加速する悪意
●登場人物
・シルバー…アスビティ公国元第三警備隊々長。その前は公国一のエリート集団である特別行動騎馬隊の隊長を務めていた剣士。現在は鋼のANTIQUEの能力者として同国の令嬢にしてANTIQUEのリーダーであるココロに尽くす非公式隊士となっている。
・アローガ…警備隊時代のシルバーの部下にして第三警備隊副隊長を務める男であったが、既にアテイルの手によって殺害され、現在の彼はアテイルが化けた偽物である。
・ブルー…シルバーの特別行動騎馬隊時代の部下。シルバーが最も信頼する隊士で、現在ただ一人ANTIQUEの秘密を知る一般人であるが、アローガに成りすましたアテイルに襲われ生死不明に。
・メロ…世界を征服するために復活した三種の魔族の一つ、アテイル一族の首領格である「四天王」の一人。四天王唯一の女性で、その姿は非常に美しいが、「撃の竜」の異名をとり残忍な性格。
・ポルト・ガス…ンダライ国王からの信任が厚く、国王不在時の代行執政官に就任するも、その途端に独裁を始めンダライ王国を極貧の国へと変えてしまう。
・ダキルダ…アテイルの斥候。瞬間移動と”始まりの存在”の声を聴く能力を駆使し、アテイル四天王を裏から補佐する。
●前回までのあらすじ
ANTIQUEの能力者としての自信が持てないうえに失踪した姉を追う目的を理由にココロの仲間になる事を拒んだキイタであったが、ココロ、大地の説得により四番目の仲間として同行する事を決意する。
そんな一方で、自分の過去を明かそうとしないシルバーに対し、大地は、「仲間になるならば腹を割れ」と迫る。結果語られた彼の壮絶な過去に、ココロ、大地、キイタの三人は言葉を失う。語り終えたシルバーは、そんな三人に背を向け、静かに部屋を出て行った。
ンダライ王国の首都、ハンデル。その歴史ある街並みを遥かに見下ろす灰色の塔の最上部は、現在この国を牛耳る代行執政官、ポルト・ガスの玉座が置かれた執政室となっていた。
繁栄を極め、長く平和を維持してきた大国ンダライを僅かな間に極貧の状態にまで叩き落とし、国民を苦しめ続ける執政官ポルト・ガスは全身の精気をすべて抜き取られた抜け殻のような青白い表情で、その玉座に身を預けていた。
部屋に取り付けられた窓穴から暮色に染まる下界を見下ろし、妖艶な笑みを浮かべている女は、人の恰好はしているものの、間違いなくアテイル四天王の一人、撃の竜、メロであった。
メロは不敵な笑いを浮かべながら、活気を失い怯えたように見える大国の首都を見渡していた。
「良い光景だ。か弱き者達が築いた惰弱な栄華の果てに、間もなくこの国は死に絶えようとしている…。のうガス、良い眺めだとは思わぬか?」
「………メロ様の、仰せのままに………」
感情のまったくこもらない掠れた声でガスが答える。
「可愛い奴だ。その調子でお前は何も考えず、私の言う通りに命令を下していればそれでよい」
「………メロ様の、仰せのままに………」
判で押したように同じ答えを繰り返すガスの声を聞いたメロは高く笑い声をあげた。
そんな二人のいる部屋を、訪う者があった。メロの指示するまま貿易大臣に任命された、元はどの町にもいるゴロツキの一人だ。政治の知識も先を読む力もなく、ただ今日の贅沢に溺れる事だけが生きがいの下らぬ男だった。
「執政官殿、ンダライの布地を大量に仕入れたいとノドスの国から使者が来ております」
メロは大股でガスに近づくと、その耳元に怪しい息を吹きかけながら答えるべき言葉を囁いた。
「好きなだけ持ち出すがよい、値段は買い手に任せる。ただし、相場の半値以下で売り捌け」
「好きなだけ持ち出すがよい、値段は買い手に任せる。ただし、相場の半値以下で売り捌け」
ガスは録音機の如くメロの言葉を一言一句違わずに指示を出した。
「わかりました」
何一つ自分で考える事のできない貿易大臣が下がるのと入れ替えに、これもガス就任と同時に政権に加わった警察隊長官が入室してきた。
「ガス様、街中で政権非難を声高に叫んでいる連中がいます。今にも武器を手に徒党を組んで塔まで押し寄せようかと言う勢いですが、どうします?」
「一人残らず逮捕して、地下に繋いでおきなさい」
「一人残らず逮捕して、地下に繋いでおけ」
「実際に騒ぎを起こすまでは逮捕できませんが?」
「法政長官に言って法律を書き換えさせろ、全文はこうだ、“国に仇なす発言をした者。不穏な企みを持って国民を扇動せし者は即刻逮捕”」
「法政長官に言って法律を…」
メロが何を言っても、ガスはそれを自分の言葉として気怠そうに繰り返した。
「ああ、それともう一つ」
部屋を下がろうとした警察隊長官は、再びガスを振り返ると続けた。
「職にあぶれ食い扶持をなくした者達が、刑務所に入れろと押し寄せてきています」
「全員 逮捕。最上級の個室を与え、極上の飯を食わしてやれ」
「しかしそれを続ければ逮捕された方が待遇が良いと、更に逮捕希望者が増えます。そいつらを食わせ続ける金がもちません」
「犯罪抑止を名目に早急に新たな税を設け執行しろ」
ことごとくメロが言ったままの指示を受けた警察隊長官は退室した。
「偉いのぉ、ガスは。よくできたぞ」
「メロ様の、仰せのままに…」
「ん~、よいよい、それでよいのだ。お前はこの先も変わらず私の言うままに言葉を紡げばよい。この大国が痩せ細り、滅亡していくまでなぁ」
操り人形となったポルト・ガスの癖のある髪の毛を愛おしそうに乱しながら、メロは愉快気な声をあげた。
「メロ様」
その時、不意に部屋の中で新たな声がした。呼ばれたメロはハっとした顔でガスの元から立ち上がり、部屋の中を見渡した。
と、突然 天井近くの壁から、文字通り湧き出るように現れた者がいる。クロノワールの命により、作戦実行中のンダライに入ったダキルダだった。ダキルダは、音もなく床に降り立つと、そのまま低頭の姿勢で立った。
「チビか、相変わらず体に悪い現れ方をしおって」
メロが苛立った声を出した。
「お前に用などはない、呼ばれるまで控えておれ。まぁ、呼ぶ事などないがな」
「お耳に入れたい事が」
メロの嫌味を聞き流しダキルダは言った。
「ANTIQUEの一行がンダライに入った様子」
「何、始まりの存在か!?…それで、今奴らは何処にいるのだ!」
用はないと言っておきながら、事の内容がわかるやメロは急かすように聞いた。
「さて、正確な位置までは…」
「わからぬと言うのか!ええぃ、役に立たぬ奴だ!探せ、何としてもANTIQUEの奴らを探し出すのだ!」
「探して、いかがなさるおつもりか?」
「聞くまでもない、このメロ様が早々に息の根を止めてくれるわ!」
「しかしそのお役目、クロノワール様はゴムンガ様に託されたご様子。ゴムンガ様は既にANTIQUE討伐の為動き始めております」
ダキルダの言葉にメロは益々 居丈高に声を荒げた。
「それが何だと言うのだ!この千歳一隅の機会を逃してなるものか!誰よりも早くANTIQUEを打倒したとなればクロノワール様もお喜びくださる筈!何をしているチビ、すぐに下等竜共を向かわせるのだ!」
「…そこまで仰るのであれば早速捜索隊を組織いたしましょう。しかし、お言葉ながらご忠告申し上げる。始まりの存在をここで討ち果たしたところでクロノワール様がお喜びになるとは思えませんが?」
「貴様…何を根拠にそのような事を…」
爆発寸前の怒りを抑えながら言うメロは、威嚇するように鋭く尖った爪を光らせて見せた。メロの苛立ちを感じながらも、ダキルダは冷静な口調で続ける。
「ANTIQUEの能力者を亡き者にしたところで、当のANTIQUEは次の能力者を見つけ出すだけ。埒があきませぬ。それよりは始まりの存在の能力者であるアスビティ公国令嬢の身柄を押さえ、すべてのANTIQUEをこのンダライの塔へおびき寄せた後、一網打尽にするのが得策かと」
「貴様…」
怒りに満ち満ちた声を出しながらもメロは頭の中でダキルダの提案を試算していた。その様子を伺いながら、ダキルダは甘言を続ける。
「新たな能力者を探す間を与えぬよう、同時に全ての能力者を屠る事ができればアテイルの勝利はより確実なものとなるでしょう。メロ様の一存でそれに成功したとあれば、クロノワール様の寵愛はすべてメロ様のものに…」
美しい額に皺を寄せながらダキルダの言葉を聞いていたメロの瞳が、左右に激しく揺れた。
ANTIQUEの能力者を見つけ次第殺して行ったとしても、ANTIQUE自体を消し去る事はできない。次の能力者を殺す頃には前のANTIQUEが新たな能力者を見つけ出さないとも限らない。そうなればダキルダの言う通り、埒のあかない話だ。
しかし一同に会した能力者を一気に叩く事ができれば、奴らが態勢を立て直すのにはかなりの時間を要する筈。
その隙を突けばこの世界の人間共を皆殺しにしたうえで世界を、地上をアテイルのものとする事にかなり有利になる。悔しいがダキルダの忠告は納得できた。
「お前は余計な事を考えなくていいチビが!私に言われた通り、一刻も早く始まりの存在とその仲間達を見つけ出せ!ただし手出しはするな!見つけ次第私に伝えろ。行け!」
その言葉をきっかけにダキルダは軽く一礼すると、現れた時と同じように音もなくその場から忽然と姿を消した。
「気に食わん…しかし、始まりの存在を餌にANTIQUEをおびき出すと言うのは悪くない…。のおガスよ」
メロはそう言いながら瞬き一つしない、人形の如きポルト・ガスを振り返る。
「…すべて、メロ様の仰せのままに…」
その途端、メロの激しく狂ったような笑い声が夜を迎えたハンデルの町に響き渡った。
その頃、いたたまれない思いのまま宿を飛び出したシルバーは、すっかり日の暮れたドルストの街中を宛もなく歩いていた。
思いがけず自分の封印した過去と想いを披露する羽目となり、冷静さを失ってしまった。根が真面目なシルバーはココロに言った通り、本当に頭を冷やそうと努めていた。
それにしても、夜もまだ浅い時間だと言うのにドルストの町は賑わっている。景気が冷え込む程、人は劣情に身を委ねるものなのか。
安酒に溺れわざとらしく大声で笑う者、掴み合いの喧嘩を始める者、その怒声に混じり響く女達の嬌声。みな、日常の憂さを晴らし、一時の現実逃避に身を任せ、酔いしれていた。
(あれ程 誇り高かったンダライの民が、この僅かな間にここまで堕落したか…)
周囲を見回しながらシルバーは暗い気持ちになった。
(このまま手を拱いていたら、我がアスビティもこのような有様に…)
そこまで考えてシルバーは激しく頭を振った。
(いかん!何があってもアスビティをこのような姿にしてはならん!私が、私が何とかしなくては)
そんな事を考えながら、もうココロ達の待つ宿へ戻ろうかと思った時、背後からシルバーの名を呼ぶ者がいた。ドルストの町に知り合いなどいた覚えのないシルバーは怪訝な面持ちで振り返り、声の主を探した。
「隊長、シルバー隊長、こちらです」
眩しく輝く店先の明かりに照らされ浮き上がった人物を認め、シルバーは驚きの声をあげた。
「アローガ!アローガではないか!」
嬉しそうに笑いながら、アローガはシルバーの元へ駆け寄ってきた。
「アローガ、お前こんな所で何をしている?ブルーはどうした?」
「へへへ…、いやね、ブルーの奴、無事国境まで来たところで、後は一人で大丈夫だから隊長を助けに行ってくれと、そう言いましてね。すごい勢いで走りだしちまいやがったんですよ」
照れくさそうな笑いを浮かべ、頭を掻きながらアローガは言った。
「恥ずかしながらああなっちまったらあたしの腕じゃあいつには追いつけない。まあ大方、私の鈍足に嫌気がさしたんでしょうが…」
「そうだったのか…」
まだ驚きが冷めぬままシルバーが言った。
「しかし、よくここがわかったな?」
「後追いは得意な方でして。ところで隊長は一人ですかぃ?」
「ん?ああ、まあな」
ココロと離れて一人でいる事を咎められた気分でシルバーは言葉を濁した。
「そうですかぃ、そんじゃどうです?この先になかなかいい店があるんですけどね、一つさしで飯でも食いませんか?」
「いい店?お前、ドルストは詳しいのか?」
「ええ、まあ。ここいらにあたしの母方の従弟が住んでましてね。休みが取れりゃよく来ていたんですよ」
「そうだったのか…」
「ええ。どうです?隊長」
アローガは下から見上げるようにシルバーを見た。体が小さい訳でもないのに、猫背気味のアローガの昔からの癖だった。
「そうだな、少しだけなら…」
「そうこなくっちゃ。そんじゃ隊長、早速参りましょう、案内しますよ」
そう言うとアローガはシルバーの前に立って歩き出した。
「それにしてもアローガ」
歩きながらシルバーはアローガに声を掛けた。
「はい?」
「私の事を、まだ隊長と呼んでくれるんだな」
「ああ…そうか…。いや隊長ね、実は…」
アローガは急に言い辛そうに歯切れ悪く話しだした。
「何だ?」
「そのぅ…、隊長、正式に解任されました」
「…そうか…。そうだろうな」
当然の事であった。それでもはっきりとそう言われたシルバーは少なからずショックを受けていた。
「気にする事はありません、事情がわかりゃすぐにでも復帰できますよ。いや、もしかすると中央に返り咲く事だってあるかもしれねぇっすよ?」
「うん」
「でもまぁ、取り敢えず隊長がいなくなった後は、あたしが隊長って事になるんでしょうよ。これはあたしの計画には全然なかった。突然 降って湧いたような話だから、あたしの方が戸惑ってます」
「みなを、よろしく頼む」
「いや、そう言いますがね、何の覚悟もできてやしねぇ。ここで一つ、色々と聞いておきたいんですよ。隊長の仕事内容とか、心構えとか。多分…」
話しながらアローガはよたよたした歩き方でシルバーを先導して歩いた。シルバーはアローガの話に相槌を打ちつつ、じっとアローガの背中を見つめながら後に続いた。
「多分こんな機会はこれが最初で最後になるでしょうからねぇ」
「そうだな」
その後も取りとめのない話しをしながら二人は歩き続けた。暫くしてシルバーがアローガの背中に声を掛けた。
「なぁ、まだ遠いのか?」
気が付けば、いつの間にか街中の喧騒を離れ、随分と暗い道を歩いていた。
「ええ、何せ隠れ家みたいにひっそりとやってる店でしてね。けど、出てくるもんはとびきりです。何、もうあとほんの少しですよ」
「そうか」
それからまた暫く歩いた。雑談も尽きたのか、二人は無言であった。町の灯りは益々遠のき、暗く寂しい田舎道が続いていた。どれだけ目を凝らしても、その闇の先にアローガの言うような店があるとは思えなかった。
「なあ」
無言で自分の前を歩き続けるアローガの背中に、シルバーが再び声を掛けた。
「はい?」
「お前…」
「何です?」
変わらぬ歩調で歩き続けながらアローガの背中が訊き返してくる。シルバーは相変わらずそんな部下の背中をじっと見つめたまま、言った。
「お前は、誰だ?」




