反撃の序曲
●登場人物
・メロ…アテイル四天王の一人。激の竜と綽名される女戦士。性格は非常に残忍で執念深い。ンダライの塔でココロ、大地、シルバー、キイタの四人の前に敗れ去り重傷を負って敗走して以来、単独でANTIQUEを追い続けている。
・ダキルダ…アテイルの斥候。手から生み出す黒い球体で包み込んだものを瞬間的に別の場所へと移動させる能力を持つ。アテイルの野望達成の為に協力しているが自身はアテイル一族ではないらしい。
・マニチュラー…別名、「生産者」と呼ばれる謎の男。手にした鎌を使い虚無と現実の間を結ぶ道を開く能力を持つ。
●前回までのあらすじ
夜の街で仲間達と一緒に花火見物に興じていた大地は花火を見上げる群衆の中に探し続けていたましろの姿を見つけ我を忘れて走り始める。
理由もわからず後を追ったシルバーは大地の口からましろがいたと言う言葉を聞き言葉を失ってしまった。
一方、ココロ達の目指すクナスジアに属する無人の岩山エクスドヴィル。そこには大国クナスジアに飼いならされた海賊達が巣くっていた。
マニチュラーを従え突然その島に上陸したメロは舟と舟の操舵係が欲しいと一人海賊の暮らす洞窟へと乗り込んで行った。
そこには二百名を超える海賊達とそれを束ねるクナスジアの軍人タオゼンが酒を酌み交わしていた。メロをアテイルと見抜いたタオゼンは口元を歪め、奇妙な余裕を見せるのだった。
薪の爆ぜる音が響いた。巨大な洞窟の奥、階段状になったその最も高い位置に陣取ったタオゼンは、瞬く間に屈強の男達を汚れた肉塊へと変えた鎧の女を前に余裕の表情を浮かべていた。
「そう言うお前も、虚無の者か?」
アテイルかと訊ねられたメロは余裕の笑みを浮かべたままのタオゼンを見下ろしながら言った。
タオゼンはその問いには答えず呆れて首を振ると、漸く組んだ足を解き、立ち上がった。
「縄張りを荒らすのは感心しねえなあ」
そう言って笑うタオゼンの顔に、幾筋もの血管のようなものが浮き上がる。
「虫か?」
ビチビチと音を立ててタオゼンの皮膚が破れ始める。白い軍服に包まれた背中が生き物でも入っているように蠢いている。
「は…はああ?」
戦わずしてメロに屈服した海賊の頭頭領がタオゼンの体に起きた異変に気が付き裏返った声を出す。
「協定を破るなら容赦はしねえぞ竜の女!」
言うなりタオゼンの背中が破れそこから何本もの節くれだった足が飛び出した。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」
一人生き残った頭領は涙声で叫ぶと段上から仲間達の傍まで転がり落ちて来た。
「タ、タオゼンの旦那も、ば、化け物だぁ!」
海賊の誰かが叫んだ途端、一気に恐怖が伝播し洞窟の中はパニックに陥った。恐怖の余り動けずにいる女達を放って海賊達はみな洞窟の出口へと殺到した。
メロは振り向き様に竜の鱗でできた鞭を振るった。届いた範囲の数名が上半身と下半身を分けられ地に転がった。
「貴様ら逃げるな!!」
メロが叫んだがそれでも恐怖に我を忘れた海賊達の足は止まらなかった。訳のわからない事を口々に叫びながら男達は洞窟の外へ出ようと走った。我先にと出口へ向かう彼らに階級も年齢も規律もなかった。
先頭を走る男が漸く真っ暗な洞窟の表へ出ようとしたその瞬間、突然男の頭が道に落としたトマトのように破裂した。
すぐ後ろを走る男達が叫び声を上げながら慌てて止まる。彼らの目の前にタオゼンが立っていた。
どうやって回り込んだものか、たった今まで彼らの背後にいた筈のタオゼンが今、彼らの行く手を遮り立ち塞がっている。
「あ、あ、あ…」
男達は震える声を上げ後退りをした。彼らの良く知るタオゼンの顔はそこになかった。
爛々と光る眼は以上に大きく。笑ったように裂けた口からは鋭い牙が覗いている。
「どこへ行く気だお前ら?お前達は雇われたのだ、我らゼクトゥム一族にな。俺様の許可なくここを出ようとする者は俺が殺す」
そう言ったタオゼンの背中からパリパリと音を立て、百本にも見える細い脚が伸びて来る。一本一本がそれぞれに蠢きながらまるで生き物のように彼の背後で揺らめいていた。
「やはり虫か…」
段上を降りながらメロが鞭を一振りすると、それは一瞬の内に輝く剣へと姿を変えた。
前方には突然化け物に姿を変えたタオゼン。背後からは自分達の上官をいとも容易く屠ったメロが鎧の音を軋ませ迫って来る。
タオゼンはゼクトゥムだった。思いがけず二つの魔族が激突する場面に遭遇し巻き込まれた人間達は睨みあう二人の間で成す術もなく立ち尽くしていた。
「ほらほら、下がっていないと怪我をしますよ」
そんな声に人間達が振り向くと、洞窟の奥、さっきまでタオゼンがいた段の下でマニチュラーが気味の悪い猫なで声を出していた。
フードの中から覗く左右で表情の違う金色の仮面が篝火に照らされ一層不気味に輝いていた。
「どうせ逃げる事などできないのですから生き残った方が利口ですよ」
そう言いながらマニチュラーは自分の足元をキョロキョロと見回す。
「この辺りがいいかねえ」
そう呟いたマニチュラーは、両手で持った大鎌を頭上高く掲げると、その柄を地面に突き刺した。突き刺さった瞬間、鎌の上についている鉱石が眩しい光を放ち始めた。
その光景にまた人間達は恐怖の色を濃くしたが、それでもマニチュラーの言った事に納得した彼らはとにかく洞窟の端で身を寄せ合った。
広々と空間の空いた洞窟の中、タオゼンに近づいていくメロの鎧があげる重々しい音が響き渡る。蠢くタオゼンの無数の足も耳障りな音を立て続けていた。
一定の距離を置いて立ち止まったメロは、深く剣を腰に溜め身を屈めると、次の瞬間、弾丸のようなスピードでタオゼンに向かって行った。
しかしメロが繰り出した一刀は空を切った。突然地面に伏せメロの攻撃を躱したタオゼンは、百の足を使いその腕の下を掻い潜って再び洞窟の奥へと移動した。
先程出口へ向かう海賊たちの前に突然現れた時もこの足を使ったのだろう。メロは態勢を戻すとゆっくりとタオゼンを振り返った。
「どうした竜の娘?そのような姿で俺に勝てると思っているのか?」
そう言うタオゼンの口が益々大きく横に裂けていく。目も更に大きくなり、やがて膨らんだ頭部から二本の触角が皮膚を破って現れると、左右に分かれるように割れた顔面から人間の目玉がポロリポロリと零れるように落ちた。
音を立てて服が裂け、タオゼンの体が高い洞窟の天上に向かって伸び上がって行く。
「ああそうか。お前達竜の一族は一度元の姿に戻ったが最後、二度と人の形を真似る事ができなくなるのだったな…。クックックッ、不便な事だな、え?アテイルよ」
そこには巨大な百足が頭をもたげ立ち上がっていた。頭の上で二本の触角を回しながら百足は鋭い牙の光る口を威嚇するように横に広げた。
メロは再び剣を掲げると巨大 百足に向かって行った。百足も口を大きく開けたまま頭から向かって来るメロに突っ込んで行った。
激突するその瞬間、メロは素早く左に身を躱した。タオゼンが鋭い牙で地面を噛む。すぐに起き上がったメロはその勢いで地を蹴ると、一気にタオゼンの背後に飛び出た。
気合 一閃、剣をタオゼンの背中に叩きつけた。しかし固い殻に守られたその背中はメロの剣を弾き返した。現存する全ての物質の中でも最強と言われる竜の鱗をもってしても、ゼクトゥムであるタオゼンの殻を割る事はできなかった。
一瞬の隙を突き振り上げられたタオゼンの固いしっぽがメロの顔面を襲った。信じられない衝撃を感じた瞬間、メロの体は高い天上まで跳ね上げられた。
ガランと重たい音がする。吹き飛んだメロの兜が地を転がる音だ。
「くっ…!」
辛うじて態勢を立て直し、膝をついて着地したメロが顔を上げる。長い栗色の毛がキイタに焼かれた右の顔を覆い隠していた。百足がゆっくりとメロに顔を向ける。
「ほほう、なかなか美しい娘に化けたものではないか。だがそのような小さな体に収まっていては俺を倒す事はできないぜ?その可愛らしい皮を脱ぎ捨てて、早く本性を現せよ、雌竜が!!」
再びタオゼンが大きな口を開け襲い掛かって来る。メロは怯む事なく自ら向かって来る百足の口目掛けて剣を突き出した。
ガチンと鋭い音がしてメロの剣が黒光りする百足の口に咥えられた。タオゼンはそのままメロの体ごと頭上高く放り投げた。
「お前 如き小娘が俺に刃向かうなど百年早いわ!!」
そう叫んで反らしたタオゼンの胸が大きく左右に割れると、その中には何万という細かい牙が現れた。落ちてくるメロの体をその体内に取り込もうと言うつもりらしい。
「虫けらに小娘呼ばわりされるとは心外だ。私はアテイル四天王が一人、撃の竜、メロ!!」
頭から落ちながらメロは叫んだ。凄まじい勢いで目の前に大きく開かれた百足の腹が迫って来る。その中では数えきれない細かい牙がブルブルと小刻みに蠢いていた。
次の瞬間、メロの体が真っ赤に発光した。そのままタオゼンの体内へと突っ込む。メロを捕らえた瞬間、左右に大きく開いていたタオゼンの腹が一瞬で閉じ、メロの体を完全に飲み込んでしまった。
「ククク…俺の毒にまかれ溶けてしまえばいい」
ギシギシと嫌な音を立てて百足がゆっくりと頭を下ろす。くねくねと触角を動かしながら飲み込む直前に叫んだメロの言葉を思い返す。
「何と言った?今お前は、何と、言った?」
タオゼンが呟いた時、突然彼の固い背中に無数のヒビが入り始めた。
「ガハっ!!ア、アテイル…四天王⁉」
痙攣するように震えるタオゼンの背中を破り、銀色の剣が飛び出して来る。完全に砕かれた背中に大穴を開けて、髪を振り乱したメロが飛び出した。
大きな音を立てて巨大 百足は地に倒れた。その背中にはまだ赤く発光したままのメロが一人長い髪を揺らして立っていた。
「そう、お前は今アテイルの首領格を相手にしていたのだ」
そう呟いたメロは身軽にタオゼンの背中から飛び降りた。タオゼンの体が眩しい光に包まれる。その巨大な姿は見る見る縮み、人間の姿に戻って行った。
一糸纏わぬ人の姿になったタオゼンは背中に大きく開いた穴から勢いよく体液を撒き散らしながら地面を這った。
「な…なぜ…、お前のような、者が…」
言いながら上げられたタオゼンの顔にはまだ無数の筋が浮かび、完全に人間体に戻れてはいなかった。
言葉を発する口からもとめどなく正体不明の粘り気のある液体が流れ続けている。
ブルブルと体を震わせ、間もなく絶命しようとしているタオゼンを振り向き、メロは澄ました声で言った。
「言っただろう?船が必要になったのだ」
しかしタオゼンはもうその答えを聞く事はできなかった。黒い玉のように光を失った目は、彼の体が完全に破壊された事を示していた。
周囲でこの戦いを見守っていた人間達は声もなく気が触れたようにただ震えていた。
メロは静かに体の向きを変えると、吹き飛ばされた兜を拾い上げた。その時だった、洞窟の奥から眩い光と共に激しい音が響いてきた。
メロが振り向くと、光の中でマニチュラーが狂喜の声を上げている。
「おお!扉が開いた!!虚無の世界とつながったぞ!さあ出でよ、私の可愛い兵士達よ!この猛る雌竜に付き従い、大いに暴れるがいい!!」
目を眩ませる大きな光の中から獣の唸るような声が聞こえてくる。やがて光は地面の一点へと向かい吸い込まれるように縮んで行った。
光が消えた地面が崩れ、蠢いている。やがて固い岩盤を割り、鋭い爪を光らせた太い腕が地面を突き破って生えて来た。
更にはっきりとした雄叫びと共に、まるで恐竜のような姿をしたアテイルの兵士達が次々と地面を割って生まれて来た。
土を掻き、頭を振り、四つん這いになって叫んでいる。ナイフのように尖った牙を覗かせ、長い舌を震わせて叫んでいる。
全身を羊膜のようなどす黒い膜に包まれた化け物達は、ンダライの塔で大地やシルバーと戦った連中よりも更に大きな体をしていた。
「こーらこら落ち着け落ち着け!」
やがて二本足で立ち上がり暴れようとする生まれたばかりの兵士達をマニチュラーが宥める。
「メロ!肉体を得たばかりのこの子達は腹を空かせて気が立っている。このままじゃせっかく手に入れた人間共を食っちまうぞ?」
マニチュラーが可笑しそうに叫ぶ。メロは肉体を持った事に戸惑い暴れる凶暴な虚無の兵士達を見つめていたが、やがて背中を向けると洞窟の出口に向かった。向かいながら背後のマニチュラーに言った。
「女どもは食わせていい」
背後で絶望的な悲鳴が上がった。次の瞬間には興奮した動物の声と、肉と骨を断つ悍ましい音が響き渡った。
兜を小脇に抱えたまま外にでたメロは、闇を透かして聳えるように海に揺れる五隻の船を見上げた。
「小僧!」
前を向いたままメロが叫ぶ。自分の背後にある岩の上にダキルダが座っているのは先刻承知だった。簡単には近づけないこのエスクドヴィルに来られたのはダキルダの能力のお陰だった。
「ANTIQUEが海に出ると言うのは本当だな?」
「ええ間違いございません」
ダキルダは軽い口調でメロの背中に答えた。
「奴らは今七人。ゴムンガ様の攻撃を掻い潜った奴らはジスコーの町から船に乗りミルナダへ向かうつもりです」
「ゴムンガ…。奴もしくじったのか」
「お言葉ですが」
メロの呟きにダキルダはすぐに言った。
「そもそもゴムンガ様はANTIQUEを倒すつもりはなかったようですよ?軍隊を指揮する事が得意のゴムンガ様が単身奴らの前に現れたのは、偏にその能力を確かめたかっただけだったのでは?如何にも知略に長けた戦いをするあの方らしいと言うか…」
「黙らんと殺すぞ小僧」
「へいへい」
「ミルナダなどに渡らせるものか。このメロが今度こそ奴らを海の藻屑へと変えてやるのだ」
そう言うとメロは不吉な色をした兜を再び頭に装着した。金色に光る瞳がANTIQUEへの恨みに燃え怪しく輝いていた。
「さあほらほら男どもは今の内に表へ出るんだ。あいつらも腹が膨れれば理性を取り戻すだろう。傍にいるとお前らも食われちまうぞ!」
洞窟の中からマニチュラーの声が響く。やがてぞろぞろと出て来た男達は絞首台へと向かう死刑囚のように顔色を失い、目に見えて震えていた。
メロは振り向くと感情の籠らない目で惰弱な人間の群れを一瞥した。
「奴らの食事が終わったらすぐに出航をする。妙な気を起こしてみろ、お前らもあの娘達と同じ目に合うからそう思え」
「な、何をする気だ!」
二百人の海賊達の中から勇気のある一人が怒鳴った。暗闇に佇む群衆の中から叫んだ一人を特定する事はできなかった。
メロは口元を歪めて暗い笑いを浮かべると震える男達に言った。
「今までと変わりはしないさ。お前達が船を襲うのに同行させてもらうだけだ」
二百人の男達を恐怖で支配したメロの姿を高台から見下ろしながらダキルダは得も言われぬ緊張を覚えた。
ンダライでは散々に辛酸を舐めさせられたメロのANTIQUEへの逆襲が遂に始まるのだ。
怒りと恨み、諦観と悲しみの力を得たメロがあの頃に比べどれだけ強くなったかはわからない。しかし、今度こそANTIQUEの一団は最悪の敵と遭遇する事になるだろう。
知らずダキルダの頬に一筋の汗が伝い落ちた。以前のような激しさを見せない静かなメロに底知れない迫力を感じ浮かべた冷や汗だった。
その時群衆の後方で悲鳴が上がった。背後の洞窟から口元をぬらぬらとした液体で光らせた無数のアテイル達が出て来たのだ。
「さあさあお前達、すぐ船に乗れ!こいつらはまだ食い足りていないんだ!さっさと行け!」
マニチュラーが大鎌を振りかざしながら大声で怒鳴ると、怯えた声を出しながら海賊達は自分の船に向かって走り始めた。
「五隊に別れ各隊ごとに船に乗り込め!」
マニチュラーが生まれたばかりのアテイル達に鎌を振り上げて指示を出すと、この化け物達は奇妙な程 洗練された規律良さで速やかに五隻の船に分かれて行った。
「さあメロ、行って来るがいい。あの生きのいい兵士達を存分に使い、今度こそANTIQUEを屠ってやるんだ。お前から輝く美貌と未来を奪ったANTIQUE達をな!」
「お前はどうする?マニチュラー」
「私はここに残る。ここは無人の岩山となるのだ。都合がいい。ここで更に屈強な竜を生み出し続けようと思う、来る大戦に備えてなあ」
そう言うとマニチュラーはわざとらしい仕草でメロに頭を下げた。
「生憎ですがあんな大きな船を五隻も一度に運べませんよ?」
岩の上からダキルダがメロに声を掛ける。
「フン、相変わらず使えない奴だ。構わん、のんびりと船旅を楽しむとするさ」
冷静に見えてやはり軽く興奮しているのか、メロは機嫌の良い声で言った。
「配下にした海賊から待ち伏せる場所を確認させた方がいいですよ。海戦など経験はないのでしょう?」
ダキルダの声にメロは恐ろしく輝く金色の目を向けた。
「指図をするな小僧。死にたくなければ口を閉じ、さっさと私の前から消えろ」
ダキルダは肩を竦めると身軽に岩の上に立ち上がった。
「かしこまりました」
呆れた口調で言うとダキルダは一瞬で姿を消した。何処かへ瞬間移動したらしい。
憎まれ口を叩きながらもメロはダキルダの助言をもっともだと感じていた。舵を取る人間共に目的を伝えておかなくては、奴らもどこへ向かえばよいのかわからず戸惑っている事だろう。
メロはマニチュラーに背を見せると、ひと際大きな船に向かい歩き出した。




