激戦の地へ
●登場人物
ANTIQUE
・ココロ…アスビティ公国領主の娘。「始まりの存在」のバディに選ばれた十四歳の少女。周りの者が心配する程のお転婆であったが、世界滅亡のヴィジョンを見てからはその元気を失ってしまっている。
・吉田大地…地球の少年。十七歳の高校二年生。六年前に闇のANTIQUEに攫われた幼馴染である白雪ましろを連れ戻す為、ココロ達の旅に参加した三番目の能力者。
・シルバー…アスビティ公国警備隊の隊長。人には言えない暗い過去を抱えている為、寡黙で不愛想。しかし、胸の内には悪を憎む情熱と、隊士としての純粋な忠誠心、そして仲間を想う優しさを持った二番目の能力者。
・キイタ…ンダライ王国第二王女にして火のANTIQUEの能力者。まだANTIQUEの能力を完全には使いこなせないでいる。敵に奪われた母国を救おうと戦いに身を投じたが…。
アテイル一族
・クロノワール…シュベルの力で蘇った三種の魔族の一つ、アテイル一族の首領格。大変な美貌を持っているが、漆黒の鎧に隠された胸の内は、例え仲間であっても容易に見せる事はない。
・メロ…クロノワールと並び、アテイル四天王と呼ばれる一角。性格はひどく残忍でサディスティック。現在大国ンダライを調略せんと作戦を続行中。しかし、クロノワールの寵愛を求め、ANTIQUE討伐に心を砕いている。
・ダキルダ…アテイルに協力する正体不明の謎の人物。自分や周囲の者を瞬間移動させるテレポーテーションの他、何故かANTIQUEにしか聞こえない筈のココロのテレパシーをキャッチする力がある。
・エルーラン…クロノワールがダキルダの作戦決行の為につけた下等竜。プライドが高く、攻撃的な性格。陰ながらANTIQUEのみならずダキルダの命まで狙っている。
●前回までのあらすじ
囚われの身となったココロとキイタの前に現れた誘拐の実行犯であるダキルダは、なぜかANTIQUEにしか聞こえない筈のココロのテレパシーを読み取る能力を持っていた。これにより仲間の数は敵に知られてしまう。そのうえ敵に知られる事なく密かに大地とシルバーに塔内の様子を伝えようとしていたココロは、その希望が絶たれた事に愕然とする。その一方でダキルダの活躍をよく思わないアテイル四天王の一人メロは、ダキルダをンダライの塔から追い払い、自らの手で能力者を打ち倒そうと大地達の到着を待ちわびていた。そしてもう一人、ダキルダの発案によりANTIQUE討伐の為塔に残ったエルーランは、同胞の仇であるANTIQUE撃滅に執念を燃やしていた。各々の想いを胸に、能力者迎撃の態勢は整いつつあった。
まるで追い出されるように姿を消したダキルダは、中空を漂いながらンダライの塔を見下ろしていた。
「馬鹿な女だ…」
フワフワと宙に浮きながら呟く。
(私が残れば、能力者の動きがはっきりとわかるものを…。功を焦っているのだな。まぁいい。あのメス竜の作戦が成功しようが失敗しようが私には関係がない。…さて、次の手はどう打つか…)
そんな事を考えたダキルダは何を思いついたのか、クスリと小さく笑うと、その場からも完全に姿を消した。
その頃、ココロ達を救出するべく、首都ハンデルに建つンダライの塔を目指していた大地とシルバーの二人は、未だにその隣町、ドルストから抜け出せないでいた。
一人で馬に乗る事が初めてである大地の進みが、何しろ遅かった。しかし、それを教えるシルバーは決して焦りはしなかった。ココロの拉致が自分達をおびき出す為の作戦ならば、今のところココロの身に危険はない筈だ。
ココロのいる場所はンダライの塔とわかっている。そうであるならば、ここでイライラしても得はない。この機に大地にはしっかりと馬術を習得してもらうべきだと考えていた。
「どうだ、大地。尻は痛まないか?」
シルバーはのんびりとパンを齧りながら、後ろからついてくる大地に声をかけた。
「お蔭さまで尻は大丈夫だけど、膝の内側が死ぬ程痛い」
「無駄な力が入り過ぎているな。尻を庇おうと意識し過ぎなんだ。もう少しリラックスしろ。どうだ、朝飯は?」
「いや、いい。まだ片手を離す自信はないし、それに何だか胸がむかむかする」
「まぁ、昨夜から寝ていないからな。疲労から揺れに酔ったのだろう。だが、だいぶスジはいいぞ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。よし、もう少し行ったら速足をやってみよう」
「えー、マジで?これ以上 揺れたら、こう何だか色々出てきちゃいそうなんですけど~」
「文句の多い奴だな」
そう言いながらシルバーは笑った。
「緩やかな歩調より、少しスピードがあった方が酔わないぞ?」
「本当かよ…。ねえシルバー、俺ら大分遅れている?」
「いや、想定通りだ。恐らく昼には着くだろう、ンダライの塔にな」
シルバーは、パンの最後の一欠けを口に放り込んでから言った。
「よし…わかった。教えてよ、速足を」
「素直だな、結構、結構。よし、時間がもったいない、動きながら教える。私の横に着け」
こんな調子で、二人は決して慌てることなく、決戦の舞台となるンダライの塔へと着実に近づいていた。
しかし、そんな大地とシルバーを待ち受ける側のメロは、なかなか現れようとしない能力者に一抹の不安を感じ始めていた。
「遅い!」
鋭い刃を鱗状に重ねた長い鞭で床を叩きながら、メロは苛ついた声を上げた。鞭で打たれた大理石の床がざらりと欠片を飛ばしながら傷ついた。
メロの鞭が一体どんな性質のものでできているのかは不明だが、大理石を削って刃こぼれ一つしないその固さは、現存する金属や鉱物とは考えにくかった。
ダキルダが言っていた通り、ドルストから馬を駆れば既にこのンダライの塔に到着していてもおかしくない。
いや、もしかすると、既にすぐ近くへ来ているのではないか?こちらの裏をかくような作戦を、今正に進行しているのではないか?そんな不安がメロの胸をよぎるのであった。
救出を待つココロは、大地とシルバーが来てくれる事を疑いもしなかった。それに、ココロにはわかっていた。馬に乗れない大地がいるのだ、シルバーが一騎で駆け抜けるようには走れないだろうと。
だから、メロとは違い想定するよりも二人の到着が遅れている事に、ココロは一切の不安も感じてはいなかった。ただ不安と言えば、シルバーはきっと首都ハンデルに着いた段階で自分にメッセージを送ってくる筈。
あのダキルダと言うアテイルが、ゲンムのテレパシーを受信するANTIQUEと同様の能力を持っている事は確認できた。問題は、ダキルダのその能力が、どこまでの性能なのかと言う事だ。
ANTIQUEと同じく、ゲンムのメッセージしか聞こえないのだろうか?そして、やはり同じ地に立たなければ聞く事はできないのであろうか?今、ダキルダはどこに潜んでいるのか?ダキルダの他に同じ能力を持った敵はいないのか?
次々と疑問が湧き、そして何一つとして解決の見込みはなかった。この状況で、シルバーか大地からメッセージが来た時、自分は一体どう対処したらよいのか?そんな思いを抱え、ココロは重くため息をついた。
そんな憂鬱な顔をしたココロの横で、キイタはずっと考えていた。さっきまでこの部屋にいた、ダキルダとか言う敵の言い残した言葉が無性に気になっていたのだ。
あの時、ダキルダはこう言った。ンダライの織物技術は世界一。素手では切れぬ丈夫な組紐…。ココロの能力では、この紐を(ひも)切る事ができない…。
ひっかかった。これらの言葉の中に、何やら重大なヒントが隠れているような気がしてならない。
いや、キイタは既にそのヒントから導き出される答えを見つけていたのかもしれない。ただ、この危機的状況を脱する、起死回生の一手を打つ勇気が、彼女にはまだ持てていなかったに過ぎない。
(素手では切れない、短剣は奪われた、ココロの能力では…この紐は切れない…だとしたら…だと、したら?)
同じ頃、塔の最上階入口に向かう階段の踊り場で、他の下等竜達と共に能力者を迎え撃つ準備をしていたエルーランは考えていた。
ダキルダの言う通り、能力者が一人も欠ける事なくこの場へ向かっているのだとしたら、ドルストの宿を襲撃した同胞達は全員倒されたと言う事になる。
エルーランは口数少なに、暗い怒りをその胸に膨らませていた。今度ばかりはダキルダに感謝した。憎きANTIQUEの能力者の命を奪う機会を与えてもらった。
能力者は一人残らず打倒す。先に倒れた同胞の仇を必ず取る。アテイルの戦士であるエルーランは静かに闘志を燃やし、そう胸に誓った。
勿論、その後で必ずダキルダも殺してしまおう、そうも考えていた。
それぞれが、それぞれの思いの中で、やがて訪れる激戦の時を待っていた。
ンダライの地で、今正にANTIQUEとアテイルの初戦が繰り広げられようとしているその時、遠く離れたハドリア国に建つ死者の城にいるクロノワールは、一人 黙って今後の流れに思考を巡らせていた。
しかし、鋭いクロノワールの神経は近づいて来る訪問者の気配をいち早く察知していた。
「ダキルダか」
クロノワールが呟くと、その通り、ダキルダが黒い光の玉と共に謁見の間に姿を現した。
「どうした?お前はンダライに行かせた筈だぞ?」
ダキルダは床に音もなく降り立つと、そのまま片膝をつき、笑いを含んだ声で言った。
「それが、メロ殿に解任をされました」
「解任?」
顔を上げたダキルダは不敵な笑いを浮かべたまま、ンダライで起きている事をクロノワールに報告した。
「愚かな!」
ダキルダから報告の一切を聞くと、クロノワールは椅子から立ち上がり声を荒げた。
「メロめ、己一人の手柄が欲しいばかりに急いているな」
イライラとした様子でクロノワールは玉座の周りを歩き回った。
「そのような勝手な思いで予定にない行動を取ればロクなことにはならん。ダキルダ、今すぐンダライへ取って返し、メロを止めるのだ」
「恐れながら、メロ殿は全く聞く耳をお持ちになりませぬ。特に、私が言えば言う程、頑なに己が信念の赴くままにお振る舞いになる事でしょう」
「ええぃ!」
珍しくクロノワールは狼狽えている。予定が狂っていくのに耐えられない様子だ。クロノワールの描いた未来図の中では、この段階でANTIQUEと直接対決する予定はなかった。
「それに…」
ダキルダは続けた。
「如何に私が急いだところで、最早手遅れかと…」
「何?」
「私がメロ殿の元へ着いた頃には、既に闘いは始まっているものと思われます。そうなってしまっては、私の力でメロ殿とANTIQUEとの戦いを止める事などとてもとても…」
クロノワールは足を止めると、眉間に深い皺を寄せて何事が思案を始めた。
「メロ殿をお止めできるのは、クロノワール様をおいて他にはないものと思いますが?」
「…いや、私が出向く訳にはいかぬ。ダキルダ、お前はやはりンダライに戻れ。戦いを止める事はない。しかし前にも言った通り、何があってもメロの命は助け出せ」
「命令とあらば従いましょう。しかしこう言ってはなんですが、メロ殿のお命が危うくなったところでそれは自業自得。そうまでしてもお助けする必要が?」
「我ら四天王はアテイルの一族を導く存在だ。欠ける事は許されぬ」
「なるほど…」
「わかったら行け。私は暫く留守にする」
「どちらへ?」
ダキルダに背を向けたクロノワールはすぐには答えず、一瞬間を置いてからゆっくりと言った。
「シュベル様にお会いしてくる」
「シュベル様の元へ…?」
ダキルダは笑みを消し、緊張した声で言った。しかし、次にはもう笑顔を取り戻し、強がりのように言った。
「よいですなぁ。いずれ、このダキルダもお会いしてみたいものです、真の闇の王に」
軽い調子で言ったダキルダを、クロノワールは無表情な目で睨んだ。その目に気づいたダキルダは慌てた。
「これは、軽率でした」
クロノワールは、静かにダキルダに正面を見せて尋ねた。
「お会いして、どうするつもりだ?」
「それは…勿論、このダキルダにも存分に闇の力をお分けていただきたいものだと」
ダキルダがそう言うと、クロノワールは、ゆっくりと階段を降り始めた。
「ダキルダ」
「は」
近づいてくるクロノワールにダキルダは、かしこまってはいるが一歩も引く事はなかった。
「お前は、アテイル一族の者ではない」
「仰る通りです」
「なぜ我等についた?」
ついにクロノワールは、ダキルダと同じ床の上に立つと、更に歩みを止めずに近づいてきた。ダキルダは皮肉な笑みを絶やさぬまま、怯む事なく答えた。
「見てみたかったのですよ。闇の力によって蘇りし悪しき力が、この世界を破壊し尽くす様を。しかし、三種の魔族が人間を打ち滅ぼした後、仲良く新たな世界を築くとも思えませんでした」
クロノワールの足が止まる。
「人間共の滅んだ後、魔族同士の争いが起きる。最後にこの世の覇権を握るのはアテイル…。私はそう読みました。それだけの事。より強い者に沿う事が、自然かと思いますが?」
言い切ったダキルダを、クロノワールはじっと見つめる。黒く、深い瞳。吸い込まれそうな程に澄んだ、他に比類なき美しい瞳。やがてその瞳がふっと細められた。クロノワールが笑ったのだ。
「大した奴だ、見事このクロノワールに取り入ったな。いいだろう、いずれシュベル様との謁見を設けてやる」
そう言うとクロノワールは、長いマントを翻し再び階段を上がり始めた。
「恐れ入ります」
「だが今はンダライだ。ダキルダ、何としてもメロを戦場から離脱させろ」
「は」
そう言って頭を下げたダキルダは、得意の瞬間移動ではなく、ゆっくりとクロノワールに背を向け歩いて扉から出て行った。




