吊り橋の戦い
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーであるはじまりの存在に選ばれた十四歳の少女。アスビティ公国の令嬢。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた十七歳の地球人。現在高校二年生。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた二十八歳の公軍隊士。現在はその公軍から追われる身。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた十三歳の少女。ンダライ王国の第二王女。
●前回までのあらすじ
五人目の能力者と出会う為テリアンドス共和国を目指すココロ、大地、シルバー、キイタの四人は、途中で立ち寄った食堂の女主人からテリアンドス国境付近に出没する山賊の話しを聞かされる。ここ数年人々を脅かすその山賊は、テリアンドスの軍隊でも退治する事ができない程の強さであると聞いた一行は、この山賊騒ぎもまた宿敵アテイルの仕業なのではないかと疑いを持つ。
一方、テリアンドスの森に巣食う八人の山賊は、ンダライ城を出発したココロ達を監視し続けていた。ココロ達をおびき寄せる事ができる、と謎の言葉を吐いていた山賊の頭である金髪の男は、ココロ達がテリアンドスに向かう報告を受け迎撃の準備を始める。どうやらANTIQUE一行の中に、山賊達が付け狙う人間がいるようであるが?
テリアンドス共和国が近づくにつれ、確実に景色が変わってきた事に大地は気が付いていた。背の高い草木は姿を消し、シルバーの言葉を借りれば正に「荒涼とした」と言う表現がぴったりとくるような広大な土地が広がりつつあった。
そして、先程から一行の眼前には、地面に走る一本の黒い線が見えていた。全長三十kmに渡るプレアーガ最大の天然亀裂、クラァク・オブ・プレアーガである。
「見えました」
馬車の手綱を取っていたシルバーが大きな声を出しながら前方を指さす。その方向を見ると、遥か先に小さく橋が見えてきた。世界有数の大きさを誇る、ンダライ王国とテリアンドス共和国をつなぐ”国境の吊り橋”であった。
しかし見えてはいるもののなかなか近づいてこないその橋は、つまり相当に巨大なものである事がわかった。
ようやく橋の袂に近づいた一行は皆言葉を失った。その吊り橋を初めて見る大地は勿論、その存在を知っていたプレアーガ人の三人ですら改めてその巨大さに驚いていた。
橋は底の見えぬクラァク・オブ・プレアーガの上で強風に煽られて尚、少しも揺れる様子も見せずに渡されていた。
吊り橋、と聞いて何となく頼りない、粗末なものを想像していた大地は尚更そのしっかりとした、造りの頑丈そうな橋に圧倒された。
頭上十m以上の場所にはケーブルが渡され、それを支える塔も高々と太く聳えていた。その桁幅は、馬は勿論、シルバーの操る荷馬車程度ならば十分にすれ違える程の広さがあった。
「改めて、すごいものを造ったものだ…」
シルバーが半ば呆れたような声を出した。まったくだ、と大地も思う。どう考えても地球に比べて三百年から四百年は遅れていると思われるプレアーガにおいて、この吊り橋は大地の生きる世界にあってもまったくおかしくないだろう。
「これって…何でできてるの?」
大地も口をぽかんと開け、呆けたような顔で呟いた。
「鋼なの」
答えたのはキイタだった。
「テリアンドスは鉄鋼業が盛んな国なんだけどね、鋼を細い糸状にする技術を開発したの。そこでンダライが協力して、最も強度の高い編み込みの技術指導をして、この橋を支えるケーブルが生まれたの。このケーブルを世界で初めて実用したのがこの橋なんだけど、未だにここ以外では使われていないわ」
「へ―――」
ココロと大地はまだ口を開けたまま、高い塔を見上げ、キイタの観光ガイドのような説明を聞いていた。
「ん?あいつは?」
そう呟くシルバーの声に、ようやく二人は前方に目を向けた。見ると、テリアンドス側から一人の男がこちらに向かって橋を徒歩で渡ってくるのが見えた。
風になびく長い髪は、午後の日差しを受けて輝く、見事なブロンドであった。まだ遠くに見えるその姿は、ここからでもわかる程大きい。奇妙な事に、男の左腕は金属のような鈍い光を放っていた。
ブロンドの男は橋の途中、大地達の百m程手前で立ち止まるとそこで腕組みをしたまま動かなくなった。
次の瞬間、どこに隠れていたものか背後から甲高い声と、大きな蹄の音を響かせながら馬に跨った数人の男達が、一行めがけて走り寄ってきた。
「山賊のお出ましか、大地!」
言うとシルバーは、自分で選びに選び抜いてガスから譲り受けた新品の剣を手に取り、御者台から地面へと飛び降りた。
この山賊のせいだろう、周りにはまったく人の気配がしなかった。
「大地!」
シルバーがもう一度叫ぶ。すぐ目の前まで山賊が迫ってきていると言うのに、大地の体は一向に光を放たない。戦う準備をしていない証拠だ。
やがて、ココロ、シルバー、大地、キイタの四人を取り囲むように七騎の馬が半円を描いて止まった。
馬上の男達はどれも顔の下半分を布で隠していたが、その全員が逞しい体をしており、如何にも山賊と言った風合いであった。
彼らに取り囲まれ、不安そうな顔のココロとキイタの側で、大地は冷めたような顔のまま、まったく戦う気配を見せず馬上の男達を見つめていた。
その時だった、一人橋の上に立つ金髪の男が荒野に響き渡る大音声で叫んだ。
「シルバァ――――――――――!!」
「あん?」
自分の名前を呼ばれたシルバーは背後の七人の男達から再び橋の上の男に目を移した。
「シルバー知り合い?」
大地が聞く。
「いや…覚えはないが…」
シルバーは戸惑ったように言うと、前方の男に向け問いかけた。
「貴様は誰だ!なぜ私の名を知っている!」
「俺を忘れたか!」
金髪の男が怒鳴り返す。
「思い出したければここへ来て俺と戦え!貴様の体で、嫌と言う程思い出させてやる!」
「何を言っているのだ?あいつは」
「シルバー」
突然、背後の一団から一人の男がシルバーに声をかけた。
「我らは吊り橋の山賊だ。あそこにいるのは我らの頭。どうだ?アスビティ公国特別行動騎馬隊々長として、山賊退治をしてみないか?」
その言葉を聞いて、シルバーとココロは驚いた。
「貴様、一体…」
「その間、お仲間のお命はお預かりする。仲間を救いたければ一人で行け。我らが頭と戦え」
「聞かせろ、貴様らは一体何者だ!なぜ私を知っている!」
言いながらシルバーは大地の顔を見る。なぜか大地は涼しい顔で我関せず、と言った態度を崩さない。
馬上の山賊はシルバーの問いに答える事もなく、黙って剣を抜き取ると、大地達に向けた。そのまま顎を前方に突き出す。行け、と言う事らしい。
シルバーは相手のペースに乗らざるを得ない悔しさに歯ぎしりをしながらも、橋を振り返ると、一歩を踏み出した。橋を渡りながら、手に持った剣を腰のベルトに差す。
シルバーが歩み寄って来る間も、金髪の男は腕組みをしたまま動かない。長く放ったままの前髪に隠され、顔はよく見えなかったが、その口元はにやつくような笑いを浮かべていた。
それを見た途端、シルバーの中に言いようのない怒りが、ふつふつと湧いてきた。なぜ自分がこんな事をしなくてはならないのかがわからないその苛立ちが、シルバーの足を速めた。
男の姿が十m程に近づいた時、シルバーは雄叫びを上げながら腰の剣を高々と抜き放つと、ほとんど走る程のスピードで目の前の男に向かって行った。
金髪の男は、見れば見る程男のシルバーですら惚れ惚れする位の肉体美であった。その為、間違いなく豪快な力技をもって立ち向かってくると、とシルバーは読んでいた。
シルバーの剣が眼前に迫った時、にやついたままの相手は初めて驚異的なスピードで腰に差した剣を抜き放った。シルバーは衝撃に備えた。しかし、シルバーの読みに反し、金髪の男は振り下ろされるシルバーの剣の力を利用して、巧みに自分の剣を回すと体を躱した。
たたらを踏むシルバーの胸に、男の左ひじがカウンターでぶち当たった。想像を絶する威力にシルバーが仰け反る。辛うじて体を支えたものの、目まいを覚える程の衝撃であった。
「光った…」
橋の手前から二人の男の戦いを見ていた大地が呟いた。
「え?」
ココロが大地の顔を見る。
「今、あの男がシルバーに当たった瞬間…見なかった?何か光ったよ」
「わかったか、ぼうず」
気が付くと剣を抜いた山賊の一人が、いつの間にか馬から降り、大地のすぐ横で共に橋の上での戦いを見ていた。
「何だ…今のは…?」
男の強烈なひじ打ちを胸に食らったシルバーは混乱していた。男はその体格に似合わず、抜刀から体の躱し方までスマートそのものであった。これは、ただの山賊の戦い方ではない、そう思えた。
それは、シルバーが叩き込まれた、戦場で戦う兵士の剣術だった。しかし、それ以上に驚いたのは、その後に繰り出されたこの男の左腕のひじ打ちだ。
シルバーの決して小さくはない体を簡単にはじき返したその怪力は予想通りであったが、それだけではない。当たった瞬間に、脳天を突き抜けるような激しい衝撃がシルバーの体内を走った。
そしてそれは今も尚、痺れとして手足の先に残っていた。相手のひじが当たった胸元はなぜか黒ずみ、うっすらと焦げ臭い匂いを放っている。
どう考えても怪しいのは奴のあの奇妙な左腕だ。さてはあの金属の左腕に何かを仕込んでいるのか?シルバーは慎重に警戒しながら、ゆっくりと体制を立て直した。
ンダライの医師団による手厚い治療を受けたとは言え、メロから受けた足の傷はまだ完治はしていない。シルバーは今更ながら不利な戦いである事を痛感した。
すると、目の前に立つ金髪の男がシルバーに話かけてきた。
「どうした隊長?痛いかい?だけどまだまだ、俺達があんたから食らった痛みに比べたら、こんなのは序の口だぁ!」
そう叫んだ金髪の男は、古びて刃こぼれのした剣を振り上げると今度は自分からシルバーに切りかかってきた。
上段から真っ直ぐに振り下ろされる相手の剣をシルバーは正面から受けた。拮抗する二人の力の間で、真新しく輝く剣と、刃こぼれを起こした古い剣がキリキリと鳴いた。
更に力を籠める相手に対し、シルバーも体制を前に倒しこれに応じる。二人の男の汗ばむ顔が近づく。金と銀の髪がその間で絡み合った。
「聞かせろ、一体、私に何の恨みがある?」
想像以上の相手の力に必死に抗いながら、シルバーが相手を睨む。相手もシルバーの押し返す力に負けまいと歯を食いしばりながら強がりの笑いを浮かべて答えた。
「まだ思い出さないかい?隊長、俺達を見て、まだ何も思い出さないか!」
そう言うと男は、右腕と体で支えていた剣の柄に、金属の鎧を纏った左腕をそっと添えた。
「あ、また!」
大地が叫んだ。男が左腕で剣の柄を握った瞬間、橋の中央で競り合っていた二人の体が一瞬明るく明滅したかと思うと、シルバーの体が弾かれるように男から離れた。
シルバーの苦しそうな叫びがココロやキイタの耳にも届く。眩しく光を放ったシルバーの体からはなぜか煙が上がっているのが見えた。
「思い出したか、シルバー!」
男が叫びながらふらつくシルバーに襲い掛かる。シルバーは目を開けられぬ程の衝撃に頭を振りながら、それでも相手の声を頼りに剣を横に薙ぎ払った。
「おお!」
二人の戦いを見ていた山賊達がどよめきの声を上げる。今や全員が馬から降り、この戦いを見つめていた。
シルバーが薙ぎ払った剣が当たった瞬間、相手の剣は高い音を立てて二つに折れた。折れた刃先は太陽の光を受けながら底の見えないクラァク・オブ・プレアーガの谷へと吸い込まれていった。
冷めた目で折れた剣を見つめた男はニヤリと笑うと、握っていた剣も橋の向こうへと放り投げた。
シルバーが立ち上がる。息を乱してはいたが、まだ体は動いた。シルバーは低い姿勢で剣を肩に背負うと、武器を失った相手の隙をつこうとすぐに攻撃に転じた。
背負った剣を真横に切り払いながら、相手の足を狙う。男はそれを察したように高く後ろへ飛び退る。その体格からは考えられない身の軽さだった。
男は飛びながら右手を後ろ腰に回す。次にその手が体の前に現れた時、男はその手に黒く光る鎖鎌を持っていた。
着地すると同時に鎌を左手に持ち替えた男は、右手で、重い分銅のついた鎖を勢いよく回しだした。
男は鎖を振り回しながらじりじりとシルバーとの距離を詰める。男も少し息を切らしていた。目を見開き、シルバーを凝視していたが、その口元は相変わらず残忍にも見える笑いを浮かべていた。
「さすがはシルバー隊長だ」
戦いを見ていた山賊の一人がぽつりと呟く。
「ねえ」
そんな山賊に大地が話かける。
「何で、山賊なんかやってんの?」
「何?そりゃぁ、楽して稼ぐためだ、決まってんだろ!」
「ふ~~~~ん」
「大地、どうしたの?」
キイタが心配そうに聞く。大地はつまらなそうな声で言うと、キイタを無視して更に続けて山賊に言った。
「でも、あんた達本当は悪い人じゃないよね?」
大地の暢気にも聞こえる声に山賊達は一様に狼狽えた。
「な、何を言っていやがる小僧!お、俺達は悪者だぞぉ、わっはっは!」
「だめだめ、強がったって」
「あ、シルバー!」
その時、一緒に戦いを見守っていたココロが叫んだ。他の者も皆顔を上げ、橋の先を見た。
鎖を振り回していた男は、突然背後にある橋を支えるケーブルを使い空中高く舞い上がると、下から見上げるシルバーに向かって先に分銅をつけた鎖を投げつけた。
シルバーが咄嗟に剣で受けると、鎖はそのまま剣に絡みついた。着地した男との力比べになる。男は更に顔を歪めて笑うと呟いた。
「喰らえ」
次の瞬間、二人の男をつなぐ鎖を伝って激しい光が流れた。鎖から手に持つ剣を伝わって、その光がすべてシルバーの体に流れた。
「ぐあぁあああああ!」
シルバーは人のものとも思えぬ絶叫を上げると、堪らず背後のケーブルに寄り掛かった。痺れた体は硬直し、握った剣を離す事すらできなかった。
「シルバー!」
大地とココロが慌てて橋に駆け寄る。キイタも馬車から飛び降りた。
「そこはあぶないぜぇ」
シルバーが動けずにいる事を承知で男はそう言うと、側のケーブルを鋼鉄の左手で掴んだ。
「危ない、下がれ!」
突然数人の山賊が大地とココロの腕を掴み後ろに強く引いた。更に後ろでは、他の山賊達がキイタの体を支え橋に近づくのを邪魔している。
次の瞬間、男の左腕が掴むケーブル自体に眩い光が流れ、そこに寄り掛かっていたシルバーの体を襲った。
再び絶叫し、痙攣を起こしたように体を震わせたシルバーは、背中から煙を吹き出しながら橋の中央に投げ出された。
男の放った光はケーブルを通じて大地のすぐ近くにあるワイヤーアンカーまで流れ、そこで放電するように激しい音と煙を立ち上げた。
「うわぉ」
その威力に大地が驚嘆の声を出す。
「助けてくれて、サンキュー」
大地は自分の肩を掴んでいる山賊を振り向き声を掛けた。
「あ…」
自分は悪者だと嘯きながら大地を助けた山賊は、気まずそうに手を放した。それと同時に、ココロの体を庇い抱き留めていた山賊が慌てた様子で手を放しながら言った。
「し、失礼しました!」
ここに来て、ココロにもようやくこの山賊達の様子がおかしいことに気が付き始めた。
「あなた達…私を知っているのですか?」
「え、いや…」
「答えなさい!私が誰だかわかっているのですか!?」
ココロが厳しい声を出した途端、ココロの側にいた二人の山賊が突然地面にひれ伏した。
「ご、ごめんなさい!」
「許してください、姫!」
「姫?」
大地が呟く。
「お、おい!お前ら!」
大地の側にいた茶髪の男が慌てて土下座をする仲間を叱りつける。
「ごめぇん、兄貴ぃ、やっぱ無理だよぉ」
「ひ、姫が相手じゃ、悪い事できないよぉ」
「あなた達…アスビティの者ですね!」
「ひ~、ごめんなさーい」
本来姫ではないココロを「姫」と呼ぶのはアスビティ公国の国民の習わしだ。二人の男が頭を下げるのを見た他の山賊達も、慌ててキイタから離れ、気まずそうに立ち尽くしていた。




