懐かしき故郷を目指して
登場人物
ココロ…アスビティ公国領主の娘にしてANTIQUEのリーダーである始まりの存在に選ばれた能力者。
吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。最近ようやく打ち解けてきた感がある。
シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれたココロの部下。最近ようやく性格が丸くなってきた。
キイタ…アスビティ公国の隣国ンダライ王国の第二王女。火のANTIQUEに選ばれた能力者。自分に対する過小評価の癖がなかなか抜けないでいる。
ガイ…雷のANTIQUEに選ばれたシルバーのかつての部下。実力もあり好人物ではあるが、がさつでデリカシーの欠片もない。
アリオス…元アスビティ公国特別行動騎馬隊第四分隊副分隊長。分隊長であったガイがANTIQUEの能力者としてココロと共に旅立った後は、彼に代わりリーダーとして仲間を率いている。
パッキオ…アリオスの部下。禿げ頭で巨漢、怪力の持ち主。しかしその冷静な頭脳にアリオスが最も信頼を置いている男。
ハリス…アリオスの部下。第四分隊の生き残りの中では最年少の十六歳。
コスナー…アリオスの部下。ベテランのアリオス、パッキオと十代の若手達を繋ぐ中堅。
エミオン…アリオスの部下。気が弱いが優しい心根の持ち主。
マルコ…ハリスについで若い隊士。アリオスへのリスペクトが半端ない。
ユーリ…お調子者のお人好し。天然でボケる事が多く、マスコット的存在。
ポルト・ガス…キイタの祖国ンダライ王国の代行執政官。アテイルに操られ国を滅亡の危機に陥れた。現在はその罪滅ぼしの為全力で国政に力を注いでいる。
前回までのあらすじ
ココロ達と別れテリアンドスを離れたアリオス達七人は、帰国の途中隣国ンダライ王国の城を訪ねる。キイタに託された書状を王国の代行執政官であるポルト・ガスへ渡す為であった。怪しい風体の男達がキイタの書状を持って現れた事に戸惑うンダライ内閣であったが、ガスはアリオス達との謁見を許可する命令を下した。アリオス達の話しから、ひとまずキイタが無事である事を知り安心したガスにアリオスは、キイタを守る為、今起きている事の全てが知りたいと告げる。彼等もまた人知れず繰り広げられる人間と魔族との戦いに巻き込まれた事を知ったガスは、自分の知り得る全てをアリオス達に話す決心をした。
再び執政官室に顔を揃えた一同は、ポルト・ガスから先頃起きたンダライの塔での事件と、それに関わるこの数年の間に国内で起きた出来事の一部始終を聞いた。
ガイの能力を目の当たりにして来た男達にとってさえ、それは驚愕の内容であった。
ガスの話しでは、ここで敵とされる相手は人間ではないと言う。その敵に国政を握られたンダライと同じように、祖国アスビティ公国に於いても同じような危機が迫っているのだと言う。
アスビティの被害がンダライに比べて緩やかであるのは、単純に国土面積の問題と思えた。アテイルと呼ばれる化け物達が狙うのは、プレアーガを牽引する大国ばかりのようだ。
「以上が、私の知っている全てだ…」
そう言って長い話を締めくくったポルト・ガスは、祈るように合わせた両手の上に額を乗せ、俯いたまま顔を上げずにいた。
まんまと敵の策略に嵌り、国を滅亡寸前にまで追い込んだ当の本人にとって、その告白は血を吐くような思いの中で語られたのだった。
ガスの話しが終わったとみるや、アリオスの他、ハリスやエミオンなどの若い数人が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「出立されるか?」
相変わらず顔を上げぬままガスが聞いてきた。
「間もなく日が暮れる、今宵はここに泊まられてはいかがか?」
ようやく顔を上げたガスがアリオスを見上げて言った。
「我が祖国にも敵の手が回っていると聞かされた今となっては、一時も留まってはおられぬ」
アリオスが低い声で答えた。ガスは深いため息とともに再び顔を伏せた。
「そうか…。止めはせぬ。では、カンテラを用意させよう」
「夜越えの準備は整えてあります」
「では、すぐに馬と荷物の準備をさせよう」
ガスのその言葉を聞くと、座っていた残りの男達も次々に席を立ち出発の意思を見せた。俯いたままのガスにアリオスが声をかけた。
「執政官殿…」
その声にガスが顔を上げる。
「よくぞお話しくだされた。今の話、我が領主意外には一切 漏らさぬ事をお誓いする」
それを聞くと、ガスは蒼白な顔をアリオスに向け、静かに立ち上がった。
「ここで受けたご恩、我ら一同決して忘れはしない。勿論、キイタ王女へのご恩返しも済んではいない。この世界を救うなどと、よもやそのような重たい使命をあの五人が背負っていたとは、夢にも思わなかった…」
既に仲間達は入口の傍に集まり、すぐにでも出かけようかと言う姿勢であった。そんな中、アリオスは静かにガスに近づくと、恭しく頭を下げた。
「その時が参りましたら、是非にも共に戦いましょう。私に、世界を救う力があるなどとは到底思えませぬが、キイタ様の盾となり戦う事位はできるかと」
「アリオス殿…」
そう言うと、立ち上がったガスはアリオスに向けて右手を差し出した。アリオスはじっとその手を見つめる。代理とは言え、大国の執政官としがない一分隊々士。二人の間には歴然とした立場の違いがあった。それを越え、今共通する目的を持って戦う意思を固めた二人の男がそこにはいた。
アリオスは迷わずその手を強く握り返した。ガスが更に空いた手をその上に乗せる。
「まずは、無事なるご帰国をお祈りする」
「かたじけない」
世界中の誰も知らない危機的現状を知ったアリオス達一行が、同じくこの常軌を逸した戦いに望まずに巻き込まれたンダライの人達と別れ、祖国アスビティ公国へ向けンダライ城を出発したその頃、ココロ率いるANTIQUEの仲間達は、山中行路の真っ只中であった。
ガイの言う通り、テリアンドスの市街地へ向かう山は然程険しくはなく、傾斜も緩やかであった。
とは言え、やはり荷馬車を引いている上に坂道での乗馬が初めてである大地を連れている為、予定よりその行程は大幅に遅れていた。
それでもシルバーは必死に馬車を操り、大地もへたくそながら何とか馬を進めていた。そんな二人を見たガイは、スピードが上がらない事への苛立ちを表に見せる事もなく、粘り強く大地を指導したり、励ましたりしながら一行を先導していた。
しかし無常にも秋の日没は早い。予定の半分程度しか進まぬ内に、この旅始まって以来初めての野宿の準備に入らざるを得なかった。
「いってぇ~~~~~~!」
野宿の場所を決め、馬を止めた途端大地は叫びながら地面に倒れこんだ。
「尻が痛い!背中も痛い!腰が痛い!腕も痛い!内腿も痛い~~~~ぃ!」
地面をのたうち回りながら大地は体中の痛みを訴えた。
「まぁ、そりゃそうだろうが、ちと大袈裟過ぎやしないか?」
腰に手を宛てて立つガイは、転がる大地を見下ろしながら呆れた声を出した。大地は涙目になりながらガイを見上げて抗議した。
「大袈裟なもんか!もーぉやだ~~~~」
「ガイ」
しくしく泣いている大地を無視してシルバーが馬車から降りながらガイを呼んだ。
「はい」
「まだ随分日は高いが、これ以上は進めないのか?」
「ここから先、今日中に辿り着けるところに開けた場所はありません。馬車を止められるような野営地はここが最後です。大地を連れて夜道を行くのは危険だと思いますよ?」
ガイが答える。
「何だよ、俺のせいかよ~」
大地がうつ伏せに倒れたまま僻んだ声を出す。
「あーそうだよ、お前のせいだ。だが結局暗くなってから泊まる準備をするより、今から用意した方が何かと都合がいいんだよ。そんな訳でシルバー、今日はここで休む事を提案する」
シルバーは軽くため息をつくと言った。
「そうか、わかった。この辺りの事はお前の方が詳しいからな、お前がそう言うならそれに従おう」
男達がそんな話しをしている間に、ココロは野宿に備え荷馬車から毛布を降ろし、キイタは二つ程のカンテラを出していつでも明かりを灯せるように準備していた。心なしか二人共楽し気な様子であった。
「まるでピクニックだな」
二人の姫を見ながらガイが呟く。シルバーも二人を見てつい苦笑を漏らした。
「ほら立て!完全に日が暮れる前に準備をするぞ!」
ガイが大地に声を掛ける。
「何するの?」
「そうだな、とにかく火を起こす為に薪を集める」
「重労働はパス」
地面に寝転んだまま大地が両腕で大きな罰点を作る。そんな大地をガイが蹴り飛ばした。
「ふざけんな、飯抜くぞ!ほら、さっさと立て」
「鬼ぃ~~~~~~~~~!」
泣き声を出しながら大地がしぶしぶ立ち上がる。本当に体のあちこちが痛むらしく、ロボットのようにその動きはぎこちない。
「シルバー」
ヨタヨタと動き出す大地からシルバーへ目を転じたガイが声をかける。
「ん?」
「食料は?」
「携行用のものが三日分はある。節約して食べれば五日はもつだろう」
「そうかい」
シルバーの答えを聞いたガイは、にやりと不敵な笑いを浮かべると言った。
「じゃあ、いざって時の為に節約しましょうや。俺は何か獲ってくるぜ」
言いながらガイが顔の前に上げた左手の指の間でパシパシと小さな稲妻が起きる。
「そ、そうか…頼む」
その電撃に散々な目に合されたシルバーは、やや身を引きながら答えた。
「あ、またそんな所でさぼってお前は!」
ガイは、木の根の近くでしゃがみこむ大地を見て叫んだ。
「無理だよぉ、そもそも立てない、た・て・ま・せ・ん」
「泣き言ばっかり言ってんじゃねぇよ。ここに残ってもし敵が来たらお前一人で姫様二人を守って戦うか?あ?」
「大地は既に一度そんな目に合っているぞ」
シルバーが二人の会話に割り込む。ガイが怪訝な顔をしてシルバーを振り返った。
「守れなかったけどね」
大地がぼそりと言う。
「だがその後、私と二人でンダライの塔へ乗り込みお二人をお助けした」
納得がいかないのか、大地はぷいっとそっぽを向いてしまった。そんな大地に構わずシルバーが続ける。
「言っただろうガイ?大地を侮るな。こう見えてなかなか頼れる戦士なんだ」
「ほーぅ、お前がねぇ?」
ガイが疑わしそうな声を出す。
「どう思うとご勝手に」
そう言うと大地は尻を叩きながら立ち上がった。
「どの道、今の状態じゃあ敵と戦うよりは薪を拾っていた方がましだよ」
そう言って大地は一人森の中に入って行った。
「あまり遠くまで行くなよ!日のある内に戻れ!」
その背中にガイが声をかける。
「わかってま――――――す」
森の中から大地の返事だけが返って来た。
「よし、じゃあ俺も行くか。お二人を頼みます」
シルバーに一礼すると、ガイも大地とは別の道を選び森の中へと姿を消した。
一方、ンダライを後にしたアリオス達一行は日没に追われるように驚異的な速さで国境を越え、山道へと差し掛かっていた。境界警備第二小宮が燃えたあの日、ココロとシルバーが超えたあの道であった。
やがて道は細く、険しくなっていった。左手は深い谷だ、ここで足でも踏み外せば帰国どころの騒ぎではなくなる。アリオス達は焦る気持ちを抑えながら、一列になって慎重に馬を進めていった。
先頭を行くアリオスが馬の歩調を緩め、後ろの仲間を振り向く。
「どうだみんな、間もなく日が暮れる。今日はここまでとするか?」
問われた六人の男達は考え込むような顔をした。馬は完全に止めていた。できる事ならこのまま進んで行きたい。誰もが同じ事を考えていた。
彼らの実力からすれば、暗闇の山道と言う悪条件の中でも無事に走り切る自信はあった。しかし、万が一と言う事もある。
冷静に考えれば、この辺りで夜明けを待つ方が間違いない事も全員がわかっていた。それでも既にアスビティ領内に入った今、一歩でも前に進みたいと言う気持ちを抑える事は難しかった。
「あと少し、せめてお山の頂上までいきましょう」
諦め悪くマルコが前方のアリオスに声を掛ける。
「頂上?」
「そうです、あそこなら開けていて野営に丁度いいし、それに…」
「それに、何だ?」
次の言葉を言い淀むマルコにアリオスが尋ねる。
「それに…、頂上からはベディリィ湖が見えるよ」
マルコがそう言うと、他の仲間達の間からざわざわとしたどよめきが上がる。
「ベディリィ湖か…」
アリオスがにやりと笑う。
「いいだろう、頂上を目指そう。だが危険と判断したら途中でも止まる。それに、無事に到着したとしても既に日はないだろう。今夜は飯抜きになるぞ、それでもいいのか?」
そう尋ねると、仲間達は皆無言で頷いた。一刻も早く家に帰りたい、仲間達のそんな気持ちが伝わってくるのがわかり、アリオスは吹き出しそうになりながらも言った。
「わかった、ではもう少し進むとしよう」
そう言って再び馬を前に進めだした。その背中を見た他の男達は、ほっとしたような笑顔を見合わせ、少年のような顔でアリオスの後を追った。
「あたたたたたたた…」
ココロとキイタの前に投げ出すように薪をばらまいた大地はそのままその場に倒れこんだ。
泣き言を言っていた割には、薪を拾っては届けると言う行動を繰り返し、四度目にしてようやく十分と思える量の薪を集め終わった。大地は息を切らせ地面の上に大の字に寝転んだ。
「もぉう無理!絶対無理!」
「ありがとう大地、もう十分よ」
キイタがそんな大地を労う。
「戻りましたぁ!」
と、そこへ大声を出しながらガイが帰って来た。その両手には大きめの鳥を一羽ずつぶら下げていた。ガイは輪の中にどっかりと座り込むと、勝ち誇ったような顔をした。
「どうです、これでばっちり力がつきますよ!」
誇らしげに掲げる二羽の鳥は、ガイに握られた首を支点にブラブラと揺れた。それを見たキイタが怯えた表情をする。
「とっても嬉しいし、勿論いただくけど、お願いだから捌くのはどっかあっちの方でやってね」
ココロ苦笑いを浮かべながらがキイタを庇うようにして言う。
「え?ああ、なるほど」
なるほど、と言いながらその理由をよく理解できないままガイは立ち上がり、足元に転がる大地を見下ろした。
「おい大地」
「あー?」
大地が気怠そうな顔を上げる。
「お前、火は起こせるか?」
「火?んなもん、余裕だよ、余裕。ね、キイタ」
「え?あ、うん」
キイタがそう言うと、起き上がった大地は目の前の地面に枯葉や小枝を集めだした。
「お願い」
そう言って大地が笑顔でキイタに拝む格好をしてみせると、キイタは大地が集めた枯葉の山に右手をかざした。
「フェルディ、お願い」
ほとんど聞き取れないような声でキイタが呟くと、かざしたその右手が明るい炎を吹き出した。あっという間に小枝がパチパチとはぜり始める。
「おお、こりゃぁ凄い」
立ったまま様子を見ていたガイが驚きの声を上げる。
「だろぉ?」
と、大地が自分の手柄のように笑う。
「凄くなんかないの。こんな事しか、できなくて…」
枯葉が燃えていく音にすら負けそうな小さな声でキイタが言う。立ち上がった小さな炎に照らされた顔は、じっとその揺れる炎を見つめている。
「だから」
言いながら大地はその種火の中に適当な枯れ枝をくべた。
「大丈夫だよ、その内嫌でも能力は強くなるから」
「そうだよキイタ、あんまり気にしないで」
ココロも大地に合わせてキイタを慰める。
「うん」
何となく寂し気な笑顔でキイタが答える。そんなキイタの顔を見ていたガイがふと気配に気づき目を上げると、自分を見つめるシルバーの目線とぶつかった。
シルバーは何か言いたげな表情で自分をじっと見つめていたが、ガイにはシルバーが何を訴えようとしているのかわからなかった。
「さて、そんじゃぁまあ、いっちょ捌いてくっか」
そう言うとガイは、獲物の鳥をぶら下げたまま仲間達の死角となる木の陰まで移動した。
すっかり火の育った焚火を囲んで、ココロと大地、それにキイタの三人は楽し気に談笑していた。山の中は、徐々に宵闇の色を濃くし始めていた。




