憎しみの理由
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国令嬢にしてANTIQUEのリーダー「はじまりの存在」のバディに選ばれた少女。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球人。高校二年生。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれたアスビティ公国の隊士。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれたンダライ王国第二王女。
吊り橋の山賊
・ンダライ王国とテリアンドス共和国国境付近で山賊をはたらく八人の男達。
●前回までのあらすじ
国境付近の吊り橋に巣食う山賊達の狙いはシルバーだった。身に覚えのないシルバーは戸惑うが、ココロ、大地、キイタの三人を人質に取られ、不承不承山賊の頭と呼ばれる金髪の男との一騎打ちに応じる。
国境である深い谷に掛けられた巨大な吊り橋の上で山賊の頭とシルバーの戦いが始まった。相手の体格に似合わぬ素早い動き、そしていくつもの武器を自在に操る戦術に、軍人の動きを感じたシルバーは果敢に剣を振るうが、相手の金属でできた不気味な左腕から繰り出される思いも寄らない攻撃には徐々に追い込まれていく。果たして相手の真意、そしてシルバーへ向けられた憎しみの理由とは?
橋の袂で山賊と名乗る男達がココロの前にひれ伏している隙に、金髪の男はケーブルを伝い橋の中央に倒れるシルバーを見下ろす高い位置まで登ってきていた。
「大体さ」
人々を困らせていた山賊の正体が自国の人間であると言う驚愕の事実に体を震わせながら山賊を睨みつけるココロと、しょんぼり項垂れる屈強の男達に背を向け、戦いの行方を見続けながら大地が言う。
「ここに来るまでに聞いた噂でわかってたんだよね。あんた達が凶悪な山賊じゃないって」
「え?」
キイタが不思議そうに大地を見る。
「狙うのは貴族や有力者だけ。孫に会いに行くおばあちゃんは何度もここを通っているのに山賊を見た事すらないって言うし。まだ死人が出た事がないって言うし、負けた警察隊や軍隊も、這う這うの体で“逃げ出した”って聞いた。つまり、あんた達、誰も殺してないって事でしょ?」
そう言うと大地は山賊達の方を振り向いた。すると中でも一番若く見える山賊が言った。
「あ、当たり前だよ、俺ら絶対に人殺しなんかしやしない!」
すると他の山賊達も言い出した。
「狙うのだって偉そうな金持ちだけだ。絶対にお金のない奴や弱い奴は襲わない」
「それに、奪った金だって自分達が食う分以外は、みんなこの辺の家にやっちまえって頭が言うからそうしてたんだ!」
「ふんふん」
大地は山賊達の言い分をいちいち大袈裟に頷きながら聞いていた。なるほど、それで商売あがったりの筈のあの料理屋も変わらず商売を続けていられた訳だ。義賊、ってやつだ。すごいな、今度は鼠小僧が出てきた…。
「おい、お前らいい加減に…」
嘆かわしそうに頭を抱えていた茶髪の男がさすがに止めに入ろうとしたが、それを無視するように大地が言った。
「やっぱり悪い人達じゃなかったね。って言うか、どっちかって言うといい人達じゃん」
「だろぉ!?」
「いやいやいや」
ココロとキイタが同時に大地に突っ込む。
「大地、それは違うんじゃない?」
とココロが窘める。
「あ、そうね。いい人ではないか」
橋の袂の連中がそんな話に夢中になっている頃、橋の上に登った金髪の男はそこで左腕を高々と天に突き上げた。
その途端、あれ程いい天気だった空に突然大きな雲が現れ、不吉な雷鳴が轟き始めた。
ようやく気を取り戻したシルバーは、ゆっくりと仰向けに転がる。その目に黒い雲を背にした金髪の男が映る。
高々と左腕を上げる男。シルバーはその姿に見覚えがあった。いつか自分が、誰よりも頼りにした一人の男の名前が頭に蘇った。
「俺達の恨みを受けて、死ね、シルバー…」
倒れたシルバーを見下ろした男はそう呟いた。次の瞬間、空に湧いた雲から一閃煌めいた稲妻が男の突き上げた左手に落ちた。それと同時に男は稲妻を受けた左腕をシルバーに向けて振り下ろした。
一度男の左腕に宿った稲妻は、まるでその男の腕から放たれるように寸分違わずシルバーに向けて走った。
驚いたシルバーは、必死に体を転がしてこれを躱した。吊り橋に当たった稲妻は弾け、当たった部分は黒く煤けて小さな煙を立てた。
「我々は、元アスビティ公国特別行動騎馬隊の隊士でした」
諦めたように茶髪の男が話し出した。それを聞いたココロは驚いた。
「四年前、我々はシルバー隊長の元、クナスジアの介入した戦争に参加しました」
シルバーが今でも心の傷としているあの戦いだ。その時たった一人生き残った事に今なお苦しみ続けるシルバーの話を大地は思い出した。
「大隊の仲間が敵に襲われた時、シルバー隊長の命令を受けた我らの分隊は、誰よりも早く戦場に駆け付けました」
茶髪の男の告白が始まり、ココロと大地、それにキイタもその話に聞き入った。
「頭はその時、我ら分隊の分隊長を務めていたのです。私達は戦った、先頭に立ち…。しかし、敵は強かった。仲間達は次々に倒され、お頭はその時、左腕を失いました」
橋の上では、次々と落とされる稲妻の攻撃を、シルバーが必死になって躱し続けていた。
「戦いが終わった時、辛うじて生き残った我々は見た。体中に矢を射こまれながらも何ら劣る事なく戦い、立ち続けるシルバー隊長の姿を。隊長は、我々の名を呼びながら戦場をさ迷っていた…」
一度に三本も四本も落とされる稲妻に追い詰められたシルバーは、遂にその一撃を食らった。
苦し気に叫びながら手に持つ剣を取り落とした。足が言う事をきかない。そんなシルバーを見た金髪の男は下まで降りると、左手の五指の先から細い稲妻を発生させ、それを這いずるシルバーに向かって放った。
放たれた五本の電流が、縄のようにシルバーの体を捕らえ電気を流す。男は、叫び声をあげ、のたうつシルバーに歩み寄りながら段々と電力を上げていく。
「私達は、声を出せる状態ではなかった。一人無傷で歩き回る隊長に必死に手を伸ばした…。しかし、隊長は去った。我らを置き去りにして国へと帰って行った…。その隊長の姿を見た我々は思った、見捨てられた、と…」
「ばかっ!!」
話を聞いていたココロが突然叫んだ。
「あなた達、何てばかなの!」
「確かに!」
大地も強く賛同した。そしてすぐにココロの顔を見て言った。
「ねえココロ」
「え?」
「俺達がここに来た目的、忘れていない?」
「目的?………あっ!」
ココロが叫ぶ。
「そう、五人目の仲間を見つける為だよね?あのお頭さんの能力、どう見たって雷の能力だと思わない?」
「じゃ、じゃあ…」
キイタがただでさえ大きな目を、更に広げて言った。
「彼が…」
ココロもそう言ったが、あとの言葉が続かなかった。
「間違いないと思うよ?」
「仲間?」
茶髪の山賊が訳が分からない、と言う風に尋ねた。
「あまり詳しくは言えないのだけど」
ココロが答える。
「私達は仲間を探して旅をしている。私達四人は、その旅の中で出会った仲間同士。そして五人目の仲間に、ここにいるから来てほしいと言われてやってきたの」
「そう言えば…」
茶髪の男が顎に手を当て、記憶を探るように呟いた。
「お頭は姫達を呼び寄せる方法を知っているとか言っていたような…」
「あ、俺もそれ聞いた聞いた」
「俺も」
「俺も」
他の山賊達も口々に言い出した。いつの間にか彼等は完全に戦いから目を逸らし、円陣を組むように寄り集まって話し込んでいた。
「どうやら間違いないようだね。彼が五人目の能力者だ」
大地が親指で背後を指しながら結論を下した。
「おい!てめぇら!!」
背後で展開する命がけの戦いをそっちのけで話し続ける大地達に、金髪の男が怒鳴った。
「うるせえなさっきからごちゃごちゃと!見てねぇのかよ!」
「あれ?見てて欲しかった?」
大地が振り向き様に言う。そうストレートに聞かれると、「うん、見てて欲しかった」とは言いづらい五人目の能力者は、急に歯切れ悪く否定した。
「いや、別に見てて欲しいとか、そう言う訳じゃ…」
次の瞬間、彼の足元に倒れていたシルバーが勢いよく立ち上がった。
「隙あり!」
そう叫ぶシルバーの声に振り向いた男の顔面に、シルバーの、文字通り鉄拳がさく裂した。
ぐらりと体を揺らした相手のわき腹に追い打ちをかけるようにシルバーの二発目が決まった。
「ぐふっ!」
大量の唾液と共に男の口から苦し気な声が飛び出し、そのまま崩れるように足をついた。
それを見た山賊達が再びどよめいた。
「お、お頭が!」
「お頭が膝をついた!」
「そりゃぁ鋼鉄の拳骨をまともに食らえば、そうなるわなぁ」
大地が冷静な声を出す。シルバーはしゃがみ込んだ男の顎を、やはり鋼鉄の爪先で力いっぱい蹴り上げた。
男はそのまま地面に仰向けにひっくり返ったが、蹴ったシルバーも勢い余って同じように仰向けに倒れた。
男は何とか立ち上がろうともがいたが、体にまったく力が入らなかった。
シルバーは思うように動かない体を無理やり起こすと、その体を引きずるように男に近づいた。這いつくばるようにして仰向けに倒れた男の体に馬乗りなると震える右腕を頭上に掲げた。
天に向かって伸ばされたシルバーの右腕が鋭い音と共に輝く剣に変わる。これを見て度肝を抜かれた山賊達は声も出せなかった。
シルバーは絶叫をあげ、男の顔面めがけて剣を振り下ろした。激しい衝撃音と共に、剣となったシルバーの腕は男の顔わずか数cm横に突き刺さった。地面は割れ、男の金髪が一掴み切り取られた。
激しく息を乱し、下にいる男の顔を睨みつけながらシルバーが言った。
「勝負、あった!」
言われた男は鼻と口から夥しい血を流しながらにやりと笑うと、黒く光る金属の左手で顔の横に突き立つシルバーの右腕を掴んだ。
「そいつは、どうかな?今俺が電流を流せば、鉄の体を持つお前は確実に感電死だ」
「や、やってみろ…その瞬間、私はお前の喉を掻き切ってやる…。お前にもわかる筈だ、後ろにいる私の仲間は皆お前と同じ、ANTIQUEの能力者だ…お前と私が死んだ後、私の仲間がお前の部下を、全員倒すだろう…」
どうやら戦いの中で、シルバーもこの相手がANTIQUEの能力者である事を察していたらしい。
男の口元は変わらず笑っているが、その目は迷いの為に揺れた。シルバーの命と引き換えに、自分の命ばかりか仲間の命まで失われてしまう可能性に激しく動揺しているようであった。
その時、突然ココロが橋の上で折り重なる二人の男に駆け寄って行った。
「あ、ココロ!」
大地が慌てて走り行くココロの背に手を伸ばす。二人の傍に駆け寄ったココロは、男の上に乗るシルバーの体をいきなり突き飛ばした。
「えぇ――――――っ⁉」
大地もキイタも、山賊達もココロの予想外の行動に驚きの声を上げた。
自分の体を支える力すらほとんどなくしていたシルバーは、ココロの一突きで簡単に男の体の上から転がり落ちた。
シルバーを突き飛ばしたココロは、そこに倒れる金髪の男の胸倉を掴むと一気に引き起こした。男の上体を無理やり起こしたココロは躊躇なくその左頬に強烈な平手内を食らわせた。
「きゃっ!ココロ!」
ココロのあまりにも無謀な行動に、キイタが声を上げる。
「ばか!」
男をひっぱたいたココロは、ついさっき他の山賊に投げつけたのと同じ言葉を男に向かって叩きつけた。
怒鳴られた男はぽかんとした顔でココロを見つめ返す。そんな男の右頬に、更にココロの平手が飛ぶ。
「ばか!ばか!ばかぁ!」
言いながらココロは何度も何度も男の頬を張った。
「な…」
何発も平手打ちを食らった男は何か言いかけて、はっとしたようにその言葉を飲み込んだ。
目の前で自分を罵倒し、殴り続けるココロの目に溢れる涙を見た為だった。
「痛い?でもねぇ、シルバーはもっと痛い思いをし続けてきたのよ?あの四年前の戦争の後、シルバーが何をしたか、どうなったか、知っているの!?」
ココロは怒鳴った。泣きながら怒鳴った。
「シルバーはね、ず――――っと何年もあなた達の行方を捜して、一人でも生き残った者はいないかと、その後もずぅっと捜し続けて、何度かまた戦場まで行って、一人生き残った事の咎を受けて特別行動騎馬隊から第二境界警備小宮に左遷させられて、それでもまだ生き残りの捜索を私の父に事あるごとに請願し続けて…。あなた達を見捨てたですって?シルバーはずっと、ずっとあなた達を捜し続けてきたのよ!ずっとよ!」
ココロの言葉に驚いた顔を見せた男は、地に尻をつき、ケーブルによりかかったままのシルバーの顔を見た。
背後の山賊達も言葉もなく、呆然とした顔で同じくシルバーを見た。ふっと、小さく笑顔を見せたシルバーは、震える手を伸ばすと男を指さしこう言った。
「お前…ガイだろ?」




