シルバーの秘密
●登場人物
ココロ:アスビティ公国領主ドナル三世の娘にしてANTIQUEのリーダー、始まりの存在のバディに 選ばれたテレパシスト。能力者の中でもリーダーとして仲間を先導する。
吉田大地:土のANTIQUEにバディとして選ばれた地球の高校二年生。六年前、闇のANTIQUE に攫われた友人、白雪ましろを救い出すためココロの元に集う。
シルバー:鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。アスビティの兵士であり、元来よりココロの部下。誰 よりも早くココロの前に現れた能力者。剣の腕は国内一と定評がある。
キイタ:ココロの生まれたアスビティ公国の隣国、ンダライ王国の第二王女。僅か六歳にして火のANT IQUEのバディとして選ばれた少女。魔族に攫われたと思われる双子の姉、イリアを探すため 仲間に。
●前回までのあらすじ
ンダライの町ドルストにて傷ついたキイタを看病するため宿をとったココロ達一行は、回復したキイタからンダライ王国の現状を聞く事となった。どうやら死んだキイタの両親である国王と王妃は魔族の陰謀で殺害されたらしい事が分かる。更に次の王位継承者であるキイタの双子の姉、イリアもまた魔族の手に落ちた可能性が高くなった。
次期継承者であるイリアの死亡が確定しない限り次女であるキイタに継承権はない。そんなンダライの掟を逆手に取った魔族は、イリアを連れ去り、生死不明のまま、王位空席のンダライを自由に操り、大国ンダライの民を調略しようと企てているようであった。
姉、イリアを救うのではなく、イリアの死体を見つけ、正式な継承権を手に魔族の手からンダライを取り戻す、そんな救いのない悲壮な覚悟をキイタの口から聞かされた大地達は…。
「キイタ!」
イリアの死体を連れ帰る、僅か十三歳のキイタの口から出たそんな痛切な言葉に居ても立ってもいられなくなった大地は、彼女の傍に駆け寄ると続けた。
「まだわからない。お姉さんが生きているか、死んでいるか、まだわからないよ。でも、とにかくココロの言う事は正しい。お姉さんを探す君の旅と、魔族と戦おうとする俺達の旅の目的は同じだ」
今日初めて会った少年が、突然強い調子で話しだした事に、キイタは驚き、圧倒されていた。
「俺も同じだ…。俺の旅の目的は、滅亡と言う未来から世界を救う事だけど、同時に、ネビュラに攫われた友達を助け出し、そいつを連れて元の世界に帰る事だ。家族のいる、元の世界に帰る事だ」
大地は珍しく必死を隠す事なく語った。ANTIQUEの能力者にだってそれぞれ事情がある、それは、これから見つけなくてはならない他の仲間だってきっと同じ筈だ。それぞれの目的を持ったまま、共通する大きな目標に向かって一緒に旅をする事ができる、ここでそれを証明しなくてはならない、大地はそう思っていた。
「いいかい、キイタ。俺達が世界を救おうとすれば、己ずと今、敵の手に落ちている君のお姉さんや、俺の友達を追う事になる。だったら、一人でいるより一緒にいた方がいい。ココロの言う通り、君はもう一人じゃない」
ココロも、シルバーも、やや驚いた様子で、キイタを説得する大地を黙って見つめていた。出会ってから今日まで、こんなにもたくさんの言葉を駆使して話す大地を見たのは初めてであった。
しかし、大地の言葉を聞きながら、キイタの表情はみるみる落ち着きを取り戻していった。
「でも…世界を救うなんて…私にできるとは…」
「大丈夫よ!」
ココロがすぐに言った。
「ANTIQUEに選ばれたのよ?フェルディのバディになったんでしょ?絶対に大丈夫。私達十一人が揃った時、必ず世界を救う事ができる!」
「フェルディのバディと言っても…」
そう言いながらキイタが差し出した右手の上に、突然燃える炎が出現した。
「うわ」
驚いた大地とココロが体をのけ反らせる。その火は、実際に熱く燃え盛ってはいたが、大きさは十cmにも満たないものであった。
「私にできるのは、この程度で」
そうキイタが言うと、彼女の手の炎は、一瞬で消えた。と、突然大地が弾けたように笑いだした。みんな何事かと大地の顔を見る。
「こりゃすげぇや。キイタ大丈夫、ANTIQUEの能力は成長するんだ。これからの旅の中で、嫌でも進化させなきゃいけなくなる。今はまだ弱い力でも、何も心配する事はないよ。それに…」
キイタは大地の顔を見た。ココロとシルバーも、大地が次に何を言うのかと彼を見つめた。大地は、急に真面目な顔をすると言った。
「このシルバーおじさんの手に水を溜めてキイタが炙れば、何とお湯が沸かせる」
「私は鍋か!」
「おじさんの方を突っ込んでほしかった!」
そんな二人のやり取りにココロが吹き出した。
「ココロ…」
キイタが大地とシルバーを見て笑っているココロに声を掛けた。ココロもキイタを振り返る。
「私も、一緒に行っていいの?」
ココロは、微笑むと、優しい声でキイタに答えた。
「違うわ、キイタ。私達が、あなたに一緒に来てほしいのよ」
その言葉を聞いた途端、キイタは声もなく再び泣き始めた。そんなキイタを、ココロは抱きしめた。
「四人目の仲間だ」
抱き合って泣く二人の背中を見ながら、大地がシルバーに言う。シルバーは黙ったまま、答えなかった。
「で、シルバーはどこへ行っていたの?」
「あ、話が長引くと思ったのでな、ここで一泊できるように宿の者に話してきた」
そう言われれば、既に午後を回り、間もなく夕刻となる時間だ。今から出発すれば、途中で夜となってしまうのは間違いなかった。
「さすが、気が利くねー」
「しかし、問題が…」
シルバーの言葉に、三人が彼の方を見る。
「突然だったもので、その…部屋が、ここしか空いていないのです」
「だから?俺は別に床で寝ても構わないよ?」
「そう言う事を言っているのではない、ココロ様やキイタ様と私達が同じ部屋で休む訳にはいかないだろう」
何を言っているのだと言わんばかりに目を剥いてシルバーが言う。それを聞いた大地は、わざとらしく大きなため息を一つついた。
「あのさぁ、この際だから、ココロやキイタにも言っておくけど」
「何だ?」
「シルバーは元々第二警備小宮を脱出するつもりで、それなりに準備してきたとは思うんだけどね?それでもこの先、闘いがどれだけ長期化するかわからないよね?」
言い出した大地の言葉を、三人は黙って聞いている。
「しかも、この後仲間が増えていったら、俺らは最大十一名の団体様ご一行になる訳だ」
「それがどうした?」
「新しい町に着く度に宿をとって、それでみんな食事もして…。そんな事してて、お金は残るの?」
いかにも現実主義者の大地らしい発言であった。
「あ、お金なら私も少し…」
キイタが言う。大地は、キイタの顔を見てから、その目線をキイタの荷物に移した。大きな荷物、もちろんキイタだって一国の王女だ、大地とは金銭感覚が大きくずれている事だろう。
「だとしてもだよ、旅の途中には野宿をしなくてはならない場所だってあるかもしれない。もういい加減、男女で二部屋とか、そう言う感覚はなくしていった方がいいんじゃないかな?冗談抜きで、鋼の両手を鍋に、キイタの火で調理する位の覚悟が必要かもしれないよ?」
「しかしだな…」
「シルバー」
大地の意見に言い返そうとしたシルバーを、ココロが制する。
「私達は構いません。宿泊の手続きは、それで」
「いや…」
「キイタも、いいよね?」
キイタは、黙って頷いた。
「…承知しました…」
二人の王女に言われれば、シルバーもそれ以上の反発はできなかった。男女の別、だけではないのだ。国に仕える兵士として、その国の王女と同じ部屋で休むなど想像すらできない程恐れ多い事なのだ。それを大地はわかっていない。
シルバーは、恨みがましい目で大地を睨んだ。しかし、大地はそんなシルバーの気持ちを察する事もなく、平然としている。それがまた、シルバーの気に障った。
「ところで」
ほっとした雰囲気に満たされた部屋の中で、大地が話しを始めた。みんなの注目が大地に向く。
「新たにキイタが仲間に加わったところで、俺はどうしてももう一人ちゃんと仲間になってもらいたい人がいる」
「え?」
みんな、何を言い出したのか?と言う顔で大地を見る。そんな仲間一人一人の顔を見ながら、大地は答える。
「シルバー」
「ん?」
突然指名されたシルバーは、虚を突かれ、驚いた声を出した。
「そろそろ本当に、仲間になろうか?」
「な、何を言っているか貴様は、私は誰よりも早くココロ様に名乗りを上げた能力者だぞ?確かにお前の事は気に入らんが、正義のため、共に戦う覚悟はできている」
「それはココロの部下としてでしょ?アスビティ公国の兵士として、でしょう?そうじゃなくて、シルバー自身の事でまだ、俺らに話していない事があるんじゃない?って事」
「話していない事?」
「惚けない。ココロは、仲間が入る度に自分の辛い話をしている。俺だって、ましろと俺がしてしまった事をちゃんと話たうえで仲間になったんだ」
それは、星雲の竜を閉じ込めた祠を開く事で、自分達が世界 滅亡の引き金を引いてしまったのではないか?と言う話の事だ。
「キイタだって、全部話して、こんなに涙を流して仲間になったんだよ?腹を割ってくれなきゃ」
「いい加減にしろ、私には、お前のように語る程の事がないだけだ。何も隠してなどいない」
「じゃあ、なぜ鋼の能力が嫌いなの?なぜ鍛えようとはしてこなかったの?」
「それは言った筈だ。剣士であり、軍人である私に、“身を守るだけ”の能力など、必要ないと考えたからだ」
「シルバー」
大地とシルバーのやり取りに、ココロが割り込んだ。
「話したくない事は、皆それぞれにあると思います。しかし、私もあなたに一つ聞きたい」
大地を相手にしている内は強気だったシルバーも、相手がココロとなると、急に緊張の面持ちに変わった。
「何でしょうか?」
「あなたは、中央にいる時、特別行動騎馬隊の隊長を務めていた筈です」
「はい」
「特別行動騎馬隊と言えば、公軍隊士の中でも特に成績優秀な者だけを選出するエリート部隊」
「………」
「それが、立場は変わらず隊長とは言え、なぜ辺境警備の第三警備隊へ配置転換をされたのですか?」
「いや…それに大きな意味はありませんココロ様。私は比較的若い内に行動騎馬隊の隊長を拝命しました。しかし、若いだけに経験が不足していた。だから一度他の場所を見せるためであったと、理解していますが…」
「………」
ココロはじっとシルバーを見据えた。シルバーは、居心地悪そうに冷や汗をかきながら目を泳がしている。
「若年の隊長は他にも例があります。しかし、特別行動騎馬隊の、隊士ならばまだしも、隊長まで務めながら境界警備小宮への配置転換など、聞いた事がない」
シルバーは、ますます追い詰められたような表情に変わっていく。
「答えてください、あなたの転属には、どのような事情があったのですか?」
「…お答えする必要は、ないかと…」
「あんたが俺に言ったんだよ、お互いに命を預けて戦わなくてはならない、心底信用できない奴と一緒に戦う事はできないって。だから、俺も話す気になったんだ」
大地のその言葉が止めだった。そうだ、確かに自分はそう言った。観念したように、シルバーは目を瞑ると、一つ大きく息を吸い込み静かに話し始めた。
「姫…いえ、ココロ様。覚えておいででしょうか?四年前。クナスジア王国で、戦争が勃発しました」
四年前と言えば、ココロも、キイタもまだ十歳に満たない子供であったが、その戦争の事は記憶にあった。国土発掘権を巡る小国同士の戦争に、プレアーガ最大国家であるクナスジア王国は、長引く戦争を終わらせるべく介入した。
クナスジアと友好関係にあったアスビティにも、その戦争への出軍協力要請が来た。もちろん、非戦闘国を標榜しているアスビティが前線に出向く事はなく、主に武器食料の補給部隊としての後方支援としての役割を担った。
アスビティ公国の公軍の中で、海外活動が許されているのは、特別行動騎馬隊のみである。当時シルバーは、隊長として、三個中隊、八百八十二名の大隊を率いてこの作戦に参加した。
活動拠点は、非武装地域とされていた。戦闘や、命の危険はない筈であった。しかし、そうはいかなかった。補給路を断つために編成されたゲリラ部隊に、シルバーの隊が襲われた。
報告を受けたシルバーは、できる限りの物資確保、支援要請の指示を出したうえで、自ら先頭に立ち襲われた隊の救出へと向かった。
「…戦いが終わった時、敵も味方もなくその場に立っているのは私一人でした…。周りは千もの遺体が折り重なり、その中で私は、生き残った者はいないかと必死で仲間を探しました…」
遺体の山の中を、叫びながらさ迷うシルバーの姿を想像した三人は、声を発する事もできず話の続きを待った。シルバーが三人を見た。その顔は、少し、蒼ざめて見えた。三人は、気まずく視線をそ逸らした。
「誰一人、生きている者はいなかった…。私は一人帰国しました。その後も、度々仲間の消息を照会しました。実際、二度程現地へも赴きました。しかし、生き残った者の情報はありませんでした。戦争が終わった後、私には、転属命令が下されました」
「そんな…」
大地が声を上げた。
「その転属は左遷でしょう?シルバーはちゃんと戦ったんでしょう?」
シルバーは、冷めた目で大地を見ると言った。
「そう言う問題ではないのだ大地。部下を一人残らず死なせ、一人生きて帰って来た隊長に対して、これは当然の処置なのだ」
「そんなのおかしい」
「そうだな、お前の住んでいた世界ではそうかもしれない。だが、一個大隊を全滅させた上に、その隊長は、かすり傷一つ負わずに帰国したのだ…。もしあの時、あそこで私もみんなと一緒に死ねていたら…」
「そんな風に考えちゃいけない!」
「だが、隊を全滅させた事実は消せないのだ!!」
静かに話していたシルバーが、初めて大きな声を出した。そうかもしれない、戦争のない、平和な世界で生きてきた大地には、一生かかっても理解できない事なのかもしれない。
「共に剣を抜き、戦場で戦った私が、ただ一人無傷でいられたのは他でもない、デュールの力のお陰だ。こうして、ココロ様と世界を救う旅に出る事になった今となっては感謝している。しかし、これまでの私は、私のみに宿ったこの能力を恨み、呪い続けていたのだ」
話し終えたシルバーは、三人の顔を見た。
「これが、私が第三警備隊に配属された事情です。ご理解、いただけましたか?」
そう言われた誰もが声もなく、再びシルバーから目を逸らすように俯いた。それを見たシルバーは、ふっと小さく笑いを漏らすと、やや明るい声で言った。
「少し、頭を冷やしてまいります。宿の手配はしておきます。夕飯は、私を待たずに始めてください」
そう言うとシルバーは、壁に立てかけた自分の剣を掴み、部屋から出て行った。後に残された者は、誰もその背に声を掛ける事ができなかった。




