決着
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国領主の娘にして、ANTIQUEのリーダーである「始まりの存在」に選ばれた第一の能力者。強力なテレパシストであり、その能力を使って同じANTIQUEの能力者を探す旅に出た。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた第三の能力者。地球で生まれ育ち、魔族との戦いの為時空を超えてココロの前に現れた。闇のANTIQUEに攫われた幼馴染を助け出す目的を持って仲間となる。
・シルバー…鋼の能力を持つ第二の能力者。戦闘に於いては最も頼りになる戦士。ココロに対する絶対的な忠誠心を胸に一番初めにココロの前に現れた能力者。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた第四の能力者。ココロと同じく一国の王女である。国王皇后である両親を殺され、双子の姉も魔族の手に落ちた。姉を探し、母国を救う目的で仲間となった。
アテイル
・メロ…三種の魔族の内、「竜の一族」であるアテイルの一角。「撃の竜」と異名を取る女戦士。残忍な作戦で大国ンダライを調略し、高い戦闘力でシルバーすらも圧倒する。
・ダキルダ…別種族でありながらアテイルを補佐する為に暗躍し、ココロ達の邪魔をする。敵であるにも関わらず何故かココロのテレパシーを受信できるなど謎の多い人物。
・エルーラン…ダキルダの補佐として選ばれた下等竜。ンダライの塔では特別に許しを受け、ANTIQUE討伐の為一戦士として戦いに加わる。
●前回までのあらすじ
遂にンダライの塔最上階へと辿り着いた大地とシルバーは、そこでアテイル四天王の一人、メロと名乗る女戦士と出会う。
その美しい姿とは裏腹に、メロは残忍なアテイルの戦士であった。メロの振るうダイヤモンドよりも硬いと言う竜の鱗でできた鞭の前に鋼の能力が通用しないシルバーは打ちのめされていく。
一方、大地の奇想天外な攻撃に辛酸を舐めたエルーランは、怒りに任せ執拗に大地を狙い襲い掛かってきた。
共に相性の悪い相手との戦闘に苦戦を強いられる大地とシルバーであったが、そんな二人の脳裏にそれぞれのバディである鋼のANTIQUEデュール、土のANTIQUEテテメコの声が響く。
ANTIQUEのアドバイスを受けた二人は、我が身に宿った能力の本当の力に気が付き、互いに敵にへ一矢報いる事に成功する。
「私の、顔に…」
メロ呆然とした声で呟く。油断なく剣と化した右手を構えながらシルバーは、メロの後方に目を向けた。大地の背中が見える。更にその奥の壁際では、口から大量の血を滴らせながら壁を背にしたエルーランが立ち上がっていた。その顔は底知れぬ怒りに満ち満ちていた。
「私の顔に、傷をつけたな…私の顔にぃ!!」
そう叫びながらメロは、鞭を胸の高さまで振り上げる。一瞬にして鞭は剣に姿を変えた。
「死ねぇぇぇ!」
絶叫しながらメロが剣を振り上げた瞬間、ンダライの塔が大きな叫びをあげた。床が斜めに傾き始める。
大地の再三に渡る攻撃の為、塔自体がそのバランスを失い始めていた。塔に入る前、大地がシルバーに見せたパフォーマンスによりたった一つ石が引き抜かれた箇所に全体の負荷が掛かり、そこから石組が均衡を失い始めたのだ。
ようやく立ち上がったエルーランは、塔の傾きに足を取られ後方の壁に再び激しく背を当てた。その途端、エルーランの寄りかかる壁に亀裂が入り始めた。
大地の、土の能力によるものではない。純粋にンダライの塔が崩壊を始めたのだった。
「おお、おお!」
今までこの激闘を前にして身動き一つしなかったポルト・ガスが情けない声を上げながら崩れ始めた部屋を見回す。
シルバーに向けとどめの剣を振り上げたメロも態勢を崩し、後ろに大きく仰け反った。その時だった。
「フェルディ!!」
そう叫ぶ声が聞こえたかと思うと、シルバーの後からメロに飛び掛かる者があった。
「キイタ!」
「キイタ様!」
ココロとシルバーが同時に叫ぶ。メロに飛び掛かった影は、どのようにかして世界一と言われるンダライの組紐の戒めから解かれ、自由の身となったキイタであった。
ハッとしてキイタが縛られていた椅子を見たココロは瞬時に理解した。そこに落ちるキイタを縛り上げていた組紐は一部が焼け焦げ、そこから断ち切られていた。
火の能力を発動したキイタは自ら組紐を焼き切ると、その右手にフェルディの炎を燃やしたままメロの顔に飛び掛かったのだ。
次の瞬間この世のものとは思えぬメロの絶叫が響き渡った。メロ自慢の美しい顔がANTIQUEの炎に巻かれた。
「このチビがぁ!」
口汚く罵りながら、自分の顔に纏わりつくキイタの体をメロは力いっぱい振り払った。キイタの小さな体は奥の壁まで飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた。床に倒れたキイタが苦し気に呻く。
「キイタ!」
そう叫ぶココロの傍に不自由な足を引きずりながら近づいたシルバーは、右手の剣でココロの戒めを切り落とした。
自由になったココロはすぐに立ち上がるとキイタの元へと走った。大地も、目の前のエルーランを気にしながらも後を振り返った。
その時、エルーランの寄りかかった壁が音を立てて崩れ始めた。虚しく空を掴みながら、エルーランの体は空中へと飛び出した。
顔を激しく炎に焼かれ続けるメロは剣を捨て、部屋の中を踊り狂うように暴れていた。
「おお!」
再びポルト・ガスは声を上げると、遂に椅子から立ち上がった。
「お終いだ、もう、お終いだぁ…」
そんな呟きを繰り返しながらポルト・ガスはふらふらとした足取りで部屋の奥へと向かった。
「どこへ行く!くそ人間めが!」
顔を焼かれながらメロはガスへ向け手を伸ばし叫んだ。しかし、払っても決して消えないフェルディの炎の熱と、皮膚を焼かれる痛みに再びその両手で頭を抱えた。
「熱い!熱いぃぃぃ!」
じっとしていられないのだろう、メロは叫びながら暴れ続けた。
「おのれ!おのれ!ANTIQUE!殺してやる!この場で全員、その体を切り刻んでくれる!」
熱さにもがきながらもメロはココロ達に呪いの言葉を吐き続けた。その時、不意に部屋の中程にダキルダが現れた。
「殺してやるぅぅぅ!」
そう叫び続けるメロのすぐ背後に現れたダキルダは後ろからメロの両肩を掴むと言った。
「メロ殿、ここまででございます」
その瞬間メロの体が黒い球体に包まれたかと思うと、一瞬にして部屋の中から消えた。
「ダキルダ…」
キイタの体を両手で抱きながらココロが呟く。
「ダキルダ~」
大地もその名を呼んだ。シルバーが手をついて必死に立ち上がる。崩れ行く部屋の中央で、能力者に囲まれたダキルダは無言の内に四人の顔を見回すと小さな声を出した。
「お見事、ANTIQUEの能力者達…。またいずれお会いしよう」
「待てこらぁ!お前も一発ぶん殴ってやる!」
そう叫んで大地が駆け出した瞬間、ダキルダは一度小さく唇を歪めて笑うと、音もなくその姿を消し去った。
「くっそぉぉぉ!ダキルダァ!出て来いこの野郎!!」
手を握りしめ天井に向かって大地が叫んだが、ダキルダはそれきり二度と姿を現さなかった。
「お終いだ、お終いだ~」
部屋の隅から聞こえる声に全員がそちらを見た。そこでは、ポルト・ガスが壁から突き出た杭を必死に引き抜こうとしていた。
「あいつ!」
一人元気な大地は怒りに任せてポルト・ガスの元へ向かった。その右腕はまだ瓦礫を吸い付けたまま岩石でできたこん棒のようになっている。
「だめ…、だめぇ!」
突然キイタが叫んだ。
「え?」
その声に大地の足が止まる。シルバーも驚いたように振り向く。
「ガスを、殺してはだめ…」
「キイタ様!しかし、あいつは…」
アテイルが化けた偽物、そうシルバーが言おうとした時、痛みに耐えるキイタに変わりココロが声を出した。
「彼は人間よ!アテイルに操られた人間なの!」
「何だって!?」
大地が叫んだ。その時だった、ポルト・ガスが壁に突き刺さった杭を完全に引き抜いた。途端、ンダライの塔は一際大きな音を立てて激しく揺れ始めた。
「塔を、崩す気だ…」
恐らくその杭を一本抜くだけでンダライの塔は自壊を始める仕組みになっていたのであろう。
「メロ様ぁー!メロ様ぁー!」
天を仰ぎ、繰り返しメロの名を叫ぶポルト・ガスは救いようのない程狂って見えた。それでも彼は人間だ、自分達の敵ではない。
大地の右腕からばらばらと音を立てて吸い付いていた瓦礫が剥がれ床に散る。
「しょうがねーなー、もう!」
そう叫んだ大地は崩れ始めた部屋の中をポルト・ガスめがけて走り始めた。殴る為ではない、助ける為だ。
「もーお終いなんだぁ~」
相変わらず天を仰ぎながら叫び続けるポルト・ガスの足元が崩れ始める。大地は慌てて駆け寄ると必死に手を伸ばし、滑り落ちていくガスの体を捕まえた。
「こっちだ!ほら、走れ!」
そう言いながらガスを支え、安全な方へ連れて行こうとした大地の足を何かが掴んだ。慌てて振り向くと、大地の足をがっしりと掴む手が見えた。固い鱗で覆われた、長い爪を持つ巨大な手。
大地は絶叫を上げながら、ガスの体を力いっぱい前方に押し出した。次の瞬間大地の体は強烈な力で引き倒された。
倒されながら振り向けば、顔全体を血で染めたエルーランが不気味な笑いを浮かべながら這いあがってきていた。
「お前も、道連れだ…」
最後の力を振り絞るエルーランの生暖かい息が大地の顔にかかる。
「大地!」
叫びながら必死に体を引きずり、シルバーはよたよたと登ってくるガスの体を捕まえた。
「大地!」
ココロが叫びながら立ち上がる。不安定な地面に足を取られながらも大地の方に向かおうとする。
「姫!いけません!この男を!」
そう言ってガスをココロへ押し付けるようにしたシルバーは、更に這いずるようにしてココロに代わり大地を助けに向かった。
「ガス!」
ココロが引きずって来た男をキイタが抱きしめる。どんよりと半開きの目は生きた人間のものには見えなかった。そこに幼い頃から見知った忠義の男、ポルト・ガスの面影はない。キイタの目に自然と涙が湧き上がって来た。
「来るなぁ!」
自分を助けに近づこうとするシルバーやココロに向かい大地が叫んだ。その声にココロとシルバーは、はっとして動きを止めた。
大地の右腕が薄黄色い光に包まれ、大きく膨れ上がっている。
「何をする気だ…」
シルバーが呟いた。大地はこのまま床を叩き割り、エルーラン諸共落ちようとしているのではないか?そう感じたシルバーは必死に叫び、更に体を前に進めた。
「大地!何をする気だ!やめろ、やめんか馬鹿者!」
「大地!」
「大地!」
益々傾斜が激しくなっていく床に足を取られしゃがみこんだココロ、魂の抜けたポルト・ガスの体を抱きしめたキイタも、大地の名を叫んだ。
大地とエルーランがいる場所は既に壁は全壊し、完全に外が見えていた。大地とエルーランは体の半分を宙に浮かせたような状態で揉み合っている。
「離せよ、この野郎!」
大地は、掴まれていない方の足でエルーランの顔面を蹴りつけた。しかし、元から頑丈にできているアテイルである、十七歳の蹴りを食らった位ではびくともしなかった。
ニタニタと笑いながら、エルーランは、大地の足に取り付き、徐々に這い上がってくる。大地は、十分にテテメコの力を溜め込んだ右腕を上に振り上げた。
「だめだ大地!やめろ!」
シルバーが一際大きな声で叫び、必死に近づいて来る。大地は、躊躇う事なく自分の後方の床に右腕を叩きつけた。
その途端、シルバー達のいる場所の崩壊が止まった。それどころか斜めに傾いていた床がじわじわと隆起しながら平行に戻り始めた。
大地は、床を崩す為にテテメコの力を溜めていたのではなかった。逆に、塔の崩壊を食い止める為にその力を発動させたのだ。
土の能力に従いンダライの塔を形造る石達が意識あるもののように動き崩壊を止めた。
「大地…」
シルバーが呟く。自分をじっと見つめる大地の顔が、隆起していく床に遮られて見えなくなっていく。
やがて低く鳴動する地鳴りのような不気味な音が響き始めた。土の能力のお陰で崩壊を止めた部分を残し、塔の残り半分が崩れ落ちようとしているのだ。
「大地!」
絶叫に近い声を上げてシルバーがなくなった床の先に身を乗り出す。すぐ下に自分を見上げる大地の顔があった。何を思っているのか表情はなく、ただまっすぐに自分を見上げる顔があった。
考えている暇はなかった。シルバーは咄嗟に手を伸ばした。その右手は既に五指の形に返っている。
大地も下から手を伸ばす。二人の手が固く握られたその瞬間、激しい音と共に大地のいる場所がまっすぐに抜け落ちるように崩れ、彼の体は完全に宙に浮いた。
シルバーは体を引きちぎられるような痛みに声を上げた。
「シルバー!」
大地とエルーランの重みに引きずられていくシルバーの体にココロがしがみつく。
「姫…いけません…」
ココロを気遣うシルバーは苦し気な声で言った。
「貴様らまとめて地獄に引きずり落としてやる!」
エルーランは大地の体に爪を立て、這い上がって来ようとしている。体に爪が食い込む度に大地が苦しそうな呻き声をあげる。
「そこで待っていやがれ、ANTIQUE…」
荒い息を吐きながら完全に足場を失った宙吊りの状態でエルーランも死にもの狂いで這い上がってくる。その先には、長い銀髪を揺らし、苦し気に歯を食いしばる鋼の能力者。更にその後ろには必死にその体を支える始まりの存在がいる。
コロシテヤル、コロシテヤル―――
何度も呪いの言葉を呟きながら執念の鬼と化したエルーランは、じりじりと自らの重たい体を引き上げていた。
そんなエルーランの目にもう一人の人間が映った。長い赤毛を、遮る壁を失い容赦なく吹き付ける風に躍らせながら立つその人間は、このンダライ王国の第二王女だ。
何だこいつは?何を持っていやがる?
ンダライの王女が手にするものが何であるのか理解した瞬間、エルーランは目を見開き絶叫した。
キイタは、手にしたメロの剣を振り上げると、まっすぐにエルーランに向かって投げおろした。
エルーランは迫る剣を避けようと必死に体を捻る。その時、大地の体を掴む手が一瞬外れた。その瞬間を逃さず大地は、渾身の蹴りをエルーランの顔面に食らわした。
絶望の悲鳴を上げ、エルーランの体が落下を始める。それでも必死に目の前の壁にしがみついた。上を見上げる。土の能力者が三人の仲間の手を借りて安全地帯へと上がって行く背中が見える。
エルーランがしがみついている場所はバンク状になった出っ張りであった。足をかける所は一切ない、下は垂直にまっすぐ地面まで遮るものは何もなかった。
如何にアテイルと言えど、この高さから落ちれば助かる見込みはない。エルーランは必死に足場を求めて暴れた。両手で掴む壁の一部は脆く、今にも崩れ落ちそうだった。
「ダキルダ!ダキルダ―――!」
我知らずエルーランは叫んでいた。叫びながら左右を見回した。そこに、静かにダキルダが浮かんでいた。今にも落ちそうな自分をじっと見降ろしている。
「おお、ダキルダ!助けろ!俺を助けろ!」
しかし、ダキルダは動かなかった。
「何をしているダキルダ!早くしろ!」
必死の声でエルーランが叫ぶ。それでもダキルダは動こうとしなかった。エルーランは目を見開いた。そして理解した。ダキルダは、自分を助けるつもりがないのだ。
エルーランは叫んだ、絶望の内に大声でまくしたてた。
「俺はまだ死ねぬ!仲間の仇も打てぬまま、一人のANTIQUEも倒さぬまま、こんな所では死ねぬのだ!ダキルダ!聞いているのかダキルダ!なぜ来ぬ!ダキルダ!この裏切り者が!覚えておけ!アテイルの本懐が成就した暁には、この身を蘇らせ真っ先に貴様を八つ裂きにしてくれる!ダキルダ―――!呪われろ裏切り者め!呪われろ!呪われろ、ダキルダ!」
叫び続けるエルーランの手元から不気味な音が響き始める。ンダライの塔 崩壊の音であった。
ダキルダは遂に一言を発する事もなくエルーランに背を向けると、音もなくその場から姿を消した。
「ダキルダ――――――――――――――――――――――――ァっ!!」
ダキルダを呪うエルーランの叫びは、やがて絶叫に変わった。
その鋭い爪で掴み続けた最後の壁も、エルーラン諸共遂に崩れ去った。
縦に真っ二つに割かれたように見事にその身の半分を残したンダライの塔。国民を苦しみ続けたこの悪魔の建造物は今 崩れ去った。
残された半身で立ち続けるンダライの塔に、その繁栄の面影はなく、無残な張りぼての如く、ハンデルの町の中心に醜い姿を晒していた。




