死者の苦悩
●登場人物
・ココロ…始原の存在であるゲンムに選ばれた少女。ANTIQUE一行のリーダーである。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた能力者。
吊り橋の山賊
・ガイ…山賊の頭目。雷のANTIQUEに選ばれた能力者。がさつで不器用ながら心の優しい男。
・アリオス…冷静沈着にして一味の台所番を担うサブリーダー。
・ハリス…最年少の山賊。
●前回までのあらすじ
ガイ率いる山賊一味の住処へと落ち着いたはココロ、大地、シルバー、キイタはそこで四年前の戦争を生き残ったガイ達八人が、遠いクナスジアを出てこのテリアンドスで山賊となるまでの経緯を聞く事になった。
戦場における戦い、そして帰国を果たせず息を引き取ったハリスの兄、デスターの墓を守る為にテリアンドスに残る事を決めるまでの彼らの壮絶な体験を聞いた四人は言葉を失う。
しかしガイはシルバーへの恨みが消えた今日こそ自分達にとって終戦の日だと言い放ち、四人を迎えた盛大な宴を開催するのだった。
大地達を出迎えた山賊の宴はいつ果てるともなく続いた。いい加減食べ過ぎた大地は、一度部屋を出るとトイレへ向かった。
こんな山小屋風の建物に後付けで作られた割に、トイレはとても綺麗に保たれていた。男所帯とは言え元は軍人、この辺りの規律の厳しさは生きているのかもしれない。
いずれにしても、これならココロやキイタも安心だなぁなどと思いながら、手に着いた水を弾き飛ばしつつ部屋に戻ろうとした大地の前に、布のようなものにくるまれた塊を抱えるアリオスが現れた。
「あれ?アリオス、どうしたの?」
「おお、ダイチか。うん、今な、貯蔵室からこれを持って来たのだ」
明るい声でアリオスが持っていた塊を大地の前に差し出す。
「何これ?」
「去年仕込んでおいた熊の肉だ」
「熊!?」
「おう、捕ってすぐは固くて臭くて食えたものではないがな、こうして塩漬けにして熟成させる事で美味くなるのだ。お前は運がいい、今夜は食べ頃だ。こうなりゃどんな肉にも負けない絶品の味になる」
「今夜、憎きシルバー隊長を倒した祝いに食うつもりだったとか?」
「バ、バカ言うな!偶然だ!第一、今日隊長が現れるなんて一年前に予想できる訳がないだろうが!」
「冗談冗談」
大地が笑いながら手を振る。
「それにしてもアリオスって偉いんじゃないの?何で雑用してんの?」
アリオスは一度開けた肉をまた布で巻きながら答えた。
「俺達は平等だ。隊にいた時のような上下関係はない。便所掃除だって当番制なんだぞ?」
「へぇ!それはいいね!」
大地は純粋にその考えに賛同してうれしそうな声を出した。
「それにな、らしくないと言われるかもしれないが、こう見えて俺の趣味は料理なんだ。これだけは他の奴らに譲る気になれなくてな」
「そうなんだ…」
と、言いかけた大地は、アリオスの背中越しに闇夜の中連れ立って小屋の外へ出て行くシルバーとガイの背中を見た。
「どこへ行くんだろう?」
そう言う大地の目線を追ったアリオスも同じ光景を見た。大地が二人の後ろを追って一、二歩進みかけた所でアリオスが言った。
「そっとしておこうダイチ。二人だけでつもる話もあるのだろう」
その言葉に一度アリオスの顔を見た大地は、もう一度闇に向かって歩み去る二人の背中に目を向けた。するとアリオスが大地をとりなすように再び口を開いた。
「大丈夫、あの二人はもう争ったりはしないさ。元々うちの頭はシルバー隊長を誰よりも尊敬していたのだ。隊長の方も分隊長を信頼していた。だからあの時も、すぐに動けなかった隊長は我らガイ隊に先鋒を任せたのだ」
「へぇ…」
「まあ、だからこそその反動で尊敬する隊長に見捨てられた、裏切られた、と言う想いが強く出たのだろう。それがそのまま根深い恨みに変わってしまった…。思えば切ない話だがな。分隊長自身が言っていた通り、この憎しみの四年間を埋める為にも、ゆっくり語らう必要があの二人にはあるのだろうよ」
大地は二人が去った闇夜を見つめた。二人の戦士の間には、例えANTIQUEの仲間といえども踏み込めない、犯し難い崇高な世界があるのだろう。
「あれ?アリオス…大地も…、何やってんすか?」
そんな声に大地とアリオスが振り向くと、二人の目の前にハリスが立っていた。
「おお、アリオス!それ、熊じゃないっすか!出すんですか?」
「今夜出さずにいつ出すのだ」
「それもそうっすね!」
「で、お前は何をしているのだ?こんな所で」
「あ、そうだ。ダイチ、コスナーからお前の部屋を用意するように言われてさ、ちょうどいいや案内するよ」
「あ、本当に?」
「大丈夫だダイチ」
アリオスが言った。
「ちゃんとお前の分はとっておいてやるよ」
そう言いながらアリオスは既に食堂に向かって歩き始めた。
「お願いね!あ、ごめんハリス。じゃあ教えて」
「おう、ついて来な」
そう言うとハリスは大地の前に立って歩き出した。
その頃、宴を抜け出したシルバーとガイは食堂から離れ、小屋の北側で月を見上げながら佇んでいた。
「しかし…」
暫く黙ったまま月を見ていた二人だったが、シルバーが先に口を開いた。
「こんな事もあるものなのだな。まさかお前が我らの探していたANTIQUEの能力者だったとは…」
するとガイは大きな背中を小屋の壁に寄りかからせたままその場にしゃがみこみ、一つ大きなため息をついた。
「隊長…」
シルバーの背中でガイがポツリとシルバーを呼んだ。
「ん?」
シルバーは優しい笑顔でガイを振り向いた。ガイはしゃがみこんだまま足元を見つめその先を話そうとしない。
「どうした?」
するとガイは更にもう一つため息をつくと、小さな声で話し出した。
「俺、行けない…」
「ん?」
「…俺は姫や隊長と一緒には行けない…」
大地がハリスに案内されたのは奥まった場所にある狭い倉庫のような部屋だった。
換気の為か小さなくり抜き窓が一つ開いていた。そこからは月明りが差しこみ、虫達の声が聞こえてきていた。
小窓の下に四角く固めた藁の塊が一山あり、そこにハリスはシーツのつもりか持っていた大きな布を広げた。
大地は、布をかけられた藁山を掌で押してみる。ゴワゴワとした感触があり、お世辞にも寝心地が良さそうとは思えなかった。
「やれやれ、昨夜はお城のベッド、今夜は藁の蒲団か…」
「贅沢言うな、これでも最上級のおもてなしだぞ。生憎だが反対側のスウィートルームはお姫様方に使っていただく」
「スウィートねぇ」
大地は吹き出しそうになるのを堪えながら言った。
藁の蒲団の上に乗ってみる。ざりざりとした肌触り、時々尻に藁の先が刺さり、ちくりとした。
「これも旅の醍醐味だね。俺は硬めの蒲団が好きだし、十分だよ」
大地が言うとハリスはくすりと小さく笑った。その時大地は風に乗って聞こえてくる人の声を耳にした。
「よし行こうぜ大地、寝るにはまだ早い」
ハリスが大地にそう笑いかけると、大地もハリスの顔を見て言った。
「そうだね。でも…ちょっと休憩。もう少し腹が落ち着いたら行くよ。先に行っていて。あ、絶対行くからね、熊肉とっといてよ」
「そうか、わかった。そうだな、できるだけ努力はするよ。だがパッキオあたりが食い始めたら俺にだって止められないかもしれないぜ?なるべく早く来た方がいい」
「わかったよ」
「じゃあな」
そう言うとハリスは部屋から出て行った。ご機嫌のハリスが口ずさむ鼻歌が遠ざかっていくと、大地の顔から笑みが消えた。大地は窓に耳を寄せ、表から聞こえてくる会話に注意を集中した。
「行けない?」
ガイの意外な言葉にシルバーは驚きの声を上げた。ガイは相変わらず顔を上げないまま話し始めた。
「俺がウナジュウと出会ったのは三年前だ。その間に話はほとんど聞いた。ちゃんと理解できたかどうかそれは正直わからない。けど、とにかく世界がやばいって事、魔族って連中をぶっ潰す必要がある事、そしてその役に俺が選ばれた事はわかった」
そう言うとガイはようやく顔を上げた。しかしその目はシルバーを見る事はなく、遥か頭上の明るい月に向けられていた。
「俺はウナジュウから力を鍛える必要があると言われて必死に訓練をしました。お陰でまあ、何とか雷の力をある程度 操れるようになった」
「そうだな、見事な戦い振りだった。ここだけの話、キイタ様など火のANTIQUEと出会って既に七年になるにも関わらずまだ全くと言っていい程戦い方をご存知ではない。それに比べ、わずか三年であれだけ能力を使いこなせたお前は、やはり根っからの戦士なのだろう。正直、ココロ様とキイタ様、それに戦いの経験のない大地を連れ途方に暮れかけていたところだ。お前がこのまま旅の仲間に加わってくれれば、こんなに心強い事はないのだが?」
共に行けないと言うガイの真意はわからなかったが、静かな口調の中にも必死の思いを込めてシルバーはガイを説得した。
ガイはもう一度足元に目を落とし、その後初めてシルバーに目を向けて言った。
「隊長…俺、戦わないといけないのはわかってるんですよ…だけど…ここで俺がいなくなっちまったら、あいつらどうなります?」
ガイの口から出た言葉に、シルバーは狼狽え目を泳がした。秋の虫が奏でる合唱が二人の男を包み込む。ガイはシルバーを見つめたまま黙っていた。シルバーの口から、自分の心配を払拭させる素晴らしい答えが返ってくるのを期待した。しかし、そんな答えなど出る筈がなかった。
そこでガイは、また目線を地面に落とし、少し笑いながら寂し気な声で言った。
「国じゃあ、俺らは死んだ事になっているんでしょ?」
「あの戦争で倒れた隊士は、壮大な国葬をもって英雄として弔われた。遺族には、国庫から十分な見舞金が支払われた」
シルバーは何とか答えた。その答えを聞いたガイは、増々 自嘲するように笑うと俯いたまま言った。長く伸びた金色の髪が垂れ、暗がりの中その表情を読み取る事はできなかった。
「変な気分だなそりゃ。俺らはとっくに死人になっているのか…。しかし、それじゃぁますます国には帰れねえ。俺らがおっ死んだお陰で家族に金まで支払われているとあっちゃぁ、今更どの面下げて帰ればいいんだか…」
ガイは三回目の大きなため息をついてから続けた。
「結局、あいつらはここで山賊を続ける他ない。だけどね隊長…考えてもみてくださいよ。今まで俺達がテリアンドスの国境警備隊や警察隊に何度襲われても、こうして無事でいられたのはそりゃ俺がいたからだ。俺のこの、雷の力があったからだ…そうでしょう?」
それは認めざるを得なかった。
「…俺がいなくなった後、あいつらがまだ山賊 家業を続けたところで、今度はすぐに負ける。その場で犯罪者として殺されるか、生きて捕まったところで結局は死刑。結果はおんなじだ」
二人の男の間に再び長い沈黙が訪れた。虫達の声が高まる程に、静寂以上の静寂が二人を包み込んだ。
「だからね、隊長…、俺、行けないんですよ。例えそのせいで世界が終わっても、結局いつか全員がここで殺される事になったとしても…。それでも、その時俺は、あいつらと一緒にいてやりたいんですよ…」
シルバーは、空を振り仰いだ。説得など、できる筈がなかった。地獄のような戦場で、自分を信頼する部下を置き去りにしたのは誰でもないシルバー自身だ。
自分の命令に従って雄々しく戦い、故郷から遠く離れた異国の地で最期を迎えようとする時、そんな部下達の傍にいてやれなかったのは自分自身だ。
そして、その事に苦しみ、苦しみ続けたのもまた、他ならぬシルバー自身だ。その同じ苦しみを、目の前の男にも背負えとどうしても言う事はできなかった。自らもまた置いて行かれる辛さを知った男に、今度は置いていく側に立てと言う事は、何としてもできなかった。
「そうか」
ガイに背を向けたシルバーは、月を見上げながら思いのほか元気そうな声で答えた。
「お前の気持ちはわかった。だがな、俺はもう隊長ではない。任を解かれたのだ。だから、お前の上官でもなんでもないのだ」
シルバーはそう言うと、もう一度ガイを振り向いた。ガイは、しゃがんだまま伏せた顔を上げようとはしなかった。
「今私は、唯一ココロ様に付き従う一介の非公認隊士だ。今の話、明日もう一度ココロ様に直接言え、な?」
優しい声で諭すように言ったが、ガイはそのまま石にでもなってしまったかのように動かなかった。
「さて、少し酔いが冷めてきたぞ。今夜は山賊の奢りだからな、飲みなおすとするか!」
芝居がかった言い方で体を伸ばしたシルバーは、ガイをその場に残したまま宴の席へと帰って行った。
秋の虫の声が飽きる事なく奏で続ける合唱の中、月明りを浴びながらガイはそれでもまだ同じ姿勢のまま動かなかった。
大地が食堂に戻ると、特に何も変わっていなかった。いや、むしろトイレに立つ前より増々盛り上がりに拍車が掛かっているようにすら感じる。
「おぅ!ダイチ!」
そんな賑やかな喧噪の中、男達の向こうからアリオスが元気な声で呼ぶ。本来物静かな男なのだろうが、今夜はすっかりハイテンションのようだ。
大地は笑顔を浮かべたままアリオスに近づく。
「危なかったな、ダイチ!ほら、お前の分だ、俺が命がけで死守したんだぞ!」
上機嫌のアリオスは大地の肩を掴み、自分の方に引き寄せながらそう言うと、肉片の乗った大皿を大地の目の前に突き出した。
「さぁ!食ってみろ!」
言われるままに大地は差し出された熊の肉を口に運んだ。初めて見た時は黒い塊にしか見えなかった熊肉はローストビーフのように薄切りにされ、その断面は見事に美しいピンク色をしていた。
それでありながら、ローストビーフよりもずっとパンチの効いた、しっかりとした味の肉であった。
熊だからなのか、熟成肉だからなのか、くせのある舌触りは好みが分かれるかもしれないが大地は嫌いではなかった。
熊肉を頬張った大地は、大袈裟に驚いたような顔をアリオスに向けた。
「旨いだろう!」
そう言うアリオスに大地は親指を立てて絶賛の意を表した。
「そうだろう?最高だろう?ほら、この残りは全部お前のだ、全部食っていいんだぞ」
大地は肉を咀嚼しながら、差し出された残り僅かな大皿を両手で捧げ持ち、頭を下げて押し頂いた。
アリオスが爆笑し、嬉しそうに持っていた杯を一気に干す。その時大地は、部屋の入口からシルバーが一人で部屋の中に入ってくるのを見た。
「ぶは―――――っ!」
派手に息継ぎをしたアリオスが更に大地に話しかけようとした時、別の場所からアリオスを呼ぶ声がし、彼はそちらへ行ってしまった。
大地は、そっと部屋の中を見回す。シルバーは初めにいた場所に戻り、一人静かに杯を傾けている。
キイタは、二人の山賊に左右から過剰な接待を受け、引きつった笑いを浮かべていた。
そんな中、壁際で一人酒を啜るココロを見つけた。真っ赤に染まった顔で目は半分閉じかけている。大地は、目立たないように気を付けながらも足早にココロに近づいた。
「ココロ」
そう呼びかけるとココロはトロンとした目を大地に向け、嬉しそうな声を上げた。
「わぁ、大地ぃ。楽しいねぇ?」
「そうだね」
大地はにっこり笑ってそう返してから続けて言った。
「ちょっと出ようか?」
「えー?なぁに?」
「いいから、ちょっと」
「なぁに、なぁにぃ?」
すっかり酔っぱらったココロはそう言いながらも、大地に手を引かれ部屋を出て行った。
キイタはうんざりするのを通り越して、泣きそうな気持ちになっていた。元々人見知りである上に城の中で極めつけに上品な生活をしていたキイタに、この現状は刺激が強すぎた。
ンダライ王国は公国であるアスビティに比べ、王宮の中はそれ以上に厳格であった。今目の前にいるような荒くれ者などに触れるのは初めての経験だった。
根本的に根が明るく、庶民との隔たりが薄いココロのように順応する事ができずにいた。
そんなキイタは、大地とココロが手をつないだままそっと部屋から抜け出すのを見ると、居ても立ってもいられず立ち上がった。
「ちょっと、失礼…」
ほとんど聞こえない程の声でそう言うと、キイタは二人の後を追って食堂を出た。
「ねぇねぇ、大地ぃ、ろこ行くのぉ?」
若干呂律が怪しくなっているココロが大地に尋ねる。大地はココロを、薄暗い台所に連れて来た。
ココロの手を放すと、キョロキョロと部屋の中を見回す。大地に手を離されたココロはその場でぺったりと床に座り込んでしまった。
部屋の片隅にある大きな瓶を見つけた大地はその傍に駆け寄ると、瓶の蓋を開けた。中になみなみと入っている液体を柄杓ですくい、匂いを嗅ぐ。どうやらただの水であるらしい事を確認した大地は、もう一度部屋の中を見回した。
手近にあったコップを手に取り、中身が空である事を確かめると、柄杓で瓶の水をコップに満たした。
水の入ったコップ二つを両手に持った大地は、急ぎ足でココロのもとに戻ると自分も床に膝をつき、水の入ったコップをココロの目の前に差し出した。
「はい」
「なぁに?」
「飲んで」
「これ、なぁに?」
「水だよ」
するとココロは仰け反るように顔を背け、大きな声を出した。
「お水いらな―――い」
「いいから!」
更に大地がコップを差し出す。しかし、ココロは決して受け取ろうとしなかった。
そんな二人の様子を、台所の入口から、キイタがそっと見ていた。
「ねえ」
ため息をついた大地が水を飲ませる事を諦めたように手をおろし言った。
「アスビティ公国の特別行動騎馬隊々士はばか者の集まりかい?」
「む!」
大地が言うと、ココロは怒ったような表情を作り、大地を指さしながらよく回らない舌で抗議した。
「我がアスビティ公国、栄光の特別行動騎馬隊をバカにする気かねチミは?」
すると大地はすぐに言い返した。
「だってそうとしか思えない。絶対に人に聞かれたくない内緒話を、人の部屋の窓下でするなんて、バカと言う他何と呼ぶ?全部 丸聞こえなんだよ」
「何よ、バカバカって!アスビティ人はバカじゃないわよ!人をバカって言う人がバカなんだからね!」
ココロは、地球の小学生的理論で言い返してくる。
「ココロ、君の国の人が苦しんでいるよ。姫の力で何とかできない?いや、できるでしょ?いや、いや、何とかしろ」
「何とかしろ~?何よ偉そうに。私は姫じゃなーいーのー」
話を茶化すように顎を突き出して言うココロの顔を無表情に見つめていた大地は、突然手に持ったコップの水をココロの頭からかけた。
「きゃっ!」
そう声を上げたのは、入口から中の様子を窺っていたキイタだった。
「大地何やっているの!」
「何するのよ!!」
台所に入りながら叫ぶキイタの声と、水をかけられた事実に気が付いたココロの叫びが同時に響く。
しかし大地は、全く表情を変えないまま、もう一方の手に持つコップの水も一滴残らずココロにかけた。
ココロの顔色が一気に青ざめ、わなわなと唇を震わせている。
「目が覚めた?」
まったく感情のこもらない声で大地が言う。キイタが台所の隅に積まれた布の中から比較的綺麗なものを二~三枚手にしてココロのもとに駆け寄ると、ココロの頭や濡れた肩を拭き始めた。
「ひどい…無礼にも程があるわ…」
一度に酔いが覚めたようにココロが震える声で言う。それを聞いた大地が鼻で笑う。
「へっ、無礼だって?そっちこそ随分と偉そうだな。苦しんでいる国民一人救えないくせにお姫様気取りかよ」
「私がいつ…」
「明日!」
ココロの反論を皆まで言わさず大地がきっぱりと言い放った。
「あ、明日?」
キイタが、訳が分からないと言ったように繰り返す。大地は、自分を睨みつけるココロから目を離さずに続けて言った。
「明日、ガイは君に言うよ。俺達と一緒には行けないってね!」
キイタが手を止め、大地の顔を見る。ココロも眉間に皺を寄せ、怒りの表情のまま、しかし何も言わなかった。
「何でかわかる?わかんないよね?教えてやるよ。いいかい?ガイはね、ここに残していく事になる部下が心配で心配でしょうがないんだよ!四年前、自分が戦場で置き去りにされた時みたいに今度は自分が部下達を置いていく事が耐えられないんだよ!」
大地は挑みかかるようにココロを睨みつけながら言う。キイタは、体を震わせるココロの肩を抱き、自分に引き寄せた。決して寒いのではない、怒りと屈辱の為にココロは体を震わせているのだ。
ココロの体を抱き止めておかなければ、今にも大地に掴みかかるのではないかと心配し、キイタは力いっぱいココロを抱きしめていた。
「山賊達はみんな国葬で葬式挙げられて、もうとっくに死んだ事になっている。その為に遺族はアスビティ公国からお金を受け取っている。その後、実は生きていましたって自分達が帰ったら色々な人に迷惑が掛かる。そう考えた山賊達は決して国に帰ろうとはしない筈だ」
「ぐ…」
食いしばったココロの口から、苦しそうな呻き声が零れる。
「結局ここで名もない山賊で居続けるしかない部下達を置いて、俺達と一緒には来られないって、明日ガイは君に言うんだよ!」
突然ココロは立ち上がった。息を吸い込む、大地もすぐさま立ち上がり目を合わせる。その間でキイタがオロオロと二人の顔を交互に見上げる。
「何か言えるもんなら言ってみろ!言ってみろよ、え?ココロ!酒かっ食らって、笑って、シルバーとの間の誤解が解けて、それで本当に彼らの戦争が終わるとでも思っているの?甘いんだよ!腕吹っ飛ばされて、こんな森の中に自分達の手で仲間の墓を掘って、故郷に帰る事もできなくて、笑いながら、歌いながら、君の国が生み出した国境の山賊は、みんな苦しみ抜いて泣いているんだよココロ」
「うぅ…ううううう…」
ココロは呻き声を上げながら増々激しく体を震わせ始めた。水をかけられた事ではない、罵倒された事でもない。最大の屈辱は、自分が気づけなかった国民の苦しみを全く部外者の大地に指摘され諭される事であった。
ココロは、一度 威厳を保とうとするように胸を張り、大きく顎を上げて大地を睨みつけると、鼻息も荒く彼に背を向けた。
「大地、絶対に許さないから」
「へぇ、許さない?じゃあどうするの?」
「あなたなんかに言われなくったって、アスビティの国民は私が守って見せるわ」
「どうやって?」
「そんな事、大地に言う必要はないんだから!」
そう言うとココロはキッとばかりに再び大地を睨みつけると言った。
「いいこと大地?明日、私があの山賊を一度に全員救った上で見事ガイを仲間にする事ができたなら、その時は…」
「その時は?」
小ばかにしたように大地が繰り返す。できる訳がない、と言った態度だ。その顔を見たココロは更に怒りを高ぶらせながら言い放った。
「今の無礼を謝ってもらうわよ!」
「いいでしょう。本当にそんな事ができるならねぇ」
「ココロ…」
慌てて立ち上がったキイタが宥めようとココロの名を呼んだが、ココロはそれを無視するように逆にキイタの名を口にした。
「キイタ!」
「な、何?」
ココロは二人に背を向けると、そのまま後ろに立つキイタに向かって言った。
「悪いんだけどシルバーを見かけたら伝えて、寝る前に必ず私の部屋に来るようにって。いい?必ずよ」
「う、うん、わかった…」
キイタがそう言うのを聞くとココロは、わざとらしく肩をそびやかしながら、足音も高らかに台所から出て行った。
ココロの姿が見えなくなるまで見送った大地は、大きなため息をつきながらすぐ横にある調理台に手をかけてそのまましゃがみ込んでしまった。
「まじ、怖かった~~~」
緊張の糸が切れた大地はそんな本音を漏らした。キイタは大地の前にしゃがみ込むと言った。
「ガイとシルバーの話、聞いちゃったんだ?」
「だって、言ったろ?あいつら俺の部屋の真ん前で話してたんだもん。嫌でも聞こえちゃうよ。勿論俺がいるなんて、思わなかったんだろうけど」
「それでココロを怒らせて、ガイ達を助けさせようとしたんだね?」
「いや、初めはそんなつもりじゃなかったんだ。ちゃんとココロに説明して何か手はないか相談しようと思ったんだ。だけどココロ酔っぱらっちゃって話にならないもんだから、つい…」
「つい?違うでしょ?途中から作戦を変えたんでしょ?」
そう言われた大地は、キイタの顔を見ると笑って言った。
「敵わないな、キイタには」
「大地は、かっこいいね」
キイタが、大地の目を覗き込みながらにっこり笑って言う。
「そうだろう?」
言われた大地は、照れもせずにそう言うと、キイタに向かって親指を立てて見せた。
「あー…そうだろうって、言っちゃうんだ?」
キイタは、苦笑いをしながら、呆た声を出した。
同日深夜―――。果てしなく続くと思われた山賊の宴は明確な終了宣言もないまま、参加者全員が気を失うように眠りに落ちる事で終わった。
宴会の行われた食堂には、ガイを始めとする八人の山賊達と、なぜか大地が死んだように眠りこんでいた。
虫の音意外に何の物音もしない静かな夜の中で、ココロにあてがわれた部屋と、大地の為に用意された部屋には未だ明かりが漏れ見えていた。
ココロの部屋では乏しい蝋燭の明かりの中で、ココロが何やら手紙のようなものを書いていた。その傍らにはシルバーが立ち、時折ココロの質問に答える形でその作業を手伝っている。
一方、大地が寝る筈だった部屋の中でもペンの走る音が響いていた。そこでは、同じく蝋燭の明かりを頼りにキイタが一人で書状を認めていた。
それぞれの部屋で二人の姫は、眠い目をこすりながら今、自分達にできる事を必死に遂行していた。




