海賊船
●登場人物
・ココロ…公国の侯爵令嬢。気さくで明るいいたって普通の少女であったが、始まりの存在に選ばれた能力者のリーダーとなってしまった。
能力者
・シルバー…鋼の能力者。頼りになるサブリーダーだが頭が固いのが難点。
・キイタ…火の能力者。大国の王女であるが極度の人見知り。
・アクー…水の能力者。頭の回転が速いチームの知恵袋。
乗客達
・アンバー夫妻…客船の中でココロ達と同部屋となった優しい夫婦。
アテイル
・メロ…アテイル一族四天王の一人。残虐な性格でANTIQUEに対して以上なまでの恨みを抱き単独で彼らを追いかけている。
●前回までのあらすじ
大地達は三等客室へ、ココロ達は二等客室へとそれぞれ引き上げて行く中、一人一等客室の甲板へと上がったアクーは、巨大にうねる海を見つめ不安に胸を詰まらせていた。
水の能力を手に入れたとは言え、森の中で暮らしていたアクーは、万が一の場合本当にこの大きな海を自在に操る事などできるのだろうかと心配していたのだ。
賑わう甲板の上に佇むアクーの隣にはハルが姿を現し、そんなアクーを励ましてくれていた。
その時、アクーの背中に向かって声を掛けてくる者がいた。見れば裕福な家に生まれ育ったと思える美しい女性が一人。彼女はテリーと名乗り、訊かれもしないのに自身の身の上を話し始めた。
自分より遥かに背の高いテリーが同じ十六歳だと聞いたアクーは大きなショックを受ける。
「で、キイタちゃん達の家はどこなのかな?」
アンバーが好々爺然とした笑顔でキイタへ訊ねた。二等客室の中、すっかり打ち解けた感じのアンバー夫妻は何それとなくシルバー達に質問をしてきた。
「キ、キッパーズライドです」
シルバーが辛うじて答えた。その町は確か東諸国の中でも屈指の商業都市であった筈だ。貿易会社位あってもいい。
東諸国に関する微かな記憶を紐解きながらシルバーは懸命に答えた。
「キッパーズライド?会社もそこに?」
「え…、ええ、まあ」
「はて?あんな内陸に貿易会社などあったかな?」
「ああ、いえ彼女達の父親が通う支社があるだけで、本社は勿論ミルナダにあります」
「おお、なるほど」
シルバーの機転を利かせた返答にアンバーはうまく納得してくれたようだ。シルバーはそっと額の汗を拭った。
アクーが平気で嘘八百を並べ立てたお陰でこのような冷や汗をかく羽目になってしまった。シルバーは胸の中でアクーを罵った。
「あら、アクーちゃん」
メアリが華やいだ声を出した。見れば客室のドアを開け、アクーが部屋へと入って来るところだった。
「ただいま」
「どこへ行っていたの?」
「どこへ行っていた?」
似たようなセリフだが全く違うニュアンスでメアリとシルバーが同時に言った。
アクーは気にもしない様子で答えた。
「一等の甲板へ上がって海を見て来た」
「どうだった?」
「大きかった」
「そう」
アクーの無感動にも聞こえる答えにもメアリはさも嬉しそうな笑顔で頷いている。
「それに風が強かった。ああ、テリーと言う名前の女の子と友達になったよ。一等に泊っている子だった」
「楽しかった?」
脱いだ上着の皺を丁寧に伸ばしていたアクーの手が止まった。
「楽しかった?」
一度メアリの笑顔を見つめ訊き返したアクーの目が所在無げに泳いだ。
「うん、そうだね…。楽しかった」
「そう、それは良かったわ」
上着を掛けたアクーは部屋の中を見回し、相変わらず窓の外を眺めたままのココロに目を止めた。
「ココ…、お姉ちゃん」
そう呼び掛けたがココロは返事もせず、振り向きすらしなかった。
「お姉ちゃん!」
アクーがもう一度強く呼びかけるとココロはビクッと肩を震わせて振り向いた。
「ああ、アクー。いたんだ」
「今戻ったんだ。それよりどう?具合は」
「具合?」
「体調だよ。どこか痛いところはない?」
アクーに問われたココロは一瞬考えるような表情を見せたが、すぐに顔を上げると答えた。
「別にどこも」
呆けた声で答えるココロに近づいたアクーは右手をココロに額に当てた。
「やっぱり熱はないね」
「ないよ熱なんて。どこも悪くないし食欲もある。元気は一杯。ただ…」
「ただ?」
しかしココロはその質問には答えず顔を伏せてしまった。再び上げた顔を横に振りながらココロはやはりぼんやりとした声で言った。
「よくわかんない」
「なんだよそりゃ」
溜めた割には期待した答えが得られなかったアクーは気の抜けた声を出した。
「疲れたのかもね、夕飯まで横になっているといいよ」
「うん」
「本当にアクーちゃんはしっかりしてるわねえ」
メアリにとっては姉であるココロの面倒を甲斐甲斐しく見る弟の姿が微笑ましくも逞しく映った。
「しかし…」
突然アンバーが呟いた。
「キッパーズライドとはまた…」
「キッパーズライド?」
話の輪に加わりながらアクーが言うと、シルバーは慌てて自分の声を被せて来た。
「キッパーズライドだよ!みんなの家がある町、キッパーズライドの話しをしていたんだ」
「え?…あ!ああ、キッパーズライド、キッパーズライドね!」
どうやらシルバーが苦労して自分がついた嘘に更に嘘を塗り重ねた結果、最早のっぴきならないところまで話しが膨らんでしまった事を察したアクーは何とか話しを合わせようと急いで言った。
しかしイーダスタの森で暮らした以前の記憶を持たないアクーにとっては今初めて聞いたキッパーズライドと言うのが国の名前なのか町の名前なのかすらわからない。
落ち着き払って姉であるココロの様子を看ていた姿からは想像もできない程ソワソワとした態度でアクーはキイタの隣に腰を下ろした。
「ミルナダからだと随分と遠いね」
アンバーの疑問にシルバーが慌てて答える。
「え、ええ。ですので、馬で」
「馬!?」
シルバーの答えに夫婦は揃って裏返った声を出した。
「む、迎えが来る訳ではないのかね?」
「はあ」
「これは驚いたな。それではみんな馬に乗れるのかね?アクー君も、キイタちゃんも?」
「そう…ですね。一応は、はい」
シルバーが歯切れ悪く答えると、アンバーは恐れ入ったとばかりに首を横に振った。
「凄いね君達は。おじさんなんかこの歳でも馬には乗れないよ。大したものだ」
「そんな事ないよ普通だよ」
アクーが調子よく口を挟むと、アンバーは一度顔をアクーへと向けた。あんぐりと口を開けたその顔は、まだ驚きが冷めていない事を示していた。
「馬は、どうするのかね?」
漸く気を取り戻したアンバーが再びシルバーに訊ねる。
「ええ、馬は七頭全て一緒に船に乗せております」
「七頭?」
シルバーの何気ない一言にアンバーはすぐに反応した。
(しまった!)
シルバーは慌てて口を噤んだがもう遅かった。
「何故、四人旅で馬を七頭も?」
「そ、それは、その…」
シルバーの頭は信じられない速さで回転した。荷物を運ぶ為、長距離の行程を想定した予備の馬…。
いくつかの言い訳が閃いたがどれもその場 凌ぎに過ぎない。とても納得のできる答えではなかったし、このまま話しが進めばいずれボロの出る底の知れた言い訳に思え、シルバーは咄嗟に答える事ができなかった。
「じ、実は…」
やっと口を開いたシルバーはこの際本当の事を打ち明けてやろうと腹を決めた。大きな嘘を隠す為には小さな真実を織り混ぜた方がリアルになる。そんな事を自分自身に言い聞かせていた。
「ちょっとした手違いで仲間が三人程下の三等に入っておりまして」
「何だって!?」
アンバーは予想以上に大きな声を張り上げた。
「手違いとは、一体どんな?」
「いえ、それがその、まあ、色々と…」
「私が出すように言ってやろう」
「はあ!?」
と今度はシルバーが珍しく素っ頓狂な声を上げた。
「何、この船の船長には些か顔が利くのだ。三等に入っている仲間の名前を言って見たまえ、すぐに出すように進言してやろう」
「いや、しかし出たところで部屋が…」
「ここでいいだろう。例え床に寝る事になっても三等よりは遥かにマシな筈だ」
「いえ!いえ、いいんです!アンバーさん、このままで大丈夫です」
「何が大丈夫なものか。言っただろう?若い者が遠慮などするなと。ほら、気にせず仲間の名前をいいなさい」
「いえ本当に大丈夫なんです。本当に大丈夫なのです!」
「何故?」
「彼らは、荷物の傍に置いておきたいのです!」
そう言うとアンバーの動きが一瞬止まった。
「どう言う事かね?」
「それは、その…」
正直な思いを言ったところでその理由まで話す訳にはいかない。例え言ったところで信じてはもらえないだろう。
シルバーはこの寒い海の真っ只中で顔中に汗をかいてアンバーの顔を見つめた。
「あなた」
突然メアリの冷静な声が割り込んで来た。
「よそ様にはよそ様の事情があるの。そんなに立ち入った事を訊くものだからシルバーさん、困ってらっしゃるじゃないの」
「む…」
妻に言われ言い返す言葉を失ったアンバーが小さく唸る。
「い、いえ…。お気持ちはとてもありがたいのですが…」
言いながらシルバーの声が囁く程に小さくなっていく。俯いてしまったシルバーの肩にポンと音を立てて手が置かれた。顔を上げると、そこにアンバーの笑顔があった。
「いや、妻の言う通りだ。これは余計な事を言ってしまった」
「そんな事は…」
「本当にいつまでも現役のつもりなんだから」
メアリが呆れた声を出す。
「でもおじさんはどうしてそんな事ができるの?」
アクーが素朴な疑問を投げかけると、アンバーは悪戯っ子のような笑顔で言った。
「それはね、おじさんが魔法使いだからだよ」
そう言ってウィンクして見せるアンバーの顔を見てアクーの表情が固まった。
(魔法使いだとぅ?子供 騙しどころの騒ぎじゃないな)
自分を幼子扱いするアンバーにアクーはカチンときた。思わず飛び出そうになった文句をぐっと飲み込む。
(僕は十歳僕は十歳僕は十歳僕は十歳…)
自分に暗示を掛けようとアクーは胸の中で呪文のように繰り返した。それが功を奏したのかどうか、アクーは何とかひきつった笑いを浮かべる事に成功した。
「へ、へぇ~。凄いやぁ」
エッヘンとばかりにアンバーが胸を張って見せる。
その頃、ココロ達の乗った客船の航路から遥か南の海を五隻の巨大船が波を蹴立て海上を走っていた。
どの船も客船とは似ても似つかぬ醜悪な姿をしていた。しかし大きさはどれも客船に引けを取らず、何よりもその足は遥かに早かった。
「メロ様」
五隻の先頭を行く一際大きな船の舳先に立ち、行く先に続く海原を眺めていたメロの後ろにエスクドヴィルで生まれたばかりの巨大なアテイルが立っていた。
「航海士を連れてきました」
メロが振り向くと体の大きなアテイルが二匹立っていた。マニチュラーの手によりエスクドヴィルで誕生したアテイル達はどれも今までの者達に比べ体が大きかった。
ンダライの塔で命を落としたエルーランは多くの下等竜の中で群を抜いて体が大きかったが、今船に乗っている連中は全員がそのエルーランに匹敵する体格を誇っていた。
マニチュラー自身が度々言っていた通り、今までのアテイル達が現宇宙を支配する手始めとしてプレアーガに降り立った四天王の作戦を補佐する先発隊であったのに対し、今回生み出されたアテイル達は本格的な戦闘を前提としたより強力な連中であるのだと思えた。
そんな巨大なアテイルに挟まれるようにして、一人の海賊が貧相な体をより一層縮めて震えながら立っている。
一段高い場所にいたメロは海賊を一瞥するとて甲板に降り立った。身に着けた鎧がガシャリと重たい音を立てると、海賊は顔色を失くして半歩身を退いた。
隣に立つアテイルの巨大な手がその体を小突いて押し戻す。たたらを踏んで前に引き出された男は、目の前に立つ不気味な色の鎧を見上げた。視界を得る為に開けられた穴から感情のない大きな瞳が自分を見下ろしている。
「今日、ジスコーの町を出航した新型の大型客船がある。私達の狙いはその船だ」
すっぽりと頭を覆う兜の中からくぐもった声が降って来る。
「客船は数日を掛けてミルナダ港に入る。その前に仕留めたい」
「新型の、客船…」
「知っているか?」
メロの質問に海賊は何度も頭を振って頷いて見せた。
「そ、その船の事なら勿論知っている。だがあれは…」
「何だ?」
激しく目を泳がせながら答えを逡巡した海賊にメロが訊ねた。
「あれは、観光用にしては足が速い。僅か三日でミルナダに到着する行程だ。それはつまり海賊対策なんだ、襲われたとしてもミルナダの海軍がすぐに駆けつけられる場所しか通らない。それに、あの船自体に海賊対策の色々な仕組みが施されていると聞く」
「なるほどな」
メロは一度男から目を逸らし、何かを考えるように虚空を見つめたが、またすぐに顔を戻した。
「客船にさえ近づけれは私達が乗り込む。人間達の浅知恵で作った仕組みなど我らには通用しない。お前達は自分の船から降りる必要はないから心配するな。それに、我らの目的は略奪ではない。長い時間を掛けて船を乗っ取る必要などないのだ」
「略奪じゃない?」
海賊が怯えつつも言った言葉に、鎧から覗く目が細くなった。メロが笑ったらしい。
「ミルナダの海軍が来る前に、沈めてしまえばいい」
「そんな!沈めちまったらお宝が…」
「だから、お宝などに興味はないのだよ、我々は」
一度男に顔を近づけそう言ったメロはスッと彼から離れると、背を向けた。
「あの船に、倒さなければならない連中が乗っている。私の目的は奴らの命、ただそれだけだ」
メロは顔を半分だけを男に向けた。
「できるか?」
体の震えを止める事のできない男はその場にがっくりと膝をついた。それでも必死に言葉を紡いだ。会話が終わってしまったら殺されるのかもしれない、そんな恐怖が男を多弁にし続けた。
「たった一隻の船を襲うのに編隊なんか組んだ事はないが、それでも俺達はクナスジア海軍の称号をもらっている」
メロは黙ったまま冷たい目で男を見つめ続けた。
「右翼左翼の二隻は足が速い、奴らが回り込み行く手を阻む。ミルナダの守護海域を出たくない客船の行動範囲は広くはないだろう。沈めるだけでいいなら四方を囲み大砲をぶち込んでいけば話しは簡単だ」
「出会えるのはいつになる?」
メロの質問に男は震える足に力を入れて立ち上がった。勇気を振り絞ってメロのすぐ隣に立つ。
「この先嵐の予兆はない。風は追い風だし、蒸気の力で走るあの客船をミルナダ以前で待ち伏せるとしたら…。攻撃は日没後になる」
「夜…」
「奴らは煌々と灯かりを点けて進んでいる筈だ、見逃す事はない。逆に奴らが俺達を見つけるには時間が掛かる。ミルナダ海軍到着前に片を付けるなら時間との戦いになる。夜襲はむしろ理に適っている」
「なるほど…。では見事そのタイミングで辿り着けるよう行程を組め」
「や、やるよ…。本当に、俺達は船を動かすだけでいいんだな?」
「それ以外に期待する事などない」
「わ、わかった…。じゃあ他の連中や隣の船にもそれを伝えなきゃならねえ。お、俺はこれで行っていいかい?」
「ああ、行け」
メロが低い声で短く答えると、男はまだ足に力が入らないのか、何度も蹴躓きながら甲板を後にした。
「夜か…」
呟くとメロは再び舳先の高台へと上がり、果てしなく続く海原へと目を向けた。
兜の中から背中へと落ちる栗色の髪が潮風に煽られてなびいた。
(ANTIQUE…。もうすぐだ、もうすぐ会えるぞ)
まるで長年離れていた親友にでも話し掛けるようにメロは胸の中で繰り返した。憎しみ以上に、再びANTIQUEの能力者達と相まみえる事ができる事に大きな喜びを感じ気持ちが昂っていた。




