花火
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者のリーダー。
・吉田大地…土の能力者。
・シルバー…鋼の能力者。
・キイタ…火の能力者。
・ガイ…雷の能力者。
・アクー…水の能力者。
・ナル…生命の能力者。
●前回までのあらすじ
夜の食事の席で各々の成果を報告し合う仲間達。シルバーは何とか豪華客船の乗船券を人数分手に入れる事ができた事を報告した。
しかし七枚の内三枚が三等客室のものだと知ったガイは一気に顔色を失う。大地がその理由を問い、それにガイが答えようとするのをシルバーは短い一言で静止した。
テーブルを囲む仲間達の間に一瞬 不穏な空気が流れるが、シルバーは気にもせずナルの成果を訊ねる。
残念ながら第二の精霊の武器を見つけ出す事はできなかったとナルが言うその足元から野太い声が聞こえて来た。カンサルク王の武器、タテガミだった。
タテガミは、最後に入った店の中にもう一つの精霊の武器があったと言い始めた。
全員が食事の手を止めてナルの腰に差さるタテガミに視線を向けていた。
「お、おい‼」
沈黙を破ってガイが立ち上がる。
「ガイ!静かに!」
ココロが必死にガイの服を引っ張る。同時にナルは腰からタテガミを抜くと、周囲の視線から隠すように股に挟み込み胸の前に抱えた。
「タテガミ、タテガミ。どう言う事?あの店にいたって?」
ナルが声を潜めて訊いた。
「ガイ座れ。みんなも食事を続けるんだ」
シルバーの冷静な指示に我に返った面々は背を伸ばすと黙々と食事を続けた。しかし耳だけはナルとタテガミの会話に集中していた。
「どうもこうもねえさ。最後に店じまいだと言って追い出されたあの店、あの中に奴はいた」
「奴って?」
周囲を気にしながらナルは胸に抱いたタテガミに話し掛けた。
「さてなあ」
「さてなあってお前」
「だからガイ落ち着いて‼」
再び立ち上がり掛けたガイをココロが又しても引き戻す。周囲のテーブルについた泊り客達がチラチラとこちらを盗み見ているのがわかる。
「やはり思った通り奴は精霊としての力を失いつつある。自分が何者であるかを完全に忘れかけているんだ。俺が呼び掛けても答えやしねえ」
「そんな状態でもあの店にいたと自信を持って言えるの?」
「ああ、言えるさ。奴はあそこにいた。ビリビリ感じたぜ。間違いなくしゃっくり二回だ、ヒックヒック…ってな」
外れだったらゲップ一回、当たりならばしゃっくり二回。出掛ける前にタテガミが言ったそんな冗談を思い出したナルはガイの顔を見た。ガイもナルを見返していた。
「明日一番で出掛けるぞ」
目が合った瞬間にガイがナルに向かって言った。
「うん!」
ナルもそれに答え力強く頷く。
東諸国へ渡る為の舟券は手に入れた。残るはこの町にある筈のカンサルク王の武器だけだ。
ゴムンガとの戦いで見せたタテガミの活躍を考えれば、第二の武器を手に入れられるかどうかはこの先の戦いに大きな影響を及ぼすものとわかっていた。
そして、その全てはナルの双肩に掛かっている。能力者達は何とも言えない緊張の中、残りの食事を平らげた。
まだまだ賑やかな食堂を後にした能力者達は部屋に戻って来た。例によってココロとキイタ、そしてミニートは別の部屋を取っていたので今ここには五人の男達が集まっている。
「さあ、明日も忙しくなる。今日は早めに休もう」
部屋に入るなりシルバーが全員に聞こえるように言った。
「その前にさ」
アクーが就寝の準備をしているシルバーの背中に話し掛けた。
「ん?」
「さっきの、三等客室の話し」
「ああ…」
「何故途中でやめさせたの?」
「ココロ様とキイタがいたからだ」
シルバーに対する質問に答えたのはガイだった。シルバー以外の全員の視線がガイに集まる。
「俺が迂闊だったんだ。お二人の前でする話しじゃあなかった」
突然話し始めたガイの顔を見ていた大地、アクー、ナルの三人は顔を見合わせた。
「だったら、今は話せるんだよね?」
三人の気持ちを代表して大地が訊ねるとガイは少し困った顔でシルバーの背中を盗み見た。
「教えてやっていいよな?」
「聞いて楽しい話しとも思えないがな」
荷物を知りしながらシルバーが背中で答える。
「け、けどよおシルバー、何も知らないまま三等に乗り込むなんてそりゃ酷ってもんだぜ?」
小さなため息をつき振り返ったシルバーはガイの顔を見た。ガイも負けじとシルバーを見つめ返す。他の三人はシルバーとガイの間に走る緊張感に声もなくただじっと成り行きを見守っていた。
やがて先に目線を外したのはシルバーだった。
「勝手にしろ」
そう言ってシルバーは再び背を向けてしまった。ガイは三人に顔を向けると、言い辛そうにしながらそれでも重たい口を開いた。
「二等はまあ、一般客室だ。一等客室に入る連中はこの世界の成功者ばかり。かなり位の高い人間もいるだろう」
大地、アクー、ナルの三人はもう一度顔を見合わせる。ナルが言った。
「三等は?」
ガイは気まずそうにチラリとシルバーの方を見たが、シルバーは素知らぬ顔で寝る準備を進めている。
「三等の客は…、つまり一等の客と顔を合わせちゃあいけねえ連中さ」
「顔を合わせてはいけない?」
ナルは意味がわからず訊き返した。
「ああ。つまり最下層の人間達だ。大袈裟でもなんでもねえ、三等の客は一等の客と口をきくどころか、顔を見せる事すら許されねえんだよ」
「貧乏人はお金持ちの前に出てもいけないと言う事?」
「そう言う事だ」
大地の質問に今度はシルバーが答えた。
「でも、同じ船に乗っていれば嫌でも顔位合わせちゃうんじゃないの?」
ナルが素朴な疑問を口にしたが、ガイは強く首を振った。
「だから、三等の客は昼夜を問わず甲板には出ちゃいけねえんだ。船の一番底に作られた大部屋、それが三等客室だ。個室はねえ、雑魚寝だ。暖炉もベッドも、毛布の一枚すらないからとにかく冷える。上の層に行く為の階段は全員の乗船が終わったあと頑丈な鉄格子で塞がれ、下船が許されるまでは何があっても二度と開く事はない」
「ひどいな」
「ああひでぇさ。上流階級の連中に見られないよう夜の内から乗船して、降りるのは最後だ。最悪の環境に一番長い時間詰め込まれるんだ」
「そんな場所に仲間の誰かが入ると知って、ココロ様やキイタ様が黙っていられると思うか?」
シルバーが手を休めずに言う。聞いていた三人は、食堂でガイの話しを遮ったシルバーの気持ちに漸く気が付いた。
「何があっても開かないって、でも緊急時は別でしょ?」
「緊急時?海難事故を起こした時って事か?」
ガイは大地の質問に質問で訊き返した。大地が頷くと、ガイはやはり首を振った。
「残念だが例外は一切ない」
「え!?沈没しそうになっても開かないの?」
「救命ボートの数は限られている。数で上回る三等客室の連中が我先にと飛び乗れば、上流階級を救出する術が失われる」
一瞬言葉に詰まったガイに代わりシルバーが冷静な声で答える。
「じゃあ、最下層の人間は閉じ込められたまま船と一緒に沈めって事!?」
ナルが怒ったような、泣き出しそうな顔で叫んだ。
「そうだよ、その通りだ」
ガイもつられて早口で答えた。
「だから三等客室に乗る連中は命懸けだ。それでも何とか東へ渡りたい奴らが乗るんだよ」
大地の脳裏にスティアの顔が蘇る。彼はそんな船に病身の母親と幼い妹を連れ乗り込もうとしていたのだ。改めてその悲壮な覚悟を伺う事ができた。
「よかった…」
ぽろりと零れた大地の呟きに全員が驚いた顔を上げた。
「良かった?何が?」
ガイが噛みつくように言うと、大地は笑顔を上げて答えた。
「そんな船にスティアの家族を乗せずに済んだ」
部屋の中にハッとした空気が流れ、誰もが言葉を失った。大地は笑顔のままそんな仲間達を見て言った。
「俺達が命懸けなのはいつもの事さ。そして何としても東へ渡らなくちゃならない、その上金はなぁい」
大地はおどけたように両手を広げて見せた。
「それでも、七人 揃って同じ船で行けるなら、俺は何も怖くない」
「大地…」
「俺は三等でいい」
大地は明るい笑顔でシルバーに言った。
「俺もだ!シルバー、俺も三等に入る!」
大地の言葉に感化されたらしいガイが急いで叫んだ。
「僕も三等で平気だよ」
「僕だって、森の洞窟で寝るよりいくらかはマシな筈だ」
ナルとアクーも続いた。馬鹿馬鹿しい程お人好しな連中だ。そう思って薄く笑いを浮かべながらシルバーが言った。
「どうやら大人気だが、生憎と三等の券は三枚しかない。誰か二人はココロ様達と一緒に二等に入ってもらう事になる」
「シルバー、キイタを頼む」
「ガイ…」
「こいつらは俺が責任を持つ」
ガイが親指で大地達を指しながら言う。シルバーは小さく頷いた。
「わかった。とするとあと一人だが…」
「アクー」
大地に呼ばれアクーが顔を向ける。
「君が二等に入って」
「僕?僕は二等じゃなくて大丈夫だよ」
「何でアクーなんだ?」
ガイも怪訝な顔で訊いて来る。
「だって海を渡るんだよ?ココロ達の傍に水の能力者がついていてくれれば、こんな安心な事ってないだろう?」
大地の説明にガイもナルもあっと何かに気が付いたような顔をした。
「大地の言う通りだよ先輩。ココロの傍にいてあげてください」
「確かに、シルバーとアクーがついていてくれると思えば、俺達はココロ様やキイタの事を心配する必要はなくなるなあ」
「そんな、僕だって海に出るのは初めてだよ?水の能力がどこまで通用するか…」
ナルやガイの言葉にアクーが慌てて自信のない声を出す。そんなアクーの肩を大地が力強く掴んだ。
「大丈夫だよアクー」
「大地…」
「君は水の能力者だ。これ以上の適任はない。もしアクーで駄目だったら、他の誰だってココロ達を守る事なんかできやしないさ」
「そうですよ先輩」
「でも…」
「アクー」
まだ不安そうな表情のアクーにシルバーが声を掛ける。アクーは彼を振り向いた。
「私もお前がいてくれたらこんなに心強い事はない」
「シルバー…」
「頼んだよ、アクー」
大地が優しく微笑んで言った。
「…わかった。ココロとキイタは何があっても僕が守るよ」
覚悟を決めたアクーはその青く輝く目に力を込めて大地に言った。
その時だった。突然部屋を揺るがす大きな音が響き渡った。薄い窓ガラスが微かに音を立てている。
「何だ⁉」
突然の号砲にシルバーが叫ぶ。ガイとナルも腰の剣に手を当て身構えた。瞬間、アスビティ公国第二境界警備小宮の火薬庫が爆発した時の事を思い出したシルバーは、全身に悪寒が走るのを感じた。
やがて、二度目の轟音が鳴り響いた時、大地が気の抜けたような笑顔で窓に走り寄った。
「ああ…」
大地がそんな声を上げている間に三発目の爆発が起きた。
「みんな、見てごらんよ」
笑顔で振り返った大地の姿が、一瞬色とりどりの光にまかれシルエットになる。
「花火か…」
呟きながら剣から手を離したガイが背を伸ばす。アクーとナルが早足で窓辺に近づくと、大地は笑顔のまま身を退いた。
窓の外、夜の闇に呑まれた連なる屋根の向こう側 遥か先で、色とりどりの花火が次々と打ち上げられている。
「何あれ?すげえ」
アクーが出窓によじ登る勢いで身を乗り出して感嘆の声を出した。
「花火ですよ先輩。大きな火薬玉を打ち上げて上空で爆発させるんです」
「な、何であんなに色んな色に光るの?」
「え…ええ~っとそれは…」
「炎色反応だよ」
答えに窮したナルの後ろから大地が笑ったまま答えた。
「炎色反応?」
「そう。金属が燃える時、その金属の種類によってそれぞれ別の色の炎をあげるんだ、それが炎色反応。花火はその反応を利用して、炸裂した時にどう言う色に見えるかを計算しながら火薬の周りに決まった金属を配置して作るんだ」
「へえ」
「さすが大地は物知りだね」
「科学はちょっと好きだったんだ」
「見に行きたい!」
アクーが例によって目をキラキラと輝かせながらシルバーを振り返った。
「アクー、私達の目的は花火見物ではない」
シルバーもいつも通りの固い声でアクーの希望を却下した。その時、彼らの部屋のドアが密やかに叩かれた。一番近くにいたガイが急いでドアに近づく。
「はい?」
「キイタ」
「おう」
ドアの外から聞こえた小さな声に、ガイは急いでドアを開けた。
「どうしたんです?こんな時間に」
「うん、その…ココロが」
キイタが言い掛けると、その脇をすり抜けるようにココロが部屋の中に入って来た。そのまま真っ直ぐに窓に駆け寄ると、アクーと並んで遠くに上がる花火を一心に見つめている。
「ココロったら花火が上がった途端にもの凄い悲鳴を上げて床に倒れちゃうんだもん。私の方が驚いちゃった」
「だって大砲でも撃ち込まれたのかと思っちゃったんだもん」
苦笑いのキイタに窓の外を見つめたままココロが言い返す。
「一体何の為の花火かしら?」
シルバーがそっとココロに近づきながら答える。
「さあ、わかりませんが。あの大型客船の出航まで祭りでもやっているのではないですかね?」
「行ってみたいわ」
「ほら、ココロも行きたいって!」
シルバーを相手に百万の軍勢を得た思いでアクーが乗る。
「ココロ様、いいですか?」
ため息交じりに説得しようとしたシルバーの服をガイが強く引いた。ガイはそのままシルバーを部屋の外まで連れ出した。
「何だ何だ?何のつもりだガイ!」
「ちょっと待っててくださいね?」
シルバーの抗議を一切無視して彼の体を廊下に押し出したガイは、きょとんとした顔で見上げるキイタに笑い掛けると自分も廊下に出た。
「一体何なのだ?」
廊下に出されたシルバーが不機嫌な声を出すのをドアを閉め振り返ったガイが両手で宥める。
「連れて行こう」
言葉の意味を理解するのに数秒を要したシルバーが大きく目を見開く。
「正気かガイ?こんな時間だぞ?ココロ様が質の悪い酔っ払いにでも絡まれでもしたらどうするつもりだ?」
「俺とシルバーで守るのさ」
「お前…」
「まあ聞いてください。考えても見てくださいよシルバー。俺達はナルを仲間にするのにどれだけの苦労をしました?しかもその直後にはあのゴムンガとか言う化け物に殺されかけたんだ」
「それがどうした?」
「それだけじゃない。今日までに俺達はどれだけ悲惨な目に合ってきました?エクスヒャニクに襲われ大地は大怪我、フェズヴェティノスの連中とも戦った。クロウスとの別れにココロ様がどれだけ傷ついたか。それはナルも一緒です」
「…」
漸くシルバーが口を閉ざした。ガイが何を言いたいのかわかるまで聞く気になったようだった。
「アクーだって平気な顔をしてますが錯乱した自分の行動に本当は落ち込んでいるに決まっています」
「それで?」
ガイはシルバーから目を逸らすとわざとらしく咳払いをした。
「みんな心身共に傷ついている。憂さ晴らしが必要です。俺達みたいに酒を飲んだり女を買って紛らわす事もできずにいるんだ」
「私は女なんぞ買わん」
「ああ、じゃあまあそう言う事にしておきましょう」
「おい!」
「いいじゃないですか、ちょっとそこまで花火を見に行く位。それでみんな明日からまた元気に戦える」
「必要を感じない。リスクが高過ぎる」
「ないですよリスクなんて、俺達がついていれば。みんながみんなシルバーみたいに精神を鍛え上げている訳じゃない。それでも必死に戦ってる。大地やナルなんかそれこそ時空を超えてやって来てるんですよ?」
「それがどうした?」
シルバーの冷たい声にガイは必死に抵抗した。
「結局まだみんな子供なんですよ。どこかで一息つかせてやらなけりゃ、こんなプレッシャーが続く限り賭けてもいい、絶対みんな途中で潰れますよ?」
シルバーはいつもの見るだけで人すら殺せそうな鋭い眼差しでガイを睨んでいる。しかしガイも負けずに目線を逸らさずにいた。
やがてため息と共に先に視線を外したのはシルバーだった。ガイはにっこりと笑うとシルバーの肩を叩いた。
「悪いようにはしませんよ」
言いながらガイはすぐにもう一度ドアを開けた。
「おぉい、シルバーのお許しが出たぞ!みんなで花火を見に行こう」
「本当!?」
部屋の中に残されていた面々が声を重ねて叫ぶ。今にも部屋を飛び出しそうな仲間達を制し、更にガイが続ける。
「慌てるな!いいか、その代わり最大一時間で切り上げて帰って来る。例えまだ花火の途中でもだ。それと無駄な買い物はしない、花火を見るだけだ。どうだ?約束できるか?」
ガイの言葉を最後まで聞いた五人は口々に了解の返事をした。それを聞いたガイは得意そうな顔をシルバーに向けた。
もう一度大きなため息を吐いたシルバーは無言のまま部屋の中に入る。ココロとアクーを先頭に仲間達がぞろぞろと部屋から出てくるのとすれ違った。
苦悶の表情のままシルバーは一度外した剣をもう一度腰に差した。
「ガイに言いくるめられた?」
大地が軽く茶化すように言うと、シルバーはジロリと大地を睨んだ。
「お前も協力しろ」
「何を?」
「何があってもココロ様から目を離すな」
大地はニィっと歯を剥き出して笑った。
「オッケーオッケー。さ、行こう」
そう言って大地はシルバーの背中を軽く押し、廊下へと導いた。




