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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
179/440

アスビティ動く

●登場人物

・ドナル三世…現アスビティ公国侯爵にしてココロの父親。気が優しく領民を思う理想的な領主ながら、長きにわたる公国の決まりに縛られ決断力にかけるふしがある。

・ブルー…アスビティ公国特別行動騎馬隊特殊遊撃班の班長。最も早く魔族の存在を知り、ANTIQUE援護部隊のメンバーとなる。援護部隊の中では唯一アテイルと戦った経験を持つ。シルバーに公軍の中で最も信頼する人物と言わせた。

・ケシミ…アスビティ公国公軍大臣にしてウルカの父親。保守的で大きな変化には対応できない堅物。



●前回までのあらすじ

 偶然にも公軍大臣である父親と話をする機会を得たウルカは、何の策もないまま自分達の知り得た事を伝える。その上で公軍大臣として詳細を知るブルーを引き連れ侯爵であるドナル三世に謁見を申し込むよう頼む。

 決定をするのに一日ほしいと言う父親の為、会議の席でウルカは父親と侯爵との謁見が実現するまで、アテイルである可能性の高いチャーザーを父親に近づけさせまいと奮闘するのだった。







 指定された場所は領主官邸内に数ある会議室の一つだった。思いのほか狭い部屋だ。

 その部屋の中では今、アスビティ公国公軍大臣であるケシミと遊撃班々長を務めるブルーが言葉もなく座っていた。

 すべての公務が終わり、ほとんどの者が家へ、あるいは宿舎へと引き上げている時間だった。物音一つしない部屋の中には今にもはち切れそうな程に緊張感がみなぎっていた。

 ケシミもブルーもしんと静まり返った部屋の中で体中からビリビリとした痛い位の緊張を発しながら石でできた彫刻のように固くなって座っていた。

 挙動不審きょどうふしんの治安部隊々士がケシミの執務室前において補佐官であるチャーザーに一刀の下、退治たいじされた夜から二日が経っていた。

 息の詰まりそうな雰囲気の中、ケシミは執務室で聞いたウルカの話しを思い出していた。

 自分の中に落とし込むまで一晩が必要だった。それ程その内容は常軌じょうきいっしていた。自分の娘は気が触れてしまったのではないかと疑いもした。

 それでも今日の昼間、ブルー班長を自室へと呼び事情を聴取ちょうしゅしてみる事にした。結果、ココロ公女の手紙の内容と照らし合わせても、彼の話しは恐ろしい程筋が通っていた。

 アリオスを始め四年前のクナスジア遠征から生きて帰国した隊士達、破壊し尽くされた第二小宮、わずかな間に没落ぼつらくしたンダライ王国。そのすべてをブルーは魔族と言う悪しきものの存在と共に見事につなげてみせた。

 頭が変になる程悩み続けたケシミは、意を決して公国領主であるドナル三世への謁見えっけんを申し出た。

 要請ようせいは怖い程すんなりと聞き入れられた。正に申し出たケシミ本人が唖然あぜんとする程の即答であった。

 大きな変化を嫌う保守派のケシミにとって、このわずか二日の間に起きた急展開は天変地異てんぺんちいにも等しい衝撃であった。

 覚悟を持ってのぞんだドナルとの謁見えっけんであったが、こうして今にも心臓が飛び出しそうな緊張感の中で領主を待つ今になってまだ自分が取り返しのつかない愚かな行動をしているのではないかと気が気ではなかった。

 気の遠くなるような息苦しさに耐えていると、部屋の奥にある扉の向こうから人の気配が近づいて来るのがわかった。

 あからさまに慌てた素振りで椅子から立ち上がると、身を退き、腰を深く折って低頭する。すぐ隣でブルーも全く同じ行動を取っていたが、緊張が限界を超えていたケシミにはそれを確認する余裕すらなかった。

 やがて奥の扉が音を立てて開かれた。領主付きの補佐官兼世話係の男三名に囲まれたドナルが静かに入室してきた。

「ケシミ、待たせたな」

 相変わらず少々間延まのびした平和的なドナルの声が耳に入る。

「こ、公爵閣下にはこのような時間にご都合をいただき、誠に恐縮でございます」

 緊張の余りどもりながらもケシミは夜遅い謁見えっけんの無礼を詫びた。

「どうしたケシミ今日はまた随分ずいぶん堅苦かたくるしいではないか」

 ドナルが笑いをふくんだ声で言うと、ケシミは低頭のまま続けた。

「名前位はご承知かと思われますが、これに控えるは新設された遊撃班の班長を拝命はいめいいたしましたブルーにてございます」

 ケシミが怒ったような顔を床に伏せたままブルーを紹介すると、それを聞いたドナルは周囲に立つ補佐官達をチラリと見た。

「下がっていろ」

「は、しかし…」

「構わん。これは非公式な会合だ。私が呼ぶまで別間で控えていろ。良いと言うまで、誰一人この部屋へは近づけさせるな。よいな、これは絶対命令だ。逆らう者は反逆罪に問う」

 三人の補佐官はドナルのきびしい物言いに戸惑とまどった顔を見合わせたが、すぐに一礼すると部屋から出て行った。

 それを確認したドナルは二人の正面にある椅子を自ら引くと深く腰掛けた。普段は大臣や補佐官達が使う会議室だ。一国の領主が座るような椅子ではない。

「まあまずは座ろうではないか。そんな恰好かっこうでは話しもできまい」

「は。ブルー」

 短く答えたケシミは恐縮のていのままブルーをうながし席についた。

「失礼いたします」

 ブルーは顔も上げないままギクシャクとした仕草でケシミの横に座る。

「さて、聞いての通りだ。ここには今我ら三名の他誰もいない。君達の話しが終わるまで誰も近づきもしない。遠慮はいらん、何なりと話すがよい」

 ドナルが優しい声で寛大かんだいな事を言ったが、ケシミもブルーも一体何からどう話し始めればいいのかわからずに黙っていた。

 そんな様子ようす微笑ほほえんだドナルは、二人の緊張をほぐすように自ら口を開いた。

「ブルー班長。君の持ち帰った手紙は間違いなく読ませてもらった」

「恐れ入ります」

「今日の内容はその手紙の事なのだろう?我が娘、ココロからの手紙」

「お察しの通りです」

 ブルーはうつむいたままり返した。しかしそれ以上に言葉は続かない。そんなブルーを見たケシミが意を決しドナルの顔を正面から見た。

「ココロ様の手紙につき、本日ブルーより詳細しょうさいな聞き取りを行いました」

「うん」

「その…。どうにも私だけでは手に余るものでして…」

「そのようだな」

 たんたん々と答えるドナルに、ケシミは消えかけた緊張が蘇るのを感じ、再び口が重たくなってしまった。見かねたドナルが問い掛けてくる。

「ココロの行方を追った捜索隊は、帰させたのか?」

「は、それはご命令の通り」

 何の事かわからないブルーが探るような目でケシミを見ると、それに気が付いたドナルがブルーに向けて言った。

「第二小宮から敵襲を受け、ココロが姿を消したとの報告を受けた公軍はすぐにココロを捜すための捜索隊を組織し出発させたのだ」

 知らなかった。ブルーは驚きの余り緊張も忘れドナルの顔を見た。色白な肌におだやかな笑みを浮かべたドナルはそのまま話し続けた。

「ブルー、君の持ち帰った手紙を読み、私はすぐに捜索隊を引き揚げさせるよう命じたのだ」

「何故ですか?」

 思わず口をついて出たブルーの問いに、ドナルは一度息を吐くと改めてブルーの顔を正面から見つめた。

「アリオスもそうだったが、君も手紙の内容を知らないんだな」

 当然だった。姫自らが書き、公爵へ渡すようにたくした手紙だ。封蝋印ふうろういんほどこした公文書だ。親展しんてんあつかいと考えるのが常識だろう。一介(いっかい)の隊士であるブルーがけいけい々に開封できる訳がない。

 勿論もちろん、ココロ自身何を書いたかの詳細しょうさいなど自分には教えてくれなかった。必ず自分の手で直接公爵に渡す事。姫から言い渡されたその使命を果たす事だけを考えていた。

「私もケシミと同じなんだよ、ブルー。一人で読んだココロの手紙の内容は余りにも衝撃的で、私一人では抱えきれなかった。だから、特定の大臣にだけその中身の一部を公表したのだ。勿論もちろん箝口令かんこうれいいたうえでだ」

「特定の…」

 つぶやいたブルーに答えたのは隣に座るケシミだった。

「君には当然想像がつくだろうが、ココロ様は魔族と言う存在について手紙の中で触れておられた。正体不明とは言え、戦うべき敵がいる以上、国防と他国の動静の調査が必要と判断された閣下は公軍大臣である私の他、外務大臣や財務大臣など戦争に直接関わると思われる数名の大臣に手紙の内容をお伝えくださったのだ」

 ブルーは小さくうなずいた。納得できる話しだったからだ。

「それと同時にココロは、このアスビティ公国に魔族が潜入せんにゅうしている事を示唆しさし、私に注意するよう助言していた」

 再び話し始めたドナルにブルーは顔を戻した。

「慌てて動くなと書いてあった。自分の事は心配せず、まずは敵を見つけ出し、アスビティから一掃いっそうする事に全力をかたむけるようにと」

「え…?」

 今度はケシミが驚いた顔をドナルへ向ける番だった。

閣下かっかは、姫の手紙は信憑性しんぴょうせいに欠けると…」

 だからブルーの持ち帰った手紙だけは検討課題から外すのだと、そう大臣達は説明を受けていた。それはケシミも例外ではなかった。

「初めにココロの手紙を読んだ時、私はその内容の余りの恐ろしさに取り乱し君達にココロの手紙を見せた。しかしその後私は自分の軽率けいそつを悔いたのだ」

軽率けいそつ?それは、私達にココロ様の手紙を読ませた事ですか?」

「そうだ」

 ドナルはケシミの言葉にあっさりとうなずいた。

「ココロは慌てずに国内に入り込んだ敵をあぶり出せと書いて寄越よこしたのだ。にも関わらず私は軽々しくもその手紙の内容を君達に伝えてしまった。あの時手紙を読んだ者達の中にも、敵はひそんでいたのかもしれないと言うのに」

 ブルーの脳裏にギース外務大臣の名がよぎった。

「か、閣下かっかは我ら大臣の中に裏切者がいるとお考えですか?」

「そうは思わないさ。だが可能性は否定できないはずだ」

「恐れながら」

 ドナルとケシミの会話にブルーが割り込んだ。二人が彼の顔を見る。

閣下かっかは姫の…ココロ様の話しをお信じになられたのですか?」

「当然だ。だからこそ捜索隊を引き揚げさせたのだ」

 ドナルは悠然ゆうぜんとした仕草で腹の上で両手を組んだ。

「ココロはANTIQUEに選ばれた能力者だ。能力者と魔族の戦いに非力な人間が参戦したところで何もできはしない。無駄に隊士の命を失うばかりだ」

「ANTIQUE?姫の手紙にANTIQUEの事は…」

「書いてあったよ。事細かにね」

 困惑こんわくした声を出したケシミにドナルが冷静に答えた。ドナルはココロの手紙の一部を公表したと言っていた。恐らくケシミ達大臣は魔族について書かれた部分だけを読まされたのだろう。

 決死の覚悟でドナルに説明しようとこんなところまで乗り込んだケシミとブルー、すべてを承知しているドナルの言葉に狼狽うろたえ、言うべき言葉を失っていた。

「ココロはね…」

 そんな二人を気にもせずドナルは続けた。

「あれは、子供の頃から感受性が豊かな子だった。だがあれだけの物語を作り上げる程の想像力も、表現力も持ってはいないよ」

 静かな声でそうココロをひょうするドナルにケシミとブルーは唖然あぜんとした顔を向けたまま何も言えずにいた。

「いたずらにしては手が込み過ぎている。何せ我が第二小宮は灰塵はいじんと化したのだ。初めは何か暗号のつもりなのかと何度も何度も読み返してみた。その内に気が付いたのだ」

 ドナルはらしていた顔を二人に戻した。

「いたずらでもない、ココロの気が触れた訳でもない、暗号でもないのだとしたら…。何の事はない、書いてある事を素直にそのまま受け入れてみようとそう思ってみればすべてがに落ちた。ANTIQUE、魔族…。それら信じがたい存在をあるものとして読んでみれば、すべてにおいて納得がいった。それに、ンダライ執政官からの手紙もあったからね」

「そのようにお考えになられて何故なおもココロ様の手紙を問題視なされなかったのですか?」

 ケシミが非難ひなんめいた口調で言ったが、すぐに答えたのはブルーだった。

「いえ、閣下かっかは問題視されたのです。そのための騎馬隊改革だったのですね?ココロ様の言葉を信じ、戦いの準備を進めるために分隊を専門分野に分け、遊撃班を新設された」

「犯した失敗を取り戻すには、他に思いつく事がなかったのだ」

「失敗?」

 ドナルの言葉にケシミが疑問を返した。

「言うまでもなく、君達にココロの手紙を見せた事だよ。それは私の大いなる失敗だ。もしあの時一緒に手紙を読んだ大臣達の中に魔族がいたとして、領主である私がそれを真剣に取り上げず黙殺もくさつすれば敵は安心し、油断を見せるかもしれない」

「素晴らしいお考えです」

「苦肉の策だよ。本当に単なる思い付きだ。おかげでアリオスと言う有能な人材をみすみす他国へ亡命させる羽目はめになってしまった。あの段階で唯一の理解者となり得たはずのあの男を…」

 ブルーの賛辞さんじをドナルは軽く受け流した。

「だって考えてもみたまえケシミ。ココロの話しを信じないのだとしたら、何故同じココロが書いたアリオス達の身元証明だけを信じるんだい?それはおかしいだろう?」

「あ…」

 ケシミはようやく自分の迂闊うかつに気が付き思わず声をらした。

「みんながみんなそうやってだまされてくれればよいのだが。もしかすると敵はこの矛盾むじゅんに気が付いているかもしれない」

「時間は余り残されてはおりません閣下かっか。今こそお教えください。騎馬隊改革に乗り出し、次は一体どのような一手をもって姫の助言にお答えになられるおつもりなのか」

 ブルーが勢い込んでたずねると、ドナルは少しさみしそうな顔を彼に向けた。

「それが…。何も思いつかず苦しんでいるのだよ、ブルー。領主様とえらそうにしていたところで、所詮しょせん一人の人間のできる事など高が知れている。誰にも相談できず、私は次に何をすればココロの助けとなるのか、この国を守る事ができるのかわからずにいるんだ」

 ドナルの思いも掛けない弱気な発言にブルーは一瞬 唖然あぜんとした。しかしすぐに表情を引きめると真っ直ぐに最高司令官の目を見つめ返した。

 領主への畏敬いけいは消えていた。恐れも緊張も消し飛んでいた。ブルーは今こそこの心優しき国主を救うべく立ち上がろうと決心した。

「私がおります。アリオス殿だけではございません。第二警備隊長ロズベル殿、ケシミ大臣がご息女ウルカ分隊長。アリオスの部下だった者の内公国に残った我が遊撃班副班長のパッキオ、第八分隊のコスナー、第四分隊エミオン、第七分隊ユーリ、第一分隊ハリス…。そしてアリオスと共にンダライへと渡ったマルコ。我ら十人は自らをANTIQUE援護部隊と呼んでおります」

「ANTIQUE、援護部隊?」

 ドナルは一瞬 愉快ゆかいそうな表情をしてみせた。

「その通りです閣下かっか。我ら十人は意図いとせずこの戦いにそうそう々と巻き込まれた者達です。私達はココロ様のため、ANTIQUEの能力者となって未知なる敵とかげながら戦っている方々のために命を惜しまぬ事を誓い合ったのです。立場も、年齢も、性別も、国すらもたがえようと、我ら十人の思いは一つです。私達を頼ってはいただけないでしょうか?一人で思い悩まず、私達も今ココロ様達のために何ができるのか、一緒に考えとうございます。そして一日も早く敵を見つけ出す効果的な方法を構築こうちくしたいと考えます」

「何か妙案みょうあんがあるか?ブルー班長」

「あ…」

 ブルーは言葉に詰まった。一刻も早くドナルに動いてもらおうと力説し啖呵たんかを切ったものの、ブルーの中に何一つとして具体的な案などなかった。

 それでも何かを言わなくては、そう思った。得られた信頼を失望に変えないためにも何かを言わなくては。ブルーの頭は一瞬の内にフル回転した。

ずは…」

 考えがまとまるよりも先にブルーは口にしていた。

ずは第二小宮にいる警備隊を中央にお引上げください」

「警備隊を?」

「そうです。ロズベル隊長の調べで、今あそこにいる隊士の中に魔族はいない公算が高いと思われおります。警備隊の連中はああ見えて優秀です、機能を停止したままの第二小宮に留めておくのは如何いかにもしい」

 事情を知ったロズベルには遠く離れた第二小宮よりも近くにいて欲しかった。

「あそこはンダライとの国境を守護する要だぞ」

「今ンダライに他国に侵攻しんこうする意志も余力もございません」

 ケシミの反対に言い返した瞬間、ブルーの中で次のアイデアが稲妻のようにひらめいた。しかしブルーはあたかも前もって考えていた事のように冷静を装って話し続けた。

「その上で、ンダライの言葉に耳をお貸しください」

「何を言っている。あの国は…」

没落ぼつらくしたのも、後継問題が複雑化しているのもすべては魔族の仕業しわざ。ンダライは魔族の存在を実体としてとらえ、それを反省し奴らを駆逐くちくする事に成功しました。それは勿論もちろんココロ様達の活躍の賜物たまものに他なりませんが、彼らは世界に先駆さきがけて魔族の被害を受け、そこから立ち上がった存在です。経験から言えば我らよりもはるかに多くの情報を持っています。共闘すべきです!」

 動き出したブルーの頭脳の中から次々と新しい案が飛び出し、生まれ始めた。ブルーは思いつくままにしゃべり続けた。ドナルは黙って聞いている。この機会を逃す訳にはいかなかった。

「我が遊撃班に属する隊士にある程度の情報を伝える事をお許しください。そして、遠征訓練の許可をお出しください。行った先で必ずや有力な情報を持ち帰って見せます」

「何かあてがあるのか?」

「あります!」

 ケシミの疑問にブルーは即座に答えた。半分以上はハッタリだった。ブルー自身、次に自分の口からどんな言葉が飛び出てくるのか予想もつかなかった。

「そのあてとは?」

 静かな声でたずねるドナルにブルーは顔をケシミからドナルへと戻した。

「敵は人間を殺し、殺したその人間に化け身内の振りをして内部にもぐり込みます。第二小宮では恐らく魔族に倒されたと思われる隊士の死体が十一体発見されております」

「それで?」

「我々も遺体を捜します。地道ではありますがその発見 如何いかんでは中央にもぐり込んだ敵の数や、あるいは正体をつかむヒントが得られるかもしれません」

「そんな当てずっぽうな…」

「それと大臣にお願いしたい」

 しぶり掛けたケシミに向かってブルーが言った。

「な、何だ?」

「ウルカ分隊長が再三お願いしているハリス隊士のデューカ守備隊への編入へんにゅうを許可してください」

「だからそれは…」

「敵の一人は治安部隊におりました。デューカ守備隊にいないとは限りません。閣下かっかの身をお守りするため最も近くにいる第三分隊の中で事情を知っているのがウルカ分隊長一人だけと言うのは余りにもあやうい。閣下かっかのみならずウルカ殿の身を守るためにも援護部隊の一人をそばにつけた方がいい。これは絶対条件と考えます」

「ぐ…」

 自分の娘が危険だと聞かされたケシミは言い返す言葉を失った。困ったように領主の顔を見る。

「ハリスは若年じゃくねんながら四年前のクナスジア戦争に従軍じゅうぐんしております。わずか十二歳にして幼年部隊から選抜ばってきされたえ抜きです。実力は公軍が認めています。確かに生まれは庶民しょみんですが気性きしょうは大人しく常識人です。そのうえ医学の知識を持ち現在は戦場医療班となった第一分隊にて活躍しております。アテイルとの戦闘で傷つき不覚ふかくにも気を失った私を最初に治療してくれたのも彼です。彼なら…、ハリスならば見事 閣下かっかの期待に答え、デューカ守備隊の中でも見事に働いて見せるはずです!」

 ドナルは無表情のまま早口で力説するブルーの顔をじっと見つめていた。その視線に気が付いたブルーは背筋を伸ばすと落ち着いた声で言った。

如何いかがでしょうか?」

 それでもドナルは無言のままブルーを見つめていた。ブルーも口を結んだまま領主の目を見つめ返し続けた。

 部屋に入って来た時には疲れ切ったように見えたドナルの目が目的を見つけた若者のようにギラギラとした光を放っていた。

「ケシミ大臣」

 ドナルはブルーの顔を見つめたままケシミの名を呼んだ。

「は」

「至急ンダライへの使者を準備しろ」

「は。し、しかし国交についてはギース外務大臣に…」

「ギースには言うな。他の誰にも言うな。君の責任にいて信用できる者を使者に立てるのだ。明日の内に出立しゅったつできるように手配をしろ」

「恐れながらそれは無用に願います」

 ブルーがすぐにドナルの命令を否定した。ドナルが挑み掛かるような目をブルーに向ける。

閣下かっかが決意していただけるのであればそのむね我が部下パッキオが手紙にしたためます」

「ほう、誰に宛てる?」

「ンダライへは我が同胞どうほうアリオス殿が渡っております。アリオスは現ンダライ執政官ポルト・ガス様とは懇意こんい。必ずや閣下かっかのお覚悟、余すところなく伝えてくれるはず

「書き上げたら私に見せろ」

「当然にございます」

「夜明けと同時にだ」

「これよりすぐに取り掛かります」

「ケシミ」

「は」

 ドナルは再びケシミ公軍大臣の名を呼んだ。

「遊撃班の遠征訓練計画を立てろ。可及的かきゅうてき速やかに実行に移すのだ。よいか可及的かきゅうてき、速やかにだ」

「承知しました」

「デューカ守備隊の編成人事へんせいじんじを早急にり行え。補正人事ほせいじんじだ間を置かずにすぐに発令しろ。特別行動騎馬隊第一分隊所属ハリス分隊士を一両日中にデューカ守備隊第三分隊に配置転換はいちてんかんだ」

「かしこまりました」

「ブルー班長」

「は」

「他に何かあるか?」

「取り急ぎ一日も早いポルト・ガス殿との会談の実現を」

 ブルーはそう言うと座ったまま深々と頭を下げた。ドナルはまだブルーを見つめ続けている。見つめたまま大声で答えた。

「あいわかった!」

 言うと同時にドナルは椅子から立ち上がった。いつもののんびりとした雰囲気は影をひそめていた。

 ドナルが立つのを見た二人も慌てて立ち上がり領主と正対した。

「これは非公式な会合だ、わかっているな?」

「は!」

 ケシミとブルーは同時に答えると頭を下げた。

「ケシミ大臣、ブルー班長。実に有意義ゆういぎであった。では明日、公務開始と同時にンダライへの手紙を持参じさんするように」

「は!」

 もう一度二人は声をそろえ短く答えた。ドナルはそれ以上何も言わずに背を向けると、力強い足取りで部屋を後にした。













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