乗船
●登場人物
・ココロ…始原の者と呼ばれるANTIQUEのリーダーに選ばれた公国の公女。
・吉田大地…土の能力者。
・シルバー…鋼の能力者。
・キイタ…火の能力者。
・ガイ…雷の能力者。
・アクー…水の能力者。
・ナル…生命の能力者。
●前回までのあらすじ
シルバーに無理やり宿へと連れ戻された大地は有無をも言わさず殴りつけてくるシルバーに対し怒りの余りテテメコの能力を発動する。シルバーも負けずに鋼の能力を身に纏い一触即発の状態になる。
ところがANTIQUE同士で争う事を拒否したテテメコとデュールの意思によりその能力は瞬時に消え去ってしまう。
それでも尚挑み掛かろうとする大地と受けて立つシルバーの二人に向かい、アクーは突然水をぶっかけた。
漸く冷静さを取り戻した大地にシルバーは静かな声で語った。自分の今守るべきものを忘れるなと。シルバーのその言葉は大地の乱れた思いを落ち着かせると同時に、傍で聞いていたココロの胸にも突き刺さるのだった。
その晩、シルバーを誘い夜更けの町へと出かけた大地はまだ暗い中旅立ちの準備を進めているスティアの家を訪れる。病身の母と幼い兄妹だけの家族を手伝おうと言う計らいだった。
人に喜んでもらう事、笑顔になってもらう事。その為に働く事は大地の自己満足だろう。殺伐とした戦いの中にあって、彼独特の息抜きなのだろう。
そう考えたシルバーは大地の求めに応じ共にスティアを助け働く。凍てつく夜明け前の町を、重たい荷物を運びながらシルバーは自分が大地の事をどれだけ必要としているかと言う事に思い至るのであった。
「最後まで見送らなくて良かったのか?」
まだ暗い夜道を宿へと向かいながらシルバーが大地へ声を掛ける。
「だって俺らがいたらスティアの奴いつまでも船の中に入ろうとしないんだもん、この寒いのに。体の弱いお母さんに小さなジョシュアもいるって言うのにさ」
大地が白い息を吐きながら答えた。言葉とは裏腹にその顔は満足そうな笑みを浮かべていた。
「気分の、いいものだな」
「え?」
呟いたシルバーに大地が顔を向けると、シルバーは照れたような笑いを零した。大地もつられるように更に笑顔を作った。
「手伝ってくれてありがとうね、シルバー」
「いや…」
暗い船の上でスティアの母親は何度も何度も二人に頭を下げた。大地がいくら船に入れと言っても彼らは甲板から動こうとはしなかった。
自分達のした事で誰かが喜んでくれた。それは素直に気分のいい事だった。
夜も明ける前から起きだして、寒い中重たい荷物を背負う程度の事で誰かが喜んでくれのであれば、そんな事はお安い御用だった。
しかし、いつまでもこんな事は続かないのだとシルバーはわかっていた。たった一人の誰かの為に生きようとする大地の姿はシルバーに今まで知らなかった新たな感情を教えてくれた。
だが大地も参加するこの戦いは、誰か一人を守る為の戦いではない。この先魔族の攻撃が本格化すれば、いつかきっと多くの者の為に一人の誰かを犠牲にしなければならない日が来るだろう。
その時、この心優しい地球の少年はその残酷な現実に耐える事ができるだろうか?シルバーは嬉しそうに笑う大地を見つめ心中複雑な思いであった。
「さて、この町にいられるのも今日が最後だね」
シルバーの思いも知らず大地が明るい声を出した。
「いよいよ西諸国ともお別れか。カンサルク王第二の武器も見つかった、アクーの新しい服も買った。最後の一日はどうやって過ごそうか?」
そう言って振り向く大地の無邪気な顔に、シルバーは今正に起きている恐ろしい世界の危機を一瞬忘れる思いだった。
「そうだな…」
シルバーはそんな大地の顔を見て思った。彼は人を惹きつける力を持っている。人の心を掴むその能力は明るく愛くるしいココロ以上のものだと感じる。
テテメコの力を身に着けたせいで長く抑え込まれていたその能力は、このプレアーガに来た事で一気に開花したようだった。
「とにかく私は朝食までもうひと眠りしたい」
暗い思いなどおくびにも出さずシルバーは大きく伸びをすると、清々しい声で言った。
西諸国最後の一日を一行は銘々に過ごした。ナルはシルバーとガイに習いタテガミと新たに手に入れたキバの二刀を使いこなせるよう訓練に余念がなかった。
昼食を終えた頃からキイタはそわそわとし始め、アクーを捕まえて旅立ちの準備を始めている。
「アクー!さぼってないで手伝ってよ!」
「大丈夫だよキイタ、そんなに慌てなくても。どうせ荷物なんて大してないんだから」
キイタの王女らしからぬまめまめしさに大雑把なアクーは辟易とした声を出した。
「そう言う人に限って出発間際に大騒ぎするの!」
「わかった、わかったよ!ちょっとだけ休憩」
そう言って部屋を出て行くアクーをキイタが怒って追いかける。男部屋に逃げ込んだアクーはその場に立ち竦んだ。
「ちょっとアクー!」
追いかけて来たキイタにアクーは慌てて人差し指を口にあて、静かにするよう合図を送った。
「な、何?」
戸惑った顔を見せたキイタに、アクーは黙って部屋の奥を指さして見せた。
大きなガラス戸の向こう、町の屋根越しに海を眺めるテラスに並んで立つココロと大地の背中が見えた。
「大地もう大丈夫?」
「うん、迷惑掛けたね」
二人とも遠く海を眺めながら言葉を交わす。
「迷惑なんて、別に…」
ココロは少し怒ったような、拗ねたような声を出した。二人の髪を揺らす冷たい風は微かに潮の香りを含んでいた。
「ましろってさ、どんな子?」
暫くの沈黙の後、ココロが訊いてきた。一瞬その横顔を見つめた大地は、再び海へと目をやると静かに話し始めた。
「そうだな。まあ、十一歳までの事しかわからないけど。もともと親同士が仲が良くってね。本当に生まれた時から一緒だった」
「へえ…」
「何て言うのかな?強い子だったよ。小さい頃から正義に熱くて、責任感もあった。背も俺より高くてさ、しっかり者で、同い年だったけど、何となく俺達は姉と弟みたいな感じだったな」
大地がそう言うと、ココロは初めて大地の顔を見た。
「お姉さん?」
「うん。俺はいっつもましろの後を追い掛けて歩ていた気がする。どこへ行って何をして遊ぶか、そう言うのはいつもましろが決めていた。俺はそれに従って後ろをついて行く…」
あの日もそうだった。ましろの父親から星雲の竜の物語を聞こう、蔵に行って古文書を探そう、そこに描かれていた人攫い山の祠を見に行こう…。
そうしてましろは消えた。怯えて腰を抜かす以外何もできなかった大地の前から。
「好きだった?」
忌まわしい日の記憶を彷徨う大地の耳に、ココロの声が届いた。
「え?」
余りにも唐突な質問に、その意味を掴みかねた大地が訊き返す。ココロは何も言わずに手摺に掛けた両手に乗せた顔を向けてじっと大地を見上げていた。
「あ…、い、いやぁ、子供だったからね。あんまりそう言う感情はなかったな。一緒にいるのが当たり前で、本当に姉弟みたいに、いつも一緒にいたから…」
「そうなんだ」
「うん」
ココロにもいた。幼い頃からいつも一緒に遊んでいた兄妹のような相手。フルゥズァ。
そんな彼はもういない。自分の目の前でシルバーに切り殺された。いや、それはアテイルの化けた偽物だ。本当の彼はもっとずっと以前に人知れずアテイルに殺され、その亡骸は未だに見つけてもらえてもいないだろう。
今になって思う。ココロはそんなフルゥズァが好きだったのだ。友人としてではなく、恋する対象としてフルゥズァを見ていたのだ。
もし大地とましろの関係がココロとフルゥズァのそれと同じならばきっと大地も…。そんな風に思い訊ねたのだった。それを大地は微笑みと共に否定した。
しかしいずれにしても大地のましろを思う気持ちはよくわかった。もしも時を巻き戻せるならば自分でもフルゥズァを助けたいとそう思う筈だ。例えこの命を賭けてでも。
「だーいち」
部屋の中からアクーが声を掛ける。後ろには控えめに覗き込むキイタの顔も見える。
「仲直りした?」
アクーが相変わらずの無神経さで訊いて来るのに大地は苦笑いを浮かべた。
「どうかな?ココロが許してくれたかどうか…」
そう言って振り向く大地の顔を見たココロは、急に顔を赤らめると慌てて言った。
「そ、そんな!許すとか、そんな…。私の方こそ、ごめんなさい…」
ココロはもじもじと小さな声で言った。聞いていた三人が揃って笑顔を見せる。
「な、何よ」
「ココロ素直じゃん」
「からかわないでよ!」
にやにや笑いながら言うアクーにココロは本気で怒った声を出した。
「よかった。二人が仲良くしてたら私達もうれしい」
キイタが心底嬉しそうに言う。
「もう、別に喧嘩なんかしてないってば!」
「そう?」
「そうよ!」
「今夜も花火は上がるかな?」
「え?」
突然言い出した大地に三人が顔を向ける。大地は彼らに笑い掛けると朗らかな声で言った。
「もし今夜も花火が上がったらさ、また観に行こうよ、みんなで」
先程までの歯切れの悪い言い方とは打って変わって明るく提案する大地に、ココロ達は揃って複雑な表情を見せた。
「で、でも大地…」
キイタが探るような目つきで言うのを見て、大地は益々笑顔を作った。
「やだなあ、大丈夫だよ。昨夜みたいな事にはもうならないから」
そう言ってキイタから再び海へと目を移した大地は一瞬次の言葉を探すように言葉を切った。
「シルバーに言われてよくわかった。俺が今する事はましろを捜す事じゃない。彼女がいる筈のこの世界を取り敢えず守る事だ」
「大地…」
ココロが呟くと大地は笑顔を向けて来た。その顔をふと足元に移すと、ミニートが一生懸命に毛づくろいをしているのを見つけ膝を折った。
大地の差し出す手に気が付いたミニートはちょこちょことその腕をよじ登って来る。
「大丈夫だよココロ」
そう言って大地はミニートをココロに差し出す。
「俺はANTIQUEの戦士、土の能力者だ」
少し驚いた顔で大地の目を見つめていたココロは、静かな笑みを浮かべると大地の手からミニートを受け取った。
胸に抱いたミニートを見下ろすと、ミニーともまた鼻をひくひくと動かしながらココロの顔を見上げ返している。
「よかった…」
やがてそう呟いたココロは笑顔を大地に向けた。
「いつもの大地だ」
大地も笑う。その笑顔を見たアクーが大きな声を出した。
「よし、じゃあ僕が後でシルバーにそう伝えて来るよ!」
「あ~、シルバーまた駄目とか言うかしら?」
ココロがうんざりした声を出す。
「本当に口うるさいじいやみたいなんだから」
ココロの言葉に大地が大きく吹き出した。
「じいやはひどいよ」
「ひどくなんかないよ、本当に口うるさいんだから!」
「まあそりゃ知ってるけど」
「大地の方がひどいじゃん!」
そんなアクーの声に四人が揃って笑い声をあげる。
大地十七歳、アクー十六歳、ココロ十四歳、キイタ十三歳。若い彼らは自分達が命懸けの戦いの最中にいる事も忘れ大きな声で笑い転げた。
夜明けまで数時間。町はまだ闇に閉ざされ、静寂の中に沈んでいた。
「ナル、ナル起きろ」
「う、う~~~ん」
ガイの声に眠りを妨げられたナルが不快気な声を出す。
「おら!大地、お前もだ!」
そう言ってガイはまだ毛布にくるまる大地の尻を思いきり平手で叩いた。
「痛いよ~~~」
「まったく、だからほどほどにしとけって言っただろう!いつまでも調子に乗って花火なんか観てるからこんな辛い目に合うんだ」
「だって~~~~」
毛布を頭から被ったまま大地が不満の声を上げる。
「言っただろ?言ったよな?三等客室の乗船は暗い内だって!」
ガイの怒った声が響く。
「わかった、わかったよ起きますよも~~~」
ブツブツ言いながらも大地はまだ毛布から頭を出そうとしない。ナルは目を半分閉じ、ぼーっとベッドの上に上体を起こしたままの姿勢で動かない。
「大地、やっぱり僕が三等に行こうか?」
アクーが声を掛けた途端、大地は毛布を正に跳ね飛ばす勢いで身を起こした。
「いや、そうはいかない」
そう言った直後大地は強く目を擦り、何度も瞬きを繰り返しした。
「よし、起きた。もう行くの?」
「準備ができたらな。この辺の荷物を全部持っていくぞ」
「は?」
大地はガイが指さす先を見て目を見開いた。そこには今まで馬の背に乗せらていた大きな荷物が四つ転がっていた。
「うそ、これ全部?」
「そうだ。二つは俺が持つ。あとはナルと大地で手分けして運べ。船に着いたら貨物として預けるんだ」
「馬は!?」
一気に目が醒めた大地が急いで訊くと、シルバーが微笑んで答える。
「勿論馬も連れて行く。七頭全部な。東諸国で新たに買うよりその方が安上りなのでな」
シルバーの答えに大地はホッと胸を撫でおろした。ここまで旅を共にしてきた馬達も大地にとっては大切な仲間だった。特にココロとシルバーがアスビティから連れて来た賢い馬とンダライ王国ダルティスの宿から無断で借りて来た体の大きな黒毛の馬にはとりわけ愛着があった。
「ナル、大丈夫か?」
「うん…」
ガイの問い掛けにまだ半分眠ったような顔のナルは辛うじて返事をすると、緩慢な動きでベッドから降りた。
ナルは無意識のような状態で部屋の隅に置かれたタテガミとキバを腰に差す。
「タテガミ、キバ」
「あ?」
シルバーがナルの腰に収まった二本の剣に声を掛けると、タテガミがそれに返事を返して来た。
「船に乗ったら武器は貨物として預けなくてはならない。東諸国に着くまではナルと離れる事になるが理解してくれ」
「何だと!?俺様を貨物室に預けるだと!?」
「主と離れるのは本意ではないなぁ」
タテガミとキバが口々に不平を唱える。
「気持ちはわかるがそれが決まりなんだ、ここは堪えてくれ」
ふと見るとさっきまであんなに眠そうだったナルが目を見開いて不安そうな顔をしている。
「大丈夫だ。貨物室は三等客室のすぐ傍だ。そんな情けない顔をするな」
今やすっかり剣の弟子となったナルにシルバーが励ますように声を掛ける。
「シルバー達はいつ来るの?」
身支度をしながら大地が訊く。
「二等の乗船は朝食後だ」
「はあ?」
服を着替えていた大地が顔を上げる。
「俺らがこんなに暗い内から乗ってシルバー達は宿で飯食ってから来るってか!?」
「更にその後に一等客室の乗船だ」
ガイが意地悪く追い打ちを掛ける。
「まじか?俺らが乗ったらもう階段には鉄格子でしょ?出航まで一体何時間 船底にいるのよ?」
「しょうがねえだろ!それが三等客室なんだ。ほれ準備ができたら出発するぞ、荷物を持て」
「何だよ、差をつけるにも程があるぜ。これなら中型貨物船の方がなんぼかマシじゃねーか」
ぶつくさと文句を言いながら大地が大きな荷物に両手を掛ける。
「う~~~~~~~~~~ん!」
腰を落として荷物を担ぎ上げようとした大地は数cm持ち上げたところですぐに床に降ろすと痛そうに手を振った。
「無理」
「無理じゃねえ!持たねえか!」
「い、いいよいいよ大地。荷物は僕が持つから」
すぐにナルが助け船を出す。
「悪いね~」
「か~、情けねえ!本当に役に立たねえ男だなお前は!」
ガイが顎を突き出して悪態をつく。
「力仕事は専門外でして」
「ほほ~、そうかい。学者さんはお偉いこったな!行くぞナル!」
「う、うん」
嫌味を言ったガイは呆れてため息をつくと廊下に向かった。ナルも慌ててその後を追おうとしてもう一度部屋を振り返った。
「じゃあシルバー、先輩。また後で」
そう挨拶をしたナルに、しかしシルバーもアクーも返事をしなかった。
「ナル…、次に会えるのは三日後だよ」
アクーの言葉に大地とナルは同時に顔を上げた。
「あ、そうか、そうなるのか」
「大地」
呼ばれて振り向いた大地にシルバーが包みを一つ投げて寄越した。突然の事に慌てて両手でそれを受けた大地がシルバーを見る。
「これは?」
「お前達の朝飯だ」
「これか~」
「文句の多い男だな。食いもんがあるだけ幸せだと思え!」
既に半身を廊下に出したガイが厳しい声を出した。
「ルードイルに行きたかった…」
「あ?ルードイル?」
大地の零した言葉を聞きとったガイが怪訝な顔をする。
「いや、いい!」
大地は突然元気に言うとドアに向かった。
「その話しをすると益々悲しくなる!もういいから行こう!」
「何だよ?」
両肩に大きな荷物を担いだガイが不審な声を出すが、大地は未練を振り切るようにその広い背中を押した。
「大地、ナル」
部屋を出かけた二人にシルバーが声を掛ける。二人は足を止めて部屋の中を振り返った。
「すまんが三日間の辛抱だ。風邪を引くなよ」
シルバーの言葉に大地とナルは不安そうな顔を見合わせた。
「そんなにひどいところなの?」
「行けばわかる」
怯えた声を出す大地にシルバーは無慈悲な言い方で返した。
「俺の心配は?」
ガイが再びひょっこり顔を出す。
「あんたは風邪なんか引かないだろ!」
アクーがすぐに言い返すとガイが不満げな声を出した。
「どういう意味だ!?」
「時間がないよ」
「おお、いかん。よし、大地、ナル、行くぞ」
こうしてココロ、キイタ、シルバー、アクーに先立つ事数時間前、三等客室の乗船券を持った三人は港へ向かう為、まだ暗い町へと出て行った。




