出航
●登場人物
能力者
・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者のリーダー。
・吉田大地…土の能力者。
・シルバー…鋼の能力者。
・キイタ…火の能力者。
・ガイ…雷の能力者。
・アクー…水の能力者。
・ナル…生命の能力者。
客船の乗員・乗客
・アンバー…ココロ達と同室となった壮年の男性。
・メアリ…アンバーの妻。
・ラベズリアス…客船の若い乗務員。奇妙な縁で大地を重要人物と勘違いしている。
●前回までのあらすじ
仲良くなった牧童達から三等客の数が多すぎると言う話とその理由を聞いた大地達は豪華客船への漠然とした不安を募らせる。
自分達の入った三等客室に山と積まれた箱について疑問に思った大地に牧童の一人であるブライアンはその由来を語って聞かせる。
関心して聞いていた大地達の頭の中に乗船を終えたココロの声が聞こえて来た。
「ああやれやれどっこいしょ」
夫婦連れらしい二人は荷物を置くと大きく息をついた。
「同部屋の方かな?」
腰を伸ばした男が四人に笑顔を向けて来た。
「まあまあ、こんな若い方達と一緒に旅行ができるなんて、嬉しいわ」
女が本当に嬉しそうな笑顔で言う。
「おじさん、おばさん、よろしく」
ココロが人懐っこい笑顔で言うと、シルバーも礼儀正しく頭を下げた。
「あらかわいい!二人は兄妹?」
女の方がアクーとキイタを見つけ声を掛けて来た。
「あ、あの…」
相変わらず人見知りのキイタが顔を真っ赤にしてアクーの背中に隠れる。
「そうなんです、僕達三人兄弟でこれから先にクナスジアに向かった親元に帰るところなんだ」
アクーの口からしれっと嘘八百が飛び出した。キイタとシルバーが驚いて目を剥く。
「そうかい、小さいのにしっかりしているねえ。するとぉ、こちらの御仁は?」
男がシルバーの顔を見て不思議そうな顔をする。
「あ、その…」
「彼は父の部下でして、クナスジアまで僕達を連れて行ってくれているんです」
「そうですの、大変なお仕事ねえ」
「は?はあ…」
答えに窮するシルバーにアクーが更にいけしゃあしゃあと嘘を並べ立てるが、人の好さそうな老夫婦は微塵も疑う事もなく四人に笑顔を向けて来る。
「お父さんは何の仕事をしているのかな?」
「父は貿易会社で働いておりまして、家族で西諸国へ仕事を兼ねた旅行に出たのですが、急に帰国するように命じられまして僕らより一足先に。それで彼が僕らのお守り役を仰せつかったと言う訳です」
ココロ、シルバー、キイタの三人は同部屋の男女に気づかれぬようそっと目を見交わした。
アクーはイーダスタの森でポーラーと出会う以前の記憶を失っている。今回ANTIQUEの一員としてココロ達と旅立つまで森を出た事もなかった筈だ。
言って見れば仲間の中で最も世事には疎い筈である。そんな彼の口から出まかせとは言えこの人生経験豊富な老夫婦を信じ込ませるだけの嘘が飛び出て来る事に三人とも驚きを通り越して薄気味悪さを覚えた。
ポーラーは、出会った時には服の着方すら知らなかったアクーが、それから僅か三か月程で今の状態になったと言っていた。
それは単に忘れていた記憶が蘇ったのではなく、アクーの学習能力が異常に高かったと言う事なのかもしれない。
アクーはこの旅に出てからの半月程で、いや、もしかしたらジスコーの町にいた三日間で見聞きした周囲の話しを次々と吸収し、覚え、理解したのかもしれなかった。
「御父上のお勤め先は、何と言うのかな?」
とうに仕事など引退をしているであろうがこの年で妻と一緒に豪華客船で旅行に行ける程だ、この男も若い頃はそれなりに仕事をし、財を成したのであろう。彼はアクーの話しにぐっと興味を惹かれたようだ。
「それより!あ、そうだ自己紹介しません?私ココロ」
これ以上 訊かれたらぼろが出る。アクーの話しがすべて根も葉もないでまかせである事を知っているココロは慌てて話しを逸らした。
「僕はアクー、こっちは妹のキイタ」
「シルバーと言います」
ココロの作戦は功を奏したようで、夫婦は四人が頭を下げるのを笑顔で頷きながら見ていた。
「私はアンバー、こっちは妻のメアリだ。こちらこそよろしく」
「アンバーさん、私達これから船の中を歩いてみようと思っていたんですけど、一緒にどうですか?」
ココロが気安い口調でアンバー夫妻を誘ったが、彼は笑いながら大袈裟に首を振った。
「いやいや、ここまで来るのに息が切れてしまってね。私達は一休みしたいんだ。探検は君達だけで行っておいで」
「そうですか」
正直アンバーのその答えには全員がホッとした表情を作った。
「ああ、そうそう」
突然妻のメアリがポンと手を打つと、自分の荷物の中をガサガサと探り始めた。やがて荷物の中から小さな包みを見つけ出したメアリはそれをキイタの前に差し出した。
「はい、キイタちゃん」
「え?」
「クッキーよ、おばさんが焼いたの。みんなで食べて」
「いや、せっかくお持ちになったものを…」
シルバーが遠慮して声を掛けるがメアリは笑顔で言った。
「いいのよ、私達はいつでも食べられるし。誰かに喜んでもらった方が嬉しいわ」
「若いもんが遠慮なんかしちゃいかんぞ」
「海を見ながら食べるときっとおいしいわよ?」
キイタが戸惑った目をアクーに向けると、アクーはにっこりと微笑んだ。
「貰っておきなよキイタ」
その声にキイタはおずおずとメアリの手から包みを受け取った。手に取ると、ふっと甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「あ、ありがとう」
キイタが言うとメアリは益々笑顔になった。
「どういたしまして」
この老夫婦から見ると、体の小さなアクーとキイタはまだ十歳にも満たない幼子に見える事だろう。二人は必要以上にアクーとキイタに優しい声を掛けた。
「さあじゃあ探検に行っておいで。船の中で何を見つけたか、後でおじさんにも教えておくれ」
「うん!わかった」
アンバーの笑顔にアクーが元気に答える。
「じゃあお姉ちゃん行こう!」
アクーはココロを振り返ると、キイタの手を取って船室を出て行った。
「ああ、もう勝手に行かないでよ!」
ココロが急いで二人の後を追う。最後に部屋を出ようとしたシルバーはもう一度アンバー夫妻を振り向くと丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。ベッドはお好きなところをお使いください。我々はどこでも構いませんので」
「ああ、ありがとう」
そう言って笑う夫婦にもう一度頭を下げると、シルバーは三人を追って部屋を出て行った。
「ココロ達も無事に船に乗ったんだね、良かった」
ココロとの通信を終えたナルがため息をつきながら言った。大地は頷きながら最後のパンの欠片を口に放り込む。手に着いたパン屑を音を立てて払っていると、入り口の方から重々しい音が聞こえて来た。
何事かと音のする方を見てみたが、今いる位置からは特段何も見られなかった。
ふと気が付くと、今まで騒いでいたエルドナ達 牧童の連中も音の方を振り返り黙り込んでいる。
「格子が嵌められた音さ」
大地の視線に気が付いた男の一人が訊かれもしないまま答えた。
「出航が近いんだ」
「これで俺達はもう何があってもミルナダに着くまではこの船底からは出られねえ」
酒を口に運びながら男達が自嘲気味な笑顔を浮かべて口々に呟いた。見れば周囲の人間達も一様に口を閉ざし、広い三等客室の中に不安が充満していくのがわかった。
酒を飲んで嫌に高いテンションではしゃぐ男達も、実はそこはかとない漠然とした不安を感じているのだろう。だからこそこうして早々に酒に酔い、バカ話に興じて無理に強がって笑っているのだ。
突然エルドナがごろりと横になった。
「あとは船任せ波任せだ。何を騒いだところで俺達にゃあ何もできねえ。のんびり行くさ、なあ?」
エルドナのその大声に、何となく周囲にホッとした雰囲気が流れる。大地はこの男のそんな不器用な心遣いにフッと笑顔を零した。
その瞬間、部屋を揺るがす程の大きな音が響いた。それは船出を告げる汽笛の音だった。
「諸君おめでとう、出航だ」
エルドナが横になったままおどけた顔で酒瓶を軽く掲げて見せた。
ココロ達が乗った船が、その大きな船体を海原へと進めてから一体どれ位時がたったのだろうか?小窓の一つもない船底の三等客室にいる大地にはそれが僅か五分にも、或いは一時間にも感じた。
酒を喰らったガイと東諸国の牧童達は暢気に高鼾をかいている。見れば朝が早かったナルもうつらうつらと頭を揺らしていた。
出航の興奮が冷めた船内ではあちらこちらで寝息が聞こえている。みんなこの船に乗る為に夜明け前から列に並んだ人達ばかりなのだから仕方がない。
大地も眠たいのは同じだったが、体の下から伝わる慣れない波の揺れになかなか気が落ち着かず、みんなのように眠る事ができなかった。
地球にいた頃は海のない県に過ごした大地であれば、船に乗ると言う経験そのものが今までに殆どなかったのだ。海を見るだけで気持ちが昂ってしまう程なのだからそれもまた仕方のない事と思えた。
ボイラーの立てる低く唸るような音と明確には感じない程度の揺れが絶え間なく続くこの環境は、景色がなく時間の感覚を失ってしまうのと相まって、ともすれば気が狂いそうになるような最悪のものだった。
思ったほど悪くないなどと言ったものの、ここに来てようやく大地は三等客室の質の悪さに嫌と言う程気付かされたのだった。
(海が見たいなあ)
ふとそんな思いが頭をよぎる。そうなれば思い起こされるのはいつかましろと言ったあの白い砂浜と青い海だ。クロムに襲われ生死の境を彷徨った大地が夢に見たあの青い海。
(ましろ…)
決して良好とは言えない特殊な環境の中で意識を失い掛けながら心に浮かべるのはやはり探し求める幼馴染の名だ。
しかしその名を思い出した途端、飛び掛けた大地の意識が戻って来た。
(駄目だ。ましろの為にも今俺が考えるべきはましろの事じゃない)
イリアを捜す旅は世界を守ろうとする自分達の目的と共通する。キイタを仲間に引き入れようと自分で言った言葉を思い出す。
(そうだ、ましろを助けようとする事だってそれと同じ筈だ。ましろを助ける為にも、俺はこの世界を守るんだ)
大地は懸命に自我を保とうと、とりとめもなくそんな事を考え続けていた。
その時だった。
(ナル!)
頭の中にナルの名を呼ぶココロの声が響いた。ハッとして振り返った大地はナルが驚いた顔で耳元に手を当てているのを見た。横になっていたガイもゆっくりと身を起こす。
(三等客室の入り口を見つけたわ)
ナルが大地の顔を見て頷く。大地も同じように頷き返した。ココロの声にナルが答えたのかどうか大地にはわからなかったが、二人はすぐに立ち上がると、小さな揺れに足を取られながら暗い廊下へと向かった。
ガイが静かに立ち上がり二人の後を追う。
「どこ行くんだい?」
ガイに躓いて転んだ男が目を覚まし訊いて来る。
「ん?なあに、小便だよ」
「何だ、小便か」
そう呟いた男はまたコテンと頭を床につけ、そのまま寝入ってしまったようだ。
「ああ、こらこら、ここから先は近づいちゃいかん」
三等客室へと下って行く階段を下りかけたココロ達四人に、下から注意してくるのはこの船の乗組員だ。鉄格子の前で手を後ろに組み、見張りのように立っている。
「実はちょっとした手違いで仲間が三人程三等に入ってしまってな。彼らと少し話しがしたいのだ」
シルバーが階段の上から乗員に声を掛ける。初めに顔を覗かせたアクーとキイタを見た乗員は好奇心の旺盛な子供が来たと思い注意したが、その後ろから現れたシルバーの姿に声を改めた。
「手違いで?そ、それはお気の毒です。ですが、取り次ぐ事は致しかねます。申し訳ありませんがこれは規則なので…」
「まあそう固い事言わないでよ」
突然背後から聞こえた声に乗員は驚いて振り向いた。そこには鉄格子越しにヘラヘラとした笑い顔を見せる大地がいた。
「あ!おま…、き、いえ、あなたは…」
「おやおや、誰かと思えばさっきの荷物係君じゃないの」
三等客室を見張っていたのは乗船の時にタテガミとキバを乱暴に扱い大地にやんわりと脅されたラベズリアスだった。
「言ったでしょう?俺達はさる高貴なお方の身辺警護も兼ねてこの船に乗ってる訳よ。ここを出してくれとは言わないからさ、少し仲間とお喋り位させてよ」
「は…、あの、それは…」
「ね?」
「い、いえ…私も困るのです。これはその、規則なので」
「ああ、偉いなあ君は。それならまず頸になるような事はないね」
「い、いやあ」
完全に大地を重要人物と勘違いしているラベズリアスは恐縮したように頭を掻いた。よく見れば大地とそう歳も変わらないあどけない顔つきをしている。
大地は鉄格子から手を伸ばすと彼の肩をポンと叩いた。
「しかし大人の世界では臨機応変と言う技術も必要なんだ。今ここで些細な規則違反を起こす事でこの船が転覆するとでも言うのかい?柔軟に対応する術を身に付けなくては出世できないよ君。いつまでも早朝の荷物検査や三等客室の見張り番でもないだろう?」
どこぞの嫌らしい親父のように大地はニタニタ笑いながらラベズリアスを口説いた。
「…。わ、わかりました。しかし、少しだけですよ」
「うんうん」
大地は笑顔のまま何度も頷いた。
「それに、持ち場を離れる訳にはいきません」
大地は大袈裟に目を開いて見せた。
「当然だよ。勿論ここにいてくれたまえ」
大地の見た事もない態度に周りに集まっていた仲間達は気味悪そうに眼を見交わした。
「さ、いいぜナル。話せよ」
「う、うん…」
身を退いた大地に代わって鉄格子の傍まで来たナルは近づいて来たシルバーに顰めた声で話した。
「貨物室の場所は確認しました。壁に塞がれていますがいざという時には僕が皆さんの武器を取り出します。ですのでシルバーと先輩はとにかくここに来てください」
「うん」
「わかった」
アクーとシルバーが頷く。その後ろでラベズリアスがぎょっとした顔で振り向く。すぐに大地が笑顔で言う。
「何せ俺達には命に代えても守らなきゃならない人がいるからねえ。まあ勿論優秀な船員が四百人も乗っているこの船の上じゃあそんな心配はないだろうけど」
それでもラベズリアスはまだ不審げな顔を向けて来る。
「万が一だよ、万が一」
大地が言うと漸く彼は渋々と言った感じで顔を前に戻した。シルバーは上を見上げ、鉄格子に手を掛けた。
「万が一の時には、これは私が切る。だが、下にいる他の客まで甲板に出てきたらパニックになるな」
「絶対にそうはさせねえよ」
ナルの後ろからガイが請け負った。
「できるか?」
「任せろ」
シルバーの問い掛けに迷わずガイは応えた。その目を見つめたシルバーは何も言わずに頷いた。
何年も前から戦場に於いて最も信頼していた男の言う事だ、それ以上の言葉はいらなかった。シルバーは静かに立ち上がり身を退いた。
すぐにココロとキイタが代わって近くへやって来る。
「大地、寒くない?」
キイタが訊いて来るのに大地は笑顔を作った。
「寒いよ。でもそんなに悪いところじゃない」
「何だかみんな捕まっちゃったみたいだね?」
ココロが格子越しに三人を見ながら可愛くない事を言う。
「ナル、これ」
「え?」
キイタが鉄格子の隙間から丸い物を差し入れて来る。
「同室になったおばさんにもらったの」
それはメアリからもらった手作りのクッキーだった。
「ありがとう」
「大地も」
ナルが受け取るとキイタはすぐに新しい一枚を差し込んで来た。
「お、うまそう」
大地は身を乗り出すと嬉しそうにキイタの差し出すクッキーを受け取った。
「ガイ」
「いや、俺は甘い物はいらねえっす。キイタが食ってください」
「そう」
キイタは立ち上がるとガイが受け取らなかったクッキーを見つめていた目を、すぐ隣に立つラベズリアスへと向けた。
「じゃあ、あなたに」
「は?い、いえ私は」
「ほんのお礼」
ココロが笑顔で言う。
「いえ、本当に私は」
「旨いよ」
大地が口をもぐもぐさせながら言う。
「何だお前もう食ってるのか?」
「若い者が遠慮なんかするな」
シルバーがついさっきアンバーに言われた言葉をそっくり目の前の若者に向けて言った。
「じゃ、じゃあ…」
シルバーの眼力にたじろいだラベズリアスは恐る恐るキイタの手から一枚のクッキーを受け取った。
シルバーは何も言わずにラベズリアスの肩を叩くと、そのまま階段を上がって行った。
「じゃあ僕らも行くね」
アクーがシルバーを追って階段を駆け上がって行くと、キイタも名残惜しそうに階段を上り始めた。
「大地」
「ん?」
ココロは冷たい鉄格子を掴むと顔を近づけて小さな声で言った。
「ナルも、ガイも、何か必要なものがあったら私を呼んでね?」
「俺達は大丈夫だって。それよりココロ」
そう言うと大地は格子を掴むココロの手に自分の手を重ねた。
「え?」
大地の行動に驚いたココロは自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。
「さっき俺が言った事、頼むよ」
それが新たな仲間にメッセージを送ってくれと言う言葉の事だと気が付いたココロは慌てて頷いた。
「わかってる」
大地はココロの手を格子から外すと、その指先を自分の手で包んだ。
「さあもう行って、手がこんなに冷たくなってるよ」
「そうだよ、こんなところにいたらココロが風邪を引いてしまう」
隣でナルも心配そうな声を出す。
「う、うん…」
「何も心配はいりません。せっかくだ、豪華客船の旅を楽しんでください」
後ろで立ち上がったガイも笑顔で言った。
「じゃあ、行くね…」
立ち上がったココロの手が大地の手から離れる。ココロはそのまま振り向きもせずに一気に階段を駆け上って行った。
ココロの上って行った先からは眩しい日差しが射し込んで来る。夜明け前から船底にいた三人にとっては随分と久しぶりに見る朝の光のように感じられ、ココロの姿が見えなくなった後も暫くそのまま上を見上げていた。
階段を駆け上がりシルバー達の元へ戻ったココロは、膝に手をつくと大きく一つ息を吐きだした。
まだ顔が火照っているのが自分でわかった。心臓が早鐘を打つように高まっているのは何も階段を駆け上がったからばかりではないようだ。
そうなった原因もわかっていた。大地に突然手を握られたからだ。唯一わからないのは自分の気持ちだけだった。
手なんか、今までにも何度も繋いできた。ダルティスの宿でも、ジルタラスの荒野でも、ラディレンドルブルットでも、今日までいたジスコーの町でもココロは気安く大地と腕を組み、手を繋いできたのだ。
ジルタラスの荒野で崖から落ちた時には大地にこの身をしっかりと抱きしめられたのだ。そうだラディレンドルブルットの地下空洞で再会した時も大地は自分を抱きしめてくれた。
ジスコーの町でましろを捜しに行こうと大地の腕を取ったのは自分だ。そんな事は二人にとって特に何の拘りもない自然な行為だった筈。
しかし今になって思い出すそれら一つ一つの大地との触れ合いに、ココロは何故か大いに狼狽えていた。
これは何だ?これは何だ?これは何だ?
高鳴る胸を抑えながらココロは何度も息継ぎをするように大きく息をした。
「ココロ、どうしたの?」
「へっ!?」
突然掛けられた声にココロは驚いて顔を上げた。目の前に心配そうなキイタの顔があった。
「何だか顔が赤いよ?」
「まさか、本当に風邪を引いたのでは?」
シルバーも怖い顔で近づいて来る。
「ちょっと熱を測らせて」
アクーが額に手を置いて来る。
「ななな、何でもないのよ!そ、それより次よ!次に行きましょう!」
あからさまに取り乱しながらココロは三人を置いてズンズンと歩き始めた。
「ちょっとココロ!次って、どこに行く気よ?」
遠ざかって行くココロの背中にキイタが声を張り上げるがココロの足は止まらなかった。
「まったく、風邪は引き始めが一番怖いんだよ!ココロ!」
ココロの体調を心配したアクーが追い掛けて行く。後に残ったシルバーとキイタは言葉もなくきょとんとした表情を交わし合った。




