宵闇の襲撃
●登場人物
ANTIQUE
・ココロ:この世の始原である”始まりの存在”に選ばれた能力者。強力なテレパシスト。その能力を駆使し、全宇宙に散らばる十一人の仲間を集めるべく旅立った。
・吉田大地:土のANTIQUEの能力を司る地球の高校生。十一歳の頃、闇のANTIQUEに連れ去られた幼馴染、白雪ましろを救い出すべくココロの旅に加わった。
・シルバー:アスビティ公国警備隊の元隊長。鋼のANTIQUEの能力を身に着けた剣士。母国の令嬢であるココロを守護する為、一番に仲間になった能力者。
・キイタ:ココロ、シルバーの暮らすアスビティ公国の隣にある大国、ンダライ王国の第二王女。七年前、僅か六歳にして火のANTIQUEに選ばれた能力者。しかし、能力を操る力はまだ弱い。
アテイル(竜の一族)
・ダキルダ:闇の力で復活した三種の魔族の一つ、アテイル一族の一員。首領格のアテイル四天王を補佐する為、ココロ達の旅を妨害しようと暗躍している。
・エルーラン:ダキルダにつけられた下等竜。短絡的だがその腕力はずば抜けて強く、身体能力、頑健さなどで悉く人間を凌駕する能力を持っている。
・アローガ:アスビティ公国警備隊時代のシルバーの部下であったが、現在の彼はアテイルが成りすました偽物である。
●前回までのあらすじ
一人夜のドルストを彷徨うシルバーの前に、且つての部下アローガが姿を見せた。腹心の部下であるブルーと共にアスビティへ戻った筈のアローガの出現に声を失くすシルバー。
アローガはそんなシルバーを食事を共にと誘う。アローガについて暗い夜道を歩いていたシルバーは自分を案内するアローガの背に声を掛けた。「お前は、誰だ?」と。
「ダキルダ殿」
人気のない林の中から眩しい光を溢れさせながら夜の闇に建つンダライの塔を見上げていたダキルダは、呼ばれて振り向いた。
そこには、クロノワールから預かった下等竜のエルーランが立っていた。そのエルーランの足元には、更に位が低いと思われる一匹のアテイルが跪いている。
エルーランは感情の籠らない低い声でダキルダに向かい伝達を始めた。
「この者の報告によると、ドルストでそれらしき一行を見た者がいるとの事だ」
「でかしたな。すぐに仲間を集めろ、ドルストに向かう」
「しかし変化の技に秀でた者となると限界がある。俺も、変化は得意では…」
エルーランにみなまで言わせず、ダキルダは口を開いた。
「そんな事は承知している。何、この闇が味方するだろう。変化ができない者はそのままでよい。人目を避けて移動する。お前」
ダキルダはエルーランの足元に蹲る下等竜に声を掛けた。
「エルーランに詳しい場所を伝え、一足先に迎え。現地の者に、何があっても私が到着するまで一切の手出しは許さぬと伝えろ。これは至上命令だ。背いた者は問答無用で処刑する。よいな?」
跪いたアテイルは怯えたように益々体を小さくし、頭を下げた。
「私はここで待つ。準備ができ次第呼びに来い」
ダキルダの相変わらず威張り散らした言い方に腹を立てたエルーランは、言葉もなくダキルダに背を向けると伝令の下等竜を引き連れて闇の中に消えた。
「さて」
エルーランの気配が消えると、ダキルダは再びンダライの塔を見上げ一人 呟いた。
「ここは一つ、山場だな」
シルバーのいない食事はあまり進まなかった。会話も弾まないまま夕飯を終えたココロ、大地、キイタの三人は、消化不良を起こしたような顔で部屋に戻った。
「何だか…」
部屋に入るなり大地が言った。
「ピリっとしねーなー」
言葉の意味はよくわからなかったが、正に三人の今の心情を的確に表す言い方だった。ピリッとしない、それ以上にこの状況を表現する言葉は他に見つからなかった。
「無理に聞き出したのは、よくなかったのでは…」
遠慮がちにキイタが言う。勿論、三人が気にしているのはシルバーの事であった。
「いいえ」
キイタの言葉にココロが珍しくきっぱりとした口調で言った。大地とキイタはココロを見る。ココロは少し厳しい顔をしていた。
「このような苦しみを乗り越えて、私達はより強い絆で結ばれていくのです。十一人で、この命を賭けて世界を守ろうと言うのに、こんな事で挫けている場合じゃないわ」
独り言のように言ったココロは、そのまま二人に背を向け黙ってしまった。不安そうな顔でキイタが大地を見つめる。そんな視線に気が付いた大地は、キイタを安心させるように小さく微笑んでみせた。
それにしてもどうした事だろう?キイタが現れてからと言うもの、ココロが目に見えて強くなった。自分より体の小さなキイタが仲間になった事で急に責任感が増したのだろうか?守られる側から守る側になったと言う自覚が目覚めたのかもしれなかった。
そんなココロの背中を見ながら、こんな時であるにも関わらず大地は何となく頼もしい気持ちになった。
「それにしても」
大地は、とりわけどうでもいいような言い方で言った。
「シルバーの奴、どこまで行ったんだろう?」
宿に残った三人がみなでシルバーの身を案じている頃、当のシルバーは漆黒の闇の中で佇んでいた。
「お前は誰だ?」
そう問いかけた途端、自分を先導して歩いていたアローガは立ち止まった。
「嫌だなぁ隊長。何でそんな事を聞くんです?」
「何でかって?お前が随分と私の元の部下であるアローガと言う男に似ているからだ。そんな事はどうでもいい、質問に答えろ。お前は誰だ?」
そう重ねて訊ねられたアローガは、それでもまだ振り返らずに黙ったまま立ち尽くしていた。
そんなアローガの背中を見ながら、シルバーは静かに半歩下がると腰の剣がいつでも抜けるように体を屈めた。
その時だった、黙ったまま立っていたアローガが振り向きもせず、いきなり走り出したのだ。
「待て!」
ほぼ同時と言っていいタイミングでシルバーも後を追って走り出した。人間離れした速さでアローガは闇の中を走り去っていく。
幸い星の出ている夜であった。僅かに浮かぶ丘の稜線と、先を走るアローガの気配だけを頼りにシルバーも闇の中を走った。
やがてアローガは、近くの農家が使用していると思われる大きな倉庫のような建物に入っていった。追って入ったシルバーは闇の中から感じる匂いに、そこが藁の貯蔵庫である事を知った。
やけに奥行の深い建物の上部には窓穴が開いており、そこから射し込む月明かりを背に、アローガが立っていた。秋の虫の声がうるさい程鳴き盛っている中、アローガの興奮した荒い息づかいが伝わってくる。
「良く見破ったな」
月明かりを背にアローガが笑いを含んだ声で言う。
「顔形、声、話し方から頭の掻き方や猫背と言った癖まで見事な化け振りだったがな。私の知っているアローガと言う男は、いつだって私の後を継ぐ覚悟を持った奴だったのだ。いつ私が戦火に倒れたとしても即座に私の役を引き継いで部下を導く事ができるように常に私の仕事を見続けていたのだ」
闘志を伺がわせるシルバーの声であったが、その話し方はあくまでも冷静であった。
「どんなに慌てていたとしても、ブルーと言う男は上官を置き去りにして先に行くような奴ではない。まして、さらに上官である私を守るようにアローガに指示を出す筈などないのだ。ブルーは上官にそんな事は言わないし、私の事を信用している」
はぁはぁと嫌な息を吐き散らしながらアローガは、いや、アローガに似た何かは、時々絞り出すような笑い声をたてた。その息の嫌な臭いが漂ってくるようだった。
「答えろ。アローガとブルーを、どうした?」
血の滲むような声でシルバーは訊ねた。相手の笑い声は益々大きく、はっきりと聞こえてきた。
「勿論ぶっ殺したさ。副隊長はもう三月にもなるかなぁ?あの若造はつい昨日だ。ぶった切ってやったぁ、この剣でなぁ!!」
そう言うと同時に、敵は素早く剣を抜き放った。シルバーの思考は一瞬停止した。相手が武器を手にした事など、まったく意に介さぬ程にショックを受けていた。
(死んだ?ブルーが?あのブルーが…?)
シルバーは静かに目を瞑ると、頭を左右に振った。
「それは…ないな」
「あん?」
「ブルーは、お前程度の奴に倒されたりはしない」
「馬鹿言ってんじゃねえ、確かにこの剣で切り裂いてやった。そのまま崖下に落ちていきやがった。ひぃひぃ喚きながらなぁ」
「そんな筈はない。ブルーは生きている」
「残念でしたぁ!お前の大事なブルーちゃんは今頃山の獣の餌になっているさ、あの国境の山の中でなぁ」
相手が何と言おうとシルバーは、頭を振りながら「そんな筈はない」と繰り返し呟いていた。
(それにしても…)
アローガが、もう三か月も前に殺されていたとは…。その間、自分はそれに気づく事もなくこの偽物と共に過ごしてきたと言うのか。
シルバーは自分自身を責めた。第二小宮に不穏な兆しを感じ取り、ブルー以外の隊士に心開く事なく様子)を伺ってはいたが。まさか、こんなにも近くに敵がいたとは…。
その間、愛すべき側近であった副隊長のアローガはあの哀れなフルウズァと同じくどこかで殺され、その肉体はそのまま打ち捨てられているに違いない。それが何よりも辛く、シルバーの心に圧し掛かっていた。
茫然自失とした体のシルバーを見た敵は、抜き身を手にしたまま余裕のある動きでゆっくりとシルバーの前まで降りてきた。
「安心しろ、お前もすぐ傍に行けるさ。もともとそのつもりで人気のない所まで連れ出したんだからなぁ」
ニタニタと笑う口から異様に長い舌が飛び出し、その口元から涎の糸を引きながら相手は一歩一歩シルバーに近づいてくる。
シルバーはまだ目を瞑ったまま、剣も抜かずに立っている。その間も敵は歩みを止めずに近づいていた。あと数歩で手が届くと思われる位置まで来た敵が、高々と剣を振り上げて言った。
「お喋りはお終いだ、隊長さん。部下の所へ行く時間だぜ」
その言葉を聞いた途端、シルバーは力強く目を見開いた。大地が、睨むだけで人が殺せそうだと言ったシルバーの鋭い眼は自分の足元を見つめていた。見つめたままシルバーは言った。
「部下の声を真似て、馴れ馴れしく私を呼ぶなぁ!!」
その叫びと同時にシルバーの右手が素早く動き、月明かりに鋼の光が一閃走った。敵も剣を振り下ろしはしたが、その動きがスローモーションに見える程のシルバーの動きだった。
僅か一撃。怒りを込めたシルバーの一刀で、アローガに化けていたアテイルは臍から左肩にかけて深く切り割られた。
重々しい音を立てて敵の体が地に倒れる頃には、既にシルバーの剣は腰の鞘に戻されていた。
口から大量の血を吐き出しながら、それでもまだ敵は生きていた。地に倒れたまま苦しげに呻くアテイルをシルバーは冷たい目で見下ろした。
シルバーが近づくと、アテイルはアローガに似た顔のままシルバーを見上げながら、またニタリと笑いを浮かべた。溢れ出す血で、ゴロゴロと鳴る喉から苦しそうな声が漏れた。
「い、いい気分かい?隊長、さんよ…。だが、勝ったと思うなよ?お、俺の役目は、お、お前ぇの足止めよ…。お前ぇを、は、始まりの存在から…ひ、引き離す事…。ANTIQUEを、分断させる…こ、と…」
(何だ?こいつは何を言っている?)
「い、今頃…我らの、同士が…」
そこまで言うと、アローガに化けていたアテイルは引きつるような甲高い声で笑い出した。
(ANTIQUEを分断?足止め?今頃は、同士が…)
突然シルバーは絶叫すると、再び抜き放った剣を逆手に持ち、足元に倒れるアテイルの胸を深々と貫き止めを刺した。
「姫!!っ」
くぐもった声を出して敵が動かなくなったのを確認する事もなく剣を引き抜くと、シルバーはすぐに走り出した。
来た道を辿り、殆ど視界の効かない闇の中をシルバーは敵の返り血を浴びた抜き身を手にしたまま全速力で走った。
走りながら何度も何度も後悔の言葉を胸の中で繰り返し、自分自身の迂闊さを呪い続けた。
(離れるのではなかった、離れるのではなかった!姫、どうかご無事で!どうか、どうか!このシルバー、もう二度と、二度と姫の元を離れはいたしませぬ!ですから、どうか、どうか!)
その頃、宿の部屋ではココロ、大地、キイタの三人が言葉も少なく、まんじりともせずにシルバーの帰りを待っていた。
時々、気を紛らわせるように大地が軽口を叩くが誰も相手にしてくれない。ココロなどは夕飯から戻った後、仲間の絆について発言して以来、一言も発していない。
今までにも恐怖に怯えて声を失うような事はあったが、今回のはそれとは明らかに違う。断固として頑なな背中には、もっと強い意志が漲っているのが見て取れた。
とは言え、同郷であり、最も付き合いの長いシルバーを心配するココロの思いは、大地やキイタにも痛い程わかった。
その時、大地は妙な気配を感じた。耳を澄ましてみると、宿の入り口の方が何やら騒がしい。あの女主人のものと思える叫び声が聞こえた。と同時に、何かが倒れる激しい音も聞こえる。
大地は素早く立ち上がりドアの方を向いた。キイタも気づいたらしく、大地に近づきながら不安そうな声を漏らした。
「何?」
ココロも漸く振り向くとドアの方を見た。その途端、荒々しく階段を駆け上がる音が聞こえ、次には隣室の扉が強く開かれる音が響いた。そして人々の悲鳴。
「ココロ!」
大地がココロを振り向きながら叫んだ。次の瞬間、部屋に一つだけあった小さな窓が外から割られ、嵌め込まれたガラスがランプの光を反射しながら部屋の中に飛び散った。
キイタが悲鳴を上げる。ココロは咄嗟に自分の荷物の所へ駆け寄ると、父親から授けられた細身の剣を手に取った。
「逃げるんだ!」
この異変は間違いなく自分達を狙ったものだと察した大地が叫ぶ。しかし、その叫びも虚しくたった一つの逃げ道であるドアは一瞬にして粉々に吹き飛ばされた。
「テテメコ!」
大地が叫んだ途端、その体は薄黄色い光に包まれ、大地の右手がみるみる膨れ上がっていく。
戦闘状態に入った大地だったが、ドアが砕かれただの穴となった部屋の入り口から入って来た何人もの敵を見た時、その衝撃に思わず動きが止まってしまった。
そこから入ってきたのは人間ではなかった。人のように服を着て、二本足で立ち、その手に剣を握ってはいたが、そいつらの顔は皆まるで爬虫類であった。
蛇か蜥蜴、或いはいつか図鑑で見た恐竜を思わせる顔から長い舌を突き出した、見るだけで吐き気をもよおすような、不気味な姿をしていた。
ンダライに入り込んだANTIQUE一行を探し出す為に急きょ編成された、ダキルダ率いる捜索隊の一団であった。
そいつらは一瞬部屋の中を見回すと、突然 二手に分かれ、一方はキイタに、一方はココロに向かって行った。どうやら二人を連れ去ろうと考えているらしい。それを察した大地は我を取り戻すと大声をあげた。
「二人から離れろぉ!!」
そう叫びながら大地は、巨大に肥大した右腕を床に叩きつけた。一拍置いて木でできた床が下から何かに突き上げられるように隆起した。
床下の地面が大地の土の能力に呼応し、敵と判じた相手に向かって盛り上がったのだ。ココロの悲鳴が響く中、アテイル達は思いもよらぬ攻撃に驚きながら足場を失い転倒していく。
ココロに迫る敵を一網打尽にした大地がキイタの方を振り返ると、数匹のアテイルが大地の攻撃に驚き動きを止めていた。強靭な手がキイタの腕を掴んでいる。
「この野郎!」
それを見た大地は叫びながら傍の壁に手を付いた。煉瓦でできた壁に横一文字に長い亀裂が入る。
その亀裂はもの凄い速さで部屋の角を曲がりキイタの背後に達すると、突然ありえない方向に生き物のように広がり始めた。
壁は崩れ始め、キイタを狙うアテイルの一群に降り注いだ。しかし、不思議な事にキイタの立っている場所だけは壁が崩れず、竦み上って動けずにいるキイタを避けるように周りのアテイルだけを狙い定めて打倒していく。
動物のような声を上げて倒れていく下等竜達であったが、ココロへ魔手を伸す一団が再び立ち上がった。
それに気づいた大地はもう一度床に腕を落とす。その途端、床を破って飛び出てきた大量の土がまるで海に立ち上がる巨大な波のようにうねり、一瞬の内にアテイル達を飲み込んだ。
土の波に飲まれたアテイル達はそのまま成す術もなくココロの背後の壁を突き破り、宿の表まで吹き飛ばされていった。
今発動できる最大限の能力で部屋の中のアテイルを一掃した大地は、すぐにココロの傍に駆け寄ると叫ぶように声を掛けた。
「ココロ!しっかりして!」
「大丈夫!」
気丈に立ち上がったココロに、大地はもう一度言った。
「逃げるよ!」
ココロが頷く。大地はすぐにキイタの元に行き彼女の手を取った。
「キイタ行くよ!走れるね?」
声もなく頷くキイタを連れて部屋を飛び出した三人は、真っ直ぐにロビーへと向かった。