ジスコーの町
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれ能力者を率いる旅のリーダー。
・吉田大地…土の能力者。唯一の地球人。やる気と根性だけで異世界の戦いに挑む。
・シルバー…鋼の能力者。ココロを補佐するサブリーダー。
・キイタ…火の能力者。体の小さな気の弱い少女。
・ガイ…雷の能力者。巨漢、豪快な怪力自慢。
・アクー…水の能力者。体の小さな少年。一切の記憶を失っている。
・ナル…生命の能力者。気の優しい青年。大地と同じく異次元からやって来た。
●前回までのあらすじ
ドナル侯爵の信頼を勝ち取ろうとアテイルであったトランの死体を見つけ出すと啖呵を切ったブルーだったが、その具体的な方法がわからず仲間達の前で思わず弱音を吐いてしまう。
そんなブルーに、事情を承知しているウルカの父、ケシミ公軍大臣にトランの行動記録を見せてもらえばいいと仲間達は助言をする。
そんな簡単な事にも気が付かなかった自分にブルーは落ち込んでしまった。その時、ついでに今最も疑わしいチャーザーの記録も見せてもらえばいいと言うユーリの何気ない言葉に場の雰囲気は一気に活気づいた。
沸き上がるブルー達の前にウルカの部下であるレバルフトが再び現れる。階級意識の高い彼の無礼な発言にコスナーが怒りを爆発しそうになった時、彼に代わりブルーがレバルフトに強烈な一撃を喰らわせる。
普段から冷静で軍人とは思えない程暴力が似合わないブルーの振る舞いに仲間達は思わず腹を抱えて笑い始める。
一緒になって笑うブルーの中で、彼らとの結束がまた一つ強くなったと言う確信が生まれるのだった。
ジルタラス中部にある安宿街で朝を迎えたココロ達は、思いがけず仲間となったフェズヴェティノスの姫ハナと別れると一路東端の町ジスコーを目指し旅立った。
比較的健康と思われる馬を三頭手に入れ、これで全員が馬上の人となったが、馬に乗った事のないナルに指導しながら進む旅は決して順調ではなかった。
レメルグレッタからでも一週間は掛かると言われていたが、実際に彼らが目指すジスコーの町に辿り着くまで実に二週間を要した。
季節は移り、確実に冬と呼んでいい気候になりつつあった。
「さて、取り敢えずはここで出航まで足止めです」
宿に荷を解いたシルバーが部屋に揃った仲間達の顔を見て言った。大きな港を有するジルタラス東端の町ジスコー。彼らはここから船に乗り、いよいよ東諸国へと渡る事になる。
「私はすぐに港へ行き、一番早い船の切符を人数分手配してきます」
シルバーがココロの顔を見ながら言った。
「ココロ、ココロ!町に出よう!服が買いたい!」
アクーが珍しく青い目をキラキラと輝かせてココロの服を引いた。
「服ってアクー、この間の町でも買ったじゃんか」
大地が指摘する通り、レメルグレッタでの戦いでボロボロになった服のまま旅はできないと、大地とアクー、それにガイの三人は安宿街で一通りの服を買ってもらっていた。
身なりに然程気を使わないガイであったが、破れた尻を隠す為に大きなマフラーを腰に巻き、そのせいで不気味な義手は剥き出しのままになっていた。あまりにも目立ち過ぎるその姿にココロが無理やり新しい服を買い与えたのだった。
ココロやキイタ、シルバーは充分な旅支度をしていたので新しい服を買う必要はなかったし、ナルだけは何故か仲間になった時に美しい服を身に纏っていた。
「あんなの血まみれの服じゃ出歩けないから取り敢えず買っただけだよ!」
アクーが今着ている服を指でつまみながら真剣な顔で大地に噛みつく。
「これから冬だよ?こんなの一枚で身が持つ訳ないじゃん。それに東諸国に渡るんでしょ?こんな格好じゃあ田舎者って舐められちゃうよ!」
「東諸国ってそんなにお洒落なの?」
大地はすぐ隣にいたシルバーに訊いた。
「ん?まあ確かにあちらの方が発展はしているな」
「何せジスコー(ここ)にある港の名前はリザティアブリッジって言う位だ」
シルバーの答えにガイが補足する。プレアーガの人間ではない大地とナルがポカンとした顔になる。
「どういう意味?」
「“文明への旅立ち”よ」
ココロが少し苦い笑いを浮かべながら言った。
「人口も西側より遥かに多いわ」
「お高くとまった連中ばかりだがな」
キイタが言うとすぐにガイが皮肉な声を出す。
「へえ。俺なんかこのジスコーの町でも相当華やいで見えるけどね」
大地は開け放ったままの窓から見える町を見下ろして言った。三階にあるこの部屋からは可愛らしい形の屋根越しに遠く光る海を僅かに見る事ができた。
「本当だよ。ここもジルタラスの一部だなんてとても信じられない」
故郷アウケラを発ってジルタラスに辿り着いたナルが知るのは、その中でも最西端に位置するレメルグレッタ周辺の岩場ばかりの景色だけだった。
「港を有する町はここが最北端。南へ下ればイーダスタ、テリアンドスの港町があり、そこから順次 最南部のシュードルまで大小の港が点在している」
ガイの説明に出てくる国名は大地にとっても懐かしく聞こえるものばかりだった。テリアンドス領内にあるフォルトの町で真っ直ぐに港に向かわず、いち早く次の国へ入る為進路を北へ向けイーダスタを目指した時の事が思い出される。
アスビティ公国、ンダライ王国、テリアンドス帝国、イーダスタ共和国、ジルタラス共和国…。遂に海を渡る事となった大地の脳裏に今日までの旅の行程が走馬灯のように蘇った。
ここに至るまでの道は正に命懸けの冒険の連続であったがこの五か国を渡る中で七人の仲間が集まったのであれば意外と効率がいいのでは?喉元通れば熱さを忘れるとはよく言ったもので、今までの苦しみも忘れ大地はそんな暢気な思いに駆られていた。
「いいわ」
せがむアクーにココロが笑顔で答えた。
「まだ日も高いし、少し町を見てみましょう」
「やった!」
アクーが無邪気な声を上げて飛び上がる。
「キイタは?」
ココロに訊ねられたキイタはほんの一瞬考える素振りを見せたがすぐに言った。
「私も町を、見てみたいかなあ?」
「じゃあ一緒に行こうよ!」
アクーがはしゃいだ声を出す。
「ではココロ様、費用をお渡ししておきます」
いつの間にやら一行の財布係になってしまったシルバーがココロの手に金が入っているらしい小さな袋を渡す。
「うん」
金を受け取ったココロは少しの間手の中にある小さな包みをじっと見つめていたが、顔を上げるとアクーを見て言った。
「アクー、言っておくけど無駄遣いはしないからね」
「わかってる、わかってるよ」
ココロに釘を刺されたアクーが慌てて手を振る。この先の旅路を考えれば路銀は少しでも節約したかった。お姫様育ちのココロの中にもそんな考えが生まれるようになっていた。
「シルバー」
ナルがおずおずとした声を出す。
「どうした、ナル?」
「あの、僕も町に出てみるよ。タテガミはすぐ近くにカンサルク王の武器がいると言いながら結局ここまで来てしまった。すぐ近くと言う以上、海を渡った先ではないと思うんだ」
「尤もだ」
シルバーが納得して頷くとすぐにガイがナルの言葉に飛びついた。
「武器屋 巡りか?まあこれだけの町だ、武器屋の二、三軒は間違いなくあるだろうな!よし、俺もついて行くぜ」
「だってガイはゲドマンの剣をもらったんじゃ…」
ナルがガイの腰を指さしながら言い掛けると、ガイはチチチと舌を鳴らした。
「わかってねえなあナルは。ここは港町、商人の町だぜ?商売人の口車に乗せられてとんでもねえ鈍らを掴まされたら堪らねえだろうが?俺が目利きをしてやろうって言ってるさ」
「タテガミが一緒だから大丈夫だよ」
「こんな街中で剣がベラベラ喋ってみろ、あっという間に俺達の事は町中で噂の的だぜ?」
「それは駄目よ」
ガイの指摘にココロが慌てた口調で言った。
「でしょう?俺達目立っちゃいけませんよねえ?なあナル、連れてけよ。俺は武器を見るのが三度の飯よりも好きなんだ」
「ナル、君にも少し金を渡しておこう」
シルバーが更に小分けにした硬貨を入れた小袋を差し出すとナルは慌ててそれを拒んだ。
「そんな!いいよ。取り敢えず見つけられれば」
「いいからもらっとけ。店を出た途端他の奴に買われちまったらどおする?」
「でも…」
「ナル、時間がない。とにかくお前は出航までに何としても精霊の武器を手に入れるんだ」
シルバーが言うと、ナルはシルバーの手から小さな袋を受け取った。ずっしりと重たい。
「はい!」
真剣な顔を上げたナルは決意の籠った声で返事をした。
「じゃ、行こっか?」
「行こう行こう!」
ココロの声にアクーが一番に部屋を飛び出していく。その背中を見つめながらココロが笑顔でため息をつく。
「思ったより元気そうで良かったね?」
「え?うん…」
キイタの言葉にココロが微笑む。記憶のフラッシュバックで我を忘れ仲間達を襲った事に落ち込んでいたアクーをココロは人知れず気に掛けていたのだ。
「行こ」
キイタに促されたココロが元気に頷くと、窓辺で日を浴びていたミニートがココロが出掛ける雰囲気を察したのか素早く駆け寄りその肩に飛び乗った。
笑顔を見せたココロはキイタと一緒にアクーを追って部屋を出て行った。
「よおしナル、俺達も行くぞ!いいかタテガミ、精霊の武器を見つけたら声を出さずに俺達に教えろよ?」
「どおしろってんだ?外れならゲップ一回、当たりならしゃっくり二回か?」
「もお汚いなあ」
ぶつぶつ文句を言うナルがガイと連れ立って街へと出掛けて行った。
「さて」
一人残った大地の顔を見たシルバーが言うと大地も顔を上げた。
「言った通り私はこれから港へ出掛け船の切符を手配してくる。お前はどおする?大地」
「俺も一緒に行くよ」
「買い食いはしないぞ?」
「そんなつもりはないよ!この世界の船ってのを見てみたいんだ」
「そうか、ならいいが。迷子になるなよ?」
「子供 扱いすんじゃないよー」
「ほう?地球で十七歳は立派な子供ではなかったのか?」
「そーゆー事だけよく覚えてるねー」
相変わらず仲がいいのか悪いのかわからない二人が最後に揃って部屋を後にした。
残る四人の仲間を求め、旅の後半に挑もうとする七人の能力者達は、束の間の平穏を西諸国屈指の港町ジスコーでそれぞれに過ごす事となった。
「おー」
店先に飾られた服を見上げアクーが頬を上気させる。キイタも煌びやかな店頭の服と自分の着ている旅装束を見比べていた。
「ねえココロ、やっぱり東諸国ではこんな格好は却って目立つかしら?」
「私達は旅人なんだからいいんじゃないの?恰好だけ真似たところで東の人間になれる訳じゃないんだし」
「それもそうね」
ココロもキイタも一国の王女とは思えぬ姿をしていた。しかし今日までの旅で二人ともすっかりそれに慣れ、見た目の美しさよりも機能や動きやすさを求めるようになっていた。
ヒラヒラとした美しい衣装で世界を守る事はできない。何度も潜り抜けて来た命懸けの戦いの中で二人はそれを痛感していた。
「ちょっとこの店見てもいい?」
「気に入った店を見なよ、アクーの服を買いにきたんだから」
相変わらず目を輝かせて訊いて来るアクーにココロは笑顔で答えた。
イーダスタの深い森の中で得体の知れない旅人と洞窟暮らしをしていたアクーの中にこんなにも洒落っ気があるとは思いもしなかったココロは少し愉快な気分になった。
田舎者扱いされたくないと言っていたアクーだったが、店の中を食い入るように物色するその姿は田舎者そのものだ。きょろきょろと店内を見て歩く小さな姿は微笑ましくすらあった。
「色々な人がいるわね」
キイタのそんな声にココロは振り向いた。
ここは港町。出て行く人がいれば入って来る者も数限りなくいる。そこを行き交う人々は正に多種多様であった。
髪の色、目の色、肌の色。様々な体形に色とりどりの服。そこは文化の混沌だった。この中には正解も不正解もなかった。
確かに冬はもうそこまで来ていた。それでも乾いた空気の中、柔らかく射す日の光は暖かく、その平和な情景にココロは一瞬自分の使命を忘れ掛けた。
「人間を一人残さず消そうだなんて」
キイタの暗い呟きにココロは一気に現実に引き戻された。
「私達はまだまだ大きくなる。この西諸国だって、東諸国に負けない位大きく、強くなるのよ。魔族なんかに渡したりはしない…。シュベルなんかに邪魔はさせないわ」
通り過ぎる人の群れを見ながら思いつめたように言うキイタの肩をココロがポンと軽く叩く。驚いたキイタがココロの顔を見上げると、彼女はにっこりと笑って言った。
「その先頭に立つのは大国ンダライね。女王の旗の元、西諸国は大きく発展して行く。必ず戻るわよ、イリアを連れて三人でね」
「ココロ…」
キイタが少し驚いたような顔で言うと、アクーが店の中から出て来た。その顔は隠しようもない不機嫌の色で染まっていた。
「気に入った服はなかった?」
ココロが訊くと、アクーは拗ねたような声で言った。
「あったよ、もの凄い格好いいのが。それもたくさんね。どれもこれも僕の好みにぴったりだ」
「じゃあ何でそんな怒ったような顔をしてるの?」
一度ココロと顔を見合わせたキイタが訊ねると、アクーは口をへの字に曲げながら答えた。
「僕の体型に合う服が一つもないんだ」
「あ~~~~」
ココロとキイタは気まずさと不謹慎がない交ぜになったような表情を作った。背が低い事を気にしているアクーの胸中を思えば笑い飛ばす事も憚れた。
「店はまだたくさんあるよ」
キイタが励ますように言うとココロもすぐに続いた。
「そ、そうよ。何も服屋さんはここだけじゃないわ。次行きましょ、次」
「うん…。そうだね!」
二人の言葉にすぐに晴れやかな顔を見せたアクーは元気を取り戻して頷いた。
埃臭い部屋の中、ガイはガシャガシャと派手な音を立てて大きな壷に差された沢山の剣の束を掻き回していた。
天井に開いた小さな明り取りから射し込む日差しが舞い上がる埃を白く光らせる。
「ロクなもんがねえな…」
ガイが首を振り振り独り言を呟くと、階下からナルの控えめな声が自分の名を呼ぶのが聞こえた。
「ガイ…」
大きな体を窮屈そうに丸めながらガイが屋根裏のような二階から顔を覗かせる。
丸太を組んだだけの階段の下でナルが首を横に振っているのが見える。どうやらこの店に目指す物はないらしい。
「やれやれ…」
薄暗い武器屋の店内から日の光の下へと出たガイは大きく伸びをした。
カンサルク王が使用したという精霊の宿る三種の武器。その内の一つがこの町のどこかにあると踏んだナルはガイを連れ町中の武器屋と言う武器屋を虱潰しに当たっていた。
「この町で一番でかい店だって言うから覗いてみたが、店構えの割に内容はしょぼかったなあ」
「ガイ、店の人に聞こえるよ」
店を出てすぐに大声で文句を垂れるガイをナルが小声で窘める。
「聞こえたがどうした、本当の事だ。言われたくなきゃもう少し見合った品を置いとけってんだ」
「新しい物が多かったね。目玉商品は最新の武器だった。後は、輸入品なのかな?僕はよくわからないけど」
「入って来る目新しい物は片っ端から手に入れて並べてるって感じだな。珍しくはあるが実用向きじゃねえ」
ガイが呆れた声で言うと、ナルは漸く笑顔を見せた。
「そうだね、どちらかと言うと観光 土産みたいだった」
「期待外れもいいとこだぜ、まったく…。もう少しこう歴史の重みを感じさせるようなモンを扱ってるところはねえもんかな?」
「むしろ武器屋よりも骨董品店とかの方がいいのかもね?いくらなんでも三百年前の武器を現役の剣と並べる訳がないもの」
「まあまだ日は高い。焦って紛いもんに大枚叩いちまったら目も当てられねえ。こうなりゃ徹底的に付き合うぜ」
「頼りにしてるよ」
初めこそガイの同行を拒んだナルであったが、自分で言うだけあってガイの武器を見る目は確かだった。今となっては頼りにしていると言うその言葉もお世辞ばかりではなかった。
「おっと、ありゃどうだ?あそこも武器を置いてるみたいだぜ?」
ガイが行く先にあるさっきよりもずっと小さな店舗を指さした。言う通り店先にいくつか武具らしきものを飾っている。
「なんだか自信がなくなってきたけど、ここはタテガミを信じるしかないからね。ガイの言う通り、この町の店を全部見る覚悟でいくしかないよね」
「おし、じゃあいっちょ覗いてみっか」
気を取り直したガイはそう言うと、張り切って右腕を振り回しながら店へと向かって行った。その姿はまるでそをのものに喧嘩でも売ろうとでもしているようだった。




