三枚のチケット
●登場人物
・吉田大地…土の能力者。ANTIQUEのメンバー唯一の地球人で現在十七歳。幼い頃目の前で闇のANTIQUEに攫われた幼馴染である白雪ましろを探し出す為に異世界であるプレアーガまでやって来た。
・シルバー…鋼の能力者。自国では知らぬ者がいない程に名を轟かせた剣豪。観察力に優れ追跡が得意。忠誠心に富み人情にも篤い。非常に優しい心の持ち主だが不器用で恐ろしい顔つきも相まって誤解を受け易い。
・スティア…大地とシルバーがジスコーの町で出会った少年。
●前回までのあらすじ
七人の能力者達はそれぞれに別れジスコーでのひと時を過ごしていた。シルバーについて自分達の乗る舟の乗船券を買う列についた大地はシルバーから東諸国の話しを聞こうと質問を重ねるがそれに答えるシルバーの口は何故か重たかった。
ココロ、キイタを連れ新しい服を買いに来たアクーであったがその小さな体では合う服がなかなか見つからずに不満を露わにしていた。意に沿わない服を着せられ益々機嫌を損ねる彼にココロ、キイタ、店の店主までが言葉を尽くし上品な洋服を買う事を納得させるのだった。
一方ガイと一緒に二つ目の精霊の武器を求め町中の武器屋を回っていたナルはその作業が思うようにはかどらずに悩んでいた。諦めるかと言うガイの問にもう一度店を回りたいと答えるナル。ガイは笑顔で頷くとそんなナルに付き合い薄暗くなり始めた町を更にさ迷うのだった。
「参ったな…」
「参ったねえ…」
漸く乗船券売り場の列から離れた大地とシルバーは途方に暮れていた。今、シルバーの両手には七枚のチケットが握られている。右手に三枚、左手には四枚。
「まさか中型船の券が三枚しか買えないとはね」
シルバーの手にしたチケットを横目でみながら大地が呟く。
「まあ辛うじてあの大型客船の券が四枚手に入ったのはいいが…」
「出航日が違うんでしょう?」
「ああ、中型船が二日後、大型客船は三日後の出航だ」
「一日のブランクか…」
「出航は一日差だが移送だけが目的の中型船は足が速い。出航すればその日の内に東側に着く」
「豪華客船はもっと遅いの?」
「二日だな」
シルバーはため息交じりに言うと、それでも何とか手に入った七枚のチケットを大事そうにポケットに納めた。
「先行組が着いてから三日後に後発の客船が着く訳か。着く港は一緒なの?」
「ああ、それは同じミルナダだ。中型船で先行した三人が宿を取り後続の到着を待つと言う事でいいのだろうが…」
「丸二日分の宿代が無駄だね」
「正にそこだ」
大地の言葉に我が意を得たとばかりにシルバーが頷く。続けてシルバーが口を開いた。
「それともう一つ」
「ん?」
「誰が先行し、誰が客船に乗るかだ」
「なるほど」
「手に入れた券は二等客室のものだから環境はそれほど悪くはない。相部屋にはなるが昼夜とも甲板への出入りは自由だ。できればココロ様とキイタ様にはこちらに乗っていただきたい」
「まあ無難だね。残り二人か…。ココロ達の身を守ると言う名目ならシルバーとガイでいいんじゃない?俺は貨物船で全然構わないし」
大地の提案は決して遠慮しての事ではなく、彼特有の冷静な判断だった。ココロが敵に狙われたとしたら自分よりもシルバーの方が役に立つ、単純にそう考えての発言だった。
しかしシルバーはそんな大地に首を横に振った。
「いや、大地、アクー、ナルの三人でミルナダに渡ったところで勝手がわかるまい。ミルナダに行った事のある私とガイは必ず別れた方がいい」
シルバーの言葉に大地はハっとした顔をした。言われて見ればその通りだ。自分とナルはミルナダに行った事がないどころかそもそもこの惑星の住人ではない。
イーダスタの森で意識を取り戻す以前の記憶を持たないアクーも似たようなものだろう。ここは何としてもシルバーかガイがついてくれないと渡ったはいいもののその後の事がまるでわからない。
「だったら、アクーかな?」
「アクー?」
大地の呟きにシルバーが訊き返す。あと一人の候補に迷わずアクーの名を挙げた大地の真意を問う表情であった。
「だって海を渡るんだもの、水の能力者がいれば何かと安心じゃない?鋼の能力を発動したところで沈むばかりだし」
「し…っ!そ、そうか、私は沈むだけか…」
「本当は俺がアクーと一緒にいたい位だよ」
大地が思いつきのように言った内容はしかし見事に的を射ていた。大地の軽い口調にシルバーは真剣な顔で考え込んでしまった。
その時だった。チケットを求める人で溢れる乗船券売り場の方角から甲高い悲鳴が聞こえて来た。
何事かとさっきまで自分達がいた売り場の方を振り返った二人の耳に、絶望を伴った叫びが届いた。
「泥棒っ!!」
その言葉が聞こえた途端、群衆から飛び出し慌てて走り去る男の姿が見えた。そのすぐ後を追いかけようとして人だかりの中でもがいているのは、まだ小さな少年であった。
「大地!!」
「おうよ!!」
大地とシルバーは一秒と迷わずに走り去る男の背中を追いかけ走り始めた。
逃げる男は目抜き通りを真っ直ぐに走り去って行く。そのまま行けば海にぶつかる筈だ。その前に必ず相手は路地に逃げ込むと踏んだ大地は大きなY路地を右に向かった。
目抜き通りの左側は港だ。男が逃げ込むとすれば右側しかないと大地は判断したのだった。レンガ造りの家の裏側にあたる路地を大地は全速力で駆け抜けた。地面もデコボコとしたレンガなので走り辛かったが、短い距離ならシルバーにも負けない自信があった。
シルバーは通行人を避けながら目の前を走る男の背中だけを見つめ大通りを走った。人通りは多かったが、まだ相手の姿を見失ってはいない。
男が持つ布製のカバンは肩紐が切れているらしい。男が走る度にそれがぶらぶらと揺れるのが遠目にもわかった。恐らく群衆に紛れて鋭利なナイフか何かで肩紐を切り持ち主の肩から奪い去ったのだろう。
そう思った瞬間、男の姿がフッと犇めく家と家の間に吸い込まれるように消えた。大地の読み通り路地に逃げ込んだのだ。突然見えなくなった相手にシルバーは少し慌てて更に足を速めた。
ある程度走ったところで大地は当たりをつけ家と家の間の路地を覗き込みながら走り始めた。
(いない、ここもいない。ここにも…)
三本目に覗いた薄暗い路地。その向こうから全力 疾走で駆けて来る人影を見つけた。大地は壁と壁の間に両手を広げてその影の前に立ち塞がった。
「どけぇこらぇ!!ケガするぞ!!」
叫んだ影は右手を大きく振り上げながら真っ直ぐ大地に向かって来る。頭上に掲げられた右手には光るものが見える。恐らく大型のナイフか何かのようだった。
「大地!!」
姿は見えないが襲い来る男の後ろからシルバーの声が聞こえた。
「テテメコ」
大地が呟いた瞬間、まるでエレベータの扉が閉まるように左右の壁が大地と男の間に石の隔たりを作った。
何の音もしない。何の手応えもない。両手を左右の家の壁に着けたまま大地は暫くそのまま動かなかった。
「大地、もう大丈夫だ」
頭上からシルバーの声が聞こえた。一瞬にして作られた石の壁は、上の方が吹き抜けになっていたのだ。
大地が壁から手を離すと、作られたレンガの壁は静かに元あった場所へと戻って行った。壁が完全に元に戻ると、大地は両手を叩きながら前へと進み出た。ふと足元を見ると、そこには男が一人仰向けに伸びていた。
「思いきり当たった?」
「全速力で体当たりしたぞ」
大地の質問にシルバーが歩み寄りながら答える。
「痛そ~。死んじゃったかな?」
「どうかな?」
言いながらシルバーは腰の剣を抜き、男の額をその剣先で突いた。足を伸ばし、手の近くに転がるナイフを踏むと、そのまま後方に蹴って飛ばした。
「う、う~~~~~ん…」
男が呻き声をあげながらしかめた顔を巡らせた。目の前に突き出された剣先にぎょっとした顔を見せる。
「まだ動かない方がいいよ」
大地が笑顔で声を掛ける。男は怯えた顔をして足元の大地を見た。
「大人しく生き延びて次の機会を待つか?それともここで死ぬか?どのみち盗んだものは返してもらう」
剣先に軽くつつかれ額から血を流した男は震える手で盗んだカバンをシルバーの方へ差し出した。
「懸命だ。大地、こっちに来い」
シルバーに言われた大地はおっかなびっくり倒れた男を跨ぐとシルバーのいる方へ渡った。
「じゃ、お大事にね」
男の手からカバンを取り返した大地はそのまま路地を抜け、元の大通りへと帰って行った。シルバーは剣先を相手に向けたままじりじりと後退し、十分な距離を取ったところで踵を返すと大地を追って行った。
カバンをひったくった男は仰向けに倒れたまま呆然とした顔で二人の姿を見送っていた。
大通りの真ん中でキョロキョロと周りを見渡している大地の後ろからシルバーが剣を鞘に戻しながら近づいて来た。
「あ、あれかな?おーい‼」
大地は取り返したカバンを両手で頭上に掲げながら通りの先に向かって叫んだ。シルバーが目を向けると、通行人の間から必死に駆けて来る小さな体が見えた。
大きな帽子を被り息も絶え絶えに走って来るのは、乗船券売り場で泥棒を追おうとしていた少年に間違いがなかった。
両手を伸ばして近づいて来る少年に向かって大地はカバンを差し出した。少年は倒れかかる勢いでそれを胸に抱きかかえると、本当にその場に両膝をついてしゃがみ込んでしまった。
はあはあと荒い息使いに合わせ、細い肩が冗談のように上下している。
「おいおい、大丈夫?」
「…った…」
「ん?」
少年の言葉が聞き取れなかった大地は俯く大きな帽子の下の顔を覗き込み驚いた。
「良かった…」
そう何度も呟きながらその顔は、大粒の涙で濡れていた。
「落ち着いた?」
大通りの道端に腰を下ろした大地は、すぐ隣に座る少年に訊ねた。まだ必死にカバンを両手で抱え込んだままそれでも少年は何とか頷いた。
「良かった。君、名前は?」
大地が俯いた顔を覗き込むようにして訊くと、少年はおずおずと顔を上げ、横目で大地を見ながら小さな声で答えた。
「スティア」
「スティアか」
大地が微笑むと、少年は急いで顔を上げた。
「あ、あの…。ありがとうございました!本当に、ありがとうございました!」
必死の表情で何度も頭を下げるその姿はいじらしく、大地はふと傍に立つシルバーを見上げた。
「余程大事なものが入っているんだな?」
シルバーの問いに顔を上げたスティアはカバンの中を弄り始めた。何かを取り出そうとしているらしい。
「い、いいよいいよ出さなくて。大事なもんなんだろう?」
大地が慌てて止めたが、スティアは躊躇なく掴みだしたものを二人に見せた。
「これは…。乗船券か?」
彼の手には三枚のチケットが握られていた。シルバーの問いにコクンと頷いたスティアはチケットを元通りカバンの奥底に大事そうにしまいながら言った。
「大型客船の三等客室の券だよ。やっと手に入れたんだ…」
「そんなにあの船に乗りたかったの?」
大地が訊ねるとスティアは大きく首を振った。
「本当は、中型連絡船の券が欲しかったんだ。その方が速いし、この三等客室の券よりも安いからね」
「東側に渡るのか?」
問われたスティアはシルバーの顔を見上げて頷いた。
「券は俺と母ちゃんと妹の分なんだ。家族で東側に向かおうと思って」
「父親は?」
「父ちゃんはバルディナスにいる」
聞きなれない言葉に今度は大地がシルバーの顔を見上げた。それに気がついたシルバーが解説する。
「バルディナスは東諸国南部にある港町だ。父親は漁船に乗っているのか?」
後半は再びスティアに向き直りシルバーが質問した。
「うん。半月前、父ちゃんの乗った船が座礁して父ちゃん、大怪我をしたんだ。すぐには動かせない状態だって船乗り仲間からの便りが届いて…」
スティアは自分の爪先を見つめながら静かに話し始めた。それでもカバンを握る手はまだ力を緩めてはいなかった。一度でも盗まれそうになった事が余程ショックだったようだ。
「迎えに行くにも往復の旅券なんか高くて買えないから、いっそ家財一式売り払ってみんなであっちで暮らそうって話になったんだ。父ちゃんが元気になるまでは俺が働いてみんなを養うんだ」
「え?働くの?君が?」
大地が目を見開いて訊いた。決意を込めた目で頷くスティアはどう見てもまだ小学生位の年齢にしか見えない。
「母ちゃんもあんまり体が丈夫じゃなくて…。だから本当は安い連絡船の券を買って、余ったお金で新しい毛布かパンを買おうと思っていたんだけど、連絡船の券はもう売り切れたって…」
「でも客船が出るのは三日後でしょ?家は売っちゃったんじゃないの?」
「家を買ってくれたジョノスおじさんは親切な人だから、事情を話せば出航までは俺達を追い出したりはしないと思うんだ」
大地は戸惑った表情でシルバーを見上げた。シルバーも大地を見下ろしている。
「渡りに船…」
大地がポツリと呟く。
「ん?何だって?」
「俺の故郷に伝わる諺」
「地球にはこの状況にぴったりの諺があるものだな」
言いながらシルバーは片膝をつくとポケットから取り出した三枚のチケットを少年の前に差し出した。
「え?」
「二日後に出航する中型船の乗船券だ。三枚ある。良ければ君の券と交換して欲しい。勿論、差額は払う」
そう言うとシルバーは差し出したチケットの上に硬貨を一枚乗せた。
「そ、そんな…」
スティアは驚いたように首を振った。
「君の為じゃない。俺らは丁度三枚客船の券が欲しくて困っていたところなんだ。どうだろう?俺達を助けてくれないかな?」
少年の大きな瞳に見つめられた大地はニッコリと笑った。
「本当に?」
「こんな嘘をついても仕方がないだろう?迷惑でなければ、頼む」
そう言うとシルバーは更にチケットと硬貨を乗せた手を少年の目の前に伸ばした。
シルバーの手からチケットを受け取り掛けたスティアは慌てたように自分のカバンから三枚のチケットを出すとシルバーに差し出した。
「ありがとう、交換だ」
シルバーも優しく微笑むとスティアの手からチケットを受け取った。自分の手の中にある中型連絡船のチケットと硬貨を見つめたスティアは、夢でも見ているような声で呟いた。
「これで母ちゃんに新しい毛布が買える…」
それを聞いたシルバーは受け取った大型客船のチケットを静かに胸のポケットへとしまった。
「そうだシルバー、俺 小遣いが欲しい」
唐突に大地が言い出した。
「何だこんな時に?」
「だってアクーは服を買ってもらうんでしょう?それにナルも剣を買うって。俺も自分の自由になる金が欲しい、頂戴」
無造作に伸ばされた手にシルバーは怪訝な顔で一枚の硬貨を乗せた。
「欲しい物でもあるのか?言っておくが無駄遣いはするなよ…」
シルバーが言っている間に大地はスティアの手を取ると、その掌にもらったばかりの硬貨を乗せた。
「え?」
「いいかいスティア、毛布を買うんじゃない。毛布とパンを買うんだ」
「そ、そんな!もらえないよこんなの…」
「あげるんじゃない。俺は君を雇うんだ」
「雇う?」
「バルディナスからミルナダは遠い?」
「は、半日もあれば行けるけど」
「そうか。ならスティア、父ちゃんの顔を見たらまたすぐにミルナダに戻って来てくれ」
「え?」
「俺の名前は大地、こっちはシルバー。覚えた?俺達は他に五人の仲間を連れて七人でミルナダに渡る。到着は五日後だ。だけどいきなり七人が入れる宿をとるのは難しいかもしれない。だからスティア、君は俺達が着く直前にそんな宿をとっておいて欲しいんだ。できるかい?」
「そ、そんな事でいいの?」
「そうだな、俺達はみんな東諸国には不慣れだ。旨い飯を食わせてくれる店を見つけて俺達が着いたら案内してくれ」
スティアの顔が明るく輝き始めた。
「いいかいスティア。これは仕事だ。俺は君に金を恵んだ訳じゃない。絶対に約束は破らないでくれ」
「勿論!勿論だよ大地!俺、俺一生懸命店を探すよ!」
「スティア」
シルバーが呼ぶとスティアが顔を上げた。
「我々は男が五人で女が二人だ。できればそれぞれ部屋を分けて欲しいんだ」
「お安い御用だよ!任せておいて!」
「頼りにしてるぜ?」
大地がスティアの肩を軽く叩いた。生まれて初めて仕事を任され収入を得たであろうスティアは目をキラキラとさせて立ち上がった。
「スティア、家は近くか?」
「うん」
シルバーの問いにスティアが頷く。
「もう暗い。近くまで送ろう」
「明日は忙しいぜ?一日で船旅の準備を整えなきゃいけないんだからさ」
大地の言葉に、スティアが今日一番の笑顔を見せた。
こうして大地とシルバーは何とか七人分のチケットを手に入れる事ができたのだった。




