援護部隊稼働
●登場人物
・ブルー…アスビティ公国の主力部隊特別行動騎馬隊の中に新設された特殊遊撃班を任された若き班長。シルバーが公軍の中で最も信頼する隊士。
・パッキオ…元はガイ、アリオスの部下であったが現在はブルーの片腕として働く。禿頭、巨漢の軍人だが非常に冷静で頭の切れる人物。
・ウルカ…アスビティ公国公軍大臣の娘にしてデューカ守備隊第三分隊を率いる女分隊長。幼少期から軍人になるべく男性として育てられた。
・ハリス…現在は特別行動騎馬第一分隊に所属する最年少隊士。医学の心得を持つ。幼年部隊から抜擢された実力者。八つ年上のウルカに仄かな恋心を抱く。
・コスナー…現在は特別行動騎馬第八分隊の所属。ハリス達の良き兄貴分で山岳活動を得意とする。気の良い青年だが無類の酒好き。
・エミオン…現在は特別行動騎馬第四分隊の役員班長を務める。火薬の知識に長けておりまた仲間の中では一番の俊足。
・ユーリ…現在は特別行動騎馬第七分隊の所属。コスナーとは同郷でやはり山での活動が得意。理解力に欠け、発言は天然なところが多い。
●前回までのあらすじ
ウルカの父であるアスビティ公国公軍大臣を務めるケシミは娘ウルカの提案に従いブルーを引き連れ遂にドナル三世 侯爵閣下との謁見に臨んだ。
魔族、或いはANTIQUEと言ったまるで夢物語のような話をドナルに理解してもらおうと言葉を尽くすがドナルはそれらすべてについて先刻承知をしていた。
ココロからの手紙によって世界の危機を知ったドナルは即時特別行動騎馬の編成改革に乗り出したものの、それ以上に何ができるのか思いつかず一人悩み続けていたのだ。
ドナルの苦しみを理解したブルーは主君の信頼を得る為、次々と新たな提案を口にするのだった。その提案に光明を得たドナルは早速ブルーの進言を受け入れ実行に移さんが為ケシミに命令を下すのであった。
ドナルとの謁見を終えたブルーはケシミと別れると暗い廊下を急ぎ足で隊士宿舎へと向かった。
たった今下された公爵閣下からの命令をいち早く部下のパッキオに伝え、アリオスへ宛てた手紙を書かせなくてはならない。そして明日の朝にはそれを閣下にお目通しいただかなくてはならないのだ、一刻の猶予もならなかった。
しかしそれだけではなく、ブルーはできれば他の援護部隊の仲間達にも事の次第を伝えておきたかった。
真剣な表情で夜の公爵宮を急ぎながら、各自室にいる筈の援護部隊の仲間達をどう呼び出すかを考えていた。
宿舎に寝泊まりする隊士の部屋は基本的に大部屋だ。ハリスやコスナーなど一般隊士は通常八人から十人が一部屋に詰め込まれている。副班長のパッキオですら四人部屋に入っているのだ。
ドナルの前で自分を頼れなどと大見得を切ったはいいが、具体的な方法などは何も考えついてはいなかった。
既に帰宅したであろうウルカはともかく、せめてこの隊士宿舎にいる連中とだけでも今後の方針について話したかった。いや、もっと正直に言えば、この後自分がどう動けばいいのか助言して欲しかったのだ。
夜と言っても宵の口だ、若い一般隊士達はまだ部屋には戻らず食堂辺りで群れている事だろう。そうであれば特定の人間だけを連れ出すのはそう難しくはないのではないか?
とは言え今度の騎馬隊改革で頼りになる仲間達は皆 所属部署が別れてしまっている。先ずはパッキオを連れ出し、順次手分けをして声を掛けるとして、他隊の正副が宿舎まで押し掛けたら他の同部屋の隊士達が変に思うだろうか?
(どこに敵が潜んでいるかわからない。できればあまり目立つ行動は取りたくないものだ)
早足で進みながらブルーはそんな事を考えていた。
「班長」
仲間を呼び出す良い方法が思いつかないまま公共館に足を踏み入れたブルーは、従事者専用食堂の前で声を掛けられ足を止めた。二日前、仲間達と一緒にロズベルからの報告を受けた場所だ。
見れば食堂の入り口前にパッキオの巨体があった。ブルーは駆け足で彼に近づいた。
「待っていてくれたのか」
「他の連中も揃っていますよ」
パッキオは無表情のまま自分の背後を親指でさした。
「助かったよ。正直どうやってみんなを集めようかと思案していたところだったんだ」
「首尾は?」
「上々だよ、でき過ぎな位だ。みんなは?」
「それぞれ散らばって飯を食ってますよ。今日も表にしますか?」
「冷えるだろう?」
「そんなにやわじゃありません」
ブルーは一瞬 思案顔をしたが、すぐに顔を上げると言った。
「表にしよう。目立つかもしれないが、話しを聞かれる訳にはいかない」
「俺達が出れば全員出て来ます。そう言う手筈にしてありますんで」
ブルーは頷くと率先して食堂の中に入って行った。
「茶で言いですか?」
「ああ」
ブルーの答えを聞いたパッキオはさりげなく離れて行った。その大きな背中を見送ったブルーは、一人暗い庭へと進み出た。
空気が冷たい。あの日、全員でロズベルの話しを聞いたテーブルに近づく。木枯らしの吹き抜けるテーブルに今は誰も座っていない。
円卓を二つ並べたような形をしたテーブルを見つめていたブルーは、すぐ目の前の椅子に手を掛け、思い直したようにぐるりとテーブルを回り込むと、一番奥の席に腰を下ろした。
目の前にはガラス張りの明るい食堂の中がよく見える。中で食事をする何も知らない隊士達からも自分の顔が見えるだろう。
初めは彼らに背中を向ける位置に座ろうとしたが思いとどまった。自分の話しを聞き驚いた顔を見せるハリス達を見れば、関係のない隊士が興味を持つかもしれない。
(落ち着け)
誰かに見られている事を意識したブルーは逸る気持ちを抑えようと努めた。とにかく冷静に、自分が正面で取り乱した仕草を見せなければ誰かの注目を集める事もない筈だ。
背もたれに体を沈め目を瞑ると、大きく吸った息をゆっくりと吐く。ブルーの熱い吐息が白い煙のように風に千切れた。
椅子を引く音がした。静かに目を開く。丁度左 斜向かいにハリスが座っていた。二日前と同じ席だ。
食堂から射す眩い光を背負いよくは見えなかったが、ひどく真剣な顔をしているのはわかった。
やがてパッキオが湯気の立つカップをブルーの前に置くと無言で隣に掛けた。彼も二日前と同じ席を選んだ。
「ありがとう」
茶を持ってきてくれたパッキオに礼を言ったブルーは、食堂から慌てた様子で出て来る人影に目を見張った。
柔らかい髪が大きく揺れている。小柄なその影の正体はウルカだった。ブルーは驚きの余り思わず立ち上がり掛けた。
空いた椅子の背もたれに両手をついたウルカは息を弾ませていた。
「分隊長まで…。てっきりご帰宅されたものかと…」
「今夜班長が閣下とお会いになると聞きました。結果を聞かぬまま帰る事などできはしません」
緊張のせいかウルカは少し怒ったような顔で椅子を引くとそのままハリスの隣へと座った。
そこへ漸くエミオンとユーリが駆けつけてきた。
「こんばんは!」
「何か急に冬っすね」
わざとなのか、嫌に緊張感のない声で口々に言いながら席につく。最後に大きなジョッキを片手にぶら下げたコスナーが慌てる様子もなくテーブルに歩み寄ると、ハリスを挟んでウルカとは反対側の席にどっかりと腰を下ろした。
アスビティに残る援護部隊全員が顔を揃えた。結局みんな二日前と同じ席に座っていた。
「先ずは班長、大役お疲れさまでした」
コスナーが首だけを倒してブルーを労った。
「ウルカ分隊長がお膳立てをしてくれましたからね、何とか」
「本当、あの大臣をよく説得できましたね」
エミオンがウルカの顔を見て言う。
「あの事件のせいでなし崩し的に説明する事になりましたが逆に変に策を練らず真正面からぶつかったのが幸いしたようです」
「大臣も少なからず動揺されていたでしょうからね」
ウルカの答えにブルーが付け加えた。ユーリが愉快そうに笑った。
「なるほどー、そのどさくさに紛れて一気に押し切っちゃった感じですかぁ?」
「そう言うと聞こえは良くないが、まあそう言う事ですね」
ウルカが顔を綻ばせた。どうやらやって来た時の緊張が少しは解けているようだ。
話す度にみんなの口から白い息が伸びる。全員が頬を赤くしていたが、誰一人寒さを感じてはいなかった。
「それで…」
ハリスが遠慮がちにブルーに話の先を促した。ブルーは心持ち胸を張るように姿勢を正すと落ち着いた声で言った。
「動いたよ。閣下は英断を下された」
ブルーの言葉に全員が無言で顔を向けてくる。悪い報せでない事はわかったがドナルに求める事は多すぎた。一体どの事案についての英断が下されたのか絞る事ができなかった。仲間達のそんな思いに気が付いたブルーは最初から説明する事にした。
「閣下はすべてを承知しておられた」
「すべて、ってのはつまりどの辺りまでです?」
コスナーが思いとは裏腹に興味のなさそうな声で訊いて来る。
「すべてだ。ココロ姫は私に託した手紙の中ですべてを語っておられた。魔族の事、ANTIQUEの事。今この世界で起きている事、今ご自分が置かれているお立場」
「閣下はそれを信じたのですか?」
「そうだ」
ハリスの質問にブルーは頷いた。何とか落ち着いて話そうと努力するがつい声が高くなってしまうのが自分でもわかる。
「お信じになったうえで、一人悩んでおられた。誰にも相談できず、何をどうしていいものかと」
「お労しい…」
ウルカが眉を顰めながら小さく零した。
「その通り、見ていてもわかる程に閣下は苦しんでおられた。私は言った、どうか私達援護部隊を頼ってくださいと」
ドナルの胸中を知りしんみりと俯いていた一同は、ブルーの言葉の意味を理解するなり一斉に顔をあげた。
「それって、俺達の事ですか?」
「当たり前だろうユーリ。私は君の名前も閣下に申し上げた」
「ええ!?
「ここにいる全員、ロズベル隊長、アリオス、マルコ…。私達ANTIQUE援護部隊全員の名を閣下に申し上げた。何を信じられなくとも、この十人は間違いなくお味方であると伝えて来た」
「…何てこった…」
言いながらエミオンは仲間達の顔を見た。他の者も皆 戸惑い互いを見合っている。二日前にはロズベル隊長が座っていた席だけが空いていた。
「この国の窮状とココロ様の現状をお伝えしようとしたが閣下は既にそれらすべてを十分に承知されていた。伝えるべき事を失った私は閣下に求めた。無我夢中だった…」
「…って、え?一体何を?」
なかなか先を話し出さないブルーにユーリが訊ねる。ブルーは顔を上げると話しを続けた。
「この国に入り込んだアテイルを見つけ出す為の具体的な対策について思うに任せて話し続けたんだ。先ずは我が遊撃班の班員に事実の一部を公表する」
「事実って、魔族やANTIQUEの事を?」
ハリスが目を見開いて訊く。
「そうだ。その上で遊撃班は遠征訓練に出る。それに必要な要請はケシミ大臣が請け負ってくれた」
「父が?」
「ええ」
目を大きくしたウルカにブルーは笑顔で頷いた。
「遠征先で必ずや重要な情報を掴んでみせると閣下に約束した。その為には遊撃班の連中にも協力してもらう必要がある」
「一体どこへ行って何をする気です?」
身を乗り出すようにして訊ねてくるコスナーにブルーは顔を向けた。
「一昨日チャーザー補佐官に切られた隊士は治安部隊のトラン隊士だとわかった。だが彼は既にアテイルだ、それはロズベル隊長の証言で間違いがない。私はねコスナー、見つけたいんだよ」
「見つける?一体何を?」
「決まっているじゃないか、トランの死体だよ」
言われたコスナーだけではなく、その場にいた全員がぎょっとした顔を上げた。
「一昨日切られたトランはアテイルが化けた偽物だ。私が見つけ出したいのはアテイルに殺された筈の本物のトランの方だ」
「い、一体どうやって?」
エミオンが掠れた声を出す。緊張の余り喉が張り付いていた事に気づいたエミオンは目の前のカップを取ると慌てて一口中の液体を流し込んだ。
「本物のトラン隊士がいつどこで殺害されたかわかっているのですか?」
ウルカの質問にブルーは無言で首を振った。
「何もわかりません。そこが悩みどころです。アスビティが小国であるとは言え人馬で進める距離は限られています。御父上が遠征計画を立てるにあたり、私は具体的な場所や期間について希望を出さねばなりません…」
「けど、具体的な事は何もわからないと?」
「そうだ。みんなには包み隠さず正直に打ち明けるよ。私は必死だったのだ、閣下の信用を得ようと…。本当のところ、何一つ確証などないままさもずっと考えて来た事のように提案したのだ」
「閣下はそれを受け入れたのですね?」
ウルカの問いにブルーは無表情のまま頷いた。
「藁をも掴む思いだったのだろう。閣下は私の目を見つめたまま黙って聞いてくださった。沈黙する訳にはいかなかった」
「他にも何か安請け合いをしたの?」
「言葉に気をつけろエミオン」
隣に座ったコスナーがエミオンの頭を小突く。
「いや、エミオンの言う通りだ。私は矢継ぎ早に提案をした。後先も考えず…」
「一体何を言ったんです?」
訊いてきたユーリの不安そうな顔を見たブルーは、答える前にその目をハリスに向けた。
「ハリスを、ウルカ分隊長の隊に編入させるようお願いした」
「え!?」
ウルカが驚いた声をあげたが、エミオンとユーリはそれよりももっと大きな声で驚きを露わにした。大声に慌てたパッキオとコスナーがそれぞれ隣にいる二人の頭を思いきり叩いた。
「って~~~~」
ユーリが涙目で頭を擦る。
「一両日中に人事異動の発表がされる。ハリス、準備をしておけ」
名指しされたハリスは驚きの余り声も出ないようだった。
「班長、他にもまだ何か?」
コスナーの質問に、ブルーはドナルに挙げた自分の提案を一気に説明した。
「第二小宮に残った警備隊を全員中央に引き上げる事、ンダライのポルト・ガス執政官と早急に会談をする事、その為の使者としてアリオス殿に間に立っていただく事…」
「そりゃ…随分とまた…」
コスナーが呆れた顔で呟いた。信頼を勝ち取る為とは言えよくもまあそれだけのでまかせが口から飛び出したものだ。
「我ながら驚いている」
そう言うブルーの顔が照れ臭そうに赤くなっていた。
「でも結果オーライだよね?これで遊撃班は遠慮なく自由行動ができる。何せ閣下直々の許可をいただいている訳だもんね」
エミオンの言葉に全員の注目が集まる。
「ウルカ隊長とハリスの二人が揃って閣下の傍にいられるようになるし、ロズベル隊長も中央に来るならこんな心強い事はないよね?その上で閣下がンダライの代行執政官の話しをちゃんと聞いてくれるならもう怖い物ないって言うか、少なくともここに入り込んだアテイルももう滅多な事はできない筈だと思わない?」
「うーむ…」
エミオンのまとめを聞いたコスナーが難しい顔をしながらブルーを見る。
「必死に大風呂敷を広げた割にはきっちりツボは抑えてますね、班長」
「や、やめてくれ。お陰で広げた風呂敷のたたみ方がわからなくて困っているんだ」
ブルーは汗を飛ばしてコスナーの賛辞を拒んだ。
「風呂敷の、たたみ方?」
「ンダライとの会談実現にはやはりギース外務大臣を挟む必要がありますよね?」
ブルーの心配を先読みしたウルカが言うがブルーは首を振ってその心配を否定した。
「いえ、閣下はギース外務大臣の関与を禁止しました。それだけではなく、他の誰が関わる事も禁じ、すべてをケシミ公軍大臣一人で行うように命じました」
「すべてを父に?」
「そうです。遊撃班の遠征訓練計画、第二境界警備小宮付き警備隊とハリスの人事異動発令、そしてンダライとの国家主席会談の段取り、そのすべてをです」
「そりゃあ荷が重そうだぁ」
ブルーは声を上げたユーリを見て頷いた。
「うん、だからンダライとの交渉だけは任せていただいた」
「ンダライとの交渉を?班長が?」
「正確にはアリオスへの仲立ちの依頼だ。パッキオ、アリオスへの手紙はまだ書いていないな?」
「はい」
「今の事を前提において今夜中に書き上げて欲しい。明日の公務開始の前には閣下にお目通しをいただく、すぐに取り掛かってくれ。私の部屋を使ってくれて構わない」
そう言うとブルーはパッキオに自室の鍵を渡した。班長であるブルーはこの中でただ一人個室を与えられていた。
鍵を受け取ったパッキオがニヤリと口元を歪めた。
「何か、おかしいか?」
「いえ、いつの間にやら俺もアリオスも呼び捨てにされているなと思いまして」
「あ…」
「気にしないでください、大変光栄な事です。では早速」
そう言うとパッキオは席を立った。




