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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
198/440

豪華客船の旅

●登場人物

・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者のリーダー。強い責任感を持っているが普段は明るい十四歳の少女。

・吉田大地…土の能力者。機転がきき、口がよく回る策士。

・シルバー…鋼の能力者。頑固者で真面目一徹。

・キイタ…火の能力者。人見知りの恥ずかしがり屋。

・アクー…水の能力者。負けず嫌いだがナイーブな少年。



乗客達

・アンバー夫妻…二等客室でココロ達と同部屋になった優しい老夫婦。

・テリー…一等客室に入っている裕福な家の娘。



●前回までのあらすじ

 二等客室で同部屋となったアンバー夫妻に身元をたずねられたココロ達は答えにきゅうするがアクーが咄嗟とっさの機転を利かせ口からでまかせを並べ立ててその場をしのぐ。

 優しいメアリから手作りのクッキーをもらったココロ達はナルの提案通り三等客室へとおもむく。三等客室前で見張りをしていたラベズリアスを口説くどき落とし、頑強がんきょう鉄格子越てつごうしごしに話しをする二等組と三等組。

 別れ際に大地に手をにぎられたココロは何故か大いに動揺どうようし、その挙動不審きょどうふしんな行動に仲間達を心配させるのだった。







 ココロ達が三等客室の入り口を離れると、ガイとナルも再び船底へと戻って行った。

 しかし大地だけは階段に腰掛けたまま頑丈がんじょう鉄格子てつごうしを背にキイタにもらったクッキーをポリポリとかじっていた。わずかに差し込む太陽の光がその背中をうっすらと温めてくれる。

「君も食べれば?」

 未練がましく指についた甘みを舌でめながら大地は背中合わせに立つラベズリアスに声を掛けた。

「休憩の時間にいただきます」

えらいなあ、君名前何て言ったっけ?ラズベリー君だっけ?」

「ラベズリアスです」

「そうか。ちょっと堅苦かたくるしいけど真面目まじめな人って俺好きよ?」

「…一つ、うかがってもよろしいですか?」

 大地の気味の悪いお世辞せじに一瞬閉口したラベズリアスは前を向いたまま問い掛けてきた。

「どうぞ?」

「あなた方が命に代えても守らねばならない一等客室のお客様とは、一体どのようなお方なのでしょう?」

 大地は薄い笑いをこぼすと立ち上がった。綺麗きれいめた両手をズボンにこすりつけながら後ろを振り返る。

「そりゃあ君、言えないよ」

 口からでまかせだったのだから当然である。

「しかし、何かあってもあなた方三人はここから出る事はできません。教えていただいておけば私が…」

「船長がよくわかっている」

「船長が?」

「そうさ。だから君が心配する必要はないんだよ、ラズベルド君」

「ラベズリアスです」

「ああそうか、失礼。まあそう言う事だから、君は君の仕事をはげんでいたまえ」

「しかし、あんな女性や子供まで…」

勘違かんちがいをしないでくれたまえラズベンダレス君」

「ラベズリアスです」

「乗船の際に言った事はね、俺達のために言ったんじゃない、君のために言ったんだ」

 大地がそう言うとラベズリアスは軽く眉間みけんしわを寄せ、小首をかしげた。

「わからないかい?だからさ、乗客を等級で分けて差別するような態度を取っていれば、いずれしっぺ返しを食うって事だよ。三等の客だって君の職場であるこの船を動かすためかてとなる船賃ふなちんを払っているんだ。立場は立場として、それでも君にとって客である事に変わりはないだろう?だってその中のいくばくかは君の収入としてね返ってくるのだから」

「…きもに、めいじます」

「結構結構。いつか君に後輩や部下ができたら今思った君の気持ちをちゃんと伝えてあげなさいよ」

 そう言って大地が二、三歩階段を下りかけると、ラベズリアスはついに振り返り急いで言った。

「では!ではせめてあなたのお名前を!」

「俺?俺は大地っつうんだ」

「ダイチ…殿?」

「ただの大地でいいよ。じゃあ寒いけど、頑張ってねラスベガス君」

 ラベズリアスは暗い船底へと消えて行く大地の背中を茫然ぼうぜんとした表情で見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「ラベズリアスです…」



 


 シルバー達が船室に戻って来ると、アンバー夫妻は窓際のベッドを陣取じんどり、仲良くお茶を飲んでいた。

「おや、お帰り」

「ベッドを、動かされたのですか?」

 シルバーが部屋の様子ようすを見て言った。アンバー夫妻は二つのベッドを近づけ、二人寄り添って眠れるようにしていた。

「ああ、迷惑だったかな?」

「そんな事はありませんが、言っていただければお手伝いしましたのに」

 そう言うとアンバーは手を振りながら軽い笑い声を立てた。

「なあに、これでも若い頃はきたえていたからねえ。この位の事はまだできるさ」

「じゃあシルバー、私とココロのベッドもくっつけてよ」

 キイタが小さく微笑みながらせがむ。

「お、ようしじゃあ手伝おうか」

 そう言いながら立ち上がったアンバーを慌てて止めたシルバーは、いとも簡単に窓際のベッドに真ん中のベッドを寄せた。

「ほう、さすがだねえ。いい体格をしているが、何かしているのかな?」

「い、いえ、そう言う訳では…。腕力だけが取りでして」

 アスビティ公国の令嬢を守る軍人と打ち分ける訳にもいかず、シルバーは不器用に言葉をにごした。

「ありがとう、これで一緒に寝られるわ。ね?ココロ」

 キイタが笑顔で振り向いたが、ココロはほうけた顔のまま部屋の奥へ進むと、窓際のベッドに腰掛け窓の外に広がる青い海をながめた。ホウッっと肩で息をつく。

「お兄ちゃんは?」

 アンバーがいて来る。部屋に帰って来たのはココロとシルバー、キイタの三人だけだった。アクーの姿は見当たらない。

 問われたシルバーはハッとして慌てて答えた。

「まだ、船内をウロウロとしているようです」

 するとアンバーは露骨ろこつ眉間みけんしわを寄せた。

「一人では危ないのではないかな?」

「いえ、彼は非常にしっかりとしているので」

 シルバーが言うと、アンバーはうんうんとうなずいた。

「確かに、小さいのにしかっりとした子のようだ。親御おやごさんの教育がいいのかな?長男として期待されているのだろう」

「はあ…」

 アンバーはアクーの事をさる貿易会社職員の一人息子と信じ切っているようだ。シルバーは複雑な表情で曖昧あいまいに答えた。

「ココロちゃん」

 いつの間に移動したのか、妻のメアリがココロのすぐそばまで来て床にひざをついていた。

 彼女の存在に全く気が付いていなかったココロは驚いて顔を向けた。優しく微笑んだメアリがそっと手をにぎって来る。

「何かあった?」

「え?い、いいえ、何も…?」

「そお?何だか…」

「え?」

 途中で言葉を切ったメアリにココロは訳が分からずき返した。するとメアリは微笑んだまま静かに首を振るとココロの手をポンポンと軽く叩いた。

「何もないならいいの。でも困った事があったら何でもおばさんに言ってね?」

「おばさん…」

 自分でも制御できず戸惑とまどうばかりの感情を見透みすかされたような気がしてココロは再び自分の顔が赤くなっていくがわかった。

「約束よ?」

 優しいメアリの声にうついたココロは小さくコクンと頭を落とした。そんな二人の様子ようすに、意味のわからないシルバーは困ったような顔でキイタを見た。キイタも同じような表情でシルバーを見上げていた。





 ココロ達の乗り込んだ豪華客船は水につかかった三等客室と通常甲板の二等、そして最上階の一等客室のフロアと、公式には三層さんそうに分かれた構造こうぞうとなっている。

 実際は大地達の乗っている三等客室の下にボイラー室等がある作業層さぎょうそうがあったが、その部分は公表されていなかった。

 ココロ達と別れ一人船内を歩き回っていたアクーは一等客室のある最上層の甲板かんぱんたたずんでいた。

「大きい…」

 はるか水平線を見渡す大海原おおうなばらを見つめて思わずアクーは独り言をつぶやいた。

(ハル…)

 アクーは胸の中でバディである水のANTIQUE、ハルに話し掛けた。

(こんなにたくさんの水を見た事がないよ。大地はああ言っていたけど…、本当に僕はこの海を君の力でコントロールする事ができるの?)

 周囲にはこの寒さにも負けず大勢の乗船客が潮風に当たろうと甲板かんぱんに出ていた。夜になれば一等客室の乗客専用のパーティー会場となるこの甲板も、今の時間は二等の客でも自由に出入りする事ができた。

 アクーの周りではしゃぐ乗客の誰一人として、アクーの体を包むように輝く青い色の光に気が付く者はいない。

 そして、いつの間にか音もなく彼の横にたたずむ巨大な姿に気づく者も、やはりいなかった。

 アクーのすぐ隣に姿を現したハルは、彼と同じように遠い海原うなばらながめている。やがてアクーの頭の中にハルの落ち着いた声が聞こえて来た。

(アクー。お前は水の能力者だ。おくする事はない。お前にあつかえない水など、この宇宙には存在しないのだから)

(で、でも…)

(怖いのか?)

 ハルがゆっくりとアクーを見下ろす。アクーもそっとそのんだ瞳を見上げた。目が合うとハルは笑うようにキュッとその大きな目を細めた。

 アクーはすぐに顔を伏せると手摺てすりつかむ手にギュッと力を込めた。

(正直に言えば…怖い…)

(恐れるな。この空に舞い上がる水飛沫みずしぶきのほんの一滴でも手にする事ができれば、目に見える範囲の水は全てお前の思うがままだ)

 そう言われたアクーはほんの少しだけ顔を上げると、目に掛かる真っ青な前髪の間から日に照らされて光る海を見つめた。

 どこから生まれて来るのか、迫りながら大きくうねる波が立っている。ザブンザブンと音を立てて船の舳先へさきに割られた水が白い泡を立てては後方へと流れていく。

(そうは言うけど…)

(アクー)

 途方とほうに暮れた顔付きで水平線を見つめるアクーに、ハルは優しい声を掛けた。

(お前はあのイーダスタの川を自在じざいあやつり、フェズヴェティノス達を一掃いっそうしたではないか)

(イーダスタの川は僕の家みたいなものだったからね、何も戸惑とまどう事なんかなかった。けどここは違う…)

(同じだよ。お前の前で水は常にお間の指示を待つ忠実な兵士だ。私がいる、自信を持て)

 そう言うとハルは見上げて来るアクーの顔を見てもう一度目を細めた。

「そうは言うけどさ…」

 声に出しながらアクーは手摺てすりから大きく体を乗り出して、眼下を流れていく波の列を見つめた。

「坊や!」

 背後から切羽詰せっぱつままった女の声が響いた。余りの大きな声にハルとの会話から現実へと引き戻されたアクーは驚いて後ろを振り返った。

「そんなに身を乗り出したら危ないわ!」

 アクーが振り返った先で若い女が叫んでいる。アクーは周囲を見回した。女があんなに必死の声を出す程危険な行為こういをしている子供の姿は見当たらなかった。

(まさか…)

 そう思いながらアクーは恐る恐る自分の鼻を指で指した。女は肩に掛けたストールを胸の前で合わせ、風で飛ばないようそれを右手でにぎりしめるようにおさえながらアクーの方へと近づいて来た。

 どうやら彼女が叫んだ「坊や」と言うのは自分の事らしい。それに気が付いたアクーは大仰おおぎょうに天をあおぐと大きくため息をついた。

さくの上から顔を出しちゃだめよ。坊や、お父さんとお母さんは?」

 そう言いながらアクーの前に立ったのはまだ若い女だった。手で押さえている臙脂色えんじいろのストールの下に着た明るい青色をしたドレスが午前の日に照らされてまぶしかった。

 真っ白な肌、ガイも負けそうな程の見事なブロンドの髪。どこからどう見ても裕福な家の娘だ。

「あのねぇ」

 本気で心配しているらしい女に向かって言い掛けたアクーはそこで口を閉ざした。

(やめた)

 自分より頭一個半分は背の高いこの娘にいくら自分がもう十六歳で立派な大人なのだと叫んだところでかえってみじめになるだけだ。

 アクーはプイっと彼女に背を向けさくひじを乗せると再び海原うなばらながめた。

 青いドレスの女は聞こえない程度のため息をつくと静かにアクーの隣に立った。

 見られる恐れもないはずなのに、彼女が声を掛けて来るのと同時にハルは姿を消していた。ついさっきまでハルの立っていた場所には今柔らかそうな金色の髪を風にらした女がいた。

「海が好きなの?」

「初めて見た」

 女の質問にアクーは顔も向けずに即座そくざに答えた。

「そうなんだ。坊やは一等客室に泊っているの?」

「二等だよ」

「そっかぁ。じゃあ夜は会えないわね」

 そんな言葉で女が一等客室に泊っている事がわかった。

「そうだね」

 独りぼっちで海をながめる少年を心配したのか、女は何かとアクーに問い掛けてきたが、アクーはそのすべてをぶっきらぼうな声で返した。

「寒くない?」

「大丈夫」

「坊やさ…」

「あのさ」

 言いながらアクーはようやく女の顔を見上げた。

「坊やじゃない、僕の名前はアクー」

 突然怒ったような声で自己紹介を始めたアクーに女は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに微笑むと言った。

「そっか、アクー君か」

 そんな呼ばれ方にアクーは全身の力が抜ける思いだった。

「アクーでいい」

 そう言ってアクーはまた海へと顔を向けてしまった。

「私はテリーよ、よろしくねアクー」

「はいはい、よろしく」

 笑顔で名乗った女にアクーはあくまでも不機嫌な声で答えた。一度曲がったアクーのへそは若い女の笑顔位では真っ直ぐに治りはしなかった。

「私はね、お祖母ちゃんと二人で船に乗っているの。お祖母ちゃんもうすごく歳をとっちゃって、最近は目が段々見えなくなってきているのよ。一度東諸国を見てみたい、って言うから、じゃあ自分の足で歩ける内に行ってみましょうって私が誘ったの」

 テリーは聞いてもいない事をさも楽し気にとめどなく話した。

「へえ、二人だけで旅をしているんだ。あっちには誰か知り合いでもいるの?」

 相変わらず顔を海に向けたままアクーがき返した。半分以上は義理で話しに付き合ってあげている気持ちだった。

「うん、姉さんがお嫁に行っているんだ」

 聞けば六歳年上のテリーの姉は東諸国の富豪の息子の元へと嫁いでいるとの事だ。聞くともなく聞いていたテリーの話しの中で、何よりもアクーを絶望におとしいれたのは、テリーが自分と同じ十六歳だと言う事だった。

 その事実を知ったアクーは大きなため息をつくとさくに乗せた両腕に顔を埋めてしまった。

「どうしたの?」

「何でもない」

 心配そうにのぞき込んで来るテリーにアクーは顔を伏せたまま答えた。

 見た目はアクーよりもはるかに大人っぽい容姿ようしをしていた。しかし話す言葉の中にまだ世間をよく知らない幼さが散見さんけんされた。

 アクーはチラリと横目で隣を盗み見た。その目の前にテリーの顔があった。透き通るような綺麗きれいな瞳が自分をのぞき込んでいる。

 間違いなく美人なのだろう。しかしアクーはそう言う事に特に興味を抱きはしなかった。

(もういいや何でも…)

 アクーは胸の中でつぶやくとまた顔を伏せてしまった。アンバー夫妻をだまために自分より年下のココロの事を「お姉ちゃん」と呼んだ段階で、アクーの中のプライドは粉微塵こなみじんに砕け散っていた。

「テリー!テリー!」

 その時、乗客でにぎわう甲板かんぱんの上にテリーの名を呼ぶ老婆ろうばの声が響いた。その声にアクーも顔を上げ後ろを振り返った。

「お祖母ちゃん!もう、部屋で休みたいって言うから置いて来たのに、出て来ちゃったんだ」

 テリーが困ったよう顔でけ出す。思い出したようにアクーを振り返ったテリーは満面の笑顔で言った。

「アクー、明日も来る?」

「どうかな?」

「来てよ、私ここで待っているから」

「早く行って上げて」

 オロオロとした仕草しぐさで両手を上げて甲板かんぱんの上を歩く老婆ろうばに向かってアクーはあごをしゃくって見せた。目が良くないとテリーが言っていたのを思い出した。

 テリーは笑顔でアクーに手を振ると、人々の間をうように走り抜け、祖母の元へとけつけた。

 安心した笑顔を見せる老婆ろうばの手を取りながらテリーはアクーを振り返るともう一度大きく手を振った。

 口元に笑みを浮かべながらアクーも手を振り返す。やがてテリーは祖母の手を引きながら部屋へと消えて行った。

(やれやれ…)

 アクーはため息をついて、ふと自分の体を見下ろした。

(そんなに子供っぽいかな?僕)

















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