機械の国
●登場人物
・ギルザード…アテイル四天王の一人ズワルドが開発した非常に高性能なエクスヒャニク。戦闘に特化した技術が詰め込まれている。エクスヒャニク三賢人の一人。
・ディベロ…同じく。知識と人間とのコミュニケーション能力に特化したエクスヒャニク。
・メトレオ…同じく。主に機械工学に特化した知識と技術を持ち合わせたエクスヒャニク。
・ジュランド…イシリアル半島統一を目論むザシラル王国国王の息子。遠征軍の将軍として近隣部族を戦力を以って次々と傘下に収めている。
・レーチェ…ギルザードの妹として作られた高性能なエクスヒャニク。その用途は現在のところ不明。
●前回までのあらすじ
ンダライ王国シュナイドリッツ五小隊すべてにおいて隊員の進退が確定したその日、マーニー達小隊長達は示し合わせ、昼休みを迎えたアリオスを訪ねる。
彼らに迫られアテイルの正体を明かすアリオスであったが、俄かには信じられない内容に他隊の小隊長達は皆 一様に言葉を失ってしまった。
そんなアリオスの元に一通の手紙が届けられる。それは今もアスビティ公国に残る信頼するかつての部下パッキオからの速達だった。
プレアーガ北東の半島、イシリアル。多くの人間達が境界を設けそれぞれのエリアで都市を形成している。人口は多く、諸外国との交流を厭わない陽気な彼らは文明も他の国と比べ決して劣るものではなかった。
半島全域を見れば国として成っておかしくない規模を誇っていた。しかしそこに暮らす人々に国と言う概念はまだなく、多数部族がテリトリーを隣り合わせながら独自の文化を育んでいた。
そんなイシリアル半島は今歴史の大きな転換期を迎えていた。半島の中で最も広い領土と最も多い人口を誇る大都市ザシラルが突然にしてザシラル国を名乗り、王国としての国家形成を打ち上げたのだ。
ザシラルはより強固な国造りを目的とし、イシリアル半島に属する多くの都市に対し半島統一を掲げ次々に攻め込んだ。
同じ東側諸国に属するミルナダ、フェスタルド、そしてココロ達が目指すクナスジアと言った大国は等しくこれに反発をした。
温暖な気候と充分な領土。豊富な資源を持つイシリアル半島が未だ未開発な部族の集団であるのをいい事に、プレアーガの先端を行くこれら文明国はどこかでイシリアル半島を自分達の植民地と考えている節があった。
貿易を持ちかけるにしろ、戦争を仕掛けるにしろイシリアルには国主がいない。それでも土地の風土なのか無暗に気のいい半島の住民達は大国にとって実に扱いやすい人種であった。
大国の長達は皆、いずれは半島の都市を味方に引き入れ、自国の領土とする事を目論んでいた。そんな中での立国宣言であった。
勝手にザシラル王国国王を名乗るのは大都市ザシラルの領主であったバルデンチ・モルドアの息子、デンタシリウルであった。
デンタシリウルは自分の一人息子であるジュランドを将軍とし手あたり次第に近隣の都市に攻め込ませこれを陥落、自らの配下としていった。
連戦連勝のジュランドは既に半島の殆どを手中に納め、ザシラルの半島統一の目的は間もなく達成されようとしていた。
狭い国土ながら十分な資産を持つイシリアル半島が一つの国として立ち上がれば、それは先に挙げた大国をも脅かす存在になり兼ねない。それもまた近隣諸国を慌てさせる理由の一つであった。
現在そんなザシラルの蛮行を食い止めようと他国に先駆けて制裁攻撃の準備を整えているのがフェスタルドだと言われている。
しかし、鍛え上げられた文明国家であるフェスタルドの対応も追いつかない程ザシラルの半島征服の野望は驚異的な早さで進行していた。その勢いは大国の力を持ってしても押し留める事はできなかったのだ。
そして今日。ザシラルはまた一つ半島に属する都市を落とした。激しい抵抗を見せたその大都市に大いなる打撃を与え、永久的、絶対的な服従を誓わせたジュランドは、大隊を率いて今 意気揚々とザシラルへ凱旋した。
負けを知らない将軍の帰国に、ザシラルは国を上げて大いに盛り上がっていた。
国王の居所である城の周りは国中の人間が集まったのではないかと思える程の賑わいを見せていた。
勇ましくも華々しい音楽の鳴り響く中、馬の背に跨り城へと向かうジュランドを出迎える国民の振りまく花吹雪が視界を遮る程に降り注いでいた。
「見ろギルザード。同胞達が我らの勝利を喜び、あのように出迎えてくれているぞ」
馬上でこの様子を見たジュランドが浮かれた声で言いながらすぐ後ろについていた馬を振り返った。
ジュランドに半歩遅れて歩いていた大きな馬の背には一人の男が跨っていた。ジュランドが呼び掛けた彼の名はギルザード。
「皆、将軍を称えているのです」
答えたギルザードの声は思いの他若かった。しかしその声がくぐもって聞こえたのは、ギルザードが頭からすっぽりと布を被っていたからに他ならない。
美しくもないその布を全身に纏い、頭を覆った頭巾は顔の前で縫い付けられていた。
彼らの凱旋を喜ぶ国民達の誰一人として、ギルザードの本当の姿を見る事はできなかった。
「私だけではない。皆私とお前を称えているのだ」
ジュランドが愉快そうに言う通り、出迎える群衆は口々にジュランドとギルザードの名を叫んでいた。
隊を率いる将軍はジュランドであったが、実際戦場にあって最も活躍しているのは大将のギルザードである事を彼らは知っていた。
敵の攻撃に一切 怯む事なく突き進むギルザードの戦いぶりは、鬼、若しくは悪魔と呼ばれ広く半島に響き渡っていた。彼の存在なくしてジュランドの勝利は考えられなかった。
「ギルザード!」
何一つ怖いものなどないと言った顔でジュランドが大声を出す。群衆達の叫びの中では、そうしなければすぐ隣のギルザードにさえ声が届かなかったのだ。
呼ばれたギルザードは心持ち顔を持ち上げたが特に返事はしなかった。そんな事は気にもせずジュランドが続ける。
「あと二つだ。あと二つの都市を落とせば、いよいよイシリアルは一つの国となる事ができる…。我らの名を叫ぶ彼らの為にも、ここで立ち止まる事はできない!半島統一、その日は近いぞギルザード!!」
熱に浮かされたように目を輝かせ言うジュランドに、ギルザードは無言を返し続けた。
その時だった。城へ向かう階段の上から長いスカートを翻しながら一人の少女が大隊の先頭を行く二人に向かい駆け寄って来るのが見えた。
「おおギルザード、麗しき姫君の出迎えだぞ!」
ジュランドの言葉に顔を上げたギルザードも髪を乱して走る少女に気が付いた。少女は群衆の声に負けない大きな声で叫んだ。
「お兄様!」
その声を聞いたギルザードは無言のままその場で馬を降りた。地に立ったギルザードはかなりの巨体だった。
叫びながら走り寄って来た少女は躊躇なくギルザードの巨体に抱きついた。
「お帰りなさいお兄様!」
晴れやかな笑顔を上げた少女は心の底から嬉しそうな声を出した。
「レーチェ殿、兄上はこの度の戦いでも殊勲をあげられましたぞ」
「そうなの!?」
ジュランドが馬の上から笑顔を向けるとレーチェと呼ばれた少女は益々嬉しそうに顔を輝かせた。ギルザードは少女の顔に自分の顔を近づけるように身を屈めた。
「ディベロは?」
「神殿よ」
聞き取れない程の声で訊ねたギルザードの問いにレーチェは笑顔のまま即座に答えた。
「さあ馬に乗れギルザード、共に父の所へ参ろう!」
ジュランドに呼ばれたギルザードはゆっくりと身を起こすと抑揚のない声で言った。
「申し訳ないが、王への報告は将軍からお願いしたい」
「何だと!?」
ジュランドが驚いた声を出したが、ギルザードは気にも留めず背を向けるとレーチェの肩を借りるようにして凱旋パレードの外へ向かい始めた。
「ギルザード!!国王陛下がお待ちだぞ!あれだけの功績を果たしながら報告にも行かぬと言うのか!!」
ギルザードは静かに振り返った。
「私は少々疲れた」
ジュランドは呆れたような笑いを零す。
「休みなく敵を倒し続けるギルザード大将が、疲れただと?」
その言葉にギルザードは返事もせず再び背を向けた。ジュランドがその大きな背中に更に大声をぶつけてくる。
「ならばゆっくりと休むがいい!だが時間はないぞ!すぐに次の遠征に出る!」
「お兄様…」
レーチェの声にギルザードは気が付いた。自分の行動に周囲を取り囲んでいた群衆がいつの間にか静かになっていた。
ギルザードは突然力強くジュランドを振り向くと、右の拳を高々と天へ突き上げた。その身を隠していた布地の中から伸びた太い腕は真っ青な鎧で固められていた。美しい青色が降り注ぐ陽光に眩しく輝いた。
「ジュランド将軍に果てなき栄誉を!!」
空を割らんばかりに響き渡ったギルザードの声に、再び群衆が歓声を上げ始めた。全員がジュランドを称え、その名を叫んだ。
熱狂の中、ギルザードは静かに群衆の中に消えて行った。その背を見送っていたジュランドは、後ろに控える部下達に顔を向けると張りのある声で命じた。
「前へーっ!!」
兵士の一人が慌てて駆け寄るとギルザードの乗り捨てた馬の轡を取る。若き将軍に続いて再び進み始めた隊列に、群衆の熱は更に増していった。
「ギルザード、戻ったのか?」
家程もある巨大な機械と機械の間からエクスヒャニク三賢人の一人であるディベロが顔を覗かせた。
「たった今だ」
レーチェと共に部屋に入って来たギルザードは言葉少なに答えた。
「首尾は?」
「言うまでもない」
「結構だ。将軍も無事か?」
「当然だ。今父親の所へ行っている」
「それはよかった」
ディベロは無表情のまま感情の起伏を一切感じさせない声で言った。
レーチェが神殿と呼んだ部屋。ここでディベロ達三賢人は闇を精製し、新たなエクスヒャニクを生み出していた。
彼らはここに人間でも、アテイルでも他の種族のものでもない自分達だけを導く為の神を創造し、鎮座させようと目論んでいた。だから彼らはこの円形に作られた広い部屋を“神殿”と呼ぶのだった。
「今はまだ人間達を浮かれさせておいた方がいい」
「ジュランドはそれなりに戦果を上げている。イシリアル半島統一を皮切りに、本気で東諸国制圧に打って出る勢いだ」
「調子づいた人間は時に神すら予想できぬ力を発揮するものだ。だが、調子に乗りすぎて足元を掬われる事もままある」
ギルザードはディベロの言葉を聞きながら顔の前で縫い合わされた布に手を掛けるとぶちぶちと音を立ててその糸を引きちぎった。
「今、彼ら親子に倒れられては困る」
ギルザードは身にまとった布地を放り捨てた。そこに現れたのは、青く光る巨大な鎧だった。
「そんな事にはならん。この三賢人の一人、ギルザード様が付いている限りそのような事はさせん」
太い腕、張った肩。隙間なくその身を守る鎧に見えるその体こそ、ギルザードの本来の姿だ。その輝く鎧の下に守るべき血の通った肉体はなかった。
その証拠に三角に近い形をした顔の真ん中についた視界を得る為の隙間からは、人の目とは似ても似つかぬ黄色く輝く光が一つだけギョロギョロと動いていた。
メタリックブルーに光る鎧の下は鍛え上げられた肉体の代わりに、このプレアーガには存在すらしない様々な機械が詰め込まれ、その強靭な体力を維持する為に終始稼働し続けている筈だ。
エクスヒャニク。四天王の一人、「智の竜」と呼ばれるアテイルの参謀、ズワルドが時空を超えて搔き集めた化学の粋を結集して作られた無敵のロボット兵士達。
その中でも最上の人工知能を搭載し、自己学習能力、自己回復の機能を持った三体の機械人形達は生みの親であるズワルドから「三賢人」と呼ばれ作戦 遂行の指揮権を移譲されていた。
「充填を頼む」
言いながらギルザードは部屋の奥にある一人掛けの肘掛け椅子に深く腰を下ろした。ディベロが太く長い管に繋がれた巨大な機械を引き寄せるとギルザードの近くへと移動してきた。
「私もお腹すいちゃった」
「二人同時はだめだ」
レーチェが指を咥えて呟くのが聞こえたのか、別の場所から顔を出したのはもう一人の三賢人、メトレオであった。
「ギルザードに充填するなら余計な電源を落とさなくてはならない」
言いながらメトレオは周囲を取り囲む巨大な機械についたいくつかのレバーを掴み次々に引き下ろしていった。
メトレオが重々しい音と共にレバーを引き下げる度に小さな音が部屋のあちこちで起きては波が引くように消えていく。
「乏しい電力でやっているのだ、気を付けてくれ」
ディベロ、メトレオ、そしてギルザード。三者三様に起伏のない平坦な声で話す。
発する言葉は言葉以上の何でもなく、その裏には喜びも怒りも悲しみも、凡そ感情と呼べるものは何一つ見当たらなかった。
小さな体に真っ白な大きな頭を乗せたディベロは特に知能が高く、コミュニケーション能力に長けていた。物事を理論的に構築し、多種多様な言語でそれを表現する事ができた。
学習能力にも優れ、一つの事象から多少の未来予測を行う事もできる。三賢人の中では特に知能に重点を置かれて作られたエクスヒャニクだ。
「いいぞ」
不要な電力を全て落とし終えたメトレオがディベロに合図する。ギルザードへのエネルギー補充の許可を出したらしかった。
メトレオは体は巨大だったが、それは必要な機械を詰め込んだ末、スリム化ができなかっただけの事で決して戦闘を意識して作られた訳ではない。
三賢人の中でも機械工学に特化して作成されたエクスヒャニクだ。学習能力に特に優れ、計画的に仲間を増やし続けていた。三賢人以降の殆どのエクスヒャニクは彼の手によって生み出されていた。
ギルザードを兄と呼ぶレーチェについては、メトレオが現在持ち得る知識と技術の全てを注ぎ込んで生み出した最高傑作言って過言ではなかった。
そしてもう一つ、アテイル最大の目的であるシュベルのみが持つと言う闇の精製もまた彼の双肩に託されていた。そして彼は間もなくその期待に見事答える段階にまで技術を高めていた。
ディベロの助けを借りて戦争で使い果たしたエネルギーを補充しているギルザードは言うまでもなく戦闘を目的に作り出された文字通りの殺戮マシーンだ。
しかしテリアンドスの荒野でココロ達ANTIQUEに敗れた低能な兵士ではなかった。人間達に溶け込み、隊を指揮して作戦を遂行できる程際限なく戦闘についての知識がインプットされている。
彼の人工知能にはこのプレアーガにおけるあらゆる戦闘術がインプットされている。名のある騎士、剣士の記録を自らの記憶として持ち、それら知識を技として発露できるだけの駆動系技術が嫌と言う程に詰め込まれていた。
話す事、作る事、戦う事。世界的に見れば決して大きくはないザシラルの立国とその為の侵略戦争、イシリアル半島の内戦を足掛かりにフェスタルド以下世界に名を轟かせる大国を動かし、人間同士の巨大な戦争を引き起こそうと言うズワルドの狙いを完遂する為にそれぞれの役割を持って生み出された特別なエクスヒャニク達であった。
「戦場でも補充がしたい」
エネルギーの充填をしながらギルザードが呟く。
「お前の体を動かし続ける電力を持ち運ぶ手段がない。これだけのエネルギーを軽量化する事は不可能だ」
開発担当のメトレオが無感動に言い返す。
「発電力に乏しい」
メトレオが誰にともなく愚痴を呟いた。
ハナ達フェズヴェティノスが使った電球を灯した電気はイーダスタを流れる豊かな水を利用した水力発電だ。メトレオが生み出す電力もそのほとんどを周囲の海へと流れ込む川を堰き止めて作られていた。
しかしそれはイーダスタで生み出される電力の百分の一程度の力しかなかった。
「ならば、次はもっと早く戻ろう」
億劫そうな声でギルザードが言った。彼はディベロの顔を見ると更に続けた。
「聞かせてくれ。私のいない間に何かあったか?」
「そうだね…」
問われたディベロは充填具合を確認しながら言った。
「ああ、そう言えば君が遠征に出ている間にアテイルはANTIQUEと交戦したよ」
「何?」
「それも二度」
「詳しく話せ」
「興味があるかい?そう言う事なら」
前のめりになって訊いて来るギルザードを見たディベロは後ろを振り返った。
「彼女から語らせよう」
ディベロが見つめる先、そこに立っていたのは小さな体をした彼らの仲間、銀の仮面をつけたクロムだった。




