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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
197/440

出航

●登場人物

能力者

・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者のリーダー。

・吉田大地…土の能力者。

・シルバー…鋼の能力者。

・キイタ…火の能力者。

・ガイ…雷の能力者。

・アクー…水の能力者。

・ナル…生命の能力者。


客船の乗員・乗客

・アンバー…ココロ達と同室となった壮年の男性。

・メアリ…アンバーの妻。

・ラベズリアス…客船の若い乗務員。奇妙な縁で大地を重要人物と勘違いしている。



●前回までのあらすじ

 仲良くなった牧童ぼくどう達から三等客の数が多すぎると言う話とその理由を聞いた大地達は豪華客船への漠然ばくぜんとした不安をつのらせる。

 自分達の入った三等客室に山と積まれた箱について疑問に思った大地に牧童ぼくどうの一人であるブライアンはその由来ゆらいを語って聞かせる。

 関心して聞いていた大地達の頭の中に乗船を終えたココロの声が聞こえて来た。







「ああやれやれどっこいしょ」

 夫婦連れらしい二人は荷物を置くと大きく息をついた。

「同部屋の方かな?」

 腰を伸ばした男が四人に笑顔を向けて来た。

「まあまあ、こんな若い方達と一緒に旅行ができるなんて、嬉しいわ」

 女が本当に嬉しそうな笑顔で言う。

「おじさん、おばさん、よろしく」

 ココロが人懐ひとなつっこい笑顔で言うと、シルバーも礼儀正しく頭を下げた。

「あらかわいい!二人は兄妹?」

 女の方がアクーとキイタを見つけ声を掛けて来た。

「あ、あの…」

 相変わらず人見知りのキイタが顔を真っ赤にしてアクーの背中に隠れる。

「そうなんです、僕達三人兄弟でこれから先にクナスジアに向かった親元に帰るところなんだ」

 アクーの口からしれっと嘘八百うそはっぴゃくが飛び出した。キイタとシルバーが驚いて目をく。

「そうかい、小さいのにしっかりしているねえ。するとぉ、こちらの御仁ごじんは?」

 男がシルバーの顔を見て不思議そうな顔をする。

「あ、その…」

「彼は父の部下でして、クナスジアまで僕達を連れて行ってくれているんです」

「そうですの、大変なお仕事ねえ」

「は?はあ…」

 答えにきゅうするシルバーにアクーが更にいけしゃあしゃあとうそを並べ立てるが、人の好さそうな老夫婦は微塵みじんも疑う事もなく四人に笑顔を向けて来る。

「お父さんは何の仕事をしているのかな?」

「父は貿易会社で働いておりまして、家族で西諸国へ仕事をねた旅行に出たのですが、急に帰国するように命じられまして僕らより一足先に。それで彼が僕らのお守り役をおおせつかったと言う訳です」

 ココロ、シルバー、キイタの三人は同部屋の男女に気づかれぬようそっと目を見交わした。

 アクーはイーダスタの森でポーラーと出会う以前の記憶を失っている。今回ANTIQUEの一員としてココロ達と旅立つまで森を出た事もなかったはずだ。

 言って見れば仲間の中で最も世事せじにはうとはずである。そんな彼の口から出まかせとは言えこの人生経験豊富な老夫婦を信じ込ませるだけのうそが飛び出て来る事に三人とも驚きを通り越して薄気味悪さを覚えた。

 ポーラーは、出会った時には服の着方すら知らなかったアクーが、それからわずか三か月程で今の状態になったと言っていた。

 それは単に忘れていた記憶が蘇ったのではなく、アクーの学習能力が異常に高かったと言う事なのかもしれない。

 アクーはこの旅に出てからの半月程で、いや、もしかしたらジスコーの町にいた三日間で見聞きした周囲の話しを次々と吸収し、覚え、理解したのかもしれなかった。

「御父上のお勤め先は、何と言うのかな?」

 とうに仕事など引退をしているであろうがこの年で妻と一緒に豪華客船で旅行に行ける程だ、この男も若い頃はそれなりに仕事をし、財を成したのであろう。彼はアクーの話しにぐっと興味をかれたようだ。

「それより!あ、そうだ自己紹介しません?私ココロ」

 これ以上 かれたらぼろが出る。アクーの話しがすべて根も葉もないでまかせである事を知っているココロは慌てて話しをらした。

「僕はアクー、こっちは妹のキイタ」

「シルバーと言います」

 ココロの作戦はこうそうしたようで、夫婦は四人が頭を下げるのを笑顔でうなずきながら見ていた。

「私はアンバー、こっちは妻のメアリだ。こちらこそよろしく」

「アンバーさん、私達これから船の中を歩いてみようと思っていたんですけど、一緒にどうですか?」

 ココロが気安い口調でアンバー夫妻を誘ったが、彼は笑いながら大袈裟おおげさに首を振った。

「いやいや、ここまで来るのに息が切れてしまってね。私達は一休みしたいんだ。探検は君達だけで行っておいで」

「そうですか」

 正直アンバーのその答えには全員がホッとした表情を作った。

「ああ、そうそう」

 突然妻のメアリがポンと手を打つと、自分の荷物の中をガサガサと探り始めた。やがて荷物の中から小さな包みを見つけ出したメアリはそれをキイタの前に差し出した。

「はい、キイタちゃん」

「え?」

「クッキーよ、おばさんが焼いたの。みんなで食べて」

「いや、せっかくお持ちになったものを…」

 シルバーが遠慮して声を掛けるがメアリは笑顔で言った。

「いいのよ、私達はいつでも食べられるし。誰かに喜んでもらった方が嬉しいわ」

「若いもんが遠慮なんかしちゃいかんぞ」

「海を見ながら食べるときっとおいしいわよ?」

 キイタが戸惑とまどった目をアクーに向けると、アクーはにっこりと微笑んだ。

もらっておきなよキイタ」

 その声にキイタはおずおずとメアリの手から包みを受け取った。手に取ると、ふっと甘い香りが鼻孔びこうをくすぐった。

「あ、ありがとう」

 キイタが言うとメアリはますます々笑顔になった。

「どういたしまして」

 この老夫婦から見ると、体の小さなアクーとキイタはまだ十歳にも満たない幼子おさなごに見える事だろう。二人は必要以上にアクーとキイタに優しい声を掛けた。

「さあじゃあ探検に行っておいで。船の中で何を見つけたか、後でおじさんにも教えておくれ」

「うん!わかった」

 アンバーの笑顔にアクーが元気に答える。

「じゃあお姉ちゃん行こう!」

 アクーはココロを振り返ると、キイタの手を取って船室を出て行った。

「ああ、もう勝手に行かないでよ!」

 ココロが急いで二人の後を追う。最後に部屋を出ようとしたシルバーはもう一度アンバー夫妻を振り向くと丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。ベッドはお好きなところをお使いください。我々はどこでも構いませんので」

「ああ、ありがとう」

 そう言って笑う夫婦にもう一度頭を下げると、シルバーは三人を追って部屋を出て行った。





「ココロ達も無事に船に乗ったんだね、良かった」

 ココロとの通信を終えたナルがため息をつきながら言った。大地はうなずきながら最後のパンの欠片かけらを口に放り込む。手に着いたパンくずを音を立てて払っていると、入り口の方から重々しい音が聞こえて来た。

 何事かと音のする方を見てみたが、今いる位置からは特段何も見られなかった。

 ふと気が付くと、今まで騒いでいたエルドナ達 牧童ぼくどうの連中も音の方を振り返り黙り込んでいる。

格子こうしめられた音さ」

 大地の視線に気が付いた男の一人がかれもしないまま答えた。

「出航が近いんだ」

「これで俺達はもう何があってもミルナダに着くまではこの船底からは出られねえ」

 酒を口に運びながら男達が自嘲気味じちょうぎみな笑顔を浮かべて口々につぶやいた。見れば周囲の人間達も一様いちように口を閉ざし、広い三等客室の中に不安が充満していくのがわかった。

 酒を飲んで嫌に高いテンションではしゃぐ男達も、実はそこはかとない漠然ばくぜんとした不安を感じているのだろう。だからこそこうして早々に酒に酔い、バカ話にきょうじて無理に強がって笑っているのだ。

 突然エルドナがごろりと横になった。

「あとは船任せ波任せだ。何を騒いだところで俺達にゃあ何もできねえ。のんびり行くさ、なあ?」

 エルドナのその大声に、何となく周囲にホッとした雰囲気が流れる。大地はこの男のそんな不器用な心遣いにフッと笑顔をこぼした。

 その瞬間、部屋をるがす程の大きな音が響いた。それは船出を告げる汽笛の音だった。

諸君しょくんおめでとう、出航だ」

 エルドナが横になったままおどけた顔で酒瓶さかびんを軽くかかげて見せた。





 ココロ達が乗った船が、その大きな船体を海原うなばらへと進めてから一体どれ位時がたったのだろうか?小窓の一つもない船底の三等客室にいる大地にはそれがわずか五分にも、あるいは一時間にも感じた。

 酒を喰らったガイと東諸国の牧童達は暢気のんき高鼾たかいびきをかいている。見れば朝が早かったナルもうつらうつらと頭をらしていた。

 出航の興奮が冷めた船内ではあちらこちらで寝息が聞こえている。みんなこの船に乗るために夜明け前から列に並んだ人達ばかりなのだから仕方がない。

 大地も眠たいのは同じだったが、体の下から伝わる慣れない波のれになかなか気が落ち着かず、みんなのように眠る事ができなかった。

 地球にいた頃は海のない県に過ごした大地であれば、船に乗ると言う経験そのものが今までにほとんどなかったのだ。海を見るだけで気持ちがたかぶってしまう程なのだからそれもまた仕方のない事と思えた。

 ボイラーの立てる低くうなるような音と明確には感じない程度のれが絶え間なく続くこの環境は、景色がなく時間の感覚を失ってしまうのと相まって、ともすれば気が狂いそうになるような最悪のものだった。

 思ったほど悪くないなどと言ったものの、ここに来てようやく大地は三等客室の質の悪さに嫌と言う程気付かされたのだった。

(海が見たいなあ)

 ふとそんな思いが頭をよぎる。そうなれば思い起こされるのはいつかましろと言ったあの白い砂浜と青い海だ。クロムに襲われ生死の境を彷徨さまよった大地が夢に見たあの青い海。

(ましろ…)

 決して良好とは言えない特殊とくしゅな環境の中で意識を失い掛けながら心に浮かべるのはやはり探し求める幼馴染おさななじみの名だ。

 しかしその名を思い出した途端とたん、飛び掛けた大地の意識が戻って来た。

(駄目だ。ましろのためにも今俺が考えるべきはましろの事じゃない)

 イリアを捜す旅は世界を守ろうとする自分達の目的と共通する。キイタを仲間に引き入れようと自分で言った言葉を思い出す。

(そうだ、ましろを助けようとする事だってそれと同じはずだ。ましろを助けるためにも、俺はこの世界を守るんだ)

 大地は懸命けんめい自我じがたもとうと、とりとめもなくそんな事を考え続けていた。

 その時だった。

(ナル!)

 頭の中にナルの名を呼ぶココロの声が響いた。ハッとして振り返った大地はナルが驚いた顔で耳元に手を当てているのを見た。横になっていたガイもゆっくりと身を起こす。

(三等客室の入り口を見つけたわ)

 ナルが大地の顔を見てうなずく。大地も同じようにうなずき返した。ココロの声にナルが答えたのかどうか大地にはわからなかったが、二人はすぐに立ち上がると、小さなれに足を取られながら暗い廊下へと向かった。

 ガイが静かに立ち上がり二人の後を追う。

「どこ行くんだい?」

 ガイにつまずいて転んだ男が目を覚ましいて来る。

「ん?なあに、小便だよ」

「何だ、小便か」

 そうつぶやいた男はまたコテンと頭を床につけ、そのまま寝入ってしまったようだ。





「ああ、こらこら、ここから先は近づいちゃいかん」

 三等客室へと下って行く階段を下りかけたココロ達四人に、下から注意してくるのはこの船の乗組員だ。鉄格子てつごうしの前で手を後ろに組み、見張りのように立っている。

「実はちょっとした手違いで仲間が三人程三等に入ってしまってな。彼らと少し話しがしたいのだ」

 シルバーが階段の上から乗員に声を掛ける。初めに顔をのぞかせたアクーとキイタを見た乗員は好奇心の旺盛おうせいな子供が来たと思い注意したが、その後ろから現れたシルバーの姿に声を改めた。

「手違いで?そ、それはお気の毒です。ですが、取り次ぐ事はいたしかねます。申し訳ありませんがこれは規則なので…」

「まあそう固い事言わないでよ」

 突然背後から聞こえた声に乗員は驚いて振り向いた。そこには鉄格子てつごうし越しにヘラヘラとした笑い顔を見せる大地がいた。

「あ!おま…、き、いえ、あなたは…」

「おやおや、誰かと思えばさっきの荷物係君じゃないの」

 三等客室を見張っていたのは乗船の時にタテガミとキバを乱暴にあつかい大地にやんわりとおどされたラベズリアスだった。

「言ったでしょう?俺達はさる高貴なお方の身辺警護も兼ねてこの船に乗ってる訳よ。ここを出してくれとは言わないからさ、少し仲間とおしゃべり位させてよ」

「は…、あの、それは…」

「ね?」

「い、いえ…私も困るのです。これはその、規則なので」

「ああ、偉いなあ君は。それならまずくびになるような事はないね」

「い、いやあ」

 完全に大地を重要人物と勘違かんちがいしているラベズリアスは恐縮したように頭をいた。よく見れば大地とそう歳も変わらないあどけない顔つきをしている。

 大地は鉄格子てつごうしから手を伸ばすと彼の肩をポンと叩いた。

「しかし大人の世界では臨機応変りんきおうへんと言う技術も必要なんだ。今ここで些細ささい規則違反きそくいはんを起こす事でこの船が転覆てんぷくするとでも言うのかい?柔軟じゅうなんに対応するすべを身に付けなくては出世できないよ君。いつまでも早朝の荷物検査や三等客室の見張り番でもないだろう?」

 どこぞの嫌らしい親父のように大地はニタニタ笑いながらラベズリアスを口説くどいた。

「…。わ、わかりました。しかし、少しだけですよ」

「うんうん」

 大地は笑顔のまま何度もうなずいた。

「それに、持ち場を離れる訳にはいきません」

 大地は大袈裟おおげさに目を開いて見せた。

「当然だよ。勿論もちろんここにいてくれたまえ」

 大地の見た事もない態度に周りに集まっていた仲間達は気味悪そうに眼を見交わした。

「さ、いいぜナル。話せよ」

「う、うん…」

 身を退いた大地に代わって鉄格子てつごうしそばまで来たナルは近づいて来たシルバーにひそめた声で話した。

「貨物室の場所は確認しました。壁にふさがれていますがいざという時には僕が皆さんの武器を取り出します。ですのでシルバーと先輩はとにかくここに来てください」

「うん」

「わかった」

 アクーとシルバーがうなずく。その後ろでラベズリアスがぎょっとした顔で振り向く。すぐに大地が笑顔で言う。

「何せ俺達には命に代えても守らなきゃならない人がいるからねえ。まあ勿論もちろん優秀な船員が四百人も乗っているこの船の上じゃあそんな心配はないだろうけど」

 それでもラベズリアスはまだ不審ふしんげな顔を向けて来る。

「万が一だよ、万が一」

 大地が言うとようやく彼はしぶしぶ々と言った感じで顔を前に戻した。シルバーは上を見上げ、鉄格子てつごうしに手を掛けた。

「万が一の時には、これは私が切る。だが、下にいる他の客まで甲板かんぱんに出てきたらパニックになるな」

「絶対にそうはさせねえよ」

 ナルの後ろからガイがった。

「できるか?」

「任せろ」

 シルバーの問い掛けに迷わずガイは応えた。その目を見つめたシルバーは何も言わずにうなずいた。

 何年も前から戦場にいて最も信頼していた男の言う事だ、それ以上の言葉はいらなかった。シルバーは静かに立ち上がり身を退いた。

 すぐにココロとキイタが代わって近くへやって来る。

「大地、寒くない?」

 キイタがいて来るのに大地は笑顔を作った。

「寒いよ。でもそんなに悪いところじゃない」

「何だかみんな捕まっちゃったみたいだね?」

 ココロが格子こうし越しに三人を見ながら可愛かわいくない事を言う。

「ナル、これ」

「え?」

 キイタが鉄格子てつごうし隙間すきまから丸い物を差し入れて来る。

「同室になったおばさんにもらったの」

 それはメアリからもらった手作りのクッキーだった。

「ありがとう」

「大地も」

 ナルが受け取るとキイタはすぐに新しい一枚を差し込んで来た。

「お、うまそう」

 大地は身を乗り出すと嬉しそうにキイタの差し出すクッキーを受け取った。

「ガイ」

「いや、俺は甘い物はいらねえっす。キイタが食ってください」

「そう」

 キイタは立ち上がるとガイが受け取らなかったクッキーを見つめていた目を、すぐ隣に立つラベズリアスへと向けた。

「じゃあ、あなたに」

「は?い、いえ私は」

「ほんのお礼」

 ココロが笑顔で言う。

「いえ、本当に私は」

うまいよ」

 大地が口をもぐもぐさせながら言う。

「何だお前もう食ってるのか?」

「若い者が遠慮なんかするな」

 シルバーがついさっきアンバーに言われた言葉をそっくり目の前の若者に向けて言った。

「じゃ、じゃあ…」

 シルバーの眼力にたじろいだラベズリアスは恐る恐るキイタの手から一枚のクッキーを受け取った。

 シルバーは何も言わずにラベズリアスの肩を叩くと、そのまま階段を上がって行った。

「じゃあ僕らも行くね」

 アクーがシルバーを追って階段をけ上がって行くと、キイタも名残惜なごりおしそうに階段を上り始めた。

「大地」

「ん?」

 ココロは冷たい鉄格子てつごうしつかむと顔を近づけて小さな声で言った。

「ナルも、ガイも、何か必要なものがあったら私を呼んでね?」

「俺達は大丈夫だって。それよりココロ」

 そう言うと大地は格子こうしつかむココロの手に自分の手を重ねた。

「え?」

 大地の行動に驚いたココロは自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

「さっき俺が言った事、頼むよ」

 それが新たな仲間にメッセージを送ってくれと言う言葉の事だと気が付いたココロは慌ててうなずいた。

「わかってる」

 大地はココロの手を格子こうしから外すと、その指先を自分の手で包んだ。

「さあもう行って、手がこんなに冷たくなってるよ」

「そうだよ、こんなところにいたらココロが風邪かぜを引いてしまう」

 隣でナルも心配そうな声を出す。

「う、うん…」

「何も心配はいりません。せっかくだ、豪華客船の旅を楽しんでください」

 後ろで立ち上がったガイも笑顔で言った。

「じゃあ、行くね…」

 立ち上がったココロの手が大地の手から離れる。ココロはそのまま振り向きもせずに一気に階段をけ上って行った。

 ココロの上って行った先からはまぶしい日差しが射し込んで来る。夜明け前から船底にいた三人にとっては随分ずいぶんと久しぶりに見る朝の光のように感じられ、ココロの姿が見えなくなった後もしばらくそのまま上を見上げていた。

 階段をけ上がりシルバー達の元へ戻ったココロは、ひざに手をつくと大きく一つ息を吐きだした。

 まだ顔が火照ほてっているのが自分でわかった。心臓が早鐘はやがねを打つように高まっているのは何も階段をけ上がったからばかりではないようだ。

 そうなった原因もわかっていた。大地に突然手をにぎられたからだ。唯一わからないのは自分の気持ちだけだった。

 手なんか、今までにも何度もつないできた。ダルティスの宿でも、ジルタラスの荒野でも、ラディレンドルブルットでも、今日までいたジスコーの町でもココロは気安く大地と腕を組み、手をつないできたのだ。

 ジルタラスの荒野でがけから落ちた時には大地にこの身をしっかりと抱きしめられたのだ。そうだラディレンドルブルットの地下空洞で再会した時も大地は自分を抱きしめてくれた。

 ジスコーの町でましろを捜しに行こうと大地の腕を取ったのは自分だ。そんな事は二人にとって特に何のこだわりもない自然な行為だったはず

 しかし今になって思い出すそれら一つ一つの大地との触れ合いに、ココロは何故か大いに狼狽うろたえていた。

 これは何だ?これは何だ?これは何だ?

 高鳴る胸をおさえながらココロは何度も息継ぎをするように大きく息をした。

「ココロ、どうしたの?」

「へっ!?」

 突然掛けられた声にココロは驚いて顔を上げた。目の前に心配そうなキイタの顔があった。

「何だか顔が赤いよ?」

「まさか、本当に風邪かぜを引いたのでは?」

 シルバーも怖い顔で近づいて来る。

「ちょっと熱を測らせて」

 アクーが額に手を置いて来る。

「ななな、何でもないのよ!そ、それより次よ!次に行きましょう!」

 あからさまに取り乱しながらココロは三人を置いてズンズンと歩き始めた。

「ちょっとココロ!次って、どこに行く気よ?」

 遠ざかって行くココロの背中にキイタが声を張り上げるがココロの足は止まらなかった。

「まったく、風邪かぜは引き始めが一番怖いんだよ!ココロ!」

 ココロの体調を心配したアクーが追い掛けて行く。後に残ったシルバーとキイタは言葉もなくきょとんとした表情を交わし合った。
















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