国境の山賊
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国令嬢。ANTIQUEのリーダーであるはじまりの存在のバディとなり、新たな仲間を探す旅を続けている。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。ココロの仲間になる為、異世界であるプレアーガまでやって来た。
・シルバー…アスビティ公国元公軍隊長の一人。鋼のANTIQUEに選ばれた能力者で、祖国の令嬢であるココロに忠誠を尽くす騎士。
・キイタ…アスビティ公国の隣国にして友好国であるンダライの第二王女。火のANTIQUEに選ばれた能力者で四番目の仲間として旅に加わった。
●前回までのあらすじ
ンダライの塔の死闘で敗北を喫したアテイル四天王の一人メロは、ダキルダの機転により辛くも本拠地である死者の城へと帰還した。しかし、戦いの中でシルバーとキイタの攻撃を受け、美しかったメロは二目と見られない姿となってしまう。重症を負わされたうえ作戦から外されたメロは、一人シルバーとキイタに対する暗い怨念を膨らませていた。
一方メロを撃退したココロ達ANTIQUEも無傷ではなかった。戦いに不慣れな大地の疲労は極限に達し、またメロの攻撃により負傷したシルバーの足も完治に時間を要した。メロの術から目覚め正気に戻ったポルト・ガスの好意でンダライ城に投宿し、体を休めていた二人は、ココロとキイタを守りながら進める旅の困難さを改めて痛感した。しかし、そんな二人にそれぞれのバディである土のANTIQUEテテメコと鋼のANTIQUEデュールは、キイタが能力者として覚醒すれば、火こそANTIQUE最強の戦士であるのだと伝える。
そんな時、まだ見ぬ新たな仲間へテレパシーによるメッセージを送り続けていたココロから、五人目の能力者から応答があったと報告が入る。
翌日―――。
何かと理由をつけて引き留めようとするポルト・ガスをはじめとするンダライ城の人達をようやく宥め、ココロ達一行が旅立ったのは日の昇り始めた頃であった。
ガスは、大量の食糧に衣類、路銀とするには高額すぎる金銭、更には多種多様な武器を積んだ二頭立ての荷馬車までココロ達の為に用意してくれた。
馬車については当初、王族用の特大かつ豪華絢爛なものを用意してくれたが、それはさすがに目立ちすぎるので遠慮した。
元からいた二頭の馬にはココロと大地がそれぞれ跨り、馬車の手綱はシルバーが取った。
「キイタ様、何卒ご無事で」
城の前で見送るポルト・ガスが今にも泣きそうな声でキイタに言った。
「何かお困りの時にはすぐに書状なりを。ンダライは国をあげてキイタ様のために尽力申し上げます。いざとなれば戦争さえも厭わぬ覚悟…」
そう言うガスの後ろには晴れて復職した大臣達の他、城の者、メイドに至るまで一人残らず旅立つキイタの見送りに出ていた。
「ありがとうガス、留守を頼みます。一日も早く経済を立て直して。大変よ、一度 交易を始めてしまった諸外国への弁明は。それに何よりも、何よりも失ってしまった国民の信頼を回復するのは」
「覚悟は、できております」
ガスは頭を下げた。キイタはそんなガスの後ろに控える多くの家臣達の顔を見渡して言った。
「皆の者も、どうかガスを支えてやってほしい」
「お任せください」
「見事働いてみせます!」
みなが一斉に王女の言葉に応えた。全員の大合唱のような見送りの言葉に送られながらココロ達は城を出発し、進路を南へ向けて旅立って行った。
ンダライ城を出発してから一時間程進んだところで、シルバーが馬車を止めた。
「ここら辺でよいでしょう」
そう言うとシルバーは進路を南から東へと転じた。大地とココロもそれに合わせて馬の顔を左に向ける。
「ここから東へ向かい、途中昼を挟んでも日のある内にはクラァク・オブ・プレアーガへたどり着ける筈です」
シルバーが言いながら後ろの荷台に座るキイタを振り返り返った。シルバーの言う、クラァク・オブ・プレアーガ(プレアーガの裂け目)とは、地面に走った巨大なクレパス状の亀裂の事で、ンダライ王国とテリアンドス帝国はこの亀裂を国境の一部としていた。
クラァク・オブ・プレアーガの亀裂の幅は最大幅で約八百m。全長は三十kmに達するプレアーガ最大の天然亀裂であった。その深さは、調査未完遂で一切の記録がない。
この亀裂上、幅五百m程の場所にかかる巨大吊り橋がンダライとテリアンドスをつなぐ唯一の国交ルートであった。
「めんどくさくて、ごめんなさい」
キイタが消え入るような声で言う。
「しょうがないよ、実際あのポルト・ガスっておっさんは何かとめんどくさい人だからなあ」
すっかり馬にも慣れた様子の大地が広い空を見上げながらのんびりと言った。
「そうね、悪い人じゃないけど」
ココロも前を向いたまま笑って答えた。
「ただでさえキイタの事が心配なのに、これからテリアンドスに向かうなんて言ったらまた一波乱あったよね、きっと」
「まあ、シュードルへ向かうと言えばとりあえずは安心してくれたでしょう」
シルバーが馬車の車輪の音に負けない声で言った。
四人が今向かっているのは、ンダライ王国の東隣にあるテリアンドス共和国。しかし、踏破に馬でも数日は掛かると言われる、住む人もほとんどないテリアンドス国境付近の平野を横断すると言えば、心配性のガスは必ずまた、「お供します!」と言い出しかねない。
その点治安のよい温暖な南の隣国、君主制を敷いたシュードルに向かうと言えば、そんなガスの心配も多少は和らぐと考え、彼にはそのように伝え出立したのだった。
ンダライ城が見えなくなった地点で、一行は改めて進路を南から東へ修正し、今テリアンドス帝国国境であるクラァク・オブ・プレアーガへと向かっていた。
「お陰でこんなに早くから出発する羽目になってしまって…」
キイタが申し訳なさそうに言う。
「大地の言う通り、早々に休んでおいてよかったわ」
ココロが言った。昨夜、五人目の能力者の声が聞こえた、とココロが三人の元を訪れた後、四人は今後の事を話し合った。
ココロの話しでは五人目の能力者は、自分はンダライ王国とテリアンドス両国国境をつなぐ吊り橋の付近で待っていると言う。
相手はそれだけを繰り返しメッセージとして送るばかりで自分の名も、バディとなるANTIQUEについても何も教えてくれなかった。それが奇妙と言えば奇妙だった。
しかし、ともかく向かうべき場所はシュードルからテリアンドスへと変更する事となった。そうと決まった途端、大地が一刻も早く休む事を全員に提案したのだった。
「だよなー、もう少し寝ていたかったよなー。ンダライ城のベッドは最高だった」
「シーツがね、気持ちいいんだよねー」
キイタに気を使わせまいと、大地とココロが明るい声で言う。
「何せ世界一の縫製、織物の国ですからな。私も久々に熟睡をしました」
シルバーも二人に便乗して話し出す。
「この旅が終わったらまた泊まりに行ってもいーい?」
友達の家に泊まりに行くような気安さで大地がキイタを見る。キイタはにっこり笑って答えた。
「勿論、みんな、全員招待するわ」
「イェーイ」
大地が大袈裟に喜んで見せる。ココロが馬の歩調を落としキイタに近づくと、そっと言った。
「その時はきっと、イリアも一緒だね?」
一瞬、寂し気な表情を見せたキイタだったが、またすぐに笑顔に戻ると元気に頷いた。
「うん!」
四人は一路、テリアンドス帝国へ向け、馬と馬車を進めた。五人目の仲間に会える期待に、その胸を大きく膨らませながら。
四人の能力者が向かうクラァク・オブ・プレアーガの吊り橋から一km程離れたテリアンドス領地にある小さな森の中に、一軒の丸太小屋があった。もともと木こりの休憩所であったような小屋を適当に手直ししただけの粗末な建物だった。
その小屋の前に、蹄の音も高らかに二頭の馬が荒々しい勢いで止まった。それぞれの馬に乗っていた男は飛び降りるように地に立つと、そのまま小屋へ走り、乱暴に扉を押し開けると大声で小屋の住人を呼んだ。
「頭!お頭―――!」
「何だ騒々しい!」
そう言って出てきた男は昨日、崩壊したンダライの塔の近くでココロ達を見つめていた二人の内の一人だ。茶色い髪の男だった。
小屋の中には、この男の他四人の人物がいた。全員が男だった。皆一様に長い髪を無造作に垂らし、顔は髭で覆われていた。
長らく着古した汚れた服を纏い、一目でまともな連中ではない事が知れた。
「あぁ、兄貴!今、今あいつらがンダライの城を出た!」
「何!」
駆け付けた二人の男の報告を聞くと、その場にいた男達は全員一斉に立ち上がった。
「奴らは最初南へ向かっていた、シュードルへ向かう道だ。こりゃぁ、こっちには来ねえんじゃねぇかと心配したんだが、途中で進路を変えて今は真っ直ぐこっちに向かっている!」
「いよいよか…よしてめぇら、戦闘の準備だ!」
「おぅ!!」
茶髪の男の号令に、他の男達も大声で応えた。その時、小屋の奥の暗がりから、一際大きな声が響いた。
「騒ぐんじゃねぇ!」
屈強な姿の男達はその声に身を竦めた。
「お頭…」
七人の男が目を向けた暗がりに、もう一人の男の姿があった。影となって顔は見えなかったが、どっしりと座った肩から流れる見事な金髪だけが朝の木漏れ日を受けて怪しく光っていた。
「あいつらがここへ向かうのは予定通りだ。どの道吊り橋に着くのは午後になる。今からいきり立ってどうする?ちったぁ落ち着けや」
男達は打って変わって冷静な声で話す金髪の男の声に、互いの目を見交わし、振り上げた手を下した。
「俺達ゃあ山賊だぜ?こんな日の高い内から出張れるか。俺はもうひと眠りする。昼になったら起こせや」
そう言うと男はその場にごろりと横になり、仲間達に背を向けた。男が枕代わりに頭に宛がった左腕が床に着くなりガチャリと奇妙な金属音を立てた。
ここは山賊の隠れ家。ここにいる八人の男達は、テリアンドスに巣食う凶悪な山賊一味。
山賊である彼らがンダライ領地にまで入り込み、ココロ達の動向を見張っていた意味は今のところ不明であるが、どうやら彼らを狙っている事だけは間違いないようであった。
言われた男達は、どうしたものか?と気まずく互いを見交わした。それを取りなすように茶髪の男が皆に指示を出す。
「みんな聞いたな、昼までは何もねぇ。出かけられる準備をしろ」
それを聞いた男達は、一人、二人とその部屋を出た。茶髪の男は、報告を終えた二人の仲間に労いの言葉を掛けた。
「ご苦労だったな。また午後には仕事だ、飯を食って休んでいろ」
「へ、へぇ。おい…」
「おぅ」
馬で駆け付けた二人は互いに目を見交わすと、逃げるようにその場を離れた。
誰もいなくなった部屋で、茶髪の男は食卓の椅子に腰かけた。
「いよいよですなぁ」
茶髪の男が独り言のように呟く。部屋の中に残ったのは自分に背を向け横たわる金髪の男一人きりなので彼に聞かせるように言っているのはすぐにわかった。
「あれからもう…、四年、ですか…」
荒くれ者を絵に描いたような男であったが、時折口をついて出る言葉にはなぜか妙な品の良さを感じさせた。
「おい」
茶髪の男の言葉に無言を返していた金髪の男が、背を向けたまま言った。
「おや、起きていましたか?」
それには答えず金髪の男は相変わらず姿勢を変えないまま続けた。
「言っておくが狙いは奴一人だ…他の連中には手を出すな」
「それは勿論」
「それとな」
「はい」
茶髪の男が答えると、金髪の男はむっくりと体を起こした。金色の髪を背負ったその背中は逞しい筋肉で盛り上がっていた。
他の男達と変わらない所々穴の開いた粗末な服を着ていたが、なぜか左腕だけに肩あてから指先を覆う手甲まで金属の鎧をつけていた。
床についたその左腕がガチャリと鳴り、腕を伸ばすに従い金属の擦れる甲高い音を放った。
「忘れるなよ、奴をぶっ殺すのは俺だ」
振り向きもせず背中で言いった言葉は、低く抑えられていたが、底の知れぬ恨みと怒りの込められた強固な決意に彩られていた。
「それも、勿論」
茶髪の男は静かに微笑むと食卓に乗ったコップを手に取り、静かに中の茶を啜った。
「え?あんた達、今から吊り橋へ向かのかい?」
ココロ達が昼食の為に立ち寄った飯屋のおかみが聞いた。昼にはまだ少し早い時間で店は空いていた。見るからに旅支度の身なりをした四人連れに、暇を持て余したおかみが気まぐれで行き先を聞いてきたのだ。
ンダライ城を出てすぐにポルト・ガスに持たされた弁当を平らげたと言うのに、大地とシルバーはここでも旺盛な食欲を発揮していた。
地球からプレアーガへと来た大地を、何より安心させたのは、言葉と食べ物の質であった。言語や読み書きについては、恐らくANTIQUEの能力が影響しているらしく、まったく問題がなかった。しかし食べ物の好みについては、どうしようもない所である。
大地がプレアーガに来てこの数日の間に口に入れたものの中で、食べられないものは何一つなかった。自然環境が地球と似ているプレアーガでは、食べ物もそう変わらないようであった。この店でも大地は普通に出てきたものを食べる事ができたし、味も上々だった。
「ええ、吊り橋を渡ってテリアンドスに入る予定なんだけど?」
食べる事に夢中になっている男達に代わってココロが行き先を答えた途端、愛想の良かったおかみの表情が曇った。
「やめときなぁ、あそこは今物騒だよ」
おかみのそんな言葉にシルバーは食事の手を止めて顔を上げた。
「物騒と言うと?」
「あの辺には数年前から山賊が出るって言うんで誰も近づかないんだよ。あの橋も世界有数の巨大吊り橋ってんで観に来る客も結構いたんだけど、今じゃ全然。お陰でこっちも商売あがったりさ」
「山賊…」
ココロが呟くと、大地も口いっぱいに食べ物を頬張ったまま顔を上げる。四人の目が食卓の上で合った。
「おばさん、その山賊はンダライ側にいるの?それともテリアンドスの方?」
キイタが聞いた。
「どうやらテリアンドスの方に住み着いているらしいんだよ。あそこを通る貴族や国の有力者が次々に襲われてねぇ。まあ、今の所死人までは出ていないみたいなんだけど。逃げ帰った人の話じゃあ、山賊は十人位の男達で、どいつもこいつも体が大きくて力の強い、恐ろしい奴らばかりだったってさ」
「貴族が襲われていると言うのに、テリアンドスは手を拱いているのか?」
シルバーが眉間に皺を寄せ、何たる事かと憤慨した様子で聞く。
「実はね」
するとおかみは、そんな必要もないのに急に声をひそめ、さも重要な話しをするように言った。四人もつられて顔を寄せ、おかみの話に耳を傾ける。
「ちゃんと発表されただけでも、もう三度、警察隊や軍隊が討伐に出かけているって事だよ」
「え?」
ココロとシルバーが同時に驚きの声を出した。
「軍隊が三回も出て、それでも倒せなかったと言うのかい?いくら強いと言っても、相手は十人程度なんだろう?」
「ああ、それがね、何度やってもまったく歯が立たず、そのたんびに結局みんな這う這うの体で逃げ帰っちまうって話だ。みっともないんで言ってないけど、実は山賊退治も三回どころじゃないって噂だよ」
国の軍隊が何度挑んでもまったく歯が立たない、十人の男だって?一体どれだけ強いんだ?声には出さなかったが、四人はみな同じ思いで再び目を見交わした。
「その内その山賊は人間じゃない化け物だ、なんて噂まで流れ出して、今じゃ誰も寄り付かなくなったのさ」
「化け物?」
そこで初めて四人の頭の中に、アテイルの事が思い起こされた。確かにアテイルが十人いたら、まともな人間では太刀打ちできないだろう。とは言え、一国の軍隊ともなれば、中にはシルバー級の剣の使い手がいてもおかしくないはずだ。それが三度、いや、それ以上戦っても倒せないとは…。
「まあ、化け物なんてのは単なる噂で、誰も信じちゃいやしないんだけどね」
おかみは元の声に戻って続けた。
「でもどうやら、山賊の中に変な力を持っている奴がいるってのは、襲われた人達がみんな言っているらしいよ?」
「変なって…?」
ココロが聞くとおかみは顔の前で手をパタパタと振って見せた。
「そんなの私ゃわからないよぅ。偉い人達は恥ずかしいのかあんまり話したがらないって事だから」
「そんな事ないさ」
四人がおかみの話を真剣に聞いていると、突然店の隅の方からしわがれた声が割り込んだ。みんなが一斉に声の方を見ると、そこに老婆が一人茶を啜っていた。
「え?ばあちゃん、そんな事ないって?」
おかみが老婆に話かける。
「うちの娘夫婦はテリアンドスに住んでいる。私ゃ孫に会いに何度もあの吊り橋を渡っているけど、そんな山賊にゃ一度もお目にかかった事がない」
「そりゃ、ばあちゃんがお金持ってるように見えないからでしょ?」
おかみは呆れたように笑って言った。
「なんでも襲われるのは金を持ってそうなお偉い人達ばかりって事だし。あ、でも」
そう言っておかみは再びココロ達の方へ顔を向けた。
「あんた達は気を付けた方がいいよ。旅人は路銀を持っていると思われるから。なんでもこの山賊は真昼間から人を襲うらしいからね。悪い事は言わないから道を変えた方がいいよ」
四人はおかみの親切な言葉に礼を言ったものの、ンダライからテリアンドスに入る道はあの吊り橋を通る以外にない。かなりの遠回りをすれば行けない事もないが、そもそも五人目の仲間は国境の吊り橋で待つ、と言ってきているのだ。
何が待ち受けていようとも、今更その道程を変える事はできなかった。シルバーは、五人目の仲間と出会う前に今一度アテイルと一戦交える事になりそうな予感を覚え、中断していた食事を勢いよく再開した。




