死者の城
●登場人物
クロノワール…三種の魔族の一つ、アテイル一族の首領格。プレアーガにあるハドリア国内に城を築き拠点としている。「剣の竜」と呼ばれる四天王の一人。
メロ …同じくアテイル四天王の一人。「撃の竜」と称される女魔族。美しい見た目に反し、残虐で好戦的。リーダーであるクロノワールには絶対の服従を誓っている。
ズワルド …同じくアテイル四天王の一人。「智の竜」と呼ばれる作戦参謀。プレアーガ攻略作戦のほとんどを立案、実行しているずる賢い策士。
ゴムンガ …同じくアテイル四天王の一人。「剛の竜」と呼ばれ、その体は常識外れに巨大。滅多に口を開かず寡黙であるが戦う事が何よりも好きな男。
ダキルダ …ANTIQUEの声を聞きとると言う特殊能力を持っている為、プレアーガ攻略作戦に乗り出した四天王の補佐として作戦本部に加入したクロノワールの配下。
真の闇の王 シュベル…クロノワールが口にした三種の魔族を復活させた張本人。その詳細は今のところ一切が不明。
●前回までのあらすじ
地球に暮らす吉田大地は高校二年生の男子学生。六年前の夏、自分の目の前で幼馴染の白雪ましろを12のANTIQUEの一つである闇のANTIQUE、ネビュラに攫われた経験を持つ。自らも土のANTIQUEであるテテメコにバディとして選ばれた大地は、ココロの呼びかけに応じてましろを救うべくプレアーガへと旅立つのであった。
その城はココロの住むプレアーガの中でも最大の渓谷、ライドマリネ渓谷の中に隠されるように造られていた。
頑強で人の進入を拒む急峻な谷を削り取って造られたその城が容易に人に見つかる心配はなかった。
ライドマリネの谷があるハドリア国は、プレアーガの中でもとりわけ未開の地である。他国民が入り込む事もなく、この国に暮らす住民達はこの城をハドリア語で「死者の城」を意味する「マトゥバデ・ピリー」と呼び恐れ、決して近づこうとはしなかった。だから、今のところこの城が世界の人々の注目を浴びるような事はなかった。
城の中は昼なお暗く、人の住む気配はない。静まり返ったその城に生命の息吹を感じる事はできず、正に「死者の城」と呼ばれるに相応しかった。
死者の城は遥か古代の遺跡と考えられていたが、実はこの城ができたのはそれ程前の事ではない。
更に言えばこの城には、その名に反し、れっきとした住人がいた。とは言え、巨大な城の中で暮らすのはたった二人の人物であった。
そんな住人の一人、城主であるクロノワールは今、バルコニー様になった場所から城の外を眺めていた。
大渓谷に今正に沈もうとする太陽の光が美しく降り注ぎ、大自然の共作とも言えるその光景を眺めるクロノワールの目には、しかし、感動の色などは見られなかった。
本当にその景色が映っているのかどうか、ただ黙したまま立ち尽くし、部屋の中に己の影を長く伸ばしていた。
背にかかる波打つ髪、涼しげで美しい瞳を覆う長い睫毛、その上の力強い眉。いずれも烏の濡れ羽色をし夕日を浴びて艶やかに輝いていた。
神に愛された者の持つ芸術品のような美しい姿をしていたが、その体を包む装いはこの平和な世には不似合いな重厚な甲冑姿であった。
どのような素材でできているものか、プレアーガでは他に見られないこれもまた深い闇色の甲冑で、その形も珍しく、しかし実に機能的なデザインをしていた。
腰には床に届かんばかりの大刀を納めた黒塗りの鞘が吊るされている。
「ダキルダか?」
クロノワールが背後の気配に向け振り向きもせずに声を掛けた。その声もまた低すぎも高すぎもしない不思議な声音をしていた。
一瞬相手が息を飲む間があり、やがて静かに扉が開いた。そこにはこの城のもう一人の住人であるダキルダが、主君であるクロノワールと同じように甲冑姿で立っていた。
城主に敬意を表し軽く下げた頭には竜の顔を模した兜をつけていたが、余りにも目深にかぶっていた為その表情はまったく読み取る事ができない。
体の線は少年のように細く、背丈はクロノワールの胸元までしかない。鎧がいかにも似合わない体型をしていたが、二人とも一向に気にしている様子はなかった。どうやら二人とも、普段からこの姿で生活しているようだった。
「お三方、ご到着でございます」
「うむ、来たか」
「は、ただ今 謁見の間にてお待ちでございます」
軽く視線を後方に向けたクロノワールが再び外へ目を向けると夕日は姿を消し、その残照だけが空を朱に染めていた。間もなく恐ろしく感じる程 数多の星が瞬く夜の空に変わるのだろう。
「すぐに会う。共に来い」
そう言うとクロノワールは広い背を覆う重々しい臙脂のマントを翻し、扉へと向かって歩き出した。
一歩踏み出すごとに身に纏う甲冑が腰に帯びた大刀と触れ合い不吉な音を立てた。
マトゥバデ・ピリー謁見の間は人が三百人入ってなお余る程の広さがあった。床も壁も鏡のように磨き上げられていた。
その全てが黒一色で統一されており、美しくはあったが温かみは一切感じられない。明かりと言えば柱に掛けられた蝋燭の小さな炎だけ。ここに立てば理由もなく襲い掛かる不安に、まともな人間ならば10分と正気を保っていられないだろう。
広大なその部屋の最奥には八段の階段が設けられ、その頂点には玉座と言う事なのか、背もたれの大きな椅子が重々しく一脚、座る者もなく置かれてていた。
階段の下からその椅子を見上げ、向かって左側奥にある扉から静かにダキルダが入って来た。ダキルダは無言のまま椅子の右後ろに立った。
階段の上から見下ろす先には三人の人物が立っていた。二人は男、一人は女だった。三人ともやはり甲冑を纏い、兜はつけていなかった。
「クロノワール様、ご入室でございます」
大きくはないが、よく通る声で自分を見上げる三人の来訪者に向け、ダキルダが宣言した。その言葉が終わるか終わらない内に、長いマントをはためかせながらクロノワールが入って来る。
「よくぞ来てくれた、同胞達よ」
階段の淵に立ったクロノワールが下に立つ三人に向け大きな声を出した。嬉しそうなその言葉とは裏腹に、クロノワールの表情は全くなかった。
玉座に座る事もなく、さりとて階段を降りるようともせず、クロノワールは高い位置から立ったまま広間に立つ三人の人物を見下ろしていた。
三人の男女に「同胞」と呼びかけはしたが、どうやら自分と「同格」とは思っていないらしい。
階段下に立つ2人の男達はクロノワールの尊大な態度を気にする様子もなかったが、彼に対して礼を示す態度を見せるような事もしなかった。
「クロノワール様、相変わらず凛々しいお姿。このメロ、再びそのお姿を拝見する事ができ、幸せに思います」
そう言ってただ一人頭を下げたのは三人の来訪者の中で唯一の女性である。メロと名乗ったその女が華やいだ声を出すと、それを聞いたクロノワールの表情が初めて微笑む程度の動きを見せた。
「メロ、元気そうなお前に会えて私も嬉しいよ」
「けっ!」
2人のやり取りを聞いていた一人の男が皮肉な笑みを浮かべながら声を出した。
「な~にが、クロノワールさまぁ♡だ、さっきまであーんなに不機嫌でろくに口もきかなかったくせによぉ」
「おだまりズワルド!あんたらみたいなむさ苦しいのと一緒にいてご機嫌でいられる訳がないじゃないか」
「何をぅ!?」
「やるのかい?」
「ズワルドも、達者なようで何よりだ」
今にも相手に掴み掛かりそうな二人を宥めるようにクロノワールが男に向かって言った。
「達者とはご挨拶だなクロノワール、人を散々こき使いやがって」
「ズワルド!口を慎みな!!」
「へぃへぃ」
「ゴムンガ、君もよく来てくれた」
ここまで一言も発していない最後の一人に向け、クロノワールが優しい声で言葉を掛けた。が、ゴムンガと呼ばれた人間離れした巨体を持つ男は腕を組んだまま小さく頷くだけで、やはり何も話さなかった。
彼がそう言う男である事を十分 承知していたクロノワールは別段気を悪くする事もなく、本題へ入った。
「智の竜ズワルド、撃の竜メロ、剛の竜ゴムンガ、そしてこの私、剣の竜クロノワール…。アテイル一族四天王がここに再び集結した。嬉しい限りだ。最早二度とこの地で、この姿で会う事はないものと諦めていたが…」
クロノワールが言うと、メロが今度はその大きな目に涙を浮かべ始めた。どうやらかなり感情の起伏が激しい人物のようだ。
「長かった…。本当に長かったです、クロノワール様」
皮肉屋のズワルドも今度ばかりは口を挟まず、神妙な顔で俯むいた。
「泣く事はないメロ。長い眠りの時は間もなく終わる。同胞達の復活が完全に成されれば、遂にこの世界は我らアテイル一族のものとなろう。それもそう遠い未来ではない。その為にも、一日も早くこの世界に住む人間共を一人残らず駆逐する必要がある」
「作戦は順調に進んでいます、クロノワール様!つけていただいた下等竜共の中より、とりわけ変化の技に秀でた者を選抜し、人間の姿に変えプレアーガにある主たる大国の中核へと送り込んでおります。人間共は、それがアテイルの種族と気づきもせぬまま徐々に内部より崩壊を始めております」
たった今流した涙も消え、美しい笑顔を上げたメロが誇らしげに報告をした。
「素晴らしいよメロ。ズワルド、君の方は?」
「ああ、こっちも順調だ。闇の量産に成功した。間もなく拡散に移行できる」
ズワルドの拗ねたような報告に満足したクロノワールはにっこりと微笑んだ。まったく見る者の気持ちを一瞬で掴み取る、美しく無垢な笑顔であった。
「一つ聞きたい」
突然ここまで一言も話さなかった大男、剛の竜ゴムンガが口を開いた。その体格の通り低くて太い、相手を竦ませるような力強い声であった。
「何だろうか、ゴムンガ?」
「この世界を手に入れる為に、なぜ人間を駆逐する必要がある?」
「そうだ、俺もそれが聞きたかった」
ゴムンガと対照的に口数の多いズワルドがすぐにゴムンガの質問を引き取って続けた。
「人間なんてな俺達の相手じゃねえ。こんなこそこそした作戦なんか立てなくったってよ、取り敢えず攻め落としちまえばいいじゃねぇか。アテイル一族が世界の覇者となった事をわからせて、奴らをぶっ殺すのなんかその後でも遅くねぇんじゃねぇの?それに、下等竜共もいるにはいるが俺達の新しい世界を作る為にゃ、人間だって生かしときゃ貴重な労働力になると思うんだがなぁ」
聞きたい事をすっかりズワルドに言われてしまった形のゴムンガだが、それを気にする風でもなく黙ったままズワルドの言う事に何度も頷いていた。
話している間、ずっとズワルドを見つめていたクロノワールは静かにその目をメロに移した。深く黒い瞳に見つめられたメロは急に居心地悪そうに一度視線を外したが、おずおずと顔を上げると彼女らしくない弱々しい声で言った。
「クロノワール様、正直その点だけは私も疑問に思っています」
その言葉を聞いたクロノワールは、ふっと静かに笑うと遠くを見つめるように顔を横に向けて言った。
「あのお方が、お望みなのだよ」
下に立つ3人が同時にクロノワールを見た。
「我々が長い眠りの時から目覚め、再びこの地に立てたのは誰のお陰だ?全てはあのお方、真の闇の王、シュベル様のお力によるものだ」
「シュベル様…」
クロノワールが口にした名前をメロが繰り返した。
「ゴムンガが疑問に思うのも当然だ。ズワルドの言う通り、人間の駆逐など我らにとっては造作もない事だろう。この宇宙に存在する世界と言う世界を自由に行き来できる我々は、全ての世界において人間の王を倒し、全世界の覇者となる。征服が完了した後、生き残った弱き人間共を排除する事も容易いだろう。だが、奴らは数が多すぎる。蛆虫のようにこの世界に蔓延っている。それを根絶やしにするにはそれなりに時間は必要だ」
クロノワールは再び三人に顔を向けると、鎧を鳴らしながらゆっくりと階段を降り始めた。降りながら続けた。
「我らを目覚めさせてくださったあのお方の望みはただ一つ。我らの手によってその蛆虫が如き人間共を一人残らず抹殺する事だ。シュベル様は世界の覇者となる事など望んではおられない。人類滅亡の後は、この世界は我らの自由にしてよいと仰せになっている」
クロノワールは階段の中程で降りるのをやめ、立ち止まった。
「私だって気持ちは皆と同じだよ。一日も早く世界をこの手にしたい…。だが、どうだろうゴムンガ?我らの、我ら一族の恩人であるシュベル様の為、ほんの少し遠回りをしても罰は当たらないのではないだろうか?何、我らが今日まで過ごした眠りの時に比べれば、それはほんの一瞬でしかない」
「わかった」
ゴムンガは深く頷きながら、初めてクロノワールを見つめ返し答えた。
「ありがとうゴムンガ。わかってくれて嬉しいよ。ズワルド、メロ、君達は?」
「よくわかりましたクロノワール様!このメロ、もはや一片の疑問もありません。全力であの蛆虫共を退治してご覧にいれます」
「…そうか、シュベル様の望みだってんなら、俺だって文句はねぇさ」
メロに続いてズワルドも答えた。
「ありがとう二人とも。では、納得がいったところでズワルドとメロの二人は進行中の作戦を次の段階に移行してくれ。ゴムンガ、君の出番はもう少し後だ。二人の作戦が思惑通りに進めば、いずれ人間達との全面戦争となる事は避けられまい。その時こそ、君の“剛の力”を存分に揮ってほしい」
「その為には、気の沿わない相手とも協力する必要がある訳だな?」
クロノワールの目をまっすぐに見つめたままゴムンガが更に訊ねる。
「…我らと共にシュベル様の力で目覚めた他の種族達の事を言っているのだとしたら、その通りだよゴムンガ」
「そこについちゃいまだ一つ合点がいかねぇがな」
「大丈夫だよ」
自分を見つめ続けるゴムンガから目を離さないまま、会話に割り込んだズワルドに向かってクロノワールが答えた。
「まずは人間族の始末。それが済んだ暁には邪魔な彼らにはこの舞台からご退場願おう。この世界を制するのは我らアテイルの種族、そこは間違いがない。それまでは辛抱てもらうほかない」
微笑んだままそう言うとクロノワールは三人に背を向け、また階段を登りだした。その背中に向けてズワルドが声を掛けた。
「なぁ、クロノワール」
「ん?」
名前を呼ばれクロノワールは振り向いた。
「まだ何か?」
「いや、今の事はいい、納得した。そうじゃなくてさ、あいつ…」
そう言うとズワルドはある一点を指で指し示した。その指先を追うと、そこには四人の会話に一度も口を挟まずに控えるダキルダがいた。
「誰だ?」
ズワルドが言葉数少なく問い掛けた。
「ああ…」
何だそんな事か、と言う具合にクロノワールが答える。
「皆は初めてだったな。今回の作戦から我らの仲間に加えた、ダキルダだ」
クロノワールが名前を言った瞬間、ダキルダは前に揃えていた手を両脇にまっすぐにつけ、鍛えられた兵士のような動きで三人に向き直った。
「仲間ぁ!?」
一瞬間を置いて、ズワルドとメロが同時に頓狂な声を上げる。ゴムンガも声こそ出さなかったものの、クロノワールの言葉に思わず組んでいた腕を解いてダキルダを見た。
「俺らアテイル四天王に、もう一人加えようってのか!?」
「クロノワール様、そんな!」
動揺する三人を制するようにクロノワールは静かに右手を挙げて言った。
「慌てるな、我ら四天王は不動だ。ダキルダはあくまでも今回の作戦において我々の補佐をするのが役目」
「補佐?」
クロノワールに対する時とは全く違う、残虐性を帯びた声でメロが繰り返した。胸に満ちた不信感を隠そうともせずにメロは続けて言った。
「こんなチビが私達の補佐を?一体何ができると言うのです?」
どうやらメロは、自分達と違いクロノワールと同じ壇上に立ち、彼の信頼を得ているらしいダキルダにあからさまな対抗意識を持ったようだった。
「皆が驚くのも無理はない」
「そりゃそうだ、俺達は生まれた時からずっと四人でアテイルの一族を先導してきたんだ。それを今更…」
「ダキルダを四天王に加える気はない。しかし、こう見えてなかなか役に立つ奴でな。今度の作戦を成功させる為に必要な能力を持っている」
「能力って、どんな?」
「まぁ、それはおいおいわかってくるだろうが、最大の利点は…」
次にクロノワールの口から出た言葉に、ゴムンガばかりでなく、遂にズワルドとメロまでもが驚きのあまり声を失った。
「この者、ANTIQUEの動きを知る力を持っているのだ」
「………!!」
「そしてつい先日、ダキルダが一つの情報を私に齎してくれた。その情報を聞いたからこそ、こうして三人に集まってもらったのだ」
「何なのです、こいつの情報って言うのは!?」
気を取り直したメロが、挑み掛かるように問いかけた。こんなチビにクロノワールを動かす程の活躍をされた事が悔しくて仕方がない様子だ。
「“始まりの存在”が、動き出した」
気を取り直したのも束の間、クロノワールの答えに、メロは再び言葉を失った。
「始まりの存在…」
逆に落ち着きを取り戻したような声でゴムンガが言った。外見からは全く感じられないが、さすがのゴムンガも内心はかなり動揺していた。
「“始まりの存在”は、我ら闇の種族の存在を決して認めない。我らを再び無の中に押し戻そうと、能力者を見つけ出した。そして他のANTIQUEを呼び集める為旅立ったのだ」
「始まりの存在…」
途方に暮れた顔つきでズワルドも繰り返した。
「嫌だ…」
呟いたのはメロだった。
「もう、何もないあの空虚に戻るのは嫌だ!」
「その通りだメロ、私だってごめんだ。大丈夫、我らの未来は明るい。だが始まりの存在の元に残りのANTIQUEが集結してしまえばその未来に翳りが射す。そうなったところで負けるつもりはないが、我らの悲願成就まで、更に長い時間が必要となるだろう。同胞の犠牲も増えるに違いない」
ズワルドとメロが不安げな顔をクロノワールに向ける。
「わかったなら行け、ズワルド、メロ。ここから先は人間ではない、ANTIQUEとの争いになる。奴らより一手も二手も先を行かなければ、それだけ我らにとって苦しい戦いとなる」
「よしメロ、行くぞ!まずは進行中のンダライの作戦を次の段階へ移行する!」
「言われなくたってわかっているさ!あの国は簡単だ。世継ぎを失い、今の代行執政官は最早私の言いなりだ」
「ンダライの自滅が確定となればその次だ。俺は先にザシラルに向かい、フェスタルドの攻略を始める!」
「クロノワール」
ズワルドとメロが怒鳴り合うように今後の作戦 遂行の計画を話しているところへ、静かだが有無をも言わせないゴムンガの声が割り込んだ。頼もしげにズワルドとメロを見つめていたクロノワールがゴムンガに目を移す。
「お前は俺の出番はまだ先だと言ったが、今の俺にもできる事がある」
「ほう?」
ゴムンガはダキルダを顎で指しながら言った。
「そのガキから出る情報を俺に回せ。人間共を中から崩していく悠長な作戦はこの2人に任せ、俺をANTIQUEの討伐に出せ」
「早まってはいけないよゴムンガ。今の我々はまだ表には出られない。あくまでも秘密裏に世界を裏から崩していくのだ」
「十分にわかっている。何、派手な事をしでかす気はない。敵の動きがわかるなら、こんなにやり易い戦いはない。先回りしてANTIQUE共が集まる前に叩き潰してくれる」
全く表情と言うものがなかったゴムンガだが、戦いを語る今の顔は残忍な笑顔で満たされていた。
「ふむ」
顎に手を置きゴムンガの提案を精査していたクロノワールだったが、ふいに顔を上げると決断した。
「いいだろう、やってみてくれ。ズワルド、取りあえず手始めに君の所の兵を少しゴムンガに預けてくれるかい?」
「ああ、わかった。選りすぐりの奴を送ってやるよ」
「いいかいゴムンガ、くどいようだが慎重に頼むよ」
「任せておけ」
「よし、じゃあ俺達は行こう」
ズワルドが促すとメロは強く頷いた。
「クロノワール様、見ていてくださいね。そんなどこの馬の骨ともわからないチビの手など借りずとも、見事期待にお応えしてみせます。また、すぐにお目に掛かります。一日も早く、我らの平和を」
「うむ、メロ。存分の働き、期待している」
「はい!!」
「おいメロ!早くしろよ!」
まるで少女のような明るい声を出したメロは、既に部屋の出口で自分を呼ぶズワルドの方へ向き直ると未練を断ち切るように走り出した。
そのままズワルドと二人、扉の外へと飛び出して行く時までもう振り向きはしなかった。
「とは言え…」
二人の出て行った後の扉を見つめたままクロノワールは呟くと、ダキルダに向き直った。
「ダキルダ、ンダライ王国へ向かえ。メロには下等竜をつけてはあるが、お前にはエルーランを共につけよう。ンダライは、始まりの存在が動き出したアスビティ公国の隣国だ、何が起こるとも限らない…。想定外の事態となった際には、何としてもメロとズワルドだけは救いだせ」
「は」
ダキルダは浅く頭を下げると、言葉短く承知を示し謁見の間を退いた。
「ANTIQUE…今度こそ、決着をつけてやる…」
ズワルドとメロに続き、ダキルダがいなくなり、急に静けさを増した死者の城に、クロノワールの決意に満ちた呟きが小さく響いた。