キバ
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれた公国の公女。戦闘能力はほぼないが言葉を駆使して世界を守る為ANTIQUEに選ばれた十人の仲間を捜す旅を続ける。
・吉田大地…土の能力者。六年前闇のANTIQUEに攫われた幼馴染を救い出そうと遥か地球からやって来た青年。
・キイタ…大国の第二王女。気が弱く体も小さな少女だがANTIQUE最強と言われる火のANTIQUEに選ばれた能力者。
・ガイ…雷の能力者。義手である左手から強力な電撃を放つ。お世辞にも賢いとは言えない怪力自慢だが仲間を思う気持ちはずば抜けて強い。
・アクー…水の能力者。クールを装っているが実は誰よりも寂しがり屋の少年。ココロの言葉に救われ同行する。殆どの記憶を失っており謎が多い。
ナル…生命の能力を身に宿した事で武器に宿る精霊に使い手として選ばれた。純朴な青年だが剣の腕は確か。現在第二の武器を見つけ出す為に奮闘中。
●前回までのあらすじ
鋭い眼力と豊富な知識で道具屋の嘘を見抜いたシルバーはその場をガイとナルに任せ再びココロ達が待つ宿へと引き上げていった。
危うく店主の口車に乗り掛けたガイは怒りのあまり道具屋を締め上げる。その時、ナルが掴んだ一本の剣が突然 眩い銀色の光を放ち始めたのだった。
一方その頃宿に残ったココロ、キイタ、アクーの三人は何をしても反応を見せない大地に心身共に疲れ果てていた。
そんな三人を余所に突然部屋を出ようとする大地。慌てて止めるキイタとアクーに大地はましろを捜しに行くんだと呟く。
尚も止めようとした二人にココロはこのまま部屋にいても改善が見られるとは思えないと言い大地の気の済むようにさせるべきだと提案する。
腕を組んで町へと出て行くココロと大地の背中を見ていたキイタとアクーは正解を見失ったまま二人の後を追っていくのだった。
ユラユラと蠢く光の洪水の中で、店の中はまるで水中にでもなってしまったかのようだった。
余りの眩しさに目がちかちかしてきたガイは軽く頭を振るとナルに向かって叫んだ。
「ナル!ガイアの能力を消すんだ!消せ!」
「え?あ、はい!」
ナルが能力の発動をやめると、それに呼応するように剣から発せられていた銀色の光も静かに消えて行った。
漸く店の中が通常の状態へと戻る。ガイとナルは同時に大きなため息をついた。
「おやじ」
「はへっ?」
ガイが声を掛けると、まだ目の前で起きた事が理解できていない店主はひっくり返った声を出した。
「買うぜ。あれこそ俺達が探していたもんだ」
ガイはカウンターに置かれたままになっていた一枚の硬貨を人差し指で押しだした。一度その硬貨に目を落とした店主は何を思ったか突然ポンと一つ手を打ち鳴らした。
「ああ、なーんだそんなところに紛れ込んでいたのかぁ」
「な、何?」
店主の言葉にガイが戸惑った声を上げている間にも店主はいそいそとカウンターを回りナルの傍へと小走りで近づいて来た。
「いやいやいやいや、いや~、探してたんだよね、これ」
「おい、何のつもりだおやじ?」
「え?いや何のつもりも何も、これは間違えてあの瓶に入っていた物だよ。あ~見つかってよかったぁ」
店主のあからさまな切り替えに再びガイの怒りが爆発した。
「ふざけるな!これはあの瓶からこいつが見つけたんだ!あの古い剣の束の中からだ!」
「そうだよ?だから間違えたんだって。これはあんな古い武器と一緒に二束三文で売れるような品じゃあないの。今のを見りゃそんなのあんただってわかるだろう?」
どうやらナルの起こした奇跡を見てただの古い剣ではない事に気が付いた店主は突然値を吊り上げる事にしたらしい。それがわかったガイはギシギシ指を鳴らした。
「てめえおやじ商売根性もいい加減にしとけよこら…」
「いやあ、すみませんねえ。これだけの商品を扱ってるとたまにあるんですわぁ、こう言う事が。と言う訳で、こいつはちと値が張るんですけどもね?」
「…ふざけるな…。見ろ…」
「は?」
「よく見ろその剣を!!あそこで投げ売りされてるものとどこがどう違うってんだ!同じだろうが!」
言われた店主は手の中の剣をじっと見下ろした。確かにガイの言う通り店主の手の中にある剣は無造作に突っ込まれた剣達と何変わる事のない古い道具だった。
鞘に施された装飾や柄などの拵えは全て失われ、砂をかけたように灰色の埃に塗れている。
それでもさっきの奇跡を見、これをここまで欲しがる客がいる以上、店主の商魂はどこまでも逞しかった。
「とぉんでもない、あんなのと一緒にしないでくださいよ。これでもアタシは道具屋ですよ?古いものを見る目は…」
「お前の見る目なんか信じられるか!!」
「おや?これは心外ですね。よござんす、あちらの錆びついた剣とこの剣の違いをとくとご覧になってくださいな」
そう言うと店主は剣の柄を握り力任せに鞘から抜こうと引き始めた。
「ああ!」
「ばかよせ!」
「やめろ!!」
ナルとガイに加えタテガミまでもが大声で叫んだ。驚いた店主が顔を上げる。その手が停まっているのを見たガイが早口で捲し立てる。
「よく聞けおやじ、今この剣はあそこにある鈍らとおんなじだ!あんたの言う通り鞘の中の刀身なんかどうなってるかわかりゃしねえ!無理に引き出そうとなんかしてみろ、剣自体が壊れちまう…」
最後は懇願するような泣き声でガイが言う。それでも店主は眉一つ動かしもせず再び挑戦し始めた。
「やってみなくちゃわからんでしょう」
「やーめーろぉー‼」
再び店主の手が止まる。ガイは店主を思いとどまらせようと必死の口調で言い続けた。
「よせよせよせ、変な気を起こすんじゃねえ。それでもし刀身を傷つけでもしてみろ、今度こそその首を捩じ切ってやるぞ?」
ガイは相手に見せつけるようにマントを跳ね飛ばし黒い義手を店主の前で握ったり開いたりして見せた。
「お、おじさんお願い。僕達はどうしてもその剣が必要なんだよ」
ナルも泣きそうな顔で店主に言う。自分の倍はあろうかと言う二人の大男に頭の上から言われても、カウンターの向こうの店主は一歩も退かなかった。
「いや、そりゃあ売らないとは言ってないんですよ?アタシはね。ただほら、お代がね、ちょっとね」
「わかった!じゃあこれでどうだ!?釣りはいらねえ!!」
ガイは袋の中にあった硬貨を全てカウンターの上にぶちまけた。チラリと積まれた硬貨に目をやった店主は澄ました声で言った。
「またの起こしを」
「ふざけるな!!」
カウンターに身を乗り出したガイが腕を伸ばし店主の手から強引に剣を奪い取った。
「あ!泥棒!!」
「泥棒じゃねえ!買うっつってんだろうが!いいかおやじ、この剣は確かにただの剣じゃねえ!だが持つべき者が持たなきゃその辺の古道具となんにも変わらねえんだよ!!」
そう言うとガイは店主から奪った剣をナルに差し出した。
「え?」
「もう一度ガイアの力を使え。ガイアの力を使って、抜いて見せろ」
「で、でも…」
「いいから!早くしろ!」
真剣な眼差しで見つめ合うガイとナルにそっと近づいた店主がカウンター越しに飛び掛かり剣を奪い返そうとしたが、そちらを見もせずにガイがあっさりとそれを躱す。
「ギャフンっ!!」
強かに額をカウンターに打ち付けた店主は今時珍しい悲鳴を上げると痛みに悶絶している。
「わかった」
ナルは頷くとガイの手から剣を受け取り、店の真ん中へと移動した。
「なあおやじ」
「ああ?」
ガイがカウンターに寄り掛かりながら声を掛けると、赤くなった額を擦りながら店主が涙の浮かんだ目で睨み返して来た。そんな事を意にも介さずガイは続けた。
「よく見ておけよ」
「何が?」
「道具っつうのはよ、時に作り手の魂が宿る事がある。その魂は使い手によって更に昇華する。どんな道具だってそうだ。だが、武器ともなりゃあその意味は大きく変わって来る。誰かの命を奪い、誰かの命を守る為の道具だ。そうおいそれと誰にでも扱えるものじゃあねえのさ」
眉間に皺を寄せた店の主は訳がわからないと言った表情で顔をガイから店の中央に立つナルへと向けた。
「ガイア…」
静かに目を瞑りナルが呟く。次の瞬間、ナルの体が美しい緑の光に包まれた。複雑に編み込まれた長い髪が風もない店内で揺れ始めたのは店主の目にもわかった筈だ。
「なあ道具屋、あんただってもう長い事時代を経たたくさんの道具を扱ってきたんだろう?今でこそあんなにボロボロになって、鞘から抜く事すらできなくなったあの道具達だってよ、且つては誰かの血を吸い、誰かの身を守って来たんだ」
「……」
ガイの言葉を聞いているのかいないのか、店主は黙っていた。チラリとガイの後ろに散らばる硬貨の山を見る。
「銀の精霊よ…」
ナルが静かに言葉を紡いでいく。
「新たなる使い手として命ずる。生命の力を宿し、今再びこの手の中に目覚めよ。聖なる光をもち、悪しき闇を打ち払う為」
ナルは静かに目を開いた。再び剣が銀色の光を放ち始める。やがてその形はナルの手の中で見る見ると姿を変えていった。
かつて王の武器として崇められた美しい装飾が蘇る。鮮やかな朱の紐房が翻り、美しい宝玉が輝く。
「そんな道具はよ、人に使われるんじゃねえ。自ら仕える人間を探すもんなのさ」
ガイがそう言った瞬間。ナルは思いきり剣を鞘から引き抜いた。今度こそガイと店主は目を伏せた。とても直視できない眩い光が店内を満たした。
音を立てて反りの少ない輝く刀身が抜き放たれ天を衝くと同時に、耳に何故か美しく伸びやかな狼の遠吠えが谺した。
「僕の名はナル。銀の精霊よ、僕の力に寄り添い、共に歩む事をここに命ずる!」
更に激しく髪を乱し巻き起こる風の中、天を突き刺す切っ先を見上げたナルが精霊に言うと、頭上から清々しい子供の声が応えて来た。
「新たなる使い手よ。その名、確かに賜った。共に行こう、その身に禍を齎す者を滅ぼそう。我こそは銀の精霊、その名、キバと伝えられし者!」
先程のような戸惑いは感じない。ナルの手を通し生命の能力を帯びた銀の精霊は今完全に覚醒し、ナルの呼び掛けに応えたのだった。
「キバ…」
ナルは感動に震えながら頭上に掲げた剣を見つめ続けた。巻糸も失われ、頼りなく細かった柄が今はナルの手にピッタリと落ち着いている。正に自分の為に誂えられたような密着感だった。
「ナル、ナル!もういい!納めろ、眩しくっていけねえ!」
ガイが叫ぶのを聞いたナルはゆっくりとキバを鞘へと戻した。ガイアの能力を止めると同時に、キバが発していた銀色の光も消えて行った。店の中に再び静寂が返って来た。
「どうだいおやじ?あの男は剣を見つけた。そして剣もまたあの男を選んだ。本当に使うべき者の手に品物を渡せるなんてよ、道具屋 冥利に尽きるとは思わねえか?まさかあんた、あんなに強く引き合ってる二人を引き裂くような、そんな真似、しねえよな?」
ガイが静かに笑いながら店主に言った。
「釣りはいらねえと言ったな?」
店主の呟きにガイは急いで振り向くと真剣な顔で答えた。
「二言はねえ!」
ガイの金色に光る瞳を覗き込んでいた店主は、積まれた硬貨の中から一枚を抜き取ると、指先で挟み、コンと音を立ててカウンターに立てた。
「持ってけ」
「え?いや、これ…」
ガイはカウンターの上に残された硬貨の山を両手で店主の方へ押したが、店主は片手でそれを制した。
「あの兄ちゃんが買ってくれなきゃただのばったもんだ。これで充分だ。ただし約束通り、釣りは出さねえぜ?」
「おやじ…」
カウンター越しに見つめ合う二人の様子にナルも近づいて来る。気が付いた店主はナルの手に握られたキバに目を移した。それはつい数分前までとは似ても似つかぬ姿に形を変えていた。
銀色に輝く鍔は精巧に彫りあげられた狼の顔を摸している。刀身を包む象牙色の鞘も、まるで王族の武器のように気高く美しかった。店主はフッと笑った。
「そうだよ、俺は道具屋だ。この港町で売り手と命懸けの交渉をしてよ、観光客を騙くらかしてよ、安く仕入れて高く売りつける。みみっちくも必死に生きてるんだ。誰にも商売に文句はつけさせやしねえ」
「おじさん…」
「けどよ」
店主は晴れがましい顔を上げ、ナルを見つめた。
「一生にいっぺんくれえ、真っ当な商売をしてみてえもんじゃねえか?」
ナルは明るい笑顔を作った。
「大事に使ってくれよな。その道具はよ、ウチの店であんたが来るのをずっと待ってたんだからよ」
「ありがとう!」
ナルは自分の手の中で銀色の輝きを放つ新たな武器を見つめた。カンサルク王第二の武器、銀の精霊を宿す一振り、キバ。
こうしてANTIQUE一行はまた一人力強い仲間を得て、いよいよ明日、海を渡る事になるのだった。
昨夜見た少女を六年前に姿を消したましろだと信じて疑わない大地は必死の形相で町の中を歩き回った。
その後ろからはココロとキイタ、そしてアクーがぞろぞろと続く。宿を出てからもうかれこれ一時間以上が経っていた。その間、僅かな休憩すらとらずに大地は歩き続けている。
シルバーから決して宿を出るなと言われていたアクーは、この状況に小さな背徳感のようなものを感じてソワソワと落ち着きがなかった。
「でさあ、ましろってどんな顔してるの?何か特徴ある?」
アクーの心配も知らず、ココロが前を行く大地にのんびりと訊ねる。上着の胸元からはミニートが顔だけを出し同じく大地の背中を見つめていた。
「特徴…?」
大地が足を止めて呟く。
「そうだ、そうだよ!」
突然叫んだアクーが急いで大地の前に回り込む。
「大地がましろと別れたのは何年前?確か、六年位になるって言ってなかった?」
「うん…」
「って言う事はさあ、昨夜見たましろは、大地が最後に見た時から六年後のましろだったって事?」
「…え?」
アクーの言いたい事が理解できない大地は眉根を寄せた。
「ああ!だからさ、大地は子供の頃のましろしか知らないんでしょう?六年前だから…、十一歳?」
「う、うん…」
「じゃあさ、何でその子がましろだってわかったの?」
大地は無言でアクーを見つめた。確かにアクーの指摘する矛盾はあった。
「おかしくない?何で大地は十七歳になったましろの姿を知っているの?」
「それは…」
「それはね大地、勘違いだからだよ」
「勘違い?」
「そう。大地はましろによく似た同い年位の女の子を見たんだよ。ここはジスコーだよ?世界中の人が集まっている。大地みたいに真っ黒い髪の人だって全然珍しくない」
大地の後ろでココロとキイタが黙ったまま事の成り行きを見守っている。
「僕は少なくともここに来るまで大地みたいな顔立ちの人には一度も会っていない。大地だってそうでしょ?そこで久しぶりに自分と同じ系統の顔を見て、いつも思っているましろの姿とダブったんだよ」
「じゃ、じゃあ」
「そう!ここにましろなんかいないんだって!だって例えいたとしても今のましろの姿を大地は知らないんだもん、見つけられる筈がないんだ」
大地は戸惑った表情で再び町を行く人々の顔を見た。やはりいつもより数段反応が鈍い。と言うより、いつもの大地なら今アクーが指摘したような事が自分でわからない訳がないのだ。
黙ったままゆっくりと顔を巡らせる大地の背中を見つめたまま、ココロとキイタは正体のわからない不安を感じていた。
しかし、ココロの胸の中にあるのは不安だけではなかった。アクーが言った、「いつも思っている」と言う一言を聞いた途端、何故か胸にチクリとした痛みが走ったのだ。
”いつも思っているましろ”
その痛みの正体が何なのかココロにはわからなかったが、それは確かに漠然と感じている不安とは種類の違う何かだった。
「そんな事ないよ」
薄笑いを浮かべた大地はアクーの顔を見て言うと、再び歩き始めた。
「もう!大地!ねえねえよく聞いて?よく考えてよ!そんなのわからない大地じゃないでしょ?」
アクーは早足で歩く大地の横を小走りでついて行きながら必死に訴えた。
「大地ぃ」
ココロの声に大地が足を止めて振り返る。
「私疲れちゃった。もうすぐお昼だし、一度戻らない?」
「そうね、午後からまたみんなで捜しましょうよ、ね?大地」
キイタもココロの意見に賛同し、大地に提案した。しかし、相変わらず反応の鈍い大地は暫く地面を見つめるようにして止まっていたが、そのまま背を向けるとまた歩き出した。
「大地!」
キイタが叫んだが、大地の足は止まらなかった。止まらないまま大地が言う。
「みんなは戻ってていいよ。俺はまだ捜す…。ましろ、早く見つけてやらないといけないから」
「大地…」
キイタとアクーが困った顔で歩み去る大地の背中を見つめている。シルバーから大地を見守ってほしいと言われた以上、ここで放り出す訳にもいかない。どうしたものかと思案していると、ココロが口を開いた。
「じゃあ私そうさせてもらうね」
「え?」
キイタとアクーが同時にココロの顔を見る。
「大地、私宿に戻るよ」
ココロがもう一度そう言うと、大地は背中を向けたまま片手を上げた。
「うん、気をつけてね」
その言葉を聞いた途端、ココロの表情がまるで面のように固まった。見ていたキイタとアクーには、「ピシっ」と音が聞こえてきそうな固まりようだった。
ココロはそれ以上何も言わずに踵を返すと、大股で宿に向かって歩きだした。
「え?ちょ、ちょっとココロ!」
「何これ?何この状況?どうしたらいいの?」
背中合わせに離れて行く二人の姿を交互に見ながら、キイタとアクーはこれ以上ない程に狼狽えていた。




