半島統一
●登場人物
・ズワルド…三種の魔族の一つアテイル一族の重鎮。四天王の一人で「智の竜」の異名を取る。ずる賢く狡猾。
・デンタシリウル…イシリアル半島の大都市ザシラルを治める領主。慈悲深く陽気な性格であったがズワルドに洗脳され半島統一の野望に囚われてしまっている。
・ジュランド…デンタシリウルの息子で半島統一戦線の先鋒を務める将軍。父王を敬愛しており、父親の望むまま次々と半島の都市に攻め入り勝利を齎している。誇り高く剣技に秀でた武勇の徒。
エクスヒャニク
・ディベロ…エクスヒャニク三賢人の一人。データ処理と会話能力に秀でている。技術の粋を集めた知能回路は大きく、体に対して頭が非常に大きい。
・ギルザード…同じく。実在した有能な兵士の能力をデータとして蓄積し、そのまま可動域へと伝達させる為戦闘技術が超ド級に高い。
・メトレオ…機械工学の知識と技術がずば抜けて高く。自発的にエクスヒャニクを開発している。また闇の精製も手掛ける。
・レーチェ…人間に近づく事を目的として開発された。外見はほぼ人間の娘でありコミュニケーション能力が高い。ギルザードの妹と言う設定を与えられている。
●前回までのあらすじ
プレアーガ北部に位置するイシリアル半島。ここでは現在半島統一を標榜するザシラルの領主デンタシリウルの下、彼の息子であるジュランドを将軍に立て大規模な侵略戦争が繰り広げられていた。
規模が大きいとはいえ一都市であったザシラルは突如として王国を名乗り同じ半島の近隣都市を次々とその傘下へと納めて行った。
今日も一つの都市を陥落させたジュランドは、盟友である大大将ギルザードを引き連れ、ザシラルの住民が歓喜の声で迎える中を凱旋してきた。
世界に名を馳せる若きジュランド将軍の片腕として同じく知らぬ者はないと言われるギルザード大大将。しかし彼こそアテイル四天王の一人、智の竜ズワルドが生み出したエクスヒャニクであった。
テリアンドスでココロ達を襲ったエクスヒャニクとはスペックが桁違いなエクスヒャニク三賢人。ギルザードこそその最後の一人であった。
王への報告も行わぬまま妹であるレーチェを伴い仲間のところに戻ったギルザードは自分が遠征中に起こった事柄を聞きたがった。三賢人の一人ディベロは、かつてガイを氷漬けにし、大地に命に関わる重傷を負わせた謎のエクスヒャニク、クロムに話しをさせようとする。
「国王陛下!ジュランド将軍 帰還いたしました!」
ザシラルの兵士が大声で伝達した。他の国が考えているようにザシラルはある日突然立国を宣言した訳ではない。
アテイル四天王の一人メロがキイタの故郷ンダライ攻略を始めるのと時を同じくしてズワルド自らがその準備を進めて来たのだ。
ただの大都市であったザシラルはその間に規律正しく忠誠を誓う軍隊を作り出し、鍛え上げていた。
「国王、ご子息のお帰りですぞ。此度も非の打ち所のない大勝利だそうで。頼もしい限りですな」
城の大広間で玉座に座るデンタシリウル国王にそっと耳打ちをするように呟いたのはズワルドであった。
ズワルドはデンタシリウルの参謀として脇に行儀よく控えていた。人間の姿をしたその顔には常に不敵な笑みを浮かべていた。
ズワルドに声を掛けられたデンタシリウル王に反応はない。粉を吹いたように血色の悪い顔には血の気が見られなかった。
威厳を保とうと背を伸ばし玉座に掛ける姿から、意思の喪失にまでは至ってはいないと想像できた。
しかし、灰色に濁った瞳はまるで死人そのものだった。それはメロに操られていた頃のポルト・ガスの目によく似ていた。
「父上!」
やがて鎧の音も高らかに広間にジュランドが入って来た。重厚な金色に輝く戦支度を解く間もなく真っ先に父王の前に駆けつけた様子だった。
誇らしげな笑顔で高台の玉座に座る父親を見上げたジュランドは、その場に片膝をついた。
「父上、ジュランド只今戻りました。当方被害は最小にして作戦は無事成功でございます。パスガリタ地方の連中は、ザシラル王への永遠の忠誠を誓いました」
「ご苦労だった」
晴れがましい息子の姿に満足そうに頷いたデンタシリウルの口から皺枯れた声が零れた。
国王である父親からの労いの言葉に笑顔を上げたジュランドは力強く言った。
「父上、あと二つでございます。あと二つの地方を落とせば、父上の悲願は達成されます」
「うむ」
「何卒速やかに次なる進軍命令をご発令ください。国王大号令の下このジュランド、大将ギルザードを引き連れ見事ご期待に応えてみせます!」
「将軍殿」
意気軒高に言い放つジュランドと対照的に静かな声でズワルドが話し掛けてきた。ジュランドは顔をズワルドへと向ける。
「先ずはこの度の大勝利、おめでとうございます」
ズワルドは言いながら深々と腰を折った。
「何のズワルド殿。貴君こそ不在中王の守り、ご苦労であった。あなたが父の傍にいてくれればこそ、このジュランド何の迷いもなく戦場へと出る事ができる」
「勿体ないお言葉痛み入ります。ところで今名前の挙がったギルザードですが、あの者は…?」
「ご懸念無用。ギルザードは此度の勝利にも大いに貢献いたした。誠、あなたのお連れくださったあの者こそ私の最大の武器にして、我が最良の友である」
「友?」
ズワルドはジュランドが口にした言葉の意味がわからず不可解気な顔をした。
「そ、それで今あの者はどこに?」
「うむ、それが少々疲れたなどと言ってな、レーチェ殿と帰って行った」
「どこか負傷でも?」
危うく「故障」と言い掛けたズワルドは慌てたように訊ねた。
「天下の大大将であるギルザードが負傷などするものか」
ジュランドは高らかな笑いと共に言った。
「何と、負傷もないのに国王陛下への報告もせずに下がるとは!」
ズワルドは憤懣やるかたない様子で玉座の傍を離れた。ジュランドの隣まで来たズワルドは床に届きそうな程長い服の裾を優雅な仕草で翻しながらザシラル王を振り返るとその場に膝をついた。
「陛下、しばしお暇をお許しください」
「うむ」
デンタシリウルが芝居がかった声で大仰に頷く。ズワルドが素早く立ち上がるのに合わせジュランドも立ち上がった。
「ズワルド殿」
行きかけたズワルドはジュランドの呼び掛けにその顔を見た。
「連戦に次ぐ連戦だ。ああは言ったが、ギルザードにも少し休息を取らせてやってくれ」
「ありがたいお言葉ではございますが、あれは我が手の者。ここは私にお任せを」
そう言うとズワルドはジュランドへ一礼をして部屋を後にした。ジュランドは自分の言葉のせいで盟友ギルザードがズワルドから厳しい叱責を受けるのではないかと心配そうな顔で去って行くズワルドの背を見送った。
「ジュランド」
後ろから掛けられたデンタシリウルの声にジュランドは慌てて振り返った。見れば、父王が玉座から立ち上がり自分の方に向かって歩みよろうとしているのが見えた。
座っている時はそれでも胸を張り、威厳を保っていたザシラル王であったが、こうして立ち上がると老いが見て取れた。
この僅かな間に父親は急激に老け込み、一回りも小さくなってしまったように見えた。
半島統一と言う大仕事に取り掛かった父親にはやはり自分には想像もつかないような気苦労があるのだろう。
急に哀れを感じたジュランドは急いで父王の元に駆け寄ると、覚束ない足取りで階段を下りている彼に手を貸した。
「ジュランド」
息子の手を取ったデンタシリウルが静かな声で話し始めた。
「なんでございましょう?父上」
デンタシリウルは足を止め、いつの間にか自分より頭一つも大きくなった自慢の息子を見上げた。
「もう、お前を危険な戦場へ送り出す事もない…」
「は?」
「これからは我が後見として、共に国造りに励んでくれ」
「な、何を言っておられるのです父上?」
父王の灰色に濁った眼がじっと自分を見上げている。乾燥して白くなった顔には手入れを怠った髭が無造作に生えている。
その髭に覆われた嫌に赤く濡れた薄い唇がゆっくりと開いた。
「半島の統一は、成った…」
「それでお前は一人、ザシラルへ舞い戻ったと言う訳か?」
ンダライとテリアンドスで繰り広げられたアテイルとANTIQUEとの戦い。クロムからその全容を聞いたギルザードは黄色く光る眼でクロムを見つめながら言った。
「彼女の仕事は戦闘じゃない」
自分の作業を続けながらメトレオが言う。すぐにディベロが続けた。
「その通り。クロムは情報の収集と伝達が役目だ。状況を見届け、余す事かなく報告する為に戦場で倒れる訳にはいかないんだ。もっとも、ンダライでの戦いはクロムも実際に見た訳ではないけどね」
「メトレオぉ」
ギルザードの妹とされるレーチェがその場の空気にそぐわない甘えた声を出した。
「お兄様が終わったら私も充填してほしいんだけど」
「わかった。脱げ」
「やった!」
レーチェは嬉しそうにいそいそと着ている服を脱ぎ始めた。するりと服が肩を滑り、きめの細かい白い背中が露わになる。
肩甲骨の間辺りに奇妙な穴が開いているのが見えた。メトレオはレーチェをギルザードの座っているのとは別の椅子へ座らせると頭を前へ下げさせた。
頭上から下がるコードを引き寄せる。コードの先についた物体がレーチェの背中に開いた穴にぴったりとはまった。
顔を上げたレーチェが満足そうなため息をつく。
「ただでさえクロムは壊れやすいんだ。そうそう戦闘の場に駆り出す訳にはいかない」
レーチェの処置を終えたメトレオが体を起こしながら言った。その時、靴音も高らかにエクスヒャニク達のいる神殿にズワルドが走り込んで来た。
「ギルザード‼」
呼ばれたギルザードがゆっくりと椅子から立ち上がる。
「ズワルド様、ギルザード帰還いたしました」
「そんな事はわかっている!なぜ王の前に来ん!?」
ズワルドは怒り狂った表情でギルザードを怒鳴りつけた。
「エネルギーが切れかかっていました」
ディベロがギルザードを庇うように口を挟む。万が一にも国王の前で機能を停止する訳にはいかない。ザシラルの人間達はまだエクスヒャニクと言う存在を知らないのだ。
「ジュランド将軍はすぐにも次の戦いに向かおうと意気込んでいる。私にも準備が必要だ」
ギルザードの言葉をズワルドは大袈裟に手と首を振りながら打ち消した。
「そんな必要はもうねえんだよ」
「必要がない?」
「戦いは終わりだ」
「どういう意味です?」
「半島統一までにあと二つの都市を落とすのでは?」
メトレオが無表情に訊いて来るのにズワルドは嫌らしい笑いを浮かべ答えた。
「その必要はなくなったんだよ。残る二つの都市、ガステニアとオスロウはザシラルに対し和平を申し出て来たんだ」
ズワルドの言葉に三賢人は黙ったままその顔を見つめていた。
「オスロウは戦わずしてザシラルの傘下に入る事を誓った。その証として姻戚を結ぶ事にしたのだ」
「一体誰を?」
「レーチェだ」
ズワルドは背中に管を刺した美しい女性の姿をした機械人形を見つめて言った。
「レーチェは近々オスロウの領主の息子と結婚する」
話しを聞いていたディベロはそっとメトレオを見た。メトレオもやはりディベロを見返していた。
「ズワルド様…」
「何だディベロ」
「レーチェは機械です。我らと同じエクスヒャニクです。人間との結婚生活など維持はできません」
「わかってるよんな事ぁ」
デンタシリウルの前では決して見せない汚い言葉遣いでズワルドは答えた。エネルギーを充填する為椅子に腰かけたままのレーチェに歩み寄ったズワルドは彼女の前に座るとその手を取った。
「本当によくできてやがるぜ、この白い肌は見た目も手触りも生身の人間そのものだ」
ズワルドは傍らに立つメトレオを見上げた。
「こいつは人間とうまくやっていけるように作ったんだろう?」
「最新の交流回路を埋め込みました」
言語能力に劣るメトレオが短い言葉で答える。
「人間と自然に会話をする為に開発した機能です。人間と共に戦場へ出向くギルザードにも搭載はしてありますが、レーチェに組み込んだのはその数十倍の能力を発揮します」
ディベロがレーチェの手を撫で続けるズワルドの背中に近づきながら補足する。
「相手の体温、表情、音声波形を読み取り、話している相手が最も快感を覚える言葉と表情を瞬時に割り出し発動させる…その事で相手はレーチェにポジティブな感情を抱き、協力的になります」
「そうやって油断した人間に近づいて精製した闇を注入するって寸法だ?」
「効率はよくありませんが確実です。現在の世界を維持したまま人間を闇に感染させるにはこの方法が最良と回答を出しましたので」
「レーチェは人間とお友達になる事を目的に作られたって訳だ?」
「それはあくまでも不特定多数の人間に近づく為。一人の人間の元へ嫁ぐ事など想定には入れてはいません」
「いいんだよ、それで」
ズワルドはレーチェの手を放り出すと立ち上がった。
「は?」
ディベロが訊き返すと、相変わらず薄気味の悪い笑顔のままズワルドは振り返った。
「いい時代だよなあ、ここは。この世界には聖なる結婚ってのがあってな。これは言うなれば人間同士の契約だ。まだ幼いレーチェは本当に嫁に行く必要なんかねえの。今まで通りこのザシラルでお友達をたくさん作って闇をばらまけばそれでいいんだ、何も変わりゃしねえ」
「しかし時が経てばレーチェが成長したと判断したオスロウはその身柄を寄越せと言って来るのでは?」
ズワルドが歪めた口の隙間から鋭い牙が覗いた。残酷な考えに酔いしれたその顔は狂気を宿していた。
「そうなりゃこの話しは破談だな」
「納得しないでしょう」
「そしたら殺せばいい。その頃にはオスロウもザシラルの一部だ、歯向かう事なんかできやしねえよ。そもそもそんなに長い事人間達を生かしておく気もねえしな」
ギルザードはそっとレーチェを見た。話題の中心でありながらまったく関心もないように気持ちよさげに充填されている。勿論兄妹と言う設定を与えられたところで機械であるギルザードにレーチェを哀れに思う気持ちなどありはしない。信愛の情など湧く筈もなかった。
エクスヒャニク達がズワルドから半島統一の今後を聞かされている同じ頃、城の広間ではジュランドがやはり父王であるデンタシリウルから同じ説明を受けていた。
「本気ですか父上?」
「反対か?」
「レーチェはまだ子供です!」
「案ずるな聖なる結婚だ」
「しかし…」
尚も言い返そうとする愛息子をデンタシリウルは見上げた。灰色の濁った目に見つめられジュランドは押し黙った。
「半島統一を危険視したフェスタルドやミルナダが攻め上って来る。いつまでもザシラルに手を焼いている暇はないのだジュランド」
王の言う事は正しかった。勝手に王国を名乗ったザシラルへの制裁が始まる。半島統一の野望は一日でも早く成し遂げねばならなかった。
「ガステニアは…」
レーチェの政略結婚へ反対する理由を失ったジュランドはもう一つの反体制である都市の名を口にした。
「手は打ってある」
デンタシリウルが静かに答える。
「ガステニアの領主は高齢だ。あの都市は今領主の二人の息子が統制している」
息子の手を離れ一人で歩み去る父親の背をジュランドは盗み見るようにして見つめた。
「兄のバルラが落ちた…。弟は打倒ザシラルの意志を曲げない。だから兄に誘導させる」
「騙し打ちにすると言う事ですか!?」
国の創建と言う大義以前に、実際に戦場に立ち続けてきたジュランドには戦士としての誇りがあった。
如何にも政治的な戦いの展開にジュランドはつい批判的な声を出した。その声にデンタシリウルがジロリと振り返る。ジュランドは再び口を閉ざすしかなかった。
「ジュランド、時間がない。バルラから連絡が入り次第出陣しろ。最後の戦いだ。反対勢力を駆逐し、我ら半島の民はここに一つとなる」
父親の言う事に納得はできた。それでもジュランドの中には複雑な思いが渦巻いていた。
「ジュランド」
静かだが厳しい父の声に若き将軍はハッとして顔を上げる。階段の下から無表情な目が自分を見上げている。
父親はいつからこんな目をするようになったのだろう?民を想い、明るく陽気な人だった筈なのに。
「承知、しました…」
本心とは裏腹にジュランドは父親の目を避けるように俯くと、小さく呟いた。




