海賊の島
●登場人物
能力者
・ココロ…始まりの存在に選ばれ十人の仲間を見つけ出す旅にと出た公国の公女。現在までに六人の同士を見つけ出し、言葉の力で仲間にして来た。
・吉田大地…土の能力者。遥か遠い地球からココロの声に答え時空を超えてやって来た。
・シルバー…鋼の能力者。頑固ながら一度信頼した仲間は徹底して守る。
・キイタ…火の能力者。気が弱く大人しい少女だが芯は誰よりも強い。
・ガイ…雷の能力者。戦闘スキルが高く誰よりも早く敵に向かって行く。
・アクー…水の能力者。冷静な判断力と高い身体能力を持つ。記憶の殆どを失っている。
・ナル…生命の能力者。気持ちが優しくおっとりとした青年。しかし剣の腕はシルバーをも唸らせる程。
●前回までのあらすじ
部屋に戻った大地、アクー、ナルの三人はシルバーとガイからこれから自分達が乗る事になる三等客室の実態について聞かされる。
三等客室の乗客達は世界の成功者である一等客室の乗客と顔すら合わせてはいけないと言う規則から夜の内に乗船し、最後まで下船できないと言う。
劣悪な環境に閉じ込められ、仮に舟が難破しても一等客室の乗客を救出する為その出入口を塞ぐ鉄格子は開かないとガイは説明する。
しかしそれを聞いた大地は自分達の不幸よりもそんな舟にスティアが乗らずに済んだ事を喜ぶのだった。例えどんな環境であっても仲間と同じ船なら怖くないと言う大地の言葉に全員が三等客室に乗る事を決心する。
しかし三等の乗船券は三枚。残り四枚は二等客室のものだ。ココロやキイタは当然二等に乗るとして、その二人を守る為大地はシルバーとアクーが二等に乗るべきだと主張する。
海を渡る以上、水の能力者であるアクーが最も適任だと言う大地の意見に全員が納得し、三等には大地、ガイ、ナルの三人が乗り込む事となった。
その時、ジスコーの夜空を彩る鮮やかな花火が打ち上げられた。生まれて初めて花火を見たアクーは今から町に出たいと言い出す。
そこへココロとキイタがやって来る。やはり花火を見に行きたいと言うココロにシルバーは苦言を呈すが、ガイは心身共に傷ついた彼らを癒す為に花火を見に行くべきだとシルバーに進言する。
次々と打ち上げられる花火を間近で見ようと港までやって来た能力者達は、頭上で繰り広げられる光と音の饗宴を声もなく見上げていた。
「花火を見上げている時、人は皆アホ面になる…」
横一列に並んで空を見上げる仲間達の顔を見ながら大地が皮肉な笑顔で呟く。
「そう思わない?シルバー」
大地はすぐ隣にいる筈のシルバーに話し掛けたが返事はなかった。
「シルバー?」
そう言って振り返った大地は、花火も見ずに周囲に鋭い視線を投げているシルバーの姿にため息をついた。
「シルバー。周りの人が怖がるよ」
「うるさい」
「そんなに神経質にならなくても大丈夫だって」
「私はこの方が安心するんだ、気にするな」
「そんなに心配ばっかしてるとすぐに老けるよ?」
「大きなお世話だ」
言い返しながらそれでもシルバーは周りに注意を向ける事をやめなかった。そんなシルバーに肩を竦めて自分も花火を見上げようとした大地の目線が一点で止まった。
「え…」
「ん?」
大地の声に振り向いたシルバーは驚いた。今の今まで自分に向かって腹の立つ皮肉を口にしていた大地が、闇夜に浮かぶ程顔の色を失くし、怖い程に目を見開いて固まっている。
「大地どうした?」
シルバーがそう言って話し掛けた途端、大地は驚く程の速さでシルバーの背後に立つ群衆に向け走り出した。
「大地!?」
そう叫んだシルバーの声に花火に夢中になっている仲間達の中でガイが一人振り返る。
「どうした大地!?止まれ!」
しかし大地はシルバーの制止も聞かずあっという間に人波の中へと消えてしまった。
「大地!!」
「どうしたシルバー!?」
不安を含んだ声で訊いて来るガイに、大地を追って走り出したシルバーが半身を向けて指示を出す。
「わからん!!ガイ、みんなを連れて宿に戻れ!」
「けど…」
「大地は私が追う!絶対について来るな!いいな?誰も来るなよ!」
それだけ言うとシルバーは仲間達に背を向け突然の奇行に走った大地を追って夜の町へと消えて行った。後にはポカンとした顔のガイが佇んでいた。
「ガイ、どうしたの?」
心配そうな顔で近づいて来たキイタの声に我に返ったガイが仲間達に言う。
「さ、さあ花火はもうお終いだ。宿に帰るぞ」
ガイの言葉にココロやアクーの口から不平の声が漏れる。
「一時間で帰ると約束しただろうが!ココロ様も、ここはお聞き入れください」
「みんな十分 満喫したでしょ?ココロ、私眠くなっちゃった」
ガイを助けようと思ったのか、キイタがみんなを振り返って言った。
「そうね…」
ココロが名残惜しそうに言うと、その肩に乗ったミニートが鋭い牙を光らせて大欠伸をした。それを見たココロは可笑しそうに笑顔を作るとキイタの傍へと近づいて来た。
「うん、帰ろう」
ココロは晴れ晴れとした顔でキイタに言った。
一方人込みの中で大地の姿を見失ったシルバーは必死になってたその姿を探していた。
自分達と同じく花火見物に繰り出した群衆の頭越しに大地の姿を探していたシルバーは、漸く遥か先に佇む大地の姿を見つけた。
「大地!」
大きな声で名前を呼んだが聞こえていないのか大地はシルバーに背中を見せたままただ立ち尽くしている。人込みを掻き分けながらシルバーは大地の背中に近づいて行った。
「大地!大地!!こちらを見ろ大地!」
シルバーのそんな叫びに大地がノロノロと顔を巡らせる。
「大地…」
しかし呼ばれた大地は返事もしないどころか再び花火と真反対の方向へと顔を向けなおしてしまった。
「貴様、あれ程ココロ様の傍を離れるなと言っておいたのに一体…」
大地のすぐ横に立ちながらシルバーが文句を言い始めた。しかし何の反応も示さない大地にシルバーはその顔を覗き込んだ。
「大地?おい大地どうした?一体何があったんだ?」
問われた大地はまだ呆然とした顔で群衆の先を見つめている。
次の瞬間、大地の口から洩れた信じられない言葉にシルバーは驚愕の表情を見せた。
「ましろ…」
「何?」
「今、ましろがいたんだ…」
何かに憑かれたように大地は呟くと、ゆっくりと人垣の向こうに広がる闇を指さした。
何もない暗い街を見つめたまま立ち尽くす二人の後ろで、フィナーレを迎えたのか、大掛かりな花火が立て続けに上がる。
見物人達のどよめきの中、色とりどりの光に照らされた大地とシルバーは言葉もなくただ闇を見つめていた。
真っ暗な岩陰に密やかな波の音だけが響いている。余りの暗さに揺れる水面すら確認できないが、ジャポン、ジャポンと単調に繰り返されるその音が足元に迫る海の存在を知らせていた。
東諸国東南端にある入江。プレアーガ最大の国家であるクナスジアの直南に位置するこの場所はごつごつとした岩礁帯だ。海の下で入り組んだ岩が巻き起こす複雑な海流のせいで誰も近づかない危険地帯であった。
腕のない船乗りが不用意に近づけば岩肌へ叩きつける海流に舵を取られ、何もできぬまま海の藻屑と化す魔の海域であった。
海で働く男達はこのどの国にも属さぬこの無人の入江、或いは船のコントロールを失わせるその現象それ自体を指して“エスクドヴィル”(闇の聖女)と呼び遥か昔から恐れていた。
誰も立ち入る事のない天然の要塞であるエスクドヴィルに目をつけたのはクナスジアであった。
先住民もいない、貿易港にも漁港にすらもならない。そもそも船が近づく事のできないエスクドヴィルを自国の領土と宣言したところで文句を言う者はいなかった。
東端僅かに海を擁するだけの内陸の大国クナスジアは海戦には長けていなかった。
いずれ南方の列島群、未開の北方大陸、大きな港を持つミルナダ、そしてンダライを中心とした西諸国を視野に入れ海軍の設立は世界を牽引する大国の悲願であった。
水を知らないクナスジアは南の海を荒らす海賊達をその有り余る財力で抱き込む事を考えついた。そして僅か一年足らずの間に主となる大海賊の殆どを手なずけてしまったのだ。
クナスジアの後見を得たとは言え荒くれた海の男達がそのまま飼い犬のようにおとなしくなる筈もなく、相変わらず海の略奪行為を繰り返していたが、正式な海軍を持たないクナスジアはこれを黙殺。海の平和はほぼミルナダ一国に任されていた。
神出鬼没の海賊達が好き放題に暴れた後、煙の如く姿を消す先は誰も近づく事のないエスクドヴィル。クナスジアは闇の聖女と呼ばれる不毛の岩窟を海賊共の根城として開放したのだ。
エクスドヴィルには現在一団が五十人以上の巨大な海賊団が五組巣食っていた。当然それぞれにリーダーはいたがこの岩でできた一帯を牛耳っているのはクナスジアから海賊の統率を命じられ赴任したタオゼンと言う名の将校であった。
タオゼンはクナスジアの軍人でありながら自身海賊であるような素行の悪い男だった。今夜もエスクドヴィルではこのタオゼンを中心に酒宴が催されていた。男達は酒を喰らい、剣を振りかざして暴れていた。
あちこちで柄の悪い笑い声が上がり、攫われてきた、或いはクナスジアから無理やり連れてこられた若い女達が命と引き換えに人とも思えぬ扱いを受けていた。
どれだけ騒いでも、どれだけ暴れても、例え戯れに人が死のうとも文句を言う者はいなかった。ここには彼ら以外に住む者はいなかったのだ。
ジャポン、ジャポン…。人間達の愚かしい行為を余所に波の音だけは億年の時を超えて繰り返される。
その波打ち際に用を足しに来た一人の若い海賊が、闇の向こうに佇む二つの人影を見つけた。
「あん?」
酒が回り眠たくなった目をこすった海賊は、闇を透かしてその人影に目を凝らした。
ガシャリ、と重たい音を立てて人影の一つが動く。その後ろで背を丸めた恰好で立つ人物は頭からすっぽりとフードのようなものを被っているようだった。
「おい、誰だ?」
よく見ればフードを被った人物は肩に長い棒を抱えている。その棒の先には月明かりに輝く巨大な刃がついていた。
「おい答えろ!どこの者だ!!」
若い海賊は怒鳴ったが闇の先から答えは返ってこない。ただガシャリガシャリと重たい音が近づいて来るのだけはわかった。
「おい返事をしろ!それ以上こっちへ来たらぶち殺すぞてめぇ!」
言いながら海賊はズボンをあげ腰に下げた剣を取ろうと自分の体を弄った。
闇の先で何かが擦れる音が聞こえた。その音に顔を上げると、近づいて来る人物の手に光る剣が握られているのがわかった。今のは、その剣を抜き去る音だったようだ。
「てめえこの野郎、何のつもりだ!」
威勢よく喚いた海賊はようやく探り当てた自分の剣を抜くと、近づく相手に向けた。しかし、岩を踏む重々しい音は止まらなかった。
「後悔するぞてめえ、それ以上近づいたら容赦しねえからな!」
近づいて来るシルエットの向こう、巨大な鎌を担いだ人影は元の位置から動かない。目の前で展開する成り行きを見物でもしているようだった。
「死ねコラ!」
相手が自分の攻撃範囲に侵入したと判断した海賊は右手に持った剣を思いきり振った。手応えはない、どうやら第一刀は空を切ったようだった。
海賊は慌てて構えを立て直す。その時、目の前の人物が初めて口を利いた。
「その剣で、何をするつもりだ?」
驚いた事にその声は女のものだった。その直後、相手の言葉の意味をようやく理解した海賊は自分の手に握られた剣を見て二度驚いた。
空を切ったと思った鋭い剣は、鍔から上が全てなくなっていた。自分の握る柄だけを残し、相手にダメージを与える刃の部分が完全に消え失せていた。
皿のように広げた目で呆然と自分の右手を見つめる海賊の喉元に冷たい刃が突きつけられた。
「ひっ…」
全身を汗が流れる。今したばかりなのに再び尿意を覚えた。全身の力が抜け、足元に刃を失くした剣が転がる。そこに至って海賊は漸く自分が今までに感じた事のない恐怖を覚えているのだと実感した。
一分の隙もなく剣を突きつけて来る女が再び言った。掠れたような声だった。
「船乗りを雇いに来た。親玉の所に案内しろ」
声もなく身を退いた海賊は岩に足を取られ無様に尻餅をついた。月明かりを背に目の前に立つ全身 鎧の女が嫌に巨大に見えた。
慌てふためいて後退りした海賊は、仲間達のいる洞窟に向けて一目散に駆け出した。
鎧の女は逃げ去る海賊を見つめていた。女はメロだった。アテイル一族四天王の一人、撃の竜と呼ばれる女剣士だ。
ンダライでいち早くANTIQUEに挑み、破れた。シルバーの剣で頬を裂かれ、キイタの放つフェルディの炎に顔面を焼かれたメロは、今再び単独でANTIQUEに立ち向かおうと、生産者であるマニチュラーを引き連れこの島へと上陸したのだった。
メロは無言のまま逃げ去った海賊の背を追って歩き始めた。背後に立ったまま動かなかったマニチュラーもそれに合わせて歩き始める。
「か、頭!お頭ー‼」
転がりながら洞窟に入って来た若い海賊の叫びは、酒を飲んで浮かれる男達の声に掻き消された。
無視された海賊は泣きそうな顔で大声で笑い歌う仲間達の肩を掴んで背後に迫る脅威を伝えようとしたが、誰からも邪険にされ、相手にされなかった。
「ああ!!」
後ろを振り返った海賊は今度こそ本当に目に涙を浮かべなら這いつくばるようにして洞窟の奥へと向かった。
篝火が煌々と照らす一段高くなった場所に陣取ったタオゼンの足元に縋りつきながら海賊は情けない程 掠れた声で叫んだ。
「旦那!タオゼンの旦那!!」
「おいてめえ何やってんだ‼」
タオゼンの横に座った海賊団の頭が無礼にも取り縋って来た若手を怒鳴りつけた。しかし誰よりも恐ろしい筈の頭の怒鳴り声すら聞こえない程、若い海賊の顔は恐怖に歪んだまま一点を見つめて動かなかった。
海賊の頭は怪訝な顔で手下が見つめる先に目を向けた。歌いながら踊り狂う仲間達の向こう、洞窟の入り口に立つ二つの影を認めた。頭は立ち上がると、突然の侵入者に向け怒鳴った。
「何だてめえらは!」
段上からの大声に、漸く荒くれ者達の歌声が止んだ。全員のドロリと濁った目が洞窟の入り口に立つ二人の人物に向けられた。
「素晴らしい」
マニチュラーが金色に輝く仮面を巡らせて洞窟の中を見回した。
「暗黒の気が満ちている。愚かな人間共の欲望、突然の死に嘆く者達の怨念…。闇の戦士達を呼び出すのにこれ程最適の場所はなかなかない」
浮かれたマニチュラーの声を無視して鈍い光を放つ不気味な色の鎧に身を包んだメロが重たい金属音を響かせながら男達の輪の中に踏み込んで来た。
頭ごと顔全体を覆う兜からは栗色の長い髪が下がり、体の動きに合わせて揺れていた。
その異様ないで立ちに酔いの冷めた男達が立ち上がり、一斉に剣を抜き放った。女達が悲鳴を上げながら洞窟の端へと逃げていく。
メロは自分を取り巻く何重もの煌めく刃をものともせず歩みを止めない。真っ直ぐに一番奥に座ったタオゼンに向かって進んで行った。
「何の用だ?」
殺気立つ海賊達に反し、座ったままタオゼンは余裕のある声で侵入者に向かって訊ねた。メロは顔を上げるとタオゼンに向かって答えた。
「船と船乗りをいただきに来た。今日から全員私の為に働いてもらう」
その言葉に唖然とした顔のまま動きを止めていた海賊達は、次の瞬間全員が腹を抱えて笑い始めた。
「馬鹿かお前ぇは!?」
「いかれてるぜこいつ!」
そう言って自分を指さす男達の嘲笑にもメロは何の反応も見せずただじっとタオゼンを見上げていた。
「よお姉ちゃん。勇ましい恰好だがよ、そんなもん脱いで俺に酌でもしろよ」
酒臭い息を吐きながら近づいてきた男は兜に開いた穴から自分を見下ろす相手の目にたじろいだ。
右目が金色に光っている。本能的に危険を察した海賊は剣を構えながら身を退こうとした。しかし、一瞬早くメロの右手が海賊の喉に食い込んだ。
「ぐぇ…」
呼吸が止まり、カエルのような声が自分の喉から洩れるのが聞こえた。そう思った次の瞬間、男の体は人の背よりも高く舞い、硬い岩壁に叩きつけられていた。
その一撃で意識を失った男の大きな体が地面へと落ちる。怯えて身を寄せ合っていた女達が悲鳴を上げた。
「てめぇ!」
他の男達は口々に叫ぶと剣を振り上げてメロに襲い掛かった。鍛え上げられた鋭い刃が次々と肩や胸に打ち込まれた。
しかし攻撃を喰らったメロは涼しい顔で立ったままだ。振るわれた無数の剣の一本すら、その鎧に傷をつける事もできなかった。
「人工を減らしたくはないのだ。親玉だけ降りて来い。この労働力を賭けて私と戦え」
「ふざけるなぁっ!!」
文字通り刃が立たない事を知りつつ、血気盛んな海賊達は何度も剣を振りかざしメロの鎧に打ち付けた。
突然メロが両手を広げた。その瞬間目に見えぬ衝撃波が生じ、取り付いていた男達の体が吹き飛ぶ。
そうしておいてメロは目にも止まらぬ速さで腰に差した剣を抜き放った。抜かれた瞬間その剣は甲高い金属音と共にうねる鞭へと姿を変えた。
音もなくメロが鞭を握った右手を頭上で回す。吹き飛ばされ佇んでいた男達を銀色の光が掠めて行く。
何が起きたか誰にも分からなかった。メロは何事もなかったかのように振り回した鞭を腰の鞘に戻した。
次の瞬間、周囲の男達が絶叫を上げた。メロの銀色の鞭に撫でられた男の首がゆっくりと地面に転がり落ちた。
鼻から上だけが無くなっているいる者、両手を失ってのたうっている者、突然破れた自分の腹から零れ落ちる内臓を必死に両手で搔き集める者もいた。
メロが腕を一振りしただけで洞窟の中は一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。
「こうなりたくなければ大人しくしていろ」
そう呟くとメロは再びタオゼンに向かって歩き始めた。タオゼンの周囲に座っていた五人の男が立ち上がる。全員 髭面で逞しい体つきをした者ばかりだ。タオゼンの下に集った五つの海賊団の頭領達だった。
「俺達の船が欲しいだと?」
頭領の一人が大きな剣を抜きながら近づいて来る。
「如何にも」
メロは一向に動じる様子もなく大男に向かって静かに頷いた。
「黙って差し出せばそれでよし。必要があるならばお前を殺していただくまでだ」
「舐めやがって…。面白ぇ、奪えるもんなら見事奪って見せろ」
メロはそれ以上何も言わなかった。再び静かに腰の剣を抜く。剣が鞘を擦る音だけが洞窟に響いた。さっきまで鞭のように振るっていた武器が今は固い一本の剣となってその手に光っていた。
スッとメロが手を振ると、大男の持つ剣の先が切り落とされた。剣先が地面に落ちる高い音が響く。
「うぉ!?」
剣が切られると言う信じ難い現象に男が声を失っている間にもメロは手を振るいながら距離を詰めていく。振るわれる度に剣はまるでまな板に乗った果物のように切り刻まれ周囲に飛び散った。
見る見る間に短くなっていく剣と声もなく近づいて来る敵に怯んだ海賊の頭領は恐怖の余り身を退いた。生まれて初めての事だった。
一手返す事もなく手にした剣はすっかり刃を切り落とされ右手に握る柄だけを残すのみとなってしまった。
切り落とす部分を失くしたメロは静かに剣を振り上げると、その切っ先を男の顔面に突き立てた。
太い眉の下に光る大きな目と目の間に剣が深々と突き刺さる。剣は男の顔面を突き破り後頭部から切っ先を突き出した。
メロの片腕一本に支えられた男の大きな体がビクンビクンと立ったまま痙攣を繰り返す。
ここまで突き刺さった剣を再び抜くには相当の力が必要な筈であったが、メロの剣は音もなくあっさりと男の顔を離れた。
赤黒い血を撒き散らしながら海賊の体が地に倒れた。
「この男の部下は今日から私の配下となった!」
兜の中からメロのくぐもった声が叫んだ。その時、耳を劈く炸裂音と共に、メロの背中に強い衝撃が走った。女達の悲鳴が響く。
驚いた様子で振り向いたメロの目に、薄い紫煙を立てた銃口が見えた。頭領の一人がメロの背中に向け短銃をぶっ放したのだ。
「いいおもちゃを支給されたものだな。しかし大国に飼い慣らされた集団に戦う力なぞある筈もない。大人しく私の為に働け」
言いながらメロは銃を手にした男に近づいて行った。二発目の銃弾が頭に当たる。メロの顔が大きく仰け反ったが、弾丸は兜に弾かれあらぬ方へと飛んで行った。
すぐに顔を戻したメロが素早く剣を振るう。息の一つも乱れていない。抵抗もできぬまま二人目の男の首が体を離れ大量の血柱を昇らせながら天井近くまで跳ね上った。
「この男の部下はこれから私を主とせい」
言いながら振り返ったメロの目に怯えた頭領の一人はタオゼンの足元に蹲る若い海賊の体を掴むと自分の盾にしようと立ち上がらせた。
それを見たメロの目が兜の中で金色の光を増す。
「下衆だな」
言いながら突き出されたメロの剣は若い男の体 諸共その後ろに立つ頭領の丸い腹を貫いた。そのまま天に向かって手を振り上げると、二人の男の体は揃って腹から脳天までを真っ二つに裂かれて地面に生ごみのように崩れ落ち、そのまま段の下まで転がり落ちて行った。
剣を振り上げたまま向きを変え、正面に立つ男の頭上から真っ直ぐにその腕を振り下ろす。慌ててその剣を躱そうと顔の前に剣を構えた四人目の頭領だったが、その防御も空しく剣ごと体は縦に二つに分かれた。
全身を返り血で朱に染めたメロが最後の一人を振り返る。
「はあっ!」
最後に残った男は慌てて剣を投げ捨てるとその場に尻餅をついた。
「は、はわ、はわ…」
言葉を発する事はできなかったが剣を投げ捨てた事を降参と服従の証と捉えたメロは興味を失ったように顔を正面のタオゼンへと向けた。
「ここの船と男達は、全て貰い受けた」
タオゼンは初めと変わらぬ態勢のまま目の前の女を見上げた。
「人間じゃねえな?その鎧…、アテイルか?」
タオゼンは笑いを含んだ声でメロに言った。




