奪われた希望
●登場人物
ANTIQUE
・ココロ…十四歳にしてANTIQUEのリーダー、「始まりの存在」にバディとして選ばれた。強いテレパシー能力を持ち、全十二種、十一人の能力者を探す旅に出ている。
・吉田大地…土のANTIQUEのバディに選ばれた十七歳の地球人。戦闘の経験もない単なる高校生でだが、非常に冷静で頭がよい。仲間にかける想いは意外にも熱い。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた剣士。ココロを主君と仰ぎ、最も早く仲間になった能力者。実力者であるがプライドが高く、すぐに人を見下す癖がある。
・キイタ…炎のANTIQUEに選ばれた十三歳の王国王女。敵に攫われた姉、イリアを探す為にココロ達の仲間となった。戦いには慣れておらず、しっかり者の姉のせいか引っ込み思案な性格。
アテイル(竜の一族)
・ダキルダ…アテイルの首領格である四天王を補佐する為、度々ココロ達の前に現れては旅の邪魔をする。魔族の一員でありながら何故か能力者にしか届かない筈のココロの声を聞く事ができる。
・エルーラン…アテイルの首領、クロノワールの命によりダキルダの配下となった下等竜。巨大な体と強力な力を持つ。何かと命令をするダキルダを嫌っており、いつか殺してしまおうと考えている。
●前回までのあらすじ
敵の罠に嵌りココロから離れてしまったシルバーは、夜道を駆け、急いでココロの元へと向かう。
一方、宿でシルバーの帰りを待つココロ、大地、キイタの前にダキルダが率いるアテイルの一団が襲い来る。主力であるシルバーを欠いたANTIQUE一行はこの危機にどう立ち向かっていくのか?
宿の入口まで来た三人は絶望の内に足を止めた。宿の前には数十匹のアテイル達が待ち構えていたのだ。中には人間の顔をした者もいたが、大半が薄気味の悪い蜥蜴面だった。
その全員が全て二m以上の体格をしており、手に手に重々しい剣を握っていた。そんなアテイルの一団を割って現れたのは、大地よりも体の小さな、竜の鎧を纏った人物であった。
その人物を見た瞬間、ココロは我知らず叫んでいた。
「ダキルダ!」
ココロとキイタを庇うように立っていた大地がハッとして、その小さな相手を睨みつけた。
「こいつが、ダキルダ…」
目深に被った兜のせいで顔ははっきりとはわからない。わずかに見える口元がにやりと歪むと、ダキルダは体に似合わぬ大声で言った。
「男に構うな!女二人を捕らえろ!」
ダキルダの号令を合図にアテイル達が三人に剣を向けた。大地も次の攻撃に備えて身構える。
次の瞬間、大地の背後で鋭い悲鳴が上がった。恐らく先に二階へ上がった連中だろう、いつの間にか三人の背後から近づいていたようだ。一匹のアテイルが両脇にココロとキイタを抱えていた。
「ココロ!キイタ!」
大地が叫ぶ目の前で、キイタは相手の手から逃れようと必死に力を込めていた。ココロは自分の体を締め付ける巨大な相手にか細い拳で殴りつけている。
しかし、どちらも明らかに無駄な抵抗であった。二人を締め上げるアテイルの力はまったく揺るがなかった。
「飛ぶぞ、エルーラン!」
ダキルダが叫ぶと、突然ココロとキイタを抱き上げたアテイルの体が黒い謎の球体に包まれた。次の瞬間、アテイルは一瞬の内にココロ、キイタ諸共大地の目の前から消え失せた。
「ココロ!キイタ!」
二人を追うように一歩進み出た大地の目の前にダキルダが浮かんでいた。エルーランと呼ばれたアテイルと同じように黒っぽい影のような球体に包まれたダキルダは、大地を見下ろし不敵な笑いを浮かべていた。
「ANTIQUEの能力者達よ、ンダライの塔で待っている。尤も、この場を無事に潜り抜ける事ができたらの話だがな」
そう言ったダキルダの体も、次の瞬間にはその場から消え失せた。
大地がもう一度 叫んだ時、それを待っていたかのように剣を持ったアテイル達が大地に向かい宿の中へと雪崩込んできた。
アテイルの強大な力に掴まれたまま天空高く舞い上がったココロは、眼下に広がる景色を見て気が遠くなった。キイタは既に意識を失ってしまったようだ。
「ああ、同胞達が…!」
キイタとココロを両脇に抱えながらエルーランが叫ぶ。彼の見る遥か下の地上では、今自分達のいた宿が崩れ落ち、火を噴いていた。
恐らく一人残った土の能力者の力のせいだろう。仲間達にあの能力者を倒せないとは思えないが、何人かのアテイルは犠牲になる筈だ。
エルーランは業火の中で倒れていく仲間を見て、その場に戻りたい衝動に駆られていた。しかしダキルダの作り出した光の球体に入っている自分には何もしようがない。
「何が同胞だ」
エルーランのすぐ脇を並ぶように飛ぶダキルダが白けた声を出す。
「何だと!?」
ダキルダの冷めた物言いにエルーランが噛みつく。
「センチメンタルになっている場合ではないと言っただろう。一刻も早く始まりの存在をンダライの塔へ連れて行くのだ」
未練がましくもう一度遠ざかる戦場を振り返ったエルーランは、固く目を瞑ると思いを振り切るように前を向いた。そしてもう一度、いつかダキルダを殺そうと、強く胸に誓うのだった。
フラフラと前を横切る酔っ払いを突き飛ばし、ココロの待つ宿へと脇目も振らずシルバーは全力疾走で走り続けた。
やがて宿のある街道に差し掛かった時、シルバーはざわざわと騒がしく群れる人だかりに行く手を遮られた。大勢の人が何事か話しながら一点を見つめ、ある者は指をさしている。
「どけ!どいてくれ!」
叫びながら人波を押しのけ、シルバーは無我夢中で走った。シルバーの乱暴な行為に文句を言おうとした者もいたが、それらの者はみな、シルバーが血まみれの剣を握っているのを見ると一様に息を飲み、道を開けた。
やがて唐突に人垣がなくなり、ぽっかりと開けた空間に出た。人々が遠巻きにしていたその空間にあった筈の今夜の宿は、跡形もなく破壊され、瓦礫の山と化していた。
形容し難い、訳のわからない絶叫をあげたシルバーは、剣士の命ともいえる剣を躊躇なく投げ捨てると、瓦礫の山に取りついた。ココロの名を叫びながら必死に宿の残骸を掘り起こしていった。
その時、シルバーの足元で瓦礫が動きだした。下から何かが這い出そうとしている。
「ココロ様!」
シルバーは足元の相手を助け出そうと動いている瓦礫をどかし始めた。やがて、その下から現れたのは見るも悍ましい蜥蜴のような顔を持ったアテイルの兵士であった。
掘り起こされたアテイルは瞬時に立ち上がると、容赦なく手にした剣を振り翳してシルバーに襲い掛かって来た。
咄嗟であった。既に剣を捨てていたシルバーは、考えるより早く右腕で振り下ろされる敵の剣から自分の頭部を守りつつ、左手の拳を、渾身の力を込めて相手の脇腹に見舞った。
自分の左手に相手の冷たい体液を感じた。その左手は敵の体にめり込むどころではなく、身に着けた鎧を打ち抜き、その下の肉体に深く突き刺さっていた。
「ぐぇ…」
動物めいた呻き声をあげ、敵は仰向けにひっくり返った。シルバーは相手の体から引き抜かれた自分の左手を驚愕の眼差しで見つめた。
今まで剣の腕を磨き続けてきた。どちらかと言うと拳闘に秀でた訳ではなかった。だと言うのに、この破壊力は一体どうした事か?
シルバーは、一瞬ココロの事も忘れて血塗られた自らの拳を呆然と見下ろしていた。
そんなシルバーの隙だらけの背中に更に一匹のアテイルが瓦礫の下から飛び出し、襲い掛かった。
鈍く光る剣をシルバーめがけて振り下ろそうと、人間にはとても真似のできない跳躍で飛び掛かって来た。
一瞬遅れてシルバーが振り向く。頭上の相手を認めるのに更に一瞬の間を要した。新たな敵の第一刀を躱すのは無理だと思われたその瞬間、突然 棒立ちになるシルバーと空中から襲い掛かるアテイルの間に高い石の壁が立ちはだかった。
目の前にいた敵の姿がその壁に遮られて視界から消える。余りにも突然の事に、シルバーは声もなく突然地面から生えて来た壁を見上げた。
やがて、目の前の壁は音を立てて崩れ始め、すぐに足元の瓦礫へと戻ってしまった。不思議な事に、すぐ目の前にいるシルバーには小石の一片すら当たりはしなかった。
壁が崩れ去った後には、シルバーに襲い掛かったアテイルが腹を見せて倒れている。ピクリとも動く様子がない。どうやら、相当な勢いでこの壁に激突したらしい。
何が起きたのかすぐに理解したシルバーは、慌てて周囲を見回した。果たして、その彷徨う目の先に、瓦礫の中で両手両足を地についたまま動かない大地の姿を見つけた。
「大地!!」
シルバーは崩れた瓦礫に足を取られながら必死に大地の傍に駆け寄った。シルバーにはわかっていた。敵の攻撃を阻んだあの壁は、背後を取られたシルバーを守る為に大地がテテメコの力で出現させたものだという事を。
シルバーは大地の目の前に自分も膝を折ると、大地の腕を掴んだ。
「大地!大丈夫か!?」
そう訊ねても大地は顔も上げず、返答もしなかった。彼の腕を掴むシルバーの手に、大地の体の震えが伝わってくる。
「どうした大地?怪我をしたのか!?どこか痛むのか?」
大地は顔を上げぬまま、激しく左右に顔を振り始めた。
「…れた…」
掠れた大地の声が聞こえた。
「ん、なんだ?何と言った?」
「…連れていかれた…。ココロと、キイタを…」
そう聞き取れた瞬間、シルバーは頭の横を殴られたような衝撃を受けた。気が遠くなり、力が全身から抜けていくのがわかった。
(連れて、行かれた…?ココロ様と、キイタ様が…ココロ様が…)
大地の前に跪いたまま言葉を失くしたシルバーは、今大地の言った言葉を頭の中で何度も繰り返した。
言葉の意味はわかったが、自分の頭がどうしてもそれを受け入れなかった。嘘であってほしいと思った。よりによってココロが敵の手に落ちたなどと言う事は。
「…めん…」
大地が再び話し始め、シルバーは我に返った。
「ごめん、ごめん…。俺はまた、守ってやれなかった…。攫われて行く二人を、助けてやれなかった…」
シルバーは漸くわかった。何故大地が顔を上げないのか、何故こんなにも大地の体が震えているのか…。
シルバーは静かにその場に立ち上がると、改めて周囲を見回した。宿は跡形もなく崩壊していた。その隙間、隙間に倒れているのは、恐らくは敵であったのだろう。ざっと見回しただけでも二十体程の姿を確認できる。
どの敵も打倒され、全く動かない。全員が既に息絶えているのだろう。
「これをすべて、お前一人で…」
シルバーがぼそりと呟く。足元では未だに顔を上げない大地が同じ姿勢のまま震えている。
「戦いを放棄し、訓練すら受けてこなかったお前が…。剣を握った事もなく、馬にも乗れないお前が…、お二人を守ろうとして…」
シルバーの胸の中に、急激に熱い想いが込み上げてきた。慌てて空を見上げる。強く手を握り、歯を食いしばる。
漸く落ち着いた頃、一度大きく息をついたシルバーは再び大地の前に膝をついた。
「大地…。謝るのは私の方だ」
そう言うと大地の震えが止まった。
「すべて…、すべてお前の言う通りであった。私は、私の中のつまらぬ思い出や、ちっぽけな自尊心の為に、本当に大切なものが何か忘れていた。…離れるべきではなかったのだ。すまん、大地!すまなかった!」
大地がゆっくりと涙に濡れる顔を上げると、目の前でシルバーが頭を下げていた。あのプライドの高いシルバーが、いつも威張って自分を見下すようにしていたシルバーが謝罪の言葉と共に頭を下げていた。
一時の衝撃が過ぎると、大地は自分の腕で涙を拭き、派手に洟を一つ啜った。
「ンダライの塔だ…」
「何?」
唐突な大地の声にシルバーが顔を上げる。
「ココロとキイタは、ンダライの塔に居る」
「何故それが?」
「奴が来たんだ」
シルバーから逸らした大地の目が暗く光る。
「奴?クロノワールか!?」
しかし大地は地面に目を落としたまま首を横に振る。
「違う、ダキルダだ」
「ダキルダ?ダキルダと言えば確か、ココロ様が夢の中に出てきたと言っていた…」
「二人を攫ってここから消える前、奴は俺に言ったんだ。能力者達よ、ンダライの塔で待つ、って」
「大地、それは…」
「あぁ、罠だよ、わかってる。わかっているけど…」
そう言うと大地はゆっくりと立ち上がりだした。シルバーもそれに手を貸しながら一緒に立ち上がる。立ち上がると大地は漸くシルバーの顔を見ると真剣な眼差しのまま言った。
「わかっているけど、助けに行くしかないでしょう?」
大地の視線をまっすぐに受け止めたシルバーは、静かに頷いた。
「そうだな、他に道はない」
シルバーの答えを聞いた大地は力なく小さく微笑んだ。
「だが大地、お前は少し休まないと…」
「大丈夫、どこも痛くない」
「しかし…」
言いかけたシルバーの言葉を遮るように、大地は強い口調で答えた。
「今なんだよシルバー!今俺は無性に腹が立ってる!頭に来てる!はらわたが煮えくり返っている!」
「大地…」
大地の突然の大声に、シルバーは唖然とした顔で呟いた。
「どうしても、あいつらを一発ぶん殴ってやりたいんだ!今しかないんだよシルバー!」
シルバーは驚いていた。出会った時から大地は常に冷静で、むしろ歯痒い程冷たい心の持ち主であるかのように振舞ってきた。そのせいで大地には何度も不快な気持ちにさせられてきたのだ。
しかし、今のように時折見せる熱い大地こそ本当の大地なのではないだろうか?そんな風に思えてきた。
「わかった…。で、ではとにかく、荷物を掘り出そう」
何とかそう言うとシルバーは自ら立って瓦礫をどかし始めた。黙々と瓦礫を掘り返すシルバーを見つめていた大地は、ふと思い立ったようにその背中に声をかけた。
「シルバー、ちょっと避けてて」
「ん?」
シルバーが大地のそんな言葉に顔を向けると、大地の体が薄黄色に発光していた。右腕が静かに燃える炎のように揺らめきながら大きく膨らんでいた。
(そういう事か…)
大地が何をしようとしているのかをすぐに察したシルバーは、今いる場所から身を退いた。
シルバーが脇へどいたのを確認した大地は、大きくなった右手をそっと地面に置いた。その途端、シルバーの立つすぐ足元から地面が隆起し、まるで下から押し上げられるように盛り上がり始めた。
見る見る内に瓦礫の下敷きになっていた宿の家財道具に混ざり、大地達の荷物も湧き出すように現れた。
シルバーは大地を振り返り、大地もシルバーを見上げる。目が合うと二人は、にやりと笑いあった。その後は二人で力を合わせ、地面の下から現れた自分達の荷物を拾い集め始めた。
その時、作業を続ける二人の後から大きな声がした。
「そこまでだー!!」
その声に振り向いた二人の目に映ったものは、さっきまで大勢いた野次馬を追い払い、代わりにシルバーと大地を包囲するように立ち並んだンダライ国警察隊の猛者達であった。
その先頭に立つ髭面の大男が更に周囲を震わせる大音声を上げた。
「我々はンダライ王国公式警察保安隊、ドルスト隊である!」
大地とシルバーの二人は暫く冷めた目で、その公式警察保安隊とやらの面々を見つめていたが、やがて何事もなかったかのように再び荷物を集め始めた。
「コラコラ――――!そこの二人ぃ!!この騒ぎの元凶は貴様らかぁ―――!」
髭面の男がどんなに大きな声を出しても、二人はこれを完全に無視すると決めたらしく、黙々と作業を続け、やめようとしない。
「今夜のこの騒ぎについて聞きたい!同行してもらおう!素直に投降すればよし、抵抗するようであれば、こちらも手加減はせん!」
「これで大体全部か?」
やれやれと言った具合にシルバーが掘り出した荷物を見下ろす。
「そうだね。もしかすると細かいものは見つからないかもしれないけど」
大地もシルバーと同じようにしながら顔についた土埃を拭っている。
「贅沢は言えまい。それよりも今は一刻も早くお二人の救出に向かわなくては」
「そだね」
「よし、荷物を馬に積もう」
「うん」
目の前で淡々と旅立ちの準備を整えていく二人の背中に、がなっていた警察保安隊の声も尻すぼみに小さくなっていった。
足場の悪い瓦礫を踏んで大地が二頭の馬を引き連れてくると、シルバーは体の大きな馬の背に主な荷物を次々と積み始めた。
大地はココロの荷物を手に取った。ココロ愛用の(と言ってもまだ抜いた事はないが)護身用の剣が覗いている。
「ココロ…」
大地の呟きにシルバーが手を止め、彼の方を見る。大地はココロの荷物を馬の背に乗せると、それをぽんっとかるく一つ叩いて言った。
「必ず、助けるからね」
それを聞いたシルバーは微笑みながら自分の馬を離れ、キイタの荷物を拾い上げた。それを持って大地の傍に近づく。
「さぁ、急ごう」
そう言ってキイタの荷物を大地に手渡す。受け取った大地はそれも馬の背に乗せながらシルバーに訊いた。
「シルバー…、馬を操るのは、難しい?」
「ん?」
「いや…、こんな事になってしまうと、いつまでもココロに乗せてもらっている訳にもいかないのかな?って」
少し照れくさそうに言う大地の言葉を聞いたシルバーは明るい表情を作りすぐに答えた。
「乗ってみろ。ハンデルに着くまでに私が教えよう。何、難しい事などない。何せこの私が直々に指導するのだからな。大地は若い、すぐに乗れるようになるさ」
「そう?」
「ああ、勿論だ、私が請け負う。あ、だが尻に布を入れた方がいいぞ。最初は皮が剥けるからな」
「そうなの!?」
尻の皮が剥けると聞いた大地は驚き、慌てて荷物の中から適当な布を引っ張り出した。それをズボンの中に突っ込み、尻を守る準備を始めた。
その時、今まで黙っていた警察保安隊の髭面が、再びがなりだした。
「貴様らぁ!話を聞けぃ!警察への侮辱は即、罪であるぞぉ!」
「うるさいな、あれ」
シルバーは眉間に皺を寄せて髭面を見た。
「総員、確保準備!!」
髭面の号令で三十人程の警察保安隊の男達が抜刀の準備を始めた。
「シルバー、これでいいかな?」
見れば、大地が尻をパンパンに膨らませている。よほど皮が剥けるのが怖いらしい。
「そうだな、それでいい」
すっかり出っ尻になった大地の姿に笑いを堪えながらシルバーが言った。
「いいか、両足で馬の脇腹を優しく蹴るんだ、それを合図に馬は歩きだす。基本的に馬は自分の顔が向いている方向に進む。だから、左へ行きたければ左手を、右に行きたければ右手を引いて、そちらに顔を向けてやれば馬はその方向へ進む」
「ふむふむ」
大地は真剣に聞いている。その間も髭面は二人の後から忠告めいた言葉を怒鳴り続けていた。シルバーはその声に負けないよう、やや大きめの声で講義を続ける。
「あとは馬の揺れに合わせて自分の体を上下に振れ、速度が上がっても原則は同じだ。人馬一体となる事がもっとも大切なんだ」
「いいか!これから貴様らを確保に向かう!無駄な抵抗をするな!従わなければ容赦なく切り捨てるぞ!」
「止まる時は両手で手綱を引け。自分の胸に当たるように、馬の顎を真後ろに引くんだ。強く引くんじゃないぞ?馬が驚いて立ち上がるから危険だ」
「こうね」
大地は両手で手綱を持つ格好で、その手を自分の胸元に引いて見せた。
「総員抜刀!第一班、確保!前進!」
「進む、曲がる、止まる。まずはそこまでだ。その基本ができたら、速足、駆け足と順に教えていく」
「ハンデルまで、どの位かかる?」
「そうだな…、恐らく明日の昼までにはンダライの塔に着けると思う」
「そっか、明日の昼飯はちょっと遅くなりそうだね」
「そうだな、四人 揃って食う事にしよう」
「あ、それ賛成。ところで…、あれ何?」
大地の指さす方を見ると、剣を抜いた十名程の男達がじりじりと間合いを詰めるように進んで来ている。
「あれか?よくはわからんが、我々の行く手を邪魔したいらしい事だけは確かのようだ」
シルバーがそう言うと大地はため息をついた。
「まったく、しょうがないなぁ。じゃあ道を作るか」
そう言いながら大地はシルバーの前に進み出ると、地面に膝をついた。その足元に置いた右手から放たれた薄黄色い光が徐々に大地の体全体を包み始める。
それに応じて大地の右手は燃える炎のように不定形なものとなった。しかし、戦闘時ほど巨大に膨れ上がる事はなかった。
「気を付けて!怪我するよ!」
大地が前から近づこうとする男達に向かってそう叫んだ瞬間、大地の右手が触れる先から地面の上を目に見えないローラーがもの凄い速度で走り抜けるように、荒れた地を均し始めた。
大地とシルバーの行く手を阻もうと立ち塞がっていたドルスト警察保安隊の面々は、道を作りながら迫り来る見えないローラーに弾かれ、悲鳴を上げながら左右へと飛んでいく。
保安隊を全員すっかり蹴散らした後には、歩きやすそうな真っ直ぐで平らな道が出来上がっていた。
「これはいい道ができたな」
言いながらシルバーは馬に向かって歩き始める。立ち上がった大地もその道の出来栄えを満足気に眺めてから、自分の馬に向かった。
馬上の人となった二人は、並んでまっすぐに伸びる道の前に立った。徐々に夜が明けてきたようで、見つめる道の先にある東の空が明るくなり始めている。
大地は少しも眠たくなかった。むしろ、これから向かう先での事を思うと益々目が冴えてくるようであった。
「ハンデルに向かう道だ」
シルバーが言った。
「ココロとキイタの元へ続く道だ」
大地も言う。そして二人は目を見交かわし、互いに不敵な笑いを浮かべた。状況的には、決して笑っている場合ではない筈であったが、何故か高揚した気分の中で、気持ちは恐ろしい程 穏やかであった。
「行こう」
シルバーが言い、馬を進めた。大地も習った通り、そっと馬の脇腹を蹴り進みだした。二人が真っ直ぐに伸びる道を歩き出した途端、道の先から眩しい朝日が顔を出し、死地へと向かう二人に強烈な一条の光を放った。




