的な性格だが人情に熱く、頼られるのが大好きな間違いなくB型。
前回までのあらすじ
世界の征服を目論む魔族の存在を知ったアリオス達七人は、一刻も早く祖国アスビティへ戻ろうと山道を急いでいた。間もなくベディリィ湖の見える山頂へ差し掛かろうとする頃、道の真ん中に倒れる一頭の馬を発見する。馬は信じられない切れ味で首を切断され絶命していた。周囲の状況からここで戦闘があった事を悟ったアリオスは、山岳育ちのコスナーとユーリに崖下を調べるように命じる。降下の補助をするパッキオ、灯かりの準備をするエミオン、薬や水の用意に走るハリスとマルコ。状況を理解し、命令を待たず独自に役割を遂行する行動力こそ、かつてのアスビティ公国特別行動騎馬隊第四分隊の特色であった。七人の活躍で崖下から救い出されたのは、ココロの書状を胸にアスビティに向かう途中、仲間に化けたアテイルに襲われ生死不明となっていたブルーであった。苦しい息の下ココロの手紙を領主へ届けると話すブルーの姿にアリオスは、夜を徹してアスビティ中央を目指す事を決意する。
旅立って以来初の野宿となったココロ達一行は、山の中で夜を迎えていた。静かに爆ぜる焚火を中心に、ココロ、大地、キイタはぐっすりと眠りに落ちていた。
その場所から少し上った高台の周囲を一望できる開けた岩場では、シルバーが一人見張りを務めていた。
「シルバー」
シルバーの背中から顰めた声でガイが呼びかけて来た。
「交代だ、休んでくれ」
「おお」
ガイがシルバーの隣にどっかりと腰を下ろす。しかし休めと言われたシルバーはすぐには動こうとはしなかった。秋の虫の声が響き、二人の頭上には怖い程無数の星が瞬いていた。
「なぁ」
シルバーがガイに話しかけた。
「ん?」
ガイがシルバーを見ずに答える。
「キイタ様の能力だが…、ガイ、お前どう思う?」
「その事か」
ガイも真剣な顔で答える。
「俺に言わせりゃキイタ様だけじゃねぇ。ココロ様も、大地の力だって心配だ。あの三人を守りながら魔族なんかと戦えるのかな?ってよ」
「うむ…。確かに大地は戦い慣れてはいないが、あいつの能力は戦闘力が高い。しかも大地は既にその能力をかなり使いこなす事ができる。それは私自身が確かにこの目で見た」
シルバーの答えにガイは否定も肯定もせず黙っていた。
「それに、ココロ様の能力は元々戦う為のものではない。お守りする事は困難かもしれないが、そもそもココロ様が無事でいなければ仲間を集める事ができない」
やはり無言のままガイが小さく頷く。
「これは、私のバディとなっている鋼のANTIQUEが言っていたのだが…。キイタ様の持つ火の能力は、我らANTIQUE能力者の中では最も戦闘力が高いそうだ」
それを聞いたガイは、初めて驚いた顔をシルバーに向けた。
「だから、大地の言う通りいずれキイタ様の能力が完全に開花するのだとしたら、その時キイタ様の能力は想像を絶する強力なものとなるだろう」
「なるほど。問題はそれがいつなのかって事か」
「その通りだ。それまではきつい戦いになる。キイタ様の覚醒まではできるだけ戦闘を避け、そしてなるべく早く次の仲間を見つける事が肝心だ」
「やれやれ、やっかいな問題だな…。どうも今見る限りじゃあ、いつまでも覚醒なんざするようには見えねえ」
冷めたような声で言うガイにシルバーもため息をついた。
「まあ、信じて待つ他はあるまい」
それだけ言うと、シルバーは立ち上がった。
「明日はどうなる?」
去り際に振り向いたシルバーがガイに声を掛ける。
「山は明日中には終わる。降りりゃ町だ。その後はまた暫く平野が続いて、イーダスタ共和国との国境だ」
「イーダスタか…。豊かな森と、雄大な川の流れる国…だったな?」
「その通りだ。だがその前に俺はフォルトの町で風呂に入るぞ。四年分の垢を落としてやる」
「是非そうしてくれ」
シルバーが言うとガイは慌てたように振り向き言った。
「やっぱ、臭います?」
「ああ、臭うな」
「え――――――?参ったなぁ、もう」
そう言って体中をクンクンと鼻を鳴らして嗅ぎだしたガイの姿に笑いを噛み殺しながら、シルバーはココロ達の元へと帰って行った。
明けて翌日。見事なまでの快晴の中ココロ達五人は出発した。途中、敵に遭遇する事もなく色づき始めた木々の葉を見ながら進む旅路は長閑であった。
ガイの教育のお陰か、二日目にして大地の手綱捌きは目に見えて成長していた。道中は相変わらず漫才のような会話をしながらも、二人は並んで馬を進めていた。
その後ろから進む荷馬車の御者台にはシルバーと、そのすぐ横にキイタがちょこんと座っている。二人並んで座ると御者台は狭く、とても座り心地が良いとは言えなかったが、広い荷台ではココロが一人 瞑想し、次の仲間へのメッセージを送り続けていた。
ココロの気を散らさないようにとキイタは自ら進んでシルバーの横に座ったのだった。
順調に思えた五人の旅路であったが、山頂に到着し、眼下に町を見下ろしてからはぐっとペースが落ちてしまった。
道が下り坂となった為、再び大地の足取りが重たくなったのだ。荷馬車の扱いも登りよりも下りの方が遥かに難しい。この調子では町に着く時間は予定より遅くなりそうであった。
しかし場合によっては山中でもう一泊する覚悟のできていたガイは決して仲間を焦らせる事なくじっくりと先導していった。
再び日暮れが迫り方々の家々に明かりが灯る頃、五人は完全に山を抜け出し賑やかな観光街であるフォルトの町の入口に差し掛かっていた。
「お――――、すげぇすげぇ」
ガイが声を上げる。
「今日の内に着いたじゃねーか。優秀、優秀。俺ぁ、もう一回野宿かと諦めていたんだがなぁ」
「俺はやればできる子だからな」
ほとんど握力を失った手を振り振り大地が言い返す。
「調子に乗るんじゃねぇよ、鈍足が」
「あ、よくないなぁ、そう言うの。生徒は褒めて育てなきゃ伸びないんだぜ?先生」
「そうかそうか、よくがんばりまちたね、大地君」
「バカにしてんだろ?」
「よくわかったじゃねぇか」
「お前らもういいか?」
いつまでも終わりそうにない大地とガイのやり取りに、いい加減うんざりした調子でシルバーが割り込む。
「急いで宿を探さなくては、どこにも入れなくなる」
「それもそうですね。じゃあ、俺がちっと交渉してきましょう」
「やめとけよ先生」
大地がすぐに止める。
「あんたくっさいんだから、宿の方でお断りされるぞ?」
「何おぅ!?…そ、そうかな?」
言い返そうとしたガイであったが、すぐに自信なさげな顔になってまた自分の体を嗅ぎ始めた。
「いい、宿へは私が話を付ける」
そう言うとシルバーは二人の間を割るように馬車を進めた。取り残された形になった大地とガイはチラリとお互いを見合わす。
「そんなに臭うか?」
ガイが情けない顔で大地に尋ねた。
「なげぇよ!!」
大地が大きな声を出した。シルバーの交渉がうまくいき無事に宿に入ったココロ達であったが、早速風呂に向かったガイがそれっきり帰って来ない。食事を前にお預けを食っている大地が怒りの声を上げたのだ。
「ガイにとっては四年ぶりの入浴なんだから、もう少し待ってあげよう?」
キイタが優しい声でとりなす。
「先に食おうぜ~」
「もう少しだけだから」
堪え性のない大地をキイタは一生懸命に宥めていた。
「私ちょっと様子を見てくるね?」
キイタはそう言うと席を立ち、食堂の入口へと向かった。キイタが扉に手を掛けようとした瞬間、外側から扉が強く押し開けられガイが入って来た。
「いやぁ~、さっぱりした!!お、どうですキイタ様?もう臭わないでしょう?」
「きぃやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
誇らしげに言うガイを見たまま凍り付いたようになっていたキイタが、生まれてこの方出した事もない悲鳴を上げた。
どや顔で食堂の入口に立つガイは一糸纏わぬ素っ裸で立っていた。彫刻のように見事な肉体であったが、左腕は肘から下がまるで機械のような義手になっている。
お姫様育ちのキイタにとって、それはこの世のものとは思えぬ悍ましいものに映った。そのまま部屋の隅まで走ると、壁際に蹲りそのまま動かなくなってしまった。
「ガイ、貴様!何たる無礼な!」
「え?何が?」
キイタの反応に驚き、シルバーに怒鳴られて慌てはしたものの、それがなぜなのか理解できないガイは訳が分からない様子で狼狽えて見せた。それを見た大地が、頭を振りつつため息をついて立ち上がる。
「ガイ、ほら出て。あんたにはデリカシーと言うものがまったくないのか?」
「で、デリ…、何だって?」
「いいから、ほら!シルバー、キイタをお願い」
大地は言いながらガイの背中を押し、食堂から出て行く。シルバーは慌ててキイタの傍に駆け寄った。
「な、何だよ、何だよ?」
大地に背を押されたまま裸で廊下を進むガイは何が何だかわからず部屋に向かった。
「アホかあんたは!」
部屋に入るなり大地はガイに向かって怒鳴った。
「女の子の前にそんな姿で出る奴があるか!いや、それ以前に風呂から食堂まで素っ裸で直行する宿泊客がどこにいる?」
「え、だってみんな待たせてるし、汗が引く前に服着るとまた臭うかな~?って」
ガイの答えに大地は再び大きなため息をついた。
「いい、もうわかったから、早く何か着て」
「何だよ、まったく」
ガイはぶつぶつ言いながら荷物の中から下着を出して身に着け始める。
「ガイさぁ、軍人ってあれじゃないの?それなりに頭よくないとなれないんじゃないの?」
ガイの着替えから目を逸らしながら大地が尋ねる。
「そりゃぁお前、その通りだよ。入隊には体力検査の他に学力の試験もあるんだ。国防論に外国語、防衛の歴史や武器の仕組み。隊列号令、作戦立案、火薬術、砲弾軌道なんかありゃ数字が分かってないと撃てねえからな」
「それにガイは受かったんだよね?」
「まあ、ギリだけどな。俺はその年一番の落ちこぼれだったからよ」
着替えを続けながら落ち込む様子もなく笑ってガイは言う。
「だろうね」
大地が呟くと、すっかり服を身に着けたガイが大股で近づいて来た。
「だろうねって言った?今だろうねって言っただろう?お前」
「はい、言いました」
「まあ、本当の事だから仕方ねえけどな」
てっきり怒り出すのかと思いきや、ガイはそう言うと豪快な笑い声を上げた。
「大体キイタ様も裸の男を見た位であーんな世界の終わりみたいな声出さなくったっていいと思うんだがなぁ?」
「キイタには免疫がないんだよ、王女様なんだから」
「そこだけどよぉ、大地」
そう言うとガイは馴れ馴れしく大地の肩に腕を回し、くっつくほど顔を近づけて言い出した。
「何?」
眉間に皺を寄せて顔を離しながら大地が答える。触れる程の距離で見る髭を落としたガイの顔はすっかり若返り、意外な程二枚目ではあったが、結局ぼろ布 紙一重の服を着直したたせいでやはりかなりキツイ臭いを放っていた。
「最初がココロ様だろ?次がシルバーだろ?お前だろ?そんでキイタ様で、その次に俺だ」
何の話かと思ったら仲間になった順番を言っているらしい。
「だから?」
「だからよぉ、いいか?女、男、男、女、で、男ぉ」
と、指折り数え最後に自分の鼻の辺りを指さす。
「次は~、女っぽくね?」
それを聞いた途端大地は呆れて鼻で笑ってしまった。ガイが少年のように目を輝かせながら何を期待しているのかがわかったからだ。
「しかもよぉ、次はこう、もっとグラマラスな、俺好みの色っぽい…」
ガイが妄想を広げ更に続けようとした瞬間、背後から予想もしなかった一撃がガイの頭を襲った。まるで電撃が走り抜けるような強烈な衝撃と痛みがガイを襲った。
「痛ぇ!」
そう叫んで振り返ったガイの目の前に、鬼のような形相のココロが立っていた。その手には暖炉の火搔き棒と思しき鉄の長物が握られていた。大地は驚いて目を剥いた。下手したら死ぬぞ、あれ。
「あ、ココロ様、いらしたんで?」
「色っぽくなくて悪かったわね~」
「え?あ、いや、別にココロ様が色っぽくないとか、ぺちゃぱいだとか、そんな事を言った訳では…」
次の瞬間、ココロの足の裏がガイの顔面にまともにヒットした。
「げしぃ!」
まるでカエルが潰れたような声がガイのどこかから漏れた。
「ガイ!!」
「ココロ、ココロ!」
更に掴みかかろうとするココロを宥めようと大地が必死に手を伸ばすが、ココロはその大地の手を振り払うと、両手でガイの頬っぺたを抓りあげた。
「あ、ひたい、ひたいでひゅ、ココロひゃま…」
「ガイ、あんたまさかテリアンドス 領内で、アスビティ国民として恥ずべきような事をしでかしていないでしょうね?もしそうなら今すぐこの場で死んで詫びなさい!」
「ひ、ひてまへん、ひてまへん」
頬を抓られたままガイは必死に弁明した。
「本当に!?」
「ほ、ほんろうれふ、ほんろうれふ!」
ココロはそのままじっとガイの目を覗き込む。涙目のガイもココロから目を逸らさず見つめ返した。
「そう」
やがてココロは投げ捨てるようにガイの顔を離した。ガイは両手で自分の顔を包み痛がっている。
「信じるわ」
ガイはそんなココロの言葉に顔を上げた。
「信じるからね」
ガイを見下ろしながらココロはもう一度言った。ガイは呆けたようにココロを見上げていた。
「ココロ、食堂。俺らもすぐ行くから」
思いがけないココロの迫力に圧されるようにどもりながら、大地が出口を指さす。
「いいわ、食事にしましょう。二人とも急いでね」
そう言うとココロは颯爽とした様子で部屋を出て行った。残された大地とガイは黙ったまま目を見合わせる。
大地はふと部屋の奥に目を向けるとその方向を指でさした。ガイがそちらを振り向く。部屋の一番奥の壁に小さな扉があった。どうやらそれはココロとキイタが泊まる隣の部屋とつながる出入り口のようであった。
「参ったなぁ」
扉を見ながらガイが呟く。
「立てよ、飯にしようぜ」
「いやぁ、参った、参った」
殴られた頭を擦りながらガイが立ち上がった。そんなガイを見上げて大地が言った。
「信じるってよ」
ガイは情けない顔で大地を見下ろした。
「るってな…。本当に、参ったわ」
こうして、恐らくは最後となるであろうテリアンドスの夜は更けていき、この日も大河な、終わろうとしていた。




