成果報告
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれ世界を救う為十人の仲間を捜す旅に出た公国の公女。
・吉田大地…土の能力者。唯一の地球人。
・シルバー…鋼の能力者。ココロの国の軍人。
・キイタ…火の能力者。大国ンダライ王国の第二王女。
・ガイ…雷の能力者。元はシルバーの部下でやはり軍人。
・アクー…水の能力者。記憶を失っている少年。
・ナル…生命の能力者。大地と同じく異世界からの仲間。
●前回までのあらすじ
何とか人数分の乗船券を手に入れた大地とシルバーだったが、足が速く格安の中型貨物輸送船のチケットは僅か三枚で売り切れてしまった。
豪華客船の三等客室のチケットを四枚を購入する事で取り敢えず全員が東諸国へ渡れる事にはなったものの、中型輸送船と豪華客船では出向と到着に時差が生まれ、再び七人が集結するまでに五日間と言う開きができてしまう。
困りきっていた大地とシルバーの耳に突如悲鳴が聞こえて来た。見れば舟券売り場の群衆の中でひったくりが起きたらしかった。
咄嗟に泥棒を追った大地とシルバーは見事に犯人を倒し、盗まれた鞄を持ち主へと還す事ができた。鞄の持ち主はスティアと名乗る年端もいかぬ少年であった。
鞄を取り戻す事ができたスティアの余りの感激振りを不審に思った大地とシルバーが中身を訊ねると、スティアは中から三枚のチケットを取り出した。それは大地達二人が喉から手が出る程欲しいと思っていた客船の乗船券だった。
聞けばスティアは東諸国で働く父親の怪我を機に母、妹の二人を連れ父が療養している東諸国の南に位置するバルディナスへと渡る予定だと言う。
本来は格安の中型輸送船の券を買おうとしていたが売り切れの為入手できず、仕方なく高価な客船のチケットを購入したとの事だった。
これを聞いた大地とシルバーはスティアにチケットを交換してもらえるよう持ち掛けるのだった。
賑やかなジスコーの町に夜の帳が降りた。宿屋や食べ物を売る店が灯かりを灯す一方で、物を売る土産物屋などは徐々に店じまいを始めていた。
「お客さん、そろそろ店を閉めますがお買い物は決まりましたかい?」
痩せこけた店主が未練がましく店内に残る二人の客に向かって言った。その声に顔を上げたのは古い剣を漁っていたガイとナルだった。
「あ…」
何と答えたものかとナルはチラリとガイを見る。ガイは素知らぬ顔で黙って店の外に出た。
「ご、ごめんなさい。また来ます」
一人残されたナルは急いで言うと慌てて店を後にした。
「わあ」
一歩店の外に出たナルは小さく驚嘆の声を上げた。ふと前を見るとまだ人出の多い通りの先にガイの大きな背中が見えた。
「すっかり夜になっていたね。気がつかなかったよ」
ガイに追いつきながらナルは言ったがガイは無言だった。
「ガイ?」
不審に思ったナルがガイの顔を見ると、ガイは不機嫌を隠そうともしない顔で今出て来た店を睨みつけながら毒づいた。
「気に入らねえ。見てるばかりで何も買おうとしねえ俺達を煙たがっているのが態度に出てやがったぜ」
「え?そ、そうなの?」
微妙な人の心の機微に疎いナルは慌てて店の方を振り返った。
「そうかぁ。悪い事しちゃったね?」
「悪い事だあ?俺達が何を悪い事したってんだ。ナル、お前ぇお人好しもいい加減にしろよ?金離れが悪いって理由で客を選り好みする商売人がいるか!」
そう言い捨てるとガイは腹立たし気に大股で道を歩き始めた。
「ああ、ごめんよガイ」
慌てて後を追い始めたナルが言うと、ガイは鬼のような顔で振り向いた。
「謝るな!お前は何も悪くねえだろうが‼」
「ああ、ごめ…」
ガイの剣幕に驚いたナルはもう一度謝り掛け、慌てて口を噤んだ。そんな彼を見てガイはため息をつくと、再び背を向けて歩き始めた。
「まったく…」
「ガイ!ねえ、宿に戻るの?」
「ああ、今日はもうお終いだ!」
「僕はまだ大丈夫だよ?」
ナルの言葉に足を止めたガイは天を仰あお)ぐような仕草をして言った。
「お前が大丈夫でももう店が閉まっちまってる。続きは明日だ」
ガイはクルリと振り向くと指を立てて言った。
「いいか?明日は絶対に見つけ出すぞ」
一瞬ぽかんとしたような顔をしたナルはすぐに笑顔を作った。
「明日も付き合ってくれるの?」
「当たり前だ、こんなところでやめられるか!」
叫ぶように言うとガイは肩を怒らせてズンズンと宿への道を歩み去って行った。その揺れる背中を見つめていたナルは、フッと笑いを零すと急いで後を追い掛け始めた。
「遅くなりました」
シルバーが部屋の扉を開けると既にココロ、キイタ、アクーの三人が戻っていた。真新しい服に身を包んだ得意顔のアクーがすぐに大地の目に飛び込んで来た。
「おー、アクー!すげーか…」
「かっこいいでしょ⁉」
大地の台詞をすべて言わせずにココロが叫んだ。
「か?え?」
すぐにキイタが大地の目の前に駆け寄ってきて言った。
「アクーの服よ!かっこいいでしょう?みんなで選んだのよ!」
「あ~か、かっこいいね、うん、かっこいい!」
そう言って大地はアクーに向けて親指を立てた。言われたアクーは照れたように笑いながらまんざらでもない様子だ。
「そ、そうかな?僕はちょっと子供っぽくないかなって思うんだけど?」
「“かわいい”は禁句なの?」
「絶対に言っちゃだめ」
大地がこっそり訊くのにキイタがこっそりと答える。そうしている間にシルバーがズンズンと部屋の中に入りアクーに近づくとその服に手を伸ばし指先で摘まんだ。
「ふむ。軽そうに見えるが意外と厚手だな。動きにくくはないか?」
「全然。実際軽いし伸縮性も抜群。ポケットも多いの、ほら、ほら、ここにも、ほら」
アクーは如何にも嬉しそうにシルバーに新しい服の機能性を披露して見せた。何とも微笑ましいその姿に大地の口からつい笑いが零れた。
「森を飛び渡り矢を放つ事に差支えがないのならそれでいい」
そう言いながらアクーから離れたシルバーは疲れた様子で腰の剣を鞘ごと抜き壁に立てかけた。
そんなシルバーを見ていたココロが少し怒ったような声を出す。
「もう、シルバーったら素っ気ないわねえ。少し位服を褒めてよ」
「は?」
思いもしなかったお叱りに驚いた顔を上げたシルバーは、背中越しに改めてアクーの着ている服を見た。
およそファッションやお洒落などとは縁遠いシルバーに服のデザインをどうこう言う発想など浮かぶ筈もなかった。
「いい色だな。よく似合っている」
ココロからの指摘に慌てたシルバーは取ってつけたように慣れない褒め言葉を口にした。それでも言われたアクーは満面の笑みで喜びを表した。その無垢な顔にさすがのシルバーもつい口元を綻ばせた。
その時、部屋のドアが荒々しく開かれ、声高に明日の予定を話し合いながらガイとナルが勢いよく入って来た。
部屋に入るなり綺麗な服を着たアクーの姿が目に飛び込んで来たのはガイも同じだったらしく、険しかったその顔が一瞬で明るくなった。
「おおっ!!かわいいなぁ、アクー!」
「あ…」
ココロ、大地、キイタ、アクー。四人の間で一瞬の内に空気が凍りつくのがわかった。
「あれ?」
何となくその空気を察したガイが気まずそうに仲間達の顔を見回した。
「大体ガイはセンスがないんだよね」
ココロ達一行は全員が顔を揃え、宿の食堂でテーブルを囲んでいた。丸テーブルに着席した七人は一見和気あいあいと食事を摂っているように見えた。
しかし、温かい食事を前に、アクーのガイに対する批判は絶える事なく続いていた。
「いい?何を言われても言い返しちゃだめよ?余計面倒くさくなるから」
「はい」
隣に座るココロからそっと釘を刺されたガイは殊勝に頷いた。
「あのね?僕達はかっこいい服を選んだの、わかる?その店で一番かっこいい服を。かわいい服じゃなくて」
「はい」
「大体僕をいくつだと思ってるの?よりによってかわいいって何よかわいいって」
「はい」
「あ、シルバーそっちのお皿回してくれる?」
「失礼しました、どうぞ」
キイタが何とか話しを逸らそうと明るい声を出すがアクーの愚痴は止まらない。
「一目見るなりわーかわいい!ってどんなセンスなのよ?女子かっつーの」
「そう言うけどなお前…」
いい加減うんざりしたガイが言い返そうとするが、ココロの指先がその背中をギリギリと抓り上げる。
「はい」
ココロの想いが伝わったらしいガイは悔しそうに歯を食いしばりながら小さく返事をした。
「でもだからって服脱がなくてもよかったんじゃない?」
相変わらず口に食べ物を詰め込みながら話す癖が抜けない大地がアクーをフォークで指しながら言う。
大地の言う通りアクーはせっかく買ってもらった新しい服を脱ぎ、以前に買ったその場 凌ぎの古い服に着替えていた。
「だって料理で汚したら最悪じゃない」
どうやらガイの評価にショックを受けて臍を曲げた訳ではないらしい事がわかり、テーブルの上にホッとした空気が流れた。
ここはこれ以上アクーのご機嫌を損ねるよりもガイ一人に悪人になっていてもらった方が平和が保てると全員が思っていた。
「で、先輩っていくつなんですか?」
一方的に攻められ続けるガイを気の毒に思ったのか、それとも自分だってアクーの服をかわいいと思ったのにガイ一人を悪者にしている事に気が引けたのか、ナルが唐突に話題を変えた。
「え?」
しかし、その何気ない一言はひと時の平和を楽しむ明るいテーブルを凍りつかせた。だがこの爆弾を投下したナル自信はそんな事に気づきもせず澄ました顔で話しを進めた。
「いえ、自分をいくつだと思ってるんだって言ったので、そう言えば先輩の年齢を聞いていなかったなと思って」
「ナルそれは…」
自分の名前以外、服の着方すら忘れていたアクーにとってその質問は再び彼の胸に走る暗い傷を抉るのではないかと心配になった大地が慌てて止めようと口を挟んだ。
しかし、そんな心配を余所にアクーは何事でもないような顔であっさりとナルの問いに答えた。
「十六だよ」
「えっ!?」
今度はナル以外の全員が驚きの声と共にアクーの顔を見た。
「な、何だよ。少し体が小さいからってそんなに驚く事ないじゃないか」
「い、いやそうじゃなくてお前…」
ガイがソースが垂れるのも忘れてフォークでアクーを指す。
「あ?」
「自分の歳、覚えてるの?」
「…え?」
キイタの問いについにアクーの手も止まった。それに反して彼の青い瞳は何かを求めて彷徨うように落ち着きなく動いた。
「なんだあ、そっかー!俺の一個下なんだー」
突然明るい声を出したのは大地だった。
「いやあ俺も知らなかったよ。じゃあこん中じゃ俺ら二人が一番歳近いんだねえ」
「あ、ああ、そう言えばそうだね」
アクーも肩透かしを食ったようなぎこちない笑顔で答えた。
「あらやだ私より二つもお兄さんなんだ」
「十六か、あったなあそんな頃も…」
「やめろよシルバーおっさん臭いぞ!」
「おっさんではない!私はまだ二十八だ!」
何がトリガーとなってアクーの記憶の扉が開くのかはわからなかったが、ゴムンガとの対決の際に記憶が戻り掛けた時からその扉は開きやすくなっているのかもしれなかった。
自分自身で制御する事もできず記憶が蘇る内、再び以前のような混乱状態に陥ってしまう可能性がある。
ココロ、大地、シルバーはアクーの混乱を避けようと咄嗟にそんな軽口を叩いてその場を明るい笑いで納めようとした。
それに気が付いたキイタやガイ、そしてアクー自身も三人に合わせるように笑い声をあげる。ナル一人がその状況を飲み込めずにきょとんとした顔をしていた。
「それよりシルバー達はどうだったの?今日の成果は?」
ココロが今度こそ完全に話しを逸らそうと話題をシルバーに振った。
「そうでした」
部屋に全員が揃うなり食事の時間になってしまい何も報告できていなかった事を思い出したシルバーは慌てて口の中のものを飲み込むとポケットから数枚のチケットを出した。
「取り敢えず人数分の乗船券は手に入れました」
「よかったじゃない」
「それがなかなか大変だったんだよぉ」
大地が横から口を挟む。
「大変だったって何が?」
キイタが身を乗り出して訊いて来るのに、大地はスティアとの出会いと七枚のチケットを手に入れるまでの冒険譚を面白可笑しく語って聞かせた。
何気なく忘れていた筈の自分の年齢を口にした事に戸惑っていたアクーも大地の話しに引き込まれたのか、真剣な顔で耳を傾けている。
「そんな事があったんだ…」
大地の話しを聞き終えたキイタが驚いたような声で呟く。
「そんな訳で帰りが少し遅くなってしまいました」
「でもよかったじゃない。それでそのスティアと言う子もお母さんと妹さんの為に毛布とパンを買って上げる事ができたんでしょう?」
「多分ね」
ココロの問いに大地が笑顔で頷く。
「取り敢えず出航の日まで券は全て私が管理しておきます」
そう言うとシルバーはみんなに見せたチケットを再びポケットへとしまった。
「ちょっと待ってくださいよシルバー」
「何だ?」
少し慌てたようなガイの声にシルバーが顔を向ける。
「今の話しじゃ、その乗船券の内三枚は三等客室って事ですよね?」
「ああ」
シルバーが頷く。
「まじか…」
「どうしたのガイ?」
顔色を失くしたガイにナルが小首を傾げて訊いて来る。しかしガイはそれに答えず言葉を続けた。
「四枚は二等客室のものだ。当然ココロ様とキイタはそっちに行ってもらうよな?」
「当然だ」
「…と、すると三等客室の三人は…」
「何だよガイ深刻な顔しちゃって。俺は別に三等でも四等でも構わないぜ?」
せっせと食べ物を口に運びながら大地が上目遣いに顔色の悪いガイを見ながら言った。
「僕も」
「僕だってどこでもいいよ」
大地に続いてナルとアクーも口々に言ったが、ガイはそんな三人を鋭い目で睨みつけた。
「お前ら三等客室の事を知らねえから平気でそんな事が言えるんだ」
「ガイ」
シルバーが肉を切り分けながら低い声を出した。
「その話しは後でいい」
「あ、ああ…」
珍しくガイが狼狽えた声を出した事に他の仲間達は一様に戸惑いの表情を見交わした。大地はガイの言い掛けた事が無性に気になり、続きを話すように促そうとした。
「で、ナル。君の方はどうだったんだ?カンサルク王の武器は見つかったのか?」
しかし、それよりも早くシルバーがすぐに次の話しを初めてしまった。大地達の胸に芽生えた奇妙な不安はそのまま取り残される事になった。
「い、いやそれが…」
シルバーに止められたまま話す事はおろか食事の手まで止まってしまったガイを気にしつつもナルが何とか答えた。
「武器屋は全部回ったけど、見つからなかった。それで古物商とか道具屋も見てみようって事になってガイと二人で回ったんだけど」
「見つからなかったの?」
それはそれで興味があるアクーが食いつくように訊いて来る。
「はい。取り敢えず今日見た店では見つからなくて。最後の店には古い剣をたくさん差した大きな瓶がいくつもあったので、それを一本一本見ていたんですけどその途中で店じまいになっちゃって…」
「そうなのか…」
「なかなかうまくはいかないね」
アクーと大地が残念そうなため息をつく。
「うん、明日は今日途中までしか見られなかったその店からもう一度見てみようと思ってる」
「まあ出航まであと二日あるからね。それだけあればこの町の店は全部確認できるでしょう?」
大地が励ますように言うと、アクーがすぐに水を差して来る。
「でもこの町にあるとは限らないじゃない?隣の町とかだったらもう時間ないよね?」
「いやあ、奴はさっきの店にいたさ」
「…」
突然会話に割り込んできた野太い声に全員が声を失くす。俯いたままだったガイも驚きに目を見開いて顔を上げた。
全員の注目が自分に集まっていると感じたナルは、恐る恐る目線を下げた。腰にはまだ、精霊の武器、タテガミを差したままだった。
「何変な顔してんだナル。あいつはあの店にいたんだよ」
ナルの腰でタテガミの澄ました声が再び響いた。




