道具屋
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれた公国公女。明るく活発な女の子ながら旅のリーダーとして仲間達を導く。
・シルバー…鋼の能力者。責任感の強い公軍の隊士。皆が頼るサブリーダー。
・キイタ…火の能力者。大国の王女だが人見知りで気の弱い少女。
・ガイ…雷の能力者。元はシルバーの部下だった隊士。怪力自慢で戦闘スキルが高い。
・アクー…水の能力者。記憶を失った少年。冷静な判断力と高い身体能力で戦う。
・ナル…生命の能力者。精霊の武器に次の持ち主として選ばれた青年。
・道具屋の主…カンサルク王第二の武器が置いてあるとされる店を運営する店主。賑わう港町で様々な客を相手にしている商魂逞しい男。
●前回までのあらすじ
エクスドヴィルにて正体を現したタオゼンを一刀のも下に退治したアテイル四天王の一人メロは、五隻の船とそれを操る二百人の海賊達を自らの配下として手に入れた。
一方その傍らではマニチュラーが虚無と現世を繋ぐ扉を開いた事により、虚無に暮らす無数の精神体がアテイルとしての肉体を得て地上へと生まれ出た。
船と操舵手、そして狂暴な兵士を揃える事に成功したメロは海上でANTIQUEを襲おうと残酷な計画を立てるのだった。
「大地は一体どうしたの?」
月明かりの射し込む窓際のベッドの上、瞬きもせずに膝を抱える大地の姿を見ながらアクーが密やかな声でシルバーに訊ねる。
ベッドの上で体の向きを変えたシルバーは自分を見下ろして来るアクーを見つめた。その目を今度はシルエットとなっている大地へと向ける。
(ましろがいた…)
呆けたように呟き再びその姿を追おうとした大地を何とか宥め無理やり宿へと連れ帰って来た。
二人が帰って来た事に安心したガイとナルは早々にそれぞれのベッドへと潜り込み寝入ってしまったが、明らかに様子のおかしい大地にアクーはすぐに眠りにつく事ができなかった。
「いいんだ」
シルバーがそっとアクーに答える。
「明日にしよう。お前ももう休め」
シルバーは再び寝がえりをうつと目を閉じた。少し不満そうな顔をシルバーの背に向けたアクーは、もう一度大地を見た。
相変わらず膝を抱えた姿勢まま大地は動かない。何もなかった筈がない。こんな大地をアクーは見た事がなかった。
しかし大地自身に何があったのかを訊くのも躊躇われた。もやもやした心持ちのまま、アクーもベッドに身を横たえるしかなかった。
銀色の光を浴びながら大地の思考は止まっていた。一瞬だった、振り返ろうとした瞬間、ほんの一瞬群衆の中にましろの顔を見た。それは間違いなくましろだった。何故かそれだけは確証が持てた。
(ましろ…。君はこの町にいるのか?)
大地はゆっくりと月明かりに照らし出される街並みに目を向けた。賑やかな港町ジスコー。この町のどこかにましろが…。
寝静まった町を見つめながら、それでも大地の頭はまるで寝起きの時のようにまったく働いてくれなかった。
翌朝ー。
朝食の席に大地の姿はなかった。疲れているらしいと言うシルバーの説明に一応納得した面々は、大地を欠いたまま食事を済ませた。
「よし、行こうぜナル!」
「うん」
ガイに声を掛けられたナルはまだ口を動かしながら急いで立ち上がった。
「待てガイ」
二つ目の精霊の武器を朝一番から探しに行こうと逸るガイをシルバーが止めた。
「何です?」
ガイが訊き返すとシルバーは一枚の紙とペンを差し出した。
「店の場所を書いて行ってくれ」
「は?」
「思うところがあってな、私も後で行く」
言われたガイは何となくナルの顔を見た。
「だったら、一緒に行きましょうよ」
ナルがシルバーを誘うがシルバーは軽く首を振った。
「いや、少しやる事がある。二人はとにかく店に行き、少しでも早くカンサルク王第二の武器を見つけられるよう頑張ってくれ」
「そう言うなら、まあ…」
そう言ってガイはテーブルに手をついて簡単な地図を描きシルバーに渡した。
「うむ」
ガイから受け取った地図をポケットにしまい込む。
「では後で」
シルバーが言うとそれに頷いたガイとナルがテーブルを離れ宿から出て行く。
「さて、じゃあ私達は今日はどうしよっか?」
ココロが軽く伸びをしながらキイタとアクーの顔を見る。そんなココロにシルバーが身を乗り出すようにして声を掛けた。
「ココロ様」
「ん?」
「今日は一日、ここにいてはいただけませんか?」
「えぇ?何で?」
自分は出掛けると言っておきながらこちらにはここに残れとは随分ではないか。そんな思いにココロが不満めいた声を出す。
「大地の事なのですが…」
「大地?大地がどうかしたの?」
花火見物を終え宿に帰ったココロとキイタはそのまま自室に入り眠ってしまったので、その後シルバーが大地を連れ帰った事を知らない。大地の状態が今 尋常でない事も勿論知らなかった。
「実は昨夜から様子がおかしいのです。申し訳ありませんが三人で今日一日大地を見ていてやってはいただけませんか?」
「様子がおかしいって?」
キイタが心配そうに小首を傾げる。
「何だかぼ~っとしちゃって全然 瞬きもしないし口も利かないんだ」
アクーが割り込んで来る。自分自身大地の事を心配していただけに、シルバーが漸くこの話題に触れてくれた事に少し安心したようだ。
「何があったの?」
ココロが急に真剣な顔でシルバーに訊ねた。
「実は…」
シルバーは少し言いにくそうに言葉を濁した。自身昨夜の大地の行動は未だに理解しきれていないのだ。
それでもシルバーはポツリポツリと花火見物から突然離れた後の事をテーブルについた三人に説明し始めた。
説明を終えたシルバーはガイの書いた地図を見ながら足早に目抜き通りを店に向かって歩いていた。大地の事は心配だったが今はとにかくカンサルク王の武器だ。シルバーにはナルの手助けができるあてがあった。それで今二人を追って店への道を急いでいるのだった。
一方ガイとナルは昨日タテガミが「奴がいた」と言った古道具屋の前で腕組みをしたまま立っていた。やがて店の木戸がガタピシと音を立てて引き開けられると、見覚えのある店主が表へと出て来た。
「おおっ!」
店の前に仁王立ちをしている二人の巨大な男の姿に眠そうだった店主の顔が一気に目覚める。
「おはようございます」
ナルが人懐っこい笑顔で挨拶をする。
「あ、ああ、いらっしゃい」
薄気味悪そうに二人を見ながらも店主は木戸を全て開け放った。まだ店主が開店の準備をしている内からガイとナルは店の中へと入り、早速古い剣の束をガチャガチャと物色し始めた。
相変わらず怪訝な顔つきのまま横目で二人の大男を見ながら開店準備を進めていた店主がカウンターに入ると、ガイはすぐに近づいて行った。
ガシャリと音を立てて義手をカウンターに置く。少し驚いた顔を見せた店主だったが、大勢の外国人を相手にこの港町で商売をし続けて来ただけあって度胸が据わっているのかそれ程動じる事もなかった。
「昨日も来とりましたね?」
「ああ」
ガイが金髪を揺らしてとびきり爽やかな笑顔で答えた。
「何か目当ての物でも?」
「あるんだよこれが」
「一体どんな物をお求めで?」
「なるべく年代物の武器が見たい。そう、特に三百年前に起こったマウニールとアガスティアの戦争に関する物がいい」
ガイは特に隠し立てもせず真正直に言った。
「アスビティ戦争のねえ…」
アスビティ戦争。アスビティ公国創立のきっかけとなったあの戦争は、外国ではそんな風に呼ばれているのか。ガイは変なところで感心してしまった。
「ああ、あるよ」
暫く天井を見上げて考えていた店主はガイに顔を戻すとあっさりと言った。
「あるかい?」
「ああ、あるさ。あるけど、見たら買うのかい?」
「探してる物だったら勿論買うさ、その為に来たんだ」
ガイは店主をその気にさせようとシルバーから預かった金の入った袋を大きな音を立ててカウンターに置いて見せた。一瞬店主の目が光るのにガイは気が付かなかった。
「さて、あれはどこだったかなぁ?」
ブツブツと独り言を呟きながら店主が店の奥へと引っ込んで行った。
「ガイ、ナル!」
店主が店の奥へと引っ込んだところへシルバーが飛び込んで来た。呼ばれた二人が店の入り口へと目を向ける。
「シルバー」
ナルが嬉しそうに声を上げると、シルバーは無言で彼に近づき、ナルが漁っていた剣の束に左手を翳した。
「シルバー、何を?」
「まあ待て」
そう言ったシルバーの体が薄く銀色の光を放つ。デュールの能力を発動しているのだ。シルバーが何をしようとしているのかわからないナルとガイはそっと目を見交わした。
瓶に刺さったたくさんの剣の上に手を翳し、シルバーは瞑想するように目を閉じている。
暫くして目を開いたシルバーは、体を銀色に光らせたまま隣の瓶に移った。今度は両手を差し出し、数個の瓶を一度に調べているようであった。
そうやってシルバーは瓶から瓶へと同じようにしながら店の中を歩き回った。時々数本の剣を手に取り、別の瓶に差し直したりなどしている。
そんな事を繰り返しながら店の一番奥、光も差さない隅に追いやられている埃塗れの瓶まで行ったところで漸くシルバーの体を包む銀色の光が音もなく消えて行った。
シルバーがふうっと息をつく。ちょうどそこへ店主が両手にいくつかの物品を抱え店舗に戻って来た。
「ナル」
シルバーはナルの方へ歩み寄りながら声を掛けた。
「はい」
「そちら側の瓶はみんな駄目だ、調べなくていい。この手前の四つもだ。この奥の一列、ここから向こう側だけを調べろ」
「え?あ、は、はい」
両手を広げて調べるべき瓶を指定するシルバーに戸惑いながらもナルは言われた通り今まで一本一本の剣を手に取って調べていた瓶を離れ、店の奥へと進んで行った。
シルバーが振り向くと、カウンターの向こうにいる店主と手前側のガイが揃って自分を見つめているのがわかった。二人ともぽかんとした顔をしている。
「ガイ、何をしている?」
「え?あ、ああ」
シルバーに問われ我に返ったガイは慌ててカウンターに乗せていた手をどけて店主の方を見た。
「あったかい?」
「ああ、この位かねえ?」
言うと店主は両手いっぱいに抱えたままだった商品をカウンターの上に音を立てて広げた。
短刀、大型ナイフ、スローイングナイフ、棍棒や星球武器と言ったオーソドックスでシンプルなものから、弩やトリプルダガーなどの珍しいものもあった。しかしいずれも相当に古い代物である事は一目でわかった。
興味を惹かれたシルバーが自分の前に並べられた物騒な道具達を見つめているガイの傍に寄って来た。
「後は…、あの後ろに立てかけてある長槍や長弓も大体その辺りの品の筈だけどね」
店主に言われるままシルバーとガイは揃って後ろを振り向いた。確かに店の片隅に歩兵用の長い槍や長距離向けの長弓が無造作に立て掛けてある。
「ガイ…」
不思議そうな顔をして何かを言い掛けたシルバーの腕を取ったガイはそっと長槍の置いてある店の隅までシルバーを促した。
「開店まで店の前で待っている間にタテガミから聞いたんですよ」
「何を?」
そっと耳打ちしてくるガイにシルバーも声を潜めて訊き返すと、ガイの目が自分を見つめ返して来た。
「カンサルク王の武器は、どうも剣だけではないらしい」
「そうなのか?」
「ええ。それで店の主にアガスティア時代の武器がないか訊ねたところ、持ってきてくれたのがあの品って訳です」
ガイが背中越しにカウンターの方を親指で指す。シルバーがそっと振り向くと、腕組みをした店主が訝し気にこちらを見ている。
「見てみよう」
「はい」
シルバーとガイは再びカウンターの前に戻ると店主が持ってきてくれた武器を検分し始めた。
「何か言われがあるのかい?」
シルバーが武器を手に取って見ている内に、ガイが気さくな調子で店主へと訊ねた。
「ああ、これらの武器は全部ジルタラスのレメルグレッタと言う洞窟で戦争に勝利したマウニール王国の戦利品だ。ここへ流れ着いた経緯はもう定かじゃあねえが帰国の途中荷物だからと売り飛ばしたか、盗賊にでも奪われたか…」
「間違いねえのか?」
ガイが真剣な顔で確認する。カウンターに身を乗り出す勢いだった。店主はやや胸を張り請け負った。
「あんたねえ、アタシだって商売だよ?道具の年代位はわかるさ。それにその使い道や特徴なんかもね。例えばほら、この投てき用のナイフなんざこれはあまり西諸国では見られないもんでね。こう言う武器を使っていたのは東諸国、今のクナスジアなんかによく見られるもんだ。反対にこの弩をごらんなさいよお兄さん、こりゃあ間違いなくアスビティ公国の文化だろうがさ?作られた年代を考えりゃ、即ちマウニールの武器って事だ。それが今ウチの店にあるっつう事はだ、こりゃアスビティ戦争時代の遺物と考えるのが自然だろう?」
「な、なるほど…」
ガイが店主の思わぬ博識振りに感心した声を出したその時、突然シルバーが手にしていた短刀をガチャンと音を立ててカウンターに置いた。
「お客さん、商品は丁寧に扱ってくれなきゃ…」
「なるほど、よく勉強しているようだなおやじ」
シルバーは店主の苦情を皆まで聞かず口を開いた。付き合いの長いガイにはその一言だけでシルバーが不機嫌になっている事がわかった。
「そりゃあまあ、さっきも言いましたが商売なんでね」
得意げに言う店主を無視してシルバーはガイの前にあるスローイングナイフを手に取った。
「この小さなナイフはストックバルラと呼ばれる武器でおやじの言う通りクナスジアの物だ」
シルバーが言うと店主は「ほらね」とでも言いたげな顔で益々胸を反らした。
「クナスジアにはジャコウと呼ばれる集団がいてな」
「ジャコウ?」
ガイが訊き返す。
「ああ。彼らは王族を守る為に特殊な訓練を積み、そこで認められた者だけが国王一家を守る任務に就くんだ。国王一家一人に一組のジャコウ…。国王には国王の、王妃には王妃のジャコウが付く。王子や王女、国王の兄弟やその子…。いずれ国王となる可能性を持った血族それぞれに専用のジャコウチームがついている。このストックバルラはそのジャコウが好んで使っている武器だ」
「へえ…」
武器については相当の知識を持っているガイであったが、外国の物となるとさすがにシルバーの方がよく知っていた。
そもそもガイはクナスジアに実在すると言うジャコウの存在すら今日まで知らなかったのだ。
ガイは素直に感心し、シルバーが元通りに置いたストックバルラをしげしげと見つめた。
ふと気が付くと、すぐ目の前に店主の顔があった。彼もガイと一緒になって錆びついた小さなナイフを一心に見つめていた。
ガイの目線に気が付いた店主は慌てて背を伸ばすと大声で言った。
「そ、そうとも。こちらの兄さんの言う通りだ。勿論アタシは知っていたけどね」
その額にはじんわりと脂汗が滲んでいる。




